広告収入は サイト維持に活用します。
どうも有り難うございます。


観 て る だけ


見たいURLを入力したら、ふりがながつきます。
http://
パワーストーン
ロータス・パラダイス
新しい存在の開花

ジルコン クリスタルで、 くつろぎ浄化が自然に 起きることを助けます。


インドの砂漠が森へと甦る。イマジン&実践レポート / ああ、インド暮らしの日々/ /月刊いんどアーユルヴェーダ新聞 /インド伝統医学に学ぶアーユルヴェーダな生活有料メルマガ
/目次/ /TANTRA/ /ヴィギャン・バイラヴ・タントラ/ /黄金の華の秘密/ /和尚/ /太母/ /創造/ /チャンプルーズ/ /2004年後半/ /2004年前半/ /2003年/ /2002年後半/ /2002年前半/ /12月下旬/ /12月中旬/ /11月中旬/ /11月上旬/ /10月下旬/ /10月中旬/ /10月上旬/ /9月ニューヨークテロ以後/ /9月ニューヨークテロ前後/ /2001年前半/ /ほんまかいな、そぉかいな?/ 転載元のURLを明記して、転載転送歓迎!  コピーレフトCopyleft(C)2004 Earth Reforesting System 
リンク先文書がリンク切れになっていた場合、URLの後ろに、以下を付け足してenterしてみて下さい。保存されてる望みがあります。    http://web.archive.org/
声なき声は、そこにある  杉山龍丸

私たちは、第二次世界大戦から二十年たった今、直接被害のないベトナムの戦いを見て、

私たちが失ったもの、その悲しみを新たに考えることが、必要だと思います。

これは、私が経験したことです。

第二次世界大戦が終わり、多くの日本の兵士が帰国してくる復員の事務についていた、

ある暑い夏の日の出来事でした。

私たちは、毎日毎日訪ねてくる留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、

死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた。

留守家族の人々の多くは、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった。

そこへ、ずんぐり肥った、立派な服装をした紳士が隣の友人のところへ来た。

隣は、ニューギニア派遣の係りであった。

その人は、

「ニューギニアに行った、私の息子は?」と、名を言って、たずねた。

友人は、帳簿をめくって、

「貴方の息子さんは、ニューギニアのホーランジャヤで戦死されておられます。」

と答えた。

その人は、その瞬間、眼をカッと開き口をピクッとふるわして、黙って立っていたが、

くるっと向きをかえて帰って行かれた。

人が死んだということは、いくら経験しても、又いくらくりかえしても、慣れるという

ことはない。

いうこともまた、そばで聞くことも自分自身の内部に恐怖が走るものである。

それは意識外の生理現象を起こす。

友人は言った後、しばらくして、バタンと帳簿を閉じ、頭を抱えた。

私は黙って、便所に立った。

そして階段のところに来た時、さっきの人が、階段の曲がり角の広場の隅のくらがりに、

白いパナマ帽を顔に当てて壁板に持たれるように、たっていた。

瞬間、私は気分が悪いのかと思い、声をかけようとして、足を一段階段に降ろしたとき、

その人の肩は、ブル、ブル、ふるえ、足もとに、したたり落ちた水滴のたまりがあるのに

気づいた。

その水滴は、パナマ帽からあふれ、したたり落ちていた。

肩のふるえは、声をあげたいのを必死にこらえているものであった。

どれだけたったかわからないが、私はそっと、自分の部屋に引き返した。

次の日、久しぶりにほとんど留守家族が来ないので、やれやれとしているときふと気が

つくと、私の机から頭だけ見えるくらいの少女が、チョコンと立って、私の顔をマヂ、

マヂと見つめていた。

私が姿勢を正して、なにかを問いかけようとすると、

「あたち、小学二年生なの。おとうちゃんは、フィリッピンに行ったの。おとうちゃんの

名は、○○○○なの。いえには、おじいちゃんと、おばあちゃんがいるけど、たべものが

わるいので、びょうきして、ねているの。

それで、それで、わたしに、この手紙をもって、おとうちゃんのことをきいておいでと

いうので、あたし、きたの。」

顔中に汗をしたたらせて、一いきにこれだけいうと、大きく肩で息をした。

私はだまって机の上に差し出した小さい手から葉書を見ると、復員局からの通知書があった。

住所は、東京都の中野であった。

私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島のルソンのバギオで、戦死になっていた。

「あなたのお父さんは――」

と言いかけて、私は少女の顔を見た。

やせた、真黒な顔、伸びたオカッパの下に切れ長の長い眼を、一杯に開いて、私の唇を

みつめていた。

私は少女に答えねばならぬ、答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな

声で答えたかわからない。

「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」

といって、声がつづかなくなった。

瞬間少女は、精一杯に開いた眼をさらにパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。

涙が、眼一杯にあふれそうになっているのを必死にこらえていた。

それを見ている内に、私の眼に、涙があふれて、ほほをつたわりはじめた。

私の方が声をあげて泣きたくなった。

しかし、少女は、

「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。おとうちゃまが、戦死していたら、係のおじちゃま

に、おとうちゃまの戦死したところと、戦死した、ぢょうきょう、ぢょうきょうですね、それを、

かいて、もらっておいで、といわれたの。」

私はだまって、うなづいて、紙を出して、書こうとして、うつむいた瞬間、紙の上にボタ、ボタ、

涙が落ちて、書けなくなった。

少女は、不思議そうに、私の顔を見つめていたのに困った。

やっと、書き終えて、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、

腕で押さえて、うなだれた。

涙一滴、落とさず、一声も声をあげなかった。

肩に手をやって、なにかいおうと思い、顔をのぞき込むと、下唇を血が出るようにかみしめて、

カッと眼を開いて肩で息をしていた。

私は、声を呑んで、しばらくして、

「ひとりで、帰れるの。」

と聞いた。

少女は、私の顔をみつめて、

「あたし、おじいちゃまにいわれたの、泣いては、いけないって。

おじいちゃまから、おばあちゃまから、電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。だから、

ゆけるね、となんども、なんども、いわれたの。」

と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなづいてみせた。

私は、体中が熱くなってしまった。

帰る途中で、私に話した。

「あたし、いもうとが二人いるのよ。おかあさんも、しんだの。だから、あたしが、しっかり

しなくては、ならないんだって。あたしは、泣いてはいけないんだって。」

と、小さい手をひく私の手に、何度も、何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる

廻っていた。

どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、何が出来るのか?

戦争は、大きな、大きな、なにかを奪った。

悲しみ以上のなにか、かけがえのないものを奪った。

私たちは、このふたつのことから、この悲しみから、なにかを考えるべきであろうか。

私たちは何をすべきであろうか。

声なき声は、そこにあると思う。

声なき声のたより 43号(1967年11月20日発行)より


農芸祝祭せいかつ   宮沢賢治


JEGOG(ジェゴグ)   MANI

『 まずはじめに大地と天空、そしてその中間に位置する自分 という構図がある。その3点を結んで (強烈な音、そして大地を揺さぶる振動とともに、 自然にその点が結ばれていくのだが)、 やがてひとつの太い大きな風が起こり、 それが自分のカラダを単なるパイプとして ゴーゴーと通り抜ける。 言葉でつかまえにくい感覚を.敢えて言葉にするならそんな感じだ。 そして、楽器の演奏者はそれが起こることを促す、 さながらセラピスト(治療士)の集団であり、 かつ自分たちもいい感じになっちゃった人たちだ。

 大風が通り抜けた後は、カラダの中によどんでいたものを 魂もろとも浄化されたようであり、ひと呼吸ひと呼吸の空気が清くおいしい。 宇宙というとてつもなく大きなものが目いっぱい、鼻いっぱい、耳いっぱい 、毛穴いっぱい、全身に満ちている。 が、その一方で、なんにもないことで満ち足りている感じもある。 それは私たち人間がとても小さい存在であると再確認する ことでもあり、些末なところで考えてもしかたないのだという 潔い諦めへの勧めであるような気もする。 大きな波に身を委ねること、その心地よさを味わうこと、 そんなことを教えられたような気がする。 もっともバリの人々はそれを「神」と表現するのだが。

 楽団の方たちは農業をなりわいにしているという。 昼間は畑仕事に汗を流し、そして日が沈んでからは『ジェゴグ』 の練習をするという。ジェゴグは、生活に根差した音楽だ。 それは彼等の、魂ぎりぎりの叫びのようでもある。 ある意味では、ジェゴグを通して浄化(カタルシス) をおこなっているといえる。』


風よ私よ、詠い踊れ!  長屋和哉

ある荒々しい風の中で 10月16日

『「私には、もう生きてゆくための力がないんです」  彼女は寒い部屋の中で、そう語った。ストーブを灯すほどではない。だが、廃屋のように古い民家の中は、まるで夜の外と同じように寒かった。 「なぜそんなことになってしまったのか、もう自分でもわからない。 でも私は、ただ無性に哀しいんです。 風が吹いて顔を撫でてゆくだけで、ただそれだけで、 もう生きてゆけないと思う。 透明になって、そのまま消え失せてしまえばいいと思う」』

『 救けてくれ、僕は思っていた。俺を救ってくれ。 俺を救いあげてくれ。俺はもう生きられない。生きられないんだ。  僕はそう思い、友人と別れてひとり東京の雑多な街を歩きながら、 ふと大声で泣きおらび、歩道に崩れ落ちてしまいそうになった。 涙があふれて止まらなかった。俺を救ってくれ。 一体、俺はこのままどこまで生きてゆかねばならないのだ。 もう生きる力さえ残ってはいないというのに、 なぜ俺はこのまま生きているのだ。どうか、救ってくれ。  そして、10年が経った。  僕はそのまま生き続け、今でもその時のことを思い出す。 強靱な風が、吹いている。 いつまでも、かつてのまま、その風は吹き続けている。』

『涙がとまらなかった。 この熊野に仏がいるというのならば、なぜおれを救ってはくれないのか。 なぜ生きているだけで、これほど苦しまなければならないのか。 救ってくれ。おれを救ってくれ。 この1千年の切なさから、どうかおれを救い上げてくれ。  男はいつの間にか、声をあげて泣いていた。 水際で仰向けになったまま、空を見上げて号泣していた。 男のその泣き声は狭い谷あいにこだまし、山々に響き渡った。 鳥たちが男の上を翔んでゆく。救ってくれ。おれを救ってくれ。 涙はあふれ続けた。切ない。切なくて、死にそうだ。』

『 しかし、それでも、生きてほしい。僕は君に生きてほしいのだ。  君の魂は震えながら、わななきながら、どこまでも墜ちてゆきながら 、それでもいまだ鼓動している。そう、墜ちてゆけばいいのだ。 没落してゆけばいいのだ。そうして自ら墜ちてゆくことのみが、 君に強靱な風に立ち向かわせる力を与えるのだから。 強靱な風のなかで、君はあまりにも弱々しいが、 しかしまさにその弱々しさ故に、君は強靱でもあるのだから。

 魂の上昇を信じてはいけない。それは君を決定的に弱らせてしまうのだから。しかし、魂の下降を、自らの意志で下降する時、君はあるめざましい上昇を描くのだ。  それは、君の『大地』の上昇である。君の大地、君の身体、そして君の愛情の上昇である。  僕は、君に生きてほしいと願う。  強靱な風は、決して吹きやもうとはしない。それは絶えず君の頬を打ちすえてゆくだろう。君を地べたにひきずり、擦りつけ、君のすべてを傷つけるだろう。だが、それでも君はしっかりとそこに立つのだ。眼を見開いて前方を見つめ、息をこらし、強靱な風をまともに浴びながら、そこで生きるのだ。

 そして、歌え。昂然と。君よ!』


お諒に恋する5秒前♪ ジュタローガムラン

『「女ってすごいなぁ、人間って 生きてるってすごいことなんだなぁ。」

よおこが言いました 「こんなに幸せなら、 これから何があっても構わない。 この子が生まれてきたことのためなら、 これから先の不幸も命も構わない。」と.

そして 「そう思うのと同じように、ただただ みんながみんな幸せであるようにと思う。」と

産む苦しみの中で 僕の手を信じられないくらい 強い力で握り締めたよおちゃんと、 出てきた瞬間に大きな産声をあげたこの子を見て 僕も同じように感じていました。 』


いつも裸のまま   長屋和哉

『 だから、僕はいつも裸のままでいるのだ。
 裸のままで、いつも荒々しい風の吹く場所に、何度でも戻ってゆく。
 そう、何度でも、何度でも。裸のまま、回帰するのだ。
 そしてやがて、ある愛情が、神秘が、荒々しい風の中から柔らかい光線を放ちながら、ふっと花弁が世界に向かって開け放たれるように、突然訪れる瞬間を全身で感じ、官能するのである。その奇跡のような瞬間を、歓喜をもって迎えるのである。
 ある荒々しい風の中で。  』

『 闇の中のひまわり。
 茎が折れ、倒れながらも空に向かって花を咲かせたひまわりが、雲間から姿を現わした月に照らされて、わずかに色を帯びていた。
 闇の中で、すべてのものが震えている。
 振り返ると、夜の向こうに八ヶ岳の暗い稜線が仄かに見えていた。  』


復活創生 ナイノア・トンプソン

僕の祖母はほとんど純粋のハワイ人でした。
ハワイ社会の中で育ったので、最初の言葉はハワイ語だったし、
学校が始まるまではたくさんのハワイの文化や風習を
学びました。ところが学校に通い始めたとたん、
ハワイ語でしゃべったりフラを踊ったりするだけで
鞭打たれたのです。自分達の文化は劣った文化だという
価値観がその頃に植え付けられ、その影響で、
僕はハワイの伝統文化から全く切り離されて育ちました。
高校を出るまで、ハワイ人がどこから来たかなどと
いうことは全く知りませんでした。しかし、魂のどこかで
遠い祖先とのつながりは感じ続けていました。

人々が数千年前にどういう方法でこの島まで
やって来たのかを知ろうとしたとき、
「伝統の歌にある大航海のことを信じよう。カヌーを
復元してそれを照明しよう」 と誰かが言い出しました。
それに対して、「数千年前の未開人にそんな旅ができる
はずがない」 というのが西洋近代の見方でした。
この運動が始まったとき、これほどまでの 魂の復活 を
予見した者は誰ひとりいませんでした。
しかし、魂は失われたのではなく、眠っていただけ
だったのです。そのことは誰もが感じていましたが、
どうしたら良いのかが分かりませんでした。
カヌーがタヒチまで行き、帰って来たときには、
たくさんの人々の魂の力が一気に自然につながったのです。
信じられないほど大きな文化的、言語的、芸術的復興が
起こりました。人々は経済的な理由でこんなことを始めた
のではありません。我々の中に眠っていた数千年の
記憶を取り戻し、遺伝的にも、魂の面でも、祖先との
つながりを取り戻したのです。子供の頃、伝統とは無縁だった
僕でさえ、そのことを強く感じるのです。

我々の祖先であるポリネシアの人々は、数千年前に、
自然界のサインだけを使って何千キロもの海を
旅するすばらしい航海術を持っていました。
正しい方角や、自分の位置を知るために星や太陽、波などを
利用するのですが、そのほとんどは目を用いて
読み取ります。ところが全く目の使えない状況が時として
生じるのです。例えば、厚い雲に覆われた夜です。
波だけでも見えればそれによって方角を知ることも
できますが、それすらできない闇夜があります。
そんな時に頼れるのは、海との関係で生まれる
自分の身体内感覚だけなのです。
目を閉じ、意識を内側に向け、波の鼓動を感じ取って
方角を知るのです。それは僕にはとても難しいことでした。
「百聞は一見にしかず」というのが我々の文化でしたから。
一方マウ(ナイノアの師匠)は、三千年間絶えることのなかった
遺産の継承者だと言えます。僕は彼と共にいて、
彼を見つめ、古代の人々が自然界といかにして波長を
合わせていたかを学ぶ必要がありました。

自分に対する、あるいは自分たちの文化に対する
誇りや自信を取り戻すためには、まず、過去に負った
痛みをしっかりと見据えることです。過去に文化的虐待があって、
ハワイを傷つけたのだとしたら、その傷の痛みこそが、
新しい文化を創造するための大きな力となるのです。
今、地球全体が大きな文化的変革の時代にあると思います。
目新しいものを追うのではなく、過去とのつながりを
取り戻すことが新しい文化を作り出すのだと思います。

僕が最も感銘を受けるのは、祖先たちのバランスのとれた
生き方です。彼らは無限の宇宙から海の水の一滴まで、
全てが大きな生命の一部分であり、全てがつながって
生きていることをよく知っていました。
土地や自然に対して、良いことをしても悪いことをしても、
必ず自分たちに還ってくることを理解していました。
陸や海は、我々の人生よりも遥かに永続的なものであり、
我々はひとときそこを間借りして生活しているに過ぎない
のだから、その場所を大切にすることが何よりも大切だ
ということがよくわかっていました。彼らには、
土地を私有するといった概念すらなかったのです。
もし、全地球のため、全生命のために何かをしたいと
思うのならば、まず、自分自身の身近な所から
始めるべきだと僕は思います。それが結果として、
全てのためになっていくのです。


不死、多様性とは美   フリーマン

もちろん宗教は、人生にとって
この上もなく重要なものです。
ただし、それを科学と混同してはいけません。
宗教と科学は、
一つの宇宙をそれぞれ異なった窓から
異なった角度で見る見方なのです。
二つを同時に見ることはできません。
時に宗教的に、時に科学的にと、
分けて見る必要があります。
これはガイアについても同じことで、
そこにも宗教的な側面と科学的な側面があり、
それぞれが別々に働きながら、
協力しあっているのです。

人類の未来を考える時、数千年の単位で考える方が
ずっと刺激的です。
どうなるかを断言することはできませんが、
想像することはできます。
この小さな星にひしめき合っている
より、この星を美しいままに保つため、そしてほかの
全ての生物たちのためにも、
人類は宇宙に移住してゆくのが
一番いいと思います。
そしてそれは数千年内に実現されると思います。
脳の働きが科学的にも分かり始めた今、
人間の心は急速に進化して
ゆくだろうと想像できます。
人は多分、言葉を介さず
心と心の直接のコミュニケーション
がごく当たり前になってゆくことは、ある意味で
すばらしいことです。
人類が個人の枠を超えて、
全体としてより大きな知性体となる可能性があるからです。
しかし、こういう進化の結果は、
創造的であると同時に
大変危険でもあります。

ガイアの一生は、
私たちの一生よりも遥かに長く、
既に30億年以上
この美しい姿のままで生き続けています。
私たちが生き続けるためには、
自分の一生だけでなく、
数百万年の単位で動いている
時間のことも学ばなければなりません。
私たちはどうあがいても、ガイアの大きな生命の一部であり、
そのとてつもなくゆっくりとした
生命の時間に合わせて
生きざるを得ないのです。
その時間はあまりにも緩慢なので
私たちには意識するのが
大変難しい。
私たちの一生はあまりにも短いからです。
しかし、だからこそ私たちは、
目にみえない悠久の時の
流れがあることを
知らなければならないのです。

この地球上に初めての生命が誕生した頃、
「死」はまだ存在していませんでした。
バクテリアや小さな細胞は分裂こそすれ、寿命が
尽きて死ぬということはなかったのです。
事故で死なない限り、
彼らは永遠に生き続けました。
もちろんその頃はsexもありません。
生命がより複雑に高等になってゆくためには、
いくつかの要素が必要でした。
その第一番目が「死」です。それこそが、
未来と過去と違ったものになることを可能にしたのです。
過去の記憶が死に、全く独創的な
アイデアが生まれることを可能にしたのです。
sexの誕生もとても重要です。
それは、様々な困難な
問題の元凶でもありますが、同時に、
生命が大きく多様化してゆくことを可能にした
ものでもあるのです。オスとメスが生まれ、
それぞれ違った遺伝子を交換し、組み合わせることに
よって新しい生命を作るという仕組みは生命の進化の
速度を速め、新しい種の誕生する可能性を大いに
高めたのです。
地球上の生命がこれ程長く生きながらえて
来たのは、極めてヴァラエテイーに富んだ多様な種を
作って来たからで、もし多様化していなければ、
一度の大災害で全生命が絶滅していたでしょう。
私にとって、
多様性とは美とほとんど同じ意味なのです。


身の引き締まる思いなのだ  C・W・ニコル

厳しい寒さと荒涼とした大地が広がるここは、
一見貧弱な場所に見える。
しかし、そこに生きる生命の豊かさは目を見張るばかりだ。
海を埋めるアザラシ、陸を覆うカリブー、
季節を変えて空を賑わす渡り鳥。
そして、その自然と一体になって
生きるのがイヌイットの人たちだ。
自然との共生が求められている私たちにとって、
ある意味でここは理想郷だ。
今私たちが理想としている
「精神=スピリット」がここにある。

しかし、この土地にも様々な脅威が忍び寄っている。
極北は 地球の環境問題の最前線で、
かつ核心部分だ。
ここを知ることが我が地球の未来を知る事になる。
北極には、カリブーやバイソン、
ジャコウウシやマンモス
さらにはそれを追うオオカミの群れ、
小鳥や小動物たちなど、
ツンドラやタイガ(針葉樹林帯)に生息する
すべての生き物が、
それこそ数え切れないほどひしめき合っていた。
そして、そこには老人が
その豊かな経験と知恵によって
敬われ、頼られる、
すべての人間に分け隔てのない
イヌイットの社会があった。

やがて、その氷が姿を消したとき、
獲物を追い求めてそのまま
「新世界」に定住していた人々は、
シベリアからの移民の一団と遭遇する。
移民の子どもたちの背骨の付け根あたりには特徴的な
青アザ、いわゆる「蒙古斑」があった

ケルト系日本人として、私は言いたい。
イヌイットたちは、我々に何の借りもない。
むしろ、彼らに山ほど借りがあるのは、
こちらの方ではないか。
こんな時代になってもまだ、
彼らの多くが私を友と呼んでくれる
ことが、私にはとても誇らしいと同時に、
身の引き締まる思いなのだ。


戦争=平和  アルンダティ・ロイ

●戦争=平和 War Is Peace By Arundhati Roy

『 罪の無い人々の死は、
米国で亡くなった市民の数と相殺されるのではなく、
犠牲者の数に加算されるのである。
人々が戦争に勝つことはめったにないし、
政府が負けることはめったにない。
人々は殺され、政府は再編成される。
両国の市民は目隠しされ、予想できない恐怖に生きる。
ブッシュ米大統領とブレア英首相は、
「私たちは平和的な国/人々だ」という。
知らなかった。
豚は馬。
女の子は男の子。
戦争は平和だとは。

FBI本部でブッシュ大統領は言った。
「これは世界で最も自由な、憎しみ・暴力・殺人・悪を拒否する米国の使命だ」。
以下は第二次世界大戦以後、米国が戦争し爆撃した国である。
中国、韓国、グアテマラ、インドネシア、キューバ
コンゴ、ペルー、ラオス、ベトナム、カンボジア、
グレナダ、リビア、エルサルバドル、ニカラグア、パナマ、
イラク、ボスニア、スーダン、ユーゴスラビア、
そしてアフガン。 米国のいう「自由」は何を意味するのか?』

『 人々は二つの原理主義(米政府とタリバン)のどちらかを選ぶ必要はない。
世界中の人がみな中流階級の消費者になることも、
みな特定の宗教の信者になることもほぼ不可能だ。
問題はどのように多様性を調整するか、
経済・軍事・言語・宗教・文化的覇権の推進力をどう抑制するかだ。
単一栽培がどれほど危険かエコロジストは教えてくれる。
覇権世界は健全な野党を持たない政府のようだ。
一種の独裁になる。』

『 けれどそんなことは問題ではない。
愛は憎しみ、
平和は戦争。

強国らはアフガンで89歳のザヒル・シャー元国王率いる王国を
復興させるという。
ゲームは続く。
サダム・フセインを支持してやっつける。
ムジャヒディンに資金供与して爆撃する。
ザヒル・シャーを置いていい子でいるか様子を見よう。 』

『 ・・逆ならどうだろう。
タリバンが「真の標的は米政府とその政策」
と言いニューヨーク市を爆撃し、
ナンやケバブの入った食料を投下する。
ニューヨークの人々はアフガン政府を許す気になるか?
プライドは裕福な人だけが持てる贅沢品か?
このような激怒がテロを生む。
憎悪と報復は箱から出したら戻せない。
罪のない人々が100人殺されるたびに
何人かの将来のテロリストが生まれる可能性は大きい。』

■これらは私たちをどこへ導く?

『 けれどそれでは国際同盟の武器製造者のビジネスにとって
意味がないのかもしれない。
例えばCarlyleグループは
120億ドル規模の世界最大級の民間企業で、
防衛分野に投資して軍事紛争から稼いでいる。
Carlyleでは、元米国防長官のFrank Carlucciが会長で専務取締役。
彼はラムズフェルド国防長官の学生時代のルームメイトだった。
その他のCarlyleのパートナーらは
元国務長官のJames A. Baker III、George Soros、Fred Malek。
米紙によるとブッシュSr.(ブッシュ大統領の父親)が
アジア市場からCarlyleグループに投資を試みているという。
みな同じ一族の人間だ。
もう一つの一族の伝統的なビジネスは石油だ。
ブッシュ大統領とチェニー副大統領は米石油産業で富を築いた。
アフガンに接するトルクメニスタンには、
米国の30年分(または途上国一国の200年分)の
エネルギー必要量の天然ガスと石油がある。
湾岸地域の米軍の駐留が
石油に対する戦略からだと疑わない人は少ない。
米石油巨大企業のUnocalは、
アフガン〜パキスタン〜アラブ海の
石油パイプライン建設許可を得るためタリバンと交渉してきた。
南・東南アジアにアクセスできると期待してのこと。
しかし計画はだめになった。
そして今米石油産業に大きなチャンスが訪れた。

米国では、軍事・石油産業、主流のメディア、対外政策を
同じビジネス連合が支配しているから、
銃と石油と防衛の取引がまともに報道されることは期待できない。
プライドを傷つけられた人、
愛する人を殺された人は、
政府の言葉を安定剤のように服用している。
これによりでたらめな政府に管理された
島国の人々として維持されている。
では、ばかげたプロパガンダだと知りつつ見ている私たちはどうする?』

『 ピーナッツバターに混ぜられた嘘と残忍さを、
空腹だから食べる?

それともアフガンでの冷酷劇を見て吐き気を催し、
一斉に「もうたくさんだ」と声をあげる?』

◎筆者 Ms.アルンダティ・ロイは、 インドを舞台にした小説、「小さきものたちの神」(God in Small Things) [日本語訳はDHCから1998年に刊行されている] でブッカー賞を受賞している。 ほかに「わたしの愛したインド」(築地書館、2000年)。


小さな青空  長屋和哉

『   愛おしいと思う。
彼の存在はまるで宝石のようだと思う。
「ありがとう」と僕に言ってくれ、そして、自分の深い孤独を僕に向かって開け放ってくれた彼は、沖縄の美しい海にも優るほど美しいと思う。

 そして僕は、もっと耳を傾けたいと思うのだ。
深い井戸の底のほうに。

耳を井戸の闇にあてがい、底のほうから響いてくる孤独の声に寄り添うことができれば、と思うのだ。 』


忙しさの原因 

『忙しいと、他のことを考えずに済む。退屈せずに済む。人生の空しさを見ずに済む。場合によっては死の恐怖も一時忘れることができる。さらになおいいことに、まわりから「怠け者」と呼ばれないだけでなく、収入が増える。

忙しさが大義名分となり、どんな人間的義務も避けて通れるようになる。』


軍隊が守っているのは誰か  きくちゆみ

● Open-J Vol.169 : 統計から見た政府による死 (04/25) ◇きくちゆみ◇

 ダグラス・ラミスさんの「経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろ うか」(平凡社)の中に驚くべきことが書かれていました。 まだの方はぜひ、読んでみてね。

 ハワイ大学にR.J.ランメルという学者がおられます。彼はどれだけの人が 国家によって殺されたかという統計を集めている専門家で主著に「政府による死」 (1994年、Transaction Publishers刊)があるのですが、これによると、 国家がこの100年間に殺した人は、2億人を越えていることがわかります。

 驚くべきことに、その内、外国人は約7000万人、自国民は約1億3千万人 (この中にはナチスによるユダヤ人の虐殺や、スターリンの粛清も含まれます)

 軍隊というのは、敵の兵士だけを殺すのが仕事で、国民を守るために戦ってく れる人だとばかり思っていましたが、どうも実態は違うようです。

 現在の世界にも自国民しか殺さない軍隊を持っている国家は多々あります。

フィリピンの軍隊は第二次世界大戦以降外国人と戦ったことはないけれど、自国 民は沢山殺している。インドネシア政府も「東チモールの人たちはインドネシア 人だ」と主張しながら、沢山殺してきた。メキシコも一体誰と戦争するのかとい うと、もちろんアメリカではないし、グアテマラでもない。そう、自国の先住民 とかを殺しているのです。

 この国家に殺された人々の内、兵士はたったの約3400万人、圧倒的多数の 約1億7000万人は一般市民です。

 日本が戦後、(直接)武力で誰も殺していない、ということは世界に誇ってい いことだと私は思います。

 これができたのは、「平和憲法」があったからじゃないのかな。

日本の自衛隊は、紛れもなく日本国民を守るために存在している、と私は信じて いたけれど、今回の有事法制では、アメリカの戦争に人・物・カネ・土地を提供 して協力することが強制されるようになりそう。

 こうなってくると、私たちが直接他国の一般市民を殺すのに手を貸す可能性が ぐんと高まるのがわかります。

 「軍隊が守っているのは誰か」 世界を見渡すと、権力者や特権階級を一般市民や貧乏人から守るために軍隊が存 在しているのがはっきり見えてきます。

事実をしっかり知り「軍隊が私たちを守ってくれる」という甘い幻想は捨てよう。 武力では本当の安全保障は実現できないよ、きっと。 日本のできることは、他にあると思うな。


異なった精神世界  秋山寛

『南からの声 ジンバブエ・レポート』  第40回目

 イギリスは、イラクに対し長年実施したように、ジンバブエに対しても経済制裁を 実施してきました。そして、イラクでもジンバブエでも、それは功を奏しているよう に見えます。

 しかし、本当にそうなのでしょうか。経済制裁を実施して、もっとも疲弊し、ダメー ジを受けるのは誰でしょうか。もちろん多くの読者は、イギリスが一番ダメージを与 えたい政府首脳部ではなく、庶民だということは想像されていると思いますが、それ では正確ではありません。

 例えば、ジンバブエでは、経済制裁を受けても、国民の約6割は、地方部に住み自 給自足に近い状況で生活しています。たとえ、外国から肥料(火薬の材料として転用 されやすいのでストップされることが多い)が入ってこなくても、彼らの畑仕事には 関係ありません。牛の糞と枯れ草を畑に梳き込み、メイズ(白トウモロコシ)を作り ます。薬が入ってこなくても関係ありません、もともと、彼らの病院には無かったん です。それに、病院まで遠く、行くこともまれです。粉ミルクが入ってこなくても平 気です。そんなものは使っていません。国際機関やNGOの援助がストップして食糧 が入ってこない? 今までそうしていたように、ただ、静かに死んでいくだけです。

 イラクでもジンバブエでも、影響を受けて苦しんでいるのは、グローバリゼーショ ンに組み込まれた生活をしている人々なのです。

 苦しんでいるのは、イギリス側(というより先進国側)が、民主化していこうと指 向しているその方向にいる人々であり、それに対抗する勢力つまりイラクやジンバブ エにとっては、自国を強くし、先進国側へ対抗する力の源泉となるべき人々なのです。

 ある意味、自分たちの味方である人間を苦しめているのです。

 どれほど精密に考慮されたとしても、自分たちが苦しめているのは、自らのイマジ ネーションの範囲内で「苦しいこと」と思うことが苦しいと感じる、同じカテゴリー の人間だけなのです。自らのイマジネーションの限界の外にいる、異なった精神世界、 制度の世界にすむ人間に、同じ感覚として通じるかは非常に疑問です。

 もちろん、だからといって自分の理解できない人々をほっておけばよいというわけ ではありません。

 理解できないのは、自分であり、あなたには理解できるかもしれません。大人には 理解できないけど子供には理解できるかもしれません。実際、イギリスのNGOで、 学校や社会に適応できない子供(日本で言えば不登校などになるのでしょうか)がア フリカ農村生活をするプログラムがあり、成果をあげているそうです。私自身も、し ばらく農村などに行っていると、嗅覚などの感覚が鋭くなるのはもちろん、感受性も 鋭くなり、画集をひろげたら、今までこれが何で名画なんだろうと思っていた絵の素 晴らしさに気づいたこともあります。

 自分から殻に閉じこもるのは、もったいないですよ。


死の商人  増田俊男

▲アメリカを動かす力
さてアメリカのパワーの一つは軍事産業である。兵器が従うマーケット(市場)は無く、逆に政治的に市場を作る。アメリカが兵器産業の成長を望む時は世界に危機を創造し戦争をはじめ、兵器マーケットを創造する。このように兵器産業は言わば主権を持った産業である。もう一つの主権を持った産業は麻薬産業である。言うまでも無く麻薬産業は売り手市場であって、買い手は売り手をコントロールできない。麻薬中毒という強制力でマーケットは限りなく拡大する。この二つの産業がアメリカ経済の基盤である。兵器産業に対しては人道主義や平和主義を掲げ、麻薬に対しては麻薬撲滅キャンペーンを定期的に実施することにより、アメリカの真の力である二大産業をカモフラージュする。カモフラージュとしてアンチ・ミリタリー、アンチ・ドラッグを叫ぶ政治家は二大産業から歓迎されるが、本気で反対する者は国益に反することから抹殺される。ジョン・F・ケネディーの暗殺がそのいい例である。

▲死の200兆円産業
今日の世界の兵器産業市場規模は約200兆円である。そのうち50%はアメリカ企業である。いかにアメリカの兵器産業が大きいかがわかる。またアメリカの軍事予算は年約3000億ドル(約30兆円)だから生まれたばかりの子供も含めて国民一人当たり1200ドルになる。日本円にして一人14万円である。アメリカの国民は兵器産業の為に働いているようなものである。さてこうして兵器産業を支える予算は、言わば表のカネであるが、実は、どこの国でもそうであるが、表に負けないほどの裏のカネがある。これを吸い上げているのがドラッグである。税金を取り立てるアメリカのIRS(日本の国税に匹敵)は鬼より怖いが、ドラッグの方も事実上IRSと同様に代金は強制的に吸い上げられる。このような二大産業に支えられたアメリカの国家基盤は不動なのである。兵器の目的は殺人であり、ドラッグも又死を約束する。アメリカの基盤を成す産業が約束するものは「人の死」である。


エイズの真相  北沢洋子

 ―米国人Boyd E. Graves博士の告発―(2002.4.20)【DebtNet通信】

ついに、1999年8月21日、Graves博士によって、エイズが米国連邦政府の「特別ウイルス計画」の下で、実験室で開発されたものであることがつきとめられた。これは、米ソの共同研究であって、米国チームはRobert Gallo博士、ソ連チームはIvanosky研究所のNovakhatskiy博士によって率いられた。「特別ウイルス計画」は1962年にはじまり、1978年まで、15年の歳月を費やし、20,000ページの研究報告が作成された。

1977年、15,000ガロンのエイズ・ウイルスが製造された。これは、1971年に作成された「World Flow Chart」にもとづいて、黒人人口を削減するために、ばら撒かれた。詳細は

http://www.boydgraves.com/flowchart

Graves博士の告発によって、米国議会も調査に乗り出した。その調査を担当した、連邦議会監査院(GAO)の保健調査チームは、さる4月13日、議会に対して、「エイズが実験室で開発されたものであるという十分な証拠についての報告を行う用意がある」と伝え、「ビデオによる会議」を開くと通告した。

しかし、その直後、突然GAOの保健調査チームの責任者Judith Heinrich女史は、「会議をキャンセルした。議員は、個人的に調査結果を聞くことが出来る」と電話で通告した。つまり、このビデオが、あまりにも衝撃的なものであり、公開が阻まれたのであろう。

Graves博士が入手した「米国特別ウイルス計画」は、1962年にはじまり、15年の研究と実験を続けた後、「"Wasting"マイコプラズマ」つまりAIDSを開発した。エイズの"Wasting "症候群は、動物の"Wasting"病気である"VISNA"(変化しやすいウイルスによって起こる中枢神経を侵される病気)と同一である。

GAOが隠蔽したいと思ったには、このVISNAはナチスドイツが開発しようとしていたものであったという点であろう。GAOの調査では、HIV/AIDSがVISNAから進化したものであるとは結論づけてはいない。問題は、どうして動物のVISNAと、類人猿のウイルスが自然界で混合し、そして、人間に乗り移ったかという謎にある。いずれにせよ、「米国特別ウイルス計画」以前には、VISNAは人間の病気ではなかった。

米国政府寄りの科学者Beatrice Hahn博士は、エイズの「アフリカ根源説」を唱えている。もし、アフリカの先住民の中に人間のエイズ・ウイルスの痕跡があったとしたら、それは、確実に「米国特別ウイルス計画」によって発見されたに違いない。この「ウイルス計画」が、黒人人口抑制を目的としていたという証拠は、リチャード・ニクソン大統領が、1969年7月18日に議会で行った「人口問題に関する特別スピーチ」に明らかである。


自分自身に投資する  山崎元

『  余談ですが、私は自分の子供たち(今のところ男女一人ずつ)には「決して国のた めに銃を取ってはならない。国のために死んでもいけない。日本が占領される場合、 国外に逃げ損なったら、戦う(殺し合う)よりは占領を受け入れ、その後適応できな ければ亡命しなさい。先ずは安全第一、そして自分の国は自分で選び、税金はしっか り払え。そのために必要な準備を怠るな」と教えるつもりです。

 海外でも或いは変わり果てた将来の日本でも価値を持ち、かつ持ち出し可能な資産 として、一番有効な物は、おそらく他人の役に立つことが出来る本人の能力でしょう。 調理師、医師、理髪師、ある種の教師、指圧師、等々どこででも役に立てて貰える何 らかのスキルがあるとかなり安心です。こうして並べてみると「師」が付く職業が多 いようですが、いざという時どこにいても他人の役に立つことができるという自信が あるといいなと思います。我が身を振り返ると、そういった身についた力が何もない ことにガッカリします。自分自身への反省も含めて、「自分自身に投資する」という 運用選択肢の有効性を強調しておきたいと思います。』

     UFJ総合研究所 金融本部主任研究員 兼 企業年金研究所取締役:


今ここに生かされている  龍村仁

『 21世紀は、人類のあらゆる営みの基盤にやわらかな“霊性”
(スピリチュアリティ)が求められる時代になって来ると思います。
教育、文化、芸術の分野ではもちろんのこと、
従来は“霊性”とは縁遠いと思われていた
政治、経済、科学などの分野でも、それが最重要な課題になってくると思うのです。
なぜなら、“霊性”を持たない人類の営みが、
我々人類だけでなく、この地球の全生命の未来を危うくしていることに、
もう誰もが気づき始めているからです。

“霊性”とは、私たちひとりひとりが、日々の何気ない営みの中で、
「自分は、母なる星地球(ガイア)の大きな生命の一部分として、
今ここに生かされている。
」ということを、リアルに実感できる、その力のことをいうのです。

自分の内なる“霊性”に目覚めることによって、人は謙虚になります。
日々の出来事に対して、感謝の気持ちを持って対処できるようになります。
自分以外の生命のことを、本気で考え、行動し、祈る、ことができるようになります。
遠い未来を想い、遙かな過去を感じる力だって増してくるでしょう。
見えないものを見る力、聴こえない音を聴く力だって甦ってくるかもしれません。
そしてそのことが、結局、自分自身を最も幸せにするのだ、ということに気づき始めるのです。
内なる”霊性”に目覚めるのに、必ずしも旧来の宗教が必要だとは思いません。

21世紀に生まれ、育つ子どもたちにとって、“霊性”に目覚める道は無限にあります。
科学、芸術、スポーツ、教育、経済、政治・・・・、
100人の人がいれば、100通りの道がある、というのがこれからの時代でしょう。

ただ、確認しておかなければならない大切なことが、いくつかあると思います。
まず第一は、「全ての人の中に“霊性”の芽が必ずある」
ということへの揺るぎない信頼です。
この信頼があってこそ、“霊性”に目覚める無限の道が開けるのです。

そしてもう一つは、「この“霊性”の芽は、育まなければ開花しない」ということです。
“霊性”と“自我”は同じ力の裏と表です。人間に与えられた最大の特性です。
放っておけば「自分さえ幸せであればよい」という方向に向かう力です。
だからこそ、“育む”ことが必要なのです。
ただ、その為に簡単なマニュアルはないでしょう。
なぜなら、“霊性”は究極的には、ひとりひとりが、自分自身の力で、
自分自身のやり方で開花させてゆくものだからです。

だとすれば、21世紀に生まれ育つ子どもたちのために、今の私たちに何ができるでしょうか。
私は「地球交響曲」という映画を通して、世界の何人かの人々の生き方、考え方
を提示し続けたいと思っています。

彼らの生き様が、子どもたちの“霊性”を育むのに役立つか否かはわかりません。
ただ、「子どもたちの中に必ず存在する、内なる”霊性”を激励する」
という強い想いを持って、この映画を作り続けます。
必ずしも、直接子どもたちに語りかける、という手法はとりません。
なぜなら、子どもたちの“霊性”を育むのは、映画そのものではなく、
子どもたちの日常に直接触れている大人たちの中の“霊性”であるからです。

このようなビジョンをもって、21世紀最初の「地球交響曲第4番」に 次の4人を提案します。 』


地球交響曲  龍村仁

『 人はこのまま自然と語り合う言葉を
  永遠に忘れてしまうのでしょうか。

  それとも科学の進歩と調和しながら
  もう一度、その言葉を思い出すことができるのでしょうか。 』


真実は封印できない  中澤英雄

宇宙飛行士の言葉はなぜインターネット上にないのか

2003年03月04日(火) 東京大学教授 中澤 英雄(ドイツ文学)

 ブルッキングス研究所客員研究員の中野有氏は、2月8日の萬晩報「不吉なイラク戦  期待される平和構想」で、スペースシャトル・コロンビア号の事故に触れてこう書いている。

「こともあろうにイスラエルのスペースシャトルの飛行士は、22年前にバクダッドの核疑惑施設を先制攻撃したときの副操縦士であった。テキサス州のパレスティンという場所の上空でシャトルは爆発し、ブッシュ大統領のクロフォードの牧場の近くに落下した。何たる偶然であろうか。

 宇宙の目的によって人類は生かされている。と考えると、コロンビア号の宇宙からのメッセージは何を意味するのであろうか。果たして今回の戦争を回避せよとの啓示か、戦争遂行後の不吉な結末を意味するのか。」

http://www.yorozubp.com/0302/030208.htm

 私も、この事故に宇宙からの不思議なメッセージが込められている、と考える者の一人である。そして、中野氏の考察をさらに深める形で、「宇宙からのメッセージに耳を傾けよ――スペースシャトル事故と迫り来るイラク攻撃」という論文を書いた。かなり長文であるが、ご関心のある方は以下でお読みいただける。

日本語 http://thank-water.net/japanese/article/nakazawa1.htm

英 語 http://thank-water.net/english/article/nakazawa1.htm

 私がこの論文を書くきっかけになったのは、事故直後のあるテレビ番組(たしかフジテレビの「とくダネ!」だったと思う)で、宇宙飛行士たちが自分たちの好きな音楽をモーニングコールとして地上から送信してもらっていたこと、そしてその中の一人がジョン・レノンの「イマジン」を希望した、ということを知ったことである。その番組の中ではさらに、その飛行士が、宇宙から見た地球には国境がないこと、そして地球の平和を祈ると述べていたことも報道されていた。

 私は、その宇宙飛行士の言葉に深い感銘を受けると同時に、彼がなぜ「イマジン」という曲を選んだのかに興味をいだいた。なぜなら、911同時多発テロ発生以降の世界情勢の中で、「イマジン」は、米英のアフガン報復爆撃、イラク攻撃に反対する人々の反戦歌、ピースソングになっているからである。レノン夫人のオノ・ヨーコさんは、アフガン爆撃開始直前の2001年9月25日に、ニューヨーク・タイムズ紙に「イマジン」の一節、「すべての人々が平和に生きているのを想像してごらん」という全面1行だけの広告を出した。世界各地の反戦集会では、必ずと言ってもよいほど「イマジン」が歌われる。逆に、制裁戦争賛成派は、「イマジンを歌っていればテロがなくなるか」と言って反戦運動を嘲笑する。

 アメリカ人であれば、この曲の今日的意味を知らないはずはない。宇宙飛行士はそれをはっきりと意識した上でこの曲を選んだのではないだろうか。

 ただし、朝の忙しい時間帯であったので、私は彼の名前も彼の言った言葉も正確に記憶することができなかった。そこで、その夜、宇宙飛行士の名前と彼の言葉をインターネットで探した。「イマジン」を希望した宇宙飛行士がウィリアム・マックール氏であるということはすぐにわかった。しかし、彼が「イマジン」とともに語った言葉はなかなか見つからなかった。

 私は彼の言葉を探して、数日間、次から次へと様々なサイトを渡り歩いた。しかし、ごく短いコメントを除いて、マックール氏が語ったそのままの言葉は、どのニュースサイトにも載っていなかった。

 たとえば、宇宙飛行士の活動を時系列的に非常に詳しく記載しているABCニュースのサイトではこんな具合である。

「午後3時39分。青チームメンバーのアンダーソン、マックール、ブラウンは、ジョン・レノンの《イマジン》で起床した。マックールとラモンは、宇宙の眺望のよい地点から見ると、地球には国境がないと述べる。《ここから見える世界は素晴らしいものです。とても平和で、とても素晴らしく、そしてとても壊れやすく見えます》とラモンは語った。二人の搭乗員は英語とヘブライ語で世界平和への希望を表明した」

http://abcnews.go.com/sections/scitech/DailyNews/shuttle_timeline030201.html

 ここで「イマジン」に関して報道されているのは、イスラエル人飛行士イラン・ラモン氏の語った言葉であって、当のマックール氏の言葉ではない。デビッド・ブラウン氏やローレル・クラークさんなど、ほかの飛行士の語った言葉や宇宙から送信したEメールの内容は、いろいろな新聞・雑誌サイトに非常に詳しく載っているのに、マックール氏が「イマジン」とともに語った言葉は、どのニュースサイトにも見つからなかった。アメリカの友人数人にも問い合わせたが、彼らも、私がすでに知っている以上の情報は持っていなかった。

 彼の言葉が日本のテレビでも報道されたということは、彼の宇宙からの交信はおそらくアメリカのテレビで実況中継放送され、日本人の記者はそれをもとに日本にレポートを送ったのであろう。一時は全米に流れたはずのマックール氏の言葉がどのニュースサイトにも見いだせないということは、きわめて不自然な感じがした。

 だが、彼の言葉を探してあちこちのサイトを読みあさるうちに、私は、この事故には、単なる偶然とは言えない、天からの重大なメッセージが込められているものと考えるようになった。それをまとめたのが上掲の論文である。マックール氏の言葉の不在がこの論文を成立させたといってもよい。しかし、日本語論文執筆の時点では、マックール氏の言葉は見つからず、彼に関してはテレビ報道のうろ覚えで書くしかなかった。

 この事故に込められたメッセージは、日本人というよりも、アメリカ人、イスラエル人、そしてインド人に向けられたものであった。そこで、日本語論文完成後、ただちに英訳に取りかかった。英訳の最中に、先に問い合わせていたアメリカ人の友人の一人が、一通のメールを転送してきた。それは、New Age Study of Humanity's Purposeという団体のPatricia Diane Cota-Roblesという方が書いた、「COLUMBIA...DEJA VU?」というエッセイであった。これは著作権のついたメール通信で、私が受け取った時点ではまだWebには載っていなかったが、現在ではHPに公開されている。

http://www.1spirit.com/eraofpeace/1st.html

 このエッセイは、今回のコロンビア号事故と1986年のチャレンジャー号爆発事故を比較し、両方の事故の間には様々な類似性があることを指摘している。たとえば、チャレンジャー号にも、コロンビア号と同様に、様々な人種的、宗教的背景を持った男5名、女2名の7名の飛行士が搭乗していたこと(その中の一人は日系人オニヅカ氏であった)、そして、チャレンジャー号の爆発は、その当時スターウォーズ計画を進めていたアメリカ政府への天からの警鐘と見られると主張していた。ただし、いわゆるニューエイジ的な視点で語られているので、そのすべてをそのまま受け取ることができる人は少ないかもしれない。

 だが、私にとって重要であったのは、そのエッセイの中に、探し求めていたマックール氏の言葉を見つけたことである。それをここに引用しよう。

「私たちがいる周回軌道上という眺望のよい地点からは、国境がなく、平和と、美と、壮麗さに満ちた地球の姿が見えます。そして私たちは、人類が一つの全体となって、私たちがいま見ているように、国境のない世界を想像(イマジン)し、平和の中で一つになって生きる(live as one in peace)ように努力することを祈ります。」

 そして、この言葉はラモン氏よってそのままヘブライ語に翻訳され、地上に伝えられたのである。

 なんと素晴らしい言葉ではないか。

 ここでマックール氏はわざわざ「イマジン」という言葉を使っている。さらに、「平和の中で一つになって生きる(live as one in peace)」は、「イマジン」のオノ・ヨーコ広告:

Imagine all the people living life in peace
(すべての人々が平和に生きているのを想像してごらん)

の部分と、レノンの歌詞の最後の部分:

And the world will live as one (そうすれば世界は一つになって生きるだろう)

を踏まえている。マックール氏がジョン・レノンの曲に世界平和への明確なメッセージを込めたことは明白である。

 そして私には、彼の言葉がなぜどのニュースサイトに載っていないのか、その理由もわかった。イラク戦争に邁進するアメリカの政府と大手マスコミは、自国の悲劇の英雄が戦争に反対していたという事実を封殺したいのである。先に紹介したABCニュースのサイトが、いかにマックール氏の言葉を迂回し、歪め、隠しているかは一目瞭然である。

 だが、ひとたびインターネットに載った以上、もはや彼の言葉を封印することはできないだろう。


ジョン・レノンに捧げるピース・イベント  オノ・ヨーコ

PEACE EVENT for John Lennon
yoko ono

これは世界の平和を望む、すべての国々と人々への呼びかけです。
常に希望をもたらすあなた、誇り高く、機敏で、そして賢明であってください。
自分自身が平和でいることで、あなたはすでに平和な世界の一部になっているのです。

A:ビジット・イン・ピース・イベント
VIP (Visit In Peace) Event
訪れる:
中東を、訪れること。
アジアを、訪れること。
アフリカを、訪れること。
南半球の国々を、訪れること。
北半球の国々を、訪れること。

持っていく:
この旅がしたかったけれど出来なかった友人たちの写真を、持っていくこと。
自分の国の音楽か楽器、あるいはその両方を、持っていくこと。
あなたが普段身につけているものを一つ、持っていくこと。
そして旅で出会った誰かにあげること。
あなたがあげるものは、
ハンカチのような、小さなものでもいい。
Tシャツのような、便利なものでもいい。
ネックレスのような、きれいなものでもいい。

見る:
a) 朝日を見る。そして故郷で見る朝日とくらべること。
b) 夕日を見る。そして故郷で見る夕日とくらべること。
c) 月の光を見る。そして故郷で見る月の光とくらべること。

とどまる:
a) 話のできる友人が見つかるまで、とどまること。
b) 旅で訪れた国が好きになりはじめるまで、とどまること。
c) 旅で訪れた国の子どもたちを可愛く思いはじめるまで、とどまること。

望む:
望みを胸にとどめること。
望みを伝え、それが拡がっていくのを見ること。
望みを送り、それを分かち合うこと。

持ち帰る:
旅で買った何かを、持ち帰ること。
思い出を、持ち帰ること。
微笑みを、持ち帰ること。

B:ホーム・イン・ピース・イベント
HIP (Home In Peace) Event
旅することが、出来ない人たちのために:
訪れる: あなたの頭のなかで
あなたの心のなかで
あなたの夢のなかで

ペンフレンド:
あなたが今まで行ったことのない国の人とペンフレンドになること。
友人たちにも、そうするように勧めること。
困っている国の人とペンフレンドになること。
友人たちにも、そうするように勧めること。
あなたと宗教や信念の異なる人とペンフレンドになること。
友人たちにも、そうするように勧めること。

地図:
壁に世界地図を貼ること。
あなたのペンフレンドが住んでいる国に旗をさすこと。
さした旗の数がどれだけ増えたか確かめるために、
毎月あなたの地図の写真を撮って、記録に残すこと。

想像:
世界中の人たちが手をつないでいるのを、想像すること。
世界中の人たちが抱きあっているのを、想像すること。
世界中の人たちが平和に生きているのを、想像すること。
聴く:
胸の鼓動を、聴くこと。
a) あなた自身の
b) あなたの仲間の
c) あなたの子どもの
人々の声を、聴くこと。
動物の声を、聴くこと。
惑星の声を、聴くこと。
宇宙の声を、聴くこと。
地球の回転に、耳を澄ませること。

C:ダンス・イン・ピース・イベント
DIP (Dance In Peace) Event

気持ちが落ち込んでいるときには、
心を踊らせることを、一日に一つだけやってください。
それは空を見上げるというようなシンプルなことでもいいのです。

それも出来ないぐらい落ち込んでいたら、
誰かの心を踊らせることをやってください。
それは電話をしてあげるというシンプルなことでもいいのです。

それを、しばらくやり続けたら、
あなたの人生は大きく変わっていくでしょう。

いつか、一緒にみんなで踊りましょう。

ねっ!  y.o.

注:このピース・イベントをあなたの友人にも知らせてあげてください。
ピース・イベントの記録の一部として、あなたのしたことをメールで下記まで送ってください。

peace@dreampower-jp.com

ジョン・レノンに捧げるピース・イベント


憲法  池澤夏樹

 「この世界ぜんたいに正義と秩序をもとにした平和が もたらされることを心から願って、われわれ日本人は、 国には戦争をする権利があるという考えを永遠に否定す る。国の間の争いを武力による脅しや武力攻撃によって 解決することは認めない。
 2 この決意を実現するために、陸軍や海軍、空軍、 その他の戦力を持つことはぜったいにしない。国家とい うものには戦う権利はない。」

       (2003−03−15 池澤夏樹)


想像して下さい  シャーロッテ

■13歳のシャーロッテ・アルデブロンがメイン州の平和集会で話した内容■

アメリカ人がイラクに爆弾を落とすことを考えるとき、頭の中で想像するのは軍 服を着たサダム・フセインとか、銃をもった黒い口ひげの兵隊とか、バグダッド のアルラシード・ホテルの玄関フロアに「罪人」と説明つきで描かれた父ブッシ ュ大統領のモザイク画とかでしょう。

でも、知っていますか? イラクに住む2400万人の人たちのうち半分以上は 15歳以下の子どもなんです。1200万人の子どもですよ。私と同じような子 どもたちです。私はもうすぐ13歳ですけど、もっと大きい子たちや、もっとず っと小さい子たちがいて、女の子ではなくて男の子もいるし、髪の毛は赤毛じゃ なくて茶色だったりするでしょう。でも、みんな私とちっとも変わらない子ども たちです。

ですからみなさん、私をよ〜く見てください。イラク爆撃のことを考えるときは、 頭の中で私のことを思い描いてほしいからです。みなさんが戦争で殺すのは私な んです。

もし運がよければ、私は一瞬で死ぬでしょう。1991年2月16日にバグダッ ドの防空壕で、アメリカの「スマート」爆弾によって虐殺された300人の子ど もたちのように。防空壕は猛烈な火の海になって、その子どもたちやお母さんた ちの影が壁に焼きつきました。いまでも石壁から黒い皮膚を剥ぎ取って、お土産 にできるそうです。

けれども、私は運悪くもっとゆっくり死ぬかもしれません。たったいまバグダッ ドの子ども病院の「死の病棟」にいる、14歳のアリ・ファイサルのように。 湾岸戦争のミサイルに使われた【劣化ウラン】のせいで、彼は不治の白血病にか かっています。

さもなければ、生後18か月のムスタファのように、内臓をサシチョウバエの寄 生虫に食い荒らされて、苦しい不必要な死を迎えるかもしれません。 信じられないかもしれませんが、ムスタファはたった25ドル分の薬があれば完 治するのです。でも、みなさんが押しつけている経済制裁のためにその薬があり ません。

さもなければ、私は死なずに何年も生きるかもしれません。サルマン・モハメド のように、外からではわからない心理学的打撃を抱えて……。彼はいまでも、ア メリカが1991年にバグダッドを爆撃したとき、幼い妹たちと経験した恐怖が 忘れられないのです。サルマンのお父さんは、生きのびるにしても死ぬにしても 同じ運命をと、家族全員を一つの部屋に寝かせました。サルマンはいまでも、空 襲のサイレンの悪夢にうなされます。

さもなければ、3歳のとき湾岸戦争でお父さんをアメリカに殺されたアリのよう に、私は孤児(みなしご)になるかもしれません。アリは3年のあいだ毎日、お 父さんのお墓の土を手でかき分けては、こう呼びかけていたそうです。 「だいじょうぶだよ、パパ。もうパパをここに入れたやつらはいなくなったから」 と。でもそれはちがったみたいね、アリ。そいつらはまた攻めていくらしいもの。

さもなければ、私はルエイ・マジェッドのように無事でいられるかもしれません。 彼にとっては、学校へ行かなくてよくなり、夜いつまでも起きていられるのが湾 岸戦争でした。でも、教育を受けそこなったルエイは、いま路上で新聞を売るそ の日暮らしの身の上です。

みなさんの子どもや姪や甥が、こんな目にあうのを想像してみてください。体が

痛くて泣き叫ぶ息子に、何も楽になることをしてやれない自分を想像してみてく

ださい。崩れた建物の瓦礫の下から娘が助けを求めて叫ぶのに、手がとどかない

自分を想像してみてください。子どもたちの目の前で死んでしまい、そのあと彼

らがお腹をすかせ、独りぼっちで路上をさまようのを、あの世から見守るしかな

い自分を想像してみてください。

これは冒険映画や空想物語やビデオゲームじゃありません。イラクの子どもたち の現実です。最近、国際的な研究グループがイラクへ出かけ、近づく戦争の可能 性によってイラクの子どもたちがどんな影響を受けているかを調べました。話を 聞いた子どもたちの半分は、もうこれ以上生きている意味がないと答えました。

ほんとに小さな子たちでも戦争のことを知っていて、不安がっているそうです。 5歳のアセムは戦争について、「鉄砲と爆弾で空が冷たくなったり熱くなったり して、ぼくたちものすごく焼け焦げちゃうんだ」と語りました。10歳のアエサ ルは、ブッシュ大統領にこう伝えてほしいと言いました。「イラクの子どもが大 勢死にます。あなたはそれをテレビで見て後悔するでしょう。」

小学校のとき、友だちとの問題は叩いたり悪口を言い合ったりするのではなく、 相手の身になって話し合うことで解決しましょうと教わりました。相手の行動に よって自分がどう感じるかをその子に理解してもらうことで、その行動をやめさ せるというやり方です。

ここで、みなさんにも同じことをお願いします。ただし、この場合の“相手”と は、いま何かひどいことが起ころうとしているのを待つしかないイラクの子ども たち全部です。ものごとを決められないのに、結果はすべてかぶらなければなら ない世界中の子どもたちです。声が小さすぎたり遠すぎたりして、耳をかしても らえない人たちのことです。

もう一日生きられるかどうかわからないのは恐ろしいことです。

ほかの人たちが自分を殺したり、傷つけたり、 自分の未来を奪ったりしようとすれば、腹が立つものです。

ママとパパが明日もいてくれることだけが望みだなんて、悲しいです。

そして最後に、自分がどんな悪いことをしたのかも知らないので、何がなんだか わかりません。

(翻訳:星川淳)  配信:NPO OASIS

◇◇◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇ 

シャーロッテ・アルデブロンは、メイン州のプレスクアイルでカニングハム中学 校に通う13歳。彼女への感想は、お母さんのジリアン・アルデブロンまで。

mailto:aldebron@ainop.com

記事原文→ http://www.wiretapmag.org/story.html?StoryID=15291

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

FUMIKO INOUE

1950 ALASKAN WAY, #431

SEATTLE, WA 98101, U.S.A.

+1(206)728−9269

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


三輪空寂  アキラ 16 galactic hawk moon

『   今回のネアリカのバックは、超むずかしい「フラクタル図形」に挑戦した。
 「フラクタル図形」とは自然界の「成長」や「増殖」を模倣した数式によって形作られる。
 1という原形を模倣した2は微妙に変化し、2を模倣した3も微妙に変化し、3を模倣した4も微妙に変化し、螺旋を描いて生成していく。各世代間にはそれほどちがいがないものの、100世代、1000世代のちには、まったく別物になっている可能性がある。

 これぞ進化という(宇宙や輪廻もふくめた)「伝言ゲーム」の 醍醐味だ。  とっちゃんの縁取りも、ミッシェルの 小包龍も、ハマさんの翻訳も、タマちゃんの速記も、  自分の得た情報を模倣し、  「トランス・フォーム(変容)」させる。   種に蓄積された情報から花が咲くように、サナギから蝶が飛び立つように、ひきこもりだった文ちゃんがインドへ旅立つように、  オレたちは膨大な過去の記憶をトランス・フォームさせて、「新しい」作品を創作しているのだ。  過去を軽蔑する者に未来はない。  自分がすべて0からつくっていると思う者は、スランプにいきづまる。  「新しいもんなんてなんもないぜ。すべてはもう、そこにある。見たことあるぜ」(シロップ16gより)

 作家の器を決めるのは、  「宇宙的伝言ゲーム」を受け入れる、  「謙虚さ」なんだと思う。 』


君はどこで死にたい?  アキラ 15 galactic hawk moon

『 サリン事件も、阪神大震災も、ヒロシマも、アフガン空爆も、イラク攻撃も、うちのトトチョフ(父)も、突然死をむかえた。
  ガンを宣告されてから半年間苦しんで死んでいったババチョフ(母)と、どっちがいいんだろう?
 オレは半年も死とむきあう勇気ないよう。
 トトチョフみたいな突然死が理想だなあ。
 だからといって理不尽な戦争で死にたくはない。
 驚くほど、みんな自分の死に場所をイメージしない。
 人生は地味な下積みだけど、死はハレの舞台だぜ。
 自分の死に場所をイマジンするのはスゲー楽しいゲームだよ。 』


幻想から現実へ  米木太一

『 以前、ひどい離人症に悩まされたことがあります。自分が生きているという実感が持てなくなり、全身をラップでくるみこまれ、精神的な皮膚呼吸ができないような感覚といえばいいのか、とにかく苦しい状態でした。引きこもっていたから離人症になったのか、離人症になったから引きこもったのかはよくわかりませんが。 なんとかその状態を打破するべく、私は近所のいわゆる自然公園に、毎日通ったのでした。
私はそこで、生えている一本一本の木々がそれぞれどんな枝ぶりをしているのか、どんな形の葉をどのように生い茂らせているのか、風に吹かれてどのようにそよいでいるのかを見つめました。ハトやすずめ、カラス等の鳥たちのさえずり、鳴き声に対し、まるで外国語の 聴き取りをするような態度で耳を傾けました。
花や雨、土の匂いを、ワインやコーヒーの香りを味わうかのように丹念に嗅いでまわりました。芝生や落ち葉と、自分の足の裏との触れぐあいを、一歩一歩確認しながらゆったりと歩きました。
ただ漫然と公園をぶらぶらするのではなく、それらの観察をひたすら注意深く行っていると、頭の中を暴れまわっていた 種々の観念は次第に雲散霧消していき、とてつもない美しさとともに、生命感が蘇ってきました。
そして私は、人間はまぎれもなく自然の一部であることを実感し、あらゆる動植物との得もいわれぬ一体感を味わったのでした。それは神秘体験というより、真の現実体験でした。
私は同時に、自分が現代の社会そのものから引きこもっていることを改めてはっきりと悟りました。社会。自然、つまり生の全体から分離し、「人間だけ」が生きているという幻想に支配された世界から。 』


あなたは誰ですか?  中沢新一

『 自分が何か大事なものから離されている、中心から外れている、何かから見守られていない、何か自分にいつも注がれている、あの愛情に満ちたものから外れている、感覚を微妙に感じ取るのです。そうでないときは、私は人生にどんな困難な状況が起こっても、少しも動揺しません。困ったという気持ちになりません。安心していられます。自分は何かに絶対的に支えられているし、守られていると感じることができるのです。  』


破壊できないもの  中沢新一

『 どんなに中国がチベットを圧迫し、チベット語の使用を制限したり、宗教的な活動を弾圧しラマ僧たちを収容所に閉じ込めて、子供たちにチベット語やチベットの伝統が伝えられることを阻もうとする政策を行っても、破壊されないものがあるのを実感しました。ラサに中華料理店や中国人の商店や、中国人経営のホテルを増やしても、破壊できないものが、底にちゃんとあるんです。それは地球の内部を動いている、あの熱いプレートのようなものです。チベット人の心の奥深くに、このプレートが動いています。プレートの上にさまざまな地層ができ、そして地上の世界が形成されていている。おそらく中国人はこの地上の世界に現れているチベットしか見えていないんです。だから、地上の世界を形を変えたり、活動を制限したり、あるいは元気に活動しているものを押さえつけようとしています。今に鉄道も通すでしょう。しかし、それらすべては地表に起こることです。チベットの一番深部のプレート、地殻の内部に起こっていることは一向に途絶えていません。それはまだ熱い熱を持ち流れつづけています。僕はこれをはっきりと確認しました。そして、今も噴出しています。そして、その噴出のありさまは、幸運なことに中国人には見えません。これが見えるのはチベット人と、その精神性をよく理解した人間の目だけです。 』

『 チベット人と同様、日本人の中には、日本的な霊性というものの一番の深い部分にプレートとなって動いていて、これもまだ滅び去ってはいません。そしてこのプレートと、チベットに流れているプレートは、ひとつながりなのです。おそらくは、中国を流れている精神性の流れとも一体です。アジアを流れている大きな精神性、霊性の流れと、表面に現れた文化を、日本人はつなげていかねばなりません。しかし、今の日本では、表面の文化とプレートの流れがほとんど乖離してしまっています。ですから、私たちは深い深い井戸を掘らなければならないし、その井戸を掘るときに、チベット人が残してきた精神性のつながりが、大いに私たちに知恵を与えてくれるのです。私たちが、チベットのプレートから学ぶことはたくさんあります。 』


ほんのチョットした選択  龍村仁

  みんな、大きな変化が必要な時だという事を知っている。
しかし、自分は小さな人間で、自分ひとりの力では何もできないと思っている。
それが間違いだ。
小さな力も寄り集まれば大きな力になる。
というのも、間違いではないが消極的すぎる。

実は、大きな変化は、小さな変化に依ってしか起こらないのだ。

ひとりひとりの、自分の場での、ほんのチョットした選択の違いこそが、大きな変化をつくるのだ。

つながりは自然に生れる。制度は後からついてくる。
それが21世紀の市民運動だろう。


真実を見失う錯覚  龍村仁

『   ヒトはいつ頃から、自分の”物の感じ方””考え方”が自分固有のものであり、自分がこの世に生を受けて以後に培われたものだ、と思うようになったのだろうか。私にはそれが、ヒトを現代人たらしめた巨大な”錯覚”であるように思えてならない。 』

『 私(私たち)の中には、五千年から一万年を超える時の”記憶”が刻み込まれているように思えてならない。その”記憶”が今の私の”物の感じ方””考え方”を育んでいる。アラスカの氷原や、ナミブの砂漠を前にした時感じるあの懐かしさは、五千年、一万年前にそこに生きた、現実に今の私の命とつながっているすべてのヒトの”記憶”の甦りなのだ、と思う。 』

『  旅の途中少女が観た壮大な天空の音楽、オーロラ。海からはシャチが歌いかけ、森からはオオカミが呼応する。その真っただ中に立つ少女は、自らが星であり、天空の音楽そのものであり、時を超え、場所を超え、種を超えてすべてのいのちとつながって、今この一瞬に共に舞い踊っていることを知る。  百代前、見知らぬ森の国から大型のカヌーを駆って今の定住地に渡って来た祖先の魂も、百代後に大陸の草原を駈けめぐる子孫の魂も、さらにそれから何百代後に大都会の片隅にヒッソリと生きるひとつの魂も、すべてが大宇宙が織りなすいのちの織物の一部分として共に永遠に生きつづけているのだ。  この次元では、少女は百代前の予言者とも、現代の女性とも、何の障壁もなく響き合い、励まし合っている。「私はオーロラから舞い下りた地上の星」。 作者星川はこの少女に託し、「私」のいのちにつながるすべてのものへの感謝を歌う。 』 ,/p.


真実を発見する鍵  龍村仁

『 知識や情報も収集する。しかし、その前もって得た知識や情報によって、相手を判断、分析するのではなく、その知識や情報をいったん可能な限り捨てる。捨てて、可能な限り空っぽの器になる。前もって勉強した知識や情報はその器を大きくし、やわらかくし、敏感にするのに役立つ。しかしそれはあくまで捨ててこそ役に立つ。
 撮影時(出会いのとき)に、いかに自分がやわらかく、敏感で空っぽの器であり得るかが、無限に多様で変化する現実の中から真実を発見する鍵である。 』


祈りは感謝  龍村仁

『 それでも私は祈っています。フト気付くと生活の全ての一瞬一瞬に祈っている様な気がするのです。まるで生きているということそれ自体が”祈り”である様にさえ思います。

”生命即神”という言葉があります。

この、太陽系第三惑星地球(ガイア)のはかなくも美しいブルーの被膜の内側に息づく無限に多様なる生命。この多様なる全ての生命をつなぐものこそ”祈り”なのではないでしょうか。例えその仕組みが如何なるかを知らなくとも、人は祈ることができると思います。

生命そのものへの感謝こそ、”祈り”だからです。 』


秘めやかな祈りの韻律  長屋和哉

『  そう、秘めやかな祈りを呟くように。
今にして想えば、その言葉がそのまま『secret rhymes』のすべてなのだった。
このアルバムは秘めやかな祈りの韻律、そして、ひそやかな魂の営み。

だが、その魂が声もなく、ひっそりと涙を流す時、海はあふれるだろうか。
やがて涙が海をくぐり、深い水底の土をうつ時、海はふるえるだろうか。
そして切ない魂は、ささやかな韻律のなかで、せめて安らぐことはできるだろうか。
海辺で私は想うのだ。茫漠と広がった海を眺めながら。  』


美が在る  長屋和哉

12月15日 父を亡くした君へ

『 美が私の前にある
 美が私の後ろにある
美が私の下にある
美が私の上にある
私は美に囲まれている

このとても短い、美しい詩。
だがこの短い詩は、僕の呪文でもあるのだ。
生きるための僕の呪文。 』

『  失意と疲労のどん底に、きっと君はいるのだろう。それは誰とも共有することのできない君一人の失意と疲労だし、君は圧倒的に孤独だ。そう、君の道は、君たった一人が歩くためにある。そして、人はみな独りで歩くものなのだ(そんなセリフをかつて何かの小説で読んだことがあるんだよ)。

でも、僕は願う。
君の道が、美に囲まれていることを。
君の歩く、君ただ一人の道が、美に浸されていることを。
そして君が、美の中を歩いてゆくことを。
胸をはって。息をつめて。脇目もふらずに。
君の足元に広がる確かな土の感触に、涙すらこぼしながら。
笑みを浮かべながら。
切なさを抱きしめながら。
空虚で、満ち足りた広大な青空の下。
美のうちがわを。 』


軍需産業 

『 各国の政界が軍需産業とどのように関わっているかを 文献25などから抜き出して列挙してゆく。 』

■イスラエル−シャロン首相:世界最大の兵器商アドナン・カショギ一派
■米−チェイニー副大統領:大統領夫人リン・アン・チェイニーは、90年代ロッキード・マーチン重役
■米−ラムズフェルド国防長官:エンジンメーカのベンディクス重役、80年代シアーズ・ローバック重役、軍事シンクタンクのランド・コーポレーション(ロッキード・マーチン関連会社、ミサイル防衛構想を推進)理事長。NMDミサイル防衛構想の最大のロビーイスト。
■米−ジョン・マケイン上院議員:大統領候補者。祖父は沖縄戦と東京大空襲を指揮したマケイン航空司令官。グラマンを高く評価。
■米−ジョエル・ジョンソン国際航空宇宙産業協会副会長。ロッキード・マーチンの代理人。
■米−クリストファー元国務長官:兵器セールスのため各国へ圧力。
■米−マドレーヌ・オルブライト元国務長官:レイセオンのミサイルAMRAAMの中東への販売。
■米−クリントン元大統領:ロッキード・マーチンの兵器輸出を2倍に増大するなど上位6社の兵器輸出を10億ドル以上増加させた。

■米−ジョージ・ブッシュ元大統領:現大統領の父。大統領就任前は全米ライフル協会会員。コルト・インダストリーズから献金の疑いがある。国務長官の支援を得、国連の平和維持活動(PKO)を隠れ蓑として膨大な兵器輸出・密輸を行った。ダレス兄弟の情報コネクションを継承し、1975年にCIA長官に就任。その後レーガン政権の副大統領となる。NSC(国家安全保証会議)のメンバーであり、同時に一般には殆ど知られていない「危機管理システム」と呼ばれる情報機関に酷似したグループの責任者で、「特殊状況グループ」(SSG)の座長を務める。

アメリカ政治史上、最も悪名高いイラン・コントラ秘密工作をはじめ、アメリカが80年代に成し遂げたあらゆる工作の中心人物(文献32−P.217)。カーター政権によって始められたアメリカのムジャヒデン支援は、1972年のアフガン戦争において、レーガン政権下のジョージブッシュ副大統領が主役となり、世界中のイスラム教徒急進派を集め、ソ連に対峙させる一大秘密作戦を展開した。この時CIAがマネージメント、サウジアラビアがスポンサーとなった。(文献32−P.221) 

ブッシュ一族は歴代、情報機関と関係をもち、米国の対外秘密工作に深く関与する米政財界のエスタブリッシュメント。ジョージの父プレスコットは名門投資銀行ブラウン・ブラザーズ・ハリマン商会の執行役員で、開戦後もヒトラーへの支援を続けた。(文献32−P.188)

■米−トーゴー・ウェスト陸軍長官:(93年)ノースロップ副社長。
■米−ポール・オニール財務長官:2000年11月ラムズフェルドに代わってランド理事長に就任。
■米−ノーマン・ミネタ運輸長官:ロッキード・マーチン副社長。
■米−コンドリーザ・ライス大統領補佐官:シェブロン重役数名と関係を持ち、米軍事力を アジアへ使用しようとしている。石油会社重役のうち20数名は兵器産業の重役を兼ねている。
■米−ジェレミア統合参謀本部副議長:レイセオンの子会社スタンダード・ミサイル重役。
■米−ロバート・ゼーリック通商代表:外交関係評議会CFR。
■米−ビヴァリー・バイロン下院議員:マクドネル・ダグラス社重役。
■米−ダニエル・フィンク元国防長官:タイタン社重役。

【 Political Action Committee から献金を受けた議員 】

PACは米兵器産業のロビー団体であり議員に多額の献金をしている。

ニュート・ギングリッチ元議長、ロバート・リヴィングストン、フロイド・スペンス、ジョン・マーサ、ジェーン・ハーマン、アイク・スケルトン、ウィリアム・コーエン元国防長官 、ダンカン・ハンター、ジョン・ワーナーJr、チェット・エドワーズ、ジョン・バートン


大量殺人 

『 アフガニスタン空爆による民間人死者が3000人を超えるという調査結果を、米ニューハンプシャー大のマーク・ヘロルド準教授(59)=経済学=がまとめた。情報源と数字のばらつきを明記し、個人サイトで公表、既に欧州メディアでは報道されている。空爆開始から8日(アフガン時間7日)で1年。空爆は現在も続いている。  』

『 一方、同時多発テロによる全米の死者・行方不明者は、米政府が今年4月、3057人と発表している。 』


石油エージェントが大統領  増田俊男

『   ブッシュ政権は、政権発足後ランドコーポレーション(軍事シンクタンクで現国防長官ラムズフェルドが前理事長)が立案した今後20年間の米国防政策を承認した。  その骨子は、現在「経済の米」である原油の利権確保と世界軍事覇権を同時に達成しようとするものである。 』

『 カスピ海の原油をアメリカ本土に輸送するためには、パキスタンのカラチ港までアフガニスタンの国土を縦断するパイプラインの施設が必要であり、米国のユノケル社がタリバン政権と敷設交渉を続けていたが暗礁に乗り上げ、9・11をむかえることになったのである。ユノケル社側で、タリバン政権との現地交渉を担当していたのが現大統領カルザイ氏である。また米軍が投下した特殊爆弾がユノケル社のパイプライン敷設計画に沿った地点に集中していた事実を見ると、アメリカのアフガン攻略の経済戦略の側面が読める。 』

『 もし1998年8月のようにテポドンが日本上空を襲ったら日本はどうしたらいいのだろうか。アメリカに「懇願」する以外にない。対イラク戦争資金が見返りとして求められるのは当然のこと。一方サウジ、クェートとイスラエルは、アメリカが捕獲していたにもかかわらず故意に解放したためイエメンの手に渡った15機の北朝鮮のスカッドミサイルに「アメリカに組する者へ死を」と狙われることになる。  彼らは誰に「命乞い」をしたらいいのだろうか。アメリカである。では見返りは?これももう過去なのである。では残りのドイツが国民を挙げてアメリカのイラク攻撃支持、戦争資金拠出に急転するにはドイツに何が起こればいいのだろうか。 』


麻薬王が副大統領 

『 「CPIが記したヘロインに関する記述においては、次の点が指摘されている。つまり、ブッシュが長期間にわたって手を組み、闇で結びついてきた戦士リチャード・アーミテージと退職したCIAのADDO(Associate Deputy Director of Operations)テッド・シャックリーらは継続的に麻薬取引に関与していた。その時、運搬経路は東南アジアを横切ってヴェトナムまで、おそらくハイフォン(ハノイのそば)の港が使われた。そしてロシアのウラジオストックまで船で運ばれて、そこで荷物を積みかえし、それからシベリア経由で列車、ないしはトラックでヨーロッパに運び込まれた。その際経由したのは、片手で余るほどのロシアマフィアがうごめくチェチェンでありアゼルバイジャンであった。 チェチェンとアゼルバイジャンはどちらも武力闘争、石油紛争の温床であり、ブラウン(シュガー)とルート(大麻)が常時このルート沿いに取引されるのである」 』

『 タリバン崩壊後、アフガンは民間人の多大な犠牲を払いながらも、民主国家への第一歩を踏み出したかに見えた。しかしアメリカ主導による新アフガン政権の副大統領が、実は麻薬ビジネスを牛耳る軍閥だったという事実は、アフガン国民の受難がさらに続いているというだけでなく、米ブッシュ政権が、石油利権や軍事利権のほかにも、麻薬ビジネスと深く関わっているという、これまでの驚くべき疑惑を裏付けている。さらに重要な事は、これらの疑惑について国際社会の指導者は沈黙している可能性があるという事である。 』


せつないなあ「いてて……」  田口ランディ

『 ある古本店で中学生の男の子が数冊の単行本を万引きしてつかまった。  店長は名前や住所を聞こうとしたけれど、少年は何も答えない。そこで、警察官が 呼ばれた。ところが少年は警察官から逃げ出し、そして遮断機の降りかけた踏み切り を突っ切ろうとして電車に跳ねられて死亡してしまった。

 その後、古本店の店長のもとに「人殺し」という脅迫電話や、面と向かって「オマ エが殺したんだろう」と言うお客さんも現れて、店長は責任を感じてノイローゼのよ うな状態になってしまった。そして、ついには古本店を閉めてしまった。 』

『 そういうときが確かに自分にもあったし、そのときの私の切羽詰まった感じは、た ぶん私の周りの人をちょっとずつ傷つけていたんだろうなあ……と思う。ある時期、 狼少女みたいに周り中に噛みついていたような時があった。きっとみんな、私のガブっ て噛まれながら、それでも「いてて……」と思いつつ我慢してくれてたんだろう。 』

『 街頭インタビューを受けた中学生たちの反応が良かった。「この事件についてどう 思いますか?」という質問に、みんなちょっと口ごもって「いてて……」っていう表 情をしていたのだ。腹を立てているふうではなく「せつないなあ」という表情をして いたのだ。

 ああ、若い子たちはいいなあって、それを見てて思った。大人は感情を分けて表現 する。はっきりさせようとする。だいたい怒る。憎む。悲しむ。でも、感情ってあい まいなものだ。喜怒哀楽みたいに区分けできるもんじゃないよね。

 「せつない」ってすごくやさしい感じ。そして、誰も責めない感じ。少し祈りと近 いと思う。 』


慈悲  Osyo Bow Yamada

『  これだけ動いているのだから、たまにはいいか!とあきらめながら回復を待っていた。 朝が近づき、重い体を動かして霜柱が立つ田んぼに立ってみた。と思ったところ、転がったのだろうか、ほっぺの横に田んぼがひっついていた。

私はこのまま泣き出していた。 どうしてこんなことしかできないんだろう・・・ どうしてみんなは、たいせつなことにきずかないんだろう・・・ 』


自然は自然に復活する 福岡正信

『 あんなふうになってくると、土の養分を吸収して作物や木が育つんだなどとはとてもいえません。栄養分や水分についても、果たして水は下から上がっていくのか、上かや降るのか、あるいは植物そのものが互いに出しあうのか、そういった基本的な水の循環についてもまるで分かっていないんですよ。  とにかく、いままでの説明ではもうとうてい説明がつきません。いまでもこんな赤土というのに、たったの二年や三年で、どうしてこんなに木や植物が成長できるのか。正直な話自然というものの不思議な営みについては、もうなにもいえませんね 』

『  結果的にいえることは、植物の植生レイアウトは人間の頭で決めるんじゃなく、自然自身に自由に決めてもらうのが一番ということです。  つまり最初の種は自分で蒔いても、実った実は小鳥が食べて糞にして蒔き直してくれるのに任せたり、また風が運んでいってくれるままに任せたりする。実際、自然がなすままに植物をほっといてみたら、こんなふうにどんどん育っていったんですよ。しかし「自然に任せる」ことと「放任」することとは微妙に違うもののようで、人間が植えて放任したミカンは結局は全滅してしまいました。 』

『 人間は、とにかく急ぎすぎますし、焦りすぎるんです。「効率的な人間のための食料づくり」だけを考えるから、結局は自然を破壊しつくしてしまうんですよ。  だから僕が行き着いた究極の「自然農法」とは、人間は最小限の手を加えるにとどめるべきだということ…。そしてその最小限の手というのが、つまり「粘土団子を蒔く」ということなんです。 』


緑は雨雲を作る 福岡正信

『 よく害虫で畑や山林が全滅したなどといった話を聞きますが、害虫や病源菌というのは、植物の寿命がきて、80%は枯れてもいいときにやってくるものなんじゃないでしょうか。  つまり害虫がついたから作物に被害が出るというんじゃなく、実はもう弱りきって死期が近づいているからこそ害虫が発生してくるともいえるわけです。  だから害虫というのは決して作物に被害を与える「原因」ではなく、むしろ「結果」であって、植物の健康度を教えてくれる存在であるのかもしれないんです。もっと分かりやすくいえば、自然から死ねと申し渡されるときに害虫がきて片付けてくれる(笑)。 』

『 すなわち一つの粘土団子には水分も養分もちゃんと含まれていますから、そのぶんだけでも一日に四、五十センチもの根を伸ばすパワーをもっているんです。  こうして粘土団子の力に支えられて芽を出し、根を伸ばし始めたハヤトウリの根が二、三メーターも伸びれば、砂漠とはいえその辺りには必ず湿りけのある土があります。すると根は、地下にある水源に向かってさらにいっきに伸びていく。その結果ついにしっかりと水続け脈にタッチすることになるわけです。  ハヤトウリが砂漠に根づけば、一株で約一反(一千平方メートル)もの空間を緑で覆います。 』

『  緑の葉っぱで大地が覆われれば、地表温度が下がるだけでなく、とうぜん露も葉っぱにつくでしょう。それが砂漠の土に湿りけを与え、さらに自然環境を整えてくれる。こうなればもうしめたもので、粘土団子の中の他の種も発芽できる環境ができあがります。しかも砂漠とはいえ、全く雨が降らないというわけでもありません。雨が降ればさらに環境が変化していきますから、やがてさまざまな種が発芽して緑に覆わ れていくというわけです。

 こうして一度砂漠を緑で覆ってしまえば、逆に植物が出す水蒸気が雲を作りだすという現象も生じてきます。こんなふうにいいますと、じつに都合のいい勝手な理論と思うでしょう(笑)、しかしこれは実際にすでに実証済みのこと。インドで実際にやってみせてきた事実なんですよ。 』




福岡さんの自然農園です
いのちと調和した暮し 福岡正信

『 しかし僕にとっては、「なにもなかった」というそのときの鮮烈な体験を、以来50年の歳月を通して改めて確かめてきた。 』

『 要するに、人間は自然の偉大さや自然の神秘な営みについてまるで分かってはいないということでしょう。 』

『   僕が理想とする「農の風景」とは、果物がたわわに実る農園の樹の下に、クローバーや野菜の花が咲き乱れ、蜜蜂が飛び交い、麦が蒔かれていて、自給自足で独立して生きられるといった環境です。また地鶏やウサギが犬とともに遊び、水田にはアヒルやカモが遊泳し、山すそや谷間では黒ブタやイノシシがミミズやザリガニを食べて太り、またときには雑木林の中からヤギが顔をのぞかせる。そんなのどかな風景の中に生きることができたとしたら、僕としてはこれ以上の幸せはないだろうと思いますね。 』


世界を恐れてはいけない シーポヨのしわざ

それは、あたかも彼はただ私を待っているだけのようだった。
彼は目を明けて、言った。

「私はただ呼吸を続けようとしていた、お前が私に逢えるように。
ただ、一つだけ私は言っておきたい。
私はお前の応援をするためにここにはいなくなる。
そうして、お前は応援が必要だ。でも、覚えておきなさい。
私がどこにいても、私の愛と尊敬は、お前と一緒に留まるだろう。
誰も恐れてはいけない。世界を恐れてはいけない」

それらが、彼の最後の言葉だった。

「世界を恐れてはならない」

子供を尊敬しなさい。彼らを恐れ知らずにしなさい。

でももしあなたが、あなた自身恐怖でいっぱいだったら、
どうやって彼らを恐れ知らずにすることが出来る?
あなたへの尊敬を強要してはならない、
あなたがかれらの父親だからと言ったり、
彼らのお父ちゃんだからとか、
彼らのお母ちゃんとか、
これとか、あれとか。

この態度を変えなさい。
そうして見てみなさい、
尊敬がどんな変容を
あなたの子供達に
もたらすことが出来るかを。


咲かせて笑った インド今ここ
ただぼんやりと AKIRA 4 January(sat) 23 rhythmic lizard moon

病気やけがは贈り物である。  なにもしないでごろごろしてるなんて、贅沢そのものじゃん。  外部刺激が断たれると、意識が内側にむく。  哲学的命題を考えるわけじゃなく、   日々の反省をするわけじゃなく、  ぼんやりと、  ただぼんやりと今日に浮かんでいる。  空間の座標軸は雪に埋もれ、  時間の座標軸は風にイレースされる。  虚空にただよう自分。  英語で「私」を意味する「I」が、   小文字の「i」になり、  「1」も引いて、  「・」になる。  いつの日にか必ず「 」になるその日まで。  ぼんやりと、  ただぼんやりと今日に浮かんでいる。 』


戦う必要など無かった 西岡昌紀

『 毎日新聞の世界的スクープにより、真珠湾攻撃の切っ掛けと成った、言わゆる「ハル・ノ ート」を書いたのが、実は、アメリカ国務省に潜入して居たソ連の工作員であった事がほぼ完全に証明された事や、昨年、アメリカのリベラル系歴史研究家、スティネット氏が、アメリカが、真珠湾に向かう日本艦 隊の無線を傍受して居た決定的な文書を発見、発表し、アメリカが、日本による真珠湾攻撃を事前に知って居た事を、ほぼ完全に証明した事などは、真珠湾攻撃を巡る、長年の論争に、決着を着ける物だったと言って、間違い無いでしょう。 』


表現するという錯覚 インド今ここ
「ごっこ」 インド今ここ
10円でございます Hsieh, Yi-Fen

『 台湾人である原住民の人が、日本語の美しい言葉を使い、その言葉に日本人が感動するという事は私にとって驚きでした。日本人は美しい言葉に接すると感動するように思いました。原住民も美しい言葉だと感じているからこそ「ございます」を使ったに違いないと私は信じています。

原住民と日本人の間に共通しているものがあるとしたら、言葉の使い方に敏感に反応する、ということではないでしょうか?日本と台湾の原住民の世界には古くからの美しいものが存続していますがこういったことも、言葉の使い方に敏感に反応する、ということに由来しているように思います。

台北では日々美しい建築や文化習慣が消えて逝くような気がします。美しい言葉を話す原住民や美しいものを感じる日本人だからこそ美しいものを残す事ができるのではないでしょうか。 』


ほんと? インド今ここ
天球の音楽 長屋和哉

沈黙のひとしずくが
広大な海へ 流れ落ちるとき
海はこぼれ あふれるだろうか
遠い海へ したたるとき
深い水底は 震えるだろうか

静寂のひとしずくが
あざやかな祈りのように
ただひとつの願いのように
海のすべての水を
海のあらゆる波を
抱きしめるとき
わたしは 夜明けの汀で
涙を流すだろうか

かがやく樹木のあいだをぬ って
砂丘をたどる
髪をたばね 海のあてどなさに
言葉を失い
やがて汀に ひざまずくとき
海はこぼれ あふれるだろうか
せめて波は 優しいだろうか

海にそそぐ
沈黙のひとしずく
海に流れる
満ちたりた悲しみ
沈黙の
ひとしずく

「いや、もっともピュアなイメージもじつはあるにはあるんです。実際、降ってきたこともある。だけど、それは渦ではない。というか、もはや形ですらないんです。それは、光。いや、むしろ音なんです。最初に音があるんです。強烈な音が。それで、その音がやがて展開を始めて、これらの模型のイメージになるんです」

「僕は、一度も自分で造形しようと思ったことはないんです」彼は言った。「ここにあるすべての模型は、どこかから与えられたものですから。そして僕はこれらの模型をもとに実際の建築を作りますが、僕がこの仕事を辞める時は、自分で造形しようと企てた時ですね。与えられなくなったら、それで終いです」

『 そして、建築家が『原初の音』といい、ピタゴラスが『天球の音楽』と呼ぶ音とは、一体どんな音なのだろう。宇宙に鳴り響いている、ひとつの音。あるいはその原初の音も、やはりいつも僕たちの頭上に降り注いでいるのだろうか。そして、僕たちは自分でも気がつかないうちに、それを受信し、耳をそばだてているのだろうか。

 鳴り響くひとつの音。 』


ブッシュは私 蔓の森 星川淳

「屋久島インナーネット・ワーク」─自然界と人間界を横断するコミュニケーション 第23回「蔓の森に学ぶ」
●われわれはなぜこうも対話が下手になってしまったのか

『 そうして長いあいだに、樹木と蔓が協力して身を守る独特の森が形成されたのだろう。風の吹き渡る険しい斜面で木と蔓たちの交わしてきた会話が、目の前の風景そのものに具象化していた。  進化生物学や生態学は、こんな生物どうしの対話を環境ぐるみ読み解く学問なのだと思う。しかし、素人なりに勝手な想像を働かせながら自然の“物語”に耳を傾けるのも楽しい。

目が暗闇に慣れるのと同じく、生態系のインナーネットスケープを見透かせるようになると、一木一草、その〈場〉と語り合って生きているのがわかる。自然とは、地球とは、本来この蔓の森と似た全生命の語らいのネットワークなのだ。ただ独り、近ごろの人類だけが生命の語らいに耳をふさぎ、傍(はた)迷惑なふるまいを続けている。 』

『 最大の原因は、やはり自然との語らいを忘れた(というより、しないで済むようになった)ことだろう。人類史を通じ、多くの場合、文字どおり必死で自然の会話に耳を傾けて生き抜いてきたヒトは、聞き取り能力を高めたし、それなりに耳も肥えた。子どもの言語的発達を見ればわかるとおり、発話の基礎はヒアリングにある。そして、対話とは発話と傾聴のダンスにほかならない。 』

『 つまり、「ブッシュは私」――さまざまな条件に依存しなければ生きられないことを認めたがらず、見かけの独走を脅かすものを排除しようとし、危うい存立基盤の維持にこだわるのは、自他ともにおなじみの心象風景ではないか。 』

『   早い話、自分の弱さを自覚する者は謙虚にならざるをえない。圧倒的な自然力の前になすすべもなく跪(ひざまず)いた経験のある者は、おのずと生命世界に対しても他人に対しても優しくなるものだ。私が台風銀座の琉球弧に住むことを選んでいる密かな理由の一つは、台風に代表される自然の猛威で、つい高くなりがちなヒトとしての頭(ず)をときどきへこませてもらえることかもしれない。 』


人間らしさを手放すな  スタン・ゴフ

『わたしは退役軍人だ。わたしの息子は空挺部隊員として、諸君とともにイラ クに駐留している。』

『 1970年、わたしは空挺部隊員としてベトナム戦争に派遣された。戦争に 行く前までのわたしは、まわりから、でたらめな思想を植え付けられていた。 』

『われわれ米兵の使命は、「悪いベトナム人から、良いベトナム人を救う」こ とであり、「悪いベトナム人が、カリフォルニア沿岸に攻め込まないよう」に 彼らを叩きのめすことだった。  そのためにわれわれは駐留し続け、5万8000人の仲間が殺され、300 万人のベトナム人を殺してしまった。』

『 イラクの大量破壊兵器が米国を脅しているという話を最初に聞いたとき、 「そんなことはありえない、湾岸戦争でさんざんに痛めつけられた後、12年 間も経済制裁を受けているイラクが脅威だなんて、いったいどこの誰が信じる ものか」と、あきれたものだ。  しかし30数年前、ベトナムがアメリカの脅威になっていると、自分も含め て、ほとんどの米国民が信じ込んでいたのを思い出した。』

『わたしがベトナムに到着する前に、米軍はすでに村々を焼き、家畜を殺し、 畑や森に毒をまき、市民をスポーツ射撃の的とし、村人をレイプして虐殺して いた。  ベトナム人被害者たちにとっては、現地に到着したばかりの自分と、すでに 蛮行をふるっていた残虐な米兵たちとの見分けがつかない。政治家たちは、そ んなことを何も言ってくれなかったから、現地でわたしは、たいへんな目にあ った。

 政治家たちが諸君に知らせなかったことが他にもある。 1991年から2003年の間に、150万人のイラク人が、栄養失調や医療 不備のせいで死んだことも、諸君は知らされていなかった。その中でも、か弱 い幼児の死者数は、50万人にものぼった。

 いまイラクに駐留しているわたしの息子には、生後11ヶ月の赤ちゃんがい る。とてもかわいい赤ちゃんで、わたしは孫の顔を見るのが楽しみだ。  同じように、諸君にも息子や娘がいるだろう。自分の子供を何よりも愛する ことについては、諸君もイラク人も変わりがないことに気がついただろうか?  自分たちの息子や娘を亡くしたイラク人たちは、50万人の幼児が死んだ原 因が、アメリカ政府にあるということを、かんたんには忘れないだろう。

 だから、諸君がイラクで歓迎されるだろうというのは、あからさまなウソだ った。それは米国民に戦争を支持させるためのウソだったし、諸君の戦闘意欲 を高めるためのウソだったんだ。』

『ベトナムでもイラクでも、自分たちの家族を無惨に殺され、財産を破壊され 威信を傷つけられた人々が、侵略者を追い出そうとするのは当たり前だ。  米兵は、生きのびるために、自分たちに立ち向かってくる連中を殺さなくて はならない。  こんな状況を作りだしたのは、ワシントンにいながら、高級ワインとキャビ アを楽しんでいる、5千ドルの背広を着た政治家たちなのだ。

 でも、われわれは、ワシントンにいる愛想のいい石油成金たちを、どうして 止めたらいいのかまだわからないでいる。ということは、諸君は当分の間は、 イラクに立ち往生するというわけだ。

 わたしの経験からいうと、自分がベトナムで生きのびようと思ったら、残酷 にふるまうしかないと考えるようになった。気が狂ったように家々に火をつけ ベトナム人に向かって見境なしに銃をぶっ放せばいいんだとね。  「怒り」が役に立つと思った。信用できないヤツらをみんな憎んで、怒りを ぶちまければ、内側にある恐怖心を覆い隠せると考えたんだ。  

 また、心の中にある罪悪感をなだめるために、やつらは人間なんかじゃない と思いこみ、彼らをグークス(ベトナム人に対する蔑称)と呼んだ。ちょうど 諸君がイラク人たちを「ボロ切れ頭」とか、ハージ(イラク人に対する蔑称) と呼んでいるようにね。  昔のアメリカ白人が、黒人をリンチにかける前に、ニガー(黒んぼ)と呼ん だのと同じことだ。彼らを蔑称で呼ぶことで、人間性を剥奪したわけだ。  

 敵の「人間性」さえ剥奪すれば、泣いてるイラク人の赤ちゃんにだって、銃 を向けることができる。でもそれは、自分の人間らしさを殺すことでもあり、 そのことに気がついたときには、もう遅すぎるのだ。

 自分の人間らしさを失って戦場で生きのびても、母国に帰ってからがまた苦 しい。人間らしく生きられないのだ。  わたしの戦友たちは酒やドラッグにおぼれたり、精神病院に閉じこめられた りしている。また、自殺したり、家族や他人を傷つけたりする者もいる。  わたし自身、いまでも毎日を憤怒の中で生きている。他人にはそう見えなく ても、怒りの発作は毎日わたしを襲っているのだ。

 だからわたしは、諸君に言いたい。 諸君は生きのびるために、やるべきことはやる。しかし、どうか人間らしさを 手放さないでほしい。他の粗野な兵士のように、男らしくなくてもいい。怒り と興奮にまかせて、めちゃくちゃな蛮行はしないでほしい。  ブッシュやチェイニーの強欲のために、諸君の人間らしさを犠牲にしないで ほしいのだ。

 米国の大富豪たちは、世界中のエネルギー資源を独り占めにして、世界の商 売がたきをとっちめようとしている。それがこのイラク戦争の本当の意味だ。  メディアは諸君がヒーローだと持ちあげるけど、政治家は諸君を、銃を持っ た消耗品として利用したいだけなのだ。  政治家たちは、諸君が吸い込む劣化ウラン弾に汚染された空気や、諸君の身 心の痛みや、夜ごとうなされる悪夢のことなど、気にしてはいない。

 政治家は諸君の福利厚生予算を減らし、原因不明の病気の存在を否定し、負 傷兵や戦死者の姿をメディアから隠している。彼らこそ諸君の敵であり、平和 の敵なのだ。  腹黒い大富豪や政治家は、泥棒と同じだ。彼らは「イラクから絶対に逃げ出 さない」と息巻いているが、彼らはイラクにいるわけでもないので、逃げ出す 必要もないではないか。

 彼らは諸君から搾れるだけのものを搾り取って、利用価値がなくなれば、使 い古したコンドームのように捨てるだけだ。だから、もし諸君の怒りが、それ を発散させる相手を必要としているのなら、それを罪のないイラク人に向けな いで、そういう状況を生みだした政治家たちに向けるといい。

 わたしは諸君に、「命令に従うな」とは言えない。もしわたしがそう言えば たぶんそれは、違法行為になるだろう。  しかし、法に違反した命令に従わないという行為は、完璧に合法だ。そして 「イラク市民を攻撃せよ」との命令は、違法なのだ。  諸君は、どんな状況にあろうとも、イラク人を憎む義務はない。また、どん な状況にあろうとも、自分の人間らしさを手放して荒れ狂う義務もないんだ。

どうか、五体無事で帰ってきてほしい。 どうか、正気のまま、帰ってきてほしい。 あなたを心から愛している人々が、ここで待っているのだから。  

 そしてあなたが帰ってきたとき、愛する人の顔を真正面から見られる人間で あってほしい。 どうか、あなたの魂を、砂漠の砂の中に捨てないでおくれ。 どうか、人間らしさを手放さないでおくれ。』 (翻訳・パンタ笛吹/TUPチーム)

http://www.bringthemhomenow.org/what/latest.html#openletter031115』


神秘の一撃   長屋和哉

『神は死んだ、とはニーチェの言葉だが、彼は別のところでこうも書いている。 「もし仮に神が存在するとしたら、それはかならず舞踏する者に違いない」  舞踏する者としての神。  だが、友人の話から仄かに見えてくる神らしき者の影は、もはや舞踏する者ではない。それは透視し、ある救済を行なう者としての神である。いや、だがやはり、僕にはためらいがあるのだ。神という言葉に。』

『本当に、こうして死んでもいいのだろうか。彼は自問を繰り返した。だが、結論は出ない。どうしていいのかわからないまま歩き続け、やがて彼はひとつの賭けをしようと考えた。  ある何かの偶然に、答えをゆだねるのだ。  そう、それは何でも構わない。例えば、本だ。  彼の自室の机の上に、ずっと読まないまま積みっ放しになっている本。それの一番上に積んである本を手に取り、バッと乱雑にページを開いてみる。そう、乱雑に、無思慮のまま、開くのだ。そして、そのページを読むのである。すると、そこに、俺の答えが落ちているのだ。  それが、俺の賭けだ。  たとえ、そこに何が書かれていようと、それが俺の答えだ。生と死の問いかけへの、ただひとつの答えだ。』

『彼の生命をその時支えたもの、それがたとえ神と呼ばれようと何と呼ばれようと、彼は生を選んだのだ。  神秘の一撃。  彼は、震えた。  この生の、この世界の、この神秘に。』


未来への航海   高野孝子 地球日記

『  そして恐るべきは、彼らが常に笑顔だったこと。若干の疲れをにじませながらも、朝も夜も、目が合うといつも笑顔とジョークがあった。  プログラム期間中、参加した子どもたちにとって、身体的精神的に相当しんどい時もあったはずだ。それでも彼らが不満を言うことなく(少なくとも表立っては)掃除を含めさまざまな課題に取り組み頑張り抜いたのは、誰よりもしんどい人たちが笑顔で働いている、そのプロ根性を常に見ていたことも影響しているはずだ。彼らを目の当たりにして、泣き言は恥ずかしくてなかなか言えない。真剣に物事に取り組む大人の姿は、子どもたちにとって最高の、学びと成長の源。カメラクルーはその象徴だったと思う。 』


ハートランドからの手紙   佐野元春

『 古い世界が回り続ける。「百年の愚行」として切り取られたひとつひとつの「窓」から、静かに回り続けた20世紀の地球を見つめる。償いの季節がすでに訪れていて、後戻りはできない。ときどき何も聞こえないふりをしてしまうことが罪だった。「痛みさえも感じない」とは、ただの気取りにすぎなかった。刻々と刻まれゆく時を横目に、僕は、新しい地球が回るのを見なければいけない。』


砂漠にヘンプを  ぼきんや

『 砂地でも、草で表面が覆われるようになると露が降り、その露が水蒸気になって雲となり、そこに雨が降る。 雨が降ると樹木が成長し農作物が収穫できるようになります。 そこで、まずは半砂漠地域(砂漠と農村地域の境界一帯の土地)に 重点的に植林をして、砂漠化の進行をとにかく食い止めることが急務となっています。 しかし、その半砂漠地域ですら、いきなり植林してもほとんど育ちません。 土地が痩せすぎていることが原因といわれています。

そこで驚異的な成長力で、連作が可能で、土地の養分を必要以上に吸い上げないヘンプ(麻)の力を借りて、 砂漠化が進む中国・内モンゴル地方の緑化活動をすすめて行きたいと考えています。 ヘンプはそもそも痩せた土地でも栽培が可能で、化学肥料や農薬も必要ありません。 また、ヘンプには土壌改良の力があるので、ヘンプを植えて土地の肥沃度を回復させて、それから木を植える方法ですすめていく計画です。 そして、種は食用に、茎の皮は糸にできますので、砂漠の緑化だけでなく農民たちの収入にすることができます。 今年度は、中国遼寧省で200haの農地で栽培し、来年度播種する種子を確保いたしました。 みなさん、砂漠を緑の大地によみがえらせるため、是非ご協力ください。

1500円で0.5坪(畳1枚分)の土地にヘンプを植えて育てることが出来ます。

土壌改良の効果で土地が豊かになります。

樹木の苗木を植えて、砂漠化を食い止めます。』


イジメすれちがい  秋山寛  

『南からの声 ジンバブエ・レポート』 第48回 「悲しき すれ違い」

『 ちょうど、いじめと同一の構図を持っている気がします。いじめた側はすっかり忘 れてしまっているのに、いじめられた側は、なかなか忘れることはできなくて、それ に捕らわれ続けています。開発途上国の問題でも同様に、富を持ち去った、もしくは 現在行っている側は、その事実を忘れるとか、たいした事は無いと思うのが常ですが、 奪われた側にとっては、非常に大きな問題です。

 そして、今の暮らしが苦しければ、その苦しくなるきっかけをつくった者をますま す恨みます。「植民地として富を奪われ、奴隷として連れ去られたという事実が無け れば、アフリカの国々も、もっと発展していた余地はあったのではないか」という思 いはますます深まっていく。

 現在、どんな開発途上国でもテレビが普及しています。インターネットも然りです。 開発途上国の人間も、世界の様子を簡単に知ることが出来ます。また、テレビやイン ターネットで発信される情報は、圧倒的に先進国の情報です。子供に満足に食わせて やれず切ない思いをしている親が、東京の捨てられた食糧を食い荒らすカラスの映像 を見て、どう思うでしょうか。幼い弟や妹を米軍の戦闘で失った青年が、悪ふざけの 過ぎる日本の娯楽番組を見て、日本にあこがれますか。

 また、開発途上国の人間には努力が足りないと思っていらっしゃるかたも多いと思 いますが、あなたが、開発途上国に生まれて、今の収入が確保できますか。彼らから みて、先進国のすべての人間は、既得権益を持つ階層であるわけです。私たちが、逃 げ切りを図る既得権益をもつ者に対して抱くのと同じ苦々しい思いを、開発途上国の 人間が先進国の人間に対し抱いているわけです。  先進国に対する開発途上国の愛憎裏腹な思いと、傲慢さと紙一重の先進国の無関心 の、悲しいすれ違いでしょうか。』


森番日記/ /目次/ /和尚/ /太母/ /ミルダッド/ /創造/ /チャンプルーズ/ /最新リンク/ /2004年後半/ /2004年前半/ /2003年/ /2002年後半/ /2002年前半/ /12月下旬/ /12月中旬/ /11月中旬/ /11月上旬/ /10月下旬/ /10月中旬/ /10月上旬/ /9月ニューヨークテロ以後/ /9月ニューヨークテロ前後/ /2001年前半/ /ほんまかいな、そぉかいな?/ / 緑化情報/ /写真日記/ /月刊いんどアーユルヴェーダ新聞/ / ああ、インド暮らしの日々/
/地球再緑化機構/ /ハーブお買物で寄付/ /ジャングル石鹸お買物で寄付/ /インド伝統医学に学ぶアユルヴェーダな生活有料メルマガで寄付/ / インドの砂漠が森へと甦る。イマジン&実践レポート/