ロータス・パラダイス 新しい存在の開花
2002-12-20 意識の呼吸
_ 呼吸をしているか?
しているけどさ、、、
気がつくと、とっても浅くて喉の所を過ぎるかどうかで、もうリターンしている。
。じゃ、もっと深い胸の奥まで、全身にエナジーが響き流れるように吸ってみよう
そうそう、吸った空気と血液が一緒に回り出す。
どんな気持ち?
好きなように動いてみたり、体の何がどうなのか?
_ 息、吐ききってみよう。
ゆっくりでいいんだよ。
そうそう、吐こうとするほど、息もいっぱい吸うよね!
こうやって、気がつけるうちに何回かやってさ、
それから、目を瞑るの
ただ、何もせずに
ただの自分に戻るの
_ 吸ったら、吐く。
人はそれを生まれてから死ぬまで繰り返す
エナジーを流していく
『 ・・何で胸を痛めているか、 そしてあこがれとの出会いを夢見る勇気を持っているかどうかだ 』
『 ・・愚か者に見えるのも覚悟のうえで あえて愛を、夢を、生きるという冒険をもとめるかどうかだ 』
『 ・・自身の悲しみの中心に触れたかどうか、そして人生の裏切りによって心を開かれたのか それとも縮あがり、さらなる苦痛を恐れて心を閉ざしてしまったのかだ 』
『 ・・苦痛に耐えられるかどうか、そして苦痛を隠したり、薄めたり、 とりつくろったりするためにじたばたせずにいられるのかどうか知りたい 』
『 ・・野生とともに踊り、手足の先まで歓喜に満ちて、 わたしたちに用心せよとか、現実的になれとか、人間の限界を思い出せ などと警告せずにいられるかどうか知りたい 』
『 ・・他人を落胆させることを恐れずに、 自分に正直になれるのかどうか、そして裏切ったと非難されても耐え、 自分自身の魂を裏切らずにいられるかどうかだ
あなたが誠実で、それゆえに信頼できる人間なのかどうか知りたい。 きれいでない日常的なもののなかに美を見いだすことができるのかどうか、 そして自分の生の源は神の存在にあると言えるのかどうか知りたい あなたが失敗に耐え、湖の縁に立って銀色の月の呼びかけに 答えることができるのかどうか知りたい 』
『 ・・悲嘆と絶望の夜のあと、疲れ果て、 骨の髄まで打ちのめされて、それでも起きあがり、子供たちのために せねばならぬことをなしうるかどうかだ 』
『 ・・わたしといっしょに炎の中心に立ち、しりごみしないかどうかだ 』
『 ・・ほかのすべてが崩壊したとき、何があなたを内から支えるかだ
ひとりぼっちでも平気かどうか、 そして孤独なときの自分をほんとうに好きかどうか知りたい 』
ネイティブ・アメリカン、オリア・マウンテン・ドリーマー”の言葉より
「何かが間違っているという前提に行われる全てのことは、破壊的になる。 ほんとうは完璧なものを、変えようとするから」
「完璧であることを見て取りながら、その一部になる。 自然の一部になる。自然そのものになる。そのなかで起きることは 全て創造的だ。 それ以外の事は、何を作ろうと、何を変えようと、そして 何もしなくても、それらは 破壊的なことになる」
「そこには 認識される。認識してもらうという 問題がある。 クリエイティブな仕事は 人によって認識されるべきだという 間違った理解がある。 認識されないものは クリエイティブな創造物ではないという 間違った理解があ る。」
「クリエイティブとは つくり出すものでも、変化させるものでもなく、 それは あり方。あり方の状態だと わかる。
そうすると、そこには 他人からの認識が 入り込む余地がない。 要点は、あなたが知っているか どうかと言うことに尽きる。」
『 生まれたばかりの子供を見るとわかるけども、天国でも地獄でもない所に幸せに暮らしている。無条件のもとに天国に暮らしている。いつかの時点で、この生まれ持ってやって来た天国が奪い去られる。っていうか、覆いをかけられたり、箱の中に押し込められる。それよりも、重要な事があると思い込まされる。
ボクらは無条件に価値をもっている。それを価値がないと思わされること、価値は与えられるものと思わされることで、天国/地獄の生活が始まる。自分の価値があるためには、他の価値がないものと比較しなくては価値を見出せないと思い込まされることで、天国/地獄の生活が始まる。
地獄に居ることを忘れるためなら、何でもするって訳だし、天国から追い出されないためなら何でもするって訳。 』
「未来天国/地獄」
『 想像の未来によって悩まされる。あるときは天国に居る気分になったり、地獄にいる気分になったりする。未来はまだやって来ていないので、天国に行く理由も、地獄に行く理由もない。未来が実際にやって来てから、引っ越すことにしても、間に合うのではないかと思う。
たぶん、未来地獄は、未来に投影された「相対地獄」なんだと思う。 』
「過去地獄」
『 後悔と言うのは、過去を変えようと言う努力に見える。過去を変えることは出来ないので、満たされることはない。そのとき、自分自身を責めてしまう。だれが、自分を責めるように教えたのか? だれがそんなに自分を責めたのか? たぶん、無意識な時に、または、なんでも無条件に条件としてとりこんでしまうときに、自分の失敗をひどく責められたんだとおもう。 』
『 「当初、彼らと接することで自分の嫌な面に出会った」 と言うのは、経営者の小山祥子さん(39歳・前述の小山直さんの妻)だ。 「こちらが期待しても、彼らはほぼ間違いなく期待に応えてくれません。ですから、最初は当然イラ立ちました」
しかし、そんな繰り返しの中で、彼女は次のことに気づく。 「私は、こちらで勝手にこうしなければダメだ、こうすべきだというワクをつくって、その中に彼らをはめ込もうとしてたんです」 また、この時期が祥子さんにとってちょうど子育て期と重なったこともあり、「私たち親が、実は子どもに対しても同じことをしている」ことに気づいたと言う。
子ども本来の役割は「あるがままの自分でいること」である。子どもの健全な成長に必要なのは、まず親が彼らの「あるがまま」を肯定すること、その上で親が「愛情」や「関心」という養分をたっぷりと彼らに注ぐことにある(これを「支援」と呼んでもいいだろう)。「基準」はあくまで子どもの側にあって、「教化」や「管理」、つまり親の基準に子どもを当てはめることではない。子どもたちに親の期待や親の望む役割を強要することは、肉体的な暴力と同様、あるがままの子どもを否定することであり、これがアダルト・チルドレンや多くの精神疾患、家庭内・校内暴力、犯罪などの要因ともなっている。そして、この論理は子どもだけではなく、人間一般にも充分適応できるのだ。 』
『 』
※このルポは「Xeneジーン」No.2(平成10年2・3月号)誌上に掲載されたものです。
『 正直に言うとても楽しく、おもしろく、興味深く、自分自身が癒される場所でした。ほめことばはつきません。でもそういうほめことばだけでは全然べてるを表していない気がしたのです。 べてるは不思議なところです。キャッチフレーズは「安心してさぼれる会社」「利益のないところを大切に」「弱さを絆に」など、私たちの常識を裏返してわかりにくくしたような、逆さまから世界を見るようなことばが並びます。それらのキャッチフレーズは、みなべてるの家のメンバーの経験から出てきたものなのだそうです。 』
『 商売をするというのは、大変なことです。苦労の多いことです。商売をすることは、「苦労をとりもどす」ことなのだと向谷地生良さん(ソーシャルワーカー)は言っています。”不安や悩みと出会いながら生きるという人間的な営みの豊かさと可能性”をとりもどすことだと。 』
『 知人からよく「パラダイムシフト」とか「人間の精神的な革命」のような話を聞く ことがある。この世界の枠組みが一気に変わる時代が来る……とか、人間の精神が成 長して戦いがなくなる……とか、そういう話。
そして「そういう時代が来ることをイメージすれば、それは可能になる」と言われ る。そういうとき、私はすごく悲しくなる。だって、私はそんなことイメージできな いのだ。私は私の経験とか脳を越えたことをイメージできない。私の使っているOSを 越えることはイメージできないのだ。 』
『 貨幣経済を否定しなくても、 一神教を否定しなくても、核を完全に廃絶しなくても、とにかくもうちょっとマシな ところにもっていける……かも、というのならイメージできる。
しかし、そのイメージを言語化できない。言葉にならないのだ。視覚化もできない。 ただもやもおやとした予感のようなものだけしかなかった。これじゃあなんの説得力 もない。 』
『 人間のニーズ、人間の権利について考えるとき、直感的に坂口安吾の堕落論に苅部 先生が何かを感じたのだとしたら、それは「浦河べてるの家」まで繋がっているよう に思える。
たぶん、これから私たちが絶対に必要とする知恵が、そこにあるのだ。でも、私は まだそれについて語る言葉を持たない。来年はその言葉を模索したいと思う。若い人 たちといっしょに。 』
参考文献 「べてるの家の〈非〉援助論」医学書院 浦河べてるの家 「ニーズ・オブ・ストレンジャー」風行社 マイケル・エグナティエフ/添谷育志ほか訳 「坂口安吾全集」第14巻 ちくま文庫 ※「渾沌への視座-国家と暴力をめぐって」苅部直『アスティオン』57号、2002.6
『 目立つことを避け
声高な自己主張もせず
競争にはくわわらず
ほめられもせず
苦にもされず
おだやかに笑っている
「マイナスイオン人間」 』
『 例えば海上自衛隊は空母を作ることより、病院に転用できる大型の輸送艦を作るべきです。護衛艦はこの大型輸送艦を守るために同伴します。今やっているインド洋の燃料補給は、民間の会社でも可能と思います。インド洋の燃料補給(対テロ支援)は、無理やり日本が仕事を作り、米軍貢献という言葉のためにしているような気がします。
自衛隊が弱体化していくという意味がわかっていただけましたか。はっきり言って、自衛隊の戦力は日本を守るという点では完璧ですが、海外で戦争を行なうようには作られててはいません。しかしイージス艦の派遣は、日本の自衛隊が海外で戦争ができることを証明しょうとしています。イージス艦は米空母機動部隊がウラジオ基地のソ連軍を攻撃するために建造された戦闘艦です。日本が安易に抜いていけない刀なのです。 』
『 かつて日本でも、細川元首相がこの例である。初めて自民党が野党になり、その新首相になってアメリカに行き、米大統領にはっきりと「ノー」と言って潰された。アメリカの情報機関にとって、日本の政治家のスキャンダルなど山ほど握っている。アメリカに「ノー」というような首相は、簡単に葬り去られる運命にあることを証明した。そこで日本の政治家は、若い頃からアメリカ詣でをして関係を築き、政治家として大物になっても、アメリカに潰されないように最大の配慮をする。この成功例(?)が中曽根首相である。また失敗例に田中元首相がある。アメリカの了承を得ないまま、中国と国交回復した田中首相はアメリカの逆鱗に触れた。 』
『 政府は新法を検討しているようだが、これが朝鮮半島に初めて自衛隊が派遣されるケースに結びつく可能性があることを忘れないで頂きたい。近い将来、日本が北朝鮮・復興支援法を検討する際、今回のイラク戦後復興支援法が参考にされるからである 』
『 伝統的にアメリカは、意図的に脅威を煽って莫大な軍事予算を獲得する国である。私も最近の北朝鮮・核兵器脅威論は度が過ぎていると思う。とくにラムズフェルド国防長官の発言がひどい。北朝鮮はすでに核兵器を持っているというが、その根拠は何も示すことができない 』
『 ノドンも同じである。韓国軍部や米国防省は、北朝鮮が日本向けに100基のノドン・ミサイルを配備しているというが、何の証拠も見せていない。北朝鮮に核兵器を使って、どこかの国を攻撃する必要はない。またノドン100基程度で日本に脅威を与えることはできない。とにかく米・韓は日本を意図的に踊らせたいようである 』
『 中国やロシアの内陸部から発射される弾道ミサイルは、イージス艦から発射する迎撃ミサイルでは射程が不足して迎撃できない。あくまで北朝鮮が存続してくれて、MDの日米共同開発なのである。その北朝鮮が来年の夏まで存続してくれるか。していないね。すなわち日米のMD共同開発は、北朝鮮の崩壊でお開き(中止)になる 』
『 これから日本の政治状況は、安全保障問題を軸に、一気に大変動を始めだすだろう。日本の経済回復に効果的な政策が打ち出せないので、安全保障問題で硬直化した現状を打破する衝撃を生み出そうとしている。だれがこのシナリオを書いているのか。アミテージ氏さえも脇役で活用するシナリオ作家である。私には日本人ではないように感じる。 』
『 ついにイージス艦が戦闘海域に出撃することになった。いつもこのようなやり方で、集団的自衛権が崩されてきた。自衛隊はもともと朝鮮戦争に出動した米軍基地を守るために創設された。海上自衛隊は日本周辺で米機動部隊を護衛するために整備された。そんな歴史を考えると、アメリカ海軍がインド洋やペルシャ湾に主力を移したので、その後を追っていくのは海上自衛隊の宿命なのだろうか。しかし危うい。仮にアフガンを逃れたアルカイダ兵士が、東アフリカや東南アジアでテロ事件を起こし、アメリカがその軍事制圧のために作戦を実施すると、日本の海上自衛隊がその後方支援を行なうことになる。アフリカ沖で自衛艦が米艦とともに作戦行動をする。それさえも現実になりそうだ。 』
『 そうですね。不思議といえば、「さよならのときの静かな胸 ゼロになるからだが耳をすませる 生きている不思議死んでいく不思議 花も風も街もみんなおなじ」。
この4行を書いているとき、何故だか泣けて仕方なかったんです。自分でも変だなと思いました。自分で書いているのに、自分が書いていない感じ。そういう状態で書いた詩はあとから何度読んでも、たった今初めて出会ったみたいに新鮮なんですよね。 』
『 自分が言葉を繰り出していく行為は、宇宙のエネルギー循環の一部分ではないか。それまでは簡単に言うと、自分しか見ていなかった。それが世界と自分とのマッピングの中で物事を考えるようになった。私とは、エネルギーを通すチューブの一部分に過ぎないのなら、そのチューブの通り具合をよくしておきたい。そういう発想で身体や精神を見るようになりましたね。 』
『 自分の存在している意味も場所もただ不安定。いつも手を挙げて、「私はここにいます」と言っていないと安心できない感じでした。 今思うと、不安の根源は大いなるものとつながっていることに気付いていない感覚だったんだな、なんて自分なりに説明できるんですけど。 』
『 死を扱った詩が多いですね。死とちゃんと向き合うことをしないと、きちんと生きられないと思っています。 』
『 昔から門づけといって家の門口で歌を歌うなどして、お金や食べ物をもらう芸がありましたが、それはパフォーマンスのあり方の基本だと思うんです。家々をめぐり、芸事を披露してその家を祝福したお礼に生きるための一宿一飯を提供されながら、旅をする。この世を寿ぐことがそのまま生きる手段なんて、素晴らしいですよね。神様とのコミュケーションそのものですよ。そういった旅の途上でのたれ死にしたりするのは素敵だな、なんて思うんですけど、おかしいですか(笑)。 』
『 だが、あの時点ですでにまったく無防備であったビッグ・フット一行は、ちょっとでも抵抗を示せばそれが氏族全員の死を意味するものであるということを、よく知っていたのである。 』
『 幼児を背に負いあるいは抱きかかえて逃げまどう女たちもつぎつぎに撃ち殺された。抵抗はもうとっくに止み、すべてのインディアンの戦士たちはすでに殺され、あるいは死につつあったのである。この大虐殺のあとの情景は凄惨そのものであった。言葉では決してこの忌わしい光景を描写することはできない。
母親たちは自らの血の中にのたうち回り、あるいは茫然とすでに息絶えた幼児を抱き、あるいは驚きうろたえる子どもの手を引いていた。父親たちは死の苦悶の最中にあって目が眩みながらもあたりを這いまわって家族の者たちを探そうとする最後の努力にあがいていた。傷ついた恋人たちは死の間際に互いの名を呼び合っていた。 』 (レッド・フォックスの証言「白い征服者との闘い」より引用)
『 彼は二人に、「お前たちは見た。私のもたらした新しい<土地>を。大地は、邪悪な白人たちがもってきた柵や線路や炭坑や電柱のすべてと一緒に、毛布のごとくくつがえるだろう。するとその下には、再び命を得た私たちの仲間全員と昔ながらのインディアンの大地があるだろう」と、言った。 』
『 そうして彼らは踊りつづけた。私はそれを見た。大地は決して戻らないし、死んだ縁者たちも生き返ることはなかった。やってきたのは、兵士だった。 』
『 その時突然、聞いたこともない音が、おそらく五、六マイル離れた向こうで大きな毛布を、それも世界中で一番大きな毛布を引き裂くような音がした。それを聞くなり、老叔父の目から涙が吹き出した。祖母は死者に向かってするように鋭く泣き始め、人々はあたりを走りまわり、泣いたり気がふれたようになった。私は老叔父に、「どうしてみんな、泣いているの」と、尋ねた。彼は、「やつらが殺している。向こうにいる部族の人たちを、やつらが殺しているからだ」と、答えた。』
『 老叔父は言った。「お前たち子供が、これをしっかりと見ておくんだ。目に焼きつけて忘れるんじゃない」 ウンデッド・ニー川と呼ばれる小川のすばの渓谷の中には、人々の死体が、それもほとんどが女や子供の死体がそこらじゅうに散らばっていた。さまざまな姿勢でそこに横たわったまま凍りつき、その動きも凍りついていた。』
『 が、私は見てしまったんだ。死んだ子供に乳を含ませながら死んでいる母親を。その小さい赤ん坊の頭には、星条旗をビーズで描いた小さい帽子が被せられていた。 』(「アメリカ先住民の神話伝説」R・アードス+A・オルティス編 青土社より引用)
『 楽天的に生きることができるのは素晴らしい。だけれども、私は許容力のない人間になっていたと思う。つまり、先の友人が言うように「父性的なもの」に出会うと過剰な拒否反応を起こすのだ。
長いこと権力と呼ばれるものを毛嫌いしてきた。政治嫌い、右翼嫌い、神道嫌い、戒律の厳しい事が嫌い、ル−ル嫌い、怒られるの嫌い、注意されるの嫌い、軍隊嫌い、国家嫌い、君が代嫌い、日の丸嫌い……である。 そして、これらのものが嫌いな事に、明確な理由は全くなかった。ただ単に嫌いだったのである。父性アレルギ−だ。父性を行使する人と出会うと「嫌な奴」と思った。偉そうに……と。 』
『 この父性アレルギ−はとても長い事、私の物を見る目というものをくもらせていた。意味もなく毛嫌いするものがある限り、自分は偏っていると考えるべきだ。今ではそう思う。 』
『 自分が自分であること、それは自分以外が他であることを感じることだ。自我が形成されるとき、自我は自らを浮き上がらせるために「明確な他」が必要となる。 』
『 果たして私は、大人としてきちんと全体のために何かを切り捨て、厳しい選択ができるだろうか。たとえ非難されても。かつて自分が一番嫌いだった事を、できるようになるだろうか。 』
『 とてつもなく真剣に話を聞いてもらった。申し訳ないくらいだ。こんな私の話を、何だってみんな頷きながら聞いてくれるんだろうって泣けてきた。 話を終えて感じたのは、深い優しさと共感だった。』
『 若い子たちの感応力の凄さに圧倒された。彼らは、他人の話に深く共鳴できる感度のいい心をもっている。共鳴する力をもっているのだ。たぶんそれが若い精神の力なんだろう。 それにしても……。誰かに黙って自分の話を共感してもらうことの、なんという癒し。びっくりした。ここに座って、励まされたのは私のほうだ。彼らは私のカウンセラ−に等しい。長いこと自分の心の中にわだかまっていたコンプレックスを、彼らにぶちまけ、そして吸い取ってもらったような気がする。 私はもうあっけにとられて、そして何度も力説してしまった。「みんなは、大人の世代にはない力をもってる。それは感応する力だ。豊かな時代に生まれた世代にのみ与えられるすごい能力だ。森羅万象に自分の心を共鳴させることのできる力です」
そうだ。食うに困らない戦争のない国に生まれたことで得られる能力だ。闘いの多い時代には、他人に感応していたら殺されてしまうもの。 「でも、世界にはあまりにも悲惨なことが多いから、その力にブラインドを降ろしてるのかもしれない。だから無感動だと言われてしまうのかもしれない。本当は感応力がずば抜けているから、自分を守るために感じないようにさせてるだけなんだと思うよ」 言葉を受け取ると教室の空気がぱ−んって張りつめて、ブルブル震える感じがする。彼らが言葉に呼応するとそうなる。彼らが嬉しいとき、空気が花開くようにほころぶ。いろんな変化が一瞬に起こる。二十歳ってこうなのか〜と、もう若くもない私は感激しながらその空気を味わった。 』
『 若い人がもっている能力について、誰が真剣に考えているんだろう。 あの感応力、受容力、ほとばしるようなエネルギ−や優しさ。それはもしかしたら今、最も必要とされている力。すべての心傷ついた人が求めている力ではないのか。 彼らは感応することができる。話を聞き、感じ、その辛さに共鳴し、そして無言で勇気づけることができる。それなのにひどく誤解されている。 なぜかこの凄い能力に、大人もそして彼ら自身も気がついていないみたいだ。 』
『「じゃあ、今はどうやって悲惨を受け止めているんですか?」私がしつこく質問すると、彼女はちょっと困ったみたいだった。「これはとてもナイーブな話だから説明するのが難しいのだけど、私はある時、悲しみと愛は同じ波動をもっている、と感じたの。突然に悲しみと愛は全く表裏一体だ、と感じたのね」 』
『 「だから私はただ悲しむ。透明に悲しむようになった。悲しみを胸に抱いたまま、すうっと時を通過できるようになった。悲しみは私を壊さない。悲しみは憎しみを祈りに変える」 』
『 それは責任転嫁とか放棄とは全く違う。人間的な感情という器には限りがある。悲惨をリアルに受け止めてしまったら、人は発狂するしかないだろう。だから彼女たちは、器を捨てて、別の価値観、世界観に自分を委ねるのだ。 』
『 自分のことを悲しむのすら苦手なのだ。ましてや人類の過去を悲しみ、未来を祈ることのなんという難しさ。残虐の歴史は確かに私が個の感情で担うには凄すぎる。だから私は自分の感情に合わせて事実をわい小化してしまうのだ。 』
『 個を越える装置をずっと探しているけれど、宗教はなんだか怖い。すでにアレルギーがあるのだ。探して探して、今年は神社や、森や、アイヌコタンに行ったのだ。古い自然のなかに何かがあるような気がして。だが、私は知識を持ちすぎた分だけ何かを見落としている。 』
『 11 日はテルアビブの右派ユダヤ人の集会に行きました。8 万人と言われる群衆が、「戦争! 戦争!」、「復讐! 復讐!」と叫ぶのを見て、気持ちが悪くなりました。
その前日はエルサレムでの喫茶店自爆テロ犠牲者の葬式に行きました。11 人が死亡し、そのうちの 6 人の葬式があったのです。泣き叫ぶ母親の姿は、パレスチナで子どもを殺された母親の姿と重なりました。激しい悲しみにとらえられていて、そこにいるのも苦しくなります。でも、ここにいる人たちは、相手側の悲しみは感じることができないのです。 』
『 彼や多くのイスラエル人は、聞きたいことしか耳に入らず、自分に都合の悪いところ、批判されるようなことは、考えたくないというふうになってしまっているようです。どうしてか考えましたが、原因と結果を結んで考えると、今の自分たちの行為に責任を持たなくてはならないからだと思い至りました。つまり、今、暗殺や占領地への攻撃をした結果として、テロの犠牲者がでるということが確実であれば、その責任をとらなくてはならないということなのです。 』
『 われわれは、みな、大地の一部。
おまえがいのちのために祈ったとき、
おまえはナヌークになり、
ナヌークは人間になる。
いつの日か、わたしたちは、
氷の世界で出会うだろう。
そのとき、おまえがいのちを落としても、
わたしがいのちを落としても、
どちらでもよいのだ 』
「星野道夫の仕事 第1巻 カリブーの旅」 星野道夫 写真・文 池澤夏樹 解説 三村淳 構成 朝日新聞社より
『 が、おそらく一番懐かしいものは、あの頃 無意識にもっていた時間の感覚ではないだろうか。 過去も未来もないただその一瞬一瞬を生きていた、 もう取り戻すことのできない時間への郷愁である。
過去とか未来とかは、私たちが勝手に作り上げた幻想で、 本当はそんな時間など存在しないのかもしれない。 』
『 まだ幼い子どもを見ている時、そしてあらゆる生きものたち を見ている時、どうしようもなく魅きつけられるのは、 今この瞬間を生きているというその不思議さだ。 』
『 急流はゴムボートをどんどん木の下へと近づけ、 ハクトウワシもじっとぼくを見下ろしていた。 飛び立ってしまうのか、それとも通り過ぎさせてくれるのか、 ぼくはただぼんやりとハクトウワシを見つめていた。
それはぴんと張りつめた息詰まるような時間でもあった。 ぼくを見つめているハクトウワシには、過去も未来も存在せず、 まさにこの一瞬、一瞬をを生きている。そしてぼくもまた、 遠い昔の子どもの日々のように、今この瞬間だけを見つめている。
一羽のワシと自分が分かち合う奇跡のような時間。 過ぎ去ってゆく今がもつ永遠性。
その何でもないことの深遠さに魅せられていた。
川の流れはぼくをポプラのすぐ下をすり抜けさせ、 ハクトウワシは飛び立たなかった。
日々の暮らしのなかで、“今、この瞬間”とは何なのだろう。 ふと考えると、自分にとって、それは“自然”という言葉に 行き着いてゆく。目に見える世界だけではない。
“内なる自然”との出会いである。 何も生みだすことのない、ただ流れてゆく時を、 取り戻すということである。 』
「長い旅の途上」最後のメッセージ 星野道夫著 文藝春秋 より
『 現地の言葉を話せる隊員が、一体どうしたのか とシェルパの代表にたずねると、彼はこう言ったというのです。
“私たちはここまで速く歩き過ぎてしまい、 心を置き去りにして来てしまった。
心がこの場所に追いつくまで、 わたしたちはしばらくここで待っているのです” 』
『 この島に人が住んでいた形跡は七千年前までさかのぼるという。 そして神話の時代を生きた最後のトーテムポールは、あと五十年も たてば森の中に跡形もなく消えてゆくだろう。そこに刻まれた、 どこまでが人間の話なのか、動物の話なのかわからないさまざまな 夢のような民話は、彼らが自然との関わりの中で本能的に作りあげた 、生き続けてゆく知恵だったのかもしれない。それは同時に、 私たちが失った力でもある。
人間の歴史は、ブレーキのないまま、ゴールの見えない霧の中を 走り続けている。だが、もし人間がこれからも存在し続けてゆこう とするのなら、もう一度、そして命がけで、ぼくたちの神話を つくらなければならない時が来るのかもしれない。 』
『 しかし、狩猟生活が内包する偶然性が人間に培うある種の 精神世界がある。それは人々の生かされているという想いである。 クジラにモリを放つときも、森の中でムースに出合ったときも、 心の奥底でそんなふうに思えるのではないだろうか。
私たちが生きてゆくということは、誰を犠牲にして自分自身が 生きのびるのかという、終わりのない日々の選択である。 生命体の本質とは、他者を殺して食べることにあるからだ。 』
『 つまり、この世の掟であるその無言の悲しみに、もし私たち が耳をすますことができなければ、たとえ一生野山を歩きまわろうと も、机の上で考え続けても、人間と自然との関わりを本当に理解する ことはできないのではないだろうか。 』
『 「どうして」と訊く僕を、老婆はそんなこともわからないのか というように見つめ返した。それはさまざまなことを語りかけてくる。
絡み合う生命の綾に生かされている人々。 しかし考えてみれば僕たちだって同じなのだ。 ただそれがとても見えにくい社会なのかもしれない。
しぶきを上げ、海面から宙に舞うクジラが自然ならば、 そのクジラに銛をうつエスキモーの人々の暮らしもまた自然なのだ。 自然とは人間の暮らしの外にあるのではなく、 人間の営みさえ含めてのものだと思う。
美しいもの、残酷なのも、そして 小さなことから大きく傷ついていくのも自然なのだ。 自然は強くて脆い。
人は、なぜ自然に目を向けるのだろう。 アラスカの原野を歩く一頭のグリズリーから、 マイナス50度の寒気の中でさえずる一羽のシジュウカラから、 どうして僕たちは目を離せないのだろうか。
それはきっと、そのクマや小鳥を見つめながら、無意識のうちに 、彼らの生命を通して自分の生命を見ているからなのかもしれない。 自然に対する興味の行きつく果ては、自分自身の生命、 生きていることの不思議さに他ならないからだ。
僕たちが生きてゆくための環境には、 人間をとりまく生物の多様性が大切なのだろう。 オオカミの徘徊する世界がどこかに存在すると意識できること・・ ・・。それは想像力という見えない豊かさをもたらし、 僕たちが誰なのか、今どこにいるのかを 教え続けてくれるような気がするのだ。 』
(「Alaska 風のような物語」星野道夫 写真・文 小学館より)
『 ストーブの炎を見つめていると、木の燃焼とは不思議だなと思う ・・・あの時もほんのわずかな灰しか残らなかった。 生命とは一体どこから来て、どこへ行ってしまうものなのか。 あらゆる生命は目に見えぬ糸でつながりながら、 それはひとつの同じ生命体なのだろうか。 木も人もそこから生まれでる、その時その時の つかの間の表現物に過ぎないのかもしれない。 』
『 干上がったベーリング 海を渡り、マンモスを追ったホモ・サピエンスは、それほど遠い 人々ではない。ベーリンジアの存在は、人間の歴史を考えるひとつ の目安を僕に与えてくれた。
この短い時間の間に、私たちがどこまで来てしまったのか、 そして一体どこへ向かっているのか。その道は本当に袋小路 なのか、それとも、思いがけない光を人間はいつか見出すこと ができるのか。日々の暮らしに追われながらも、誰もがふと、種としての 人間の未来に憂いをもつ時代である。 』
(「イニュニック(生命)」アラスカの原野を旅する 星野道夫著 新潮文庫より)
『 マヤの賢者が予言で、この場所に残る者には大きな災害が訪れる と警告し、実際に白人の侵略という形で悲劇が起きました。が、 その前に予言を理解し、そこから離れ、 長い旅をして森の中に入った人たちがいたのです。 』
『 世の中をもっと静かに通り過ぎても良いと考えることは、 地球の子の大きな進歩です。我々は創造された自然の尊びます。 その世界の全ては美しいので、中身を変える必要を感じないのです。
しかし、自信過剰な文明は、もっと素晴らしく、もっと完璧な 創造物を生み出せると思うようになり、滝や山、鳥や海、気候まで も変えようとしています。それは宇宙の中で、自分たちこそが もっとも大事な生物という視点を表しています。 しかし、それは一つの道にすぎません。
ほかに、生存に必要なものを自然界と分配する生き方があります。 生存し、幸福を感じるためだけならこれ以上は必要はない と考える道なのです。
すべての人類が不滅の建造物を築く努力をすれば二、三百年で 人類は地上のすべてを破壊することになります。しかし、 すべての民族がそうでなく、建造物を作らなかった民族 は森や川、山が残されるように協力してくれました。
ですから、この二つを比較した場合、どちらが多く の遺産を残してくれたかを考えてしまいます。 』
『 男性と女性のエネルギーは自然の全てにあります。 男性でも女性エネルギーと相性が良かったり、自分の中に 女性エネルギーを少なからず持っている人もいます。
一方のエネルギーだけだと 孤独で排他的で乏しい道を巡ることになります。 豊かさとは教えや示唆を受けられる人間のことをいいます。 』
(「鳥のように、川のように」 森の哲人アユトンとの旅 長倉洋海著 徳間書店より)
『 侵略国家日本の判決は戦後のアメリカ中心の世界を維持する 上に必要だったのですが、今や自分で下した対日判決が、変化する アメリカにとって不要どころか有害になり始めたのです。 今アメリカが変化無しには存続できない危機に陥っています。 アメリカは今日本を必要としています。 アメリカがこれほど日本を必要としたことはありませんでした』
『 アメリカのイラク攻撃と占領はホワイトハウスが承認し、 かつ従事しているランド・コーポレーション作成 「今後24年間のアメリカの軍事戦略」のシナリオの一環。 アメリカは戦略国家。一旦決定した戦略はそれが軍事であれ 経済であれ変えることはない。 大統領が自分の権限で戦略変更をしたなら暗殺される。』
『 イラクの油田は地下でサウジやクエートの油田とつながって いるので事実上世界最大の油田。イラクの油田の価値は、サウジ やクエートから掘る石油の損益分岐点が1バーレル25ドルなのに 対して、長年の経済制裁の為、たった7〜8ドルで採算が合う点に ある。だからイラクを占領することは世界一安い無尽蔵の石油を 独占することを意味するのだ。 』
『 イスラエルの領土拡大はアメリカの義務だから、単にイラク の石油だけを手に入れるだけではすまない。・・・フセインから ミサイル猛攻撃を受けてはじめてイスラエルはヨルダン、シリア へ向かって進軍する理由ができ、イスラエルの進軍に対して全 アラブ諸国が反撃し、イスラエル対全アラブ諸国との全面戦争に なる。米英対イラク、イスラエル対全アラブ諸国の大中東戦争が 始まり、これは最低10年はかかるだろう。 』
『 ところが、国連のイラク査察に問題がなく、アメリカが要求 するイラクの完全武装解除に世界世論の支持が得られないことに なるとどうだろう。サダム・フセインを犯人に仕立てた 第2の9/11が必要となるのである。 』
『 20年の戦争期間中10年は中東が戦場で、残り半分はアジアに なるだろう。アジアに戦火が移るまでは、いくら北朝鮮がイラク と比較にならぬほど危険な国で「悪の枢軸」であってもアメリカ は一切軍事行動は執らない。それはまだ世界経済のエネルギー源 は原子力ではないから。北朝鮮攻撃はイラク(石油)後になる。 アメリカが北朝鮮に眠る2600万トンのウラニュームを独占する ために北朝鮮をアメリカと世界の危機だと言って軍事行動を執る のは2010年頃から。 』
『 『私を愛すれば全ても愛せる』なんてスゲーーこっ恥ずかしいし、きっと全ての人類が、心も魂も脳ミソも全てがそれを理解し、受け入れ、その様に生きれば戦争も貧困もなくなるように思う。
でも、「私を愛する」って、きっと一番難しい。私が思うにだけど、「戦うべき相手」というのは、外にはあまり居ない気がする。多くは自分の中に在ると思う。自分がどんなメガネをかけてこの世界を見てるのかって、そのメガネを「選び直すことが出来る」のが大人である ということなんだなぁ... と思う今頃です。 』
『 そして、その日から数週間のあいだ、僕は「いいじゃんねえ」が口癖になってしまった。何がいいじゃんねえ、なのかはわからくても、とりあえず、いいじゃんねえ、なのである。そう、別 に相手のことを理解していようがしていまいがそんなことは関係なく、すべては、いいじゃんねえ、なのだ。過程をすっとばし、相互理解をすっとばし、何はなくとも、いいじゃんねえ、である。バアちゃんたちの世界は、こうして日夜回転を続けているわけなのだ。
いいじゃんねえ。 』
『 この時の光景を、僕は決して忘れないだろう。カベール岬で、暗い海からの風をうけながら、僕はここでこのまま死んでも構わないな、と思った。その時、その瞬間、あらゆる愛おしいもの、切ないもの、美しいもの、神秘なものが、そこに満ち満ちて、立ち現れていた。それは、本当に奇蹟的だった。
だが、これはまた別の話だ。いずれまた機会をみて、ちゃんと書いてみたいと思う。
ナビィさんは笑っていた。故郷の聖地の海に立って、懐かしい風と、懐かしい神さまと、懐かしい波に顔を向け、笑い、それらすべてを抱きしめていた。
そして、声高らかに言ったのだ。
「今晩は、海よ!」 』
「二十世紀ってほぼ一億人もが戦争や地域紛争で死んだらしいですね。兵隊より多く民間人が殺されているんです。一億人死んでも気づかないんですよ。これからも人類総体としては気づくはずがない。だから文学も音楽もある。とことん愚かで哀しい人間を描くためにね」(『反定義 新たな想像力へ』辺見庸、坂本龍一共著)
『 確かに、僕は気づいていなかった。いや、辺見氏の言うとおり、人類総体として、気がついていなかったし、今も気がついてはいない。そして、やっぱり辺見氏の言うとおり、これから将来にかけてもずっと気がつくことはないのだろうか?
それにしても、人類総体で気がつくということは、とりもなおさず、あらゆる宗教と人種と貧富の差を越えて、ある一つの意志を共有することである。ある一つの意志を共有するということは、ある一つの価値を、何も留保もなく、信じることである。繰り返すが、何の留保もなく、である。
これは、やはりとてつもないことだ。いったい私たちのすべては、果たしてたった一つの価値を信じきることができるのだろうか。自分の親が目の前で殺戮され、自分の子供が目の前で暴行を受け、自分の恋人が目の前で血を流す時、それでも私たちはその殺戮者と同じ価値を信じると言い切れるだろうか?』
『 しかしNさんやMさんがいなくなってみていま私が感じていることは、なにかこの人生の中で人と出会うことは、たとえ医者と患者という立場で出会うことであっても、互いが見えないへその緒みたいなものでつながれ合うことであり、ときにそれはうっとうしいとさえ思うことがあるが、そうして一度それでつながれた誰かが、私の前から突然消えてしまうことは、そのへその緒みたいなものを生きたままもぎ取られることなのだということだ。
私の中のみずみずしい何かが、いまむしり取られ血を流している。でもそれがまさに生きているということだと思う。たぶん私たちは一人で生きているのではない。私たちという存在は、胎児と母親がへその緒でつながれているように、いままで出会った人たちと見えない何百ものへその緒でつながれた存在なのだ。 』
『 退屈な授業を聞きながら、よく夢想していました。仲間と共に学校を占拠し、学校を取り囲む機動隊とどうやって闘うか。「せいとはみんなゆめをみて」いました。ひとりひとりのかけがいのない夢を。それをただ白日夢として垂れ流していました。その夢見る膨大なエネルギーを集めれば、きっと広大なロシアのツンドラ地帯を緑の大地に変えることができたことでしょう 』
『 プリントを配るときに、彼女が振り返ると世界は一瞬ストップしました。
学校を卒業してからみた夢です。朝の集会の時に、私は隣に座っていた彼女ととても大切な話をしています。しかし「うるさい、黙れ」と教師たちからきつく叱責を受けます。私は「とても大切な話をしているのだ」と叫びます。しかし、教師たちから無理矢理黙らされて、私は悔し涙を流します。学校での生活でなにを押さえ込まれていたか、この夢は私に教えてくれます。学校生活をしていたときには感じていなかった深い屈辱と悔しさが、今になって私の中から浮かび上がってきます。
くやしいか がっこうよ くやしいか 』
『 人生はイエスからはじまる。これは子供が勝手に育っていくのをややボーゼンとながめながらつくづく感じたことだ。
これは私だけの体験なのだろうか、子供が言葉を獲得していくときのある時期に、なにかこちらの世界へと、決然と参加してくるように思えたことがあった。私には小学生になる二人の子供がいるが、その子供たちがそれぞれ一歳半ぐらいのときからだろうか、起きていて機嫌がよいときに、歌うような感じで、一人でいつまでもしゃべり続けるようなことがあった。 』
『そのなんともいえない妙なるさえずりが消えていったのは、二人とも二歳三ヶ月を迎えるころのことだった。その歌うような、流暢な言葉の流れが消えていくとともに、声量のコントロールがうまくできないための耳障りな発声で、私たちの言葉をぎこちなく話し出すようになった。「ママ、どこ」とか「ワンワン、いた」とか。
そのことは、自足し、完成されていた彼らの世界を出て、不慣れなこちらの世界へとよたよたとした足取りで参加してきてくれたのだと感じずにはいられなかった。子供とはまず満ち足りた自閉的な世界にいて、そこからあるときこちらの世界へ向けて出てくるものではないか。彼らはなぜ、「天上天下唯我独尊」という、すべての世界においてただ我だけが存在するという至福の場所から、不自由なこの世界に出てくるのだろうか 』
『 ドナ・ウィリアムズというオーストラリア生まれの女性の書いた『自閉症だった私へ』という本だ。その続刊の『続・自閉症だった私へ』も共に新潮文庫から出ている。最初に読んだのは、翻訳本が出たばかりの、今から十年以上前のことだった。読んでものすごい衝撃があった。まさか自閉症と呼ばれる人たちが、こんなに深い世界を持っていたとはにわかに信じられなかった。それが事実であれば、私たちが人間の心について作り上げてきた仮説は、大きく書き直さねばならなくなる 』
『 一枚の葉っぱを眺めることが、過ぎ去る時間を忘れるほどの至福なものであること、一枚の葉っぱと自閉症者の意識とが織りなすめくるめく存在のダンスの前では、その外の世界の実在などただの陽炎のようなものでしかないこと。ただその至福のダンスは、薄暗い場所にいる外部の者たちによって、いつも邪魔されるものであること、が刻銘に語られている 』
『 たしかに彼らが皆と同じく、肉体という形式で生存しているというこの地上の制約を一切無視して、あくまでその内部の世界に留まろうとすれば、やがて餓死するしかないかもしれない。そういう点では、彼らが外部の世界へ出ていくように導くことは、とりあえずは必要なことなのだろう。しかしそれは誰が決めるのだろうか。もし人が内部の世界に満ち足りているとして、そこから出ることが正しいのだとは、誰にも断言できないと感じる。
人間はまずはそういう世界に生まれてくる存在であるとすれば、もし外の世界が魅力的であれば、放っておいてもやがて外の世界に参加してくるだろう。しかし外の世界が内面の世界より貧しければ、ずっと内面の世界に留まろうとすることは自然なことのように思える。それはここでは、こうあるべきという倫理的な問題ではなく、生物学的な自然の問題として考えている。その内面の世界から出ないことも、選択枝としては「あり」ではないかと感じるのだ。逆にいえば、人は満ち足りたその内面の世界を後にして、なぜ過酷であるかもしれない外の世界に出てこようとするのかという基本的な疑問がある。 』
『 『自閉症だった私へ』を読んでもっとも驚きだったのは次のことだった。生後まもなくから認められる自閉症の子供の大きな特徴は、たとえ母親にであれ、ほとんど視線を合わせようとしないことである。この他者と視線を合わせないということを、今までの医学では、彼らの脳に障害があり、他者に共感するという能力に基礎的な障害があるからだと考えられていた。だがドナによれば、決してそうではなく、人と目を合わせることが、彼らの中に嵐のような情動の爆発を引き起こすため、それを意図して避けているのだと説明されていることだった。
つまり、人と共感する能力が無いのではなく、むしろその機能が鋭敏すぎて、人とアイコンタクトを取ることですら恐怖を伴った苦痛の体験となってしまうということなのだ。人間の視線にはそれだけの力がある 』
『 私たちは生まれたときから、世界に向けて開かれている。私たちは世界や他者とおのずと共鳴する回路を持って生まれてくる。笑顔は、乳児においては顔面筋の反射的なケイレンとしてはじまるが、それは母が、すなわち世界が自分をのぞき込んでいるときに、乳児の内面に起きる情動の爆発の結果生まれるものだ。それは苦痛に顔を歪めているようにもみえる。
「はにかみ」というのもそうだ。はにかむ表情は、歯をむき出しにした威嚇の表情から由来していると聞いたことがある。未知の他者の視線によって、自分が客体として貫かれたと感じたとき、人ははにかみの表情を浮かべる。それは笑顔同様、私たちが世界によってみつめられたときに起きる情動の、ときには喜びの、ときには驚愕によって色づけられた反応なのだ。動物にとって他の個体と視線を合わせるのは、威嚇のサインでしかないことを思うとき、私たちが他者の笑顔に対し、やがて笑顔でもって答えるようになるというのは、これは驚くべきことなのではあるまいか 』
『 いつからか子供たちは、ただの反射ではなく、こちらの笑顔に心からの笑顔で答えてくれるようになる。それはこの世界が安全であり、彼らの好奇心を満足させるに足りる喜ばしい驚きに満ちた場所であることを認めて、私たちがいる世界を受け入れてくれるときなのだろう。それは一歳から二歳くらいの間に起こることのようだ。
多くの子供たちは多少の騒々しさの中でも負けないでやっていける。しかし、自閉症と呼ばれる人たちのように、この世界の騒々しさがとても苦手な人たちもいる。この時期の子供たちに私たちの世界が受け入れられるためには、いまはやりの早期教育や能力開発などの、こちらの世界に合わせて彼らの豊かな可能性を限定するようなことは慎重であるべきだと感じる。私たちはこの新たなメンバーに対し、彼らが動くのを待って私たちが反応するという形でまずは受動的であることと、安らぎと静けさを提供することがなにより大切なように思う 』
『 その後、二,三歳ごろから五歳ぐらいまでだろうか。子供と話をするとき、こちらの話しかけにいちいち素直にうなずいてくれる時期があって、「あのね」と話しかけると、コクンとうなずく。さらに「さっきね」と続けるとコクン。「幼稚園でね」でコクン。「伊藤先生がね」でもコクン。この世界を一度受け入れた子供たちは、悲しくなるくらいに、いちずに反応してくれる。
彼らは決してノーといわないのだ。むろんいやなことは首を振ってイヤということもある。しかし、こちらの問いかけに対して、イエスであれ、ノーであれ、必ず答えてくれる。無視されることはないのだ。そういう意味で、まず子供たちは世界に対して真剣に手を抜くことなく、イエスと答え続けている存在だと思う。誰かの問いかけに答えずそれを無視するというのは、かなり高度な能力なのだろう。それは六,七歳くらいにならなければ出てこない。その年齢はちょうど、うそをつけるようになる年齢でもある 』
『 たわいもないうそで、すぐにばれてしまうものでしかないが、うそをつけるようになるというのはよく考えればすごいことだと思う。うそは自分の世界を持つ第一歩だ。内面の世界を出て、この世界に参加してしばらくは、すべてに対し素直に反応してしまう。この三歳ごろから五歳ごろまでの時期は、意識は外界へそそがれることで精一杯で、しばし内面の世界は縮小するようにみえる。しかしやがて成長と共に、再び内面の世界がその姿を現す。それが、人の問いかけを無視できるようになることであるし、うそをつくことを覚えることなのだと思う。 』
『 この世界に生まれてきた子供たちは。ちょっとやそっとのことでは、ひるむことのない「イエス」のエネルギーのかたまりを与えられてくる。でもその後の人生のどこかで、そのエネルギーも枯渇したり、「ノー」というエネルギーに転換したりしてしまうことがある。 』
『 『トムソーヤの冒険』の作家マーク・トゥエインはあれほどの少年期の輝きを描き出しながら、晩年には世界を呪うほどの人間嫌いとペシミズムに落ち込んでしまったといわれる。「イエス」からはじまる人生で、人はいつ、どのようにして世界に「ノー」をいうようになってしまうのだろう。
でも人生の最後に「ノー」といえることもすごいことだと思う。はっきりと「ノー」というのも、それまで生きてきた迫力がなければいえないものだ。なにか理想のようなものがあったからこそ、「ノー」といえたのではないかと思う。現代人は、私自身も含めて「ノー」とも「イエス」ともはっきりというだけの腹の力も理念もなく、ただ毎日の生活に疲れきって、グダッと流されているだけのような感じがする。気分の浮き沈みもあるし、とてもいつも「イエス」でなどいられない 』
『 人生に対して全身で「イエス」といってくれている人たちがいることだけで、こちらも生きていく勇気がわけてもらえる。そういう人たちはなぜずっと「イエス」と答え続けられるのか、そういう研究があってもいい。その全身「イエス」みたいな人といえば、忘れられない人がいる 』
『 けっして愛想の良い人ではなかった。慣れないとちょっと怒っているのかなと思ってしまうようなつっけんどんな口調だった。でも、それがどんな相手に対しても変わることがなくて、商売気のないすがすがしさがあった。酒を飲まないようなあまり商売にならないような客も多かったし、ただ寝にきたような酔っぱらいもいたが、そういう客もイヤな顔をしないで相手にしていた。ただ、たちの悪い酔っぱらいがやってくると、「せからしか(佐賀弁である。ちょっと表現しにくいニュアンスだが、標準語のうっとしいという感じに近いか)」と怒鳴って追い払っていた。私が見ていた範囲でだが、そのおばちゃんの迫力に抵抗できた酔っぱらいは一人もいなかった。 』
『 ちょっと滑稽な感じすらしてしまうその死に方も、なにか「まあ、私の人生こんな死に方がお似合いだよ」とニコニコしながら話してくれそうな感じがする。病院のベットの上で死ぬよりも、それははるかにおばちゃんらしい最後を飾ったのだと思いたい。現代人にはめったに選べない、それは人生に対する、もっとも「イエス」に満ちた死に方だったのかもしれない 』
『 それはいつでも想像の中で再現することができる。おばちゃんが全身で示していた「イエス」の波長と共に。それはバラバラに切り離すことの出来ないもっとトータルなものだったのだ。そういうものとある時期出会えたことは幸運だったと思う。私はあの時期、師の元にせっせと通う修行者だったのだ。大学では私は師と呼べる人と出会うことはなかったが、私はしっかり師に出会っていたのだ。だからこそ毎晩のように私は、あそこに通った。私が求めていたものはそこにすべてあったし、たぶんそれを私は充分に味わいつくして卒業していったのだと思う。
ちょっと落ち込んだとき、なんとなくおでんを食べたくなることがある。いま気づいたことだが、そういうとき私はなんとなく、あのおばちゃんに会いたくなっているのではないだろうか。でもおばちゃんの存在はしっかりと私の中に生きている 』
『 どちらも大学を出て、ある企業に就職したあと、しばらくして会社を辞めてしまい、それ以来家でひきこもった生活をしている二十代半ばの青年についての相談でした。
最初はご家族だけの相談でみえたのですが、次の機会にご本人たちと会ってみると、なんら精神的な病気らしさを感じさせるものはなく、言葉遣いも丁寧で、「なにか人間としてとても上等な人たち」という印象を受けました。とてもノーブルな感じ。いにしえの王朝貴族はかくあらんという感じでした。こういう人たちが社会参加できにくい社会とは、いったいなんなんだろうと考えてしまいました。 』
『 私自身が不登校やひきこもりの人たちとかかわってきた経験からいうと、彼らは、すごく輝くものを持っていると思います。さきほどもいったように「人間として上等な人たち」という印象があります。聖書の文句に、社会のためにいなくてはならない人たちのことを「彼らは地の塩である」という表現があります。
私はまさにひきこもりの人たちはこの「地の塩」ともいうべき存在だと思っています。私たちの社会から彼らがいなくなると、ほんとうに世知辛いものになってしまうような気がします。彼らが進んで参加したくなるような社会は、きっと誰にとっても生きやすい社会です。 』
『 ですから伝統的な社会では、原理的ににいえば思春期や青年期は存在しないんですね。たぶん昔の人たちは、その時期というものを、ひどく恐れていた。その時期の人間には共同体を破壊しかねない恐るべきエネルギーがありますから、それをうまくコントロールしようとしていたのだと思います』
『 恋愛もそうですが、共同体にとって脅威になる、思春期・青年期の荒々しい神がかり的なエネルギーを封じ込めること、イニシエーションにはそういう側面があったと思います。
この古代では封印されてきた思春期・青年期というものは、いまではイニシエーションという社会的なシステムが失われてしまい、それは誰もが体験するものになっています。思春期・青年期というのは、今では第二次性徴期が始まる13,4歳からはじまって、30歳くらいまで続きます。かつてはイニシエーションによって、数日間で終わっていたものが、現代では15年以上続くものとしてあるわけです』
『 「ひきこもりスト」の大部分はこのHSPの人ではないかと思います。私自身もその一人だと思っていますが、まずそのことをはっきり自覚すること、そして自分自身を守る方法を知っていくことが大事だと思います。
beingの人間あるいはHSPが人間関係で苦労するわけは、たんに感受性が強いからだけではありません。HPSにとってなかなか波長の合う人間が周りにみつからなくて孤立しやすいということがあります。深くつきあえる友人に出会う確率は10人に一人。いや百人に一人かもしれない。ましてや「かくれネクラ」も多いので、どこに波長の合う人がいるかわかりにくいんです。でも根気よく探せばきっと波長の合う人間はみつかります。
ただ気をつけなければいけないのは、今度はHPSだけで固まってしまうと、最初は非常に居心地がいいのですが、しだいに煮詰まって、互いに傷つけ合ったり、現実から乖離していく状況に追い込まれやすいことです。オウム真理教の辿った道もそういう可能性が高いと思います。
だから苦手ではあっても、非HSPの人たちも加わった開かれた場というものが大切です。それは非HPSにとっても、HSPの人たちがとても大切なのと同じです』
『 現代社会は、多数派である「doing」あるいは非HSPの人たち中心の社会となっています。その人たちの方が人数も多いですし、行動的だからです。
私はひそかに先住民族たちの文化、例えば縄文人、オーストラリアのアボリジニ、ネイティブアメリカンたちの文化はHSP主体の文化だったのではないかと思っています。狩猟採集生活で自然への強い感受性を必要とする「HSP」や「being」の人たちを大事にする社会だったのではないでしょうか。
精神科医の中井久夫の『分裂病と人類』というスケールの大きな本がありますが、そこで狩猟民たちには、過酷な自然や動物たちとの闘いのなかで、重要な感覚として物事の非常に繊細な感覚を認知する能力が発達していたのではないか。その能力を微分的認知と名づけていますが、それが未だに分裂病になる人たちには残存していて、微妙なサインから幻覚や妄想を作ってしまうのではないかと論じています』
『 なにか競争の原理ではなく、共生の原理を持っていた先住民の思想や哲学とつながっていくような、新しい部族が現代社会の中に生まれようとしているのかもしれない。それがこの社会に確実に広がっていくとき、私たちは新しい文化や社会を作り出すことができるかもしれない。そう夢想しています。 』
『ある意味では、ひきこもりの人たちというのは、普通の人では体験できないような、心の非常に深い部分の世界を体験する。そこまで深く悩んだり、苦しむ力を持っているともいえるわけです。
死にたくなるというのは、象徴的には古い自分を捨てることです。あるいは自分の中のいやな部分を切り捨てようとすることでもあります。しかし彼らがしばしばいやな部分と思っているものは、社会の多数派であるdoing、非HSPの持っている価値観や評価であることが多いようです。むしろ、いやだと思っている部分こそ、その人自身の誇るべき特質であることが、カウンセリングを通して見えてくることがあります』
『 ひきこもりの人たちには、ときに完璧をめざそうとするような強い野心があるように思えます。でも、シャーマンの思想というのは、完璧であることを目指すものではありません。完全ではなく、全体性を目指すものなのです。ネイティブアメリカンの文化では、重要な儀式のときに、その場の雰囲気があまりに厳粛なものになってしまうと、かならず道化が出てきてその雰囲気をひっくり返そうとします。みんながあまりに真面目になりすぎていると、そこにシャーマンが登場してわざと馬鹿なまねをして、みんなを笑わせます。つまり、真面目さだけでは、それは世界の半分でしかないから、そこに不真面目さを生み出すことによって、世界の全体的なバランスを取ろうとするんです。それはシャーマンの重要な仕事なんです。 』
『 私自身ときに、日常世界で日々仕事しながらも、心はひきこもりの状態にあるという時期があります。それでも仕事をやっていく、そういうやりかたというかコツがあります。人が変化するとき、一時的であれ、かならずひきこもりの状態を通っていきます。それは頭で考えたものではなく、体全体の変化として起こります。
ひきここもりの人たちが陥る罠は、頭だけのバーチャルな空間でのひきこもりをしてしまうことだと思います。むしろやるべきことは、頭を休めて、体を作っていく作業なのです。悩む、苦しむということは大事ですが、それを頭だけでやるのではなく、心や腹でやっていって欲しい。それはすごく大事な経験です。
私も頭でっかちで、頭で考え続けていました。でも、焦らず空回りでなく、じっくり考えていけば、それは心や腹にもしみていくんです。 』
『 なにがなんでも人とやっていかなければならないわけではないと思います。しかし、人間関係については、一人で山に籠もって修行していてもだめです。そうして悟りを開いたとしても、それをまた人間の中で生かしていくというのは次元の違う問題のようです。釈迦もイエスも親鸞も、孤独な修行で悟りを開きますが、その後山を下りて人々の中に入っていきました。そして、これが悟りを開いた人かというくらい苦労するし、みじめな思いを味わっています。イエスは結局、弟子たちにも裏切られて十字架に架けられます。
東洋には仙道思想があって、人里離れて深山幽谷にひっそりと暮らす仙人の境地が理想とするところがあります。でもその仙人も、ときどき下界に酒を買いに来たりするんです。この社会で生きていく方法に、そういうやりかたもあると思います』
『 AKIRAさんは人間の欲望によって焼きはらわれていくジャングルの木々と一体化する。身動きがとれないまま、燃やされる身を捻られるような苦痛の中、殺された木々の魂が一斉に抜けだし宇宙空間にただよう様子を幻視する。そして樹の精霊の声を聞く。樹の精霊からのメッセージはこういうものだった。木々たちは人間に一方的な木々の虐殺をやめるようにさまざまな働きかけをしてきた。しかし、どうやっても人間たちの行動を止めることはできなかった。それで木々たちは、その虐殺をくい止めるための最後の手段をとることにしたのだという。その最後の手段とは、殺された木々の霊がいっせいに人間としてこの世に生まれ変わって、その蛮行を内部からくいとめようというのだ。』
『 米木太一さんが語っていたこと(去年の不登校新聞に掲載された手記)、「本当にひきこもっているのは誰か」というタイトルの短い文章だが、そこで彼はこういう問いかけをしている。いまや人類全体が自然と切り離され、宇宙的なひきこもり状態にある。そういう人類全体からまずひきこもることこそ、宇宙的なひきこもりからの回復の一歩なのではないか、と。』
『 日本で百万人といわれる若者たちが、この社会につながれたコンセントをひそかに抜きはじめている。ひとりひとりは自分がなにをしようとしているのかわからないまま、いまや無視できない数の若者たちが、無言でこの社会へ「ノー」をつきつけている。次に彼らがどこにアクセスしようとしているのかはまだみえてこない。しかし私は彼らに会って感じるのは、高貴なとでも形容するしかないある波長を持ったひとたちだという印象である。やさしさと思いやりに満ちた、だからこそこの社会の中で生きていくだけで傷ついてしまうようなそういう柔和なスピリットを共有する人たち。私はひそかに、彼らはこの現代日本に生まれた、ネイティブのスピリットを持った新たな部族なのではないか、との思いを深めている。そしてその高貴な魂の震えをこの目で会ってみてAKIRAさんにも確かに感じることができたように思う。』
『・・敵をおのれの心の中から生みだし、それとむなしく闘い続けてきた・・』
『・・信じることだ。お互いを、そして敵を信じること、単純かつもっとも困難なものであるが、ただそれしかない。もっと具体的にいえば、細部を無視しないことだ。すっきりやスカッとを求めず、あいまいさに耐えることだ。冷泉さんのこのレポートは、そういう細部をみていく姿勢、またすっきりすることの快感でしかない気分的な即時の価値判断の誘惑に耐えて、あいまいさの中に留まることの勇気を教えてくれている。 』
『国境や人種を越えた、この成熟した部分のつながりこそが、明日への希望だ。敵を外部に投影するのではなく、自分の内部にみていく力を持ったものたちのネットワークが、まさしくインターネットなどの国境のないネットワークのなかで生まれつつある。 』
『 娘のモモがカメにテリーという名前をつけた。テリーの低燃費の生き方が美しくて、私はテリーを眺めてばかりいる。
テリーは、眺めていると飽きない。小さな小さな手の平に乗るような小さなテリーが生きていることがとても不思議だ。テリーがチンゲンサイやキャベツの葉っぱを一生懸命にパリパリと食べているところも、なんとも平和で好ましい。』
『 思い出した、こういう日常の美しさ、優しさに触れたときに、私はいつも、ああこのエピソードをなんとか表現したいなあと思ったのだった。自分に優しくなるために、私は短篇というものを描きたいと思っていたのだった。この世界の慎ましい美しさについて書くために、私は短篇を書こうとしたのだったっけ。
なるほど。私にとって短編小説とは、本当の「小説」なんだな、って思った。しみじみと暮らしていないと、些細な物事を見落としてしまう。だから書き方を見失っていたのだろう。おもしろいなあ。』
テリーが餌を食べるときの、無我夢中でがむしゃらでひたむきな様子。あれがそもそも私にとっての短編小説なのだ。そのひたむきさに触発されることが、短篇を書くということだったのだ。そういうことに、じ〜んとくると、私はなんか書きたいなあと思うのだった。』
『 自分の住んでいる場所に戻って来ること。それはとても大切だな、と、このごろ思う。どこへ行こうと、どんな遠くまで飛んで行こうと、私が誰なのかを忘れてしまっては、きっと私は何も書けないだろう。自分の本質と切り離されたところで無理をしすぎたかもしれない。
私を育んできた世界。その世界から力をもらわなかったら、新しいことに挑戦するなんてできない。私に力をチャージしてくれていたのは、実は「生活」そのものだったんだ。』
『 非力な小さな、アフガニスタンのカメからそのことを教わった。生き物とか、植物とか、自然って、ほんとうにすごいなあって思う。それらは、たぶんゲートなのだ。命というものと繋がるための、この世界のゲートだ。
神様でも、神社でもなく、たぶん、本当に生きるためのゲートは、自分のもっとも身近な場所にちゃんとあるのだろう。』
『 2000年の日本の自殺者は3万1957人、一日に87,6人、16分にひとりがが自殺してることになる。交通事故の3倍というのもびっくりした。 』
『 飛び降り自殺はお好み焼きのように地面にはりつき、はがすのがたいへんだったり、割れた頭蓋骨をホチキスでとめ直すのに50万円もぼったくられたりする。つねに自殺方法のトップを譲らない首つりは、ウンコ垂れ流し、棺桶にはいったあとも首がそりかえったままだ。自殺では保険金がもらえないし、焼身自殺などで失敗した場合、医療費は全額負担なので5000万円も治療費がかかる。 』
『 飛び降り自殺したカリスマ漫画家山田花子の父親へのインタビュー、飛び込み自殺で散らばった遺体をゴム手袋で拾い集める駅員、富士吉田市の財政を圧迫する樹海自殺も遺族は7年間で500万円ちかくも保険金を払いつづけなければならない、山での遭難や入水自殺でヘリコプターをチャーターする遺族は1時間50万から100万円かかる、引用していったらきりがないほど、現実に打ちのめされる。 』
『 栃木県粟野町に住む大森芳紀さん(なんと22歳だぞ)は大麻繊維の復活をめざし和紙作りに成功した。 粟野町は麻薬成分(THC)の少ない品種を開発し、全国生産量の99%近くを占める。戦後施行された大麻取締法によって栽培免許が必要になり、生産農家は激減した。日本の大麻は絶滅の危機にあるという。 』
『 繊維、食用種子、油、薬としても重宝され、現在でも栽培に化学肥料が必要ない。 マリファナの医学的安全性は完璧に証明されているにもかからず、「酒やタバコより危険だ」という誤解は根強い。実際にはお茶やコーヒー以上の害はないし、医学的な効用も高い。 吐き気、喘息、緑内障、筋肉硬化症、白血病、ガンなどにも効果を上げている。 マリファナはよほど初心者でもないかぎり、平和で幸せな気分にしてくれる。』
『 マリファナを解放したオランダでは喫茶店のメニューにのっているし、犯罪が減り、健全な市民生活に根づいている。 もちろんオレは日本では吸わないが(警察署が目の前だし)、いつの日か確実に合法となるだろう。マリファナが違法なのは、それを受け入れない社会がゆがんでいるからだ。奴隷のように人をこき使い、戦争で儲ける社会では、平和の使者ともいうべきマリファナは邪魔だろう。』
『 この五カ国が権謀術数を弄してイラクの原油を狙っている。その舞台である国連で列強五カ国は名台詞や奇麗事を言うが、それぞれ盗賊五人男に変りはない。1991年の湾岸戦争以来、列強は国連の名のもとにイラクに経済制裁を課してきた。その理由は、イラクにはサウジに次ぐ世界第二の原油の埋蔵量があり、その採可年数は140年だから。アメリカの石油総消費量の40%をまかなっている米国内埋蔵量が2008年で枯渇することは1900年初頭から分っていたので、アメリカはアメリカなりに、イラクを支配することを計画していた。だから列強達は将来この「宝の山」(埋蔵石油)から安価なコストで採油するため、サダム・フセインを悪党に仕立ててイラクに経済制裁を加え、イラク国民の生活水準を最低に抑えてきたのである。』
『 これら三国は国連で対イラク完全経済制裁に反対して一部を緩和したばかりか、さらに100%制裁解除の運動を展開することにより、サダム・フセインから油田開発の利権を確保していたのである』
『 イラクはアメリカにとって世界一安全が保たれている国であることに誰一人として反対できない。一方イラクにとってアメリカは年中一方的にミサイル攻撃を仕掛けてくる世界一横暴な「ならず者国」である』
『 米英の単独イラク攻撃はフランス等列強三国にとっても、オペック加盟国にとっても、「大イスラエル主義」で領土拡大を目論むイスラエルにとっても、正に国家存亡の大問題なのである。イスラエルは過去に起こった数多くの中東戦争毎に領土を拡大してきたが、中東が平和になると必ず領土を失った。イスラエルは中東戦争礼賛国なのである』
『 イラクの原油利権確保だけならアメリカはイラクと戦争をする必要は無い。三国を脅かすことにより全利権をコントロールできるからだ。ところがアメリカは常にイスラエルの野望を満足させる義務を負っている。叶えなければ9/11並の事件が又アメリカで起きるからだ。従って原油利権と異なる全く別のイラク攻撃の圧力がアメリカにかかっているのである』
『 イラクに傀儡政権を樹立して石油利権をコントロールするのに一番コスト安で時間がかからぬ方法が、フセインの暗殺である。しかし絶対的有利な原油利権確保、シオニズム(大ユダヤ主義)の拡大、アメリカ経済不況脱出、150万人の軍人という名の潜在失業者救済、等々からアメリカはどうしても今後最低5年間は戦争する必要がある』
『 『自殺』という死に方は、我々人間社会の常識を持つ者には確かにショックです。様々な理由をつけて、彼の『死』を納得したいと思うでしょう。しかし、どんな理由も多分、彼の『死』の一側面を語るだけのことでしょう。ただひとつ確かなことは、彼は、彼の『死』を自分の意志で選んだ、ということです。彼の最後の『わがまま』です。私は、彼のこの死に方によって、彼が我々に与えてくれた勇気や希望、目覚めが色褪せるなどとは全く思いません。もちろん『自殺』を賞賛する気持ちは毛頭ありません。ただ、いかにもジャックらしい『わがまま』な人生だったなあ、と思い、あるがままに受け止めています。ジャック・マイヨール、本当にありがとう 』
『 少なくとも僕は、ここで言葉を持たない者である。 彼はイルカと一緒に消えていった、ただそれだけだ 』
『 105メートルを潜った時、もし、ジャックが『人間的』な心を持っていたらどんなことが起こってしまったでしょうか。ジャックの生命の力が限界に近づいてきた時、『もし、このまま進んで死んでしまったらどうしよう』と思う『人間的』な心の不安が生じた途端に脈拍が高まり、生命の限界が早まります 』
『 私たちは、これを強く意識する必要がある。つまり、人が社会的な常識人として存在している世界など、極めてごく一部なのだ、と 』
『 だから重要なのは仏やイルカにあるのではなく、仏的であり、イルカ的である何ものかなのだ。そして、さらに重要なのは、それら仏的でありイルカ的である何ものかと人類という種との関係そのものなのだ。 ヒューマニズムは大切なものだと思う。だが一方で、それは私たちを盲目にする 』
『 だが、人類という種の変遷、あるいは記憶の集積は、これに比べるのもおこがましいほどに、膨大だ。そして、深遠だ。 人類という種の記憶。近代的なヒューマニズムに盲にされることなく、僕はその記憶の集積へ直接プラグインしたいと思う。そしてジャック・マイヨールが遥か深海で行なっていた叡智に満ちた行為も、きっとそんなことだったに違いないと思うのである 』
『 そして鍵は、自分の内側にある 』
「この仮説に関する重要な結論は、『冷戦が世界規模の狂言であった』ということであり、その実態は
世界の軍事産業に代表される欧米巨大財閥に支援された米政府の軍事通商外交と、米国による政権保護を当てにした小国の軍事物資購入が、互いの利益として成立する関係にあった
ということに集約されよう。これによって冷戦体制における米ソの代理戦争と呼ばれた多くの紛争・戦争国の当事者らは大国の大事な顧客として、政敵から保護されていたのである。」
「教科書の書き換え、民族の自決、大国からの独立を主張する雑誌をはじめ、我々の周りではいま、反米・反韓・反日感情などを煽ろうとする多くの傾向がある。私は民族の自立権を否定するものではないが、その主張には、我々の社会をとりまく軍産体制を結果的に温存してしまう危険性への議論が全く欠落しているように思われる。国家の自立と自由の確立には、まずこの軍産体制の実態を知り、議論されなければならないのではないだろうか。もし、我々が世界の軍産体制の実態について知らされないまま国防論を持ち出されたとき、周囲に軍をもつ国々に囲まれているという現実を考えるなら、誰が軍を持つ事を否定できよう。そして、我々市民はその実態を知ることなく軍産体制の維持・強化に同意する事になるのである。
戦争は軍産体制が危機に陥った時に起こされ、その前提として民族感情が煽られるという歴史的パターンがある。冷戦終結直後の湾岸戦争はまさにこうした時、起こされたのだった。このHPは、戦争や民族間の対立に潜む軍産体制の意図を読み取り、無意味な対立や対立が生み出す指導者側の利権発生を、市民の側から防がなければならないという事を提言している。我々国民の手によって、歴史の正しい実態が知られつつある状況を彼らに認識させるならば、彼らが国民をあざむく事は、今後容易ではなくなるばかりか、事実を知る国民の支持喪失を恐れる彼らは、国民の意思を政策に反映せざるを得なくなるだろう」
「教科書の書き換え、民族の自決、大国からの独立を主張する雑誌をはじめ、我々の周りではいま、反米・反韓・反日感情などを煽ろうとする多くの傾向がある。私は民族の自立権を否定するものではないが、その主張には、我々の社会をとりまく軍産体制を結果的に温存してしまう危険性への議論が全く欠落しているように思われる。国家の自立と自由の確立には、まずこの軍産体制の実態を知り、議論されなければならないのではないだろうか。もし、我々が世界の軍産体制の実態について知らされないまま国防論を持ち出されたとき、周囲に軍をもつ国々に囲まれているという現実を考えるなら、誰が軍を持つ事を否定できよう。そして、我々市民はその実態を知ることなく軍産体制の維持・強化に同意する事になるのである。
戦争は軍産体制が危機に陥った時に起こされ、その前提として民族感情が煽られるという歴史的パターンがある。冷戦終結直後の湾岸戦争はまさにこうした時、起こされたのだった。このHPは、戦争や民族間の対立に潜む軍産体制の意図を読み取り、無意味な対立や対立が生み出す指導者側の利権発生を、市民の側から防がなければならないという事を提言している。我々国民の手によって、歴史の正しい実態が知られつつある状況を彼らに認識させるならば、彼らが国民をあざむく事は、今後容易ではなくなるばかりか、事実を知る国民の支持喪失を恐れる彼らは、国民の意思を政策に反映せざるを得なくなるだろう」
『第二次世界大戦前夜について文献3には興味ある記述がある。「三年前に、シアラー事件とともに始まった兵器会社を統制しようという動きは、今や当初の狙いを大きく超え、海外から手を引く(注.今日でも聞かれる米国の孤立化政策の原点である)という決意にまでいたった。中立法成立の三ヶ月後、ムッソリーニはエチオピアに侵攻し、ヒトラーは公然と再軍備を始める」(P.96)。これは、米国というよりも、米軍需産業への協力ではないのか。また、英国の二大軍事企業アームストロング社とピッカーズ社は英政府の発注を得られず、経営危機に瀕していたが、「1931年、日本はイギリスを含む国際連盟に非難されながらも、中国の満州を侵略した。この戦争でイギリスの対日・対中兵器輸出に新たなブームが起きた(P.87)」と著者は記述しているのである。読者はこの2つの記述をどう考えられるだろうか』
『報道機関の情報独占体制は、国民に対する世情の秘匿を可能にする。 政財界のトップ、官僚OB、内閣情報調査室(『内調』と呼ばれるこの公的機関は、戦後、米CIAが日本に創設した日本版CIAである−文献21)の現役室長、多数のテレビ局、新聞、大手出版界の幹部、ジャーナリスト、小説家らによって構成され、世論操作を続けていた『三宝会』は、戦時下における軍の情報工作活動をほうふつとさせる。公文書17の存在は、これまで新聞、テレビの報道では、一切伏せられているもので、かつての三矢研究発覚よりも重大である。 』
『日本が繁栄を再び取り戻すには、この不況下にありながら、防衛予算に年間5兆円もの税金を投入する日米軍事同盟に依存した国家体制を国民が認めないことだろう。この結果、日本は世界第二位の軍事大国となっている』
『今日の軍産体制が生み出した国家指導者同士の共謀による偽装戦争をなくすだけでも、国々は必要最小限の軍事費に抑えることができ、その分農・工業化への発展に向けた国内経済政策に投資できるだろう。また内乱のない安定政権はより多くの海外の企業誘致を確保できよう。そのため、世界には多くの和平と繁栄が市民にもたらされるに違いない。しかしそうしないならば、日本も含めた多くの国々は、いつか累々と築かれたおびただしい屍とがれきの山を、再び目の当たりにすることになるだろう』
『しかしこれらテロ集団のトップが同胞に知られることなく対立する政府機関から資金援助され動かされている事は、今日においてすでに広く認知されつつある。』
『テロは国側の対策を促し、国は民間の軍事関連部門をもつ企業に協力を仰ぐことから、結果として政官業に利権をもたらすという皮肉な結果を生む。あるいは、テロ対策による利権獲得には、テロ行為が前もって存在しなければならないといえるだろう』
『オウムの地下鉄サリン事件は、日米新ガイドラインに新たに盛り込まれたテロ対策にとっては、非常にタイムリーな事件だったといえるのではないだろうか。この疑惑が正しいならばこの事件の真相は、米国絡みの国際犯罪だったといえるので、司法・検察による真相究明は期待できないだろう』
『日本の60年代安保闘争もまた、財界支援を受けた東大幹部クラスのみが事実を知る、米国絡みの革命闘争劇であったようだ』
『 一度、体験レッスンなるものに行った。その日は、体験レッスンに行く前に、「アワヤスカ」(講談社)という本を書いたAKIRAさんと対談していた。
AKIRA さんって、不思議な人なんだ。まさに日本のドラッグ・キング。彼が最近書いた「アワヤスカ」という本は、幻の植物「アワヤスカ」を、彼が命がけで体験する話でめっぽう面白い。
あんまり面白いので、小説現代という雑誌で対談させていただいた。究極のドラッグと言われるアワヤスカを1週間、ジャングルで吸い続けた体験をした男は、たぶん日本には彼しかいないだろう。ほんとにサイケデリックな人なのだ。
AKIRA さんの望みは、精神はどこまで飛翔できるかを身をもって体験し、確認することにあるそうだ。そんなことしたらいつか飛翔したまま死んでしまうんじゃないだろうか……と、私のような俗人は不安になる。』
『 そのAKIRA さんと、対談が終わってしゃべっていたら、彼もフラに造詣が深くて、ハワイの古典フラの踊り手と仲良しだと言う。「ランディさん、フラはいいですよ、大地のエネルギーを感じます」と言われ、私はますますその気になってしまったのだった。
さらに、最近、仲良くしていただいているサビアン占星術の研究家の松村潔さんも「古典フラのエネルギーはすごい」と言う。けっこうフラのファンって多いのだ。侮れないなあ、フラダンス。ってなわけで、実は昨日が初めてのレッスンだった。』
『 S先生は、フラのレッスンの前に「チャント」というハワイ語の祝詞のようなものを唱える。その「チャント」を唱えるときに、みんなで手を繋いで丸く輪になる。そのときに、彼女がこう言ったのだ。
「みなさん、この1週間、いろいろあったでしょう。辛いこともあったでしょう。だけど、みなさんはこの1週間で成長しているの。もう1週間まえのみなさんとは違うのよ。いっしょうけんめい一週間生きたから、先週とは違う存在なのよ」
それがすごくチャーミングで、それでいて力強くて、明るくて、優しい声で、ぜんぜん説教臭くなくて、押しつけがましくなくて、なんかイイ感じの話し方なんだよね。
で、深呼吸して、身体の中の沈んだ気持を吐きだして、「マナ」っていう生きる力みたいなものを吸い込んで、それを再びみんなに分け与えるために外に出すわけ。
それからレッスンが始まるのだけど、私は「1週間前のあなたとは違うのよ」って先生が言った言葉に、ひどく感激してしまって、なんかじーんとしちゃったのだった。』
『 そういうことって、普通に生きていたら誰も言ってくれないし、誰も褒めてくれないことだけど、そうだよなあ。人間なんて1週間一生懸命生きれば、それだけで変われたりするんだよな。そういうとても柔軟で美しい生き物なんだよなあ、ってしみじみ思えたんだ。』
『 「つまらないこと」という原稿を昨年末に書いて送ったら、いろんな人からメールが来て、いまでも来る。
質問の半分くらいが「どうやったら、つまらない状態から抜け出して、楽しくなれるんでしょうか」「私はもう長いこと幸せという状態を感じたことがありません。その状態がどんなかも忘れてしまいました」って、そう書いてあった。』
『 私の書き方が誤解を招いてしまったのかもしれないけど、私には「満ち足りてどっぷりと幸せな状態」というのは、よくわからないし、どうしたらそうなれるのかもわからない。
私は、基本的に常に「傷ついている」ほうだと思う。物心ついた頃からそうだった。いつも、胸のあたりのかさぶたから血を流している。それが私であり、そういうキャラクターなのでしょうがない。
サビアン占星術の研究家の松村さんに言わせると「ランディさんの星は他者の侵入を受け入れようとして傷つき、もう他者とは深く関わりたくないと思っているような状態」なのだそうである。
家族であれ、友人であれ、仕事関係であれ、恋人であれ、私という性格は常に他者をなんとか理解し、他者と共に可能性を模索しようとかなりがんばる方なので、それが挫折した時のダメージは大きい。
そして、その挫折を徹底的に反すうし、分析するまで回顧し続けるので、文章が書けるのだと思う。しかし、書く前も、書いているときも、書いた後も、ダメージはダメージであり、常に痛みを身体のどこかに感じている。』
『 私にとって「つまらない」という状態は、この「ダメージ」すらもマヒしてしまうような状態なのである。痛みすらわかんなくなって、あらゆるものが膠着して動きを止めてしまったような状態だ。
「つまらない」という状態から、解放されれば、痛みも思い出し、以前よりもずっと、辛いことも多いのである。まったく、生きているというのはめんどくさいなあ。
だからね、いまはフラダンスなんか踊って楽しいのだけど、でも「世界がつまらない」と思っていたころよりもずっと、どことなくせつないし、楽しい反面で寂しいし、過去の傷がちょっと痛いんだよ。そういうものなんだと思う。』
『 私は、心からありとあらゆるものがハッピーっていう状態には、なったことがない。たまになるのは恋愛でのぼせてる時だけで、長続きしない。基本的に真面目で暗い。そういうタイプの人間なのでしょうがない。いつも、ちょっと痛い、それに耐えているので、酒とか好きなんだろう。』
『 十代のときも、二十代のときも、こういう日があって、一人でぼう然とビールなんか飲んでて、ちょっと人恋しくて寂しくて、それでいて心のどこかで妙な解放感があった。』
『 そうだよな、しょせん他人なんて、誰もそんなに私を必要としてるわけじゃないのだ。そのことを思い知ると、かえって気が楽になる。誰にも応えなくたって、私は生きてていいんだな、って。この取るに足らない自分でいいんじゃん。半ばヤケくそにそう思ったときの、不思議な爽快感。』
『 私って、たぶん、何を手に入れても、どんなに成功しても、いくつになっても、きっと同じような気持ちで死ぬまで、こうやって貧乏くさく地面に座って、のら猫みたいに一人でビールなんか飲んでるタイプなんだろうって思った。変わりようがない。いま変わっていないんだから、もう変わりようがないだろう。』
『 ここが自分の原点で、ここから雨のなかをどこへ歩いて行こうと、私はなんでもできるし、なんにでもなれるし、ものすごく自由だ。こういうとき、いつもそう思う。』
『 家族がいようが、子供がいようが、そんなことすら関係なく、この夜の雨の中を、どこでも好きな場所に行き、好きなことをやって生きていい。そんな妄想を持てることが、私の救いだ。』
『 フラが与えてくれた「マナ」のおかげかな。久しぶりにしみじみと実感してた。他人でもなく、社会でもなく、私は個性に従って生きていいのだ、って。』