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アショカ王の話
メガが彼の話のなかでビハールのとても怖い体験を話してくれたので、そのことに関して、インドに詳しいダルマディープに聞いたところ、こんな話をしてくれた。ちなみに、日本でアショカ王は有名ですよね。あの錆びない鉄塔をインド中に建立した王様として。それは社会科の教科書にも載っているし、雑誌の「ムー」にもよく取り上げられます。




アショカ王はかつて大量殺戮をしていた。だがある日…

ダルマディープ:  アショカ王が大勢の人間を殺戮し終えたとき、ちょうどそのとき、彼は座っていた。彼は喉が渇き、水を川から汲んでくるように命じた。しかし、彼の兵隊たちが帰ってきて、「王様、恐れながら、飲むことのできる水がございません」と言った。「なんだと?水がない?どういうことだ?」それは、彼の軍隊が、川上で大量の人間を殺戮したために、その血が川に溢れ出して、川が血の色をしていたためなのだ。「敵の血にまみれた、その水を飲めと言うのか!」彼はとても悲しくなった。「いったい私は何をしているのだ?これでも王と言えるのか?自分の飲み水もなく、兵たちも喉が渇いている。そんな王は王ではない。私は善人ではない」彼はとても惨めな思いをした。


一人の修行僧が「ブッダンシャラナンガッチャミ」とブッダのマントラを唱えながらやってきた

     そのとき、一人の修行僧が通りがかった。その僧は「ブッダンシャラナンガッチャミ」とブッダのマントラを唱えていた。それでアショカ王がその僧を呼び寄せると、「私は気分がよくありません。実のところ、頭が変になりそうです」と言うと、その僧は「わかっておる。何も言わないこと。そしてあなたのしたことを懺悔することだ。そうすれば物事はよくなる。しかし、仏教徒にならなけらばならない。ブッダの教えに、慈悲と愛の道に従いなさい」と言った。彼はひざまずいて、懺悔した。「これより先、私は決して戦を起こしません。そして私は僧になります」とね。彼は僧になり、そして彼の軍隊の全員に僧になるように命じた。すべての男が仏教徒となり、僧となった。そしてアショカは、「世間を捨て、家族を捨て、妻子をすてて僧となり、私に付いてきなさい 」と命じたのだ。



ダルマディープ

残された妻子は呪った




     アショカは王であり、そして命をくだした。だから、皆それにしたがわねばならなかった。僧となり、家族を捨てた。残された妻や子供たちが泣いていた。それは王の命だったのだ。どうすることもできない。すべての男は一夜にして僧になった。だから、残された妻や子供たちはアショカを呪ったんだ。夫を呪ったんだ。それで、今日でも、ビハール州は、アショカ王の出身地であり、ブッダが光明を得た、そのビハールはインドで最も貧しい州になっている。洪水に頻繁に襲われ、ひとたび洪水がやってくると、すべてが洗い流されてしまう。ガンジスや他の川が流れ込んでくるために、ひどい洪水になる。また夏の季節になると、ビハールは猛暑に襲われ、大勢の人々が死ぬ。
    インドの神秘化OSHOは言う。「ビハールは呪われている。それは呪われた土地だ。女どもが泣き、子供たちが泣き、彼らは死んだ」 残された妻や子供の呪いがビハールの土地に深く染み付いているのだ。だから、その影響が今日も続いている。ビハールはインドでもっとも貧しい州。そればかりか、インドで最も犯罪の多い州となっている。それはビハール州を電車に乗って移動するだけでも危険がともなうほどだ。


私がビハールを旅したとき…

    私は、一度だけビハールを旅したことがある。1982年のこと、私は数人の友人たちとビハールへ行った。私はネパール人だから、祖国のネパールに向けてビハールを通過したときのこと。そのとき、私はたまたまネパールの刀であるククリというものを持っていた。ククリは、私たちネパール人は日本の刀のように持っているものだ。日本ではもう使われていないだろうが、ネパールではまだ、ククリも持っている人が多い。ネパールを旅行すれば、ククリを持っている人を見かけることもできる。このククリは首をはねるのに最も適している。牛の首をはねようと思ったら、簡単にはねることができるよ、このククリを使えばね。ちょっとしたコツを学べば簡単なんだ。私はネパールで武士の階級に属していて、幼い頃からこのククリの扱い方を練習させられた。そのとき、それをたまたま持っていたんだね。乗っていた電車はムンバイ(旧ボンベイ)からカルカッタに向かう特急電車だった。特急とはいえ、インドの特急だから、日本の新幹線のようなわけにはいかないがね…。


電車のなかで子供の盗賊に出会った

    ムンバイからカルカッタに向かう特急電車がビハールに差し掛かり、ある駅で一時停車をした。それは早朝の5時ころだった。私は寝台から起き上がると、外に出て、チャイ(インドのミルクティー)を飲みにプラットホームに出た。しばらくして私の寝台に帰ってくると、そこに数人の男の子たちが乗っているではないか。その寝台には私のスーツケースやらカバンが置いてあった。私は彼らに「ここは私の席なんだが、どいてくれないか?」と聞くと、彼らは「ここは俺たちの席だ!」と答えてきた。彼らは電車が走り始めるまでそこに居座って、電車が走り始めたら飛び降りる計画に違いなかった。それで私はククリを持ち出さざるを得なかった。彼らはそれを見るや、何ももたずに電車を飛び降りた。私のようにククリを持っていれば、まだましかもしれないが、そうでもない限り、インドのビハールを電車で通過することは、あまりオススメできない。ビハールは呪われている。





「また、お会いしましょう!」ダルマディープの話はまだまだ続く!


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