オープン・コミュニティ
基本的なヴィジョン: 次のステップ
- /自由な世界のビジネス
- 今朝、散歩をしてながら思っていたんだけど、『デジタルに自由な世界のビジネス』っていうことを最近話していなかったね。だから、共産主義という話が出て来る。ソビエトも、中国も、どちらも自由な世界ではなかったね。それは自由な世界を作ろうとして革命をしたんだけどね。どうも原理的に問題があるようだ。あれは、共産教という新しい宗教だったんだね。人間を信頼していないことがベースになっている。憎しみがベースにあるんだね。コピーレフトの自由な世界というのは、人間を信頼する事がベースにある。遊びがベースにある。好きな事をするのが一番良い事だっていうのが、ベースにある。
- /オープンな地方自治体 - 市政府の変容
- 世界がオープンコミュニティになって行く段階として、オープンな個人の誕生と成長、オープンな共同体の誕生と成長が必要だけど、オープンな個人の数は増えて行っているし、質も成長して来ている。コミュニティも、新しいコミュニティが、オープンな個人のネットワークによって生まれて来ている。仮に、現在の政府がオープンコミュニティへと変容しなかったら、いつか政府は消えて行くだろう。ある時期に、新しく育ったオープンコミュニティが、実際の政府の機能を置き換えて行くと思っている。それで、ある時期に、政府は『オープンコミュニティへと変容するか?』または『不必要になって消えて行くか?』の選択を迫られる時期がくる。このことは、政府に限らず、あらゆる組織に当てはまるかも知れない。企業や地方自治体、教育機関がこれに含まれる。
個人:
機関:
最近、オープンソース・ソフトウェアを公式の道具として宣言して、実際に導入をはじめている地方自治体が世界中で出て来ている。
南米では国をあげて、オープンソース・ソフトウェアに移行すると言っている。
新しい社会への移行がどのように起きるかと言うのを10年前に感じてそのヴィジョンをお話しにして人類解放の歴史概略に書いた事がある。今までの変化をみていると、このヴィジョンに沿って物事が起きている。だから、僕は自分のヴィジョンを描く能力をすこし信頼している。
今朝、新しいヴィジョンを感じたので書いておこうと思った。
その前に、個人的なメーリングリストの中で書いたその一つ前の段階のヴィジョンがある。これは、後で見付けて来て書くので、時々未に来て下さい。
人類解放の歴史概略を今読み直してみたら、日付が1999年12月になってた。 10年前どころか、5年前、いや4.5年前だった。
ここまでの大きな変化が5年たらずで起きたんだね。
ただこのヴィジョンを感じていたのは、1985年頃にストールマンがコピーレフトの概念を生み出した時に『ああ、こんな未来になったらいいな。でも、無理だろうな』って感じに感じていた。
コピーレフトというのは、新しい世界に導くある種の「良いウィルス」なんだよね。個人が感染するのも肝心だし、組織が感染するのも必要。
オープンソースのソフトウェアが入って行くというのは、「コピーレフトの良いウィルス」に感染する事を意味するんだ。それはソフトウェアだと思って使いはじめるのかも知れないけど。
そうして、ひとたび感染したらそれは色々な場所に、色々な範囲へと広がって行く。ひとたび「共有/協調する味わい」「創造を共有する味わい」に触れたら、それを他の場所へも広げたいと誰もが感じるはずなんだ。『もし、それでうまくやって行けるなら、良いけどね』。そうして、案外それでやって行ける事が経験的に分かって来る。
「独占するのが最良の方法」だと思っていた人も、「必ずしもそうではなくて、共有できるものは共有して、共同でできることは共同でしたほうが、効率が良いし、コストも抑えられて、なおかつ、そこから自分達が利益を得る事ができる方法がある」って気がつく。
「すでにある大独占企業、大独占国家に対して、独占的手法で対抗しても難しいけど、共有/協調的方法でやったら、彼らに十分対抗できるし、少くとも生き残って自分達のやり方で生活する事ができる」ってことが分かって来て、それをするためのノウハウも創造されてくるんだよね。
少くとも、インターネットは「自由なソフトウェア/コピーレフト」で運営されているし、その上の情報もある程度「共有」というやり方になってるでしょ?それになれて来て、それの上で育って来ると、「共有」というのや「共同作業」というのの味を味わうんだよね。それは次世代の子供達が生きている場所なんだ。
常時接続のインターネットが来たその時から、革命は順調に始まるって分け。個人に感染しちゃうの。全員が感染する分けじゃないけどね。潜在的な人物に感染して、それを勇気づけちゃうってわけかな?
- 「独占する事でどういう風に自分を有利に進めて行くか」って考えるタイプと、
- 「独占的手法は、まあ必要悪だからしかたない」って考えるタイプ
「必要悪」だと思っていた人が「必要でもないんだよ」って分かりはじめたら、それで十分ってわけ。
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setu
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