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強盗の運転手小泉 

『小泉総理はアメリカという銀行強盗の運転手をしているだけで強盗はしていません
、と下手な言い訳をしているのと同じ。アメリカは昨年5月1日イラクの戦争終了宣言
をし、またサダム・フセインを拘束した後は米軍を引き揚げることになっていた。
しかし、来年早々に計画しているイスラエルとアメリカの共同目的のため、軍を引き
揚げるどころか増強しなくてはならない事情がある。』

『イラクに限らず日本人は世界中にいる。イラクを占領し原油を独占するアメリカを
憎むモスリムも世界中にいる。日本がアメリカ同様モスリムの敵になる道を選んだ以上
、イスラム過激派テロの対象になるのは当然である。自衛隊も民間人も今後テロの犠牲
が日増しに増えるだろう。

小泉政権は3人の誘拐事件について「想像していないこと」と言った。何と無責任な
ことか。イスラムの敵がアメリカなら、自衛隊をアメリカ軍の一環として組み入れれば
日本がイスラムの敵になることは初めから分かっていたこと。これからヨーロッパで
日本人がテロの犠牲になったら、また「考えられないこと」とでも言うのか。』

繰り返し罠にかかる日本人 

『ではなぜ竹中大臣は2005年にこだわったのだろうか。

 第二の罠:邦銀の中国投資のタイミング

アメリカの金融機関は邦銀が不良債権で国際金融が制限されている間に中国投資を拡大
、中国経済の成長と共に多大な利益を得てきた。「現在中国経済はオリンピック需要で
過熱化気味、2006年をピークに落ち着きを取り戻し、2008年のオリンピック以後は
ソフトランディングで下降線、2010年の上海万博で完全にバブル崩壊
(ハードランディング)」。このトレンドは今やマーケットの常識。

ところが、国際BIS規定(自己資本率8%以上)を達成した邦銀は、今競って中国進出
を急いでいる。アメリカ銀から中国債権を買い、中国国立銀行保証の新規プロジェクト
融資を拡大している。やがてアメリカ銀からの債権は紙くずになり、新規融資先も返済
不能に陥るのは決定的。トランプでいうならアメリカ銀は先に上がり、邦銀がババを
引かされること。

40%以上の(潜在的)不良債権を抱えている中国国立銀行の保証など百害あって一利
なし。2010年までに間違いなく邦銀はまたもや数百兆円の不良債権を抱えることに
なる。先のバブルではアメリカに、今度は中国にJapan Moneyが奪われる。

今の若者は2010年から不良債権返済と4人に1人のお年寄りの面倒を見る
ことになるのを知っているだろうか。

不良債権で弱体化した邦銀に対し金融監督庁は監査を強化、ムーディーズは格付けを
下げ、株価下落で資産減に追い込み、公的資金(税金)を注入して国有化、産業再生
法(三角併合法)適用で、アメリカ銀は輪転機で印刷した株券で邦銀を買いまくる。

現実を直視すると日本国民を罠に掛けているの
はアメリカだけではなかった。日本国政府も共犯だった! 』

罠にかかった日本人 

『長銀は過剰不良債権を当時(1998年)大蔵省から指摘された後、株価が暴落、危機
に瀕したが住友信託が合併することで救済されることに決まっていた。にもかかわらず
、政府は長銀の国有化を決定、邦銀勢の意向を蹴って、たったの10億円で、しかも瑕疵
担保条件付(買い手に生じた損害を政府が一定期間補填する)でハゲタカファンドと
悪名高きリップルウッドに転売した。現在は新生銀行として東証一部に上場され、
リップルウッドは10億の投資で数千億円のキャピタルゲインを得ている。』

日本版モサド創設 

http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2004062132348 韓国紙報道「日本版『CIA』の誕生〜防衛庁に要員920人」
『 防衛庁情報本部要員を110人から920人に増やし、軍事情報の収集、解読、
保安能力を大幅に強化させた。

また、内閣情報研究室、通産省など6、7の省庁に分散している情報組職を統合・拡大
する作業も進めている。各省庁の情報を総括して首相に報告する内閣情報研究室職員が
120人に過ぎず、役割を十分に果たせないために、1000人以上に大幅増員し、
事実上新たな情報機関を創設する計画だ。

日本版「ネオコン」(新保守主義者)の石破茂・防衛庁長官は、「内閣情報研究室を
米中央情報局(CIA)やイスラエルのモサドのような情報機関に変貌させる計画だ」
と明らかにしたと、同紙は伝えた。 』

『 川口順子外相は最近、英国のマスコミとの会見で、「日本も現在、007のような
情報要員を養成中だ」としながら、「そのため、英国の情報機関の経験を学びたい」
と話していた。』

エシュロン参加の日米密約 

(週刊ポスト04年7月2日号P210ーP212)から

「エシュロン」参加の日米密約

 小泉首相はシーアイランド・サミットの日米首脳会談で自衛隊の多国籍軍参加を
独断で約束した。国内ではその是非ばかりが論じられているが、首脳会談でもう一つ
、重大な密約が交わされたことは全く報じられていない。

 日本の『エシュロン』参加である。エシュロンはアメリカが推進する国際的盗聴
システムで、世界中の膨大な電話や無線通信を傍受してコンピューター解析し、
テロリストの動向から軍事情報、貿易摩擦といった同盟国間の外交交渉の機密文書
まであらゆる情報を収集する。加盟国はアメリカの他にイギリス、カナダ、ニュージ
ーランドの旧英連邦の4カ国だ。それに対してフランス、ドイツなどEU諸国はこの
盗聴網に強硬に反対しており、日本は加盟していないものの、沖縄と青森(三沢)
の米軍基地内に『象の檻』と呼ばれる巨大な通信傍受施設が置かれ、極東地区の
情報収集拠点となっている。

 小泉首相はそこに大きく踏み込んだ。サミット同行筋が明かす。

「アメリカはイラクを中東安全保障の拠点にしようと考えている。そのために職員
1万人という世界最大の大使館をバクダッドに置き、象の檻を2基建設して別に
6000名の情報要員を張りつける。盗聴網を中東に張りめぐらしてテロリストの
動きを事前に封じ込める作戦だ。当然、それらを守るためにはイラクに米軍を恒久的
に配置しなければならない。兵力は在韓米軍の縮小など極東から振り向けるから、
北朝鮮や中国の軍事的脅威に対する日本の防衛線が弱体化する」

 アメリカ側は小泉首相にそう説明し、新安保体制の必要を説いた。

「そこで新・日米安保の柱として首脳会談で話し合われたのがエシュロンによる
情報機能の強化だった。小泉首相はブッシュ大統領に、アメリカの中東安全保障
政策への全面協力と、日本もエシュロンに参加したいと表明した。多国籍軍に
加わることはそうした新安保体制の一環にすぎない」(同行筋)

 繰り返すが、エシュロンは一般市民の通信まで無差別に傍受し、個人情報など
全くない国際盗聴システムだ。日本政府がそれに加わること自体、超法規的活動
になる。小泉首相は多国籍軍もエシュロンもと、国民の知らない間に
日本をブッシュの世界戦略の歯車として組み入れようとしている。

 本誌は覆面自衛官たちを緊急招集した。

「多国籍軍への参加で自衛隊もようやく国際社会から一人前の軍隊と認められる。
おめでとうございます」

 ーあえてそう切り出すと、陸上自衛隊二佐Bがいきなりむっとした。

「『食あたり』に苦しめられながら気温50度のサマワで頑張っている隊員たちに
失礼だよ」

陸自三佐D 「あれは砂が原因じゃないかと見られています。サマワの砂は超微粒子
でどこからでも入ってくる。発症した60人は交代したばかりの第二次隊ではなく、
先遣隊など長期滞在している隊員たちでる。体内に相当、砂がたまっている」

陸自二佐C 「原因は特定されていないが、日頃から体を鍛えている精鋭たちだから
軽い下痢ですんだ。ブッシュの毒にまともにあてられて熱にうなされている総理大臣
の症状の方が深刻かもしれない」

 座談会はその現役自衛官3人に司会役の元陸自一佐Aを加えた恒例のメンバー
で始まったが、誰も多国籍軍参加を喜んでいる風はない。

    ***

元一佐A エシュロンへの参加の話、B君は聞いていたか?

二佐B 初耳です。参加といっても、正式に加盟するのは難しいでしょう。

二佐C アーミテージ米国務副長官はかねてから日本のインテリジェンス・
シェアリング、つまり、戦略的な諜報協力の強化を主張してきた。しかし、
アメリカにはCIAがあるが、日本には総合的な情報戦略をどこが担当するのか。
いくら首相が前のめりでも、受け皿となる組織がない。

元一佐A 内調(内閣情報調査室)には手に余るだろうし、外務省にそんなセンス
は最初からない。暗号化したつもりの機密公電をどんどんエシュロンに抜かれて
いたくらいだ。公安調査庁にも相手が巨大すぎる。

 ー防衛庁は?

二佐C 横田(在日米軍司令部)と市ヶ谷(防衛庁)は当然、情報を交換してきた。
統合幕僚会議の情報本部が通信電波傍受情報を渡し、米国家偵察局(NRO)の通信
画像データなどを受け取る。だが、情報量が圧倒的に違う。

元一佐A 情報戦略というのは、エシュロンに加わるから、データを交換しましょう
という次元の話ではない。はっきりいえばスパイの養成だ。国籍を捨て、目の色を
変えてまで国家に忠誠心を尽くす人材を持てるかどうか。

二佐B ある日突然、妻の口座に数千万円が振り込まれる。しかし、いつまで経って
も夫は帰ってこない。国家が残された家族の面倒を最後まで見る仕組みが日本には
ありますか。映画の話ではない。どこの国でもやっている。国家のために情報活動
に従事した者には、政権が代わっても家族の生活を保障する。

三佐D 私の同僚がある任務についていた時、身分証はいつもコインロッカーに
入れて鍵も隠し、一切身元がわからないようにしていました。

元一佐A 情報部員の教育はある意味で洗脳だが、そもそもこの政府にそれだけの
忠誠心を尽くす価値があるとは思えるかは疑問だ。

二佐B そうした体制整備や予算の裏付けもなく、エシュロンに参加したら、日本の
防諜能力がすぐに飛躍的にアップすると考えているのなら、総理は夢を見ている。
むしろ、アメリカの情報に完全にコントロールされる危険が大きい。

オウムから観える私 森達也

第五回 「憎悪」の正体

 「実は、事件の日の朝、尊師と電話で話したんです」
 「3月20日の朝ですか」
 「ええ。まさしく臨時ニュースが流れた頃です。別件で電話したんですが、
尊師も事件のことはもうご存じでした」
 「.........で、何と言っていました?」
 「驚いておられました」
 「驚く?」
 「ええ」
 「演技の可能性はありますよ」
 「もちろん、そう指摘されれば反論できません。可能性としてはありますよね。
でも本当に、これ以上ないというくらいに憔悴しきったような哀しそうな声
で、世間はこれもオウムの仕業にするのだろうかってつぶやいたんです。.
今さらオウムは事件と無関係とはさすがに私も思いません。
でも今も時おり、尊師のあの頃の声を思いだすんです。
あれが演技で出せる声なのだろうかって考えるんです」

 言い終えた広末は、その後は虚空の一点を見つめながら沈黙した。
僕も言葉はない。狭い室内で、麻原のマントラだけが
いつまでも響き続けている。』

『何よりも僕は、正義など相対的なものだし、
絶対の真実など存在しないと思っている。現象や事象には多面性がある。
どの角度から照射するかで事実関係は全然違う位相を示す。
人の内面だって同じだ。誰もが善であり悪でもある。そのグレーゾーン
をあくまでも主観的に表出することがドキュメンタリーの仕事だ。
要するに、客観的な正義や唯一の真実などに価値を持っていないし
信用もしていない。』

『でもこれだけ長くオウムと接していると、
あの事件は何だったのか?と考え込まざるを得ない。
個人差はあるが残された信者たちも皆、煩悶している。
「独学で教義をもう一度徹底的に検証したが、やはり
無差別大量殺人とはどうしても結びつかないんです」
と唇を噛み締める信者がいた。
「尊師の過ちでしょう」と明確に否定する者もいれば、「きっと何か意味が
あるはずです。今の私のレベルでは分かりませんが、いつかは納得できると
思うんです」と遠い目になる者もいる。
要するに質には多少の差はあるが、困惑の量ではこちら側と大差ない。

 何を今さらと思われるかもしれないが、そもそも地下鉄サリン事件
については、未だに動機が僕には分からない。

「日本征服という狂信的な野望を持った俗物教祖が、偏差値教育の弊害である
高学歴の若者たちを洗脳という手段で操って、間近に迫った強制捜査の目を
くらますために、地下鉄に無差別にサリンを散布させた」

 たぶんこれが、事件の最大公約数的解釈だろう。
でもこの説明で、なるほどそうかと膝を打てる人は本当にいるのだろうか?
事件を読み解くためには動機の解明は大前提だ。
でもオウムについては、この動機解明の段階でどうしても停止する。
事件直後も7年間が経過した今も、オウムは僕らの中で、
ずっと同じ位置にとどまり続けている。
だから宗教は怖いと短絡するのも一手だが、信仰がないことのほうが少数派
であるグローバルスタンダードに鑑みれば、この納得もいずれは破綻する。

 動機解明の袋小路に追いつめられたメディアは、「俗物教祖」や
「殺人マシン」「爆弾娘」などの語彙にさっさと逃げた。でも当事者である
社会には逃げ場がない。お前が足を踏んだからだと説明されたならまだしも、
いきなり背中から刺された理由が不明なままに謝られても、示談に応じられる
はずがない。だからこそ僕らはオウムに過剰に反応した。
過剰に怯え、過剰に憎み、その過剰さが慢性化して、いつしか麻痺し始めていた。
オウムに対しての憎悪と忌避を前面に押し出すことで、
この解明から目を背け続けてきた。その帰結として、事件直後7年
が過ぎた現在も、日本社会は深い傷を負い続けている。過去形じゃない。
麻痺は少しずつ伝播し、傷は広がり続けている。

 地下鉄サリン事件以降、小渕内閣で国旗・国歌法やガイドライン法、
改正住民基本台帳法や通信傍受法など、以前ならこのうちのどれかひとつ
だけでも、国会が解散するほどに揉めるはずの法案が立て続けに成立した。
そのツケが今になって、個人情報保護法や住基ネット、有事法制となって
現れている。この自体は当然予測できたことなのに、なぜあの時点で、
あれほどにあっさりと僕らは法制化を黙認したのだろう?

 オウムによって喚起された恐れと危機管理への焦燥が、このなし崩し的な
法制化の背景にあったと僕は見ている。タカ派的言質の政治家が圧倒的な
支持を得て、「国益」という言葉を流行語のように誰もが口にするようになり、
日本の歴史観を見直そうと主張する勢力が台頭し始めたのもこの頃だ。
その意味では黙認じゃない。社会はあの時、積極的に法制化を支持した
はずだ。戦前の治安維持法を想起させると一旦は棄却されたはずの破防法
が、その2年後には団体規制法と名称を変えてあっさりと成立したことも、
民意の変質としては象徴的だ。

 またこの時期、神戸の酒鬼薔薇事件を筆頭に、未成年者や精神障害者
による残虐な事件が頻発し、ライフスペースや法の華、あるいは大阪での
集団餓死事件など、宗教を背景にした事件も突然増加した。これらの
事件に共通するのは、動機や理由の不確かさだ。オウムによって体験した
「事件を解明できない」という不安と焦燥は、増え続ける被害者や遺族の
悲痛な心情をスプリングボードに、加害者への憎悪という形で一気に噴出した。

 未成年者の犯罪に対しては、矯正よりも厳罰を与えることを主眼に少年法
は改正され、精神障害者の犯罪を不問に付してはならないとの世論に応える
形で、精神保健福祉法も形を変えた。』

『荒木浩は沈黙し続けている。
社会もダメだけどオウムもダメだと僕が言い放ったからだ。
日本をこうしてしまった責任をとってくれと僕は言いたかった。
もちろんイチャモンだ。でもそのイチャモンに対しての、
荒木の本音を聞きたかった。

「............消えてくれって思う人が多いでしょうけど」
「消えればいい問題じゃないですよね。でもこの形よりあ、
華々しく消えちゃったほうがいいのかもしれない」
「..........消えないでしょうね」
「消えないでしょうね」

 吐息のような荒木の言葉を反復して、僕は溜め息をつく。
オウムに求めるべき問いじゃない。
徹頭徹尾、僕らが考えるべき問題なのだ。

 恐れによって喚起された他者への憎悪は
その帰結として、他者への営みへの想像力を衰弱させる。
そこに現れるのは、正と邪、善と悪、真実と虚偽などの対立概念に
単純化された二元論だ。

 日本がオウムによって剥きだしになったように、
世界は9.11によって剥きだしになった。

アフガニスタンに暮らす人々の日々の営みにほんの少しでも思いを馳せれば
、誤爆が頻発する空爆などできなかったはずだ。
シナイ半島で連日繰り広げられる自爆テロや戦車での砲撃も、
他者に対しての想像力を停止することが前提だ。

オウム信者だって泣いたり笑ったりする

「オウムの信者たちが、笑ったり悩んだり冗談を言ったりしていることに
まずは驚いた」

「A」そして「A2」上映後における顧客の、いちばん率直な感想だ。
信者たちの人間らしさに驚いたのならその後に、考えたら当然のこと
なのだと思い至って欲しい。アルカイダのテロリストも、イラクのバース党幹部
も、北朝鮮の特殊工作員も、人は皆それぞれの営みを生きている。
親がいて子供がいて伴侶がいて、泣いたり怒ったり笑ったりしながら
日々の生活を営み、愛したり裏切ったり絶望したりしながら少しずつ
老いてゆく。こうしてわざわざ文字にすることがバカバカしくなるほどに、
当たり前のことなのだ。

 でもその想像力を、共同体への帰属意識と引き換えに
僕らはいつのまにか停止させてしまう。
オウム信者は皆、洗脳されて感情を失った凶暴な殺人集団なのだ
という無自覚に思い込むことで、この忌わしい事件を処理しようとしている。
そんな矮小化された視点から事件や現象を再構築したところで、
憎悪が蔓延する世界はますます殺伐さを増すばかりだ。

 オウム以降の日本社会を撮り続けながら、組織共同体が持つ
共同幻想とそのダイナミズムによる暴走について、僕はずっと考え続けている
。子供たちの陰湿な苛めや薬害エイズに狂牛病も、商品ラベルの貼り替え
や自民党政治の腐敗も官僚たちの傲慢も、そしてアルカイダのテロも
アフガンへの空爆やイスラエルのパレスチナへの攻撃も、その全ては
組織共同体の無自覚な暴走がダイナミズムとなっている。
中世ヨーロッパの魔女狩りやクメール・ルージュによる大量虐殺、
ナチスドイツのホロコーストも構造は同様だ。
もちろん一部の指導者の猜疑心や被害妄想などがトリガーになった
可能性はあるが、臨海点まで達してしまう最大のダイナミズムはいつの世も、
共同体という「顔のない怪物」の無自覚な暴走なのだ。
その悲劇的結末を、僕らは60年前に身をもって体験したはずだ。』

『荒唐無稽と笑われるだろうか?確かに妄想かもしれない。
でも、ここにひとつの事例がある。関東大震災直後、朝鮮人が井戸に
毒を投げ込んだというデマが広がり、6千人余りの在日朝鮮人が
虐殺(この戦慄的な数量は、むしろ民族浄化という言葉のほうが適切だ)
されたという史実だ。
何よりも刮目すべきことは、この凄惨な虐殺の中心となったのは
軍隊や警察ではなく、善良な一般市民たちだったということだ。

 ひとりひとりは穏やかで、家族思いの父親や正義を愛する若者たち
だったはずだ。でもそんな彼らが集団となったとき、鳶口や鋤を手に
女子供までも含めての朝鮮人狩りが始まり、この地獄絵図のような
虐殺は関東一円で展開された。
他者への思考や想像力が停止したとき、僕らは優しく穏やかなままで、
これほど危険で残酷な存在になれるのだ。』

『共同体が内在する麻痺や無自覚な危険度が
圧倒的に飽和しているのは、オウムよりも今の市民社会のほうなのだ。

 事後に悔やむことばかりで歴史は積み重ねられる。
人はそもそもそういう存在なのだろう。
でも回避はできる。他者を思うことだ。妄想でもかまわない。
アルカイダのテロリストが操縦桿を握りながらビルの壁面に激突する瞬間に
、「アラーアクバル(アラーは偉大なり)」ではなく、母や恋人の名前を叫んだ
のだと僕は妄想する。貿易センタービルが崩落した瞬間に、アフガンの山中
でCNNの映像を眺めていたビンラディンが、「ここまでする気はなかった」
と思わず悲鳴をあげたと妄想する。事実かどうかはどうでもよい。
そもそももう誰にも分からない。与えられた情報だけではなく、
他者への営みや情感を想像し続けることで、思考停止や憎悪の輪廻
からは、きっと離脱できる。獲得する必要はない。
もともと僕らが持っていた能力のはずだ。

「もしもあなたの家族が地下鉄サリン事件で死んでいたら、あなたは
この映画を作れたか?」。以前、聞かれたことがある。答えはもちろん否だ。
映画どころじゃない。僕はオウムへの憎悪で身を焦がしていると思う。

 被害者や遺族の苦痛や慟哭を共有し、テロや戦争というメカニズムを
憎む気持ちは大切だ。しかしもしも今の社会が、悲嘆や苦しみではなく
他者への憎悪を共有しているとしたら、この輪廻は永遠に続く。

 蛇足を承知で最後に念を押す。
彼らの免罪のためじゃない。他ならない僕らのためだ。
(週刊朝日 2002年10月18日号 より転載)

オウムによって暴かれた日本人 

『見栄を張らないところが森さんのいいところである。なぜ、森さんだけが、オウム
のサティアン、青山事務所、各道場、どこまでもフリ−パスで入って撮影することが
できたんだろう。不思議である。ところが、その理由は呆れ返るくらい単純んだった。

「広報部に手紙を書いて、ドキュメンタリ−を撮らせて下さいと申し込んだのは、僕
しかいなかったんだって。つまり、他のマスコミからは一切、信者のありのままの生活
をドキュメンタリ−として撮らせて下さいという申し込みは、なかったそうなんだ」

 嘘みたいな話だけど、事実である。教団幹部へのインタビュ−とか、修業の様子
を撮影させろ……というファックスや電話は毎日何十本も来ていたそうだ。森さん
が撮影を申し込んだの1995年。オウム報道が一番加熱していた頃である。』

『ベルリン映画祭、香港映画祭など、外国の映画祭には招待されて海外では大きな
反響を呼ぶ。でも、日本じゃダメなのだ。森さん曰く「日本でこの映画を観た日本人
よりも、外国でこの映画を観た外国人の数の方が多い」「なんでなのかなあ?この映画
めちゃくちゃ面白いよ。オウム真理教の信者も変だけど、日本のマスコミな人々が
いかに変かってのがコメディみたいに描かれてるよ。最高なのになあ」』

『「A撮影日誌」では、こうして「オウム内部から外を撮り続ける」森さんの
心の声が言葉で語られている。それが映画にはない魅力だ。「自分はやっぱり
変なのじゃないか」と外を撮りながら思う。でも、撮らずにはいられない。
そこには、新しい真実がある。別のリアルがある。視点を変えると、常識と
思って来たものがひっくり返る。正義と思って来たものが豹変する。いったい
何が本当で何が嘘なのかわからなくなってくる。奇妙な倒錯。』

『「昨日の日経新聞を読んだ友人が、メ−ルをくれたんだけど、それがとても鋭い
内容だったんだ」と森さんが言う。「新聞にはね、サリン実行犯の二人の若者が
約束された未来を捨てて凶行に走ったのはなぜか、みたいな事が書かれてたらしい
んだ。それに対して『約束された未来、という言葉を何の疑いもなく使えるところ
が日本のマスコミは絶望的だ』って友人は言うんだよ。本当にそうだよね」』

放送禁止歌 

『放送禁止歌にはいろんなタブーが凝縮されてるんです。天皇制から身障者差別から
、部落問題からね。でも自分にとっては、数あるタブーの中でも部落問題がいちばん
曖昧だった。天皇制や障害者差別のように分かりやすくない。曖昧であるがゆえに、
タブーの本質みたいなものが内在しているんじゃないかなという予感はありました。

 これは主観的な表現になっちゃうけど、やはり歌としては『手紙』(岡林信康)
ですとか、『竹田の子守唄』(赤い鳥)ですとか、僕にとってすごく響く歌なん
ですよ。それがみんな部落差別を扱った歌だったんです。

身障者差別で放送禁止になった歌は、場合によっては悪ふざけしてる歌もある。でも
部落問題についての歌は、少なくとも僕が知ってる範囲では、ほんとに真摯な歌で。
これはぜったい埋もれさせちゃいけないという気持ちはあった。なにより僕自身がもう
一度きちっと聴いてみたかった。番組をつくる段になってやっと『手紙』や『チューリ
ップのアップリケ』(岡林信康)の音源を手に入れたんです。取材という事であちこち
に人を訪ねてようやくね。ずっと聴きたかった曲だから、それが嬉しかったですね。』

宇宙から観た地球人類 小松英星

『1976年北イタリアのセベソで農薬の工場が爆発し、除草剤2,4,5-Tの製造過程で
生成されたダイオキシンが周辺の住宅地に拡散しました。これによって、住民約3万人
のうち、子供を中心に皮膚に中毒症状(塩素ざそう)が現れたほか、ウサギ、猫が3300
匹死亡したのです。被害の拡大を防ぐため、住民736人が居住地から強制退去させられ
、家畜と食用家畜8万頭が廃棄処分になりました。この地区は、現在まで封鎖されて
います。
その後、1997 年の国際会議で、重大なデータが、発表されました。汚染の最も
ひどかったセベソA地区で、1977年4月から1984年12月の間にに生まれた子供に
ついて、男女の比率を調べたものです。それによると、両親の血清中のダイオキシン
濃度が高い9家族から生まれた12人の子供は、すべて女子だったということです。』

『これからの直下型巨大地震は、近い地質時代に繰り返し活動したという、活断層
上だけで起こるとはかぎりません。さらに、全世界の431基(1996年末)の
ほとんどが海岸に立地しているので、たとえば50メートルの津波がくれば、ひと
たまりもないでしょう。そのクラスの津波がありうることは、パプア・ニューギニア
の地震津波で立証されました。
また、河川のそばにあるものは、大洪水による危険があります
(1995年9月20日に、ロシアのコラ半島の潜水艦基地で、数隻の原子力潜水艦
の原子炉が、メルトダウン[炉心溶融]直前まで行くという事故がありました。
原因は、基地に供給している電力が誤って遮断されたためでした。炉の制御
システムが、エネルギー供給に依存している怖さを象徴した事故でした)』

『一刻も早くやるべきことは、全世界の原子力発電所の運転を停止し、
炉心から燃料棒を抜き取って相互に隔離することです。これをやっても、
人間が生きていけないことは、絶対にありません。たかだか、
各先進国で総エネルギー消費を1、2割落とすだけのことです』

『事実アメリカやカナダなどで開発された遺伝子組み替え作物の大半は、除草剤
対策が目的です。そのような作物は、強力な除草剤をかいくぐって生き延びたこと
、つまりそのように強力な除草剤に「曝露」されていることを意味します。

こうした作物(食品)が、日本には大量に輸入され、主に加工食品として日本人
の口に入っています。大豆、トウモロコシ、ナタネ、小麦などです。食品としては
、味噌、醤油、豆腐、納豆、食用油、パン、うどん、ということになります。』

『この状況の中での救いは、「消費者としての個人」の立場で選択できる、
無数の道が開かれていることです。「食」から始めるのが、近道です。

たとえば、昔ながらの、「ご飯に一汁一菜」の食事を主体にしてみます
(「食べられるうちに食べておく」のは、週1回か、月1回ぐらいにします)。

量が半分になった分、2倍長く噛めば十分です(ヒマラヤのポーターは、
日本人の3分の1の食事で、30キロの荷物を背負い、毎日30キロ歩きます)。

必要な栄養素はすべてからだが造りますが、ビタミンCだけは、適量を摂る
必要があります。その上で、お米は有機栽培の玄米か胚芽米にします。
たとえ価格が 1.5倍であっても、家計には余裕が出るでしょう。
お米は、身近に自然食品店などのルートがなければ、自力で開拓する
必要があるかもしれません。お米に限らず、信頼できる農家から
継続的に仕入れるようにできればベストです。
』

偽イスラエル政治神話 エヴロン

『偽イスラエル政治神話』(その22)
2章:20世紀の諸神話(その10)
3節:"六百万人"の神話/ホロコースト(その2)
[火による絶滅の教義を確立するための“ガス室”]

 なぜ、万難を排してでも、“ホロコースト”(火による犠牲的な絶滅)
の特別な性格を維持するために、“ガス室”という怪物で煽る必要
が生ずるのだろうか?

 一九八〇年になって初めて、著名なジャーナリストのボアズ・エヴロン
が、ユダヤ人の虐殺における独特の性格に、疑問を投げ掛けた。

《……重要な客人たちは、当然のこととして、……義務的に、
ヤド・ヴァシェム博物館に連れて行かれる。……そこで同情し、
自分自身にも罪があるのだという意識を抱
き、理解を深めるように期待されている》

《世間が自分たちを憎んでおり、迫害していることが分かると、
世間に対しての自分の行動への責任を免れた気持ちになる》。
世間と、その法秩序との関係について、妄想的な孤独感を抱く
ようになると、ある種のユダヤ人は、非ユダヤ人を劣等な人間として
取り扱うようになり、結果として、ナチの人種主義と良い勝負になる。
エヴロンは、アラブ人の敵意をナチの反ユダヤ主義と混同する傾向に、
警告を発している。
《国家の指導的階級を、政治的プロパガンダから切り離して理解する
ことはできない。なぜなら、それが、彼らの実体の一部として目の前に
あるからだ》とエヴロンは指摘している。
《その結果、政府の活動は、自分たち自身が作り出した神話と怪物が
、我が物顔に徘徊する社会の真っ直中で行われることになるのだ》
(ボアズ・エヴロン『ジェノサイド/民族の危機』80)

なぜ2001年9月11日だったか? 

『もし1998年8月のアメリカ大使館(ケニアとタンザニア)の
同時爆破事件の容疑者(9人)を裁くNY地裁での裁判予定日が
2001年9月12日に決まっていなかったら、
その前日の9/11は無かったのである。

米大使館爆破の犯人がイスラム過激派に断定されたため
翌年(1999年)に決まっていた(オスロー合意)
パレスチナ自治機構の独立は夢と消えた。

もしパレスチナが独立していたら、イスラエルは
国家存亡の危機に直面しただろう。

9/11の真犯人はアルカイダだろうか?
アルカイダがアメリカをテロに対する戦争に追いやるような愚行をするはずが無い。

アメリカのアフガン、イラク侵攻等、中東への軍事侵攻は
イスラエルを有利にするが、アルカイダにもテロ国家にとって
百害あって一利なし。全く何のメリットもないのである。

アメリカは9/11の犯人は米大使館爆破犯同様ビン・ラーディン
の仕業と決め付けているが、実は彼等には全く動機が無いのである。』

『イラクで奥克彦大使が乗っていた車が何者かに狙撃され大使は即死した。
テロリストの仕業と報道されたが、もし「日本は普通の国」だとテロリストが
信じていたなら(それはとんだ誤解だが)、日本で自衛隊のイラク派遣問題が
賛否両論に割れている最中にわざわざテロリストに対する敵愾心(実際国民には
抗議デモの発想すらなかった)を煽って自衛隊派遣を決定的にするだろうか。

何故ブッシュはイラク戦争後1周年記念演説で奥大使を長い時間をかけて
褒め称えたのだろうか。ブッシュもテロリスト同様、奥大使がテロリストに
殺害されればテロに対する怒りが日本中に広まると思っていたのである。』

『1941年12月8日のことだが、アメリカが誘導し、成功させた
日本の真珠湾攻撃が無かったらパックス・アメリカーナ
(戦後の自由陣営でのアメリカ支配体制)は無かっただろう。

今日まで起った世界の大事件は総て
「偶然ではなかった」ことが証明されている。

国家を、また世界を変えるこうした大事件は
誰が何故起こしたかを詮索する事は危険である。
しかし歴史は教えてくれる、
「真実の秘密は一定の成果を挙げた後、
それが世界にインパクトを与えなくなるまで
(普通30年後)明らかにならない」と』

911の真犯人 

『ロシアと中国がアメリカに協力したもう一つの理由は、アメリカがそれまで
中国やロシアが民主独立運動に対するテロ国家だとして非難してきたのを逆転させ
、独立や民主運動家たちをテロリストに仕立て替えることにしたからであった。

9/11以降アメリカはチェチェン独立運動もチベット独立運動や中国国内の
民主運動も総てテロ行為と認定し、ロシアと中国の非人道行為への非難を止めた。

そのためロシアや中国の民族独立運動や国内政治活動への弾圧は激しさを極めること
になったのである。アメリカはロシアや中国に非人道的行為を激化させることにより
、将来のロシアと中国に対する非難材料を蓄積したのである。9/11でアメリカは
両国の対米協力と両国に対する将来の叩き材料を一挙両得したのである。』

『9/11直前までアメリカのエネルギー会社(ユノカル?)は現在アフガンの
大統領になっているカルザイを顧問として雇いタリバン政権に対してカスピ海
からパキスタンのカラチ港に通じるパイプライン敷設の交渉を続けていた。
79年ソ連のアフガン侵攻の目的も、全く同じくカスピ原油の太平洋までの
ルート確保であった。ところが、アメリカの利益を代表カルザイとタリバン
政権とのパイプライン敷設交渉は完全に暗礁に乗り上げてしまった。

そのためネオコン(新保守主義者)バックのブッシュ政権は
タリバン政権との交渉を打ち切ると同時にアフガン侵攻を計画していたのである。

2000年、イラク(サダム・フセイン)はイラクの原油決済通貨をドルからユーロ
に切り替えた。これを期にイラン、北朝鮮、OPEC(中東原油輸出機構)諸国も
決済通貨をユーロに切り替える動きになった。もし中東産油国総ての原油決済通貨
がユーロになったらドルは暴落し、アメリカ経済はユーロに支配されることになる。

9/11直前、アメリカには正に生死に関わる事態が起こっていたのである。アメリカ
がイラクを占領したとたんにイランも北朝鮮もユーロを決済通貨にすることを断念。
9/11後米国内資産凍結を恐れて米資産をヨーロッパに移し、ユーロを決済通貨にした
OPECも今や資産も通貨も元に戻そうとしている。
さて9/11は誰が起こしたのだろうか?』

人間から転落 

ワシントン(CNN) 米国防総省は21日、米グアンタナモ基地の拘束者取り調べ
にあたって、ラムズフェルド国防長官が過激な尋問方法を許可した文書を22日にも
公開すると明らかにした。この内部文書は、ラムズフェルド長官自身が、国際法で
禁止されている拷問を容認した証拠だと指摘されているが、国防総省は、厳しい
取り調べ手法ではあっても拷問ではないと主張している。

国防総省関係者によると、公開される資料の中には、ラムズフェルド長官が
2002年10月に署名した覚書が含まれている。この中で長官は、
「water boarding」と呼ばれ、収容者を板にくくりつけて水に沈め、溺れさせる
という恐怖を与える尋問手法を、グアンタナモ基地において許可している。

国防総省筋によると、この手法は結局使われなかった。さらに2003年1月に
同省法律顧問が、この手法は捕虜の待遇を定めたジュネーブ条約に違反する
と指摘したため、同省は手法への許可を取り消した。

グアンタナモ基地の尋問担当者は、アルカイダ幹部と思われ、同時多発テロや今後の
テロ計画について重要な情報源と見なされたサウジアラビア人モハメド・カータニ
容疑者の尋問に、この尋問手法を使わせてほしいと上層部に許可を求めたという。
ラムズフェルド長官の覚書は、手法を使っていい対象を特定していないが、実際に
水攻めにして尋問する前には、改めて上層部に報告し許可を得るようにとしてある。

国防総省によると、カータニ容疑者への尋問では、この水攻めの手法を使う代わり
に、20時間連続の取り調べを強行したり、頭髪を無理矢理そったり、イスラム
教徒向けの食事でなく米軍用の食事を強制的に食べさせるなどしたという。 

だます病 

『 イスラエルに強制送還された5人のうちの一人は、
イスラエルのトークショーで、こんな問題発言をしている。
「われわれの目的は、同時テロのドキュメンタリーを作ることだったんだ」
・・・しかし、あのテロ攻撃があそこで起きると、彼らが前もって知らなかっ
たら、ドキュメンタリーなど作りようがなかったのではなかろうか?

 こうなってくると、様相が、ほとんど「陰謀説」じみてくる。
 フランス諜報局のレポートには、フロリダ州のハリウッドで、同時テロの首
謀者モハメド・アタの住んでいたアパートのすぐ近くに、モサド諜報グループ
のリーダーが部屋を借りて、テロリストたちへの諜報活動を行っていたと報告
されている。ちなみに、モサドのモットーは、「敵をあざむくことにより戦い
に勝利すべし」である。
 
 以上の情報を総合すると、「イスラエルは9・11の前に、米国で大きなテ
ロ攻撃があると知っていたが、米政府には警告しなかった」というふうに受け
取れる・・・しかし、それもまたすべての真実ではない。
 2001年の8月、イスラエルはテロリスト容疑者たちのリストを米政府に
提出しており、その中には、9・11のハイジャッカーのうち、4人の名前も
入っていた。しかし驚いたことに、その警告書には、「テロリストたちはアメ
リカ国外での攻撃を計画している」と書かれてあったのだ。

 9・11同時テロは、テロとの永久戦争の始まりとなり、結果的にはイスラ
エルに、パレスチナ人テロ組織を無制限に攻撃できる権限を与えてしまった。』

                 (抄訳・パンタ笛吹/TUPチーム)

大きな落とし穴 

『しかし現代は細かい説明を好まない。いわばいい加減なのである。昔の人
に言わせたらかなり無茶苦茶なのである。何でも「はっきり」した人が受ける
時代である。ヒットするイメージの第一条件ははっきりしていること。

日本の「曖昧」なイメージは決して受けない。世界の政経でアメリカが断然
抜きんじているのはアメリカが白黒社会であり、1+1=2の社会だからである。
今頃「わび・さび」など流行らない。何でも数字とグラフとサンプルで説明
されるモノがホンモノとされる。しかし、ここに大きな落とし穴がある。』

原油価格操作詐欺 

『8月12日、原油価格はNYMEX(ニューヨーク・マーカンタイル取引所)で45ドルを
越した。市場始まって以来21年ぶりの高騰である。原油の需給関係は決して逼迫して
いないのにこんなに原油価格が高騰するのは間違いなく「何者」かの仕業である。』



受益者は誰か? 増田俊男

増田俊男の時事直言!242号  (2004年3月22日号)

何故こうもタイミングがいいのか?

『*台湾の総統選の前日陳水扁総統が狙撃されなかったら、連戦候補が当選していただろう。』

『群衆の中から至近距離で撃った犯人が捕まらない。不思議だ?陳政権と中国は今後4年間緊張が続くが、アメリカにとっては中台への影響力は強まることになる。それは北朝鮮の危機がある限りアメリカのアジア軍事覇権が持続されるのと同じ政治力学。』

『*スペイン大統領選の前日列車同時爆破が無かったら、サパテロ(社会労働党書記長)対米批判政権は出来なかった。スペインの親米から反米への転換は親米だったポーランドまでアメリカのイラク戦争批判国に変えた。スペインの政変で欧州でのアメリカの孤立に拍車がかかってきた。これで益々中東での米欧コンセンサスは困難になり中東和平は遠のく。この変化を先取りしたイスラエルはパレスチナへ軍事侵攻を開始。中東ロードマップなど夢と消え、中東戦争が目前に迫ってきた。中東戦争の受益者は誰か?』

『*クリントン政権は世界資金の対米一極集中化のため緊張緩和政策を採ったが半面、小国まで発言力を強めた結果アメリカは国連での主導力を失った。ブッシュ政権になった時のアメリカはリセッション寸前、政治・経済で世界の主導権を完全に失っていた。そこで、9/11の同時多発テロが起きた。このテロが無かったら、テロに対する戦いでアメリカが世界を主導することは無かったし、アフガン、イラク占領も無かった。』

『もし1998年 8月のアメリカ大使館(ケニアとタンザニア)の同時爆破事件の容疑者(9人)を裁くNY地裁での裁判予定日が2001年9月12日に決まっていなかったら、その前日の9/11は無かったのである。米大使館爆破の犯人がイスラム過激派に断定されたため翌年(1999年)に決まっていた(オスロー合意)パレスチナ自治機構の独立は夢と消えた。もしパレスチナが独立していたら、イスラエルは国家存亡の危機に直面しただろう。9/11の真犯人はアルカイダだろうか?アルカイダがアメリカをテロに対する戦争に追いやるような愚行をするはずが無い。アメリカのアフガン、イラク侵攻等、中東への軍事侵攻はイスラエルを有利にするが、アルカイダにもテロ国家にとって百害あって一利なし。全く何のメリットもないのである。アメリカは9/11の犯人は米大使館爆破犯同様ビン・ラーディンの仕業と決め付けているが、実は彼等には全く動機が無いのである。』

『*お隣の韓国で、もしノム・ヒョン大統領が、与党の不正資金額が野党の10%を超えたら退任すると言わなかったら(大統領は10%を超えることは知っていた)、また大統領の身内に賄賂を払った大宇の会長を名指して非難しなかったら、そして会長が自殺(?)しなかったら、韓国国会の大統領弾劾決議は無かったし、来る4月の大統領選でノム・ヒョン大統領が再選される可能性は皆無だった。』

『*イラクで奥克彦大使が乗っていた車が何者かに狙撃され大使は即死した。テロリストの仕業と報道されたが、もし「日本は普通の国」だとテロリストが信じていたなら(それはとんだ誤解だが)、日本で自衛隊のイラク派遣問題が賛否両論に割れている最中にわざわざテロリストに対する敵愾心(実際国民には抗議デモの発想すらなかった)を煽って自衛隊派遣を決定的にするだろうか。何故ブッシュはイラク戦争後1周年記念演説で奥大使を長い時間をかけて褒め称えたのだろうか。ブッシュもテロリスト同様、奥大使がテロリストに殺害されればテロに対する怒りが日本中に広まると思っていたのである。』

『*1941年12月8日のことだが、アメリカが誘導し、成功させた日本の真珠湾攻撃が無かったらパックス・アメリカーナ(戦後の自由陣営でのアメリカ支配体制)は無かっただろう。』

『今日まで起った世界の大事件は総て「偶然ではなかった」ことが証明されている。国家を、また世界を変えるこうした大事件は誰が何故起こしたかを詮索する事は危険である。しかし歴史は教えてくれる、「真実の秘密は一定の成果を挙げた後、それが世界にインパクトを与えなくなるまで(普通30年後)明らかにならない」と。』


国益を守るシステム 増田俊男

『アメリカには危機管理システムが完備していているので、前回の大統領選ではアル・ゴアが圧倒的に勝利していたにもかかわらずブッシュが勝ったのである。フロリダのデントン郡では民主党が圧倒的に強かったが、重犯罪者の名目で2万票以上が無効とされた。不思議なことに無効になったのはすべてゴア票だった。こうした不正行為の証拠は「プライバシー」を理由に葬り去られたのである。アメリカの国益のためには人気を利用する(クリントン)ことも抹殺する(ブッシュ)こともある。アメリカの運命を選ぶのは国民ではなく、国益を守るシステムの存在であることを忘れてはならない。』


アメリカの借金を世界が払う仕組み 

『ドル基軸通貨制とはアメリカの借金を世界が払う仕組みと言い換えてもいいくらいだ。

2000 年11月、イラクの大統領サダム・フセインが自国の石油決済通貨を(フランスのシラク大統領に誘導されて)ドルからユーロに切り替えると宣言したことは、アメリカに大きなショックを与えた。アメリカはイラクの石油を買うためにドルを発行してユーロを買わねばならいばかりか、もしイラクに従う国が続出したらドル基軸制に傷がつく危険性があったからだ。まさにドル崩壊の危機である。イラクに続いてOPEC(石油輸出国機構)も決済通貨をユーロに換えた。

ブッシュ政権はサダム・フセインが起こした国家存亡の危機の真実を国民や世界にディスクローズすることは到底できなかった。そんなことをしたら反米国家は言うまでもなく、友好国までこのアメリカのアキレス腱をカードとして対米要求をエスカレートさせてくるばかりか、ドルを捨ててユーロに走る流れが世界に起きてドルはたちどころに崩壊してしまうからである。クリントン政権末期には、アメリカの存在を脅かすもう一つの大問題があった。

クリントン政権は二期8年間で防衛予算を6割も削減して世界の緊張緩和に努めた。緊張緩和はアメリカへの世界資金の一極集中には好都合だったが、アメリカの国際的威信は低下し、国連でのアメリカの主導権は全くといっていいほどに失墜した。ブッシュは政権の座に就くや、「ドル基軸通貨制」と「世界政治覇権」の危機に襲われたのである。』

『ブッシュ政権誕生早々、軍事シンクタンク・ランドコーポレーションの20年間にわたる軍事戦略報告書がブッシュによって採用された。ウルトラCの目玉は9・11であった。失われかけたアメリカの存在を支える二本柱を一挙に回復すると同時に、強化する戦略である。9・11でテロという新しい敵を創造し、世界をアメリカのテロに対する戦争に巻き込む。そしてイラク、北朝鮮、イランからの真の危機は決済通貨のユーロ転換であったが、偽って彼等をテロリストに仕立て上げ、「悪の枢軸」と呼んでアメリカの(ドルではなく)軍事上の敵にしたのである。アメリカのイラク戦争は、ユーロに支配された中東原油市場を力ずくでドル市場に変えるため。』

中東原油独占とイスラエル領土拡大 

『まず、アメリカの中東における国益は「中東原油独占」と「イスラエルの領土拡大」である。中東であれどこであれ、「民主化」による「民主政権」はアメリカの国益達成のための「インフラ」(場)でしかないことを認識しなくてはならない。ビン・ラーディンもテロリスト政権タリバンも、ロシアとアフガンの石油パイプライン争奪戦時はアメリカの同盟、盟友。サダム・フセイン独裁政権もイラン・イラク戦争ではアメリカの同盟国。イラクの大量破壊兵器も化学兵器もすべてアメリカがイラクに持ち込んだり製造したもの。何度も述べるが、ここでもう一度「アメリカの目的と手段(インフラ)」の使い分けをよく頭に入れておく必要がある。例えるなら「アメリカのイラク民主化は賭博場の呼び屋であって、目的はお客の懐に入っている金である」ことを、上客である日本は忘れてはならない。』

アメリカはイラクで大成功 

『日本のマスコミはイラクの現状を見て「アメリカのイラク政策は失敗」と言う。私は「アメリカはイラクで大成功している」と断言したい。過去の話だが、アメリカは今のテキサス(当時メキシコ領)にテキサス独立義勇軍を送った。3000人のメキシコ軍と戦った生き残り200人の義勇軍はアラモの峠に追い詰められ、死闘の末全員メキシコ軍に殺害された。そして目を覆うばかりの残忍な写真が全米に報道され、義勇軍の目と鼻の先に待機していた米精鋭部隊はあっという間にメキシコ軍を破り、テキサスをアメリカ領にした。吉田茂外相の腹心奥村勝蔵(駐米大使館一等書記官)に対米宣戦布告書を握り潰させ、真珠湾攻撃を「だまし討ち」に変えた結果が今日のアメリカの日本支配に繋がっているのではないのか。アラモの悲劇、真珠湾の敗北はアメリカにとって「失敗」だったのだろうか?』

『このプログラムが締結された時、私は「中東和平ロードマップはアメリカとイスラエルのアラブ諸国に対する宣戦布告書だ」と断言しました。パレスチナの現状では和平ロードマップは完全に崩壊し(失敗し)、第五次中東戦争勃発一歩手前になっています。アメリカが捕獲していながら故意にリリースした北朝鮮製15 機のスカッドミサイルは、今やイエーメン奥地のアルカイダ軍事訓練所にあり、イスラエル攻撃の準備万端ですから、気の毒ですが(イラクの内戦がサウジに飛び火するタイミングを見て)「イスラエルの大悲劇」(アラモの義勇軍、真珠湾攻撃の2200名の米兵同様)が起き、続いて第五次中東戦争勃発となるでしょう。イスラエルの悲願=領土拡大、米国の悲願=全中東支配にとって、中東和平ロードマップの失敗は果たして本当に失敗だったのでしょうか。』




バグダードバーニング リバーベンド

『 Aがこれを話すのを見たら、イラク人の殺されても死なないユーモアのセンスが心からナットク!されると思う。 Aはこんなふうだったのだ。頭には深い傷、顔の片面には青あざ、背中は蹴られ殴られて打撲傷、1キロ以上裸足で歩いて足は血だらけ、その Aがジョークを連発。「やつらはほんとは5千ドルでよかったのさ、だけど、ぼくは頭にきて言ってやった、少なくとも2万ドルの価値はあるって。よくまあ、ぼくの値打ちを5だなんて・・・結局、1万5千ドルで手をうったんだ」)』


椰子の木 リバーベンド

『この道は、平凡でとくに何もない。だが、とても荘厳な美しさがあって、それは道の両わきと2本の道を隔てる中間帯に植えられた椰子のゆえである。空港からバグダードに向かう道筋、両側から椰子の木に包み込まれると、ああ、椰子の木3千万本の国のやってきたと感じるのだ。

 占領後すぐに、街路の多くの椰子の木が、たたき切られた。占領軍が、「治安を理由として」やったのだ。わたしたちは見ていた。恐ろしさで身動きもせず。椰子の木は刻まれ、引きずられて、まとめて大きな穴に積まれた。墓穴のようなそこからは、茶色とあせた緑色がこぼれ出ていた。』

『椰子の木は、ブルドーザで押し倒され、踏みにじられる。わたしたちは見ていた。住民たちや果樹園の持ち主たちが、この木たちを見のがしてやってくれ、助けてくれと兵士たちに懇願している。地面には、砕けた枝、葉、まだ青い実が散乱し、木々の虐殺を物語る。人々は、枝や葉や青い実を拾い上げ懇願する。農民たちの顔は、目の前の惨事に呆然とうちのめされている。

わたしは、しわ深い農民の顔を思い出す。彼は、オレンジ4つを地面から拾い上げ、まだ青いその実をもって(柑橘は冬熟す)、カメラに向かって叫んだ__「自由ってこれか? 民主主義だって?!」 彼の10才くらいの息子は、怒りで目を涙でいっぱいにして、そばに立っていた。涙がほおを伝わるままに、静かに言った。「やつらが伐った木一本ごとに、5人ずつ死んでもらおうじゃないか」。”テロリスト”っていうの? 民主主義と自由の名において、家族の将来をめちゃくちゃにされるのを目のあたりにさせられた、おびえきったこどもを。』

『米軍兵士は、スピーカーでジャズをガンガンやりながら、ブルドーザを転がして、中央イラクの年代もののデーツ椰子、オレンジやレモンも根こそぎにした。米軍を攻撃するゲリラの情報を提供しない農民たちに対する集団的懲罰という新政策の一環である。』


死のギャンブルから地域通貨へ 森野栄一

『つまり、財産を抵当に入れて借り入れることは死のギャンブルを意味していたわけです。銀行は融資をすることで新規にお金を供給しますが、生産者は生産コストを賄うために元本を借り入れることでギャンブルを強いられることになるのです。なぜなら、製品を販売して元本(P)と利子(I)を合わせた分を回収しなければならないからです。そこで商品の総価格はPとIを足した額になりますが、もともと世の中にはPの分だけしかお金はなかったのです。ひとが消費者として使えるお金はPだけですから、決して全部売れるわけはないのです。製品のうちの最小限の額は売れ残らざるを得ないわけですし、少数の生産者は破産し、差し押さえの危機に直面せざるをえなくなります。利息があるお金の仕組みでは誰かが破産しているのです。ですから抵当という言葉は「死のギャンブル」といわれるわけです。

 経済学者のケインズはこの「死のギャンブル」を椅子取りゲームにたとえています。全員には足りない椅子を巡って、音楽にあわせデス・ギャンブルの生き残りゲームが展開されるわけです。ちょうどそれと同じように、世の中には、P+Iを賄うのに足りないお金しかなく、デス・ギャンブルが行われています。生き残れる可能性は常に利子率というお金を借りる時の、お金の値段によって決まっています。』

『金貸しが農民に金を貸す場合は、利子を請求します。いやだとはいえません。とにかくいま資金が要るんですから。そうして農民はこの資金を借り入れるさいの利子という費用を自分が作った穀物を売るさいに、その価格に乗せなければなりません。この穀物をパン屋が仕入れたとすれば、穀物の値段に入っている利息の分は当然、パン屋の売るパンの値段に入っていきます。結局、金貸しが上げる利益は社会が支払うことになるわけです。なるほど、働きもしないのに、金貸しの利益はうまい具合に増えていくものです。なぜなら、誰もが利子の重荷と付き合わなくてはならないからです。それに、このことが、富と権力の集中が続いていくことにもなるわけです。なぜならこうしたやり方で、事業が上げる利益の多くの部分が社会の一部の者たちの懐に入ってしまうからです。』

『自殺者は3万1734人で、過去最高でした。自死を選択せざるをえなかった事情は一人ひとり違うことでしょう。しかしおそらくその原因はよく似たものにちがいないはずです。必ずといっていいほどお金がからんでいるでしょう。また個人の自己破産申立件数は10万3803件で、前年に比して3万件以上増加していました。また地球大でみれば、途上国の累積債務は2000億ドルにも達し、たとえばメキシコなどは毎年、GDPの3割もが利払いで消えています。そうしたお金のシステムはひとを幸福にするものではありません。カネの切れ目が縁の切れ目の世界しかひとに提供しないでしょう。』

『彼が主張したのは自分たちのおかねを使えば、自分で自分の仕事を作りだせるということです・・・そうしたカルチャー・クリエイティブ(文化創造的)なひとたちは、おもしろそうだし、自分たちの利益になりそうだということで、話は実現されることになります。最初、わずか数十人ほどが、自分たちでお金を発行する、その発行と管理は自分たちが作った委員会でする、1アワーは10ドルとする、アワーを受け入れるひとは、自分のできること、提供できるものを売りにだし、機関誌で宣伝する、そんな簡単な取り決めで始めたのです。』

『自分がもっている特技が事業として成り立つなどと考えてもいなかったひとが、それで収入をうることができたり、地域の人々の収入も増えていきました。ドルで考えているかぎり表にでてこないような、ギブとテイクの関係がアワーで成立していったのです。アワーは3ヶ月後には3倍のひとが受け入れるようになり、それから9年、400種を超える商品やサービスが売買され、生協のグリーン・スターにとってもなくてはならないものになり、しっかり地域に定着していきました。』

『生産者に無利子の融資もしますし、農業者の協同組合に寄付をすることで、農民がいちばん資金を必要とする作付けの時期に作物の先買いしてもらい、安全な有機野菜を作る農家を支援するサポート・システムの運営に一役買っています。こうした取り組みはイサカの土地を守り、農薬や化学物質による汚染などからイサカという自然とひとを守っていることになります。』

『地域通貨は無利子で回るおかねで、ひとが積極的に使うおかねであることで、ひとの連帯を作りだします。誰でもがアワーを受け入れるとコミュニティの温かさのなかに入り、それが実感できる、そうした楽しさがあるからです。』


地域通貨は人がにこにこする仕組み 森野栄一

『人々の交流を引き出す仕組み、円貨では取引しにくいモノやサービスをやり取りする仕組み、かなり幅広い交易システムといいうるもの』

『地域通貨はなによりもこうした隠れ込んだニーズと能力を表にだし、助け合いや支え合いを復活させようとするもの』

『地域通貨は一種の感謝の気持ちの表明でもあるので、水系の保全につき負担の公平化を感謝券を配分することで行い、その感謝券が同時に地域通貨として水系を共有する地域で使われることで、かつて存在した水系を中心とした経済交流も深まり、同時に環境保全が達成できるのではないか』

『簡単に地域通貨の仕組みを言えば、それはまず会員制です。仲間を作り、そのなかで、会員同士がモノやサービスのやりとりをするわけですが、その清算を会員の誰としてもいい仕組みです。』

『Letsは多角間の清算のシステムともいえます。会員は各自、自分の口座をもち、なにかを購入した場合は自分の口座にマイナスがたちます。販売すればプラスがたちます。いわば口座上で貸し借りを精算するわけですが、会員全体からみると、プラス、マイナスは必ずゼロになる仕組みです。円貨をもっていなくても仲間になれば、モノやサービスの物々交換が大人数でできるしくみです。』

『どの場合も、各自の口座の残が変動することで、プラス、マイナスの貸し借りが多数の会員の間で精算されていくシステムには変わりありません。』

『わずかの部分でも地域通貨建ての部分がある取引では残りの円貨建ての部分は地域の仲間のなかで回るわけで、円貨を地域で循環させる効果があるからです。これは地域で物産の循環を促進する効果が期待できますし、なにより円が地域外へ流れでていきません。実際に、こうした方式で経済効果を上げて地域活性化をみているところがあります。スイスにはその一番発展した形のWIR(ヴィア)銀行があり、1930年代から続いていて60年以上の歴史をもっています。8割が中小企業の国であるスイスで、その2割弱がヴィアに参加しているといいます。景気の波に翻弄されることなくスイスの中小企業が元気なのは、会員間の地域通貨建ての取引部分が企業に抵抗力を与えているからといわれています』

『競争を強いる今のお金のシステムは、効率的な結果を生み出すようなことはできます。しかし、同時に他人に対していくらでも冷たくなれるような人間の側面を出します。だからそれだけのシステムでいくとバランスがとれないので、人間どんどん傾いていってしまうのではないでしょうか』

『コミュニティとか連帯関係とか、人間の優しい面とか、共存していく面だとかが自然に表れてくるシステムを人々が自分達のイニシアティブで作っていく必要があるでしょう』


マッチポンプ 田辺有輝

『しかしここで注目したいのは90年に1億5000万トンであった化学肥料使用量が95年には1億2500万トンと化学肥料の使用が急激に減少したことにある。

これは化学肥料の大量投与による表土流出が原因とされている。アメリカでは1エーカー(4000平方メートル)あたり年間7トンもの表土流出のある地域が中西部の穀倉地帯を中心に拡がっている。中国の状況も深刻で耕作を断念しなければならない地域が拡がっているという。

もう一つ深刻な問題が淡水資源の不足だろう。一人あたりの1年間の水資源が1960年に1万6500リットルだったのに対し2000年には7100リットルと予測されている。この中でアフリカや中東の水不足は特に激しい。
レスター・ブラウン氏は地球白書の中でこう述べている。 「1トンの穀物を輸入することは1000トンの水を輸入することに等しい。穀物は政府が自国の水勘定の帳尻を合わせるための通貨なのである」表土流出や淡水資源の不足が食糧の安定供給を脅かしている中、世界の一人あたりの穀物生産量は70年以降300キログラムで横ばい状態になっている。このように食糧不足が深刻になることが予測される中、その食糧の流通つまり食糧貿易が穀物メジャーと呼ばれる数企業によって独占状態であるということをご存じだろうか?』


日本に届かない小さな声 田辺有輝

『タスマニア第二の都市ロンセストンから北へ少し進んだタマーバレーという所に日本の企業が出資している植林地が点在している。三菱製紙、三菱商事、東京電力が共同出資してタスマニアの植林会社ノース社が手がけている植林プロジェクトの現場での事だ。

伐採後の野焼きによって真っ黒に焦げて残った切り株があちらこちらに転がっている。かつてここが森であったことがわかる。 「人間がスワンプに手を加えちゃいけないんだ。スワンプを壊すと水が手に入らなくなるから・・・この場所は最悪だよ。スワンプを残さずに皆伐してるからさ。」

私たちは沼地へと足を踏み入れた。焼けこげて残った幹、濁った水たまり、油の浮いた水面。言葉では言い表せないほどの気味の悪さ。アンドリューさんは続けた。「ここは樹齢300年とか400年の森だったんだ。それを切って植えることで温暖化対策だって?冗談じゃない!東京電力は電力会社なんだって?最低だな。」

タスマニアでは毎年22000haもの天然林が伐採されている。木材の量にすると東京ドーム4700個分にもなるらしい。そしてこのうち81%が日本に輸出される。パルプの材料の木材チップとなって・・・「林業」。この言葉の響きは日本では急斜面で枝打ちに励むおっちゃんたちを連想させるが、ここタスマニアではまさに「産業(はぐるま)」である。林業はタスマニア州の経済の30%を占めるという。タスマニアは島全体が一つの「パルプ生産工場」になってしまっているのだ。

タスマニア島の西半分は世界遺産に指定されている。その外側を囲うようにして伐採地が存在している。州政府も伐採企業には強いことが言えない。島のメイン産業だからだ。 「法律なんてあってないようなものさ。民主主義?そんなものここにはありゃしない」 アンドリューさんはそんな言葉を繰り返していた。伐採地からほどよい距離のところにパルプ工場がある。そして工場から道路は一直線へ港まで向かう。港に積み上げられた黄色いチップの山。その先は日本につながっているのだ。

アンドリューさんは別れ際にこんなジョークを言った。 「木材を運ぶ大型トラックに轢かれないように気をつけるんだぞ!」 伐採地、木材チップ工場、チップ用の港。それらをつなぐ道路には、木材を積んだ大型トラック、チップを積んだ大型トレーラーが我がもの顔に行き交っている。ベルトコンベアーのように・・・

そしてこのベルトコンベアーには息を引き取ったワラビーやウォンバットが血を流して横たわっている。日本に届かない小さな声が、ここにも存在していた。』


豊かさってなに? 小笠原ちか

『 けれども、アジアの現実はまったく想像を超えたものでした。それは、「思っていたよりずっと貧しかった」とか、「貧しさの厳しさを知らなかった」ということではなく、「貧しさ」という尺度自体を、私がもっていなかったということでもあります。

 「カンボジアは貧しい」と言われます。国際的な分類でも「LLDC(最貧国)」なんだそうです。でも、いったいカンボジアの何が貧しいというのでしょうか? 「日本に比べればお金がない」。たしかにそうです。でも、それが貧しさなんでしょうか?

 カンボジアは内戦に苦しんだ国だということです。けれども、私の見た限りではカンボジアの人たちは、驚くほどの速さで生活を再開し、笑顔をみせるようになっていました。いや、「この生活の楽しみ方は天才だ!」と思うことすらありました。いったい、この国は援助なんて必要としているんでしょうか?

 私がこのことを高山先輩に訴えたとき、先輩は「人間はそう簡単に絶望などしないんだよ。何かを思い描こうとしている。そのイメージをいかに助産するか? それが国際協力なんだねぇ」とボソリと答えてくれました。私には謎の多い言葉でしたが、「あぁ、援助というのは、豊かさとか貧しさとか関係ないんだな。豊かな人でも助けを必要とすることはあるし、それを貧しい人が助けることもあるだろうし... 」と何か足がかりとなったような気がしたのです。とにかく、国際協力を貧富の格差で考えるのは的外れだったのかもしれません。  』


見逃してはならない 高山義浩

『 問題というのは、えてして対象から一歩引いてはじめて見えるところで発生するものだ。だから、「援助によって村がこう変わりました」という対象だけを評価するような報告は、まるで干乾びたナスのへたのように凡庸で無意味なものである。

 援助が周辺に及ぼす影響とは、もちろん悪いものばかりではない。たとえば、僕は水不足に悩むある村で、井戸が掘られるのを観察したことがある。その村人たちにとって、初めて掘る井戸であったが、しっかりした井戸がやがて完成した。聞くと、日本のNGOが別の村で井戸を掘っており、それを手伝った村人から井戸掘りの技法が伝わったのだそうだ。おそらく、そのNGOは単なるハードとしての井戸を援助しただけでなく、ソフトとしての技法まで援助しようと努力したのだろう。このプラスアルファの努力によって、このNGOは、「1つの井戸を掘りながら100の井戸を伝えた」と言えるかもしれない。

 高校生や大学生のサークル活動ならともかく、専属スタッフを派遣するようなNGOならば「プロ意識」を持たなければならない。そして、「製品が売れさえすればいい」という考え方のメーカーが許されないように、NGOもまた「援助しさえすればいい」ではなく、結果的にそれが「社会や環境に対して、どのような影響をもたらしたのか」を検証する姿勢をも持つべきではないか。  どんなに精力的に活動しても、所詮NGOの活動は、対象国にとって「点」に過ぎない。だが、その小さな点が、ゆくゆく染みだすように広がってゆくのだ。そこを見逃してはならない。 』


君のような人間はたくさんだ 高山義浩

『 「じゃあ、もう来なくていいよ。君のような人間はたくさんだね」

 20年生きてきて、この言葉ほど動揺させられたものはなかった。なぜなら、僕はカンボジアでは、実にちやほやとされて来たのだ。「よく来てくれた」「ありがとう」「また来てくれ」「若いのに優れた行動力だ」。カンボジアは僕にとって気分の良い場所のはずだった。それが突然、「もう来るな」だ。これが動揺せずにいられようか...

 僕は、このまま会話を終わらせてなるものかと、男の目をじっと見た。立ち去らない。立ち去らせない。次の言葉を待ちつづけた。

「いま、カンボジアで急成長している企業を知っているかい?」

 男は、生ぬるいウィスキーをちびりとやってから、独り言のようにつぶやいた。

「さあ?」と僕。考えたことも無かった。
「ビール会社とタバコ会社さ... その意味がわかるか?」
「・・・」
「それ以外は全部援助だ。産業が成長できるはずがない。つぶされてんだよ」

 今度は、頭をガンと殴られたような思いだった。つまり、一、二の三と揺さぶられたあと、壁に叩きつけられたわけだ。もう充分だった。 』


過去最大の挑戦 中村哲

『小生が何年か毎に「過去最大の挑戦」というせりふを述べてきたので、事務局の中には「またか」と思った方もあるかも知れませんが、今度ばかりは生きた心地がしませんでした。かつて十数年前、弾丸が飛び交う場面で仕事をしたこともありますが、今となっては大した苦労ではなかったように思われます。2001年の空爆下の食糧配給に劣らず、誇張なく、これほど緊迫した状況は生涯でありませんでした。

水路建設に携わった日本人ワーカー16名、殆どが20代の若者たちです。強烈な陽射しと冷たい水の中で、現地の人々と一緒に、汗と泥にまみれて働きました。休日返上、朝は5時に起き、時には夜遅くまで、時には冷たい雨の中で必死の作業が続けられました。直接現場に赴く者はダラエヌール診療所に寝起きし、或る時は現場監督、或る時は先頭で働く作業員、または重機の運転手として、よくそれぞれの持ち場を守りました。この3カ月だけは医療・農業関係のワーカーたちも動員され、カーブルやカラチ、ラホールまで重機の購入に赴いたり、現場で働いたりしました。事務は事務で仕事量が膨大となり、会計、買い付け、事務所管理など、重責をよく果たしました。

アフガン人作業員たちもよく働きました。大半が旱魃でやられた村の人たちだったので、「水が来る」という希望もあり、士気が高かったと言えます。また、農民たち自身が優れた石工であり、岸壁の石積みや蛇籠(ふとん籠)の石詰めをたちまち習得し、石工不足の杞憂は苦もなく解消しました。蛇籠のワークショップで熟練工と言えるまでになったのも彼らでした。』

『人々はどうしても華々しい場面だけに眼を向けがちですが、日本では考えられない不便さの中で、資機材の調達や行政との折衝、地元民との交渉、どれ一つとっても、PMS全体の総力をあげた協力が必要でした。例えば、蛇籠生産に必要な針金の調達はパキスタンからの輸入に頼らねばなりません。これまで作られた約5000個の蛇籠に使われたワイヤが100トン以上、買い付けと輸送は全てペシャワールの基地病院が行いました。日本と同様、実に無数の協力が地下茎のように現場を支えていたことを強調したいと思います。それでも、診療はもちろん、井戸関係の仕事が大きな支障なく継続されたことは、奇跡に近く思われます。』

『特筆すべきは、この水路が決して小生の発案ではなく、先人たちが築いてきた伝統技術の模倣である点です。コンクリートは水門の一部と架橋に使われただけで、殆どが現地で維持可能な伝統的技術が用いられました。肝腎の堰は、基本的に筑後川本流にある山田の斜め堰が参考になりました。詳細は割愛しますが、結果的に驚くほど似た構造のものとなりました。水路は底面幅4メートル以上、上部幅6メートル以上、護岸は高さ1メートルの蛇籠を二段重ねて水路壁とし、この上に土嚢を三段に積んでその隙間に沢山の柳を植えました。こうすれば、数年のうちに柳の根が水路をバスケットのように地下から包んで保護します。わずか2キロメートル区間に植樹された柳は、1万本を超えます。

水路は全長14キロメートルで、まだまだ先がありますが、今回の突貫工事で半分が出来たといえます。それは、現地で入手できる素材の使い方、重機の扱い、作業員の監督などに習熟し、土質や地形の理解を深め、人々の圧倒的な支持を得たからです。また、敢えて貯水池を水路に組み込んだのも、意味があります。流量の調節もありますが、日本で無数に見られる堤が現地で皆無に等しく、年々消えてゆく山の雪に代って今後重要な役割を果たすと確信されるからです。』


平和を耕す 中村哲

『規模として大きなものは、やはり用水路ですが、これは砂漠化した耕地が意外に広大で、これに合わせて川幅を思い切り大きくとり、2000ヘクタール以上灌漑を目指すようにしました。最も難所である最初の6キロメートル区間はほぼ年内に掘削完了の見通しです。取水口の工事は、最も水位の下がる12月を目指して、全力を挙げて準備されていました。伝統工法を大幅に取り入れているため、用水路の基本要素は、石と土と植林です。柳の木が水路保護の主役となるので、とりあえず約5000本の柳、その外側には同数の桑の木を植えます。数年後にはおそらく見事なグリーン・ベルトが、砂漠の中を延々十数キロ続くことを思うと、愉快でもあります。取水口には、大量の蛇籠1500個が使われますが、これも既に生産を完了していました。』

『サツマイモはツルで簡単に増やせ、しかも水が少なくて済みますから、この大干ばつのさなか、広まれば大変な貢献になるはずです。   一昨年、拙著『医者井戸を掘る』が話題になったことがあります。橋本君いわく、「さらに『医者川を掘る』を綴った後、『医者芋を掘る』の三部作にしてはどうか。緑の木陰の水路沿いで、焼きいも屋を開いてはどうか」と提案。小生答えていわく、「その際は、君に『青木昆陽之介・芋の守・橋本康範』の号を与える。用水路完成のあかつきはイモ数百石の禄高に封ずる。『医者芋を掘る』の大団円は、芋を食って腹の張った我等が、おならを落としてスカッとする。即ち、全ての援助騒ぎは屁のようなものであったということを悟って、終わるのだ」。』


平和には軍事力以上の力がある 中村哲

『私たちPMS(ペシャワール会医療サービス)がアフガニスタンのクナール州で用水路を建設中だった今月(11月)2日、発破作業を攻撃と誤認した米軍ヘリコプター2機が機銃掃射した。作業地の平和は一瞬にして吹き飛ばされた。クナール州には現在、米軍の兵力が次々と集結している。当地の治安状況は私が滞在した20年間で最悪になっている。

いま、ほとんどが農民であるアフガンの人々が切実に欲するのは、食糧と平和な村々の回復である。この4年、東部アフガンは未曾有(みぞう)の干ばつで耕地が砂漠化し、大量の難民が発生している。彼らが大都市に流れ、治安悪化の背景をなしていることは意外に知られていない。

こうした事態に対応するため、私たちは井戸掘りに努め、これまでに千本の井戸を造った。さらに、用水路も建設中だ。これは十数万人の帰農を促し、少なからず地域の復興と安定に寄与するはずだった。にもかかわらず、このところ現地では米軍のアルカイダ掃討作戦による誤爆が頻繁に起こり、住民の米軍への敵意が日増しに高まっている。

イラクと同様、アフガンでも、米軍に対してだけではなく、国連組織や国際赤十字、外国のNGOへの襲撃事件が頻発している。地元民から襲撃を受け、すでに撤退した国際団体もある。「人道支援に赴いたのになぜ」といぶかる日本国民も多いと思う。

現地が反発するのは、復興援助が軍事介入とセットになっているうえ、外国側のニーズ中心で民意とかけ離れたものになっているからだ。「タリバーン政権は問題もあったが、アメリカの介入はもっと嫌だ」というのがアフガン民衆の本音だろう。

地元民は「タリバーンに代わって(米国の)デモクラシーがきた」と言い、嫌なものが入れ替わっただけと受け止めている。しかし、大っぴらに言えば「アルカイダ協力者」と烙印を押される。

結局、暴力による干渉はろくな結果を生まなかった。人々が生きるための支援なら軍隊は必要ない。これまでPMSは一度も攻撃を受けたことがない。

今回、私たちは「テロリスト」からではなく、「国際社会の正義」から襲撃された。日本政府がこの「正義」に同調し、「軍隊」を派遣するとなれば、アフガンでも日本への敵意が生まれ、私たちが攻撃の対象になりかねない。すでに私たちは車両から日章旗と「JAPAN」の文字を消し、政府とは無関係だと明言して活動せざるを得ない状況に至っている。 

平和には軍事力以上の力がある。国是である平和主義を非現実的だと軽んじ、米国の軍事力行使だけでなく、自衛隊の派遣すらも是認しようとする日本の風潮は危険かつ奇怪である。』寄稿記事〔朝日新聞 オピニオン 2003年11月22日(土)〕


戦争の傷痕 高見邦雄

『 ところが、日本についた中国人たちは、
 地元の人間が、多かったんですよ。
 逃げて帰るところがない。
 大同の農村で、私が知りあったなかにも、
 日本軍の散髪をしていたために、
 そのあともずーっと、日本の協力者だとみなされた、
 家族がいました。
 なにかの政治的な変動期には、
 「おまえの一家は、日本軍に従った」といって、
 激しく、糾弾されたというんですよ。
 勝ったはずの中国人のなかに、
 深い亀裂が残された。』

『 私は、大同の農村を回るなかで、
 絶対に戦争をしてはいけない、
 とくに、よその国にいって、戦争をしてはいけないと、
 強く思うようになりました。
 それは、そういう経験を通じてのことです。』
(緑の地球ネットワーク事務局長)黄土高原だより(NO.236)


無時間    見田宗介

『 時間というものは限りがなく,無限の彼方から無限の未来に向かって流れている。それは一直線であり,元には戻らない。そして,数えたり足したり割ったりすることができる──。それが科学的な見方だと私たちは考えています。しかし,古今東西さまざまな社会文化を通して人々の時間の考え方を見てみると,私たちが考えている時間は,近代という時代に特有のものだといえます。

 実際,時間というものはどこにも存在しません。時間とは人間が世界をとらえる際に利用している「枠組み」に過ぎないからです。』

『こうした交易の進展という背景から,貨幣と時間の数量化という概念が古代ギリシャにおいて双生児のように現れました。

 実は,時間の働きは,貨幣の働きと同じということができます。』


意識の科学  タゴール

『タゴール:しかし、科学は月も無数の原子がえがく現象であることを証明したではありませんか。あの天体に光と闇の神秘を見るのか、それとも、無数の原子を見るのか。もし、人間の意識が、月だと感じなくなれば、それは月ではなくなるのです。  

 アインシュタインは『物理学はいかに創られたか』を、以下のように締めくくった。  「長い時間をかけて、読み解こうとした自然の謎物語。それは、完結することはないのです。重要な進歩は、いつも新しい問題を引き起こします。そして、古い見方と新しい見方との劇的な闘争の中に、私たちは、理解に対する永遠の憧れと世界の調和への信念を固めるのです。」
 ドイツの作家ミヒャエル・エンデ曰く「問題は、科学の利用の仕方ではなく、私たちが、今までとは異なった別の科学を必要としていることです。その思考、その研究全体が、はじめから人間の尊厳を考えている科学:人間を無視しない科学がそれです。科学者の認識が行われるところは、科学者自身の意識に他ならないことを忘れない科学です。ハイゼンベルクの言葉があります。『今日、われわれが原子の構造を見たとしよう。そこに、われわれは、何を見るであろうか。そこに見るのは、われわれの意識の構造そのものなのである。』」
 アインシュタインの言葉「私が、がんこな老いぼれだと見られていることは知っています。しかし、私はサイコロ遊びを信じません。誰かが、出発点からやり直した物理学を、百年後に、きっと作ってくれると思うのです。」 (アインシュタイン・ロマン NHKエンタープライズ 1991年より)


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