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The Pagan Club

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2005-07-10 [長年日記]

_ 自我喪失体験

・・・、えーと、まあこれほんとに起きたんだけど、多分、日記のほうではまだ書いてなかったので書いてみる。当然ながらエクササイズ(プラクシス)と瞑想を欠かさずやっていた時期に起こったことで、・・・あれ?もうどっかに書いたかな?まあいいや、ディテールを書いていくからコトの真偽は読んでる人に判断してもらおう。まず、最初は「あれ?俺の自我どこいっちゃったの?」とビックラこいて肩のあたりをキョロキョロ探したりする(ギャグのようだがほんとう)。次になにかしら比較対照になる嬉しさ(あくまでも一般例として)例えば異性にモテるとかさ〜、普通だったら、自我が「えへへ、俺モテモテじゃん」と喜べるはずなのだが、この状態に入り込んでいると、当然、その喜ぶ主体としての「自我」がないから、自我があったら喜べたのになあと<肩すかし>を食らった気分になる。「へんだな〜」みたいな。まあ意識の状態としては「爽快」なので別にいいんだが、とにかく、「自我喪失体験」というのはこういうことなのである。いやまあこの延長に自我のレベルでは掴むことができない(つまり自分でも理由がわかんない)興味としてエコロジーが急浮上してきて、これもいまだに不思議。

_ 舞踏体験

これも書いておく必要があるかも。なんだっけな、確かまあ、自我がなくなった時期の前後(どっちが先だったか忘れた)、まあヨーガとか気功法とか綿密にやっていたから身体の機序は最高に整ってはいて、それプラス瞑想(以前にも書いたけど、読みやすくまとめると、俺は瞑想という概念を知る前から、中学生時代、ピンク・フロイドに聞き惚れて、部屋を暗くして目を瞑って毎日2、3時間聞いていたのね、つまりこれも一種の瞑想だったらしく、自分でいうのもなんだけど、そのおかげか、後年の瞑想が深いとこまでイケるようになってるみたいです)、で、とりあえず、当時の自分は(もう20年前になるのか)、わけがわからなくても自分の内的衝動に従う、ということがモットーだったのね。基地外みたいだけどね(爆)。で、名前忘れちゃったけど、ある二人組のダンス・ミュージック聞いてたら、それまで踊ることはやってなかったのが、例えてみると、なんかおもしろいギャグ聞いて牛乳プッと噴出すかのような、突発的な本能的衝動?のままに、「突然に」踊りだしちゃったのね。「こ、これはメチャ楽しい!!!」と舞踏に目覚め、レイブも来てなかったし、舞踏用に主に用いてたのはストーンズとポリースだったけど(この二つのバンド、踊れるよお?)、ウォークマン聞きながらデパートとか買い物にいって店内で踊ったりしてました。よく捕まんなかったな(笑)。

_ 瞑想の深化

これもあるんだよな。ちゃんと書いておこう。フロイド瞑想体験時代は要するにシュールリアリズムのような摩訶不思議な幻覚世界に遊ぶような瞑想体験だったけど(注、このときにはもう時間が止まったかのような感覚は得ていた)、後のより深くなった瞑想体験では、その幻覚体験正解もつきぬけて、「空」とまでは言わないまでも、なにもないクリアーネスとでもいったらいいのか、波ひとつたたない澄み切った湖のような状態に「深化」してたのね。とりあえず、身近に瞑想家(笑)はいないので比較できないから言い切れないけど、そのようなクリアーネスの感覚がキている瞑想なら、へんな問題はないと思う。いわゆる「魔境」はそれ以前のシュールな幻覚世界に遊ぶかのような瞑想状態だと起こりやすいんじゃないかと捉えてるけど、まあ全然見当違いなこと言ってるかもしんない。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]
chi* (2005-07-11 00:02)

どうも〜。自我の話のつづきどうもありがとう。自我(エゴ)はなくなっても、なくなったことを見届けてる自意識はある、って感じですね。へえ。瞑想の本を読んだら、だいたい幻覚体験(光がみえただの、誰々に会っただの)っていうのをあまり重視していなくて、そんなことで大騒ぎしないでもよろし、って言っている人が多い気がします。幻覚は瞑想すれば誰でも経験することで、ジョナーさんがおっしゃるようにクリアーネス(「空」)の感覚がもっと大切というか、キモなんだと。わたしはもう何年も前に瞑想をやってて、そのときもたいした境地に達してなかったのですが、最近また再開しました。10分くらい座ってて、ときどき3秒くらい、ぴーっと意識がどこにも寄りかからないで中に浮くというか、空白の感覚が来るんですが...。これってジョナーさんのおっしゃってるクリアーネスなのかな?でも幻覚体験もいままでなかったし、深化している感じはあんまりしません。修行します(笑)。

ジョナー (2005-07-11 13:02)

うん、でもヨーガひととおりやって最後の瞑想前に死体のポーズ(まあ大の字にあおむけになるポーズ)やってる時はつい幻覚世界(イマジネーション)で遊んでしまう(ヨーガでのびやかになったいわゆる「気」がそうさせていると思う)。その後瞑想するときはもうイマジネーションも必要なくなるという感じかな。

まあ中学時代って「世界」がどうなっているのかパースペクティブがまだはっきりと確立されていない時期じゃん。要するに、野放図なまでに幻覚世界にトべていたんだよな。まあ当時はそれを起こしているのはピンク・フロイドだと思いこんでて、後に瞑想だと気づいてから、そういった幻覚世界への気づきについて思うんだけど、大人になってからだとさ、幻覚って現実じゃないときめつけてあまり重要視しなくなっちゃうというところがあるように思う。ところがさ、これって要するに起きたまま見る夢、ユングいうところの能動夢で、フロイトが夢解釈をするように、なんらかの形で、まあ早く言うと「夢のお告げ」みたいに、現実となんか関係がある幻覚夢状態なんだなと気づいたりもする。そういうのがあるから古代人や未開人が現実を解釈するのに夢を大切にしていたという感覚に違和感がない(笑)。

あとさ、まあ個人的な体験で普遍性があるかどうかわかんないけど、瞑想がうまくいくときって、軽い電撃的なショックとともに、身体感覚を喪失して瞑想状態に入り込むのね。で、瞑想から戻って身体感覚を取り戻すときも軽い電気的なショックがある。個人的にはこれが瞑想にうまく入り込めた状態と解釈してるけど、そういう説明、瞑想関係の文献で読んだことないのであてにならないかも(笑)。

・・・なんかここ一年以上、瞑想した覚えがないな。ちょっと問題だな。

chi* (2005-07-11 14:50)

>瞑想がうまくいくときって、軽い電撃的なショックと
>ともに、身体感覚を喪失して瞑想状態に入り込む

なんかもうほとんど幽体離脱みたいに聞こえるんですけど!?
っていうか、わたしにはテレパシーとか第六感とか、そういう
次元の感覚はなんとなく分かるんだけど、それとは違う次元の
ことなんだなあというのがうっすらと分かってきたような
(でもよく分かってないような 笑)。そうそう、アボリジナル
(いわゆるインディアン)の人が行方不明者を捜すときに、
テントに何日も食事をしないで閉じこもって、そしたら
意識だけがぽーんと高くまで上って、探している相手が
どこにいるのか見ることができる。実際言われた場所に
探しにいくと行方不明者を見つけることができる...
だったかな、そういう話を聞いたことありますよ。
実際に生活のなかで、そういう力が有効利用されてたんですね。

>・・・なんかここ一年以上、瞑想した覚えがないな。
>ちょっと問題だな。

それ以外のことを覚えている時期なのでは、ひょっとして?

GIジョナー (2005-07-17 15:35)

自分では幽体離脱だとは思ってないかな?たとえば、「言語」というものが成り立つ広がりをもつ時空間があって、それらはその瞑想では喪失されていて、自己性は「点」(笑)になっているように感じる。この自己が「点」状態を、ジョン・C・リリーが+6という意識状態と定義していて、確かにその状態の説明には幽体離脱も併記されてはいるけど。

いやあ、ただ単に瞑想さぼっているだけの話。だめぽ。

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