メインページ | 最近の更新 | ページを編集 | 履歴 |

印刷用の表示

54.81.139.56 (Talk)
ログイン | ヘルプ

オープン・コミュニティ

Oh!Ah!Now! Wombat - 自由なバザール

古い記事はここに置いてあります:http://now.ohah.net/commune/

基本的なヴィジョン: 次のステップ

個人:

機関:


最近、オープンソース・ソフトウェアを公式の道具として宣言して、実際に導入をはじめている地方自治体が世界中で出て来ている。

南米では国をあげて、オープンソース・ソフトウェアに移行すると言っている。

新しい社会への移行がどのように起きるかと言うのを10年前に感じてそのヴィジョンをお話しにして人類解放の歴史概略に書いた事がある。今までの変化をみていると、このヴィジョンに沿って物事が起きている。だから、僕は自分のヴィジョンを描く能力をすこし信頼している。

今朝、新しいヴィジョンを感じたので書いておこうと思った。

その前に、個人的なメーリングリストの中で書いたその一つ前の段階のヴィジョンがある。これは、後で見付けて来て書くので、時々未に来て下さい。


人類解放の歴史概略を今読み直してみたら、日付が1999年12月になってた。 10年前どころか、5年前、いや4.5年前だった。

ここまでの大きな変化が5年たらずで起きたんだね。

ただこのヴィジョンを感じていたのは、1985年頃にストールマンがコピーレフトの概念を生み出した時に『ああ、こんな未来になったらいいな。でも、無理だろうな』って感じに感じていた。

コピーレフトというのは、新しい世界に導くある種の「良いウィルス」なんだよね。個人が感染するのも肝心だし、組織が感染するのも必要。

オープンソースのソフトウェアが入って行くというのは、「コピーレフトの良いウィルス」に感染する事を意味するんだ。それはソフトウェアだと思って使いはじめるのかも知れないけど。

そうして、ひとたび感染したらそれは色々な場所に、色々な範囲へと広がって行く。ひとたび「共有/協調する味わい」「創造を共有する味わい」に触れたら、それを他の場所へも広げたいと誰もが感じるはずなんだ。『もし、それでうまくやって行けるなら、良いけどね』。そうして、案外それでやって行ける事が経験的に分かって来る。

「独占するのが最良の方法」だと思っていた人も、「必ずしもそうではなくて、共有できるものは共有して、共同でできることは共同でしたほうが、効率が良いし、コストも抑えられて、なおかつ、そこから自分達が利益を得る事ができる方法がある」って気がつく。

「すでにある大独占企業、大独占国家に対して、独占的手法で対抗しても難しいけど、共有/協調的方法でやったら、彼らに十分対抗できるし、少くとも生き残って自分達のやり方で生活する事ができる」ってことが分かって来て、それをするためのノウハウも創造されてくるんだよね。

少くとも、インターネットは「自由なソフトウェア/コピーレフト」で運営されているし、その上の情報もある程度「共有」というやり方になってるでしょ?それになれて来て、それの上で育って来ると、「共有」というのや「共同作業」というのの味を味わうんだよね。それは次世代の子供達が生きている場所なんだ。

常時接続のインターネットが来たその時から、革命は順調に始まるって分け。個人に感染しちゃうの。全員が感染する分けじゃないけどね。潜在的な人物に感染して、それを勇気づけちゃうってわけかな?

の違いって言うのかな?

「必要悪」だと思っていた人が「必要でもないんだよ」って分かりはじめたら、それで十分ってわけ。

love
setu


[メインページ]
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
最近の出来事
ページを編集
記事の会話
履歴
リンク元
リンク元の更新
特別ページ
バグの報告