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人類解放の歴史概略

Oh!Ah!Now! Wombat - 自由なバザール

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私の記憶について申し訳なく思います。 それが何時起こったか、どのくらいの期間かかったか思い出せません。 憶えているのは、それがどのように起こったかです。

変化は私が子供の時に始まりました。それはただコンピュータと呼ばれました。 人類存在は知恵を表現する道具を手に入れました。 コンピュータは人類存在が物事を処理する手順を憶えることが出来ます。 そしてコンピュータはただ処理を繰り返します。

それは知恵を他の人々と和かち合う道具です。 それはソフトウェアとかプログラムとか呼ばれました。それはたくさんの人々の 知恵を混ぜ合わせることが出来ます。最初の頃、他の物事のように、ソフトウェアは 人々の間で自由に交換されました。そして、(他の物事のように)、 交換するのが難しくなりました。それはある場所や機関に所属するようになりました。 ある人々はその考えが気に入りませんでした。ある人々はただ 彼らの知恵をソフトウェアによって交換し続けました。

それはただフリーソフトウェアと呼ばれました。フリーは自由を意味します。 ソフトウェアは他の物事との違いがあります。知恵は他の物事の上に 表現することが出来ます、例えば紙の上に書いたり描いたりして。 でもそれらの物は働かせたりもう一つ同じものを作るのにある努力が必要です。 例えばそれが車の設計であったら、材料を手に入れて働きかけなければなりません。

ソフトウェアは違いました。もし誰かがコンピュータを持っていたら、彼女がするのは、 ソフトウェアをコピーして彼女のコンピュータに入れることです。 ソフトウェアをコピーするコストはほとんどなく、ほとんど瞬時にできます。 彼女は持ち主/開発者が体験したのと同じことを体験することが出来ます。

フリーソフトウェア運動はフリーソフトウェアファウンデーションによって 協調されました。 彼らはそのプロジェクトを GNU (ぐにゅー)と呼びました。 彼らのプロジェクトと製品を守るために、彼らは契約事項を作りました。 それは GPL (グニュー 民間契約)。実際、それは普通の契約の反対です。 契約はある特定の機関が何かを所有するのに使われます。 でも GPL は、特定の機関に所有されず、民間に所有され自由に交換されるために 使われました。

GPL 契約の製品が、自由ではない製品から独立した時、 それが GPL 契約の製品だけで働くことが出来るようになった時、 それは有名になり始めました。最初の独立自由ソフトウェアは Linux (リニックス) と呼ばれました。たぶん何人かの人はその名前を憶えているでしょう。 もし誰かがコンピュータを手に入れたら、彼女はリニックスを、他の自由ではない = 誰かの所有のソフトウェアなしで使うことが出来ました。彼女は他の沢山の ソフトウェアをリニックスとコンピュータの上で手に入れて動かすことが出来ました。 彼女が働きかけて手に入れるべき物は、物質=コンピュータです。リニックスは 核になっているソフトウェアで、沢山のグニュー製品と混ざり合い Gnu/Linux グニュー/リニックスと呼ばれました。

グニュー/リニックスの成功はほかのたくさんの物事を起動しました。 その運動はオープンソース運動と呼ばれました。 オープンソースが意味するのはソフトウェアについての情報を民間に公開し 問題を修正したり、ソフトウェアを変更したり改良したりするのを許します。 オープンソースと自由ソフトウェアの違いは、 オープンソースはまだ特定の機関によって所有されようとしていることです。

自由ソフトウェアの数と質は次第に大きくなりました。 分かち合いたい知恵を持っている人々は自由ソフトウエアに参加しました。 でもオープンソースではなしに。そう言った訳で、オープンソースの契約は GPL に近付いてゆき、多くのオープンソースは GPL を使い自由ソフトウェアに 代わって行きました。

製品の力は次第に強力になって行きました。 その頃、地球はコンピュータとソフトウェアによってつながれて行きました。 この知恵を交換するためのつながりはインターネットと呼ばれました。 インターネットのためのほとんどのソフトウェアが自由ソフトウエアと知ったら あなたは驚くでしょう。

科学者と技術者は彼らの知恵の製品を所有することにそんなに興味が あったわけ ではありません。このインターネットによって知恵とソフトウェアそして情報の 交換は次第に大きくなってゆきました。

すぐに、沢山の運動が始まりました。 例えば、「オープン科学」、「オープン技術」、「オープンエンジニアリング」。 「オープン芸術」、「オープン音楽」、「オープン出版」、「オープン絵画」、等など。 彼らは知恵と情報を交換し始めました。

情報はソフトウェアに近いものですが、情報そのものはひとりでに働くことは できません。ソフトウェアが働くのにコンピュータを必要とするように、情報が 働くのには人類かソフトウェアを必要とします。

地球は沢山の地域に分割されていました。 人類は沢山の機関に分割されていました。

インターネットとオープン運動により、知恵、情報とソフトウェアは自由に 交換されました。地域と機関は止めようとしましたが、成功しませんでした。 と言うのは、自由な交換はそれらの地域や機関を助けていましたから。 これらがどのくらいかかったかはっきりしません。でも、そんなに長くは かからなかった気がします。というのは、私達の地球を豊かにする物はもうすでに 準備が出来ていて、オープンになるのを待っていたからです。いくつかの機関が 物事をオープンにし始めたら、それが連鎖反応を始めさせました。それらは とても速く、例えば東と西のドイツの間にあった壁がとても速く消え去ったように。

知恵と情報、ソフトウェアは地球と人類が豊かになるのを支えました。 この運動は「知恵と創造性の爆発」と呼ばれました。

この運動により、地球と人類存在はとても豊かになりました。 すぐに、人々は物資に悩むことは無くなりました。 というのは、知恵は物資が豊かになるのを助けたからです。 この物質的な豊かさにより、地域や機関は争うことを止めました。 戦って勝つことは人々が豊かになるのに必要でした。というのは、 世界は全ての人々を豊かにするほど、豊かではなかったからです。 でも、地球の豊かさが人々を変容させたのです。

人類存在は物質的世界から高く飛び立つ用意が出来て来ました。 物質は生命の基本でしたが、そこには沢山の層の世界がありました。 この運動はただ単に「宗教性」とか「宗教化」と呼ばれています。

というわけで、これが人類解放の短い歴史でした。

そして今、私達は人類光明の時代を生きています。 私は師オショウの弟子です。彼は運動が始まった頃地球上で生きていました。 彼は多くの知恵者が自由になることのきっかけになりました。

彼の仕事をここで見ることができます。 歴史がまさしく彼の語ったように起こったことを知ったら、 あなたはとても驚くでしょう。

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