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さて、わたしの幼少の頃からの音楽好きは、ものごころつくときにはラジオをテープに録音して、いつでも聞けるようにしたいと強く思っていた。子供であるからそんな金はなく、周りの大人たちにそれをいいつのっていたら、「かけっこで一等になったら買ってあげるよ」とのこと。当然(笑)、いつもはてきとうにビリとかブービー賞で終わる私は、「その気」になって一等賞を獲得。ラジカセを手に入れる。実はこのパターン繰り返しでてきて、高校受験の時も「第一志望に受かったらオーディオセット買ってやる」との約束を取りつけ、当然(・・・)、難なくクリアーとか。なお、余談ではあるが、後から聞いた話だが、ベイビーの頃のわたしは当時のオープンリール式の録音機がお気にいりで、それに自分の声を吹き込んで遊ぶのが好きで、それを取り上げると泣き喚いていたそうな。「(3才くらいのガキが録音機いじれるわけないじゃん)嘘だろ?」と思ったが、後に証拠写真をつきつけられ、ちょっと驚く。まあそれはともかく、当時、家にまだいた叔父さんが青春まっさかりで、プレスリーやビートルズ、ビーチボーイズやモンキーズ等のレコードが家にたくさんあり、まだ幼稚園にもいってない私はそれらがお気に入りだったという。まあ、ものごころついた頃は吉田の卓ちゃんを代表とするようなフォークブームでそこらへんから、自覚的に音楽好きになり、同じくフォーク好きの友人が「ビートルズっていいみたいよ?」と発言。かけっこで獲得したラジカセでFM番組のビートルズ特集を録音する。「あれ〜っ?これ俺知ってるぞ?」と思ったのはつまりこの叔父さんのおかげ。なお、最初のエレキギターをくれたのもこの叔父さん。性格が泉谷しげるに似ている(笑)。と、とにかく、ビートルズを聴いたとあっちゃあ、卓ちゃん等のフォークも色あせ、洋楽愛好少年に一変する。また当時、いわゆるシンガーソングライターブーム(とあと、デヴィッド・ボウイやT・レックス等のグラムロックか)で、初期エルトン・ジョン、キャット・スティーヴンス、ギリバート・オサリヴァンや、カーリー・サイモン、カーペンターズやミッシェル・ポルナレフ等、いわゆる美メロの宝庫だった時代にハマり、まだ「ロック」という方向ではなかったにしろ、音楽と「恋に落ちた」のである。シカゴのサタディ・イン・ザ・パークを聞くと、いつもこの頃の優れた楽曲聴きながらゆったりと満ちた足りた時間を過ごした少年時代を思い出してしまうというか、この曲がそういう雰囲気を代表するような感覚かなあ。
・・・。この章はもっとあとで詳しく書くことにしよう。まあピンク・フロイドにやられた時代。13,4歳くらいの話。
いわゆるデジタル録音、14.1キロヘルツ、16ビット規格での「CD」の音は、ロックとかオーケストラ(というかバイオリン等の弓で弾く弦楽器類)では音が悪くて聞いているとイライラしてくる。ピアノだけ、とか、エンヤのような丸い音質のCDは自然に聞けるが、とにかく、別にハイファイな音が必要ではないはずのロックというジャンルに絞ってみても、CDの音質はキンキンとしてて、なにかが欠けていて、息詰まるような、苦しい音である。のちに「リマスタリング」とか言って、CDの音がレコードみたいになめらかな音質になりました、みたいな売り文句で少しは聞きやすくなるCDも発売されているが、根本的なところでダメですね、CDのデジタル規格に縛られた音質は。まあそのことをはっきりと認識したのは、例のウォーターボーイズの「A Pagan Place」の生ギターを何回も重ねて録音したウォールオブサウンドをレコードで聞いたときの途方もない高揚感がCDではまったくといっていいほど感じられなかったのである。まあつまり、そういうことで、ここ20年間のCD全盛期はロック音楽にとっては暗黒の時代だったと思う。その証拠にレコード時代にあれほど優れた作品を量産していたロックが、CD時代になってから、なにか生み出しましたか?セックス・ピストルズはまだレコードの時代でしたよ?っと。もっと言うと、今、隆盛を誇るDJ文化ですけど、あの人たち、ほとんどレコードしか使ってませんよ?っと。
・・・今日はこれを書きたかった。昨年の夏に購入した音楽録音ソフト、キューベースではHalionというサンプラーがバンドルセットされていて、今のスタンダードなサンプル規格、つまり、CDと同じ音質を、録音のほうの設定を96キロ、32ビットにしておいても「ちゃんと使える」のが便利かな?と思って買ったのだが、一週間ほど前、いわゆる最後の音質調整に使うマスタリングソフトの体験版を手に入れ、試しに、気にいらない音質のCDを音質調整でいい音にならないかとテストする。音楽CDからキューベースにデジタルダビングしてみたら、最初は96キロに合わせられてしまい、すごく早くスピードで甲高い音でキェロケロキェロケロとしか聞こえなく、「・・・もう、ダメぽ」とあきらめかけたのだが、「あれ?サンプラーがちゃんとできるはずなんだから、どこかに同じことができるオプションがあるはず」ということで、・・・やった〜!、その方法を先日、発見したのである。WAVに書き出して、プロパティを見ると、ちゃんと96キロ32ビットになっている。音も凄く良くなったように聞こえるが、プラシーボ(じゃなくて、こういうのはなんていうんだっけ?)、えっと、自分の「思い込み」かも知れないと冷静に、様様な音の悪いCDで同じことをして、元のCDと繰り返し、聞き比べを行う。・・・結果をご報告いたします。元のCDよりもずっと素晴らしい音質になりますたああああぁあぁぁっ!!!!!。夢のようなはなしだが(オイラにとってはね)、ほ、ほ、本当だぜ。CDで「嫌」だったトコロがなくなっているっっっ!!!。グレイト〜!!!。まあ難点はデータ量が5倍くらい増えるのでCDに全曲焼けないし、そもそも、再生用の音楽カードが96キロヘルツ(khz)、24ビット(bit)に対応してないと、再生できないので、すぐさま皆さんにそのスバらしい音質を伝えられないのが残念だ。もう、音質がノビノビとなめらかで雄大でダイナミックで気持ちいいのなんのって。レコードの時代はこの音質が当たり前だったんだよなあ・・・。なお、マックのほうではワカらないが、ウィンドウズ・メディア・プレイヤー9では96キロ32ビットの音楽ファイルを96キロ24ビット規格のサウンドカードで難なく再生できます。データ量からして適応できるメディアはDVDディスクになるでしょう。これ、やりかた黙っておいて「あなたのCDが生まれ変わったような素晴らしいサウンドになります」という売り文句でお金取れる仕事になるなあ。最初の一枚は無料サービスとして変換してあげて、気に入ったらどうぞご利用ください、という形にして、当然、気にいる人は多いはず。まあやりかた書いちゃったけど(・・・わたし生き方下手ですか?・笑)、バカ高いソフトを買うより、おいらに任せてくれれば、最低限の費用でできますよ?といったところか。しかし、キューベースのその変換エンジンはどんな仕組みなんだろう?。他のソフトでも同じことをして音質はどう違うか験してみたいとはちょっと気になるが、まあとにかく、現状でも十分に満足できるサウンドであり、ぜいたくな悩みではあるが、よりいっそうCDの音が耐えられなくイライラさせられるヒドい音であることがハッキリとしてきました。まあ時代はSACD(スーパーオーディオCD)やDVDオーディオが次世代に控えているわけで、CDの音ともおさらばする日は近いが、今まで買ったCDがそれらにひけをとらない音質になるわけで、俺、そういう次世代規格、必要性を感じなくなっちゃったなあ(<いつも時代とズレている男・笑)。なお、オーサリングソフトでDVDオーディオの96khz32bit規格に合わせてDVDに書き込めるようになるので、それがある人は、特にコンピューター用のサウンドカードは必要ない。とはいっても、DVDオーディオが再生できるユニヴァーサルプレーヤーは、まだ最低でも、5、6万はするが、コンピューター用のサウンドカードだったら、2万弱ぐらいで問題のない音質のカードが買える。そのへんはわたしに相談してください、ドゾ、ヨロシク。
というわけで、ここ最近のわたしは仕事ほったらかして(うそうそ)、様々なCDを超高音質化にいそしむ。今験して聞いているのはウォーターボーイズの6枚目、「Dream Harder」より、10曲目、スティーヴ・ウィッカムのバイオリンが効果的な「Wonders of ルイス(綴りわすれ)」、予想はついていたが、バイオリンの音質が元のCDとは比べものにならないほど素晴らしい。たいしてうまい演奏ではないが(ハハハ)、うっとりと聞き惚れ、気づくと目を瞑っていろいろな情景が脳裏に浮かんできて白昼夢状態に突入。思えば、レコード時代はそういう聞き方をしていたのである。CD時代の音楽は子供騙しの金儲けの道具に堕落してしまったが、本当にいい音の音楽はまるで別世界の扉をひらく魔法みたいだ。いやあ、音楽ってほんとうにいいもんですねえ。あ、今、元のCDの音質に戻して聞いてるけど、ぜんぜん、頭のなかに「情景」が浮かばないぞ?おもしろいなこりゃ。というかCDの音質がスタンダードだと、みな、音楽聞いて「情景」が浮かぶという体験を得ることが少なくなっているということか。ヤバいな、それは。「Dream Harder」、今、全曲、変換して聞いているが、これ凄くいいアルバムじゃないか。CD規格のせいでこのアルバム、「息の根」を止められていたのか。題名にもある「もっと夢見るんだ」というのがCD規格音質ではさえぎられてしまうのはたった今わたしが発見したことだし、まあいずれにせよ、とにかく、色んなCD変換して気づいたことは全然疲れなくて、ずっと聞いていたいと思ったこと。CDって聞いてると疲れるよねえ?。なんであんな規格策定したんだろう。確かソニーが(以下略)。
が売れているのがなんとなく気にいらなかったのだが、なんでなのか昨日の日記書いてて分かった。「イメージ」というのが基本的には視覚的情報であり、まあありていに言えば、DVDレコーダーで録画するものをただ受身で見ているだけだと、人々の自発的なイメージ形成力が弱められてしまうという部分で嫌な感じがしていたらしい。と、同時に、なんで高校野球の甲子園の土(に代表されるようななんらかの情念の類い)がピンとこないのかも分かった。つまり、繰り返すが13、14才頃のフロイド瞑想時代はまさにヒルベルト空間状に自由に広がるイマジネーションの世界を漂っていたわけで、甲子園の土というような、疑縮された情念世界が、こちらのより拡大された認識からすると不自然に「狭い」ものに見えるのかも知れない。別に自分をシド・バレットと同一視するわけじゃないが、もしシドが高校球児で、試合に負けて甲子園の土を泣きながらかき集めてたら「違和感」あるでしょ?。コーユー奴がそんなことするわけないじゃん。
・・・、ロビン・ヒッチコックがいたな。「現実にはない」世界を疑縮させて不思議なリアリティを伴ったイマジネイティヴな音楽を作る人。ちょっとそのへんの歌詞を書いておこう。うう、ちょっとヤバいな。今引用してみようと思ったのは「Sudden Town」という曲の歌詞なんだけど、それ読んでみたら、自分の周りの「現実」よりもリアルな(もっと言えば真実性のより強い)感覚世界に思える。やはりロビンは多次元世界の少しズレたところにいるお人じゃ。ちょっと問いかけておきたいが、甲子園のなにがしは現実の世界で、ロビンの表現はイマジネーションなのだが、ヒルベルト空間において疑縮されて立ち現れるモノ、コトであるというレベルにおいては等価だが、このイマジネーション世界のほうが、よりいっそう、リアルで親密な世界に感じる。このへんが近代の問題を解くカギなのだが、それは後ほど。ではアルバム「Next Door Land」(題がそのままだな・笑。日本盤出てます)から、「突然に現れた町」を。
Sudden Town
イェイ!それはただの思いがけない町
イェイ 今突然現れたただの町
鉄道の駅からのびたアーチが
目的地へと連れていってくれる
イェイ それはただの思いがけない町
レールが遠近法の彼方から光る
オララララララ♪
高架線の工事にしか使われない柱が
裸で佇んでいる
錆びた鋲がいっぱいに刺さった
ぼんやりとした天体の上ではぜる月
イェイ それはただの思いがけない町
冷たい地平線がだんだん落ちていく
最後の夕日が煙突を照らす
イェイ それはただの思いがけない町
天国がきっと力を送ってくれる
きみが束の間の傷心で自分を傷つけていたら
イェイ それはただの思いがけない町
アーチウェイ通りの店に寄ってごらん
打ち解けない君に誰かがキスしてくれるよ
イェイ それはただの思いがけない町
大昔の方向に夢を探している
永遠の男でいっぱいの小さな家々
イェイ それはただの思いがけない町
レストランで荷物を拾って
足を引きずって孤独な鍵穴に向かおう
イェイ それはただの思いがけない町
灯を手に歩いていこう
どうせだれも話しかけちゃくれない
きみがどうやって来たのかも知らない
そして人食い鬼がやって来る
そうそう、人食い鬼がやって来るよ
シャララララララと歌いながら
シャラララララララララ♪
イェイ それはただの思いがけない町
このように、ロビンは「アッチ」の世界の住人なわけだが、ぎりぎり踏みとどまって、我々にも分かる「世界観」を提出してくれている。ありがたや〜。いいかえれば、ロビン・ヒッチコックやシド・バレットらはヒルベルト空間に、普通人よりも開かれた認識があるがゆえにそういう表現が可能となるわけで、逆に言えば、彼らのような特殊な例を除き、近代人はある種の限界(条件)づけられたヒルベルト空間しか認識していないのかも知れない。さて、まあその通りだとして、ロビンらが「開かれた」ヒルベルト空間にトんじゃってるとすると、そのトんじゃったヒルベルト空間から近代全体を客観的に「俯瞰」しているとも言えるわけで、おそらくロビンはウィルヘルム・ライヒ等知ることなく、近代人が社会的に振舞う場合の無意識的に身体をこわばらている自己保身的態度を次のように「硬い」と表現している。曲は同アルバムより、「無防備な愛」を。
_ Unprocted Love
きみはダイアモンドと同じくらい硬い
切断材に使えるよ
工業の最先端で
君はそのくらい硬い
傷つきやすい人にはだれもなりたくない
だれもが恐ろしい人になりたがっている
ガード下のあのあの豚のように
反キリストと同じ桶から水を飲んでいる
きみはそのくらい硬い
きみはそのくらい硬い
僕に無防備な愛をおくれよ
サッカー場の赤ちゃんみたいな
手袋のなかの魚みたいな
僕に無防備な愛をおくれよ
僕に無防備な愛をおくれよ
秋の中の夏みたいな
高く跳ねた鮭みたいな
僕に無防備な愛をおくれよ
ママママ・ママママ・ママママ・ママママ・マ・マ・マ
きみはダイアモンドと同じくらい硬い
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セトゥ [新年明けましてお目でしょう :-) この文章好きです。 ]
ルナっち [↑この人は「ミスター・タンバリンマン」By Birds、こと、プネー在住の天才プログラマー&瞑想家のSetuさん。最..]
ルナっち [Byrdsね。。。 ]