ニギハヤヒ:饒速日 (にぎはやひ)
千と千尋考 白龍の琥珀川はどこか? byスサノオ
白は饒速水琥珀主と正式名をなのった。 かれは誰か?饒速日命からきたのだと 思います。実は私の住んでいる、島根県 の安来市には能義神社という社があり、 この神社の祭神が天穂日命となっており この饒速日命の親にあたるそうです。 出雲の四大大神とも言われたこの神社 は、現在ではあまり有名でなく、ひっそ りとたたずむ古社です。 そうそう、川の名前はこの安来市を 流れる伯太川にちなんだ名前ではないか と思います。このあたりでは、ヤマタノ オロチ伝説の本場で、安来という名前も ヤマタノオロチを退治して埋めた八本杉 =八杉=安来からきたものだと聞いたこ とがある。このあたりは出雲風土記と多 少見解が異なりますが。それで白龍は 龍として描かれているのではないかとも 思います。
私は同じ安来市でも久白川ではないかと思います。 ここには、謎の古墳時代前期では最大の方墳があり なにか記紀の神々との関連性が噂されているからです。 いずれにしてもこのあたりは古出雲王朝とでもいえ るものが昔栄えた場所らしく今後の考古学調査などに 期待するところです。
ニギハヤヒは、『アマテル・クニテル・ヒコ・アメノホアカリ・クシタマ・ニギハヤヒ ノ ミコト(天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊)』が正式名称の古代の人物で、その後、神として祭られた。
15年くらい前にちょっとニギハヤヒの事を多く思って、いろいろと調べた事がある。ちょっと、僕の魂に関係のある人かエネルギーのようなのだった。
このページをみると、『生駒山の東側山麓の日下(くさか)に降臨した』んだそうです。実は知らなかったけど、生駒の日下の近所に数ヵ月済んでいた事がある。瓢箪山(ひょうたんやま)っていう場所だけど。日下には時々遊びにいって、生駒の当たりをあるいていたのよね。
外部リンク
これからこれらを読みながらまとめたりするのね。- 物部氏の祖、饒速日命(ニギハヤヒノミコト) - 古図に現在の大阪城所在地に磐船神社があったことが記されている。この祭神は饒速日命である。饒速日命ははじめここに祀られていて、のち草香山を目指して日下の地に移ったと勝井純氏はいう。
- 「物部文献」が語るニギハヤヒの東北降臨 - 『日本書紀』神武天皇の条は、神武東征に先立ち、天磐船に乗って大和に飛来した者があり、その名をニギハヤヒ(饒速日)というと伝える。
- [石切剣箭神社 :いしきりつるぎや・] - 東大阪市東石切町(旧:神並村)
- 忘却の聖地 - 天磐船に乗り天孫降臨を為したとされるニギハヤヒノミコトは長脛彦の娘君を娶り大和の大王として君臨したとされる。ニギハヤヒノミコトの治めたと言われる豊葦原の瑞穂の国は実際に大和盆地に存在したのであろうか。
- 安彦良和と古代史
- 「千と千尋の神隠し」考 - ハクの本名、ニギハヤミコハクヌシの名は記紀神話のニギハヤヒノミコトに由来している
- 物部氏 もののべうじ - 古代の有力氏族。姓(かばね)は連(むらじ)で,軍事・警察のことをつかさどる物部の伴造(とものみやつこ)。造(みやつこ),首(おびと)などの姓をもつ配下を従え〈物部八十氏〉とも称された。祖神を饒速日(にぎはやひ)命と伝え,布都御魂(ふつのみたま)をまつる石上(いそのかみ)神宮を氏神社とする。
物部の歴史の詳しいページが:
- 物部氏の七転び八起き物語
- 縄文晩期、遠賀川流域で稲作が始まる。饒速日命が天つ神の命により天磐船に乗って河内国河上哮峯(いかるがのみね)に天降り、更に大和の鳥見白庭山に遷ったとされている。九州遠賀川流域に比定されている不弥国にいた物部氏の一部が奴国との軋轢の中、より広い耕地を求めての旅立ちの言い伝えとされている。邪馬台国の建国である。
饒速日命は磐船神社と関係が深いと思います。安来にも磐船神社や岩舟古墳などがある飯梨川に 馴染みがあるのではと思いますが。大歳神社もひっそりと佇んでおりました。
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