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The Pagan Club

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2004-06-28 私は反核主義者ですが、なにか? [長年日記]

_ Coccoって歌ウマ

スキニーではあるけれど、決して美人ではない(いや十分美人だけどさ)Coccoという沖縄出身の歌手がいる(というかなかば引退してるので「た」というべきか)。失礼だが、いかんせんずば抜けた「曲」に恵まれず、音楽シーンに影響を与えるとまではいかなかったが、それでも、彼女の「存在感」は際立ったものがあった。いつだったか、もう昔の話だが、彼女がデヴューして、夜遅くにTVの音楽番組に出演したのを見たとき、「目が釘づけ」になる感じで、彼女の動きの「質」が素晴らしくナチュラルな野性動物系なのに惚れますたっ!。インタビュアー(女性)やまわりのスタッフらが、いかにも都市に染まったリテラシー(共有された情報時空間)範囲でのありきたりな動きかたしかしないので、より一層彼女の野性的な「動きや反応の質」が際立っていた。・・・のだが、一部(とくに2ちゃんあたり)なんかでは、それが誤解され、知的障害者扱いする奴までいる始末。ハハハ、人間観の狭いやつもいるもんだな。まあそれもあるし、あと、これはなんでだかいまだにワケがわからないのだが、Coccoには神さまがついているように思えたことがある。実は歌い手に神さまがついているように見えたのは彼女が二回目で、一回目は神奈川県市民会館で行なわれたRCのライブだった。曲は「Love Me Tender」、もちろん、RCバージョンで反核をテーマにした替え歌(笑)だったのだが、「ラブミーテンダー♪」を「何言ってんだ〜♪」と、なんの違和感もなく、リアリティのある反核(原子力発電等)の歌にしてしまい、なおかつ、当事ご子息「タッペイちゃん」が生まれたばかりのキヨシロー父親が真剣に歌いこんだときのそこらじゅうに発散されたあの凄まじいばかりの「義なるもの=アストラル照射感」に満ちたオーラ!!!。まじに神さまが降りてきたとしか思えんかったす。まあ私はRCフリークであるから、そこにあった神さま性はこうしてスラスラと説明できるが、いまだにCoccoにも感じたそれはワカんないんだよな。なんだろう?あれは。良くわからないままに書くけど、「沖縄レイテ戦」まわりに関係しているようなことかも知れないし、メジャー当時、主になっていた楽曲のテーマ性「不安定な女性心理」とも絡まっているようなことかも知れない。とりあえず、皇太子が「雅子の気持ちをもっと考えてあげやがれテメーラ」と文句言ってたのには賛成(笑)。

_ ああこれはまだ書いてないな

「朝まで生TV]という番組がある。そのときそのときの大きなテーマを討論(というか怒鳴りあいというか)する番組なのだが、とにかく、その番組で「原子力発電、是か非か」というテーマがあった。当然、反対派と賛成派に「分かたれ」話が進むのだが、話の内容は誰にでもわかるような「展開」なのでどうでもいいとして、と、とにかく、そのときの「反対派」と「賛成派」が、「別種類」の人間性に明確に分かたれていたのが興味深かったのだ。賛成派に女性は一人しかいなく、後は髪の毛7,3分けのドブネズミスーツ族が大半で、逆に賛成派には老若男女取り混ぜて、個性的な人たちばっかりだったのだ。賛成派の(たった一人の)女性の意見も「原子力発電に可能性を見て貢献してきた人たちの仕事を無駄なことにしてしまうのか?」という意見で、全然「議題」とはズレた(が女性らしいきめこまやかな思いやりに満ちた)意見で、同じ賛成派であるドブネズミ族らとは毛色が違ったが、と、とにかくさ、ここにあるのは、世間に「合わせて」きた人たちと、自分自身を見出して個性化してきた人たちの「差」で、ではなぜ、自分を見出して個性化してきた人たちが「一様」に原子力発電に反対しているのか、ということを論理化していく作業が必要でしょう。「合わせた」人たちはエディプス主体に憑かれているのに対し、個性化されたほうはよりエディプス主体から開放されているという見方もできる。ああ、もしかすると、「アストラル照射(感覚)」をさえぎっているものがエディプス主体だとも言えるかも知れないな。昨日、ひさしぶりにダイアン・フォーチュンの代表的著作、「神秘のカバラー」読んだけど、ほとんど「アストラル」的なるものを取り戻すことがテーマになっているのに気づいた(というか後書きにそう書いてあった)。ヒツこいですけど、マイク・スコットもダイアン・フォーチュンのファンです。前にも書いたと思うけど、フランス現代思想(つまり構造主義以降)と、ニューエイジ思想が似てくるというのはそういうことだと思っている。追補しておくと、かって、青木ヤヨヒらエコフェミと論争をはったラディカル・フェミニズムの上野千鶴子は、その後、フェミニズムとエコロジーが切り離して考えられないと分かったらしい。上野教授の公開講義でも聞きにいこうかなあ。いや、やっぱり「バケツ持って教室の外に立ってなさいっ!」と怒られそうだからやめとこう(マジに・笑)。

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