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さて、Mintiaさんのリクエストにお答えして、「石野真子への熱い思いを語れ」ということですが、まあ、「熱」くはないかな?。どちらかというとクールダウンする感じ。飛びぬけて美人ということでもなくスタイルだって凡庸だけど、僕が見る彼女のずば抜けた性格として、自我に拘泥することがほとんど感じられないナチュラルな在りようが素晴らしく思えるの。妹の石野陽子が「うちってさあ、両親が凄くいい人たちなのよ、だから子供たちがノビノビと育ったんじゃないかなあ?」と言う。つまりにSetuさんの日記2003-01-08日分に説明されているような、子供たちへの悪しき干渉が少ない寛容的な家庭で育ったんじゃないかな。おそらくは自我(マインド)というものが性格の根強いところに強化されてしまうパターンというのは両親(またはそれに類する保育者)が、子供たちを現状の社会システムに「適合」させようとして、その子供が持っている本来の豊かさを抑圧しようとし、子供たちはそれに抵抗しようとしてマインドという「意固地」なものを自らの性格として定着させてしまうのだと思う。結構重要なポイントだが、石野真子は、舞踏の国キューバで一躍国民的女優にもなったことがあって国賓として招待されたりしている(NHKの石野真子主演番組がキューバで放映された結果)。
森口博子もまたペルソナ付け替え自由度の高い、三枚目も演じる(というかなりきる)タレントの一人でもある。まあ、いわゆるエイブラハム・H・マズローらが提唱していた「自己実現型パーソナリティ」の典型的な例として認知できよう。彼女も石野真子の家庭環境と似て、「うちって家族全員がなにかしらアホなことをやっては、みんながゲラゲラ笑っているような環境だったの」と、これもまた、抑圧が少ない寛容さのある家庭環境である。また、個人的にも+12に入り込んでいると自分が「自己実現」を果たしているのを感じるが、その上、つまり+6は「幽体離脱」体験も含まれ、知られざる事実だが、森口博子は幽体離脱体験がひんぱんにおきて悩んでいたという。彼女はそこまでいけるのだ。え?石野真子はどうだって?、、、彼女は身体にいながらにして幽体離脱しているようなもん(笑)。
実はこの彼女たちの家庭に共通する「寛容さ」について話をコムズカシク(またかよお)しちゃうぞ俺わ。まあ、これも後ほどジックリと説明する予定なので端折るが、例えば逆に、「抑圧的な家庭」である場合のことを考えてみよう。子供たちは生まれた時は「白紙」であるとされ、養育者が彼らを現代社会に適合するように「型にはめる」ということを教育方針とする場合、それ(抑圧)が起きる。その場合、どういう「型」にするのかという部分に、つまりエディプス主体という隠された心理的権威主体に基づいて、ある種の「型」をデッチあげているという構造がある。エディプス主体について簡単に述べてみるとかって我々が古代人、未開人であったころは、いま、現在問題となっているエディプス主体が占めている「場」は神さまだったのだ。つまり、そのまま、かっては「神」が占めていた場を乗っ取った権威主体としてのエディプス主体というものこそ、偽の神、として君臨、つまり悪魔的なものでさえあるのかも知れないって話がおおげさかね?ちなみにエディプス主体そのものは心理的権威主体だけということではなく、エディプス主体が神なるものより上位主体になってしまった近代的合理主義的世界観においては、我々の社会制度全般に組み込まれていることをここに警告しておきたい。
さて、例の高音質化作戦は一応の成功をみたものの、一つの問題を残していた。ファイルサイズが元の4〜5倍にふくれあがり、160ギガのハードディスクに、せいぜい、60枚前後しか、CDがいれられないということである。・・・いや、「60枚入れば成功でしょ?そんなにたくさん聞かないし」という人もあろうが、というか自分もそうオモこんでいたが、実際、やり始めてみたら、「ああ、俺って本当に音楽好きなんだな」と再確認せざるを得ないほど、60枚ではずぇんずぇん「足りない」・・・。うーむ、ハードディスクがあと5、6個ほしくなったけど、そんな贅沢が許される状況にない(トホホ)。続く。
リラックスしてゆったりとした気分になってくる。試しに元のCDのままで聞いているとなんだかそわそわと落ち着かなくなってイライラしてくる(少しおおげさだがこのような傾向があるのは確か)。二重盲検法で脳波検査して確認したいぐらいだ(笑)。これってつまり、たとえば、お店などのBGMでもそうだろうし、ヒーリングに携わる人が施術中にかける音楽として、この音質のクオリティ、「癒される音質」が必要なんじゃないかしら?・・・、いや絶対必要っしょ。断言してもいいけど、CDをそのままかけるとヒーリングには逆効果になると思う(エンヤのような音は大丈夫ぽいけど)。まあそれで「金」とるつもりは全然ないから、必要なサウンドカードとかの相談を遠慮なくしてきなさいというか、調べてどれがいいかここで書くことにしよう。楽しみに待ってておくれよベイベ〜♪
実はCDクオリティにおいては元の音質をまったくそこなわずにファイルサイズを「2分の1」、つまり半分に圧縮できる「FLAC」という可逆圧縮方式がある。もう20枚ほど、元のCD規格、41.1kHz、16bitを96kHz、32bit化していたが、このFLACは32bitには対応していなく、最大24bitまでであった。「ダメかな?」と一瞬悩んだものの、そういえば、今僕が使っている高級な(おほほほ)サウンドカードは24bitまでしか対応していないわけで、わざわざ32bitにまでする必要がなく、つまり96kHz,24bitレベルに再度変換しなおしてみても、まったく音質が変わらない。その上、FLACが使える!と試してみたところ、なんともはや、いやはや、あろうことか、そこはかとなく(?)、この高音質規格上においてのFLAC化は、元ファイルの「4分の1」近くまで音質がまったくそこなわれることなく圧縮できるのだ!!!、ビックリしたなあもう。これはつまり、変換の手間が二度かかるがCDより少し多めのファイルサイズにまで縮めても、「癒しの音色」がそのまま保たれたままであり、前々章で書いた「60枚」までという限界が「230枚(前後)」まで拡大せしむることに成功したということなのでR!(ううぉおおっ!!ばんざ〜い!!!!)。いやあ、コンピューターってほんと凄いわ。
MP3はあきらかに音が劣化するのがわかるが、似たような音楽圧縮プログラム、Vorbisだっけな?のoggファイルの最高度変換を試すと、FLACのファイルサイズからまた半分にまでモってイケる。実はこれ、まだじっくりと聞き比べていないので断言は避けるけど、さっき験してみたら、元の音と「差」が分からん・・・。一応、プロ用のモニターヘッドフォン使っていますが。これはつまり、CDの半分近くまでファイルサイズが小さくなるのに、CDとは比べ物にならないほどの高音質を保ったままであるということになり、230枚どころか、460枚という数字も夢ではない。いかんせん、不可逆圧縮(つまりもとには戻せない)方式であるから、一抹の不安は残るものの、oggだとスタンダードに変換すると10分の1にはいけて、もしもこれで、「大丈夫」な場合、2300枚も夢ではないということになる。先ほどためしたが、音がほんの少し「なまる」程度で(注、高音域はMP3のように切り捨てられることなく、延びたままっぽい)、かえって聞きやすかったりするんだが、まあこれは外出時のノートパソコン用に使うとしよう(まだ買えないが・悔し泣)。いずれにしても、一度、96kHz,24bit化してからの変換にすると凄くいい音質だと思う。なお、フリーソフトやウィンアンプ、フーバー等の同じく96kHz、24bitに変換できるオーディオソフトは一通り験したが、運良く、いま、自分が使っている音楽録音用ソフトCubaseでのそれが一番音質がいい(&変換時間が早い)。ラッキー。誰かが親切につっこみを入れてくれるかも知れないので前もって書いておくけど、フーバーもウィンアンプも当然、asio_plugin使用。基本的にはそのへんのソフトだと一曲あたり10分ぐらいの変換時間がかかるのだが、cubaseでは一分で済む(CPUは1ギガ使用)。数学的なアルゴリズム(考え方の仕組み)の差だと思うが、まあもしかすると、cubaseでは、音楽用に聞きやすく(なおかつ変換速度も速く)するプログラムが入れられている可能性もなきにしもあらずだが、それでも、元のCDの「嫌」な感じがなくなるだけで俺的には全然OK。余談だが、あの娘も俺的には全然OK(・・・?)。
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Before...
観覧車 [妹の陽子さんがテレビで愛犬の話をしていて「犬か彼かどちらかを殺すと言われたらどっちを?」という質問に「選べない、私が..]
mintia [。。。あとね、私達の親って 子供時代 軍国主義でしょ。 歯をくいしばれーっ。って たたかれてる 映画みたことあるんだ..]
ルナっち [僕もおばあちゃん子だったYO! ]