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ストーンズのベストアルバム、フォーティリックスが装い新たたに「悪魔を憐れむ歌」のリミックスを付け加えて再発売される。このリミックスバージョンはシングルにもなっているが、どうもその評論がどいつもこいつもピントはずしているので、書きたくなった。言うまでもなく(というかなぜかそのことに触れてないのだ、大半の評論が・・・)、この禍禍しいまでの暗黒的な、そして政治的な歌をわざわざリミックスしてまで再発したストーンズの「意図」は、あきらかにイラク戦争(というより、9.11以降か)の勃発の元に、改めてこの歌のメッセージを世に問い直してみたいということだろう。「十字軍」を気取るブッシュを代表とするような右派キリスト教徒への痛烈な批判として。実際、60年代後半の辺りのストーンズ、特にミック・ジャガーは、当時の代表的な魔術師、エリファス・レヴィ(だっけ?)に「彼は使えるよ。彼には大衆を魅了する魔力が備わっているんだ」とまで、アブない連中に高く評価されていたというのもあった。キース・リチャードいわく、「ああ、あの時代はそんなノリがあったな。それで魔術の世界に顔をつっこんでみたこともある。実際、シャレにならないんだって、あの手の世界は。俺はこれ以上深く関わるのはごめんだと思ったね。いやマジに俺とアニタは魔よけにニンニクからだに巻きつけて寝てたんだから(笑))。また、全然話が飛ぶが、当時の左翼活動のデモなんかでは、ミック・ジャガーが左翼の連中と肩を組み合わせて、盛り上がったりもしている。キリスト教圏ではない日本からみると、「???」ではあるが、とにかく、そういうスタンスがあるということは確認しておきたい。なんというかいつも不思議に思うのだが、アメリカのTV伝道師連中がロクでもない奴らばっかりなのは周知の事実だが、なぜ、正統なキリスト教から、彼らへの批判が「強く」なされてないのだろう?。こちらに情報が伝わってないだけの話、ないしはキリスト教の平和主義的側面が表だってトラブルを引き起こすような行いを「避けて」るんだろうか?だとしたら「欺瞞」だと思う。なお、ローマ法王がイラク戦争に反対したのはホッとしたなあ。まあ、賛成なんかされたぶんにはシャレにならないわけだが。
はい、皆ちゃん、お待たせしました。ティモシー・リアリーの説、2ちゃん向けに(w、とりあえず(分かりやすく言い換えて意訳してみました。以下、数字が大きいほど新しい(つまり進化した)神経回路だと捉えてください。脳モデルで言えば、爬虫類脳である脳幹から古皮質、新皮質や前頭葉の順に沿っての説明になります。神経系の「互いに絡み合う」性質上、それらの進化段階に明確な線を引けるわけではないですが、ベル曲線状になってて前後が重なっていると解釈してください。えっと、まあ、まず、グルジェフの言い方なら「眠りこけた」「機械でしかない」人間の神経回路を第一から第四まで挙げていて、まあ簡単にまとめちゃうけど、第一はいわゆる基本的な生存要求への反応(食欲とか睡眠)。グルジェフはとくにこれを取り上げてはいない。で、第二は哺乳類的生存要求、まあ、縄張り意識だね。相手にののしられると「カッ」となる感情的反応もここが興奮している。第三は文化的なシンボリズム操作用の神経回路。いわゆる「言語」等を取り扱っているところがここにあたる。第四がすうちゃんが嫌な感じがすると言っている、盲目的な親子の愛情とかを支える、家庭化された性的役割を担うところ。まあ普通一般に言う「大人」的態度だね。まあ、ここまでは社会的な洗脳(リアリーの言い方なら刷り込みか)を疑うことのない(つまり無意識的に洗脳されている&外部からたやすく洗脳されてしまう)、なんつーんだろうな、普通人の在り方。(続く)
で、次からはちょっと(いやかなりかな)性質が変わってくる。グルジェフの言い方なら(しつこいな・笑)「覚醒」への曙が見えてくる。前章が第一から第四と作業仮説たてているので、ここからは第五からになる。まず最初の第五の神経回路の覚醒だけど、まあ単純化すぎるけど、ここは「自己実現」した大人、成熟した「愛する能力」をもった大人であると言える。自己実現型タイプが「至高体験」を得やすい理由は、この神経回路以降の働きであるという感じかな。フロイトが第四までの研究であるのに対し、エイブラハム・H・マズローが第五(以降?)の自己実現型タイプへとはじめて目を向けた、まあ、心理学なんかでは新しい観点ではあるわけで、その意味では古典的な人間像には収まらなくなってくる(w、のがここから。例えば、第四の普通人が第五の自己実現型タイプを「なんて左巻きなやつ」と批判するような神経論的状況の差がある理由というのはそういうこと。だからといって自己実現者が皆「左巻き」ということではないが、まあユングの言い方なら、ここから「個性化」されてくるとも。で、次が今回のポイント。(続く)
第六の神経回路の覚醒。なんかエウ゛ァンゲリオンみたいで嫌だなw。ここはちょっとティムと僕の解釈が違うので、基本的に彼の文引用しながら、かっこ内注釈が僕の意見。「意味論学者のコルジブスキー伯爵はこの状態を「抽象化の意識」と呼んだ。ジョン・C・リリー博士はこれを「メタ・プログラミング」と呼ぶ。すなわち、自分のプログラムをプログラムしているという意味である。(僕の意見では生体脳プログラミングが置かれている背景的状況を認識する結果、ここではじめてみずからのプログラミングを客観的に捉えることが可能となるから、メタ=背景に含まれるもの、である。ここで人は始めて背景、言い換えれば全体性を本当に認識する。グルジェフの言う客観意識はここにあたる)(中略)このレベルでの脳機能は、キリスト教紀元前五百年頃、シルクロード(中国〜北インド)で結ばれたさ様々な「オカルト」団体の間で初めて報告されているようだ。これは地球上回路(はい?)を甚だしく超越しているので(マジかよ〜)、この段階に達した者も、それについて普通の人間(第一〜第四)に伝えることはほとんど不可能であり(かもね)、第五回路覚醒タイプでもほとんどそれを理解できない(とは言うものの先に第五を経るけど)。(ここからが素晴らしい)地球上人類の中の権力闘争を監督する哺乳類政治は、ここに至って超越される。すなわち、静的で人工的で手のこんだ身振りであると見なされるようになる(つまり、ありきたりなものとみなし)、人は別の者の縄張り的現実に強制的に操作されて組み込まれていくのではなく、あるいはそれらに対して報復的な感情ゲーム遊戯で闘うように強制される(ティム注、よくある昼メロドラマ戦術だ)のでもない。ただ、単に、意識的に、自分が他人の現実モデルを共有するかしないかを選ぶのだ。(いやあ、2ちゃんって「報復的な感情ゲーム遊戯」的ではあるよね。つまり煽りに感情的になっているパターンを見るとまだこの神経回路は体験してないように思う)。第六回路を開き、刷り込みを行うための戦略は、進歩したラジャ・ヨガや、中世ルネッサンスの錬金術やイルミナティの(暗号で書かれた)ヘルメス主義的マニュアルに書かれているが、実際に体験することはまれだ(そうみたいだな。以前、別のコテハンで「自我がなくなっちゃたんですけど?」と和尚スレに書き込んでみたら、リアルとか妙にあわてて(w。わけのわかんないこと言い出してたし、「妄想(」ときめつけてくる連中も多かった。そんなに不可解?哲学者の大森庄藏さんは分かってるみたいだけど)。(中略)第六回路の開放は地球上回路第一から第四にとってあまりにもショッキングであるため、これまではパラドックス的でほとんど無意味な比喩によって表現されてきた。非我。無心。虚空の白光。(もちろん和尚の言う「空」もバーナデット・ロバーツの自我喪失体験もそれ)。」まあ後、第七、第八とあるが、それらは今回書く必要がないので省略します。以上、精神世界ヲタのたわごとでした。
発売だ。
というか少々2ちゃんで遊びすぎてここをおろそかにしてしまったことを心よりお詫び申しあげます。結構、あのわけがわかんなくなって錯綜するのって好きなノリでした。仕事のほうは結構入ってきて年内は無事に過ごせる感触で一息ついてる。あいかわらずお得意さんがブチ切れる毎日だぜ。ときどき俺もブチ切れたフリをしてみる(笑)。結構楽しくやってるよ。
あ、いや、もちろん、仕事のあいまに(笑)。イマーノ「king」はズバ抜けた楽曲こそないものの、あいかわらずのセンス溢れてて馴染む。秋の小雨の夜のような叙情に感じいる。今日はうまく言い表せないけど、ここにあるのはウォームでクールなあの感覚。この「感覚」はイマーノさんの音楽だけに滲みでているので、あいかわらず、私の中では唯一「聞ける」日本人アーティストなのである。で、なにがシンクロニシティだったかというと、
TVブロス11月22日から12月5日分、ゲゲゲの鬼太郎が表紙、を買う。というかキヨシローの連載があるのでいつも買ってる本なのだが、まあとにかく、今回は特別にインタビューまで載ってる本。・・・で、「king」を聞きながらパラパラめくっていると、「泉政行さんの写真集」えーと、ページは120ページか、まあアイドルかなんかのあれだろう、にふと目が止まる。プロフィールのところを見ると、「1980年、5月12日生まれ、牡牛座のO型」とある。あれ?19×0年だけがちがって他は俺と同じじゃん?と気になり(もちろん泉にマサというのも同じだね)、なんだろう?と記事を読むと、要するに彼は「仮面ライダー555(そんなのやってんだ?)」でなんかの役を演じている俳優で、つまり、この「555」って、俺が2ちゃんでハンドルネームに使っている数字の並びなのである。まあ俺はシンクロニシティって「当たり前」なので特別な感興があるというわけでもないが、それでもこうも「一致」するのはちょっと珍しいかな。まあ2ちゃんで555で遊んでいたのもなにかの意義があったということでしょう。
このフレーズはThe Waterboysの2ndアルバムのなかの大傑作「The Big Music」(偉大なる音楽)という曲の一節。女性コーラスが入るところでこのフレーズが歌われている。いずれ歌詞を引用するが、とにかく、知られざる事実として、ここのコーラスを担当したのは、このアルバムが出た少しあと、「フェアグラウンド・アトラクション」で売れた、エディ・リーダーという女性ヴォーカリストなのである。さて、彼女のインタビューより、
という発言がある。彼女がそれを言う脈絡は、まあ売れないストリートミュージシャンであった時代、まわり(父親やその他)から「おまえはそんなにも美人ではないし、売れないから止めろ」とさんざん批判、抑圧されたらしいが、要するに「おまえなんかそんなたいしたことはできない」とハナから決めつけられていたことに怒りを感じていたらしい。そのこと、つまり、「創造力」を抑圧する力としての家父長制主義的なるものを、「そのまま」の言い方で言い表して批判したエディがウォーターボーイズのその楽曲でバックコーラス担当だったりするのは、なんというか不思議なくらい、物事の起こる「存在の場」が成り立っている。確かこのエディ・リーダーのインタビューはミュージック・マガジンに掲載されていたやつだったが、当時来日して、エディ・リーダーが「You saw the Whole of The Moon」を歌い踊った、というのを知って、少し調べてみたら、ビッグ・ミュージックのあのコーラス担当だったのが分かった。誤解なきように書いておくけど、今のエディ・リーダーは綺麗だよ。
結論としては、あなたを「そこ」に辿り着かせないものとはなにか?というあたりに家父長制主義的なるものがあると思フ今日この頃です。ちょっと前のティモシー・リアリーの意識の階層論で言えば、「4」の段階にしばりつけるような働きでしょうか?そういや、あれ書いて気づいたけど、同じくウォーターボーイズの2nd「A Pagan Place」の冒頭を飾る超名曲「The Church not made by men」の中の一節、「She is everywhere and noplace」という言い方、なんか瞑想のある特別な状態を言い当てているんだがどう説明したらいいのか分からなかったが、これは明確に「6」でしょう。なお、書いておかなくてはならないだろうけど、ウォーターボーイズのマイクスコットが瞑想を始めたのはそれよりもずっと後ではある。ここだけの話(?)、マイクスコットは清廉潔白そうな「孤高の人」イメージとはちょっと違って、知られざるジャンキー(麻薬好き)ではあるんだよね。まあロックのお人として、そのへんは目をつむって(ははは)、要するにある種のドラッグは瞑想体験の一部を垣間見せてくれるというのはある。たぶんその結果があの楽曲に結実したのだろうけど、だからと言って、麻薬を礼賛するつもりはないので誤解なきよう。
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Before...
amara [ぼくも 読んだよ 理解せずに 絵画をみるようにだけど ]
amara [でも いつみても ルナっちの 絵は きれいだね ]
ルナっち [どっひゃ〜! これはこれはすぅ姉さん(wいらっしゃいませ。2ちゃんではお世話になりました。もうここは遠慮なくガンガン..]