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The Pagan Club

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2005-01-04 [長年日記]

_ 誰が彼の顔に色をつけたのか、彼の頬に引かれたラインのように

という歌詞が「A Pagan Place」にある。もちろん、これはインディアンの化粧のことを歌っているのだが、発売当時、1986年ごろだったかな?この歌詞を見て、ここだけ違和感があった。「なんでまたインディアンなんて未開民族のことが出てくるのだろう?」と。今でこそ、ネイティブ・アメリカンの世界観がどれほど優れたものだったかさまざまな本や体験(!)から吸収し、尊敬しているが、とにかく、当時の自分にはインディアンなど過去の未開民族、悪い意味での土人としか捉えていなく、少々まごつくような歌詞ではあった。

_ つまりこれは

普通に生きてて、ネイティヴ・スピリットに触れるような機会が少なかったような人たちにとっては、今だインディアンなど、考えるに値しない、野蛮な土人としか考えられてないだろうな、という見当がつく。「われわれのほうが進んだ文化人なのだ」とでも言うように。まあ繰り返すが、アメリカ合衆国のアイディアというか憲法起草者、ベンジャミン・フランクリンがインディアンのイロコイ連邦から盗みとった「united」の理念は、同じく繰り返すが、インディアンらの持つ文化の基層にある、「祭りのときに頭角を表して、歌い踊ることによって、祭りにあるムード(アストラル照射性?)をもたらしうるような才能を持った人物を、実質的には女性たちが評価し、政治ごとを司ることを「許可」するというシステムがあり、これがあるがゆえにイロコイ連邦は「成功」していたのだと思っている。つまりアメリカの「united」はそれらが欠落しているわけで、表面上のことを掠めとっても成功するわけがないのは当然だろう。

_ [瞑想]ブッダフィールド

という言い方を、まあ、このWeblogをお世話してくれている和尚ファンのMR,Sutuまわりでは良く聞く。と同時に、前章で書いているようなお祭り次元についても和尚は「フェスティヴ・デメンション」そのままお祭り次元だが、が、近代社会では喪失しているのが大きな問題だと指摘している。禿同。まあとにかく、後から書くので、「話を合わせているだけじゃないの?」という批判に耐える証拠は挙げれらないが、まあ話を早くすると、ビースティー・ボーイズがデビューした時の代表曲「俺たちはパーティを開く権利のために戦うぜ!」という曲を聴いたとき、私の中に湧き上がったイメージは「ああ!こいつらいきなりブッダ・フィールド現出させちゃったよ」という感激があり、えらくイケてる連中が出てきたなと嬉しかったのだが、当時(今でもか)、その曲とブッダ・フィールドの感覚を結びつけて語っているのは読んだことないのでこうして書いてみる。まあこれからが今書いてもなんだか後付けみたいになるのであんまり面白くないのだが、実は周知の通り、現在、このニューヨークの甘ったれた中産階級のガキどもがブチ切れ気味に(笑)、撒き散らしていたブッダ・フィールドの延長上、彼らビースティー・ボーイズは必然的にチベット解放運動の指導者、経済援助等、として活動をするようになるという結実をもたらしている。

_ [スピリチュアル]まあ漢字で書くと仏陀

というイメージはなんだか地味で落ち着いたもの、という先入観が、あまりそういうことに興味ない人にはあるのかも知れないけど、ほんとうはそのような、なんというかアストラル照射性に満ちたフェスティヴ・ディメンションをもたらすものとして、まあちょっとしょぼい説明にはなるが、日本語でいうところの「おてんとうさま」とでもいうのか、なにか日が照ってる感じ、じゃ物足りないな、なんかこの世ならざる「光」に満ちてきてポカポカと暖かくてみんな理由もなく晴れ晴れとした嬉しくなってしまうようなお祭り感覚がある状態が「ブッダ・フィールド」なのだと思う。まあ繰り返すが、RCサクセションのコンサート評で良く言われる「なんか霊的なオーラに満ちていて凄い」というのもそれだと思うが、そういうのをちゃんと現代思想とかでマナ板の上に乗せて解釈できないもんすかね。まあ、一部、ヨーロッパの民俗学あたりでは中世の農民たちの季節ごとの収穫や婚姻のお祝いなんかでみんな踊っていたのを産業革命がなきものにしてしまったというような視点は提出されてはいるが。今手元にないので詳しく書けないが、この農民たちのお祝いごとを当時の「王制」の側は抑圧にかかっていたとも読んだな。とりあえず、権力をかさにきた奴らは民衆がお祭り気分になって歌い踊ることを「抑圧」したがるのは常態だが、「いい気になろうぜ、俺たちだけでも」と秀逸なレトリックでうっちゃったイマーノ・ビッグボスマンセー!!!

本日のツッコミ(全8件) [ツッコミを入れる]
Digital Sato (2005-01-07 20:56)

比較的小規模なレイブパーテイに、いくと
まさに、祭祀的なモードが体験できます。
最近は、そんないいパーテイはすくないけれども、
かって、ロックにあったスピリッツを感じる時
あります。

ジョナー (2005-01-07 22:14)

うん、もちろんそういうのは知ってる。レイブ前夜?イギリスでのマンチェスターシーンとか、セカンド・サマー・オブ・ラヴが始まる少し前くらいか、いわゆるトラヴェラーズが踊り始めて、当時の写真で、トラヴェラーズの集団舞踏を政府が弾圧していて、モヒカンでトゲが突き出したパンク風の皮ジャンを着た女の子が警察官に向かってファックサイン突き出していたのがあってさ、おおげさに聞こえるだろうけど、「ジャンヌ・ダルク」の生まれ変わりに見えたよ。

KAYA (2005-01-07 22:48)

ジョナーさん、わたくしごとですみませ〜ん。
あのう、デジタル・さとうさんって、静岡の整体師(だったと記憶)のDJの方と違いますか?
そうでしたら、うーんと昔、ピンパラでOTOさんらが出た時に前座でディジュ吹いて、酒瓶割ったもんです〜。
そのようなさとうさんでなかったら、失礼!

KAYA (2005-01-07 23:05)

あ、それとぉギター聞きましたよ〜。
サンタナ!

ココペリ (2005-01-08 07:31)

あしあとから来ましたー。
日本の「踊り念仏」や「ええじゃないか」もそうですよね。
そういうエネルギーは、弾圧してもなくならず連綿と続いているし、
逆に言えばなくなったら人間終わりだと思います。

ジョナー (2005-01-08 07:50)

>KAYAさん
うん、たぶんその人。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=194374
それと、サンタナに似てるかなあ?。自分では自覚ない。
というかあれほど完成度は高くないけど、サンタナに
これが弾けるかというと弾けないんじゃないかとか(ぶつぶつ・笑)
>ココペリさん
そうそう、それでさ、当時の江戸幕府が偉かったのは、ええじゃないか踊りが起きた藩なんかへ、ちゃんと税金とか不正なことが行われてないか調べて、民衆たちの不満を収めるべく努力してたのね。そういうのがあったからこそ、江戸時代の長期な平和な時代があって、日本の文化って豊かなものになっていったんですよね。「粋」っつーやつです。

KAYA (2005-01-08 11:43)

ってゆーか、トーンとかテイストがサンタナ!って感じましたよ。

デジタルさん、再会を果たしました〜。
mixiで絶妙なタイミングで再会、これで3人目っす。

ジョナー (2005-01-08 14:20)

そういやちょっと前にもサンタナ・フリークのすぅちゃんに
サンタナには敵わないけど、他の日本人にはぶっちぎりで
勝ってるとか言われたな、サンタナに通づるものがあるのかしら?

というかすぅちゃん、Mixiやってんのかしら。お誘いのメールだしてみよっと。

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