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「戦場のメリークリスマス」って映画あったじゃん。あの坂本龍一が演じる将校がさ、ボウイ演じるイギリス人将校にほおずりされるシーン。あれは、部隊と捕虜のあいだに満ちてきた一触即発的な緊迫感(危機感)を、「別の位相」に一瞬にしてワープさせちゃったでしょ?。あれこそがパフォーマンスアートなの(いや、まああの映画、原作はヴァンデルポストの影の獄にて、はちょっと違う要素もあるんだけど)。まあ、禅とも通づるような、普通だとそのような行動に出るのは簡単なものじゃないはずで、やはりある種の精神的鍛錬があってブレイクスルーして「初めて」、予想だにしない、なおかつ劇的な効果を挙げるアプローチができるようになるということ。この方向にパフォーマンスアートの存在意義があると思う。なお、基本的にパフォーマンスアーティストらの概ねな合意は「私は今のこの世界を動かしている力の質が嫌だ。もし、わたしがパフォーマンスアーティストになってなかったらテロリストにでもなっていたかも知れない」というのがある。で、これはフロイトのエディプス式(数式化したのはジャックラカンだけど)、で、煮詰まって互いに殺意抱くような方向をパフォーマンスアートの考え方だとそっから「抜け出る」のがいいんだよね。ごめんよお、今日は仕事で疲れて文章がヘン(え?いつもヘン?悪かったな、俺は「推敲」しない派だ・・・)だけど、言いたいことはわかるっしょ?そういうことを頭に入れとくとパフォーマンスアートのなんたるかがわかってくると思うよ。
_ 次回はエコフェミ論文のコピペだす。長文になるのでコピペして印刷したほうが目に優しくてよろしいかと。
Swastikaとは鉤十字のこと。ナチズムのシンボル。Swastika Eysはプライマル・スクリームの曲で、もちろん、イカれたナショナリズム批判の歌。最近この曲をヘヴィ・ローテーションしてしまう。もちろん、mixi反戦コミュに跋扈するナショナリストどもの短絡的なものの見方に呆れ、おまえらの謀略には全然ノれないなあというところで、響いてくるサウンドだ。まあ実は明日から仕事入っており、しばらく日記を書くひまがなさそうなので、取り急ぎ書いておかなくちゃ。IさんとGさんの討論にもあるように、ナショナリストは「妄言」を喚いて「妄想」を書き連ねている。まあ彼らの基本的な主張に反日思想がどうとかこうとかがあるが、当然ながら、共産主義にもノってない俺には「だからなに?」としか聞こえない。別に中国じゃなくても自分たちの考え方を正当づけるべく仮想敵が欲しいだけだろ?と捉えてしまうだけだが。少し奇妙に思うが、当初、電波系(爆)として、例のコミュにのりこんで書き散らしていたが、どうもそれ、逆手に取ってくれないなあ。「こいつは植物の精霊とか言ってるからダメっしょ?」というふうにさ。
骸骨の手だ、という言い方がある。生命の焔が欠落した手。これに対処するのにはこちらも同じように骸骨の手を差し出しておけばいい、という考えかたもある。そうすれば、悪はみずからを滅ぼすという。まあそれはともかくとして、Gに代表されるようなナショナリストの基本態として、明らかに他者の(または自己の)生命を破壊したいという隠された欲望を見て取れるが、まあ同じく別のコミュでのナショナリストを標榜するM氏のそれは、ある種の情愛を乗せる台としてのナショナリズムという解釈もあり、俺に言わせればそれがナショナリズムである「必要」はない。まあ近代理性が情愛を不合理なものとしてしてしまいがちなところがあるがため、なにかしら(ナショナリズムのような)イデオロギーとは別種の開かれた感じ方、考えかかたが必要なのだ。ようこそ精霊が舞う世界へ(爆)
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mintia [パフォーマンスアート。。って、こういうことだったのね。うん。 わかりやすい。 ところで、ジーンのギターは、いつ 聞け..]