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自由な世界

(共有・共生:コピーレフトと呼ばれる『法律的に守られた共有』 から転送)

自由な世界 (フリーワールド)


『自由な世界(フリーワールド)』のコンセプトが今は気に入っている。

『自由な世界』のコンセプトは、考えてみたら一番分かりやすいコンセプトかも知れない。フリーソフトウェアを始めた人達は、『フリーワールド』のコンセプトを共有していた。

科学というか、学問の世界では基本的にコピーレフトの概念になっている。他人の論文を引用するのは自由だし、引用したら引用元を示すのは当然だし、例えば、誰かが発表した理論なり、数式なり、概念を再利用するのに、何の問題もなり。

そもそもが、プログラム=ソフトウェアは学問の領域にあったんだよね。最先端のソフトウェアは学問の領域で作られていた。それが、だんだんと研究者が会社を作ったりしてソフトウェア自身を売る商売を始めた。

ハッカーと呼ばれる非常に創造的な人達のグループがあった。良くクラッカーと呼ばれるコンピュータの破壊者が自分達をハッカーと自称するので、混同されるけど、ハッカーはコンピュータの非常に優れた創造者の事。で、ハッカーは自称でハッカーになれるんではなくて、ハッカーのグループにハッカーと認められることでハッカーの一員になる。

ハッカーのグループは研究室に住んでいたりして、プログラムの全てを共有していた。共有された枠組の中で創造活動を楽しんでいた。それがだんだんと、様子が違って来て、『自由な世界』が失われて行くのを感じ始めた。そこで、『自由な世界』というのを想定して、作品が自由な世界に属する事を守り始めた。

ハッカーのグループは地球レベルで自分達の創造活動を行う環境を作り出した。それが今インターネットと呼ばれているもので、インターネットは自由な世界に所属するソフトウェア群でほとんどが成り立っている。

それがコピーレフトや、自由なソフトウェアの運動だ。今やそれはソフトウェアだけではなくて、デジタル共有可能な全ての物や創造活動に適用されている。

個人レベルでも、自分の生活を守るためには、自分の技術や作品を自分の独占物にしないと守れないと感じる人も多い。そうだろうか?技術や作品は結果だ。結果が自分を作っているのではなくて、技術や作品を生み出すプロセスが自分を作っているのだと思う。

『創造物』ではなくて、『創造プロセス』が自分を作っている。創造物はコピー可能だけど、創造プロセスはコピーが可能ではない。ある曲は、創造物。ある曲を生み出すプロセスは、創造プロセス。ある創造プロセスを内側に持っていたら、沢山の曲を生み出す事ができる。

『生み出す力』はデジタルコピーが可能ではない。それは、とてもユニークな物だし、その人の生きて来た道筋が関わっているし、心や精神や知識や、存在に対する開いた状態が関わって来る。それは魂の印と言っても良い。

即興性というのが、その創造のプロセスと言えるかも知れない。

☆ ああ、話が脱線したような。

『自由な世界』というのは、紛れもなく今そこにある。これは自由な世界に所属するというのが、『コピーレフトの宣言』。

自由な世界への所属のさせ方には、大きく分けて二通りがある。

  1. コピーレフト。自由な世界から、持って来たものを自由ではない世界の物にすることは、出来ない。
  2. 非コピーレフトの自由。自由な世界から持って来たものを、自由ではない世界の物にすることが出来る。

☆ これは別の言い方をすると

  1. コピーレフトは、ほかの人の自由を制限する事が出来ない。
  2. 非コピーレフトな自由な作品は、ほかの人の自由を制限する事が出来る。

☆ 例えば、ここに自由な世界の曲があるとする。

それがコピーレフトならば、その曲をほかの人が演奏した録音は、自由な世界の物になる必要がある。その使い道に対する自由をを、ほかの人に制限する事が出来ない。

それが非コピーレフトならば、その曲を別の人が演奏しした録音を、『コピー禁止』にすることができる。その使い道に対する自由を、ほかの人から奪う事ができる。自由な世界のものを使って、自由ではない世界のものを作り出す事ができる。

☆ これはどちらが良いとも言う事ができない。

基本的にはコピーレフトが良い事が多い。というのは、自由な世界に対する自分の貢献は、自由な世界の為にだけ使われることが保証されるからだ。自分の貢献を使って、『それをほかの人が使って儲ける事ができるのは構わないけど、それが自由な世界に所属しないというのはあんまりだあ』ってことがあるよね。

そういうことは、過去に何度も起きたので、単に著作権放棄(パブリックドメイン)ではなくて、『自由な世界に所属する事を保証するコピーレフトの概念』が生まれたというわけ。

そういうわけで、『コピーレフトの宣言をすると、それが将来に渡って自由な世界に留まることを保証する事ができる』。自分が注ぎこんだエナジーが、外に洩れないって言うわけ。これなら、少しずつでも作っていったら、いつかは大きなものが出来るって気がするでしょう?

それは、だれかがコントロールするものではなくて、個人個人が単に参加するかしないかの話に過ぎなくなる。参加する人が増えれば増える程、今ある自由な世界はどんどんとリッチになって行くってわけ。

☆ すでに、自由な百科事典である『ウィキペディア』は

世界最高の百科事典になる可能性がはっきりして来ている。これは英語版の話だけどね。でも日本語版も急成長しているから、英語版と同じように育つでしょう。だれもそれを止める事はできない。

☆ Love
Setu 18:28 2004年7月20日 (JST)

☆ 3年程前にコミューンのテーマサイト

始めた時には、GPLとかフリーソフトウェアとか言ってたけど、もっと良い言葉か概念がないかなあと思っていた。そこで見付けたのが、『コピーレフト』の概念。

で、コピーレフトとあちこちで言ってたんだけど、どうも通じにくさを感じる。何度話しても、コピーレフトと著作権放棄(パブリックドメイン)の違いにピンと来てもらえない。


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