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瞑想体験についてなのだけど、僕が始めて瞑想をしたのは中二の夏休み。ピンクフロイドを聞いて、「目を閉じて聞くと、異次元に吸い込まれるみたいだ」というSF小説好きの感覚の延長で、意識が変容していくことへの恐怖もなく(!)、なおかつそのぐらいの年齢だと世間というもののコモンセンスもまだ未熟、そのうえ人間がもっとも感受性が豊かな時期に、瞑想とはなんたるかの「先入観」なしに、瞑想していたこと。ピンクフロイドの「Echoes」に「空に浮いたまま時間が止まっているあほうどり」という一節があるけど、当時の僕は「ほんとに時間が止まっている感じがするよなあ。凄い音楽だなあ」と、それが瞑想であるという自覚なきままにかなり深い瞑想体験を得ていたように思う。当時の延長で2、3年たっても、まだ瞑想ということに思い当たらぬ時期、レコード棚に立てかけたピンクフロイドの作品だけがリアルな世界を観せてくれるように感じられて、現実そのものはまるで「ハリボテ」のように思っていたよ。
フロイドにはまってから、クラブ活動も止め、学校から帰ってすぐステレオの前に座り込み、それから3,4時間、夕食の時間になるまで延々と(笑)、目を瞑ってフロイド漬けになっていたんだけど、当時の悩みはフロイドを聞いた直後に家族らと夕食をとろうとすると、どうしても家族たちが「変」に感じられるんだよね。学校へ行ってても、フロイドでぶっとんでいる自分と友人たちに合わせている自分が分離してて、当時はその瞑想的な意識状態のほうがオカしいんじゃないか?とか悩んでいたよ。その頃もうちょっと自信があればなあとも思う。は?今ですか?そりゃもう根拠もない(笑)、自信満々ですがなにか?
つまりさ、ネットなんかで瞑想体験とか読んでみると、たいていは瞑想に対しての「予備知識」を得てから、瞑想みたいなもの(笑)をしてみるわけじゃない?それでうまくいかないで悩んでたり、変に類型的な体系論をどっかからひっぱってきたりと、まあ、ほとんどの人は瞑想ができてないように思うことも多い。その意味じゃSetuさんが、例えば、瞑想するときに電化製品に電気が通っていると瞑想の邪魔に感じられるとか、そういうところで、僕もそう感じてるので「ああ、この人はちゃんと体験できてるんだな」と判断しているの。ついでに瞑想しているとこういう「文章」を書くのも嫌になるけど、そのことも書いてあったな。まあ、そんなこんなで、瞑想が自分になにをもたらすかの「期待」があってはならないんじゃないか?というのが今日の結論。
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ZOMBO [最近のコスマ帽は日記にチョコっと載せてます アビカ帽すごいよ Frank Zakkaのページに掲載する予定ですが ..]
りえぞう(sameera) [こすま帽あいかわらずぶっとびかわいすぎ! アビカ私似合う自信あり!! ところですごい驚いた!!!zomboの日記にチ..]
Jonah [アビカ帽、俺もミョーに似合うかも(笑)。 ]