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書いているのはあまりみかけないな。シドはピンク・フロイド創生期のリーダーで精神分裂症に犯されてしまった伝説的な人物。一般的にシドの狂気はLSDのせいだとされていて、あまり知られてない話だが、実はシドの狂気の発端は、学生時代、インドのグルに会いたいと教師に相談したところ、それを駄目だと禁止されたことにあるという説がある。ありうる話だと思う。まあイギリスという国は世界でもっとも早く、いわゆる産業文明化されたところで、近代都市型文化がどのように人々を変調(笑)させていくかを計るサンプルとしても興味深い場所なのである。まあビートルズが突破口を切り開いて、ある種の開放は起きたのだが、それまでのイギリスの産業化がもたらした人々への抑圧は、1930〜40年代まわり、イギリスの女性に特異に「気狂い」が多かったことからも伺えるだろう。まあ英国女性の当時の狂気の多さはフェミニズムの脈でも研究が進み、エレイン・ショーウォーターその他のフェミニズム思想家によって近代産業化を推し進めた結果人々を抑圧していた力、まあエディプス主体だが、の在り方を突き詰めてきてはいる。話がズレたが、とにかく、早い話、イギリスでの教育というのは、日本でのそれと違い、教師が陰険というのは言い過ぎだが、とにかく、歴史の積み重ねの上に伝統的に厳しい教師と生徒の上下関係があって、教師が生徒に与える影響というのは大きかったのだ。ちなみに、ロビン・ヒッチコックはハーヴァード大学(日本で言えば東大か)に推薦入学したほどの天才肌で、大学入ってから、自殺未遂その他、「奇行」がひどすぎると、精神科に強制的に通わされたりしていたという。なんてことを書いていると、彼らが好きな俺って凄くない?などと自慢気になってしまうのが嫌だが、まあ、例えば、フロイド全盛期、同様に評価されたプログレッシブロックなんかでは、EL&Pとかイエスその他、色々いたが、当時からフロイドがダントツに良いと思っていたり、ハードロックなんかだと、ディープ・パープルとレッド・ツェッペリンの二大巨頭とか言ってたが、当時から、ツェッペリンのほうが全然いいけどなあ?と思ったりするのが、後年の風化で、残るのが好きなほうだったりして、なんというか、自分が好きになるのって、後年の評価もずっといいままで、要するに自分の「好み」には年々自信が持ててきているというのはある。まあそういう自然な嗅覚的なセンスの良さが身についたのは、繰り返すけど、中学二年の夏休み、フロイドにはまって、二学期が始まってから、学校から帰ってから家族らと夕ご飯を食べるまで、「ずっと」部屋を真っ暗にして、目を瞑り、フロイドに聞き惚れていた、つまり、一種の瞑想をしていたのが大きかったと思う。人によるだろうが、僕の中学二年くらいでは、まだまだ、いわゆる世界というものへのコモンセンスがなく、つまり、コモンセンスに「邪魔」されることなく深い瞑想体験を得られたのだ。これはちょっとというかかなり瞑想には有利な状況(笑)。ああ、当時「瞑想」という言い方知ってればなあ。いろいろとやりやすかったのに。まあ、逆に「瞑想」という概念もないままにソレができたわけで、これは感謝しなくてはいけない。まあ、それは今にして思えばいいことだったが、当時悩んでいたのはフロイド漬けになって長時間瞑想し、夕飯の時間に家族らと会うと、家族たちがなんか他の世界のナメクジじみた奇妙な生き物のように感じられて、「(そういうふうに感じる)俺ってへんなのかなあ?」と気後れしたりした。実はこの他の人間がナメクジのように感じる違和感はずっと続いてたりして、ある日、イマーノ「ビッグボス」キヨシローを知ったとき、「ああ!初めてナメクジじみたところの皆無な人を見つけたぞ?」とも思ったことが、オイラがビッグボスのファナティックなまでのファンである理由のひとつでもある。
実はそれ以前はビートルズから始まったポップス愛好少年だったが、同じくビートルズと並び称されるローリング・ストーンズも聞いてみた。EP(当時、シングル盤レコードで四曲入りのやつ)で、「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」「ホンキー・トンク・ウーメン」「ルビー・チューズデイ」「悪魔を憐れむ歌」がいっしょになっていたのを購入し(注、瞑想前)、当初は「ルビー・チューズデイ」はビートルズにも通ずるきれいなメロディだが、後は、マジに「(悪い意味で)土人の音楽」にしか聞こえなく、「なんでこんなのがいいんだろ?」と思っていた。しばらくフロイド漬けになって(つまり瞑想を始めて)、ある日、「ブラウン・シュガー」を演奏するストーンズをTVで見て、自由奔放に歌い踊るミック・ジャガーに衝撃を受け、そのEPを聞きなおしてみたら・・・、スッゲーカッコイイじゃ〜ん、と、それまで、土人の音楽にしか聞こえなかった他の曲の「真髄」が分かり、フロイド偏愛時代は終わりをつげ、ストーンズにイカれる時代が始まったのである。まあ、要するに、ここでも、「瞑想」がなかったら、ストーンズの良さはすぐにはわからなかった可能性も高いと思う。まあそれが証拠に、2ちゃんのストーンズスレなんか読んでみると、結構ストーンズって本当の良さがわかりずらいちょっと難解なところがあるっぽい、みたいな言い方をしているのをたまに見かける。そうそう、当時、初めて購入したストーンズの「It's Only Rock'n Roll」アルバムにて、ライナーを書いていた評論家が「日本ではビートルズのファンは多いのに比べ、ストーンズのファンは少なすぎる。日本人はストーンズのエイトビートのかっこ良さが分からない民族なのではないか?」みたいな書き方してあって、「ふ〜ん」と思ったが、とりあえず、当時のストーンズのかっこ良さは尋常なものではなかった。この世で「一番かっこいいもの」はローリング・ストーンズだと私はいまだに思い込んでいる。もちろん、残念ながら、近年の彼らではなく、ベガーズ・バンケットからまあせいぜい5,6枚くらいのまでのストーンズはとにかくこの世で「一番かっこいい人たち」だった。ほんと当時のストーンズの良さがわかったら、日本のジャニーズ系とかとてもかっこいいシロモンとは思えないと思うんだが・・・(あたりまえで凡庸な言い方に聞こえるだろうけど、ジャニーズ系が売れているということは、あれを買っている女性たちはストーンズの鼻血もののカッコ良さを認識してないという文化的欠落が起きているということだからね)。まあ余談だけど、ストーンズ好きの女はこれまた極上の美人(かとんでもないドブスの場合もたまにあるらしい)と相場は決まっている(えへへへ)。ちなみに、キース・リチャード(ストーンズのギタリスト)は、ニューヨークのスラム街を、ガードマンなしでうろつきまわり、強盗に襲われても、キースだと分かった強盗が「なんだあんたキースじゃないか?大ファンなんだぜ」と、当初の強盗という目的を忘れさせ(笑)、握手を求められたりするという。いい話だ。
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