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The Pagan Club

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2004-08-30 バイトいってるだよ

_ 6キロ痩せただ。

デニス・ロッドマンという悪役バスケット・ボール選手の伝記が「ワルがままに」という傑作邦題のもとに出版されたが、それにならって言えば私の場合は「フトルがままに」だったので(・・・)、ハードな肉体労働バイトも悪くはない。長い間コンピューター漬けの身体が追いついていけるのか心配だったが、全然平気。初日、いきなりのハードな運動に脳が驚いたのか、いわゆるノーマインドの世界に突入してしまい、ゴーゴーうるさいところなのに、ヘンに静かな世界へと2、3分くらいだったか入り込んでしまった。だがしかし、当初は慣れてないせいで、力の抜き加減が分からず、5キロはあっというまに痩せたのだが、コツを覚えた後半、1キロしか痩せない。全盛期(?)はそれよりも14キロ痩せてたので、とりあえず、あと14キロは体重落とす予定。まあ別にダイエット目的ではないが、フィジカルなエクササイズはそのぐらいはあたりまえに落ちる。いま、医者へ行って睡眠薬をもらってきたが、さすがに6キロだけでも、身体のキレが良くなってて、スイスイ歩ける。まあ、ダンスのように自分で好きで体を動かすのとは違い、「生への隷属性」のもとに身体を酷使しているので、いわゆる瞑想的な効果は初日のノーマインドは別にして、ほとんど起こらない。似たような身体運動なのに、心理的な効果がこれほど差があるのが分かったのは収穫だったかな。9月からはまた三次元CADの仕事が入っており、バイト仲間とのお別れが近い。互いに協力して頑張る仕事のせいか、「情がうつる」ので、ちょっと悲しい。社会の低辺層のバイトとはいえ、それぞれに事情をかかえて、見た目は怖いが(笑)不器用そうで心優しい連中が多い。前半は怒鳴ってて怖かった一部の社員さんたちも仕事を覚えた後半は優しくなってきたし。まあもちろん、ヘンな人も少しいるが、俺もその一人なのは抗えない事実ではある(フンフン♪)。・・・ところで、今回のバイトと支払いを計算してみると、まだ、ノートパソコンが買えない模様です(まあ仕事で必要なグラフィック性能がいいやつだと高いので)。これは年内にも、もう一度お世話になるかも知れないな。

_ [エディプス主体]エディプス主体がいかに人々の創造力を阻むか

の例がたくさんあるが、たとえば、「兄弟(姉妹)」で、兄(姉)、弟(妹)の性格の違いとして現れる。良く言われる、長男は真面目で、次男はやんちゃという奴だ。もちろん、この場合、やんちゃというのは創造性がある状態。また、別の例だが、いわゆる欠損家庭(嫌な言い方だな)、片親だったり、または両親がいなく、施設で育った人なんかだと、妙に人なつっこい憎めない性格の人が多いと思うが、この場合もエディプス主体の影響が少ないと思える。前の日記のつっこみに書いたように、近代資本主義下の家族制(父、母、子)という最小集団にて、形成される主体ではあるから、この論理の延長で、家族が「軍隊(近代国家)」の最小単位であるとも言えるから、まあ、いわゆるコミューンだったり、社会主義が家族の解体を目標としていたり(ああ、もちろん、キリストが「私はあなたがたを家族らと切り離すためにきた」というのもそれかも)、まあとにかく、家族制(いや、正確に言うと家父長主義制だが)の在り方が、エディプス主体をのさばらせている基本的要因ではあるから、「血縁」という物理的な現前を超えた「?縁」を布置して、エディプス主体の持つ毒を排除していく装置が必要だろう。北沢教授にはあまり高く買われてないが、ジュリア・クリステヴァが言うアンチ・エディプス主体生成とはそのことを提起している。まあNGOだったり、コミューンだったり、グリーンとかのエコロジー運動だったり、宗教団体(・・・)だったりと、血縁とは関係がない関係性を持ち始める団体も増えてきて、一部では語られてきてはいると思うが、まず、ほとんどがエディプス主体がどうとかこうとかはあまり言われてなさそうなので、こうして書き出してみる。ちなみに、私は長男(それももっともエディプス主体の抑圧がもっとも大きい、祖父の第一の孫)だが、長男ぽくねえとは良く言われる(笑)。ちなみに、解説書の類はたくさん読んだが、ラカン自身の書いた本は「なに言ってるかさっぱりわがんね」と放り投げてはいたが、ジャック・ラカンが「未開民族にはエディプス複合は存在しえない」と予言して、後に文化人類学のフィールドワークで証明された事象は、わたしがもっと簡単に分かりやすくこの日記の少し前に説明したと思うが、なにか?

_ クローン人間はなぜ倫理的な問題になるのか

という場合にもエディプス主体がのさばっている(俺もしつこい・笑)。神の領域とかいってゴマかされてはエケない。ここにあるのは、例えば、父親のクローンができたとして、そのクローン父が自分の嫁さんの妹と結婚した、などというパターンで、「同じ人間」であるにもかかわらず、自分との相対的な関係が父親なのか義理の弟なのか厳密には判別し難いといった方向で、いわゆる「家族」としての絶対的な関係性、父、母、子、姉、弟、等の関係性が「崩壊」するところに、帰着する。そのことに対する潜在的な恐怖感があるがため、倫理的問題とみなす心理的な力も大きいのだが、これもあまり指摘されてないようなのでここで書いてみる。まあ、私は家族だろうと他人だろうと同じように見てるので、そのへんの問題は全然気にならないが、右翼気質(なのに共産党員)の叔父と言い争いになったことがある。叔父は「家族と他人は違うんだ」説、俺は(略)。この場合、叔父は「おまえは間違っている」と責めたてるのに対し、わたしは「まあそう思うんだったらそう思ってていいけど、僕はそういう見方してないのを矯正しようとするのは止めてくんない?」という立場。要するに例によって遠まわしに自分のほうが霊的に進化しているという自慢話だが(まあ、奥さんっ、霊的に進化してるんですってよ!)、と、とにかく、普通は家族と他人は違うというものの見方が近代では潜在的にだが、かなり強固な、なおかつ無意識的な偏見として、根をおろしているということを指摘してみたかった。まあ普通、同性の親子って性格が似ているパターンは多いけど、俺は全然似てないと言わてたからなぁ(それどころか、親子でこんなに性格が違うのも珍しいとかまで言われた)。そのへんの違いもあるかも知れないが。とりあえず、アイスクリームを買ってきまつ。

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海月みどり [ごめん、ジョナーどの、、、 酔っぱらってるからかな?読んでる途中で気絶(笑) でもとにかく、ジョナーどのがすっきりス..]

ジョナー [まあ痩せてるとモテすぎるのが悩みだったしね。 ↑嘘です。 ]


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