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ふー、久しぶりだったな。都合2時間ほど。使った音楽はリンボーマニアックスの「Stinky Groove」。かなり古いがいわゆるテクスチャーミックスロックバンドの走り。演奏力が秀逸でノれる。で、今日、昨日の踊りの余韻味わいながらこうしていると、「意識」って人間の「表面」にしか過ぎないのが良く分かる。なんかこうもっと本能的な部分が意識を支えているのを感じるよ。そっちのほう(本能的なほう)へと気づきがいっちゃってて、意識と自己同一化しているのをかなり外せている。まあ、こうして客観的に「意識」とかやらを見てると、コンピューター疲れでヒドいもんではある。花粉症の影響もあるっぽいな。今晩は寝る前に瞑想を(これまた)久しぶりにやってみる予定。なんとなく分かってるけど、「ズシンッ!」と眠気に襲われ、グッスリ眠れるだろう。
戦争反対のデモ行為を見るたびに「ああ、こういう時こそ、みんな本心から踊ることにもっていかないとうまくいえないけど、同じバイブに囚われちゃうな」とちょっと危惧を感じる。まあ、緑の党とかが、「振り付け」踊りをしているのは情けないのがあるが、まあストライキとかさ、メーデー?とかのデモなんか、どうしてみんな踊らないのかな?それがなされないのがこういった労働運動、もっとはっきり言うと共産主義の限界だと思っているけど。
イロコイ連合というのは、早い話、インディアンの部族の連合なの。で、アメリカの州制度とか共産主義思想の原始共産主義社会とか、みんなこのイロコイ連合のマネだったのはあまり知られてない。もちろんSetuさんは知ってると思うけど。でさ、観覧車さんがツッコミ入れてくれたけど、マネじゃ駄目なんだよね。いったいどのような基本的構造があって、イロコイ連合というのは部族同士対立することなく仲良くやっていけたかというと、・・・
祭の時に唄や踊りが秀逸なパーティマン(笑)がいい男と女たちに褒め称えあげられ、女たちの判断によって政治事をそのいい男が司ることを「許可」するというシステムであったことは知ってた?。インディアンというとあの厳しい「酋長」の写真なんかのイメージで、男尊女卑っぽい雰囲気がするのかも知れないが、詳しい人はご存知のように、厳しい酋長のほとんどが「恐妻家」でもある(大笑い)。おそらくこの基本的な政治(と本来は切り離せない祭りごと)構造があって初めてイロコイ連合が成功していたと言うのは言えてるんじゃないかしら?おおいに関係ありそうだけど、ロックアーティストのカッコよさってインディアンに似てるほど「カッコいい」という感覚があると思ふ今日この頃です。
_ 僕と新しくマイミクになってくれたインテリパンクさんのタッグで先鋭的な芸術活動、シチュエイショニズムまわりの言及が目覚しい効果を挙げたと思うな。インテリパンクさんサンキュー!!!、以下、彼の名文句を。
_ 社会通念や法令に関しては権力の影響力が大きいものですが、それに対しては芸術がもっとも大きく対抗出来る物です。社会の作った法規通念と個人が作った芸術が矛盾する時こそ、擬製された社会通念が改めてチューニングされるときでしょう。
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ルナっち [あと、イロコイってイロクォイとかでも表記されるので検索の時にご注意を。 ]