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オープン・コミュニティ/オープンな地方自治体

Oh!Ah!Now! Wombat - 自由なバザール

< オープン・コミュニティ

政府からオープンな共同体への移行

現在の普通の政府は、独占的でありたいと願っている企業との繋がりが強い。政府自身も、他の政府との競争状態にあると、独占的であろうとする。

この良い例が、軍事産業、などの巨大産業(オイル、金属、製紙など)と政府の繋がりだ。巨大産業が栄えるとその国/政府も栄える。アメリカ政府の戦争事業を見ると良く分かる。

オイルの為に中東が欲しい。オイルを独占したい。戦争をしたら軍事産業が栄える。それで、中東で戦争をすることが良い事になる。必要なのは戦争をはじめられるもっともな理由の創作や時期を待つ事だ。

世界がオープンコミュニティになって行く段階として、オープンな個人の誕生と成長、オープンな共同体(オープンコミュニティ)の誕生と成長が必要だけど、オープンな個人の数は増えて行っているし、質も成長して来ている。

コミュニティも、新しいコミュニティが、オープンな個人のネットワークによって生まれて来ている。

仮に、現在の政府がオープンコミュニティへと変容しなかったら、いつか政府は消えて行くだろう。ある時期に、新しく育ったオープンコミュニティが、実際の政府の機能を置き換えて行くと思っている。

それで、ある時期に、政府は『オープンコミュニティへと変容するか?』または『不必要になって消えて行くか?』の選択を迫られる時期がくる。

このことは、政府に限らず、あらゆる組織に当てはまるかも知れない。企業や地方自治体、教育機関がこれに含まれる。

僕はつい個人と国家、そして企業という三つのことしかあまり考えていなかった。

ソフトウェア産業では、オープンソース化、コピーレフト化の波が激しい。超巨大企業であり続け、独占的なソフトウェアの開発に巨額を注ぎ込むか、またはソフトウェアの独占を目的にせずに、ソフトウェアは共有化することにして、ソフトウェアに対するサービスを売る。

実際にマイクロソフトという超巨大ソフトウェア企業が育ったため、その他のソフトウェアに関連した企業はソフトウェアの共有化という路線をある程度歩きはじめている。

弱い国家は、同じようにすぐにでもデジタル資源の共有化に走るべきだと思う。それが超巨大国家に負けずに独自の路線を自由に歩く事ができるための処方だと思う。

そうして、最近『市政府』という政府としては最小単位の政府が、オープンソースソフトウェア、自由なソフトウェアの採用、一部ではなくて基本的に全てのコンピュータを共有ソフトウェアに置き換える事が起きている。

また、ちょうど今日、「オープンな流通がオープンソースの真の裏付けである理由」というエッセイをみつけた。これはオープンソースはソフトウェアだけではなくて、

『オープンソース新興企業の中心人物らとの私的な意見交換でわかってきたのは、オープンソースがソフトウェア開発をはるかに超えるものに関与しているということだ。オープンソースは、ビジネス開発に関与しているのである。』
ということなんだ。これは、まったく「人類解放の歴史概略」上まったく正しい。そう思う人の数が増えて来なくてはならない。

「ソフトウェア開発」だけではなく、「すべてのデジタル共有可能な開発」であり、「すべてのデジタル共有可能な開発」に関わる、すべての「ビジネス開発」に関する事なのだ。道を見付けさえすれば、超巨大企業ではなくとも、超巨大資本がついていなくとも、企業は続けられることに未来は決まっている。(あはは、言っちゃった)。

今日、特に感じたのは、市、町、村レベルの、現在すでにある最小単位の政府、地方自治体が、オープンなコミュニティを運営したり、オープンなコミュニティを支持し育てる、新しい政府に生まれ変わる可能性があるということ。それは持って行き方による。

そうして、そのような最小単位の政府、地方自治体が生まれ変わった、新しい政府間のネットワーク、コラボレーション(協調作業)により、大きなレベルの政府の働きが生まれる。今は、大きな政府(国家)から小さな政府(地方)へコントロールが流れるように見える。これが、小さな政府(地方)のネットワークがすなわち、大きな政府(国、州、県)をコントロールするという形になって行くだろう事。

だから、市がオープンソースを採用しはじめる事、市がつくり出すデジタル可能な情報をオープンソースに置く事が、新しい時代の到来をより早くする。

既に、小さな政府の一つとでも呼べる教育機関や研究機関は、共有をはじめている。

Love
Setu 14:25 2004年6月19日 (JST)

公共セクターがLinux採用を主導していると考える理由

以下は引用です。ちょうど良く、公共セクターがLinuxを主導っていう意見を見 ました。前回送った『オープンコミュニティ』とつながります。

Linuxを推進し、MicrosoftのFUDと戦う

パトリック氏 公共セクターの方が、政治的に(Linux移行の)決定を後押しする要因が多いのです。多くの国家は、Linux がオープンプラットフォームであり、自国のスタッフを雇ってメンテナンスでき、自国の資金を自国の経済につぎ込めるという事実を好んでいると思います。ミュンヘン市でさえ、Microsoftからの移行には一時的な費用によるコスト上昇が伴うことを認めていますが、彼らは長期的には正しい選択であると確信しています。彼らは長期にわたり、閉鎖的なプラットフォームを提供する企業1社への依存を取り除いてきました。

パトリック氏* いずれ民間も(Linux移行に)動くでしょうが、彼らは公共セクターとは違う時間尺度で進んでいるのです——彼らはプラットフォームがいくらか成熟するのを待つことができます。民間セクター内でも多くの試験導入が行われており、関心のレベルは非常に高いです。

パトリック氏* これに関しては重要なことが幾つかあります。例えば、使い勝手、緊密な統合、Microsoft環境との相互運用性などです。Microsoftを支持する職場にこれらの要素が揃っていることは分かっています。つまり必要なのは、Microsoftのファイルフォーマットをサポートし、Exchangeサーバと連携できるようにすることです。

米国の大企業のソフトウェアを使うと、公共セクターの資金がどんどんと日本の中央に向かって流れ、そうしてアメリカの大企業に流れて行きます。資金というのは、あなたの血と汗の結晶である税金です。

Linuxを使うと、地元のLinuxサポート企業を育てる事になります。地元にLinuxをサポートする企業が育つと、公共セクターの資金のほとんどが地元で使われるようになります。後は、『どのようなLinux』を使うかによって、『どのようなLinuxサポート』を使うかによって、外に出て行く資金の量が変わります。

でも、これは選択が出来る範囲なんです。やろうと思えば、全ての資金を地元で使い、地元で回す事も出来るんです。

また、最初は、アメリカに本社のあるLinuxの大企業からLinuxを買って、サポートを受ける事からはじめて、徐々に地元の技術力を育成して行きながら、地球的なオープンコミュニティが作っているLinux『Debian GNU/Linux』を使うようにして、サポートも地元のLinux企業から受けるようにするという方向へ移行して行く事もできます。

Debian GNU/Linux を使い、地元のエンジニアがサポートをするようにすると、資金は全部が地元で使われ、地元で回るようになります。

また、RedHat Linuxや、Novel SuSE Linuxなどと使うと、アメリカに本社のある大企業ですが、Linuxはオープンソースなので、地元のエンジニアを育ててサポートは地元から受けるようにすることもできます。

日本に本社のあるLinux企業も、Turbo Linux のようなのがあります。

ただ僕の感じとしては、『世界的な標準を使う』というのが良いのでは?と思います。僕の中の選択では、

の二つです。

僕は、半年以上Debianを自分のデスクトップで使いはじめるようになって、とても気分が良いです。RedHatを使っていた時よりも気分が良いです。

love
Setu 16:31 2004年6月28日 (JST)


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