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ロック

Oh!Ah!Now! Wombat - 自由なバザール

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思想としてのロック

世界的に文化や言葉の壁を越えてユースカルチャーに大きな影響を与えたロックはなぜ、現代思想によって的確に説明されうることが少ないのか?

論理を超えてるという言い方ななしね。

Setu:上はジョナーかな? ロック って、思想だったよね。ロッキンオンって雑誌1970年代に読んでた。今とは全然違うの。特に「岩谷宏」ってそれっぽかったよ。

Yeah! sure うん、そう(笑)。ていうかさ、それ(ロックに限らず、大衆の自然勃発的カルチャー)を説明できない思想哲学って「見当外れ」なんじゃないかという思いがあってさ。岩谷さんは今、コンピューター関係のライターやってて、UNIXを誉めてる。もちろん、僕もロッキングオン読んでて、彼のことは知ってたけど、初期はともかく、途中でなんか違うな?と。まあ、現代思想のターム使ってロックについて語る文は良く目にするけど、いいきっちゃうけど、たいていが「こけおどし」ぽく無理やりコムズカシクしているのが分かるのでどうもなあ、と。ま、全然関係ない話で構わないから読んでるかた、ガンガン好き勝手なことを書き込んでちょ。<でいいんだよね?Jonah


ケルト音楽とアフリカ音楽の融合がロックである。

ビートルズやローリングストーンズ、ピンクフロイドやレッドゼペリン、ドアーズ等、いずれも祖先がケルト民族であるアイルランド系に特異に集中して優れたロックアーティストが輩出しており、キリスト教以前の古代ヨーロッパ、つまりケルトの幻視的な文化がアフリカの生命力溢れるリズムによって再生させられたとも捉えることができる。

また、ジョンレノンに代表させられるように、優れてカリスマティックなアーティストは父親を早くに亡くすか、生き別れている場合が多い。言い換えれば、彼らは父親というロールモデルを参照することができないため、自らの「深み」から自分自身を築きあげていかなくてはならず、それがため、 その「深さ」によってみずからの民族的深さ、たとえばケルトの感覚など、ある種の隠された普遍的ノーマティヴィティを浮上させることができたとも言えよう。

うーん、「お堅い」文章下手ね、俺って。フロムジョナー。

なお、当然ながらわが国のカリスマ的ロックスター、忌野清志郎もまた、父親喪失型アーティストであり、・・・続く、というか誰か続けて。

Setu:っていうか、ここはWikiPediaJa:ぢゃないので、お硬い文章じゃなくって日記のままで良いですよ。あと、ログイン作って書くともっと楽しめますよ。ところで、ボクも父親喪失型なのかなぁ。15で亡くしました。

ハイ。ログイン作ってみました。ではみなさん、ジョナー流の(もちろんあなたも含めて)ロック論ということでひとつよろしくね。

Setu:あ、ありがとう。なんとなく、このまんま対談形式にもつれ込んだらどうなるかな?と、思いました。とりあえず、このページのもとネタの会話をコピーしますね。。。(この記事のトップに置きました)。

Setu:で、たぶん、ロックの始まった時期って、アメリカ・インディアン(アメリカ先住民族)からの影響を若い人達が受けたり、インドの宗教性が流れ込んで来たりしてたから、そういう意味での思想が入っているかもね。ボクは、そんなにロックな人ではなかったけど、当時の回りの友達って、『フォーク』から『ニューミュージック』とかの日本の音楽を聞いたりやってる人が多かったの。
ピンクフロイドの初期の中心人物で精神病院に入れられちゃった人の名前が思い出せないけど、ボクは彼のいた頃がすごく響いたよ。あとは、デビット・ボウィはハートがほうっとする時間だった。ボクは実際に他の惑星から来たんじゃないかと自分で思うくらい、回りから浮いて感じていたからさ、ボウイさんの映画を見て涙をしたりしたし。
まあ、原ヨーロッパ(キリスト教以前、ローマ帝国以前)のスピリッツがニジミ出たっていうのも、言われるとそうなんだねって思う。あ、これでジョナーの『パガーン(Pagan - 異教徒)』と繋がるわけだね。ここに、ジョナーのパガーン・クラブへのリンクを置いておいても良いよね?

フロムジョナー、ええ、まったく構わないです。というか、自分で置こうとたくらんで(笑)いたので助かります。

Jonah:そうだあ!忘れてたわ。そのボウイの映画って「地球に落ちてきた男」でしょ?大傑作です。当然ぼくも泣けましたね。ちゃんと映画界では高く評価されてるのかな?あれは原作あったのかしら?。でね、その精神病院入れられちゃた人はシド・バレットといって、ソロアルバムも二枚出してて、腰が抜けそうな物凄い曲がある。「ドミノ」とか「ゴールデンヘアー」とかさ。えーと、どの角度に顔を向けて話せばいいのか良くわかりませんけど(ロックについてある程度普遍性を保って書くのか、それともマニアックに自分の好きなアーティストに対する思い入れを語るのか、そんなにロックな人ではないとかいいつつシド・バレットを理解できる隠れロックなお人(笑)Setuさんに向けて書くのかetc)楽しい展開になりそう。シド・バレットの系統で、今でも現役のロビン・ヒッチコックという人がいてさ、アルバムだと「Globe of Flog」というのが素晴らしいです。Jonah

Setu:自分の名前書くときにね、~~~って"~"を三つ並べると、自動的に名前と自分のページへのリンクが張られるからね、知ってたかも知れないけど念のため。自分のページも作っていくつかリンク張ってみて下さい。

で、そう、それ、シド・バレット。最近聞いてないので曲名とか忘れちゃったよ。こんど、手にいれようっと。そう、それ、映画は『地球に落ちて来た男」です。何度か見ました。当時好きだった娘もボウイさんのファンで、一緒うるうるしてました。

考えてみると、キリスト教の抑圧を最終的に破ることが出来たのがロックかも知れないよね。長い長い抑圧。音楽のロックとそれに伴う沢山のムーブメント。ニューエイジだってロックがなかったら生まれて来なかった。ロックがヒッピーを生み出してサポートして、古いものに縛られるなって力を与えてくれた。ロックは力の象徴。

ロックの後にパンクが来たけど、これはロックに始まるムーブメントの力が弱まって、ヒッピーだった人達も社会の中に戻って行って普通の生活を始めて行った。非伝統的、非社会的なのなんてもう古い、普通の社会人の様に暮らしなさいって雰囲気の方が強くなったからかも知れない。

ボクが目を覚ました時には、実はロックもヒッピーも学生運動も終わっていた。たぶん当時はみんなが世界を変えることが出来ると信じていたんじゃないかと思うよ。フラワーピープル。私達は戦争はしません。なぜなら私達はみんな友達だからです。

「何を甘いこと言ってるんだ。世界は競争と戦いで成り立っているんだ。だから、勝ち取らなくてはならない。お前らが言っているのは負けたヤツラの論理だ」っての?

でも、そうじゃない。世界は明日の朝にでも変わることができる。この次の瞬間にでも。音楽は、「想い」の表明でもあるわけだから、そこには必要な伝達が起きる。『目を覚ませ!お前は何をしにここにやって来たのか? また身体を離れるときに、後悔するつもりか?!』ドンド・ドンド・ドン。

"~"を四つ並べると自動的に名前と時間が書かれます。こんな感じ:Setu 14:39 2003年6月1日 (JST)

Setu:ジョナーは忙しいのかな? ジョナーのコーナーだけど、勝手に話しちゃお。まとめて、お返事くださいね。この会話編から、まとまった記事を作れるかも知れないし。あと、上のミュージシャンの名前や曲名なども記事へのリンクにして、ジョナーの解説を待とうかな? 音楽に直接リンクを張れないのが残念。

(これは、昨日ボクの日記に書いたこと) ロックはあくまでキリスト教に抑圧されたパガーンが再興するための音楽であると言えるから、日本でなかなか盛り上がらなかったのも分かる気がする。ボクはキリスト教とは関係なかったけど、母親が結婚前にキリスト教にすこし凝っていたらしいし、少し回りにいた。『良いこと』という観念を入れられた気もする。

『良いこと』が入ると、相対的に『悪いこと』が起きる。どこに線を引くのかって全く勝手な論理。神は自分の外にいて、自分の運命をコントロールするという神の観念もそこにあった気がする。

神は自分の外に分離された形で存在するのではない。キリスト教に抑圧された真理が、インドやアメリカ・インディアンや、原ヨーロッパに探し求められた。私の中心にいて世界を創造しようとしているフォース、内なる神。ブッダ。

ニューエイジが生まれたのも必然と言える。「ロック」も「ニューエイジ」も日本で大だい的に流行ったわけではないのは、そういう訳。日本はまだ神道的雰囲気の中にいて、自然と調和している部分もある。仏教が内なる神、仏陀を教えている。

かといって、都市ではそうではなくなっている。しかし、まだ都市での抑圧は歴史が浅いし、程度が足りないから新しい文化を必要とする程度まで起爆力がたまっていないかも知れないが、ボクはもう日本の都市に住むことを止めてから長いので本当の事はしらない。まあ、これはジョナーや読者の皆さんに聞くのが一番かな?
--Setu 02:23 2003年6月3日 (JST)

Jonah:ハイ。ジョナーです。いぞがじいよ~。そうそう、都会であること、がロックの生成に大きく係わってくることであり、一部のイナカッペロック(誉め言葉ですけど)ではない、大半のロックは都市部において機能するという事象はロックとはなにかを浮かび上がらせるポイントのひとつでしょう。またロックに限らず、優れた芸術表現は、同時に優れた批評たりえる、というあたりもポイントのひとつです。うふふふ、もうすぐ(六月九日)ウォーターボーイズの新作が発売だあ!ばんざ~い!!!

さて、ロックの発展について少々。アフリカ難民基金のためのコンサート、元ブームタウンラッツのボブゲルドフが主催して地球全体に衛星放送されたバンドエイドというのがあったけど、あのへんからかな?ロックが「正義の味方」になっちゃったのは。あれ?ロックって悪の音楽とか、反逆者の音楽とか、もっというと社会に対して「流刑人」たらんとするような覚悟がなくちゃ聞けないような危うさがあったはずなのに(少々おおげさかな?)、どうも薄っぺらな正義を纏うようになってしまってからあんまり面白くない。和尚の言葉に「反逆は瞑想者が纏う衣である」というのがあったと思うけど、そこんとこも来期の試験に出る重要ポイントなので各自しっかり予習しておくように、などと言われたぶんには「ふん、予習なんかしねえよ」とふて腐れた態度に出るのがロックっぽいぞ。

とはいうものの、それが時代にヒットしてカッコ良かったのはせいぜいストーンズ止まりであり、近年のロックたるものはどのようなものであるべきか?というのがテーマになるかな?まあ、答えはウォーターボーイズだと断言する私です。

Jonah:ウーム。今、「シド・バレット」と「ロートレアモン(の歌)」で検索かけてみたが、数えるほどしかない。ということはつまりあんまり語られてないみたいなので、ここで書くけど、僕のなかではこの二つは同義。シュールリアリズムということ。もっとイって(笑)ダダイズムまで突き抜ければ、フランク・ザッパについても語れるはずだが、そこはゾンボ兄に任せた!。

ところで、チェコスロバキアの(元)大統領、バツラフ・ハベルが国賓として招待したロックアーティストが二人いて、ミック・ジャガーとフランク・ザッパだったのは示唆的。ミック・ジャガーはパンクの時代、パンクが「ストーンズなんて体制派だ」と批判したのに開き直って(笑)、「そうだぜ、俺は大統領にも招待されるぜ」とか歌っておりました。そうそう、それもあんまり語られてない話だけど、ミック・ジャガーは詩人としても超一流。また舞踏のほうでも、ルドルフ・ヌレエフ(バレエダンサー)が、「彼(ミック・ジャガー)は踊れるよ」、と感嘆していたんだよ。まあ、そんなにも素晴らしかったミック・ジャガーの「動きの質」も近年セルフパロディじみてきたのがちょっと悲しい。時代はDVDだ。ストーンズの全プロモビデオ、DVD化して、驚嘆すべき彼の「踊りの質」をオタクども(&体制従順派)に見せ付けてやるんだ!


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