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■ああ、もう一日生きられると思ったの

冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
「様々な風が吹きはじめた、そして……」

『 「優しさ」を求め、「癒し」を求める心理はまだまだ根強いものがあります。』

『 音楽への嗜好などには、その「癒し」志向がはっきり現れています。今、アメリカ全土で、極端な形で売れている歌手がいます。湾岸戦争の時のようにホイットニー・ヒューストンの「国歌」?いいえ、違います。アイルランドの歌姫、エンヤのCDが飛ぶように売れているのです。

半年位前に出た最新のアルバムなどは、ほとんど品切れで増産に増産を重ねているようです。アイリッシュの民謡風のメロディーを幻想的なアカペラで歌った彼女の歌がこれほどまでに売れるとは、「癒し」を求める心理も極まれりというところでしょうか。』

『 ショーの終わりには、ジョンの遺児ショーンが見事に父のナンバーを歌い上げた後に、ヨーコ・オノが登場、平和のメッセージを訴えると会場全体は総立ちになりました。』

『 ヨーコ・オノといえば、「9.11.01特集号」と銘打った最新の「ローリング・ストーン」誌にもメッセージを寄せています。今回の事件を自身の幼年時代の東京大空襲の経験と結びつけた珍しい論調です。

「爆撃の音が止んで防空壕から出た時に、ああ、もう一日生きられると思ったの」、「辛い経験だった。でも、その経験が私を強くしたの」だから、今回の事件について80%の人が軍事行動を支持しているなんていう世論調査を見ても「なにそれ?」だというのです。』

『 まだまだその行方は分かりません。ですが、「911」を経て明らかにアメリカは変わりました。変化のスピードは落ちてはいません。リスクを取りながら判断を下す勢いも変わりません。ですが、「ずっと先を見て」考える姿勢や、「立場の異なる人の存在を考慮に入れる」姿勢は強くなりました。そして、立場の違いを越えて団結したり助け合ったりすることも。』

『 ですが、アメリカは以前のアメリカではありません。夕方のCNNでNATO軍参謀のOBが今回作戦の「解説」をしていたのですが、「今回作戦において民間人の犠牲者が出ている可能性は?」 という質問に対して元参謀は 「覚悟しなくてはならない(needtobeexpected)」とはっきり言ってしまったのです。

その瞬間にCNNの花形政治記者のウォルフ・ブリツァーともう一人の女性キャスターの顔は引きつり、重たい沈黙が流れました。それは、元参謀が「空爆に対する昔の通りの感覚」を持っていることへの驚きであり、このまま攻撃をエスカレートした時に世論が割れる危険への戦慄だったように思いました。』

『 米国世論の動向がたいへん微妙なところです。基本的に対象地域への無関心と非現実感の支配していたコソボをめぐるユーゴ空爆などとは全く訳が違います。今回は、テロの頭目であるらしいオサマを匿っているらしいタリバンへの反撥と同時に、アフガンの市民達はそのタリバン支配の被害者であるらしいという深い関心と世論形成が出来ていることは間違いありません。』

『 アフガンの隣国のパキスタンからは、一夜明けた朝刊の見出しがアフガン贔屓色が強いという報道と共に反米デモのニュースが入ってきています。パウエル国務長官は急遽、パキスタンとインドに飛ぶことになりました。オサマ自身の「パレスチナに平和の来ない限りアメリカにも平和は来ない」という不気味なビデオは全世界に流れて、嫌な雰囲気を煽っています。』

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■悲しい勘違い
長く暗い冬の夜/冷泉彰彦

                           『 いずれにしても、国歌の強制というのには無理があります。911以来様々な形で愛国心を強調する演出がありましたが、国歌の出る幕は限られていました。歌詞の中に血なまぐさい表現があるから嫌われたとも言えますし、何よりも「ゴッド・ブレス・アメリカ」の柔らかな大地への賛美や、「アメリカ・ビューティフル」の素朴なメロディーが愛され、傷付いた人々の心に共感を呼んだからでした。』

『 「グラウンド・ゼロ」で行われたNYの消防局と警察の合同慰霊祭では、ジャズ・トランペットのソロの国歌という趣向でした。これが哀切極まる見事な演奏で、大統領の意図した「一斉」という主旨をはるかに越えてしまったのです。時に朗々とメロディを奏でたかと思うと、慟哭するように音を震わせて悲しみを表現する、メロディは国歌そのもでしたが、それは明らかにレクイエムでした。好戦的な愛国心とは無縁 のものに浄化されていたのです。』

『 恐ろしき炎逆巻く場所にても、神よ、我が任務を全うし人命を救い出す力を与えたまえ。神よ、炎に巻かれた幼き者を、運命に怯える老いたる者を、共に救い出す力を与えたまえ。いかに、警告の叫びが弱々しくとも、見事に聞き届けて見事に火を押える力を与えたまえ。我が天職を全うし、我が隣人達の生命財産を守り抜くことをここに誓う。そして、神よ、あなたの意志で我が命を召し上げられる時は、祝福と共に我が 家族をその御手で守りたまえ。』

『 まるでサムライ精神か特攻隊のように思う人もあるかもしれません。確かにアメリカの消防士は、いやその中でもNYの消防士は「命知らず」を誇りにしてきました。ですが、兵士の「命知らず」が相手の殺戮を直接の目的としているのと比較しますと、消防士のそれは人命救助のための自己犠牲であって、より純粋な信念になってしまっているのです。』

『 ですが、単純に考えて、飛んでいるミサイルを撃ち落とす技術は、止まっている都市をミサイルで攻撃する技術より高度であって、そんな高度な技術を持っていれば攻撃的な性格に転用することは簡単なはずです。それに、ミサイル迎撃技術を一方的に持ちながら、自分の国は先制攻撃のできるミサイルを一定数維持するというのであれば、相手国に取っては恐怖以外の何ものでもありません。』

『 民主党からは、911の直後に、これからの真の敵は小回りの利かせてくるテロ集団であって、こんなミサイル迎撃技術などはアメリカの安全保障には必要ない、そんな大正論も出ていたのですが、ホワイトハウスは聞く耳を持ちませんでした。』

『 911の直後の時点で、「ジョン・レノン記念コンサート」というリベラル色の濃い番組を米国トヨタがメイン・スポンサーになっていたのは、あれは極めてマーケティング上で理にかなっていたのでしょう。』

『 マスコミの発達した現代において、世論操作の方法は多岐にわたっていると言って良いでしょう。その中で、もっとも単純で確実なのが伝えたくないニュースを隠すために、別の意味の薄いニュースを垂れ流すというものです。では、このオサマのビデオ騒動にニュース番組の時間を割かせてまで隠したかったことがあるとすれば、それは何でしょう。ABM条約の破棄かもしれませんし、アメリカン機機長の埋葬問題で軍 が批判されることかもしれません。もしかすると、「デイジー・カッター」爆弾によるトラボラ地区への猛烈な空爆のことかもしれません。』

『 この「デイジー・カッター」というのは、「爆心地」から半径数百メートルにある物体を爆風で破壊し、同時にその範囲の空気中から酸素を消滅させるという新兵器だそうで、今回のアフガン空爆で改めて納入業者や購買担当の威信にかけて「威力」を見せつけているものです。「恐怖心から敵に戦意を喪失させる」効果が自慢だそうで、マザリ・シャリフでも、カンダハルでもそのために使用されたとされています。』

『 こうなると、ヒロシマ、ナガサキ以来の米軍の「悲しい勘違い」と言ってさし支えないでしょう。制空権を得ながら地上の人心を掌握できない事態も恐ろしいまでの空爆をすれば打開できる、そのためには民間人をはじめとして多くの犠牲が出ても構わないというのですから、これは思想や戦術ではなく、単なる「悲しい勘違い」でしょう。』

『 タリバンを120人殺したとか言って喜んでいる一方で、野生動物のことは心配するとしたら、これはヒューマニズムの否定に他なりません。いずれにしても、こんなことを続けていたら、軍と軍需産業に引きずられてアメリカの威信が内外から崩壊してしまいます。それでは、まるでベトナムの二の舞でしょう。』

『 EUはイギリスを含めて「死刑廃止はヨーロッパの魂」だとして断固譲る気配がありません。死刑制度のある国に容疑者は渡さないというのです。こうなるとそれぞれの加盟国で賛成反対の大騒ぎをしてまで、EUの法律を統一していった成果が歴然としています。マーストリヒト条約では、人権に関する条項は加盟国の中で「最も尊重している国」の基準をEU全体の基準にしていったのです。』

『 ABM条約の破棄、デイジー・カッター爆弾、怪し気なしかし空恐ろしいビデオ、死刑制度と、とにかく人心を凍らせるようなニュースが続きます。こうなると、長く暗い冬の夜が益々寒々と感じられてくるのです。』



NHK(総合)

「続エンデの遺言1 坂本龍一 地域通貨の”希望”」 
11月25日(日)23:00〜23:49 

「続エンデの遺言2 坂本龍一 銀行の”未来”」 
11月25日(日)23:50〜00:39 

■念願の井戸から水
空爆開始15日目、日本の善意を届けるカブールへの初荷

2001年10月23日

『 悲願だったダラエヌールのICRC(国際赤十字委員会)クリニックそばの井戸で水が出たとの報告がありました。23日夕方の報告を聞いた時、 掘っている井戸から水が出た時と同じ感動を味わいました。』

『 空爆開始から15日目にして 日本で応援して下さっている方々の善意を届ける事ができました。昨日のトラックの運転手の中にジャララバード出身の者がおり、「PMSの名前もオフィスも知っている、日本人は友達だ」と言っておりました。

イクラムラ事務長も顔をくしゃくしゃにして喜んでいました。あれほど嬉しそうな顔は初めて見たように思います。ジア先生の連絡があれば第2期もすぐスタートできる態勢です。中村先生が戻られるのをお待ちしております。』( 現地連絡員 目黒 丞)

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■悲しみと笑顔

『 「あなた達日本人は必ずペシャワールにいると信じてここまで来た。やはりあなた達はいたし、新しい事も始めていた。忙しそうに働いているのを見てうれしくなった。帰って来るまで作業は続けるから心配しないでほしい。」そう言って私と中山君を抱き締めると帰っていきました。』

『 届いた画像は空爆のひどさを伝えていました。壊れた家、横たわる家畜、巨大な不発弾、新しいお墓。想像し覚悟もしてましたが、やはり悲しくなりました。

  対照的に配給風景はやはり「ペシャワール会の活動」でした。クリニックに来た患者さんの家族がお礼を言う時の顔、井戸から水が出て喜ぶ村人の顔、一生懸命働くスタッフの顔。

医療活動も水源確保事業も食料配布計画もすべてが、やはり「ペシャワール会の活動」だったと感じました。追って送りますので、楽しみにしていて下さい。』(現地連絡員 目黒 丞)

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■やれるとこまでやる

2001年11月1日(木)

『 11月1日(水曜)午後、ジア副院長がカブールよりペシャワールに到着し、現地報告と今後の展開について会議を行った。カブールの人々は「逃げ惑うか、死ぬしかない状態」だという。

多くの人々が安全だといわれていたメクラヤー地域に集まっていたが、爆撃されハイハナー地域に避難した。しかしハイハナー地域も爆撃されまたメクラヤー地域に移動して行ったとの事。昼夜問わず爆撃が続いているが町から逃げ出す資金が無い人がほとんどだという。』

『 他に活動していた組織についてはCARE、WFP(世界食糧計画)、ICRC(国際赤十字委員会)の情報があったが、CAREは既に撤退し、WFPはカブール郊外まで物資満載のトラックが来るが、市内で見かけられず配給も行われていない。ICRCは直接の空爆被害者のみしか活動の対象にしておらず、そのため殺到した他の市民により活動を断念したという。一部では略奪もあったとの事。』

『 PMSのオフィスは、付近にタリバン高官やアラブ人の住居があるため危険だと判断し移動した。パキスタン人義勇兵が宿泊していた建物が正確に爆撃され27人が死亡したが、ICRCの建物が2回も爆撃され、避難した市民が集まっていただけの場所も爆撃され、市内に安全な場所は無いとの不安が広がっている。

食糧配布のための調査に回っていたスタッフが立ち寄った家では、子供がナンのかけらと唐辛子だけを食べていた。ほとんどの人が食料を充分に得られていなかった。』

『 PMSの配給時においてタリバン当局も懸命に協力していたが、配給対象とするべき人が予想以上に多く困難だったとの事。概算でも250000家族が危険な状況にあるという。より多くの人々に配給するために、1家族あたり小麦粉200Kg食用油16リットルの計画を小麦粉100Kg食用油8リットルに変更することが提案された。』

『 ジア副院長の報告は生々しく凄惨なものでした。日中忙しく働いたスタッフがオフィスに戻っても空爆で家屋全体が揺れ眠れなかったそうです。それでもジア先生は「Up to we can do.(やれるとこまでやる)」と言われました。

イクラムラ事務長もペシャワールからの発送のペースを上げるために、夜遅くまで業者と打ち合わせをしていました。アフガン、パキスタン側は「やれるとこまでやります」。日本側も大変だと思いますがよろしくお願いします。』(目黒 丞) クリックすると大きな写真が見えます

■鬼気迫る状況
ペシャワールにて 中村 哲

2001年11月2日(金)

『 11月1日、カブールに10月23日から31日まで食糧配給計画で留まっていたPMS副院長、ペシャワールへ帰る。報告によれば、鬼気迫る状況。

夜間爆撃による死傷者が連日出る中、粛々と日常診療が行われているのは、まさに我々の医療最前線なのだ。5ヶ所の各PMS診療所は通常の業務をこなして、市民たちに励ましを与えている。』

『 カブールでの食糧輸送第一便は10月23日に到着。餓鬼のように押し寄せる人々を整理しながら、1814家族分(18,140人の3ヶ月分、小麦363トン、食用油28,800リットル)が配給された。カブール市の東西南北、4グループが、周辺から配給しながら中心地に向かった。

群がる市民たちはタリバン兵士たちによって整理され、列を作らされた。副院長以下20数名の吾がPMSスタッフは群集にもまれながら勇敢に任務を遂行した。ある医師は、この最中に顔面に警棒を食らって負傷したがひるまず任務を終えた。』

『 夜は爆撃で市民たちは不安でまともに眠れず、心理的な圧迫感があった。カネのある市民はジャララバードやラグマン方面に逃れたが、現在残る者は迫り来る飢餓に怯えながら、連夜の爆撃に耐えている。

爆撃は現在、カンダハルほど激しくはないが、「次はカブールだ」と皆思っている。吾がPMS職員が全滅すると計画が中断するので、職員は一ヶ所に集めて宿泊させず、市内に分散して泊まらせている。職員は強制配備せず、各人の自発的な意思に任せている。』

『 今回のものはいわば「偵察行動」で、配給計画の実地の試みであったが、これが有効なことを確認したことが成果である。わがPMSでは、この約10倍量を2週間のうちに配給する。

既にジャララバードに倉庫を設け、ペシャワールから国境を越えて約4,800家族分、小麦約1,000トンがアフガン内に送付された。さらに隔日に食用油20トン、小麦252トン(2,500家族分)のペースで輸送が行われる。PMS病院は現在、総力をあげて輸送に取り組んでいる』

『 現在少数のNGO(カナダ救援基金、アラブ系組織、パキスタンの人々からの寄付)以外に食糧計画はなく、それも少量である。PMSがほぼ単独で悪戦苦闘に近い状態。厳冬を直前に、計画は本格的段階に入った。』

 副院長の報告によって、以下を今後の方針とした。

1)事態は日ごとに悪化している。飢餓市民は爆撃で逃げまどい、相当な圧迫感を受けている。家族(10名)当たり3ヶ月(小麦200キロ、食用油16リットル)を配給してきたが、なるべく多くの市民に行き渡らせるように、各家族6週間分(小麦100キロ、食糧油8リットル)とする。

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■芯の強い誠実なスタッフ

『 今回のトラックに同行したスタッフの中に、イクラームという若い医療スタッフがいました。空爆開始後にパキスタン人スタッフがアフガンに向かうのはこれが初めてです。先月半ばにジア副院長と供にカブールでの食糧配布のための調査をするスタッフを募ったとき、彼も志願しました。

その時はパキスタン人には危険な状況と判断され、イクラムラ事務長が説得して引き留めました。日頃おとなしかった彼が「自分が行く」と言い張ったのには驚きました。』

『 今日、雨の中で集合してくるトラックにペシャワール会の旗をつける彼は頼もしく見えました。作られた派手な英雄なんてここにはいません。その代わり芯の強い誠実なスタッフが活動を支えています。』(現地連絡員 目黒 丞 (すすむ))

■全力をカブール輸送に集中

2001年11月6日(火)

『 ジャーナリストがつめかけて一息ついたら、今度はNGOラッシュである。まるで動物園の中の動物でも覗くように、好奇の目を走らせる。中にはツァーまがいのもあって、「薬を持ってきたが、パキスタンの団体は信用できないのでお宅に」と問い合わせがあったりする。訊けば、「難民の実情を見ながら支援する国際団体の一行」なのだそうだ。「明朝は暇があるんでお話など伺うことに決めました」との話。』

『 折しも当方は、食糧輸送で殺人的な忙しさ。こちらの都合は考えないのかな。小生がやんわり断ると、不愉快さを隠さなかった。「私どもはただの旅行者ではありません」とはツァーコンダクター氏の弁。』

『 相も変らぬ爆撃のニュース。騒々しくも軽々しい日本の官民あげての協力。こちらの都合は考えないのかな。こちらの都合は考えないのかな。』(PMS病院長 中村 哲)

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■病院やクリニックの様子

2001年11月6日(火)

『 ジア副院長からの報告には、私達も胸のこそげるような悲しみと憤りを感じ、と同時に、今こそアフガニスタンへ食糧を届ける時であり、今こそ最も医療が必要な時だと認識しました。』

『 私達も「もうずいぶん寒くなった。何とかして、はよ食糧を送らないかんね。カブールクリニックも薬が不足せんごと、ちゃんと頭に入れとかんといかんね。」と、ある意味で力が湧いてきました。』

『 昼過ぎにジャララバードに着き、ジャララバードに食糧を一時確保出来る大きな倉庫が見つかったと嬉しい報告をしてきました。それを受けてこちらでは、早速明日(7日)小麦粉トラック10台分、280トンを発送する予定です。

その後すぐに食用油も送ります。こちらでは、目黒さんや事務長が製粉工場との交渉や運送の手配をし、ジア副院長の「送ってくれ」という要請にすぐ対応できるこの連携作業の良さに、思わず拍手を送りたい気分になりました。』

『 大きな倉庫が確保できたので、これからは一日おき位に小麦粉と食用油を送れるように手配してゆきます。これからはますます日本、ペシャワール、ジャララバード、カブール間の連絡を密にするようにと、中村先生が念を押されました。ジア副院長のカブール不在中は、残ったスタッフ達が食糧配布家族の調査を続けていましたので、すぐにも配布が始められるのではないかと思っています。』

『 カブールの5つのクリニックでは、いつもの通りに診療が行われているそうです。クリニックの一つダステバルチーには、9月から勤務していたナース(看護士)の一人が帰って来ました。彼のいるクリニックは、らいの患者さんが多い所で、新患や以前治療をどこかで受けたあとの人や、治療を途中でやめた人、再発(再燃)した人などが来院していましたが、最近はその数が増えていると言っています。』

『 明日(7日)、このナースは食糧運送のトラックに同乗してアフガンへ行き、カブールの勤務に戻るので、足に感覚障害を持つらい患者さん用の靴を、たくさん持って行って貰おうと思っています。まだ10月の診療報告が届いていないので、正確な数はわかりませんが、彼の話によれば、クリニックのある場所によっては昼間の爆撃を恐れて家から出られずに、受診出来ない人達がたくさんいるそうです。またバザールでは野菜や肉、果物、日用品の数が減ってきているそうです。』

『 私達のカブールクリニックが始まってから9ヶ月になりますが、彼はそのうちの6ヶ月間をカブールで勤務しました。今回は4日ほどペシャワールで用を済ませたら、すぐカブール勤務に戻ると言っています。カブールで勤務するからと言って、特別な手当など何もありません。

連日連夜続く米軍の爆撃を見聞きしながら、過ごしていたであろうに、何が彼をこんなに変えたのだろうかと思いながら、彼の話を聞いていました。と同時にナーストレーニー(看護学生)だった彼が、ペシャワール会がなぜ発足したかという所に一致して来たスタッフの一人になりつつあるのではないかと感じられました。』

『 ペシャワールの病院では、最近ぽつぽつとアフガニスタンからペシャワールへ避難して来た人達が来院するようになりました。昨日は悪性マラリアで入院していたアフガニスタンの子供が、数日の入院であっという間に回復して退院して行きました。

入院時から2日間くらいは高熱と頭痛、吐き気、嘔吐の為に話をする元気もなく、目を開けているのがやっとで、死んでしまうのではないかと心配され、観察室に入れました。治療が始まって3日目には、庭で散歩している姿が見られ、昨日の退院となり、看護していた者達もこの回復力を喜んでいました。』

『 この子供が入院して来た前日には、6ヶ月の赤ちゃんが同じマラリアで入院していました。入院時意識ははっきりせず、血管確保の為に針をさしても反応は僅かで治療を開始し、中村先生や主治医が救急蘇生にかなりの時間をかけて頑張りましたが、まもなく死亡してしまいました。

この家族は20日前にジャララバードからペシャワールに避難して来ており、5日前からこの子供の具合が悪くなった為に他の病院に入院させていました。しかし状態は悪くなって行くばかりだった、それに薬代、その他入院治療に必要な物(注射器、ガーゼ、包帯、点滴チューブなど全ての医療消耗品)を買うお金も足りなくなって、どうしてよいか判らなかった、と母親が話していました。』

『 彼女は子供が死亡した瞬間、自分の怒りを何処にぶつけてよいの分からないかのように頭を左右に激しく振り、握りこぶしで自分の膝を何度も何度も殴りつけて泣き崩れました。

母親のショールにくるまれた50センチにも満たない小さな赤ちゃんを抱きしめて、病室を後にした家族の怒りと悲しみが私達にも伝わり、そこに居た医者、看護士、検査技師の誰も口を開きませんでした。アフガニスタンの女性や子供に教育を、と言っていたのはいつの事だったか、などとその時、ふと思い出していました。』(PMS病院看護部長 藤田 千代子)

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■ぎりぎりまで食糧配布活動

アフガンいのちの基金 現地報告 No.33 2001年11月13日(火)

『 タリバン兵が来て今夜はあなた達にとって良くない事が起こるだろう、気をつけよと忠告をした。午後8時過ぎからすさまじい爆撃がカブール市内で行われた。スタッフが寝泊りしていた事務所の数メートル四方にも6発の爆撃があり事務所がぐらぐら揺れた。煙の中をくぐり抜け避難した。スタッフは皆無事だった。』

『 明けて今日13日ワジールアクバルハーン(クリニックから2,3メートルの所)が爆撃されたので、スタッフはミクロヤンに避難した。クリニックのスタッフと会議を開き、まだ配り終えていなかった小麦粉と食用油の残りを保管する私有の倉庫を探して、8つの小さな倉庫に入れた。 

PMSの5つのカブールクリニックでは、カブール在住のスタッフはそのまま活動を続けることを希望。ペシャワールから派遣している3名のナース(看護士)も自発的に残り勤務を続行。前夜よりカブールからタリバンが撤退している事が判り、パシュトウン系住民の殆どが他の地へ移動し始めた。

タジク系とハザラ系の人たちはカブールにそのまま残っている。住民はターバンを脱ぎ髭をそり落とし、ある者はブルカを脱ぎ、ある者はシャルワルカミーズを脱ぎ洋装に変え始めた。その後国連や NGO、赤十字などの倉庫を開け援助物資等の略奪を始めた。』

『 今日13日午後2時頃、北部同盟はサロビ(カブールに入る渓谷の入り口)をおさえ、カブールとジャララバードの幹線道路を封鎖した。それからカブールへ入った。

その少し前に、ジア副院長と食糧配布活動をしていたスタッフ20名は、クリニックや食糧配布計画のアレンジを済ませカブールを出た。危険を避けるためPMSの車両3台に分乗しジャララバードへ向かったが、車両1台が途中武器を持った住民に略奪された。』

『 カブールからジャララバードヘ向かう車を空からヘリコプターが銃撃し、ジア副院長達は20数台がやられてゆくのを見た。まるでヘリコプターがゲームをしているように見えた。

ヘリコプターが来るとジア副院長達は車から降りてターバンや帽子を脱ぎタリバンではない事を表現した。路上にはたくさんの死体があったため、車から降り遺体を道路脇に寄せながら前進してジャララバードにたどり着いた。

ジャララバードのドライサシャイーキャンプ(タリバンが国内難民の為に設置した)にはカブールからの避難民が押し寄せている。今日中に北部同盟がジャララバードに来るのは確実である。 

ジア副院長達はカブールへ行く前に  "We do up to we can . "と言ったとおりに、連日連夜米国が爆撃を続けるカブールでぎりぎりの時まで食糧配布活動を続けた。

13日夕方5時トルハム国境へジア副院長一行を迎えに行ったイクラムラ事務長の手助けで、無事に国境を越え午後7時病院へ着いた。』(PMS看護部長 藤田千代子)

■アフガンいのちの基金

2001年11月13日(火)

『 ご承知のように、去る11月13日にカブールが北部同盟によって占領され、アフガンの政情はますます混乱を加えています。会員の皆さまの中には、「今後のペシャワール会の活動はどうなるのか」と不安に思う節もあるので、私たちの今後の計画についてお知らせ申し上げます。

先ず、いかなる権力交代、政情変化があっても、私たちの基本的方針はいささかも変わらぬことを言明致します。この18年間、さまざまな闘争や権力の変遷がありましたが、アフガンの人々に密着した活動には決定的な影響がなく、少しずつ拡大発展してきたいきさつがあります。

今回の政変は、過去の動乱のひとコマですが、「いのちの基金」はこのような混乱期であればこそ、日本国民の良心を示す力として有効に活用して参ります。

 とはいえ、戦場に等しい状態で吾が職員を危険にさらすことを避けるため、多少の修正はやむを得ないと判断されます。当面、以下を実施いたします。』

『 2.東部の干ばつ地帯でペシャワール(パキスタン領内)への難民を出さぬ努力に全力を投ずる。即ち、農業および飲料水源の確保事業。既設のPMS(ペシャワール会医療サービス)各診療所を拠点とする医療活動の充実。』

『 3.ペシャワール会=PMSは翼賛団体ではない。各国NGOや国連機関とは協力関係を保ちつつも、援助ラッシュには基本的に参加せず、より困窮する地域と人々に対し、長期的展望で有効な支援を続ける。

ニーズは無限大であるが、「いのちの基金」は末永く日本国民の自発的な良心の力として実事業に投ぜられる。政治や宗教的立場を超え、真に良心的な復興・救済事業をアフガン住民、なかんずく軽視されやすい弱者を重視して進めてゆく。国民の募金者に実績を定期的に報告する。』(PMS病院長 中村哲)


中村哲講演ビデオ領布のお知らせ

予価は2,000円(送料込み)。収益につきましては、すべて「いのちの基金」に寄付いたします。 ご希望の方はファックス・郵便にて下記にお申し込みください。なお、お支払いはビデオに同封の郵便振り替え用紙にてお願いいたします。

中村哲医師東京講演実行委員会

〒136-0071 東京都江東区亀戸7-10-1Zビル5階 労住医連気付 FAX03-3636-2372


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■刻一刻と変化する現地状況

2001年11月16日(金)

『 現地の状況は刻一刻と変化するため、できるだけ新しい物を受けたときにすぐに送るように努力していきます。以下情報を箇条で報告。

 ジャララバード市内は、11月14日早朝より、ダラエ・ヌールを元々支配していた。パシャイー部族とハジカディール部隊が少数の部隊で進撃し、既に住民に混じって侵入していた部隊と合流し、市を無血奪還した。タリバーン部隊は13日の時点で撤退を開始していた。

 15日の朝9時の報告によれば、「町はバザールの全ての店は閉じて、人々は家に閉じこもっている。普通に歩けるが、治安の責任者の所在がはっきりしていないため、略奪が起きる可能性がある。(PMSの)活動は一時停止。13日の夜に車輌を要求する一団が来たが、PMS水源確保事業のエンジニアが追い返した。」』

『 15日11時より、前日より報告にペシャワールに来ていたPMS水源確保事業スタッフがジャララバードへ向かう。午後6時頃ジャララバードより連絡あり。「国境はパシャイー部族のハザラットアリの軍隊により奪還さる。アリ側国境警備隊司令官とPMS水源確保事業スタッフが会談。今後PMSの活動を全面的に保証。氏の車に便乗し事務所まで帰ったとのこと。』(PMS水源確保事業責任者 蓮岡 修)

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■カーブル食糧配給レポート

2001年11月16日(金)

『 カブールでジア副院長らとともに食糧配給作業をしていたPMS薬局長の作業状況レポートが届きましたので送ります。

 配給日、たくさんの人が小麦粉と油を積んだトラックの周りに群がっていて、大変だろうと想像していたが配給場所を見て驚いた。ある所では住民が一列に並んで順番を静かに待っており、他の所ではトラックの近くに沢山集まってはいたが、騒動は全く起こらなかった。』

『 北部同盟が僅か数キロメートル迄来ていると毎日毎時ニュースを聞きながら、結局最後の配給日となった12日(月)は、どの家族に配るかという調査と配給を同時に行った。そんな中でも騒動は起こらなかった。彼やジア副院長はタリバーンの人達の協力なしにはこんなにスムーズには作業が出来なかったと話します。

最初の計画通りにスタッフ達は配給を受ける家族の調査を平等にするために、カブール市を東西南北に分けて調査を行いました。それでもスタッフ達は自分達の安全を守るために、人口の多い部族の住む所を先に調査したりはした。

タリバーンはこの配給計画は本当に貧しい人の手元に食糧が届いていると協力を惜しまず、また、毎晩スタッフが寝泊りしていた事務所に出向いて何か困った事はないか等と尋ねていた。』

『 毎晩爆撃の中にいた若いスタッフの体調が悪くなったので、ペシャワールへ連れ帰るために12日の配給作業が終ってから夕方カブールを発ち、夜中の3時にジャララバードへ着きました。ジャララバードでは、夜中に20人の住民達が国連関係の倉庫にある援助物資を狙っていたところ、門衛がタリバーンに通報し即座に逮捕されていた。

 移動診療のコーディネーターでもあるPMS薬局長は、クリニックのスタッフ交代時に薬品を各診療所に届け、クリニックの状況を観察するために、毎月アフガニスタンへ入っていてタリバーンとも接触していた。

これまで彼はタリバーンの事を悪くも言わないし褒めもしていませんでしたが、今回は「タリバーンの協力がなければあんなにスムーズには行かなかっただろう」と繰り返していた。他のスタッフも同じ事を言っています。』

『 彼達が13日(火)夜中3時にジャララバードに着いたその明け方に、ジャララバードでは「ラーガレイ、ラーガレイ」(来た!来た!)という、さけび声と共にいっせいにバザールの店が閉められ、住民はお互いにお互いを恐れあい発砲する住民もいた。

ジャララバードはその後混乱が始まり、車を持つものは車で脱出した。ジャララバード水計画事務所から連絡を受け、既に早朝にアフガニスタンへ向けて出発していた食糧運送トラックを国境のトルハムでストップしました。』

『 14日(水)朝、ジャララバードをパシャイー族のハザラット アリが一時的に掌握した。ハザラット アリはPMSのダラエヌールクリニックのある村の出身で、クリニックを開く時からのスタッフの知り合いでもあり、時々クリニックへも来院していた。

ジア副院長がジャララバードにいるハザラット アリの部下に電話をし、PMSの山岳地での医療活動や井戸掘りや今の食糧配給活動の事を説明して、PMSの事務所や食糧倉庫の管理をしてくれるように、またハザラット アリにそのことを伝えるようにと話ました。』

『 こんな騒動の中アフガニスタンではラマダーン(断食月)が始まりました。寒さと空腹と病気に苛まれている人達が忘れられているような気がしています。弱いものいじめをして何が楽しいのかと感じます。

今までの政権が圧制を強いていたとしても、食物や飲む水、住む家がないよりはその方がずっといいのではないだろうか。それともこれからの発展のために犠牲者が出るのは仕方がないというのだろうか。』(PMS看護部長 藤田千代子)


山本芳幸密着のアフガン・ドキュメンタリー番組が放映されます。日時は最終決定ではないのですが、取り急ぎお知らせ申し上げます。
11月29日 午後10時 NHK教育テレビ ETV2001 来年1月19日 午後9時 NHKスペシャル


■アフガニスタンへ冬物衣類を送る
海亀広場より

朝日新聞にアフガニスタンへ冬物衣類を送る記事が載っていたので、問い合わせたところ以下の返信メールが届きました。ここに転載いたします。

 お返事が遅れて大変申し訳ございません。モスクの玄関先に押し寄せる衣類の箱を毎日終電車まで整理して、昨日漸く一つ目のコンテナー(40フィート)を横浜港より出航させる運びになりました。現在続けて4つほどコンテナーが出せる衣類を頂いております。

大塚モスク、戸田モスク、個人の家、それから横浜の大黒埠頭の倉庫で整理作業をしております。どなたか近郊の方、お手伝いいただけないでしょうか。モスクのほうは来られる時間帯でよいのですが、特に横浜の倉庫で9時〜4時にお手伝いしてくださる方が必要です。ジャミーラの携帯:090−8081−1311にお電話下さい。

 新たに送って下さる方、今のもの(宅急便屋さんに3000箱とか郵便局に2000箱とか留め置き)が12月下旬までに整理を終わる予定にしておりますので、その後にお送り頂きたいと思います。送先は〒170-0005 東京都豊島区南大塚3−42−7 大塚モスク Tel:03−3971−5631ですが、倉庫に届けてもらうようになるかもしれませんので、12月下旬までにホームページを作ってお知らせしますから、「アフガン救援衣類」で検索してください。

送っていただくものは、暖かい物に限定:羊毛のセーター、カーディガン、オーバーコート、ジャンバー、毛布、下着、靴下、靴など。難民なので何でも良いという考え方でなくて、折角送るのですからクリーニングしたあくまで新品に近いものをお願いします。私たちはそのようなものを送っていますので、整理の手間を省かせてください。

なお、1着につきセーター類は30円、コートは100円、毛布は200円を送料としてカンパしてください。荷物の中に入れると紛失する恐れがありますので、別途郵便振替でお送りください。00150−1−23356 アラブ文化協会 通信欄に「アフガン衣類」と明記してください。

 現在緊急に求めているのは、医薬品や食料の義捐金です。どうぞ下記にお寄せください。  東京三菱銀行大塚支店 普通口座 1415181  JIT FUND FOR AFGHAN MUHAJRIN *名前が判り難いので自動振込機でお振込みください。

#バザーご案内

 毎週日曜日:11時〜3時 大塚モスク前の路上にてアフガンに送れないものやお金に換えたほうが良い衣類と日用品を即売します。温かいパキスタンカレー(300円)が食べられます。3時半より「劣化ウラン弾の嵐」のビデオ上映をします。

#カタール衛星TVアルジャジーラ制作のビデオ『劣化ウラン弾の嵐』日本語吹替え版が一般販売の運びになりました。湾岸戦争のときに米英軍がイラクに使った爆弾で、米帰還兵が既に3万人以上死亡し、イラクは目を覆うばかりの被害なのですが、経済制裁下で表に出てきませんでした。

アルジャジーラ制作は現場からの告発です。コソボでもパレスチナでも、またアフガンにも運び込まれたというニュースが伝わってきます。ぜひご覧下さい。 4000円+送料390円 郵便振替:00170−9−80780 「劣化ウラン弾の嵐」制作委員会 メール:jamila@gray.plala.or.jp か Fax:03−3332−1265でご注文ください。

#ラマダーンは11月17日から1ヶ月  ガザの「ザカート・コミティー」に断食献金をします。現在70%の人たちが失業を余儀なくされたガザは、食べ物に事欠いています。郵便振替:00150−1−23356 アラブ文化協会 「ガザ献金」と通信欄にお書き下さい。

#レバノンとパレスチナの子供たちの里親になってくださる方を求めています。1児1ヶ月$35(4500円)x6ヶ月分をラマダーン月に送ってあげます。事情の許す方、どうぞよろしくお願いします。第一勧業銀行高井戸特別出張所 普通口座 1459131 アラブ文化協会 ジャミーラ・高橋

***************************** アラブ文化協会 代表:ジャミーラ・高橋 〒168-0071  東京都杉並区高井戸西1-31-21-22 Tel/Fax: 03(3332)1265 E-mail:jamila@gray.plala.or.jp *****************************

■不信のすすめ
われわれの胸の奥底に疼く希望

星川淳の「屋久島インナーネット・ワーク」第14回

『 半月ほど書斎にこもり、即製の編集チームで緊急出版『非戦』(坂本龍一監修・幻冬舎)をつくり上げた。外では屋久島の自然が日一日と冬色を深めていくのに、ほとんど家から出ないまま、世界4〜5か所に散らばる10数人のメンバーと24時間態勢でインターネット経由の共同作業を進めるのは、異様といえば異様だった。』

『 しかし、離島に住む中年の物書きがせめてやれることと、覚悟を決めて打ち込んだ。もっと若かったら、あるいはもっと知名度が高かったら空爆開始前に他の著名人にも呼びかけてアフガニスタンに入り、不要な犠牲を防ぐ人間の楯になろうか、などと夢想したりもしてみたが、そんな器ではない。』

『 ならば、今回あらためて明らかになった〈世界の亀裂〉の淵で苦しむ人びとと、何かをともに背負うしかないではないか。私の場合は、その亀裂を埋めるという21世紀の大きな宿題を解くべく、人類共通の新しい旅路の足がかりを探す努力によって――。』

『 力の強い者が弱い者を蹂躙し、周囲も強者に服従するという無法が、ハイテクとグローバリズムの仮面をかぶってまかり通る。人の命の重みがあからさまに差別され、怒れる群衆による私刑(リンチ)が道理を押し潰す。近現代の薄皮など、アメリカ本土が安泰なあいだの体裁にすぎなかったのだ。』

『 人類史100万年は涙の湖の岸辺をめぐりながら、つねに希望という名の祈りに導かれてきた。今日よりも明日、自分よりも子や孫たちに、より良い暮らしを望むこと――それは生命そのもののドライブであり、宇宙進化のドライブだといってもいい。どんなに否定しようと、われわれの胸の奥底には、この密かな希望が疼(うず)き続けている。』

『 すべての神は、この本源的な希望=祈り=動因を呼ぶ別な名前にすぎない。諸宗教の違いは、同じものを何と名づけるかの差にすぎない。あとは言語や風習の違いと同じくらい、ローカルな条件に彩られているにすぎない。』

■〈地球益〉という新しい公益こそ最優先だ

『 宗教と国家に関するかぎり、戦後日本人は原爆2発のおかげで、世界に先駆けて異次元にテレポートしてしまったのかもしれない。残りの旧世界で宗教がいかに強い力をもっているか、われわれは9.11のようなことがないと忘れがちだ。』

『 私益・国益より〈地球益〉という新しい公益こそ最優先だと心得ている。日本国憲法も指し示すこの先見的な価値観は、自他を巻き込んだ戦争の、罪責と惨禍と辛苦の贈り物といってもいい。』

『 唯一身近に〈神〉と呼べるものがあるとしたら、それは宇宙進化がローカルに具現した地球の自然と生態系そのもの。もちろん、その中にはわれわれ人間も含まれる。これが客観的な事実ではないのか。』

『 メンタル/スピリチュアル/マジカルなど諸々の非物理的領域は、自然という〈神〉と離れてではなく、その奥にある。われわれの上でも下でもなく、ありのままの生命/生活に織り込まれている。』

■本当の共存とは・・

『 誤解を恐れずにいえば、宗教や信仰はこのシンプルな事実に耐えられない人びとの松葉杖にすぎない。悪くはないが過渡的だし、それを理由に他を排除すれば悪ともなる。』

『 とはいえ、人類の大半はまだ自然/生命のありのままを大切にして安心できるほど成熟していないらしい。だからといって、松葉杖のいらなくなった者たちが悪びれる必要もない。

よけいな脚色をしないほうが仲良く生きられるのだと、慎ましく語り、そのとおりに暮らしていけばいい。いつか宗教も信仰も消えるときがくる。あるいは、いのちを敬うという唯一の信仰が残るときが――。』

『 こうした視点からすると、キリスト教十字軍とイスラム聖戦の衝突は見苦しく哀しいばかりだけれど、地図を現地と取り違えているかぎりはしかたがない。

聖書もコーランも、目の前で刻々変化する2001年の地球/自然の現実とは違う。信じることをやめて、よく目を凝らし、耳をすまさなければそれがインナーネットの入り口だ。』

『 えっ、インナーネット・ワークって一種の宗教みたいなもんだと思ってた? いやいや、これは宗教のような錯覚が生まれる以前、聖職者も特殊な教義もなく、だれもが世界の本性と直結できた時代や社会の、いわばネイティヴ(先住民的・土着的)な精神性を、スパイラルを一周した新しい段階で再生しようってんですから、早合点は禁物。』

『 だがしかし、現代世界とりわけ先進国サイドの主な駆動力は、いわゆる宗教より力と利権への信仰のほうが強いわけで、ことはそう単純ではない。

ブッシュJrが本物のキリスト教徒なら、「復讐は神にまかせよ(人間がしてはならない)」という教えにしたがわなければおかしいはず。なので、次回は利権と民族の座標を洗い直そう。』

・『非戦』の主な執筆者

坂本龍一/村上 龍/中村 哲/加藤尚武/上村英明/辺見 庸/山本芳幸/重信メイ/梁石 日/佐久間智子/小林一朗/TAKURO/桜井和寿/大貫妙子/佐野元春/青山貞一/戸田 清/田中 優/熊谷伸一郎/宮内勝典/逢坂誠二/銀林美恵子/羽仁カンタ/森野栄一/星川 淳/バーバラ・リー/ジョン・ゲラッシ/ジョン・ピルジャー/ヴァンダナ・シヴァ/リゴベルタ・メンチュウ/エドゥアルド・ガレアーノ/ロバート・ボウマン/ペルベース・フッドボーイ/ハワード・ジン/ウィリアム・シャバス/シーモア・ハーシュ/デヴィッド・ダンカン/モハマド・アブタヒ/チャルマーズ・ジョンソン/テリー・テンペスト・ウィリアムス/ウェンデル・ベリー/A・T・アリヤラトネ/ユスフ・イスラム(元キャット・スティーブンス)/ポール・ホーケン/オノ・ヨーコ (12月20日刊行予定・予価1200円)

■おんなじにんげん オバハンからの緊急レポート

<12月1日> 00:32

帰宅してTVを点けたら、どのチャンネルも『雅子さまご入院』と題して、皇太子妃が出産のために入院したと中継をしていました。何気なく聞いていたら、病院までの道は、一時通行止めになったやの、病院には13人もの医師が待機しているやの、待機している報道陣は100人以上やの…。レポーターの声とかも喜び( ?)でか、興奮して上ずっている。 おめでたに水を注ぐつもりは毛頭ないし、皆が待ち望んでいるのも理解できるが、聞けば聞くほど、なんか、命は平等ではないみたい…と悲し〜くなりました。

かたや、水しか入っていない、火の気もない鍋を掻き回すしかない母親がいるというのに…。 <オバハンの娘>

<12月1日> 00:27

アフガニスターンから帰って来た友人が、「いやぁ、何処からも援助の届かない中央部の悲惨さは聞いていた以上だった」と声をひそめる。

「連中は草を食べているンですヨ。これから冬になったら雑草もない」

別の友人は、「3-4日も食べていない子供達は、もう置きあがる元気もないンですヨ。そんな子供達の様子に耐え切れなくって、母親は子供たちに背をむけ、火も焚いていないかまど(石を置いただけ)に鍋をかけ、水を入れて掻き回しているンです。鍋の中で何かを煮ているのかという期待で、子供達が元気づくからと……。」

子供に何も与えられない母親、そんな無力な母親が1人でも減ることを祈って、夢のように美しい理想に燃える援助団体から、ビシバシ援助金(品)を取り上げ、そういうところに配れるようにしなければ……と、思う。

もう、こうなったらカーブルに小さな事務所を持ち、小回りが効くようにしなければ……。あぁ、話しを聞けば聞くほど、P会の中村哲先生のお気持ちが痛いようにわかる。

■もっと深い人間というレベル
新世紀へようこそ/池澤夏樹

『 もしもぼくたちが、文明ではなく、文化でもなく、信仰でさえなく、もっと深い人間というレベルまで降りてゆくことができれば、ニューヨークの地下鉄のベンチに坐った老女の、疲れてむくんだ下肢のその疲労感がわかる。

 と同時に、アフガニスタンの「東部のジャラーラーバードの旧王の離宮には、毎年、春になると全国の有名無名の詩人達が集まるのだった。詩人達は茶を飲みながら詩を披露しあい、感じれば涙を流し、抱擁を交わし、別れるのだった」という、この詩人の涙がわかる。』

『 大事なのは彼らが撮った戦争の姿です。そのために生命を賭する必要があると彼らが信じたほど深い意味を持つ映像です。

 彼らはカメラ一つを手に戦場に行きました。

 あるいは戦場の方が彼らのところに来た。

 写真のほとんどは地上の視点から撮られています。戦う者、逃げる者、捕らえられた者、傷ついた者、死を待つ者、死体……カメラマンはそれらの人々と同じ地面に立って、同じ危険を冒していた。だから多くが亡くなった。

 見ていて辛い写真が多いのですが、それでも何度となく見てきました。

 戦争とはこういうものだとわかるから。

 アフガニスタンの戦争について、写真が足りないと思います。

 四半世紀に及んだインドシナ戦争と開始以来9週間のアフガニスタンでは量の違いは当然ですが、それにしても戦地の人の姿が見えてこない。

 アフガニスタンの側にはその余裕がないのでしょう。

 そしてアメリカ政府の方は、戦場の光景ほど反戦感情を煽るものはないと気づいたようです。すべて一括のプール取材ばかりになって、カメラマンが作戦に同行することは許されなくなった。

 戦争報道はいよいよ非人間的になるようです。


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