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■私はガイア

GAIAが生まれた日

『 地球にはなにか奇妙なところがある。いや、奇妙なところがやたらとある、というのが本当だろう。それらを総合すると宇宙の変わり者、宇宙のあらゆる法則の例外的惑星という像が浮かび上がってくる。 』

『 熱力学の法則に従えば、地球はとっくに平衡状態に達しているべきであり、地球ほど古ければ表面は高温度の塩水におおわれ、二酸化炭素が大部分を占め、沸騰点に近い温度の世界になっていて当然。とっくに生命は絶滅していてもおかしくない。酸素と窒素の爆発性のふたつの気体も結合もせず、バランスをたもっているのも奇跡的だ。』

『 矛盾は前から見えてはいた。しかし、あまりに大きく立ちはだかりあまりに明々白々としていたため、目に入り難いものがあるが、これもそういう類のことであったらしい。一九六九年までそれには名前さえ与えられてなかった。まったくものを見る能力は空気が澄んでいるかどうかより、心が澄んでいるかどうかにかかっていると思い知らされる。』

『 その年J・E・ラブロックがこんな指摘をした。この地球の大気や海の塩分の安定は偶然ではなく生命が自らのために創造し維持しているというのである。この地球上の微生物から植物、高等生命体にいたるまで、ありとあらゆる生命が、いちがんとなって、地球環境の保つために働いているというのだ。』

『 GAIAは私達が意識して始めて誕生した最も巨大な生命体といえる。』

GAIAの発見

『 生命あふれる地球が火星のデータとちがうのは当然であるが、問題は生命誕生の40億年前からこのデーターが保ち続けられているということである。』

『 それは何によって制御されているのか?この疑問に対して唯一の可能な解釈は「地球は生きている」というものである。』

GAIA仮説

『 全ての生物系というのは自分で自分の体調を物理的、化学的にコントロールする力がある。これをホメオスタシスといい、生物学の用語で、ふつう、「恒常牲」と訳されている. 地球の数一〇億年も安定した、大気の酸素量、海水の量や塩分濃度は、生命の総体により生命の総体のためにホメオスタシスが機能されているとし、地球というものを一つの生命体としてとらえ、その生命にGAIAと名付けた。』

GAIAのフィードバック・ループ 大気

『 酸素が一%増えただけで、山火事なる危険性は七〇%も増加する、と試算されている。 二五%になるともう最悪で、雷で、すぐに火事が起こり、地上は全て焼け野原となってしまう。反対に酸素が減ったらどうなのか?これも同じで、酸素が二〇%をきると現存の陸上生物はすべて、生きていけないだろうといわれている。』

『 いまの大気成分の濃度はたまたまそうなったわけではない。なるべくしてなったそれ以外にない、絶対のバランスなのだ。』

『 十億年前の太陽のエネルギーは今と大きく変化しているのに地球の大気の組成はまったく変化していないのである。さらにあるかないかわからないほど微量だが、アンモニアやメタン、アルゴンなどといった希少ガスの組成もぜんぜん変わってない。まさにミステリーだ。』

『 酸素の供給源は一般にアマゾンの熱帯帯雨林が半分以上を供給しているときかされているが、GAIA説のなかでは、海中の珪草がアマゾンよりはるかに酸素の供給量がおおいと計算されている。そしてここで警告を一つなげかけている、「目に見える、森林は保護しようという活動が働いているが、見えない海中の珪草は保護という人の感性に入らない。」』

宇宙研究の副産物

『 宇宙研究の特筆すべき副産物は新しいテクノロジーではない。その本当の成果は宇宙からこの美しい瑠璃色の惑星を実感できたことだろう。そしてこのことがその後の大きな洞察をもたらしたのだ。』

『 不断の生命記録をたどると時という偉大な酸化者の手から逃れ、海洋は一度として沸騰したり凍ったりせず僕らを見守っていてくれたことがわかる。酸素バランス、気温、湿度すらコントロールする巨大なサイバネティックス・システムが働いているのだ。』

『 世界は生きているし生命が今の世界をこの強固なグリーンハウスの輝ける進化を生み出したが、その成果は巨大な破壊力をもつ集団を作り出した。唯一の汚染それは人間だったのか?』

GAIAからの洞察

『 私たちの社会はいまだに宗教的・民族的局地戦争に明け暮れ、互いの富の配分を巡って、経済戦争を果敢に押し進め、さらなる工業化、地球環境汚染はそのとどまるところを知らない。』

『 何故そうなのか? 』

『 なぜ私たちはこの状況を知り得ても、新たな地球生命圏の再生への道を歩み得ないのだろうか? 』

『 おそらく人々にはヴィジョンが見えないからだと思う−この地球生命圏のその内に住むもののヴィジョンだ。つまり、人間とは何かという根源的ヴィジョンだ。』

『 いのちの海に生命宇宙に生けるものの可能性とその限界、人間なるものの宇宙的存在の意味とその宇宙的進化の姿が見えないのだ。』

『 私たちが今しがみついている文明を唯一の価値、世界感として、人類やこの生命地球の問題を見てゆこうとするなら、そこにはおのずから限界があり、現代文明の枠を越えて自己と世界をみることはできない。』

『 今日の環境破壊を回復していくには、まずわたしたち自身の内なる自然を回復してゆかねばならないのではないだろうか。』

GAIAの人間原理

『 地球にとって我々はガンであるのかどうかは、まだ結論がだされたわけではないのです。自覚があれば、今からでもGAIAの必要性に応じた、生き方をすることができるのです。』

GAIA哲学:グローバル・ブレイン地球の脳

『 GAIAをハードとソフトという切り口でとらえてみると、GAIA仮説は肉体(ハード)のみをとらえた考えであり、頭脳(ソフト)については触れられてはいないことが見えてくる。』

『 国連、赤十字、グリーン・ピースなど国家間コミュニケーションのシステムは、この100年のうちに次々に創出されてきた。そこに幾らかのエゴィスティックな意志が働いていていたとしても、これほど瞬時の期間にネットワークが形成された事は現代が、今新しい臨界量に達している事を示す。』

『 100匹目の猿が臨月を迎えている。 全地球規模のコミュニケーションの能力が高まり、地球の脳(グローバル・ブレイン)が活動し始めている。』

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■恐怖の奴隷は減る『 一日一悪 』
田口ランディ  2001.10.30

『 わずか三度の出会いなのに、加藤先生から私が感じることは、なにかも う、とてつもなくて、いつも大鉈で頭をバーンと叩き割られた気分になる。』

『 「す、すごい話ですね……」「そういうことがあるんです。家族の一人がタナ トス、つまり死の方にひっくり返ってしまうと、周りも巻き込まれるんです。 そのきっかけになるのがエロスです。だからエロスも危険なんです、急にエロ スに傾くと今度はタナトスにひっくりかえる」』

『 「な、なるほど、そう言えばそういうことありますね。一人が死の方向にひっ くり返って向かいだすと、まるでドミノ倒しのように家族がパタパタと白から 黒へとひっくり返っていくことが……」』

『 私はそのとき、他人の事を語るような口調で、実は自分の家族の事を考えて いた。兄が引きこもり始めた時に、家族の中に起こったなんともいえない陰う つな気分の連鎖について思い出していた。一瞬、その記憶に浸っていたように 思う。』

『 そうだ、、兄と母が死んでから、私はより人の死に多く遭遇するようになっ た。そして、いつも死について考えている……。私は長いタナトスを生きてい る……。するといきなり先生の声が私の方へまっすぐ飛んできたのだ。

「だから、あんたは生き残ってますやろ」

 はっと我に返って、何を言われているのかわからなかった。「は?私ですか ?」「そうです、一人だけ生き残ってるでしょう」

 言われてみれば私は確かに家族の死の連鎖には引きずり込まれていない。他 人の感情的トラブル、狂気、それらの死に向かうような力にいつもあまり巻き 込まれることなく自分の人生を築いてこれた。でも、それはなぜなのか。

「それが、病む力なんです」

 断言されてびっくりした。だいたい、どうして私が考えていることがわかる んだっ。

「病む力ですか?私、病んでるんですか?」「あたりまえでしょう、病んでな かったら小説なんか書けません」

 ううううっ、わかるようなわからないような。まるで禅問答だ。

「じゃあ、どうしたら、病むことを力まで高められるんだろう。病んで死んで しまう人もいる。でも、病む力によって死へ向かう力を生に向かう力に転換す る人もいる。どうしたらそのひっくり返す力をもてるんでしょうか」

 そうだよ、それこそ、今を生きる人が一番欲しい答えじゃないか。』

『 「悪いことをしたときどう思いますか?」「え?それはその、もちろん罪悪感 を感じます、いまでも思い出すと苦しいこともたくさんあるし……」

「それはいかんね」「は?」「私が言っているのは罪悪感を感じるような悪い ことじゃなくて、相手に感謝されるような悪いことです。そういう悪いことを たくさんすればいいんです。一日一悪です。毎日悪いことをしなさい」

「いったい、相手に感謝されるような悪いことって、どんなことでしょうか?」  私は素直に聞いた。すると先生は「ふうむ」と考えてから、こんな話をし始 めた・・・』

『 加藤先生は真面目な顔で私を見て、それからにっこり笑った。「悪いことを たくさんしなさい。道徳的なことや、理にかなったことではなくて、悪いこと をしなさい」』

『 私は、確かにこのとき何かがわかった気持になった。「あ、そうか」って思 った。でも、いったい自分が何をわかり納得したのかを言葉にするのはとても 難しい。言葉にしてしまうとそれは微妙に意味が変わってしまうようで怖い。

 それでも、誤解を恐れずにあえて書くとしたら、たぶん先生は「自分の業も 相手の業も飲み込んでひっくり返してしまうような事をしてみたらいい、それ を、恐れずにやってみたらいい」そういうことを言ったのだなあ、と思う。』

『 加藤先生のお話は、まるで神話みたいで、話が文字にされることを嫌う。加 藤先生の肉体から出た言葉は書き言葉として留めようとすると「自由にしてく れ」ともがく。でも、この話はどうしても書いておきたかった。一日一悪だ。 相手の業も自分の業もいっしょくたに引き受ける力。そのとき、心がジャンプ する。』

『 そういう悪いことを、私はこれまでしてきたかなあ。あんまりしてねえなあ。 よけいなおせっかいや、小賢しいことや、小悪党的な悪いことしかやってこな かった。』


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■おののき かかわり合うと、こっちが危ない

中坊公平 金ではなく鉄として:49

『 森永乳業の粉ミルクにヒ素が混入し、当時の厚生省調べだけでも被害者は1万2千人を超え、うち130人が死亡という惨事は、私が司法修習所に入った55年のこと。すでに18年の歳月が、流れていた。 高度成長が始まり企業育成最優先の国、そして損失を抑えたい森永は、発生翌年にさっさと「後遺症はない」として幕を引いてしまい、被害者たちは冷たい闇(やみ)に放置された。』

『 大阪の養護学校の先生が、重度脳性マヒの生徒が事件の「元・患者」だったことから疑問を持ち、保健婦さんらと手弁当で追跡調査を始めた。その結果、脳性マヒのほかにも、知恵遅れ、視力・聴力障害、皮膚障害、低身長など多種多様な後遺症、後に「森永ミルク中毒症候群」と呼ばれる障害を負った被害者が多数いることがわかってきた。 健康被害にとどまらない。経済、福祉の水準がずっと低かった当時、被害者の家庭はまさにあえいでいた。「後遺症なし」の当局発表は、周囲から彼らへの冷たい視線、差別さえ引き起こしていた。 』

『 この実態をまとめた「14年目の訪問」は、ガリ版刷りの粗末な冊子だったが、この世で真実だけが持ち得る強い力で世間を揺さぶり、被害者たちは「再発見」された。』

『 彼はすかさず2、3日後、私の事務所に現れ、中毒発生以来の新聞記事、医学調査のまとめ、「14年目の訪問」などを机の上に積んで、「森永と国を訴えます。弁護団長をお願いしたい」と切り出したのだ。』

『 こうなると、資料に目を通さないわけにはいかない。だが、数日かけて読んだ私は、この話は断ることにしようと思った。「かかわり合うと、こっちが危ない」というのが正直な気持ちだった。今度の訴訟は、大企業の森永や国に弓引くものだ。伊多波さんら、支援してきた弁護士たちも多くは左翼系。弁護団長を引き受ければ、自分はお客を失うかもしれない。』

『 せっかく平穏、順調に行きかけた自分の人生が危うい。その予感が、私をおののかせた。』

鉄槌 お前は、■人間として何をするか

中坊公平 金ではなく鉄として:50

『 大企業の森永や国は、責任を負って手厚い救済に努めるべきだし、その力もあったのに、それどころか、傷ついた赤ちゃんを突き落とした。発端は過失でも今度は故意だ。後遺症を負わされたまま彼らが思春期になり、親が若さを失うにつれ、ますます深まる悲惨さ。それを知った上で、「ウチの事務所の客が離れてしまうかも」など、どの面下げて伊多波さんに言えばよいのか。』

『 私には、火の粉を浴びても、という剛毅(ごうき)さはなく、といって、「無情」の責めを自ら負う覚悟もできなかったのだ。』

『 「お前は出来の悪い子やった。なるほど今は自分で食えるようにはなった。けどお前、これまで一度でも人様のお役に立ったことがあるか。そんなお前でもご用とあれば、ありがたく働かせてもらうのが当たり前や」。我が子に斬(き)りつけるような父の叱声(しっせい)に、私は一言もなかった。』

『 事務所大事、生活大事、ではお前はいったい人間として何をするのや、そう父は迫った。』

『 「14年目の訪問」の前文に、「ペシャンコの財布と足しかない私たちが訪ね得たのは……」という私の大好きな一節がある。後に患者・家族が声明で、「この世に神様があるとしたら、それはこれらの先生方」と呼んだ養護の先生や保健婦さんらは、私よりずっとつましい暮らしで、しかも公務員の身で国に異議を唱えていた。あの人たちの社会的な立場は、弁護士の私よりはるかに弱かったはずだ。』

『 一方、私は個人的な成功に満ち足り、社会への意識などほとんど持ち合わせていなかった。父は私の退路に立ちはだかり、真っ向から鉄槌(てっつい)を振り下ろした。』

『 この3年後、78歳で父は死んだ。「何のためにお前を育てたか、わかってんのか」――父の遺言と思っている。』


■more than enoughという理解

『 夕方遅くなって世界貿易センターの崩壊、ハイジャックされた四番目の航空機墜落などのニュースが伝えられました。乗客は今や全く呆然として喪失状態でしたが冷静でした。』

『 周りを見渡せばこんな苦境に陥っているのはわたし達だけではありません、ほかの五十二機の航空機にも同じ状態にある人達がいることを私たちは乗客に繰り返して話しました。』

『 赤十字によればガンダー市の人口は10,400人で、ガンダーに不時着し た航空機の約10,500人の世話が必要でした。 』

『 そこで私達は町を徘徊して珍しいものを見たり歓待を受けたりして楽しみました。人々は人懐こくてわたし達を“航空機の人達”と呼びました。』

『 乗客が私たちに語ったことはとても素晴らしく信じられないほど最高でした。ガンダー及び半径七十五キロ以内の小さい町はすべての高校、集会場、宿泊所その他大きい集会場を閉鎖しました。

これらの全て施設を集団宿泊場所に転用しました。簡易ベッド、マット、寝袋、枕などが持ち込まれました。全ての高校生は “ゲスト”の世話をするためにボランティアとして動員されました。

私たちの218人の乗客はガンダーから約45キロ離れたルイスポートという町に落ち着きました。そこの高校に収容されました。女子の希望者には女子専用の区画が割り当てられました。

家族は家族ごとに纏めらました。老齢者はすべて個人の家庭に招かれました。ご存知の若い妊婦は二十四時間緊急診療所から真向かいの個人の家庭に泊められました。常時来診可能な医療サービスがあり、看護士(男性及び女性)も滞在期間中集団に付き添ってくれました。

全員、各人が一日に一回、米国及び欧州に電話とEメールを利用することが出来ました。滞在期間中に、乗客は“遠足”旅行を選択することが出来ました。或る人々は湖や湾へボートのクルーズに、他の人達は近くの森に行きました。

土地のベーカリーは常時開業してお客様に焼きたてのパンを提供しました。食事は町の住民全員が準備しました。宿舎から外出したくない人には学校に食事が運ばれました。

他の人達は選択した給食場所に自動車で案内されご馳走になりました。手荷物は機内に置いて来たので、支給されたコインを使って町のコイン・ラウンドリーで衣類を洗濯しました。

つまりこれらの不幸な旅行者が日常生活に必要なものは全て満たされました。乗客はこれらのことを涙ながらに話してくれました。乗客は一人の落伍、遅刻もなく予定時間通り空港に戻って来ました。

全ては地元の赤十字社がガンダーの各地の状況を完全に把握して、グループ毎に空港の所要到着時刻に合わせて出発時刻を掌握していたお陰です。全く信じられない完璧な手配でした。

乗客が機内に乗り込むと、あたかもクルーズのような雰囲気でした。全員はお互いにファーストネームで知り合いになっていました。おたがいに滞在中の経験談を交換して、夫々が過ごした楽しい自慢話を交わしました。信じられない事です。

アトランタへの帰りの旅はパーティの様でした。乗務員は邪魔しないように引っ込んでいました。乗客同士が固い絆で結ばれお互いにフアーストネームで呼び合い、 電話番号、住所、Eメール・アドレスを交換していました。

そこで変わったことが起きました。ビジネスクラスの一人の乗客が私に近づいて機内放送を使って他の乗客に話したいと言って来ました。これは規則で固く禁じられていることです。しかし、この時彼の言うとおりにせよと、なにかが私に命じました。

“勿論、どうぞ”と私は答えました。彼はマイクを持って全ての乗客が過去数日間体験したことを話しました。全くの赤の他人から受けた歓待について乗客に語り、更にそのお返しとしてルイスポートの善良な市民のために何かしたいと言いました。

デルタ15(我々のフライトナンバー)と名づけた信託基金の設立を彼は提唱しました。この信託基金の目的はルイスポートの高校生の大学進学を助けるための奨学金の支給です。彼は旅行仲間達に任意の寄付金を要請しました。

金額、氏名、電話番号を記した紙が戻って来ました。合計額は$14,500 (カナダドルで約$20,000)でした。基金の提唱者はバージニアから来た医者でした。

彼は合計額と同額の拠出を申し出て、更に奨学資金設立の世話役を引き受けました。彼はこの提案をデルタ航空に提示して会社からも寄付金を要請すると述べました。

一体全体こんなことは、どうして起きたのでしょうか? はるか遠い場所の或る人たちが、彼らの間に文字通り降って来た或る見知らぬ人たちに親切を尽くしたからです。』

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■今ここが私の天国
アマノジャキズムdiary 10月5日(金)マヤ暦3月16日

『 もし 今日がついてない一日だと感じたあなたもこれを読んだら現実が違って見えるかも・・・ もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には・・・

 57人のアジア人  21人のヨーロッパ人  14人の南北アメリカ人  8人のアフリカ人がいます  52人が女性です  48人が男性です    70人が有色人種で  30人が白人  70人がキリスト教以外の人で  30人がキリスト教  89人が異性愛者で  11人が同性愛者  6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍  80人は標準以下の居住環境に住み  70人は文字が読めません  50人は栄養失調に苦しみ  1人が瀕死の状態にあり  1人はいま、生まれようとしています  1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け  そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています』

『 もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。 』

『 もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら・・あなたは今いきのこることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています。』

『 もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度もたいけんしたことがないのなら・・・あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています。』

『 もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら・・・あなたは世界の30億人のひとたちより恵まれています。』

『 もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています。』

『 もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・・あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちのひとりです。』

『 もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・それはとても稀なことです。』

『 もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福をうけるでしょう。なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて,その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。』

『 昔の人がこう言いました。 わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。』

『 お金に執着することなく、喜んで働きましょう。   かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。    誰もみていないかのごとく自由に踊りましょう。     誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌いましょう。      あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。』

■「百匹目の猿」は私 AKIRA

11月2日(金)マヤ暦4月16日

『 こまかいシンクロは日常茶飯事になってきた。』

『 一九五〇年にユングは「シンクロニシティー(共時性)について」という短い論文を書いた。シンクロについて言及した先人は、ヒポクラテス、パラケルスス、ケプラーなどいろいろいるし、先住民のあいだでは常識だったが、やはりユングの功績は大きい。ユングはシンクロを「意味のある偶然の一致」と定義した。「意味のある」って言うところが重要だ。』

『 なんらかの意志が働いている。べつに教会だから「神の意志」が働いているわけじゃなく、オレたちの日常にも「なんらかの意志」はいつも働いているのだろう。』

『 「イモ洗い猿」の話はみんな知っているだろうが、いちおう説明してする。九州の幸島でサツマイモを猿に与えたところ、土や砂まみれのサツマイモを食おうともしなかった。 ある日、猿のアインシュタインがあらわれた。十八ヶ月のメス猿「イモ」は海水でサツマイモを洗って食べたのだ。土や砂もきれいに洗えるし、美味しい塩味までつく。頭の柔らかい若者たちに流行は広まり、親の世代までマネするようになった。』

『 幸島の猿が百匹目(実際の頭数ではない)を超えた瞬間、とんでもないことが起こった。大分県の高崎山やほかの島にいた猿たちが同じ行動をはじめたのだ。猿たちにはテレビもラジオもインターネットもない。「なんらかの意志」、「目に見えないインナーネット」が存在してるのだろうか? 』

『 アマゾンのシャーマンは「蜘蛛の巣」みたいな情報網を人はもっていたという。オレたちには、テレパシーというインターネットを使って自由にアクセスしていた時代があったのだろう。』

『 クラスターというロケット型の地雷をばらまく爆弾をアメリカ軍は投下している。すでに100000000個の地雷がある飢餓大国にだ。二百m 四方へ飛び散るこの爆弾は、オモチャだと思って拾い上げる子どもをひき肉にする。湾岸戦争で十万人以上が犠牲になっているという。郵便というネットワークをつうじて炭疽菌がばらまかれている。』

『 シンクロという目に見えないネットワークは、いいことも悪いことも伝わる。もしオレたちが憎しみを発信すれば、世界は憎しみでおおわれるだろう。しかし憎しみという土や砂を涙で洗い、慈愛というサツマイモを美味しく食べることを発見すれば、シンクロは広がっていく。』

『 生きていること、それが戦争だ。「殺したいやつ」、「消えてくれればいいやつ」、「ぶっ壊したい社会」、いろいろあるよね。平和な日本で人間関係に悩んだり、失恋したり、リストラされたり、再就職先をさがしたりする。この戦争ではじめて思い知らされた。』

『 自分が生きている範囲でせいいっぱい家族を、友人を、同僚を、愛せばいい。声を大にして反戦を叫ばなくても、アドレス全員にメールを送らなくても、平和デモや講演会に行かなくても、募金しなくてもいい。となりにいる親、兄弟、友だち、「敵」を理解することからはじめよう。「思え」ばいい。ジョン・レノンが「イマジン」で歌ったように、想像すればいい。』

『 「祈り」という大げさな行為もいらない。無言で、敵対する同僚、わかってくれない上司に語りかけよう。そのときには「自分をわかってくれ」という表面的なメッセージじゃなく、敵対する「あなたを理解したい」という根源的なメッセージを送ろう。

 君は「百匹目の猿」だ。
 使い古された「平和」じゃなく、人類の「意識の進化」を願った瞬間、
 世界は臨界点に達し、
 変わるかもしれない。』


■自我を殺したい人 田口ランディ

『 そして、非常に多くの人は、自我を殺したくて仕方なく肉体を殺してしまうのではないかと思える。』

『 2年前に私の友人が自殺した。』

『 彼は自分が築いてきた関係性の中で、以前と同じように生きられなくなった。ダメな自分を中心に関係性を作り直すことに、彼の自我は絶望したのだと思う。』

『 自我とは、まぎれもない「私」である。しかし、ユング心理学では自我に対して自己という概念がある。自己も「私」である。じゃあ、いったい自我と自己はどう違うのか。自我(エゴ)は意識の中心である。それに対して自己(セルフ)は意識と無意識を含めた心の中心と言える。』

『 自我はある程度意識の状態が安定していると、より高い自分になろうとする傾向をもっている。』

『 自己というのは、自我をも含めた心の中心であるらしい。らしい、というのは実は私は「自己」というのが何なのかいまだに知らないのだ。だから「らしい」としか言えない。自我はわかる。この、今、まさにこれを書いているのが私の自我だ。だけど、自己とはなんだろう。』

『 よく「本当の自分」って言う言い方をするでしょう。この時の「本当の自分」に相当するものがたぶん自己ではないかと思う。しかし、私はいまだに「本当の自分」に出会っていないので、正直に言うが自己とは何なのかわからないのである。』

『 自我とはやっかいである。意識の中心にあって自分を統合している自我は、まさに「苦悩の根源」と言ってもいい。 だけど、もしも私が、親を親だと思わなければ、腹も立たないわけだよ。』

『 同じことが、あらゆる場面において言える。「自我」を捨ててしまえば、腹の立つことはこの世からなくなるだろう。欲も悩みも憎しみも悲しみも、みんな自我を中心にした「意識世界の関係性」によって生じることだから。』

『 そして、自殺というのも、実はこの苦しみの根源である「自我」を殺したいってことだと思う。人に軽べつさける自分、いじめられる自分、苦しむ自分、ねたむ自分、恋人に好かれない自分、うまく生きられない自分、そういう自分の「自我」を殺したいのである。』

『 もし、他人との関係や他人との生活に全く興味がなくなれば、暴力によって「痛い」とは思うかもしれないけど、精神的ないじめによる「辛い、苦しい、憎い」というような感情は起こって来ないと思う。世界と関係する私=自我がなくなれば、人間関係の精神的苦しみからは開放されるだろう。』

『 自分を高めようとするのも自我なら、自分を殺そうとするのも自我だ。同じように、憎い相手を殺したいのも自我なら、殺したいのは相手の肉体ではなくて相手の自我なのだ。』

『 本当に憎いのは相手の肉体ではなくて、自分の思い通りにならない相手の自我だ。だけども、相手の自我を殺すことができないので、相手の存在そのものを殺してしまうのだ。殺人者がよく「殺すつもりはなかった」と言う。私はあれは真実だと思う。殺したいのは相手の「自我」だから。肉体には罪はない。』

『 自殺する場合も、自分という自我を捨てられないので、体ごと捨ててしまうのだ。』

『 車なんてのは自我にとっては肉体の延長線上にあるのだろう。だから、車に乗ると自我が肥大して、急に横暴になったりする。』

『 自我とはやっかいなものだ。自我がなかったらどんなに楽だろう。でも、自我を捨ててしまったら、この意識世界のなかで生きていくことが困難になってしまう。』

『 では、自我とうまくやっていくためにはどうしたらいいのだろう、つまり、「私」という存在が苦しむとき私は私にどうしてあげたらいいのだろう。それは長いこと私の課題だった。今もそれに対する明確な答えは見つかっていない。』

『 1979年の春、私は死にたいと思って夜の新宿の街を歩いていた。ひどく辛いことが重なっていた。その状況からなんとしても逃れたいと思っていたけれど「そんなことはできない」という思いにがんじがらめになっていた。当時の私はいつも「自分に都合のいいように物事を解決したい」と思って悩んでいた。自分が損をせずに、傷つかずに物事を解決したいのだが、それができないので絶望していたのだ。そしてその絶望は深かった。現実の世界がすっかり閉じてしまって窒息してしまいそうだった。苦しかった。』

『 話を聞いてから、お坊さんは言った。「もし、あなたが明日、どこかに消えてしまったとして、そのことで死ぬほど困る人はいますか? 死ぬほどですよ」私は、あれこれ考えてから答えた。「死ぬ人はいないと思う」「なんだ、それなら答えは簡単です。逃げてしまえばいいんです」「えーっ、そういう問題じゃないよ」「どうしてですか? 」「だって、そんなこと、できないよ」』

『 「できないと思っているだけですよ。誰も死なないのなら、すべてほっぽり投げて逃げてしまえばいいんです。後はどうにかなります。いいですか、大事な事ですよ。死にたくなるほど辛い時は、ほっぽりだして何もしないことです。嫌なことからは逃げなさい。卑怯者になりなさい。人間は時間がたてば生きる気力がわいてくるようにできています。気力が出てから挽回すればいいんです」』

『 その時の、不思議な安心感を私は20年たった今もはっきりと思い出せる。あの若いお坊さんの顔もはっきりと。私は逃げたり、ほっぽり投げたりしてはいけない、と教育されて来た。人から非難されることをしてはいけないのだと思ってきた。そのがんじがらめな思い込みを少しゆるめてもらったので、その後とても生きやすくなった。』

『 その夜はぼう然と部屋に帰ったが、翌朝、そうか逃げてもいいんだと思ったら勇気がわいてきて、なんとか自力で問題を乗り越えた。』

『 もちろん、これが誰にでもあてはまるというもんじゃない。生きるために必要なことは人によって違うのだから。それでも誤解を恐れずあえて言うなら、意識の世界を統合する自我の危機を救うのは、偶然と不条理と自然だ。少なくとも、私はこの3つの組み合わせにいつも助けられてきた。偶然の出会い、偶然の一致、不条理な言葉、不条理な行動、予期せぬ自然現象の教え、自然の美しさ。案外と、そういうものに私を引き寄せているのが、まだ見ぬ本当の私、「自己=セルフ」なのかもしれない。』

『 意識が心のすべてではない。自我が私の全存在ではない。背後にある知覚できない「本当の私」の上に自我は浮かんでいる。辛い時はそのことを思い出す。するとなぜか心に、青く丸い地球のイメージが浮かぶ。私は地球そのものを知覚できないけれど、でも、私はこの地球の上に確かに存在し、生かされている。小さな一つの自我として。』

■自分のため出来ることをするインナーネット
オバハンからの緊急レポート

<11月11日> 16:34

『 アフガン難民を単に可哀想と思うだけではなく、「出来る者が、自分の出来る範囲で、出来ることをする」というスタンスを大切にしたいと思う。それは翻って自分自身のためだと考える。 肉体労働、寄付、いずれのボランティアも自己満足のたまものに過ぎない。しかし難民のためにするのではなく、僅かであれ、自分の心の安定のためにする、と割り切って参加して欲しいものだ。心の豊かさは出した金額やボランティアによるのではなく、誰かのために何かをしたという行為に対して、自分が与えるものではないだろうか……。 そして難民達は感謝を私達へではなく、この善意を届けてくれた全能の神、アッラーに感謝するだろう。』

<11月11日> 16:29 

『 今月初に、難民の子供達へナーンを配る話しを書いた。ナーン屋さんまで2時間もかけて歩いて来、さらに有徳人の喜捨するナーンを貰うためには2時間以上も並んで待つ女、子供の話しを。 そうしたら、思ったよりも大きな反応になってメールをたくさん頂いてしまった。

それから1週間、『アフガン難民を支える会』を設立しようというので、日本で事務局が立ちあがり、郵便局に規約を届け出、郵便口座番号の通知を貰い、チラシ(パンフレット)を作り、運営委員や広報担当、問合せ用のアドレスが決まり、それに答える担当や現地で動いてくれる人がいて……と、今回はインターネットの威力をまざまざと確認した。』

<11月6日> 22:42

先般、3幹事長の暴言の数々にあてられ倒れてしまったが、きょうは某野党の先生2人がお見えになった。「選挙のための1票ばかりを考えているのではなく、アフガン問題を定点観測することで、政府に物申して行きたいという構想を持っています。イスラマバードに事務所を構え、議員が順次常駐する。ワザワザ海外??というような議員にこそパーキスターンへ来て、現状を見てもらいたい。それについては色々ご協力を!」ということで、単細胞なオバハンはたちまち喜んでしまった。が、「つきましては……党予算の関係で……。」

アフガニスターンを取材する報道陣で賑わい、40日間で1000万円の「アブク銭」が儲かった。オバハン、片腕のケイコさん、息子、そして従業員30人が長時間の過酷な重労働をした賜物だ。この1000万円全額を報道人、報道陣への批判を込め、『アフガン難民を支える会』に寄付すると決めたのは4日前。』

■子供の命を横領する私
京都議定書の意味 新世紀へようこそ 046

『 「京都議定書」の運用ルール(マラケシュ合意)が採択されたのです。参加国がそれぞれに自分の都合を主張して、一時は決裂かとも思われたようですが、なんとか妥協点が見つかりました。』

『 ちなみにこの1年間でアメリカの温室効果ガスの排出量は前年比で2.5パーセント増、この増えかたは過去10年で最大だそうです(今月の9日、アメリカ・エネルギー省の発表)。』

『 人には、もっと欲しいという気持ちがあります。今日はこれだけ食べ物があって満腹できたけれど、明日の分はない。今日のうちに明日の分も確保しておきたい。いや、明後日の分も、その次の日の分も。

 最初はその程度の単純なものだったのでしょう。そのうちに、もっとおいしいものが食べたいとか、他の人が持っていないものが欲しいとか、だんだん贅沢なことを言いはじめます。』

『 今の先進国の人々は、ローマ帝国の貴族が数千人の家事奴隷を使ってようやく享受していた安楽な生活のレベルをはるかに超える贅沢を、それと気づかずに、しています。』

『 その中でもショックだったのが、環境もまた有限だということでした。』

『 石油を燃やす。炭酸ガスが出る。大気中の炭酸ガスの量が増え。このガスは降り注ぐ太陽のエネルギーを入れるばかりで、出さない。

 入超が続くわけだから、地球は次第に温かくなり、今の自然の状態に合わせて作り上げた人間の暮らしにもさまざまなよくない影響が現れる。』

『 海に近い土地が水没する。

 沙漠化がいよいよ進む。

 干魃が頻繁になり、穀物が採れなくなる。』

『 小泉政権が国内の産業界を説得してマラケシュ合意を批准するかどうか、どうも事態は悲観的です。かんじんのアメリカが抜けてしまったのに、自分たちだけが我慢したのでは競争に負けてしまうというのが産業界の言い分です。そう言っていがみあっているうちに気温はどんどん上がる。』

『 今の世代のわれわれは、子供たちの世代の資産を横領して食いつぶしています。』

『 ブッシュ大統領のアメリカは、なにがなんでも核兵器を手放したくない、減らしたくない、その使用について他国から干渉されたくない、と考えています。』(池澤夏樹 2001−11−12)

■国は戦争する為にできた
国の方針と国民の思い

『 人はさまざまなレベルでグループを作る生き物です。 小さい方はカップルや家族から、大きいのはNATOなどの国家群や国連まで、あるいは人類全体というもっとも大きなカテゴリーまでが考えられます。その中で特に大きな機能を担っているのが、家族と国です』

『 ぼくたちはこういう基本的な枠組みをなんとなくあたりまえのものと考えています。はるか昔から続いてきて、これからもずっと変わらないかのように思っている。しかし、実際には家族や国はその時代ごとにずいぶん大きく変わってきました。』

『 近代的な、いわゆる国民国家ができたのは意外に新しくて、フランス革命がそのきっかけでした。それまでの王と貴族と民のゆるやかな関係を断って、民に国民の資格と意識を与え、政治への積極的な参加を促す。戦争も傭兵ではなく国民が自ら兵となって戦う。』

『 この方法によると非常に強い軍隊ができるので、ナポレオンに率いられたフランスは連戦連勝、ヨーロッパ中を暴れ回りました。それを見て、ヨーロッパの国々はそれぞれに国民国家の体裁を整え、軍隊を整え、強い国と強い政府を目指しました。国民は、他ならぬこの国の民という意識、すなわち愛国心を求められるようになった。』

『 国民国家は戦争に向いています。 「ヨーロッパでは、国民国家化が完了した十九世紀から、大規模な戦争が続けさまに起こって、なんども全世界を巻き込んだ。これは、国民国家がもっとも得意なしごとが戦争だからあたりまえだ」と歴史学者の岡田英弘さんは言います(『歴史とはなにか』文春新書)。』

『 それまでは傭兵というプロフェッショナルの仕事だった戦争は、徴兵制によって国民すべてを巻き込むものになりました(国家総動員法という、その名のとおりの法が第二次大戦下の日本にはありました)。』

『 スペイン市民戦争の時に戦略爆撃という考えが生まれ、戦場は無限定に広がることになりました。その結果、東京は焼き払われ、広島と長崎は核兵器で破壊されました。』

『 昔の戦争(たとえば源氏と平家の戦いや、鳥羽伏見の戦い)がこれほど残酷なものではなかったのは、兵器の違い以上に、この国家体制の違いによるものと思われます。』

『 国の意思は政府によって代表される。国が戦争をするのは、国民がそれを望むからである。これが原則です。』

『 しかし、政府は常に国民の意見をそのまま反映するわけでもないのです。短期的には独断で進んで、後から合意を取り付けるということもありうる。また常に国の中には少数意見がある。多数決だけが意思決定の方法ではない。』

『 一国の政府が軍事行動を選んだとしても、国民ぜんぶがそれを支持しているわけではない。政府の姿勢だけでなく、その背後にある国民のさまざまな意見にも目を向ける必要があると思います。』

『 ニューヨークとワシントンへのテロ攻撃のすぐ後、9月の14日から17日にかけて世界30か国で世論調査を行いました。対象となったのは、西ヨーロッパ諸国の14か国、中央・東ヨーロッパ諸国から8か国、米国、イスラエル、パキスタンを含む他地域から13か国でした。』

『 1 軍事攻撃が好ましい選択であるということに国民の過半数が賛成したのは、イスラエル(77%)とアメリカ(54%)、それにインド(72%)でした。それ以外の国では、裁判を行うためにテロリストの引き渡しという選択肢を支持する人の方が多数でした。』

『 2 攻撃を行うとしても、イスラエルとアメリカを含む全ての国で、攻撃対象は軍事施設に限るべきだという意見が(アメリカとイスラエルも含めて)大多数でした。』

『 3 西ヨーロッパ諸国の場合、自国が軍事行動に参加するか否かについては意見が割れました。13か国の大多数は軍事介入への協力に賛成しましたが、どの国でも無視できない割合の反対がありました。またオーストリアとフィンランド、それにギリシアでは反対意見の方が多数派でした。』

『 具体的な数字は下記のサイトで見ることができます。
http://flag.blackened.net/apfj/anti_war/resource/gallup_poll.html』

『 多くの国で軍事行動に対してこれだけの反対意見がありながら、なぜアフガニスタンは攻撃されることになったのか。』

『 最近の調査では政府が積極的に軍事介入を唱える一方で、国民の方は消極的になっている、むしろ反対しているという傾向も見られます。特に誤爆問題をきっかけに、多くの人が軍事介入の是非をもう一度考えなおしているようです。』

『 国とはまずもって戦争をするものという国民国家の体質を、国民は抑制していかなければならないとぼくは思います。』(池澤夏樹 2001−11−13)


■パラダイムがシフトする AKIRA

11月7日(水)マヤ暦4月21日

『 もう十年以上まえのことだけど、BBSテレビが大掛かりな実験をおこなった。  ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカなど、世界中でこの映像を見た人々は「無意味な抽象模様」として、正解者はほとんどいなかった。つぎにイギリス国内のみ、正解の映像を見せる。  その直後、正解を見ていない世界の人々に正解者が激増した。』

『 百匹目の猿だ。 正解をイギリス人が見たことにより、テレパシーで世界の人々に正解が伝わったのだ。 それでは、正解! もうこの映像を見たら、正解以外のなにものにも見えなくなってしまう自分に驚くだろう?』

『 「目でものを見る」のじゃなく、「脳でものを見る」のだ。

オレたちは、脳にはいってくる九〇%以上の情報を「無意味なもの」として切り捨てている。ハワイの先住民たちは、海上に浮かぶヨーロッパの巨大船舶を「見えなかった」という。魚や小さなカヌー以外、海に浮かぶものを知らなかった先住民は、キャプテン・クックが上陸するとき、鼻先に船が近づいてはじめて「それが見えた」のだ。』

『 君の視覚で「無意味な抽象模様」として切り捨てられていた画像が、正解を見せられることによって「意味」をもち、「現実」となった。このような発想の転換を「パラダイム・シフト」という。』

『 地動説が天動説に変わるように、時代が正反対にひっくり返るのだ。一度天動説を知ってしまった者には、地球が平らで、果てまでいくと滝のように落っこちてしまうという昔の発想をできなくなる。』

『 もしオレたちが人間中心の近代世界観から、パラダイム・シフトできれば、現代の常識があまりにもバカげていることに気づくだろう。』

『 未来の子どもたちは、クイズ番組で「あれ、戦争ってなんだっけ?」と頭をかしげるかもしれない。』

■私が殺しているのです AKIRA

11月8日(木)マヤ暦4月22日

『 風邪をひいちまった。圧倒的な無力感。必死でオレが未来のヴィジョンを語ろうとも、日々報道される現実がそれを打ち壊していく。』

『 アメリカが核兵器につぐ超大型爆弾を使いはじめた。名前こそデージー・カッター(ひなぎく刈り)と可愛いが、ベトナム戦争でジャングルを焼き尽くした最大級の通常(このネーミング自体が狂気だ)兵器である。「強烈な殺傷力を持つ。空中にまいた可燃性の液体充てん剤に点火、爆発させることで、激しい燃焼を起こすため、地上は無酸素状態になり、直撃を受けなくても付近の人間は死亡する」 人間だけじゃない。植物も、小動物も、微生物も、あらゆる生き物を再起不能にたたきのめすのだ。「直径約500メートルを高熱で焼き尽くし、さらに広範囲を衝撃波で破壊する兵器」』

『 しかも誤爆につぐ誤爆。「アフガニスタン南部のカンダハル近郊で31日未明、赤新月社(イスラム教国の赤十字社に当たる組織)の診療所とされる建物が米軍機に爆撃され、13人が死亡した。診療所の医師の話としてカンダハルからAFP通信が伝えた」「アフガニスタン・タリバーン政権の在パキスタン大使館は31日、米軍の空爆でこれまでに民間人を中心に1500人の犠牲者が出たとする声明文を発表した」「タリバーン政権は1日、同日未明の米軍の空爆で、南部ヘルマンド州にある同国最大のダムが決壊寸前になる被害を受けたと語った」』

『 「アフガン・イスラム通信(AIP)が6日午後に行った集計によると、10月7日に始まった米軍の攻撃によってアフガニスタン国内では計633人の民間人が死亡し、1000人近い負傷者が出た。民間人の死者は全国30州のうち12州で確認され、タリバーン政権の本拠地、カンダハル州で204人と最多の死者が出たという。次いでナンガハル州163人。カブール州92人。ヘラート州79人。バルク州32人。パルワン州22人。カピサ州18人。クンドゥーズ州、ヘルマンド州各5人。ファラ州、パクティア州各2人。など、広域にわたっている。』

『 カブールの死者の中には、地雷除去活動をしていた非政府組織(NGO)の職員4人が含まれている。パルワン州では米軍の攻撃が標的からそれ、反タリバーン勢力である北部同盟の支配地域にある村が爆撃を受けた」ラマダン(イスラムの断食月)さえ無視するアメリカはやけになっているのか、それとも冷静に第三次世界大戦にもちこもうとしているのかわからない。「アフガン国内ではいま、約600万人が援助を必要としているが、うち100万人以上が国内難民で、そのうち約60万人が北部、北西部の山間部に集中している」「この冬で90万人の餓死者が出る可能性がある」 ※以上、「」内は朝日新聞より抜粋。』

『 インドの聖者クリシュナ・ムルティーは「あなたが世界だ」と語った。』

『 「宗教」や「国家」という巨大ロボットは、ただのガラクタにしかすぎない。  それを怪物として作動させるのは、オレたち一人ひとりだ。』

『 「誰がアフガンの子どもたちを殺してるの?」  それは、オレだ。  そして、君だ。  世界の人口六十億が、日本人と同じ生活をするとしたら、  地球が四つ必要だという。  オレたちは、  捨て場のない原発から電気を使い、  井戸水を頭にのせて何キロも運ぶこともなく水を飲み、  屠殺の風景も知らずに肉を食らい、  「空爆に賛成しましょう」と世界中にふれまわる総理大臣を選んだ。』

『 政治家やテレビのコメンテーターの複雑な理論にだまされてはいけない。  単純に考えれば、本当の答えは出る。  自分が死にたくなければ、「戦争しちゃいけないよ」ということだ。  「あなたが世界だ」という意味は、  「すべてはつながってる」ということ。  「君が世界を動かしている」ということ。  「君が変わらなければ、世界は変わらない」ということ。』

『 二十世紀は「革命」という理想のもとにおびただしい血が流れた。そして権力者の首がすげ変わっただけで、なにも変わらなかった。なぜなら社会を変えることが革命だとかんちがいして、自分自身に革命(パラダイム・シフト)を起こさなかったからだ。しかも「敵を倒す」という正義や主義に酔っぱらってきた。』

『 憎しみの循環(自分の物差しを他人に押しつけること)ではなにも変わらない。  キリストは「汝の敵を愛せ」といった。  現段階では真理だけど、その先を超えていくんだ。  この世に「敵」など存在しない。  古くさい二元論を超えていくんだ。  「味方」と「敵」も、  「善」と「悪」も、  「聖」も「俗」も、  「美」と「醜」も、  「愛」と「憎しみ」も、  「生」と「死」も、  「人」と「自然」も、  「医者」と「殺人者」も、  「温泉」と「凍死」も、  「焼き肉食い放題」と「餓死」も、  「オレ」と「君」も、  ありとあらゆるボーダーを超えていけ。  世界をまるごと抱えこんで、思いっきり愛することだ。』

11月9日(金)マヤ暦4月23日

『 生命は、生き物という「物質」ではなく、体と心と環境が互いにエネルギーを交換させながら変化していく「全体運動」と考えられるようになった。』

『 ベルギーの化学者イリア・プリゴジンの「散逸構造論」も、ベルーソフ・ジャボチンスキー反応も、アーサー・ケストラーの「ホロン」も、フィリッチョフ・カプラの「有機システム理論」も、ジェームス・ラブロックの「ガイア仮説」も、ヒポクラテスの健康観も、道教の「陰陽五行説」も、ブッダの「縁起の理法」も、アイヌ語のウレシパモシリ(育みあう大地)も、同じことを言っている。』

『 「コミュニケーションこそが生命の源だ」体が病めば、心も病む。心が病めば、地球も病む。 宇宙的なダイナミズムを体感するとき、孤独は癒され、本当の健康をとりもどせる。  病はカムイ(自然)からの贈り物だ。』

■人間の意識とは?

11月11日(日)マヤ暦4月25日

『 キージーの遺した遺産は大きい。彼がいなかったら、レイヴもヒッピーもニューエージもビートルズもなかったかもしれない。』

『 健全なスポーツマンだったキージーの人生は百八十度ひっくりかえり、スタンフォード大学の仲間たちにLSDを横流しする。その体験をもとに書かれた処女作「カッコーの巣の上で」(六二年)が大ベストセラーになってしまった。』

『 LSDのたっぷり混ざったコカコーラやクールエイド(清涼飲料水)を飲んだ若者たちは、無意味なベトナム戦争をつづける政府や社会の欺瞞や精神世界に目覚め、爆発的に増殖していった。これがヒッピーの先駆となるビートニクの誕生である。』

『 オレンジジュースに混ぜたLSDを飲みながら運転手を務めたのはなんと、ニール・キャサディーだ。ジャック・ケロワックが書いたヒッピーのバイブル「路上」の主人公である。「クール・クールLSD交感テスト」で、メリー・プランクスターズの道中を描いたトム・ウルフはニュージャーナリズムの旗手になる。』

『 スチュアート・ブラントは「全地球カタログ」という画期的な雑誌をつくりニューエージ・ムーブメントを牽引し、「パソコンが人々をつなげる新しいネットワークをつくる」と預言したインターネットの始祖になる。』

『 ジェリー・ガルシア率いるグレイトフル・デッドは、ドラッグとライトショーを組み合わせたサイケデリック・ミュージックを創出し、ロックの可能性を拡大した。ビートルズは彼らの影響で「リボルバー」を発表する。』

『 九一年、ワシントンにあるスミソニアン国立博物館にサイケデリック・バスを寄贈したキージーはこう言っている。「ブッシュは(親の方)、ドラッグにノーといいましょうとキャンペーンしている。でもオレに言わせると、ドラッグありがとうっていうべきなんだ」』

『 「戦争をしかける相手はドラッグじゃない、高度管理下社会に収縮された意識こそ、その相手なんだ」キージーがこだわったのはドラッグそのものではなく、「人間の意識がどこまで拡大できるか」だった。』

■死は生の頂点にもなる

11月12日(月)マヤ暦4月26日

『 またもや「百匹目の猿」現象である。キージーがLSDを体験したのと同じ年、ティムはメキシコでマジック・マッシュルームを九個食らう。「これまで心理学者としていろんなことを学んできたが、たった六、七時間のトリップでそれ以上のことを学んだよ」と感慨をもらす。』

『 「二十世紀最大の知者」と呼ばれたティムは、自己変容の体験を冷静に分析する。「人間の脳は何十億ものアクセスされていない神経繊維をもつ、満足に利用されていない生物コンピュータなのを知った。意識や知能は体系的に拡張できる。

日常の意識は知能という大海の一滴にしかすぎない。脳はプログラムし直すことができるのだ。脳がどのように機能しているかを知るのが、現代科学のさしせまった課題である。わたしは探し求めていた鍵を見つけたと確信し、熱狂に我を忘れた」』

『 ティムは「チベット死者の書」と衝撃的な出会いをする。二千五百年もまえに書かれた死者への手引きが、まったくLSD体験と同じだったからだ。(当時はまだろくに研究もされてなかったが、現代では臨死体験も同じ経緯をたどることがわかってきた)』

『 「TUNE IN、TUNE ON、DROP OUT」というアジテーションとともにティムは、サイケデリック・ムーブメントの教祖となる。この言葉はさまざまに訳されるが、「LSDを使って神のふところに飛び込み、無意識の扉を開き、管理社会からぬけだせ」というメッセージである。』

『 CIAはLSDをスパイの自白剤やマインドコントロールの軍事目的として開発していた。ウォーターゲート事件などとともに政府の悪事がばれ、ティムは七六年に釈放される。』

『 五年まえに死んだ彼の遺作は、「 DEATH ,THE ULTIMATE TRIP (死は最高のトリップだ)」という作品である。ティムは自分の死をネットで中継放送した。九六年にこの世を彼が去った日の見出しは、「ティモシーは死去しました。脈拍 0血圧 0/0。でも気分は最高だ!」』

■皆殺しになっても撃っちゃいかん
中村哲

11月13日(火)マヤ暦4月27日

『 福岡の高校生カケル君から「受験を控えているので中村哲氏の講演に行こうかどうか迷ってます」とメールがきたので、「行くっきゃないでしょう」と答えた。』

「中村哲医師の講演記録」文字おこし版

『 今でもハッキリと覚えていますが93年の秋、私が北部から帰ってダライラート(?)という診療所に行った時ですけれども、下手の村人が診療所を包囲して投石するということがありました。それで石を投げるだけなら良いけれども、飛び道具が飛んでくる。  ロケットは幸い当たりませんでしたけれども、うちの準スタッフが2名殉職しました。』

『 普通ならですね、こっちが2名やられれば−戦後でしたからみんな気がたっておりまして- こっちも2名やりかえさないと我々の恥になると。こういう社会なんですね。  あの頃17〜18名が診療所に居たと思うんですが「どうしますか?」と。『どうしますかって、我慢しとかなくちゃしょうがないじゃないか』と。』

『 彼らはてっきりリーダーの中村の「やれ」という言葉を期待しておりましたが、私が言ったのは『発砲しちゃいかん』ということでした。皆は「えっ?」と。そういうことは現地ではないんですね。「先生本当ですか?」『本当だ』血の気の多いが当時多かったですから。』

『 「先生、皆殺しになっても撃っちゃいかんのですか?」『皆殺しになっても撃っちゃいかん』と。『我々十数名が犠牲になったとて、活動は続くと。何十名かがまだたくさんペシャワールに残っている。それよりも我々がここで発砲すれば、我々の計画が全部狂ってしまって、犠牲者はそっちの方が多いんじゃないか』ということでその場はなんとか収まりましたけれど。』

『 私たちとしましては現地で生きて生活する人々。生きて泣き笑いながら死んでいく人々。こういう人々に対して私たちがやってきた活動をそのまま拡大、発展していく形で今度の戦争にもそなえようというわけです。』

『 追いつめられた人々にとって何が必要か言いますと、決して議論だとか、誠実的なスローガンであるとかではなく、必要なのは、ずばり水と食べ物とそれと平和への課程であると。これが誰でもそうなんですけれど、全てなんであります。』

『 私たちが訴えているのは、まるで西部劇かテレビゲームの様にですね、タリバンがどうだとか、アフガン情勢がどうだとか、アルカイダはどうだとかそういうことではなくて、ずばり人々の暮らしが日本の人々には見えていないんではないかとつくづく思うわけです。』

『 何もかも奪われた人にとっては何を言ったって-英語で通じるわけでなし- やれるのは行動があるのみ。私たちとしましてはテロリスト以上の決意を持って人助け。この現在の活動を継続していきたいと思っています。』

中村哲医師東京講演会 日時:11月17日(土)18:00(開場17:30) 会場:社会文化会館大ホール。永田町駅(営団地下鉄半蔵門線・有楽町線)下車徒歩5分、千代田区永田町1-8-1TEL03-3592-7531 参加費:1000円 主催:「飢餓と戦火のアフガニスタン」中村哲医師東京後援会実行委員会 協力:ペシャワール会 連絡先:労働者住民医療機関連絡会議TEL03-3636-2371,FAX03-3636-2372 NPO法人東京労働安全衛生センターTEL03-3683-9765 [講演会]〜今、アフガンの現場から〜 homepage: http://users.goo.ne.jp/peacetea/ 講師:中村哲氏(医師、ペシャワール会)    永井真理氏(医師、国境なき医師団) 日時:2001年11月18日(日) 9:30〜 場所:東京大学弥生(本郷)キャンパス    農学部1号館第8講義室  主催:PeaceT(Peace from Todai): 平和を望む東大生の会 **************************************************

■答え無き問いを考え抜く
 宮内勝典

●海亀日記 11月7日

『 「海亀塾」で延々とディスカッションをつづけている。初めは時局的な発言が多かったが、しだいに水準が上がってきた。人類が二千年かかって、まだ答えを出せずにいることについて、ひたすら考えることを強いられているのだから「海亀塾」の学生たちも大変だ。』

『 考えぬくことを強いているぼくにも、むろん、答えなど準備できていない。鼻血が出るほど考えたあげくの吃水線が、たとえ全員の沈黙であってもかまわないと思う。その沈黙は、貴重なはずだ。』

■真っ直ぐに見抜く 自分の為

11月17日(土)マヤ暦5月3日

『 学生たちにも頭を下げながら壇上に立ったとたん、満場の拍手。  最前列に座ったオレは、照れるように微笑むテッチーの目じりのしわが目に飛び込んできた。  いきなり目頭が熱くなってしまう。この小さな体を過酷な風土に放り込み、何千、何万の命を救ってきた男が二メートル先にいる。』

『 一切のおごりも、飾りもなく、たんたんと話はじめた姿に、アイヌの長老がかさなった。  「控えめで、威厳あれ」と静かにつぶやいたエカシ(長老)の姿そのものだった。  一見眠そうなまなざしの奥にはたくさんの死を看取ってきた「彼岸の視線」がある。』

『 かつてマスード氏らが率いた北部同盟はカブールで、襲撃、強姦、拉致、拷問、略奪結婚など悪の限りをつくした。ゲリラ兵は美しい女性を誘拐し、自分の妻にしてしまう。だから女性たちは、タリバンの戒律じゃなく、街を歩くことができなかった。北部同盟は市内にあるハザラ人の住宅街に砲撃し、六千人の市民を無差別に殺している。』

『 日本のテレビで報道されている「カブール市民は自由を手にした」というのは、まったくのフィクションだという。』

『 テッチー率いるペシャワール会のスタッフは、タリバンと同じパシュトゥン人がほとんどだ。約三十人のスタッフは北部同盟のカブール奪還により、パキスタンにあるペシャワールに帰ろうとした。道路封鎖がしかれるわずか一時間前に命からがら逃げ延びたという。』

『 なぜなら北部同盟は、ペルシャ語を話せないパシュトゥン人を虐殺している。日本では一切報道されない情報だ。首から切り落としたパシュトゥン人の頭に五寸釘を打ち込んでさらしているという。』

『 しかし国会答弁でのべたテッチーの意見は完全に無視された。 「自衛隊の派遣は有害無益です」

 しかも「取り消してください」と言われたという。だったら最初から意見を聞くなって。  真剣にアフガン問題にかかわりつづけてきた人は世界でもこの日本人しかいないのに。それを誇りに思うどころか、当事国がいちばん無視している。』

『 あらゆる災害派遣に他国の軍隊が来ることは歴史上ない。阪神大震災だって他国の軍隊はこなかっただろう? 自衛隊派遣によってテッチーの医療活動はかなり制限されてしまう。ひとつの命を救うことが、政治的な「人道援助」によって阻害されるのだ。』

『 テッチーは言う。 「日本人は、宇宙戦艦ヤマトやガンダムみたいなフィクション報道に踊らされています。ひとつの命を救うことはフィクションじゃありません。アメリカや日本が消費するだけしつくして、アフガニスタンでは百万人が飢え死んでいく、こんな時代は長くつづかないですよ。

ここに集まってくれた若者たちに言います。あなたたちは社会の束縛が少ない。大人になると、地位とか名誉とかいろんなしがらみができますからねえ。なんにもとらわれずに、真っ直ぐに見抜く力が必要です」

 その時ひとりの老婆が立ちあがった。 「わたしは八十八歳になりますが、もう死んでいくだけだとあきらめておりました。今日、中村さんの話はわたしたちの言いたかったことをすべて言い尽くしてくれました。それを聞いた若者のたちの反応を見て、未来も暗くはないと思います」

 会場から大きな拍手が響く。  最前列のオレがふりむくと、学生たちが涙をぬぐっているではないか。  テッチーは照れて頭をかきながら言った。

「人の為という漢字をあわせると、偽、いつわりという字になっちゃうんです。人を助けるということは、自分を助けてもらうことなんですね」 』

http://iij.asahi.com/column/hayano/ja/K2001112000913.html ごみ山の「神の子たち」の寓意  アフガニスタン情勢が刻々と動く中で、ヘンリー・キッシンジャー氏が日本記者クラブで会見した。さすがにアメリカの立場を整理して語って明せきだった。  話をかいつまんで言えばこうである。ニューヨークの朝の悲劇への回答はテロリズムの撲滅しかなく、それは妥協のない戦いであり、必ず勝利しなければならないということ、それにはまず「国家とテロリストのきずな」を絶つことだというのだった。  世界には今、テロリストを許し、あるいは暗黙の了解を与え、国内で行動しない限り見逃そうという国々がある。それらの国の存在はもう許さない。そうすればテロリストもただの悪党集団になって片づけやすい。なるほど。それがアフガニスタンの戦争の狙いということだろう。  こんどのアメリカの行動ほど世界から一致して支持されたこともなかったとキッシンジャー氏は語った。何かとアメリカと「対立」したがる欧州、「潜在敵」とも目される中国。こんどはアメリカとのちゃんとした協力体制に入った。日本は、触れるまでもないということか。  歴史家であり実践家であったキッシンジャー氏の話は、世界を上から見下ろしているように雄大だなと感じ入って辞して、急いで議員会館の会議室に向かった。同時刻、パキスタンにいるアフガニスタン難民の男女二人の記者会見が開かれていた。           *  アムネスティ・インターナショナル日本の招きで来日した男性(50)は歴史、地理の教師で昨年12月、アフガニスタンのヤカオランでのタリバーンによる住民虐殺から逃れ出た。女性(23)は子どものころ、一家でイランに難民として逃れ、いまはパキスタンでアフガニスタンの女性の人権回復運動をしながら、医師をめざしている。  タリバーンが去って次の政権が来ることをどう思うかと聞かれて、男性は「乱暴者が去って泥棒が来るようなものだ」と語った。女性はかつての軍閥が女性たちにどんな仕打ちをしたかを語った。カブールを制した北部同盟がこれからどうするか、以前と同じではないかもしれないが、民衆の恐れを語った。  キッシンジャー氏を鳥の目だとすれば、アフガニスタン難民の二人は虫の目である。キッシンジャー氏は大局、正しいだろう。しかし、アメリカの空爆からアフガニスタンでの権力交代まで、軍事や政治のプレーヤーは踏みつぶされる一匹の虫を忘れがちである。わが日本はどうしたらいいか。なまじっかな鳥になるよりは、やはり虫の運命を思い煩っていく役割がふさわしいのじゃないか。           *  そんな気分のその夜、東京都写真美術館ホールで上映中の映画「神の子たち」(四ノ宮浩監督)を見た。すごいドキュメンタリーだな、この映画は(30日まで)。  昨年7月、フィリピンのマニラ首都圏のパヤタスごみ集積場で豪雨のためにごみの山が崩れて、そこで暮らしている500世帯が埋まった。掘り起こされる遺体と人々の嘆き。そこから、撮影カメラは動き始める。  人々はごみ山(尋常じゃない大きさだ)から金目のごみを拾うことで生計を立てていた。しかしフィリピン政府はごみ搬入を止めた。それでは人々は生活の糧を失ってしまう。妊娠中のノーラ(27)たちは議会まで「ごみ捨て場再開」のデモをする。  ノーラ一家も、寝たきりの水頭症のアレックス君(5)の一家も、ニーニャ(12)姉妹の一家もとにかく食うや食わずである。ノーラが産んだ男の子は未熟児で死んでしまった。カメラは人々を濃密に追う。こんな暮らしがこの地上にあるんだね。  アフガニスタンの子どもは戦争しか知らないように、ここの子どもたちはごみ山しか知らない。虫は虫であることを知らない。だけど、子どもたちの目は澄んでいる。「人はみな一粒の種。偶然の土に落ちて芽を出す」。加藤登紀子の歌が流れる。  ごみ捨て場の「神の子」という題名にはどういう気持ちをこめたのだろう。この地上の混とんの中で、なお生き続ける人間への希望という寓意(ぐうい)だろうか。 (2001.11.20)

■アフガンいのちの基金2次計画
ペシャワール会事務局2001年11月15日

T.はじめに

『 空爆開始直後、現地からの緊急報告を受けて、厳冬期を前に飢餓に瀕するアフガン民衆のためのプロジェクト「アフガンいのちの基金」を急遽立ち上げ、全国に呼びかけました』

『 国際社会や各国NGOが、アフガン国外で難民の出てくるのを待ち受ける中で、「難民にもなれない国内困窮層」の存在に注意を喚起し「難民を出さない為のアフガン国内での支援」を呼びかけた私たちの食糧供給プロジェクトは、多くの方々の共感を得ることが出来ました』

『 今、「いのちの基金」への共感は、思想・信条、宗教のちがいを越えて燎原の火のように全国に広がっています。すでに寄せられた件数はおよそ15000件、その額は2億5千万円近くになります。このうねりのような熱気は、今回の事態へのやむに止まれぬ気持ちの表れと共に、私たちペシャワール会の17年に及ぶ現地活動への信頼であると考えております』

『 「いのちの基金」が、これほどまでに広く日本の人々に受け入れられたことを感謝し、現地で命の危険をかえりみず活動するアフガニスタン、パキスタンの現地スタッフそして日本人ワーカーに敬意を表しつつ、現状の報告を致します』

U.「アフガンいのちの基金」(11月12日現在)の報告

10月12日に始まった基金の1ヶ月(11月12日現在)は概数と、同期間までに現地に送金された「いのちの基金」総額は、以下の通りです。

振り込み総額 249,166,000円
振り込み件数 14,700件
「いのちの基金」送金総額 187,454,421円

10月20日より11月11日までにアフガニスタンに搬入された量は、以下の通りです

小麦粉 1,400トン 約14,000家族 1,5ヶ月14万人分
食用油 14万リットル 約17,500家族 1.5ヶ月17.5万人分

実際に同日までに配布されたのは、以下の通りです

カブール市内 小麦粉 978.8トン 食用油 11.8万リットル 約1万家族、1.5ヶ月10万人分

ジャララバード 被災地 小麦粉 52.4トン 食用油 4,192リットル  約262家族、3ヶ月2,620人分

厳冬と戦火が迫る中、11月20日までに食糧を急送するために、以下の食糧をペシャワールで調達して、アフガニスタン内部に毎日送るための手はずが整えられています

小麦粉 3,080トン 約30,800家族 1,5ヶ月30,8万人分
食用油 22万リットル 約27,500家族 1.5ヶ月27,5万人分
費用総額 56,210,000ルピー 約112,420,000円

V.「アフガンいのちの基金」2次計画への序章

〜今こそ医療と水と食糧を〜

『 ペシャワール会は中村哲医師が常々提唱するように、「誰もが行くところは、誰かが行く。誰も行かないところにこそ私たちは行く」という精神で、この17年間ハンセン病のコントロール計画や辺境の山岳地帯無医村での診療そして旱魃対策としての水源確保に勤めてきました。当面の飢餓対策としての食糧配布の継続はもちろんですが、これまで以上に医療活動や水源確保の事業が必要とされます』

『 また仮に北部同盟によって秩序が回復することになり、世界中の援助団体がアフガニスタンに殺到することになったとしても、にわか援助ではアフガン民衆が真に必要とするニーズはなかなか理解されないと思われます。しかもアフガニスタンの現状は予断を許さず、長期予測をたてることが困難な状況にあります。こういう時だからこそ、冷静で本質的で実践的であるべきだと考えております』

  <2次計画の基本な方針>

1. 情勢を静観してカブールの状況を注視する
2. これからもカブール5診療所は継続する
3. アフガニスタン東部山岳3診療所、特にダラエヌール診療所を基地としての住民、難民援助を堅持する
4. 世界食糧計画(WFP)等国際機関による充分なる食糧配布の見通しを確認の上、「いのちの基金」のカブールへの食糧援助は終了する

「アフガンいのちの基金」のさらなる展開

1.食糧援助については他の機関の配布状況を見て、援助の漏れた地域があれば食糧配給を適宜行う。必要があれば毛布などの支給も行う(現地調達)

2.飢餓の危機が去れば、医療活動とアフガニスタン東部水源確保(井戸掘り・カレーズ修復)に立ち戻る

3.余裕があれば、灌漑用水路に取り組む
4.「アフガンいのちの基金」の実施期限は、2002年の春とする

『 「いのちの基金」は、戦災にあった人々への食糧援助から、生活基盤の水源確保事業、医療活動にその中心を移しつつ継続してまいります。これまでのように長期にわたる援助活動を継続するために、これまで寄せられた募金を2次計画に投入し、来春までをめどにさらなる募金を呼びかけます』

寄付金振込先 郵便振替口座番号 01790−7−6559 加入者名 ペシャワール会 通信欄に「いのちの基金」とお書きください

■刻一刻と変化する現地状況
アフガンいのちの基金 現地報告 No.36 11月16日(金)

現地の状況は刻一刻と変化するため、できるだけ新しい物を受けたときにすぐに送るように努力していきます。以下情報を箇条で報告。

 ジャララバード市内は、11月14日早朝より、ダラエ・ヌールを元々支配していた。パシャイー部族とハジカディール部隊が少数の部隊で進撃し、既に住民に混じって侵入していた部隊と合流し、市を無血奪還した。タリバーン部隊は13日の時点で撤退を開始していた。

 15日の朝9時の報告によれば、「町はバザールの全ての店は閉じて、人々は家に閉じこもっている。普通に歩けるが、治安の責任者の所在がはっきりしていないため、略奪が起きる可能性がある。(PMSの)活動は一時停止。13日の夜に車輌を要求する一団が来たが、PMS水源確保事業のエンジニアが追い返した。」

 パシャイー部族のハザラット アリと、ニングラハル一帯の実力者であるハジカディールはタリバーンの東部一帯の責任者であるモリー アブドゥル カビールと会談し、タリバーンの平和的な撤退を求めた。これに対しタリバーンは戦闘による解決を避ける意向の発言をしたとのこと。

これ以降にヒズビイスラミの代表者の一人、モリーカリスを中心にシェーラ(評議会)を結成、全部族統合のロイジルガ(族長大会議)が開催され、「タリバーン部隊の即時解散。ニングラハル州出身者でないタリバーンに関しては即時州外へ退出。ニングラハル州内への北部同盟軍の侵入禁止」等の決定がなされた。

 15日11時より、前日より報告にペシャワールに来ていたPMS水源確保事業スタッフがジャララバードへ向かう。午後6時頃ジャララバードより連絡あり。「国境はパシャイー部族のハザラットアリの軍隊により奪還さる。アリ側国境警備隊司令官とPMS水源確保事業スタッフが会談。今後PMSの活動を全面的に保証。氏の車に便乗し事務所まで帰ったとのこと。

 現在食糧倉庫はパシャイー部族の兵隊2名が警備。市内の主だったNGOオフィスにも1、2名の警備がついているとのこと。意図は本人らも知らない様子。

 水、食糧計画とも18日まで活動停止。好転した場合でも19日より作業開始予定。

 以上。更に連絡があれば随時報告します。(PMS水源確保事業責任者 蓮岡 修)

■犠牲者は仕方ないのか?
カーブル食糧配給レポート

アフガンいのちの基金 現地報告 No.38 2001年11月16日(金)

 カブールでジア副院長らとともに食糧配給作業をしていたPMS薬局長の作業状況レポートが届きましたので送ります。

 配給日、たくさんの人が小麦粉と油を積んだトラックの周りに群がっていて、大変だろうと想像していたが配給場所を見て驚いた。ある所では住民が一列に並んで順番を静かに待っており、他の所ではトラックの近くに沢山集まってはいたが、騒動は全く起こらなかった。

配給カードとその持ち主を確認する所と食糧を渡す所をやや離して設置した事、食糧を貰う人とそうでない人との争いが起きないように、配給する場所を受給者達の地区から離れた所に準備した事、配給作業を行ったスタッフの多くが水計画のジャララバード出身者達だったので、親戚や顔見知りがその地区にあまりおらず、平等に作業が進められた事が良かった。

 北部同盟が僅か数キロメートル迄来ていると毎日毎時ニュースを聞きながら、結局最後の配給日となった12日(月)は、どの家族に配るかという調査と配給を同時に行った。そんな中でも騒動は起こらなかった。彼やジア副院長はタリバーンの人達の協力なしにはこんなにスムーズには作業が出来なかったと話します。

最初の計画通りにスタッフ達は配給を受ける家族の調査を平等にするために、カブール市を東西南北に分けて調査を行いました。それでもスタッフ達は自分達の安全を守るために、人口の多い部族の住む所を先に調査したりはした。

タリバーンはこの配給計画は本当に貧しい人の手元に食糧が届いていると協力を惜しまず、また、毎晩スタッフが寝泊りしていた事務所に出向いて何か困った事はないか等と尋ねていた。

 毎晩爆撃の中にいた若いスタッフの体調が悪くなったので、ペシャワールへ連れ帰るために12日の配給作業が終ってから夕方カブールを発ち、夜中の3時にジャララバードへ着きました。

ジャララバードでは、夜中に20人の住民達が国連関係の倉庫にある援助物資を狙っていたところ、門衛がタリバーンに通報し即座に逮捕されていた。

移動診療のコーディネーターでもあるPMS薬局長は、クリニックのスタッフ交代時に薬品を各診療所に届け、クリニックの状況を観察するために、毎月アフガニスタンへ入っていてタリバーンとも接触していた。

これまで彼はタリバーンの事を悪くも言わないし褒めもしていませんでしたが、今回は「タリバーンの協力がなければあんなにスムーズには行かなかっただろう」と繰り返していた。他のスタッフも同じ事を言っています。

 彼達が13日(火)夜中3時にジャララバードに着いたその明け方に、ジャララバードでは「ラーガレイ、ラーガレイ」(来た!来た!)という、さけび声と共にいっせいにバザールの店が閉められ、住民はお互いにお互いを恐れあい発砲する住民もいた。

ジャララバードはその後混乱が始まり、車を持つものは車で脱出した。ジャララバード水計画事務所から連絡を受け、既に早朝にアフガニスタンへ向けて出発していた食糧運送トラックを国境のトルハムでストップしました。

 14日(水)朝、ジャララバードをパシャイー族のハザラット アリが一時的に掌握した。ハザラット アリはPMSのダラエヌールクリニックのある村の出身で、クリニックを開く時からのスタッフの知り合いでもあり、時々クリニックへも来院していた。

ジア副院長がジャララバードにいるハザラットアリの部下に電話をし、PMSの山岳地での医療活動や井戸掘りや今の食糧配給活動の事を説明して、PMSの事務所や食糧倉庫の管理をしてくれるように、またハザラットアリにそのことを伝えるようにと話ました。

丁度ジャララバード事務所から職員がペシャワールへ来ていたので、その職員と一緒にハザラット アリと同じダラエヌール出身のナース(看護士)をジャララバードヘ送りました。

もう一人ダラエヌール出身者で、現在は目黒さんの片腕としてダラエヌールで井戸掘り活動の責任者をしている検査技師をジャララバードに向かわせる事になりました。

彼はダラエヌール地区では宗教的地位の高い家系であり、ハザラット アリとも知り合いで、何しろ彼らはパシャイー族が話す言葉が話せ、10年以上ペシャワール会の活動をしているので、実情をしっかり説明できるだろうと期待しています。

 今日16日(金)には、ジャララバードを治めようとしているザラット アリ達のグループの中でも分裂が始まっているとか、バーミヤンから武装したハザラ族1,000人がカブールへ来て、北部同盟が外務省、内務省と防衛省のポストを取った事に対して抗議している等、といろいろな情報が入って来ます。

こんな騒動の中アフガニスタンではラマダーン(断食月)が始まりました。寒さと空腹と病気に苛まれている人達が忘れられているような気がしています。弱いものいじめをして何が楽しいのかと感じます。

今までの政権が圧制を強いていたとしても、食物や飲む水、住む家がないよりはその方がずっといいのではないだろうか。それともこれからの発展のために犠牲者が出るのは仕方がないというのだろうか。(PMS看護部長 藤田千代子)

■胸のこそげるような悲しみと憤り
病院やクリニックの様子

アフガンいのちの基金 現地報告 No.27 2001年11月6日(火)

 ジア副院長からの報告には、私達も胸のこそげるような悲しみと憤りを感じ、と同時に、今こそアフガニスタンへ食糧を届ける時であり、今こそ最も医療が必要な時だと認識しました。

 私達も「もうずいぶん寒くなった。何とかして、はよ食糧を送らないかんね。カブールクリニックも薬が不足せんごと、ちゃんと頭に入れとかんといかんね。」と、ある意味で力が湧いてきました。

 土曜日(11月3日)の夕方、カブールから帰って来たジア副院長は病院への報告を済ませ、日曜日(4日)を家族と過ごした後、昨日月曜日(5日)には、再度アフガニスタンへ向かいました。今月の中旬から始まるラマダーン前までに、出来るだけたくさんの家族へ、何とかして食糧を届けたいと言って、急いでペシャワールを発ちました。

 昼過ぎにジャララバードに着き、ジャララバードに食糧を一時確保出来る大きな倉庫が見つかったと嬉しい報告をしてきました。それを受けてこちらでは、早速明日(7日)小麦粉トラック10台分、280トンを発送する予定です。

その後すぐに食用油も送ります。こちらでは、目黒さんや事務長が製粉工場との交渉や運送の手配をし、ジア副院長の「送ってくれ」という要請にすぐ対応できるこの連携作業の良さに、思わず拍手を送りたい気分になりました。

 大きな倉庫が確保できたので、これからは一日おき位に小麦粉と食用油を送れるように手配してゆきます。これからはますます日本、ペシャワール、ジャララバード、カブール間の連絡を密にするようにと、中村先生が念を押されました。

ジア副院長のカブール不在中は、残ったスタッフ達が食糧配布家族の調査を続けていましたので、すぐにも配布が始められるのではないかと思っています。

 カブールの5つのクリニックでは、いつもの通りに診療が行われているそうです。クリニックの一つダステバルチーには、9月から勤務していたナース(看護士)の一人が帰って来ました。

彼のいるクリニックは、らいの患者さんが多い所で、新患や以前治療をどこかで受けたあとの人や、治療を途中でやめた人、再発(再燃)した人などが来院していましたが、最近はその数が増えていると言っています。

 明日(7日)、このナースは食糧運送のトラックに同乗してアフガンへ行き、カブールの勤務に戻るので、足に感覚障害を持つらい患者さん用の靴を、たくさん持って行って貰おうと思っています。

まだ10月の診療報告が届いていないので、正確な数はわかりませんが、彼の話によれば、クリニックのある場所によっては昼間の爆撃を恐れて家から出られずに、受診出来ない人達がたくさんいるそうです。またバザールでは野菜や肉、果物、日用品の数が減ってきているそうです。

 このナースはパインシェーリー(パンジシェール渓谷出身)で、9月に暗殺された北部同盟の司令官アフマッドシャー・マスードと同郷人で、彼の叔父の一人はソ連とアフガンゲリラが戦っていた時、この司令官の側近だった人です。

このナースにカブールクリニック勤務を伝えた時「タリバーン支配下では勤務がしにくい。もし外出したらきっとタリバーンにつかまり意地悪をされる。」と拒否しましたが、他のアフガン人達に聞くと、大丈夫だから送って良いという意見が多かったので、カブールに送りました。

 私達のカブールクリニックが始まってから9ヶ月になりますが、彼はそのうちの6ヶ月間をカブールで勤務しました。今回は4日ほどペシャワールで用を済ませたら、すぐカブール勤務に戻ると言っています。カブールで勤務するからと言って、特別な手当など何もありません。

連日連夜続く米軍の爆撃を見聞きしながら、過ごしていたであろうに、何が彼をこんなに変えたのだろうかと思いながら、彼の話を聞いていました。と同時にナーストレーニー(看護学生)だった彼が、ペシャワール会がなぜ発足したかという所に一致して来たスタッフの一人になりつつあるのではないかと感じられました。

 ペシャワールの病院では、最近ぽつぽつとアフガニスタンからペシャワールへ避難して来た人達が来院するようになりました。昨日は悪性マラリアで入院していたアフガニスタンの子供が、数日の入院であっという間に回復して退院して行きました。

入院時から2日間くらいは高熱と頭痛、吐き気、嘔吐の為に話をする元気もなく、目を開けているのがやっとで、死んでしまうのではないかと心配され、観察室に入れました。治療が始まって3日目には、庭で散歩している姿が見られ、昨日の退院となり、看護していた者達もこの回復力を喜んでいました。

 この子供が入院して来た前日には、6ヶ月の赤ちゃんが同じマラリアで入院していました。入院時意識ははっきりせず、血管確保の為に針をさしても反応は僅かで治療を開始し、中村先生や主治医が救急蘇生にかなりの時間をかけて頑張りましたが、まもなく死亡してしまいました。

この家族は20日前にジャララバードからペシャワールに避難して来ており、5日前からこの子供の具合が悪くなった為に他の病院に入院させていました。

しかし状態は悪くなって行くばかりだった、それに薬代、その他入院治療に必要な物(注射器、ガーゼ、包帯、点滴チューブなど全ての医療消耗品)を買うお金も足りなくなって、どうしてよいか判らなかった、と母親が話していました。

 彼女は子供が死亡した瞬間、自分の怒りを何処にぶつけてよいの分からないかのように頭を左右に激しく振り、握りこぶしで自分の膝を何度も何度も殴りつけて泣き崩れました。

母親のショールにくるまれた50センチにも満たない小さな赤ちゃんを抱きしめて、病室を後にした家族の怒りと悲しみが私達にも伝わり、そこに居た医者、看護士、検査技師の誰も口を開きませんでした。

アフガニスタンの女性や子供に教育を、と言っていたのはいつの事だったか、などとその時、ふと思い出していました。

■キューバの中立が語るもの 服部 雅博

:ハバナ・クレイジー 〜ウソがマコトになるとき〜 2001 年 11月 19日

『 「我々につくか、テロリストにつくか」。ブッシュ米大統領が世界に二者択一を迫るなか、キューバは、アメリカにもテロリストにもくみしない独自の立場を貫いている。中立でいられるのはキューバが石油に支えられた大量消費の豊かな物質生活とは無縁だからかもしれない。が、それゆえにひとつの理想を世界に示せたのではないかとも思えるのだ。』

●「テロ支援国家」キューバの対応

『 アメリカ合衆国領土から140キロメートル程度しか離れていない社会主義国家キューバは、米国と長く深い確執を有し続けてきた。いわゆる冷戦が終了した現在においても、両国には国交がない。』

『 米国内の事件に対し、キューバ政府がこれほど早急に声明を出したのは、異例のことだった。また、被害者を含む米国民に連帯を表明することも稀(まれ)だ。 キューバ国民の間でも、テロ非難と被害者への同情を示す声があがっていた。』

『 この時点での両国のやり取りは、異例に友好的であった。 キューバ政府は、テロを痛烈に非難した。637回の暗殺計画を潜り抜けてきたフィデル・カストロは、「テロは非人道的であり、戦いの手法としてばかげている」「テロは非難され、叩かれなければならない」と述べた。同時に彼は、その解決は交渉によってなされるべきであるとも強調していた。』

●一転して非難がエスカレート

『 このようにテロ事件を機会に改善に向かいかけた両国関係だったが、事件解決の手段としてアメリカが軍事力の行使を強調し始めると、キューバは、あからさまな米国批判を始めた。9月下旬頃にはキューバは、「米国は、戦争を挑発している」と非難。国連主導による解決を求めた。』

『 キューバの指導者フィデル・カストロは、米国はビン・ラディンが犯人である具体的証拠を示せていないとして、「素朴な疑問として、アメリカの指導者らは、なぜそんなに傲慢(ごうまん)なのだ?」と嘆いた。』

『 そして、アメリカから独裁者と呼ばれているフィデルの方から、「ブッシュの計画は、国際法も国際的な慣例も無視した、圧倒的な力で行う、世界的軍事独裁である」と非難した。』

『 米英によるアフガニスタン空爆が始まるとフィデルは、米国非難をさらにエスカレートさせる。空爆駆使開始から4日後の10月11日深夜に始まった演説では、「この戦争は、まったくもってヒステリーだ」と断言。』

『 アメリカは「組織的な犯罪輸出者」であり、「米国こそが、テロリストである」と、75歳の指導者は翌朝まで5時間に渡ってまくしたてた。さらに「テロリストの攻撃は、残忍で狂気な行為である。しかし、その悲劇が、無実の人々を虐殺する無謀な戦争を始めることに利用されてはならない」と、熱意を持って語った。』

●テロリズムとキューバ

『 フィデル・カストロの並々ならぬテロ否定には、自らの体験に基づく哲学があった。米国による、フィデル・カストロらへの暗殺計画というテロリズムは、はっきりと判明しているものだけでも、「ブルータス作戦」「マングース作戦」「AMーLASH作戦」がある。これらは、大統領、大統領直属の国家安全保障会議、CIAらによって計画、承認、実行(未遂)されてきた。』

『 さらに大規模なテロとして、CIAと反カストロ亡命キューバ人によるキューバへの空襲と武力侵攻がある。これはCIAが主となって計画し、時の大統領J.F.ケネディが承認したもので、米国では「豚の湾事件」、キューバでは「ヒロン浜侵攻」と呼ばれている。』

『 加えて米国が保護する亡命キューバ人によるカストロへのテロ計画は、無数に行われてきた。キューバは、米国側によるフィデル暗殺計画数を637回と算出している。』

『 米国がカストロ暗殺にこだわったのは、政権の座に就いた彼が徹底した対米独立の態度を見せたからだ。このフィデルの姿勢は、これまでキューバを「裏庭」として半植民地状態にしてきた米国の利益に大きく反した。』

『 「我々は、テロリストのやり方を実施したことは、決してない。我々は、倫理を有している。どんな戦争も、倫理を有していなければならない。もし我々に倫理がなかったなら、あのゲリラ戦争に勝利してはいなかっただろう」 今回の米国テロ事件に関してフィデルは、過去を振り返りつつこのように述べている。』

●「新自由主義」に抵抗して

『 米国大統領ブッシュは「あらゆる地域の全ての国家は、今、選択をしなければならない。我々側につくか、テロリスト達側につくか」と強要し、一方オサマ・ビン・ラディンは「いまや世界は二つに分けられた。信仰を持つ者と、異教徒とに」と宣言したが、これをフィデル・カストロは大問題視している。』

『 彼は、「巨大で権力ある国のみならず、全ての国家が、ジレンマにたたされている。誰もが、戦争かテロ攻撃の脅威から逃れることが出来ない。米国政府側かテロリズム側かどちらかにつかなければならない、と我々すべてが命令されているのだ」と述べている。』

『 そんな極端な二者択一強制のなかで中立を保っているキューバは、稀有(けう)な存在であろう。フィデルは、アメリカの自由競争を基調とした世界戦略は貧富の差を拡大し富を偏在させるとして、徹底非難してきた。』

『 今回の事件に関しても彼は、米国流の価値観を世界に強制することは怒りと謀反を育むだけだと主張し、「(アメリカが唱える)新自由主義は、大災害でしかない。これは、最悪の危機である。この世界は、間違いなく、爆発する」と警告している。』

『 さらに続けて、「イスラム教徒らの強烈なナショナリズムと深い宗教的感情が、金や約束事によって骨抜きにすることが出来ると考えたのは、米国とNATOの金持ち同盟国にとって大変に大きな過ちだ」と述べているが、これは、物質的なものよりも精神的なものを重視するフィデルらしい見解であろう。』

『 フィデル・カストロは、「人類の最も偉大な業績というものは、物質的なものではなく、良心とモラルの形態であり、それは世界を変え歴史を前進させるのだ」という、ほとんどクレイジーと呼べるほどの信念を持っているのだ。』

●キューバの中立が語るものとは

『 米国大規模テロ事件でのキューバの中立は、石油に支えられた大量消費の豊かな物質生活のためのパワーゲームとは無縁であったがゆえ、到達できた立場であろう。 そのキューバ共和国の暮らしは、先進諸国と比べると、物質的には決して豊かとはいえない。』

『 そんなキューバ人たちは物質的に質素な暮らしを不満に思う一方で、(90年代に破綻が見られたとはいえ)教育や医療の無料など社会福祉が充実し、安全で平等な環境下で生活を楽しんでいる。』

『 近所の者が寄って楽しむドミノゲーム。いつ終わるとも知れないおしゃべり。路上野球に夢中になる子供たち。手作りのアクセサリーでデートに出かける少女。情熱だけを武器に女を口説き続ける青年。道で出会う知人たちと大げさに繰り返される挨拶のキス。揺りカゴの赤ん坊を見に来る隣人たち。』

『 それは、何かに「白ける」ということのない暮らしだ。 また主にスペイン系白人とアフリカ系の黒人およびその混血からなるこの国では、最高の親友が自分と正反対の肌の色であることも珍しくない。夜道の一人歩きにそれほど危険はなく、子供の誘拐などありえない。路上生活者も皆無に等しければ、病院にかかれずに亡くなる人間もいない。』

『 自己利益のため、アメリカがイラクのサダム・フセインを挑発し悪に仕立てて起こした湾岸戦争によって中東支配の足場を作ったことと、イスラエルに関する米国のダブルスタンダードの政策に怒って、オサマ・ビン・ラディンは「米国民よ」と呼びかけながら、次のように宣言していた。』

『 「パレスティナに平和が訪れない限り、(イスラム教の預言者)ムハマンドの聖なる地から異教徒の軍隊が全て出て行かない限り、米国に平和は訪れないだろう」』

『 そんな構造のテロ事件において、米国の矛盾と偽善に満ちた論理にも、極端な二元論でテロ行為を正当化する加害者ビン・ラディンの論理にもくみしないフィデル・カストロの主張は、利害関係に塗れていないがゆえ、ひとつの理想を示すものとなっている。』

■米、天然痘ウイルスを廃棄せずとWHOに伝える

【ワシントン16日=館林牧子】米政府は16日、2002年末に廃棄処分にする計画だった天然痘ウイルスの廃棄を行わない方針を決め、世界保健機関(WHO)に伝えたと発表した。

自然界から根絶された天然痘ウイルスは、米露の公認施設各1か所で保管されているが、WHOは1999年、生物兵器に悪用される恐れがあるとして米露のウイルスの廃棄処分を決めた。しかし、両国の反対で廃棄は2002年まで延期されることになっていた。

米政府は今回の決定について、一連の炭疽菌事件などで生物テロへの不安が高まる中、天然痘についても、新たなワクチンや治療薬を開発するためにウイルスを保持しておくことが必要になった、としている。

天然痘は強い感染力を持ち、致死率は3割以上とされる。世界的に予防接種などの対策を進めた結果、患者が激減し、WHOは80年に根絶宣言を出している。

■1年半前から反タリバン工作CIA、アフガンで

『 【ワシントン18日=林路郎】18日付の米紙ワシントン・ポストは、米中央情報局(CIA)が約1年半前からアフガニスタン南部のパシュトゥン人部族有力指導者と接触し、反タリバン勢力の形成に動いていたと報じた。ウォーターゲート事件などの特報で知られるボブ・ウッドワード記者が1面で伝えた。』

『 CIAが1年半も前からアフガン工作に従事し、今回の軍事作戦で中核的役割を果たしていることは、テロ組織との戦闘を専門とする陸軍の特殊部隊「デルタ・フォース」などが投入される場合と異なり、米軍がウサマ・ビンラーディンとそのテロ組織「アル・カーイダ」の活動にかなり前から注目し、地域の部族勢力を利用してタリバンの支持基盤を崩す機会を周到にうかがっていたことを示す。』

『 アフガニスタンでの秘密作戦に従事しているのは、CIAでも最も機密度が高い「特別活動部」約150人の戦闘員が6人1組のチームを組み、情報を細かに収集してきた。』

■貴重な市民の命を守る
タリバーンがカンダハルから山岳地帯に撤退

AIP通信

 16日夜にアフガン・イスラム通信(AIP)が伝えた情報によると、アフガニスタンのタリバーン勢力は、拠点とするアフガン南部のカンダハル市を24時間以内に地元のパシュトゥン人指導者2人に明け渡し、山岳地帯に撤退することになった。タリバーン最高指導者のオマール師が決断したという。この放棄決定により、タリバーンは首都カブールに続き、最大の拠点都市を失うことになり、政権の完全崩壊が決定的になった。今後は武装宗教勢力として命脈を保ち、山岳を拠点にしたゲリラ戦を仕掛けるものとみられる。

 AIPによると、カンダハル撤退は、数日間にわたるオマール師とタリバーン軍幹部を含めた指導部の協議で決まった。「米軍の激しい空爆の中で、貴重な市民の生命を守るために決断した」という。さらに「オマール師の指揮のもと、組織を守り抜くため、山岳地帯に潜む」としている。

■パレスチナ国家創設
パレスチナ国家への支持、イスラエル外相が個人見解表明

イスラエルのペレス外相は15日、国連総会で演説し、「イスラエル政府の公式の立場にはまだなっていないが、パレスチナの独立、パレスチナ国家(の創設)に対する支持が、イスラエル人の間にある」と述べ、パレスチナ国家の創設を認める可能性を国連の場で初めて示した。イスラエルの中で穏健派の外相は演説後、記者団に対し「私個人の見解を述べたが、多くのイスラエル人の気持ちでもある。これ以外に問題の解決策はない」と語った。

 ペレス外相は演説で、「以前は(イスラエル人の間に)パレスチナ国家(創設)への支持などほとんど見られなかった」と述べ、情勢が変わってきたという見方を示した。

 さらに、「私たちはパレスチナ人を支配したくはない。私たちは彼らに、自由の空気を吸い込み、経済活動を行い、自分たちの伝統を守り、最高度の教育を受けさせ、そしてすべての人々に安全を与えられるようになってほしい」と訴えた。

 ただ、事前に配布された演説文には、パレスチナ国家について「今や、軍隊を持たず、経済的に存続できる独立したパレスチナ国家の創設が、最善の策だという幅広い合意がある」という文章があった。しかし、イスラエル政府内の右派がパレスチナ国家創設に言及することに反発し、実際の演説からはこの部分がすっぽりと抜け落ち、「個人的見解」にとどまった。

■ビン・ラディン氏の声明
亜空間通信

最も情け深く、最も哀れみ深いアラーの名において。アラーに賞賛を捧げる。(アラーは)全宇宙の創造者にして、全ての人間の為に地球を平和の住まいとして創られた。アラーはサステナー(支え主)である。そして、その人は我々を導く為に預言者ムハンマドを遣わされた。 私はUmmat Groupに感謝する。

(Ummatの)刊行物により私は、私の見解を人々(悪魔の嘘を信じることを拒否したパキスタンの特に勇敢なMomin 『本物のイスラム教徒』の人々)へ伝える機会を得た。 私は、アメリカ合衆国での9月11日の攻撃に関与していないと既に話した。イスラム 教徒として私は嘘をつくことを避ける為に最善を尽くす。私にはこれらの攻撃につい ての知識がなかったし、私は無実の女性達や子供達と他の人々の殺害を評価可能な行 動として考慮しない。

イスラム教は、無実の女性達、子供達と他の人々を害することを厳しく禁ずる。 そのような行為は戦いの間にも禁じられている。 アメリカ合衆国は、女性達と子供達と他の信仰(特にイスラムの信徒)をもつ一般の 人々に対しあらゆる虐待を行っている。 この11ヵ月間パレスチナで続いている事の全ては、アメリカ合衆国とイスラエルの上 に神の激怒を呼ぶのに十分である。

これらの所業の物言わぬ目撃者となったイスラムの国々にもまた警告がある。 以前、イラク、チェチェン、ボスニアで無実の人々に何がなされたか? 唯一の結論は、合衆国と西側の無関心から導き出される。テロと反イスラム勢力であ り反イスラムの戦力を支援するアメリカに支援された暴君の行動にたいする無関心。 イスラム諸国とのその友情は虚偽というより、寧ろ見世物である。

これらの国を唆すか、脅迫することによって、アメリカ合衆国は彼らにその選んだ方 の芝居をすることを強制している。 見回してごらんなさい。そうするとあなたはアメリカ合衆国の奴隷が『イスラム教徒 の』支配者か敵であることが分かります。 米国には友人がいないし、持ちたくない。友情の前提条件は友人のレベルに行くか、 自身と同等と考えることだからです。

アメリカは、アメリカと同等なものなど見たくないのです。アメリカは他者に隷属を 期待するのです。したがって、他の国々はその奴隷か従属者なのです。 しかし、我々のケースは異なる。我々は全能の神のみへ隷属を誓った。その誓約の後 には他の如何なる者への隷属も不可能である。 もし、我々がそれをするならば、それは我々のサステナーと彼の仲間の存在を無視することになる。

彼らの自由を支持する世界の大部分の国は宗教国家である。それはア メリカ合衆国の敵である。あるいは、後者は彼らをその敵と思う。 あるいは、中国、イラン、リビア、キューバ、シリアと旧ロシアといった、隷属を受 け入れない国々。9月11日の行為を行った人は誰であろうと、アメリカの人々の友人 ではない。私は既に、『我々はアメリカのシステムに対抗するが、アメリカの民衆に は対抗しない』と話した。

ところが実際には一般のアメリカの民衆が死んだ。 私の情報によれば、犠牲者数は米国政府が発表したものより遥かに多い。しかし、ブッシュ政権はパニックの拡大を望まない。アメリカ合衆国は、それ自体の中(合衆国内)でこれらの攻撃の犯人を追跡しようとしなければならない;

米国システムの一部であるが、それに対して異議を唱えている人々。または他の幾つ かのシステムのために働いている人々;今世紀をイスラム教とキリスト教の対立の1 世紀として作り上げたいと望む人々、そうすることにより彼らの文明・民族・国・イ デオロギーを存続しえた人々。彼らはどんなものでもありえる。

ロシアからイスラエルへ来たもの、そして、インドからセルビアへ来たもの。米国に は、何十ものよく組織化され、よく装備されたグループがある。そしてそれは大規模 な破壊を引き起こすことができる。

それから、あなたは決してユダヤ系アメリカ人を見落としてはならない。彼らはフロ リダでの選挙以来ブッシュ大統領に悩まされ、彼(ブッシュ)に復讐したがっている。

そして情報部が米国にある。それは米議会と米政府に毎年何億ドルもの資金を要求する。 この『資金提供問題』は旧ソ連が存在する限り大問題ではなかった。しかし、その後 (ソ連崩壊後)これらの機関の予算は危険に瀕した。

彼らは敵を必要とした。

それで、彼らは先ずオサマとタリバンに対して宣伝を始めた。それからこの事件は起 こった。ブッシュ政権は、40億ドルの予算を認可した。この莫大な金額はどこへ行く か?

それは同じ機関−巨大な資金を必要とし、彼らの重要性を発揮したい機関−に提供さ れるだろう。現在、彼らはその金銭を彼らの拡大のために、そして彼らの重要性を増 大させるために費やすだろう。

実例を示そう。

世界中から来る麻薬密輸業者は、米国の秘密機関と接触している。これらの機関は麻 薬栽培と取引を根絶やしにしたくはない。彼らの勢力が減弱させられるからだ。米国 麻薬取締局の職員は麻薬取引を奨励する。そうすることにより彼らは自らの能力を証 明し、何百万ドルもの予算を獲得出来るからだ。

ノリエガ将軍はCIAによって麻薬の大物にされ、危機にあってスケープゴートにさ れた。

同様に、ブッシュ大統領あるいは米国の大統領なら誰であろうと、彼らはイスラエル をその人権虐待によって裁判に引き出す事もその種の犯罪に対して責任を負わせるこ とも出来ない。

これは何であろうか?

合衆国の政府内に政府が存在するのではないか?

その秘密政府は、『誰が攻撃をしたか』と問われねばならない。

私は、私の義務はちょうどイスラム教徒を呼び覚ますことにあると言わなけ ればならない;

彼らにとって『何が良いか、何が良くはないのか』を彼らに伝えることです。 イスラムが唱えるのは何か? イスラムの敵は何を望むのか?

アル・カイーダは不正に対する聖戦を遂行するために設立された。特に異教徒の国の イスラム教国に対する猛攻撃に対決するために。 聖戦はイスラム教の第6番目の宣言されていない要素である。

『最初の5つはイスラムの基本的で神聖な言葉である。祈祷、断食、メッカ巡礼、施し』

あらゆる反イスラムの人々はそれを怖れる。 アル・カイーダは、この要素を生かし、活発にし、イスラム教徒の日常生活の一部分 にすることを望む。イスラム教徒に礼拝のステータス与えたい。

我々は如何なるイスラム教国にも対立しないし、我々は聖戦としてのイスラム教国と の戦いを考慮しない。彼らがムスリムであるという理由で無実のイスラムの男性達と 女性達、子供達を殺害する異教徒の国々に対して我々は聖戦を行う。

米国の行動を支持することは、幾つかのイスラム教国に必要であり、他のイスラム教 国には強制である。しかし、彼らがアフガニスタンのようなイスラム教国に対するキ リスト教徒とユダヤ人の攻撃を支持するならば、彼らの宗教上・道徳の立場に何が残 されるかを考えなければならない。

そのような個人、組織と国に対するイスラムのシャーリア(法律学)の命令は明白で ある。そして、イスラム同朋の全ての学者の意見も一致している。 我々は同じことをする。

それはアミール(支配者)ol-Momenin 『忠実な信者の指揮 官』であるムッラー・オマールとイスラム法学者によって発動された。 イスラム教国の人々の心は、聖戦の呼びかけに鼓動している。

我々は彼らに感謝する。

私は、我々がアメリカ合衆国に敵対するものではないと既に語った。我々は システムに反対する。そのシステムは他国を奴隷化し、他国に政治的・経済的自由を 投げ出すよう強制する。

このシステムは、ユダヤ系アメリカ人によってすっかり管理されている。彼らの最優 先事項は『イスラエル』であり、『アメリカ合衆国』ではない。 それは単にアメリカの民衆は彼ら自身ユダヤ人の奴隷であり、彼等(ユダヤ人)によって設定された原則と法に従って生きることを強制されるということである。

そう。罰はイスラエルに及ばなければならない。実際、イスラエルである。イスラエルは無言で無実のムスリムと合衆国に大虐殺を与えている。 Ummat: 武装闘争は別として、何故イスラムの敵を他の手段で害することはできない のか?

例えば、ムスリムに西洋の製品、銀行、海運会社とTVチャンネルをボイコットさせる ことです。 オサマ: まず西洋の製品のボイコットであるが、これはイスラム同朋愛が完全に呼び 覚まされ組織化されたときに可能になる。

第2に、イスラムの会社は、西洋の会社の製品と同等な製品を自ら生産出来るように なるべきである。自足経済が達成され代替となる製品が製造されない限り西洋の製品 のボイコットは不可能である。あなたは富がイスラム世界にばら撒かれたことを知っ ている。

しかし、現代の要求に合ったイスラム禁止命令を説く、そして、国際的影響 力を持つ一つのTVチャンネルも得られなかった。 ムスリムの投資家と慈善家はそれを作るべきである。『世論の武器』が使われるのだ からそれを保持すべきである。

今日の世界は世論であり、国家の運命はその圧力を通して決定される。一旦、世論を造るための道具を得れば、あなたが求めたことは全て成し遂げられる。

事実、西洋のメディアは何もあとにも残さない。そこには、長期間生き残る ため主題以外に如何なる主題もない。我々は他になすべきことがある。聖戦と成功の ための闘争はアラーのためにある。彼の保証人を悩ますためにあるのではない。

我々の沈黙は、我々の真の宣伝である。 拒絶、説明あるいは間違いは、単にあなたの時間を浪費させる。敵はそれを通じてあ なたを無益なものへと引き込みたいのだ。これらのものは、あなたをあなたの大義か ら引き離している。

西洋のメディアはそのような根拠のない宣伝を発している。それは我々を驚かす。し かしそれは彼らの心に悪影響を及ぼし、徐々に彼等自身がその宣伝の捕虜になる。彼 らはそれが怖くなり、彼ら自身を傷つけ始める。 テロは近代において最も恐れられた武器である。そして、西洋のメディアはそれ自身 の人々(西欧の人々)に対して無慈悲にもそれを使っている。

それはヨーロッパとアメリカ合衆国の人々の精神に『恐れと無力』を加えることがで きる。それは『アメリカ合衆国の敵には出来ないことを、合衆国のメディアがしてい る』という意味です。あなたは、戦争中の国家の業績(それは恐れと無力に苦しむ)と は何であるかを理解することができます。

神は彼のために働く人々のために道を開く。口座の凍結は、アル・カイーダ や他の聖戦グループに何らの不都合も齎さない。アラーの恵みで、アル・カイーダは 3つ以上のそれに代わるような金融システムを持っている。 そして、それらは完全に相互に独立している。このシステムは聖戦を愛する人々の後 援の下で運用されている。

アメリカ合衆国が何を言おうと、団結した世界さえ彼らの 方針を変えさせることは出来ない。これらの人々は何百でなく、何千、何百万といる。 アル・カイーダは、西洋の金融システムの亀裂を知るこのような教養ある若者達によって構成される。

また、彼等は彼等の手中にラインがあることも知っている。 これらはまさに西洋の会計システムの欠陥である。そしてそれらは西洋の会計システ ムにとって罠になる。そしてこのシステムは多くの日の経過を以ってしても回復しえ ない。

現在、強固な聖戦の力が世界各地に存在する。インドネシアからアルジェリ ア、カブールからチェチェン、ボスニアからスーダン、そしてビルマからカシミール に。

それは私個人の問題ではない。 私は神の無力な同胞である。神の前で絶えず私の義務を恐れる。聖戦のそれはオサマ の問題ではない。イスラム教の、そしてイスラム文化圏の問題である。神のおかげで、聖戦を遂行している者達は頭を上げて歩くことが出来る。

オサマが居なかった時も聖戦は存在した。同じようにオサマがもはや存在しなくなっ ても聖戦は存続する。

アラーは、命・財産・子供達と共にアラーの道を行く者たちに 道を開き、その心に愛を創る。 信じなさい。聖戦を通して人は求めるものすべてを得る。そしてイスラム教徒の最大 の希望は生命のあとにある。苦痛は永遠の生命に到達する最短の道である。

我々は、間違った軍隊の前に封鎖を立て、戦いの最初の隊列に立ったパキス タンの勇敢な本物のイスラム教徒(Momin)の人々に感謝する。

パキスタンはイスラムの兄弟にとって大きな希望である。その人々は呼びさまされ、 組織され、そして信仰の精神が豊富である。彼らはソ連とのその戦いでアフガニスタ ンを後援し、あらゆる援助をムジャヒディンとアフガニスタンの人々に与えた。まさ にパキスタンの人々はタリバンと支え合っているのだ。

そのような人々がちょうど2つの国で出てくるならば、西側の支配は数日で縮小する でしょう。我々の心臓はパキスタンで鼓動した。そして(断じてないように)難しい 時が来るならば、我々は我々の血でそれを守る。

パキスタンは我々にとって礼拝の場所のように神聖である。我々は聖戦の民である。 そして、パキスタン防衛のために戦うことは我々全てにとって最高の聖戦である。 誰がパキスタンを統治するかは我々にとって重要ではない。重要なことは、パキスタ ンの人々の心のなかで聖戦の精神が生き、さらに強くなったことである。

■アフガニスターン南北分断シナリオ
 オバハンからの緊急レポート

<11月16日> 07:16
『 日本の某新聞、タリバンの本拠地カンダハールに新首都。凄い見出しが躍っている。北部同盟がカブールを首都としてそのまま使いタリバンはカンダハールというわけか。それならアメリカが数年前に描いた、アフガニスターンを南北に分断というシナリオ通りではないか……。 中央アジアから産出される天然ガスや、オイルを運ぶためには、どうしてもアフガニスターンの北半分を手のうちにいれなくてはならないという』

<11月16日> 07:12
『 当地の英字新聞によると、現在イスラマバードとラワルピンディにいるアフガン難民は日増しに増え、その数は7万〜7万5000人。イスラマバードやラワルピンディに住む難民の多くは、海外に住む親戚などから、毎月50〜100$程度の送金を受けて1家族が細々と暮している。その細々暮しているところへ、僅かな縁を頼って新たな難民が押しかけているので、1間をカーテンでし切り、窮屈なザコ寝生活だが、屋根があり風が防げるだけでも恵まれている。 もちろん難民登録などはなされていないから、国連による援助は一切受けられないし、パーキスターン人の篤志家に拠るしかない。 「アフガン難民を支える会」も、本格的にナーンの配布が出来るようにと、先週からずっと家捜しをしているが、周囲に迷惑がかからないような場所がなかなか見つからない。』


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