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まあ、直接的にではないけど、俺が高校中退した間接的な原因。まあ、当時(高校時代)、通学時間にいつも感じていたことは、いわゆるサラリーマンの群れを見渡して「俺も将来はああいうふうになるのかな、それはどうしても「嫌」だな。ここで退路(いわゆる安定した人生)を断ち切っておかないと後悔しそうだ」という気持ちが強かった。まあ、そんなこといいつつ大学入学資格検定は受けて取っておいたが(・・・)、当時、レヴィストロースも知ることもなしに「文化人類学」は面白そうだな、そっちへ行くか、というつもりがあった。この日記では書いてなかったかな?まあ親父がいかにもなスターリンや金正日を思わせる権威主義的性格だったので、当然(笑)、権威に対する嫌悪感が強く、そのへんでも教師との折り合いが悪く、まあ暗い高校時代でしたとさ。いやしかし、それとはまた別にいわゆる一連のエクササイズに取り組んでいた時、どうも底抜けに性格が明るかったらしく、「ご両親の育てかたが良かったのよねえ」とは良くいわれたが、もちろんそれはない。それどころか、こちらが性格良くなってくるのを「邪魔」されるような状態。まあ、それを、R・D・レインが「人の自己実現を拒む力はたいていの場合、家族らからくることが多い」、として、まあ、よほどに質のいい家系(や環境)でもない限り、ある種の自己変容はそれまでの周りの人々との「関係性」を変化させてしまい、通常、人は自分たちが理解できないやりかたで目の前で個人が「変容」していくのは恐怖(いや、俺の実感だと強い嫉妬だったような?)を伴うというのが問題その一。キリストが「わたしはあなたがたを家族らから切り離すために来た」というのはそういうようなことを提起していると思ってるけど、全然違うかも知れない。
運がいいほうだろう。こうして精神病院にブチ込まれることなく、エクササイズによる変容体験(!)を得たあとで普通人(は?)として生活してられるのは。まあ、ひとつあるのは、いわゆるシンクロニシティが頻発したことによって、「人生には今まで思い込んでいたようなものごとだけではなく、もっと知られざることがあるのだ」という畏怖の念とそれに伴う、理由なき(笑)信頼感がある。ああ、そうそう、変容当時、家族らに浴びせかけられていた罵声は「この気狂い」だったけど、ちょっとここでバラすのは過激かしらん?まあ、並以下に陰湿な抑圧的家系だったので、言い訳じゃないですけど、当人至ってマトモな心つもりでおります。ただ、ひとつ、「ああ、こんなふうに踊りまくれる(様な心身機序を再生させた)のって、家の家系じゃ、俺が始めてなんじゃないだろうか?」というのはあるから、あんまりマトモとは言えないかな?(ハハハ)。
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へ〜ぇ。なんか、マジ、なまるなっちに、会ってみたくなったよ。
そうだよなあ。いつかはみんなと会うこともあるだろうし、その時に「げげ、こんな奴だったの〜」とか思われたら説得力なくなっちゃうもんなあ(・・・)。その日のためにもシェイプアップします(笑)。
あれっ!!弱気じゃん。。。
げげ・・・・は、きっとお互いさまだから、いいよ。そのままで。..あったその日に、オオゲンカ?
。。。だったら、カルマおとしだあ。。。ぎゃははは!!
P.S なに、説得するおつもり。。。?
え〜と(笑)。まあだから瞑想やヨーガ、気功法がどれほど美容と健康にいいかという説得力。