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フランス出自の構造主義思想では熱い社会と冷たい社会という言い方がある。これは元々熱力学の法則(ブラウン運動とかのさ〜)に基づいた説明で、「熱い」というのは変化が激しい(つまり近代社会)で、「冷たい」というのは変化が少なくて安定している未開社会の在り様を指して言う。んだけども、普通、「冷たい社会」などと言われたブンには、人間関係の希薄な人情の冷えた(笑)都会のこと?とか誤解されがちである。もともとが言語学のソシュールを出自する構造主義であるから、たとえば、このような例にあるように、他の文化圏に「翻訳」する時に、必然的にその文化に合わせて、言い換えなくてはならないのだが、お堅い(笑)学問の領域ではちょっと意味が違ってきても、もとの言葉になるたけ忠実に訳して、分けが分からなくなるパターンも多い。というかフランス人、「気取る」のが文化でもあるから(日本人だとワビサビとか?)、キャツらの文献読む場合、そこんとこを留意しておく必要があるみたいです。はい?わたしですか?いやああんまり読んでないですけどォ・・・。
「静的」なものを解釈するのは優れているけど、「動的」なものをうまく解釈できない、という言い方がある。違いまんなあ。こういう言い方の場合、未開社会のシステムという安定して「静的」なものを解釈してきたため、方法と目的が一緒クタにされていると思う。まあ、「過去」のものである、「それまでの」未開社会の分析手法として素晴らしかった構造主義を「未来」へ「これから」構築する手法として使うということも考えられるのである。いかん、無理して難しいこと書いてみたらちょっと気が遠くなってきた。章を改めて・・・
実は一部の突出した知性を除いて、構造主義的なる思考様式が身についているのはCMディレクターでもあるんだが(本人が構造主義を知っているかいないかはともかく)、例えば、浜崎あゆという「死の匂いを撒き散らす」(<私の主観ですけどなにか?)アーティストがいるが、この「死の匂い」を解釈しなおして、携帯電話のCMだったと思うけど、生命の気配のない「サイボーグ」としてかっこよく(のつもりなんだろうと思うけど?)打ち出したCMがあった。いわゆる「逆手に取る」パターン。または、SMAPの仲居くんというインチキっぽいパーソナリティの持ち主を「模倣犯」という映画の主人公にアてる、等、ここにあるのはある種の構造の一要素を「読み換え」て、別のものにするという方法で、たぶん世界でもそんなことをいうのは俺しかいないんだろう(笑)「未来志向型構造主義思考」的なるものの芽生えがあるとしてみる。なんとなく見えてくるものがあるとは思うんですけど〜。というかTV嫌いなわりには結構知ってるじゃんルナっち・・・。
ここは構造主義思想について語るところではないので端折るが、ネイティヴ・アメリカンやアボリジーニらのような未開社会ブーム(?)において、未開人らの世界のほうが近代社会よりもよほど文化的に優れた豊穣な世界であることを発見し、西欧の近代知なるものへの批判を最初にもたらしたのは一連の構造主義思想家だったのはあまり知られてないのがちょっとなにだな〜と思い、書いてみました。なお、60年代後半のカウンターカルチャーにおいてなんで構造主義思想が取り上げられなかったのか不思議ですが、なんででしょうね。
・・・、んなもんないわと平気で俺は言える。というか、まあ戦争反対コミュでのナショナリストの多さにちょっとあきれ、どうでもいいと無視していた小林よしの×の「戦争論」が古本で売ってたので購入、斜め読み。なにこれ?。漫画というのはカリカチュアするから話が軽くなる&極論になるのはいたしかたないにしろ、こんな粗雑な(ついでに言えばヘタクソな)漫画で影響受けた若い連中が大勢いたのにウンザリ。まあモーニング娘(例えがもう古いかな)があいかわらず売れている我が国の文化的状況だ。ついでに言えば昔から腹が立つが、幸福の科学もあいかわらずベストセラーリストにいつも乗ってる。なんつーか、日本人って細やかな情緒があるところがいいところだと思ってはいるんだけど、こういう(芸術的)文化側面はほとんど壊滅状態でヘラヘラ笑うしかない。なんとかなんないかこの豚どもの国。そういや、「戦争論」での戦争肯定論に、「物語」として、それに殉じた崇高な精神とか言ってるけど、幸福の科学も武道館で行われたバカボンのお話も「物語」として語ってて、信者が感動して泣いてたりする。夜中だし、眠剤飲んじゃったので例によってラリりながら書き飛ばすが、「物語」っつーのは「妄想」だっつーの。まあそのへんをアーサー・ケストラーが「機械の中の幽霊」や「ホロン革命」等で、ポール・マクリーンの脳の構造説(三脳説)を引用して、人類の妄想的傾向として批判し、ケストラーは薬物を開発して人間がでっちあげる「妄想」としての物語性をその薬物で抹消できないものかとまで批判しているのだが。まあ俺は音楽が趣味というか世界観に伴っている変人ではあるから、音楽という芸術表現にある、物語性を拒否するようなところ、うまく言えないが、妄想ではなく、感性と理性を直接的に橋渡しになっているところにシビれているのであって、「物語」性という、いくらでも誤魔化しの利く冗長な安いメロドラマにはさっぱりノレないタイプ。まあ優れた物語(文学作品)は神話的ではあってそういうのはズシンと感動したりもしたが、とりあえず、戦争論は安すぎるだろう。小林よ×のりがバカなのは仕方ないが、それを(センセーショナルなものとして大衆受けを狙い)利用して金もうけしようとした幻冬舎の性根が気にいらないなあ。言いたいほうだい主義で言い切っちゃうが(幻冬舎で本を出したりしてたこともある)尾崎ユタかが死んだのは俺は幻冬舎にも一因あると思っているんだが。
というのは愛国心だが、それも俺はどうどうと愛国心なんか全然ねえよと言える。モーニング娘(略)。まあちょっとわからなくもないところはある。東欧の街並みなんかで何百年も持っているようなレンガづくりの家とか長い歴史の積み重ねで美的なバランスの取れた美しい町並みとか見ると、こういうところに生まれていたら愛国心あったりするかも、とか思う。日本の町並みって惨いしなあ。外国いって外国人が自国の文化に誇りを持つのを感じて、日本人にはそれがないのがダメだとか思ってナショナリズムに目覚めるというタイプも多いが、それもどうだかなあと思う。劣等感の裏返しでナショナリズムに目覚められても困るよ。まあ実はこのわが国でのマットーな(つまり歴史性の積み重ねのある)ナショナリズムの不可能性は、逆に言えば、ナショナリズムを超えたイディを世界にもたらしうる新しい環境だったりもするかも知れないと思うが、脳天気すぎるかな。まあそれをやってのけたのはイマーノビッグボスの卓越した言語感覚なんだが、そのへんちゃんと説明している文にはまだお目にかかってないなあ。そのうち丁寧に書きます。とりあえず、日本に生まれ、ものごころついた時にはロックに夢中になってて、英米でのヒットチャートに優れた楽曲が並んでいた頃、わが国の暗澹たるダサすぎる流行音楽を聞いてガッカリして、「日本ってこういう英米の優れたセンスってないのな」と日本人文化的にはまったくダメ論にはまっていましたが、イマーノビッグボスがすべてをひっくり返して、「日本人でもここまでできるんだ」と誇りを感じたのはナショナリズムなんですかね。違うんだけどね。どう違うかはまた後で。ちょっと今浮かんでいるモノいいは徹底した「個」は欺瞞に満ちた「公」を完膚なきまでにブッとばすところにあるといったところとか。例。反核の替え歌「Love me tender」でキヨシローが歌った「(核に汚染されてない)牛乳を飲みてえ♪」と歌うセンスとかさ。
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Before...
ルナっち [いやあマジに忙しいな。心を亡ぼすと書いて忙しいと読むなんつって。 ]
mintia [まぁ、ルナっちをTVのCMにだすなら、缶コーヒーかな。 徹夜の仕事で 吸殻いっぱいの灰皿かなんか 映ってね。朝帰りの..]
ルナっち [↑ちょっといい(笑) ]