トップ <前日 翌日> 最新 編集

2002|09|10|11|12|
2003|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|10|11|12|
2007|03|12|
2008|04|07|


20040223

ユメヲミタ

うさちゃんから飛行機のチケットを受け取った。

うさちゃんのおうちで。
あら、広い所にお引越ししたのね。

関空からバリへの直行便(あるんだろうか、そんなの)。

時間は19時丁度。
当日に関空で落ち合いましょう、とうさちゃん。

私は一旦地元に戻って済ませなければいけない用事がある。
了解、うさちゃん。当日に空港で。

地元での用事を済ませて、空港から関空へ向かおうとするが
飛行機の時間までまだ大分ある。
ちょっと本でも読もう、と、たった数ページを読んだところで
時計が気になって時間を確認すると17時。

おかしい。アナウンスも何もなかった。

大慌ての私は何故かタクシーに飛び乗る。
そして泣きながら運転手さんに訴える。
19時関空を出る飛行機に乗らなければいけない。
どうかどうか、急いで下さい。

運転手さんも何故か当たり前のように大慌てで関空に向かう。

ちなみに、ここから関空までは飛行機で一時間ちょっと。

泣いてガタガタ震えながら、どうしよう、どうしようとうろたえる私。

よく考えれば泣く暇があれば、うさちゃんに連絡すればいいのであるが。

タクシーは何故かバリに居る。
お腹が空いたからと泣きながらバリの食堂でバリご飯を買い
運転手さんと食べながら、早く早くと泣いている。

夜遅くの列車に乗らなきゃいけないのです。
運転手さんは困りながらも頑張ってくれる。
ところで、関空行きはもういいのだろうか。
それ以前にまだうさちゃんに連絡していない方がマズイんじゃないだろうか。

泣いて泣いて、大泣きしながらバリのとある駅に着く。
それ以前にバリに鉄道が走ってると聞いた事がないのであるが。

バリの駅なのに何故かインドっぽい。

夜行列車に飛び乗るとコンパートメントの中にうさちゃんの荷物。

ああ、よかった。間に合った。

ドアが開いて、うさちゃんが顔を出す。

何してるの?

そこで目が覚めた。
目が覚めても夢と現実の区別がつかず
心臓をバクバク言わせつつ、大汗をかきつつ首を傾げる。
朝から頭の中がクエスチョンマークで満員御礼である。

これは結構怖い夢であった。

しかし、何故バリ?

と思っていたらバリの写真をHPで公開してらした
とある御仁からメールが届いていた。

これもシンクロと読んでいいのか否か不明であるが
夢で報せるにしても、夢の神様ももうちょっとやりようがあるであろう。

夢の神様にお願い。
バッタも、その他昆虫も、両生類もヤモリも禁止ですが
それ以外の心臓に悪いシチュエーションも全て禁止です。

総天然色、音声多重、匂い、味覚、感触、全てリアルな夢しか見ない私に
心臓に悪い夢を見せては寿命が縮むので。

ユメヲミタ

ジャガイモ畑で踊る人々。
衣装からするとペルーの方々。
きっと、そこは南米大陸。

父があーだこーだ、と解説しながら先を歩く。
いつの間にかスラム街風の場所へ。
しかし妙に治安のいいスラム街ですね。
というか、ここ、NYぽくないですか。

路地に並ぶクラブのネオン。
路上で酔って踊る人がおてんこ盛り。

ふと見ると、父がショーン・コネリーになっている。
母『カッコイイ(うっとり)』

そりゃ、かっこいいでしょう。
旦那さんがショーン・コネリーだったら。

メンツからすると家族旅行らしい。
うちの猫まで一緒だ。

もう何年も会っていない従姉妹達までいる。

気がつくと従姉妹達と吹きぬけの恐ろしく大きなクラブに居た。
大音響でレゲエが鳴り響く。
かつてレゲエ中毒だったので出来る事ならリクエストしたい。
というか、希望は野外。サウンドシステムだ。
従姉妹達は自分の夫も子供も放置してきたらしい。
くれぐれも家族内紛争にならぬように。

夢の中でも私はお酒が大好きなようだ。
気づけば浴びるようにラムを呑んでいる。
しかし、全く酔わない。
そりゃそうだ。夢だもん。

年下の従姉妹が『おねえちゃん、あのさ』と何度も話しかけてくる。
内容は『いかに旦那を上手くだまくらかして、夜呑みに出るか』というものである。
おねーちゃんは、未婚だし、付き合ってる人をだまして夜遊びした事ないよ
だから、さっぱりわかんないよ、
というが彼女の話は止まらない。

カウンター席に陣取り、ふと顔を上げるとバーテンダーが隠し芸大王な芸能界の方だった。
『テキーラ飲む?』と隠し芸大王に聞かれるが
チリと半分に切ったレモンと塩をくれない。
だったらテキーラとレモンとソーダで、とオーダー。
夢の中でまで現実と同じものを呑むとは少々つまらない。

猫がカウンターでサラダを食べている。
タコチップがのったレタスのサラダ。
この子はいつからベジになったのだ。
しかもレタスが細かく刻まれ過ぎていて
お皿が大きすぎて猫がお皿にのって自らサラダのトッピングになって
黙々とサラダを食べている為レタスまみれになっている。
早く帰ってお風呂にいれなくては。

そういえば、親類と旅行なんて12歳の時が最後だったような。
両親と旅行というのもそのくらいで最後だったような。

しまった、温泉に10年以上行ってないよ、うさちゃん、どうしよう。

と、思ったところで目が覚めた。

今回は心臓に悪くない夢であった。

しかし、父がショーン・コネリーっていうのはどうだ。
どうせならショーン・コネリーには父親でなくボーイフレンドになって欲しい。
従姉妹達が旦那を置いてくるのはまあやりそうだが、子供を置いてくるのは在り得ない。
ついでに、夫の両親と同居してる子まで来るのは妙だ。
確か大変に怖いお姑さんと暮しているとの事だし。

しかし、温泉行ってない、どうしよう、うさちゃん、って、それはなんなんだ。

温泉に行かなくても生きていけるというのに。

すいません。強がりです。
もう、数年前から温泉に行きたくて堪らないのに辛抱してます。
出来れば部屋に露天風呂がついてるお宿がいいです。
見知らぬ人と入浴するのが苦手なので。

夢の神様は私の欲望を夢を通して見せ付けてくれたらしい。

だけどね、なんで海外ばかり?
やっぱり、あれだろうか。
お前、スラングばっかり覚えてないで、ちゃんと英語を勉強しろ、と。

夢の神様にもうひとつお願い。
今夜は夢を見ないで寝たいので、うちには来ないで下さい。
絶対に。

ごめんなさい

と言われるのが実は苦手だ。

余程私が怖いのか?と思う事もあるのだが
誰かが悪い、という問題でもなく、犯人探しなどしていないのに
ごめんなさいをやられてしまうと寂しくなる。

私は、不要なごめんなさいは人を遠ざける気がする。
責めてるのでもなく、怒っているのでもないのに
ごめんなさい、私が悪いのです、とやられると寂しくなる。

そのうちこちらが申し訳なくなってくるのだ。
そうか、悪くもないのに謝らせる程私はキツク当たったのか。
そう思って更に寂しくなる。

不要なごめんなさいを言う人の共通点。
不要なごめんなさいの後に、急に大人しくなったり、かしこまったりする。
そして私はまた寂しくなる。

拒まれているのだな、と思う。
拒んでしまう程痛い思いをさせたのだろうか、と思う。
拒んでいるのなら、近づいて欲しくないという事だろうな、と思う。

罪悪感は相互理解という道を歩む事を阻むらしい。

けれど我が身を振り返ってみると自分もそう振舞っていた事があったのだ。

心情的には私にごめんなさい、をして俯く人達とは違うと思う。
けれど、私はごめんなさいをして人を遠ざけた時期がある。

私のごめんなさいは逃げであったように思う。
自分では責任をとって自分を律し、自分に罰を与えているつもりでいた。
謝らなくていいんだよ、と言った人の顔を思い出す。
随分と哀しそうで寂しそうで、困った顔で笑っていた。

言われた事を思い出せば
『誰かが悪いって事じゃないんだよ。
本当に話すべき事や話したい事は「ごめんなさいの話」じゃないでしょう?』

そういえば、その人も言っていた。
『謝られると寂しいよ。
悪い事をしてる訳じゃないのに。』

謝らなきゃ、と思う事をしてしまうと、自分も痛い。
痛くて痛くて、相手と交わすべき言葉が出なくなる。
罪悪感で尻尾を足の間に巻き込む。
相手を嫌いになった訳じゃない。
嫌いになったものがあるとしたら自分だ。

なるほど、その人から見たら私が自分を攻撃しているのは明白だったのだろう。
だからあんなに哀しい寂しい顔で笑ったのだろう。

うさちゃんが、『ごめんね』という時がある。
それは別に、うさちゃんが悪い訳ではない時でもある事だ。
私はうさちゃんにお願いをする。
ごめんね、よりも、ありがとう、が好きだよ。
うさちゃんは、私を思いやって、ありがとうをくっつけてくれる。
笑顔でありがとうをくっつけて、その後はいつものように減らず口を叩いてくれる。

私もあの頃、そんなふうに出来ていたらな、と少し想像を巡らせる。

今の私は、『ごめんなさい』に『はい。』『いいよ』が返ってくると
そう言ってくれる気持ちが嬉しくて笑顔で『ありがとう』をする。
そして、ごめんなさいの話ではなく本当に話すべき事や
一緒に楽しみたい事をしようと言ってみる。
私に『はい。』『いいよ』をくれる人はそういう私に笑ってくれる。
また少し距離を縮めてくれる。

けれど、きっと今も、私はごめんなさいが上手ではないと思う。
もうあんなふうに人を寂しがらせない為にも
自分を寂しがらせない為にも
ごめんなさい、との付き合い方を知りたい。

それにしても、人にした事は自分に返ってくるというのは
実に実に本当の事だったのだな、と再確認させられた。

今夜はその事に感謝しつつ眠ろう。

ツッコミ・コメントがあればどうぞ! E-mailアドレスは公開されません。

お名前:  E-mail:

コメント:

本日のリンク元