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20040902

年単位の努力

(あえて努力と言う)が中々実らない時
いや、元々完全な実りなど有りえないのだけれど
多分正確に言えば『先が見えなくなる瞬間』
に、時々逃げ出そうとしてるんじゃないか
と思うような思考をする自分に気づく。

いいや。本当は大分前から気づいていた。

もう何をしようと無駄なんじゃないか。

そんな『魔』が心を突き刺す時
ただ『その場の楽』だけが欲しくなるのかもしれない。

『原動力はなんですか』
と問われた事がある。

多分、中々スムーズに結果が出せないで
思い描くような速度で進めないでいる中でも
止めない私が不思議に思えたのだろう。

未だにその理由は上手くは語れない。

きっと理由が一つだけではないからだ。

もしあの時の問いに返さなかった理由の一つを挙げるなら
『投げる自分が嫌だから』というのもあるだろうし
『投げて逃げた先に何があるかを知ってるから』というのも大きいだろう。


長い事『好きな事しか継続しない』
という方針でやってきた。

別にそれが正しいからという訳ではない。

正否云々じゃなく自分で決めていたのだと思う。

『今この場で好きと思える事しか私には出来ない』と。

ここ3年か4年、幾つかの事を続けている。

その中では『得手でない事』と『決して好きではない事』
の比重がとてつもなく大きい。

それらは『出来ない』のではなく『やらなかった』
ものもあるし『出来るまでやろうとはしなかった』ものもある。
単にやる必要性がないままで済んでいた事もある。


それに手をつけ続けなければならなくなったのは
自己管理の重要性を知らなかった過去の私の責任である。

自分のお尻を拭けるのは自分だけだと私は思っている。

同時に『出来ない』ではなく
『やってこなかった、やる機会や必要性がなかった事』
『出来るまでやり続けようとしなかった事』
に手をつけ続ける事で自分の可能性を広げたいという気持ちもあるし
そこから逃げる自分を認められないのは明白なのだから
認めてやれる自分にしてやろうじゃないか、という気持ちもあると思う。

問いには『約束』という言葉を鍵にして答えた。

もちろん、そこに嘘は微塵もない。
が、単に約束というと他者への誠実さ云々だと思われそうでもある。

勿論、約束をした相手である他者への実でもある。
約束を果たし続ける私に微笑むであろうその人を見たいというのもある。
微笑めばその人の心も温まるからという思いもある。

しかし、説明や理屈ぬきで単に私自身が約束を守りたいのだ。


きっと今ここに綴っている事も質問者の中でガッチリと腑に落ちる
実感に近いと思える感覚で理解出来るというふうにはならないだろう。

もし『原動力はなんですか』ではなく
『逃げ出さずやり続けるのは何故ですか』
と問われたら、下記のように返すしていたかもしれない。


欲しいものを手にする方法と投げた先にあるものを知っているからだよ、と。

投げた先にあるもの。

それは何かをやり続ける、諦めない
気持ちが折れそうな時でも投げ出さない
という事をする上で感じる『喜、楽、ではないもの』がない世界だ。

『特定の苦、悔、焦』がないとも言えるだろう。

ある意味とてもとても楽で
先が見えなくなった時にはとてつもなく
魅力的に見えてしまうかもしれない場所だ。


しかし、そこに芯のある『喜、楽』はない。

一度そこに行ってしまうと『喜、楽』がある世界に戻るのは至難の業だ。

そこには確かに『苦、悔、焦』は『ない』。

あるのは『自己嫌悪と自己否定を促す自分と現状』
『あるべきものを失った喪失感』だと私は感じる。


ずっとずっと昔の事だ。

『もうどうしようもないんだ』
と思い込みある事から逃げた。

当時の私は恐ろしく頑なだった。
決断したらどんな事であれ通す。
方向転換したくても意地でも背を向けたまま歩く。

そんな頑なな態度にも関わらず幾度かチャンスが与えられた。

しかし片っ端から蹴った。

今思えば、『どうしようもない状況』ではなかったのだ。

絶望して投げただけの話である。

絶望して、気力を生み出す事をせず逃げる自分に言い訳させたのだ。

『もうどうしようもない、何をしたって結局無駄だ。』と。


今でも『ダメなんじゃないか』
『進んだつもりでいるだけなんじゃないか』
はっきりと目に見える何かがない状況が続くと
そんな『魔の槍の先』で気持ちを突付かれる瞬間だってある。

だから沢山知ろうとする。

あれはどうだ、これはどうだ
これにはあれがいいんじゃないか
だめか、じゃあ、あっちだ
まだまだ先がある
中々結果を出せないようにしたのは自分なんだから
その始末をつけてやろうじゃないか
と考え、調べ、実行し、観察する。
その反復だ。


欲しいものがあるならそうするしかない。

ただ座って待ってても思い描くものがそのまま降ってくる事はありえない。

サンタクロースや優しい魔女が何かを差し出した相手は
何もせずにただ座り込んで言い訳していた者ではない。


手にする方法も投げた先にあるものも知っているのだから
今でも続けるし諦めない。

きっと、ただそれだけの事だ。

アテネオリンピック

で初出場で金メダルを獲得した
女子柔道63キロ級の谷本選手のインタビューを見かけた時の事である。

オリンピックでの試合のVTRを見ながら
谷本選手本人が試合当時を振り返りコメントしていた。

一回戦だか何回戦だったか忘れてしまったが
『この時は最初からイケると思ってました』と話しているシーンがあった。
きっと一本勝ちとかだったのだろう。


バンドやら絵やらでならば
『今日はイケる気がする』という感覚を味わった事があるものの
体育会系の遺伝子は受け継がなかった身としては
なるほど、そういうのあるよな、と共感する事も出来ず
『ほぉ、そうなのかあ』と思った時、数名の人物の顔が頭を過ぎった。


頭を過ぎったのは敬愛する某御仁、そして父、父方の亡祖父、母方の祖父の四名であった。

何故ってこの人達は全員柔道黒帯だから。

しかも皆さんお強かったらしい。


父なぞは中学生の頃から強かったらしく
どこぞの道場の方から『入れ!』と追いかけ回され
(流石柔道大国九州である)
高校時代には『柔道部に入れ!頼む!頼むから入ってくれ!』
と先輩やら顧問の先生やらに追い掛け回されたそうだ。


しかし流石我が父。
娘は逃げ足が大変速いのであるが
父は長期戦を勝ち抜いて逃げ切ったようである。
その後は適当に近所の道場にちょろりと顔を出したり
試合の時だけ柔道部員になったりする程度だったようだ。


『ねえ、でもさ、父上強かったんでしょ?
それに当時としては上背が結構ある方なんだから有利じゃない?
入っても悪くはなかったんじゃないの?』
と素朴な疑問をぶつけてみたところ

『疲れるし、男臭くて汚いからイヤなんだもん。痛いし。』
と非常に分かり易い答えが返って来た。

ついでに『じゃ、帰宅部だったの?』と問うてみると
『んーん。テニス部』と返って来た。

後に叔母から得た情報であるが
テニス部で爽やかなふりをしつつ
両親から貰ったイケてるルックスを生かして
同高校のみならず他校のお嬢さん方と大変楽しく過ごしていたようである。

父が長期戦を勝ち抜いて逃げ切った原動力は恐らくそれであろう
と娘は考察している。


と、早々にマジメに柔道をやる事を止めた父であるが私は知っている。

彼も『これはイケる!』と思って技をかけた瞬間がある事を。
しかも全て1本であった事を。


技をかけられた本人である私が言うのだから間違いない(筈)。

我が父上は外では温厚で思慮深く、ダンディで知的な人
で通っており、婦女子にも大変評判が良い人である。

しかし蓋を開ければ
かなりの短気であり
昭和生まれの癖に『僕は明治の男だから』と言い切って
母に甘える、我儘し放題、な人だったりする。


そんな父に育てられて11年ほど経った昭和57年の事だ。

leela小学五年生。

当然まだまだ全然お子であるが
丁度、『親=絶対に正しいもの』ではない
という事に気づき始める程度の観察力は持ち始めていた。

『言ってる事とやってる事が違うじゃん』

何についてだったかは覚えていないが
小学校五年生の私は父に対してそんな思いを抱いていた。

が、下手に口に出せば即座に『口答え、造反』と見做される当時の我が家。
子供に発言権ナシという事は叩き込まれていたので
制裁を受けない為に『おかしいじゃんか』と思いつつも
我が身を守る為に数ヶ月沈黙していたのである。


しかしながら、幾ら我が身が可愛くとも我慢にも限界がある。


何かのきっかけで
『パパ(お子の頃はそう呼んでいた)言ってる事とやってる事違うじゃない。
私にはいけないよ、って散々言って来たのに。
こうしなさい、って言っておいて自分はしないなんておかしいよ!』
うっかり蓋が外れて口から零れたその瞬間である。

息が詰まり体が浮き上がった。

と、思ったら体が押しつぶされるような衝撃を感じ
頭の上ではピポピポと小鳥が舞い囀り
見えるのは黒い夜空に真っ白な星だけ。


母によると『大変に見事な背負いが決まった』
との事である。


背負いと言えば相手の懐に飛び込むような形になるので
投げる側が上背があり過ぎると上手く投げられない。

が、流石黒帯だ。

小学生にしては身長があった私の襟を膝を突いた姿勢で取り
立ち上がりながら投げたのである。


それはそれは綺麗に宙を舞ったそうである。

そんなに綺麗に決まったのならば
『これはイケる!』という確信の元に出した技であろう。


で、これに懲りて二度と父に意見しなかったのかというと
全然そんな事がある訳がない。

余談であるが、この数ヶ月後に
ビンタというより限りなく掌底に近い一撃を頂戴して
隣室の壁まで吹っ飛び、作り付けのタンスに激突した挙句
数分意識をなくした事も忘れてはいけないだろう。


それから数年。
中学二年生の春先の事である。

中学生ともなれば小学生の頃よりも付き合いの幅も広がり
興味の対象も増えていきがちなものであろう。

よってどうしても小学生時代よりは帰宅時間が遅くなる。


なんて事は当時の我が家において考慮される筈もなかった。

どれだけ正当な理由(数学で分からない所があって友達に教えて貰いに行っていた
自転車で数十分かかる場所まで参考書を買いに行っていた
先輩がお古の制服を譲ってくれるので受け取りに行っていた
学校で使う教材を買いに行っていた、等)
があろうとも『門限までに戻れとあれほど言うておるのに何故わからなんだか』
と母にどやされ、父に無言の圧力をかけられる日々を過ごしていた。


しかし、当時の小学生の門限が17時なのはまだいいとして
中学生の門限が18時というのはいまだにどうかと思われる。


閑話休題。

そんなある日の事。

それなりにお付き合いもあるお年頃であり
それなりにお出かけの必要もあるお年頃であった為
門限を五分ばかり過ぎて自宅玄関をくぐる羽目になった。

『どうして時間通りに帰れないの!パパに言うからねっ!』
といきなり母にキャンキャンとどやされた。

後ろめたい事は一切なかったので『ごめんなさい』と前置きして
事情を説明しようとしたものの
『口答えしないの!とにかくパパに言うからねっ!』
の一点張り。

今ならば『まあねえ、小姑との付き合いでイヤな思いしてるしねえ
話を聞く余裕もないんだろうねえ。』とでも思うのだろうが
そこはまだまだ14歳の小娘だ。

『分かった。じゃあ私が直接父に説明するからいい。』

と言って自室に戻ってしまったのである。


その数十分後に父帰宅。

帰宅直後はお疲れであろうからと
子供なりに気を使って父の食事と食後の一服が終わるまで待った。

これがいけなかった。

待っている間に事情を聞かなかった母が
非常に偏ったチクリをしてくれたのである。

が、そんな事は知らない14歳の私。

『あのね、今日は門限までに帰れなかったんだけど』
と説明してからきちんと謝罪しようとしたところ

『門限を破った挙句に母親に口答えをして部屋に閉じこもるとは何事かっ!』

と父の怒号が飛んできた。

我が父上は低音でええ声なのであるが
それ故に大変に迫力ある怒号を披露なさる。

また、以前に投げ飛ばされた記憶も手伝って
低音でええ声な怒号にひるんでしまったものの

「これは言い訳や免罪符にはならずとも
説明と考慮される事情を述べる事は不当ではない筈」

と思い

『遅くなった事はごめんなさい。
でも理由があって・・・・・』

と、ここまで言い切る間もなく

『でもじゃない!言い訳するな!』

と怒号第二弾が降ってきた。

我が父は短気である。

そしてその短気の血は14歳の私の中にも
大変に勢いよく、どんぶらこと流れていたのであろう。


『言い訳かどうかは聞いてみなくちゃ分からないでしょ?
第一事情も説明も聞かないでいきなり頭ごなしに怒鳴るのっておかしくない?!
私は「怒るにしろなんにしろ相手の話をちゃんと聞いてからにしなさい」
って今まで教わってきたのにどういうこと?
教えたのは誰?』


と、見方によっちゃ正論な事をのたまってしまった次の瞬間

体が吊り上げられたかと思ったら
くるりと世界が反転し
気づけば畳の上に転がっている自分が居た。

さっきまで立ってたはずなのにおかしいなー。

後の母の話によると
あっという間に襟を取られた私は
大変見事な大外刈りを思い切り頂戴したそうである。

この時も大変綺麗に空を舞ったのだそうだ。

見事すぎて母が石化したくらいである。

よってこの時も『これはイケる!』という確信の元に
大外を決めたに違いないのである。


まぁ、イケるに決まっているんだけど。

なにせ相手は組み手どころか受身すら知らない小中学生なのだから。


そういえば、小学校四年生までは父に散々お願いしていたのだ。

『パパ、柔道習いたいよ。』

『合気道やりたいの。』

『剣道はだめ?』

『少林寺の道場に行きたいの。』

と。

ただひたすらに『女の子はそんなもんやらんでよろしい!』
と一蹴され続けたのだけれど
それは反撃させない為の予防策であったのだろうか。


ちなみに、父も幼少期に散々祖父に投げ飛ばされ
(他所様の畑で走り回ったり
弟と結託して悪さをしてれば当たり前の事であろう)
母方の叔父も祖父に散々投げられ
(事情は知らないが結構な悪ボウズであったらしい)
のだそうだ。

ならば遺伝子により受け継がれた情報なのだろうか。

『我が子にカチンときたら投げるべし』と。

代々我が子を柔道技にて投げる家系。

しかも投げる側は皆必ず黒帯。

イケてないよ、おとっつぁん。

三十路でぞろ目の娘の記憶力は未だ衰えていないのである。

20040904

いまだに

ワン切りってあるのね。

昔、ワン切りが大流行してた時に
まさにワン切りの中のワン切りと言わんばかりの
見事なワン切りを頂戴した事があった。

着『メロ』なのに全くメロディーにならないとこで切れる。

一音だけで。

みっ♪

って。


なんでこんな事を書いているかというと
久々にワン切りとしか思えない着信があったから。

今はメロじゃなく『着うた』にしてるのだけれど
その着うたの歌詞の最初の一文字だけで見事に切れた。

どっ♪

だって。

着『うた』なのにさっぱり歌になってない。


もしかしたらあの時と同じところからかかってきたのかもしれない。

ひょっとしたら真のワン切り名人とかが居るのかもしれない。

居ても迷惑だし、今じゃ大したニーズもないんだろうけど。


ただ迷惑度からいくと『オレオレ詐欺』ではなく
我が家に何度かかかってきた

『オレオレ猥褻電話』

の方が遥かに迷惑なんだけど。

ワン切り

ならば、どう対応すべきかって事が
ネット上はもちろん散々マスコミでも報道されてるから
適切な対応も出来るというものだけれども

猥褻な迷惑行為や犯罪じゃそうはいかない事もある。

ご経験がおありの女性もおいでの事と思うが
例えば、電車の揺れで偶々手が触れているのか
それとも明確に意識して痴漢行為として触れてきているのか分からないというケース。

猥褻な電話に関してもかかってくる電話全てを録音している訳でもないし
全ての人がナンバーディスプレイを導入している訳でもないのだから。


実際『オレオレ猥褻電話』はなかなか悪質だった。

深夜か早朝に『オレ!オレオレ!』と電話をとった途端に繰返す。

『どちらさまですか?』
と答えても
『もう!わかんないの?オレだってば!今ヤバイんだって!』
と物凄く切羽詰ってますな芝居をしてみせる。

若い男性の声だったから、息子さんがいらっしゃる方や
ご兄弟がおありの方だったら思わず身内の名前を口にするだろう。

だって、判断力が鈍りがちな状態になってる時間帯を狙ってるんだから。

実はこれ、『オレオレ詐欺』が取り沙汰されるより大分前の事。

案外、『オレオレ詐欺』って『オレオレ猥褻電話』をやってた連中がはじめてたりして。


で、話を戻してその『オレオレ猥褻電話』
やっぱりきっと身内の名前なり
男友達や彼氏の名前なりを言わせたかったのだろう。

だけど寝起きの私は基本的に無礼者には物凄く不機嫌だから
『ですからどちらさまですか?』
『ご用件は?』
『どちらのお宅におかけですか?』
を無感情に機械的に繰返してやった。


すると勝手に『本当は分かってんでしょ?いや、俺さ、今○○と一緒にホテルに居てさ・・・』
と喋り出した。


ここからはシモな話が出てくるので
『その手の話は大嫌いだ』という方はこの先にお進みになりませんように。






電話の主の話を要約すると
自分は私の従兄弟であり、身内と近親相姦の関係にある。

で、ホテルで行為に及んでいたら相手が膣痙攣を起した。
自分は勃起したままの状態なので抜けない。
しかも相手は意識を失っている状態である。

近親相姦の関係なので救急車を呼ぶ事も出来ない。
だから射精するまで話に付き合ってくれ。


私も一応女なので女性の体というものについてはある程度知っている。

『この電話の主が語るような膣痙攣』は医学的には大嘘だと記憶している。

膣の筋肉にはそこまでの力はないとされているそうだ。
本当に膣痙攣(膣痙)の医学的な定義に従うなら挿入すら出来ない筈。

それに実際にそこまで膣の筋肉が緊張してる状態なら
病院に行って筋肉弛緩剤でも打ってもらう以外あるまい。

第一、叩くなりなんなりしても全く反応がない
というレベルで『意識がない』というのであれば
どうやったって医療機関のお世話になるしかないだろうに。

(それにしても・・・
本当に電話の主が語ったような切迫した状況で
『僕は今猥褻な迷惑電話してて大興奮です!』
と思い切りバレバレな息遣いをする筈がないって事に気づかないんだろうか。)


一般的ではない話や、事実に基いていない事を真実だと思われている話を
上記のようにふってきて、挙句、困りきってる身内なり友人知人のふりをし
何も知らない女性にテレフォンセックスの相手をさせようというのは
十分に性犯罪だ(と個人的には思う)。

ちなみに私の身内にも友人知人にも
とんでもない時間に自宅電話にかけてきて
自分の名前を名乗らないような大馬鹿者はただの一人もいない。


よって馬鹿馬鹿しいにも程があったので即ブッチ。

女性の方はこのような電話がかかってきたら
詐欺だけでなく猥褻電話の可能性もあるのでお気をつけ下さいまし。

24時間という限られた時間の一部を
奪われた挙句、非常に不愉快な思いをするだけですから。


20040908

今日の事ではないのだけれど

4日の日記を読み返してから
『そういえばこの前も下らないイタ電あったなあ』
なんて事を思い出した。

時は夜。
22時半頃の事。

自宅の電話が鳴って飛び跳ねるように電話に出た。

何故って、友人知人、両親は皆必ず携帯に電話してくるし
遅い時間帯に電話してくる身内もいない。

となると、横の繋がりも血の繋がりもない方面からのお電話かもしれない。

もしかして、ダディってば数十年ぶりに事故りでもしたのだろうか?

親と離れて暮らしてる以上は、いきなり親の身に何かが起きた、
って電話がきてもおかしくない事くらいは念頭にあるお年頃である。

『もしもし』
と出てみたら

『御免!拙者、○○の○○でござるっ!××に△△したくば・・・・・』
(記号のところはなんて言ってたかすっかり忘れた)

そうか、何処かのお武家様からのお電話か。

そーいえば、うちもお武家さんだったからその関係の方かしらね。

なんて思うはずがない。

馬鹿馬鹿しさに全身脱力して無言のまま電話を切った。

10分後。

またもや自宅の電話が鳴った。

『今度は絶対「もしもし」とか言ってやんない(心の声)』

無言のままでもお武家様が喋るかどうかのテストである。

が、お武家様、特に大事な用事はなかったらしく

『もしもし?』とも

『拙者先ほどお電話申し上げた○○と申しまするが、危急の用件にて御無礼仕りまするっ!』

とも仰らず数十秒の沈黙の後
無言で電話をお切りあそばされた。

結論。

夜に自宅電話にお電話下さる現代のお武家様は
別に急ぎの用でお電話下さる訳ではないらしい。

ちなみに、お武家様はまだお若いご様子。

せいぜい十代後半〜22、23といった所か。

そんなお若くてお暇なお武家様と話したいと思う方は
『お武家様からお電話ありますように!』と祈ってみるがよろしいかと。

私はもう二度とお武家様とお話したくない。

うちは、お武家様はご先祖様だけで間に合ってますから。


20040909

真夜中に

マットの上を這う気配

爪を立てて布を掻く音。

ズルズルと何かが這い寄ってくる。


妙な気配に目を開けると
細い呼吸音と丸い大きな目。


さ・・・・・

サダコちゃん?


と声をかけたくなったのはうちのにゃんこ。


この頃は夜になると割と涼しくなるせいか
床に寝る事は止めて私の寝床に上がってきている。

で、うちのにゃんこはウトウトのんびりしてると
片手匍匐前進状態で私に寄ってくるのである。


もう、真夜中にやられると心臓に悪いったら。

と、まあ、こんな具合に丑三つ時以降に起こされ

ああ、びっくりしたよ、と寝なおしても
毎朝5時半に起されるという具合なので


寝不足+日中の疲労を癒し損なう日々。


疲れてます。


20040915

起床は

五時半〜六時である。

と、うさちゃんに話したところ
もっと寝なさいと叱られた。

就寝時間が大体一時半〜二時なので
叱られるのも当然。

朝のお出かけ準備に間に合う時間まで寝てなさい
というご意見は実に正しいのである。


が、そうはいかない事情があるのだ。

我が家のにゃんこの腹時計は決して狂う事がない。

ストレス少な目、健康的な食事
可愛がられる事はあっても苛められる事はない。

毎日猫として正しく眠り、正しく遊び、正しく食べている。

自律神経に一切問題ないんですね。
体内時計狂ってないんですね。
いい事です。

けれど、この決して狂わない体内時計はアラーム付きだ。

毎朝五時半〜六時の間に『んー』とか『うるるるるん』とか
甘ったれた声を出しては子猫が母猫に食事をねだる仕草をする。

『まだ五時半だよー』ともう一寝入りさせて頂こうとすると
私の肩にぷにぷにの肉球を乗せてむにむにと押す。

それでも無視すると今度は鎖骨の辺りをむにむにと押す。

猫の肉球は危険である。

あのぷにぷにむにむに具合は
ちょっと力加減を変えると猛烈なくすぐったさで攻撃をかけてくる。

つまり下手をすると早朝にいきなりゲラゲラ笑い出すヘンな人
としてご近所迷惑になってしまう可能性アリだ。

よって変人扱いされる前に、最初の『んー』『うるるるるん』で起きるのである。


「じゃ、猫ご飯用意してからもう一度寝れば?」
というご提案もあるやもしれないが
起きると毎朝直面する『フローリングは猫の毛の海』。

冬場や春先以外は
しょっちゅうケサランパサランみたいなものが床の上をコロコロと駆けている。

なのでサクサクッと乾拭きで猫の毛をさらわなきゃならない。
これをやらないと私の足の裏が猫の毛まみれになったり
濃い色の服を着て出かけようとしたら猫の毛が服から生えてたりするのだ。

「じゃあ、それが済んだらもう1回寝れば?」
というご提案もあるやもしれないが
我が家にはもう一台強力な目覚ましがある。

いや、正確にはお向かいのお宅にある。

それはお向かいのお宅の坊やである。

彼はまだ一歳半くらいだろうか。
出かける時間帯が全く違うので
あまりきちんと顔を見た覚えはないが
毎日元気に泣いたり笑ったり叱られたりしている模様だ。
(よく玄関付近でお母さまに叱られているのを帰宅時に聞く)

子供は泣くのも仕事である。

子供が泣くのは大事な感情表現であり
同時に運動でもあると聞く。

よって、泣き声についてはいくらも辛抱する気でいるが
どうしても『オバチャンは辛いよ』と泣きを入れたくなる音を立ててくれるのだ。


それは電子音の機関車トーマスのテーマ。

休日などは猫ご飯を済ませ、猫の毛をさらい、猫トイレチェックをし
6時半くらいから8時ごろまでは寝たいのであるが
丁度この時間から彼の『電子音機関車トーマス攻撃』が開始される。


30分くらい電子音の機関車トーマスの同じフレーズが繰返される。

『そのうち止まる!』と自分に言い聞かせ
『なんにも聞こえない聞こえない』
と自己催眠もどきをかけてはみるのだが
30分を過ぎて一度止まったなと思い
ホッとしてうとうとし始めると
また機関車トーマス攻撃が開始されるのだ。

長い時は一時間以上。


私は決して彼の事は嫌いじゃない。

むしろ、お腹一杯愛情を食べてすくすく育っておくんなさい
くらいの気持ちでいたりするのだが

この攻撃だけは頂けない。


なので先週末も『ごめんね、あのね、オバチャンすっごい眠いの。
だからね、お願い。今日だけはトーマス勘弁してください!』
と土下座したい思いで早朝から家事に勤しむしかなかった。


彼のトーマスブームが早く終わってレゴ辺りに興味を持ってくれますように。

なんだか今日は

携帯メールの着信がいつもより多い日だった。

日頃、連絡不精の言葉足らずで御無礼申し上げているのに
ちょっとした事を気にしてくれていたり
残暑で体調を崩してはいまいかと気にかけてくれたり。

ありがたくて手を合わせたい気分である。

最近は

ネットに繋いでも調べ物をするか、メールチェックをするか
後は何か読みたい時に巡回サイトを廻ってみるか
という程度でいまひとつネットで遊べていない。

調べ物や読み物って点では『活用』は出来ているのかもしれないけど。


でも偶に寝る前にネット上をうろついたり
メールチェックをしたりした際に
『こんなのあるんだよん』というのに当る時がある。


『○○度チェック』とか心理テストの類だ。

とりあえず脳を使いたくはないけど
何もしないでいるのもなあ、という時にやってみたりする。


そんなわけで、最近『浮気度チェック』とかいうものをやってみた。


結果は、私はどうも今後の生涯は一切浮気をしないらしい。


正解である。

性格的に『浮気』というものが出来ない。

と言っても、何故か非常に親しい友人しか信用してくれないのであるが。
(顔が派手(?)なのが理由らしい<信用されない)

いや、もちろん私の大事な男の子は言わずもがなで信用してくれてるからいいんだけれど。


時々、知人から言われる。

『遠距離なら浮気し放題じゃん!』
『もう何してもよっぽどでない限りバレないね。』

これらは大半は冗談である(と思いたい)。

が、中には『遊び放題なのになんで遊ばないの?』
と物凄くマジメに聞いてくれちゃう方もいる。


確かに、遠距離というのは『本命キープしつつ、あちこちつまみ食い』
をやるには非常に都合のいい環境ではあるのだろう。

けれど、浮気をするかしないかは、結局性質の問題も大きい気がする。


以前、彼と話している時に、冗談で『浮気しないの?』
みたいな話が出た事があったのであるが
自分が言った言葉の中で明確に覚えている一言がある。


面倒くさいから。


恐らく傍から聞けばかなり誤解される発言だろう。


それはアナタ、お相手を大切に思ってるからとか
他の人とどうこうするなんて不実な真似はしたくないとか
そういう事じゃなくって単に面倒くさいからしないだけなの?
と。


要約すると、というか、簡潔に言うと『面倒くさい』という一言になるだけだ。


で、この『面倒くさい』が適用されるのはあくまで
『惚れてもいない殿方に労力や時間や気持ちを割く』
つまり私の中での浮気に対してなのである。


元来、好きなもの、人、事には心血を注ぐところがあるが
そうではないものに対してだと気持ちの面まで省エネモードになる。


大切な男の子の首に手を回すのは苦どころか楽であり喜だ。

大切な男の子に会う前に(焼け石に水かもしれないが)
手を繋ぐ瞬間や、一緒に過ごす時間を思って
体の手入れをする事は当然の事である。


が、好きでもない殿方に電話しなきゃならないとか
(異性の友人は別)
いう事になると『時間もお金も気持ちももったいない』
と思ってしまうのだ。


特に下心みえみえな相手だと思い切り嫌悪感を持ってしまう。

で、浮気となると大体性行為が絡むわけであるが
惚れてない方とそのような行為を致すとなると
『多分フィットネスとかスポーツとでも思い込まない限り出来ない』
というのが本音であり
実際『遠距離だから淋しいでしょう』と誘われた事もあるが
不快感しか抱かず、一刀両断方式でお断り申し上げた。

ついでに、私からすれば浮気というのはハイリスクノーリターン
が基本だったりする。

大切な男の子を失うリスク、
彼を深く傷つけるリスク、
自分が望まない性行為に及ばされる可能性があるというリスク
責任をとれない妊娠をするリスク
性感染症になるリスクは余りに高すぎる。

割に合わない上に全然気の進まない賭けに出る趣味はない。


つまり、私の場合『好きな人、事、物、そしてしなければならない事以外には
省エネモードになるから浮気しない』
という事なのだろう。


まあ、こういう事は詳細を語るべき相手は
そして本音を理解して貰うべき相手は
私の大事な男の子だけだから
『遊ばないの?』なんて質問をする方々には
『面倒くさい』で済ませてるのだろう。

つまり、そういう人達に説明する事すら面倒くさいって事だ。


20040923

連休中

ちょろりとうさちゃんに会う事が出来た。

お互い『一日100時間あるといいのにねえ』
(うさちゃんは多分100時間でも足りない程だけど)
な日々を送っていたりしたので
会ったその場は二人してお肌の色艶がよろしくなかった。

が、一緒に遊んでいる間にエネルギーチャージ出来たのか
別れ際には二人してお肌の色艶が結構な度合いで回復。

お互いに次に会う時が楽しみで
お互いがリフレッシュ出来て
お互いが居る事で嬉しくて楽しくて
という時間を味わえたので、別れ際に愛情込めてハグ。


大切に思う誰か、自分の人生の一部となっている誰かと
一時的にでも離れる時というのはそれなりの淋しさが伴うもので
もう20年の付き合いになる古い友人との別れ際でも
やはり少しだけ胸が痛んでしまったりする。

が、うさちゃんとは何時だって『次が楽しみだね』
という気持ちがメインであって
その気持ちは淋しさをくるりと包んで溶かしてしまうらしい。


また必ず訪れる楽しい時間を思って今も浮かぶのは
次が楽しみだね
という事。


またお互いが更に上へ前へと進みますように。

数日前から

私の匂いが変わった。

面白い事にストレスフルな状態を長く続けると
体臭自体も変わってしまうのであるが
リフレッシュとエネルギーチャージをしても
やはり体臭は変わる事を発見。


少し刺々しかった自分の匂いが
知らぬ間に甘い匂いに変わっていた。


うさちゃんはそれを私以上に素早く察知したのだろう。

新しいフレグランスをプレゼントしてくれた。

その前に、自分でピュアプワゾンとタンドゥルプワゾンを入手していたので
しばらくはこの二つのプワゾンで行こうかと思っていたのだが
うさちゃんがくれたフレグランスが余りにも
私の匂いと上手く混ざり合うので
ついつい毎日うさちゃんがくれたフレグランスを纏ってしまっている。


香りは思い出を喚起する。

そして香りによっては未来を歓喜し
今を歓喜し、過去をも愛しませる。


今回うさちゃんがくれたフレグランスは
私にとってそんな香りだ。


喜びに満ちた定番が増えた事に感謝。


20040925

メーラーに

随分沢山のメールを溜め込んだままになっている。

(個人的に頂戴したメールだけ速攻読んで返信してますが)

受信トレイに未開封と表示されている数字がとんでもない事になっていたので
いらないものはサクッと消そうと思って
ザクザク読んでいた。

ん?
どうも私の知らない私が居るようである。

源氏名『夢子』さんがお勤めの風俗店に行き
性欲処理をして頂いてメアド交換をした私が居るらしい。

しかも私は夢子さんに大変に気に入られているらしく
プライベートで性行為に及ばないかとお誘い頂いているらしい。


先週末(連休中ですね)は『けいこ』さんと
合コン風味のバーベキューで出会ったらしく
私はどうも、けいこさんに大変紳士的で男らしいところをお見せしたらしい。
メアドの交換をしたようであるが
携帯のアドレスでなくPCのアドレスしかお知らせしなかったらしい。


私はどうも数ヶ月前に出会い系サイトに登録したらしい。
そしてそこで、数人のお嬢さんと出会ってデートまでしたらしい。
デートをしてオイシイ思いをしたようであるが
その後、そのお嬢さん方につれない態度をとっているらしい。


わー。
知らない間にすっごいモテてるじゃないですか。

でも、当然全然身に覚えがないんですが。


だって、風俗店なんか行った事ないし。
女性と性行為に及んだ事は今までの人生で一度もないし。
(強いて言えば酔った古い友人に無理矢理キスされたくらい。
しかももう10年くらい前の事。)

先週末は身内とうさちゃんにしか会ってないし。
ついでにバーベキューなんて20年くらい行ってないし。

出会い系サイトにわざわざ男性として登録して
若いお嬢さん方にイケナイコトする趣味ないし。

そもそも私は思い切りストレートに異性愛者だし。


が、上記のような内容のスパムを読みつつ
そんな架空の自分を想像すると
余りにもありえなさすぎて笑いが止まらなくなった。


ちらりと読んだ雑誌の記事によると
作り笑いなんかじゃない限りは
なにによって笑おうと美容にも健康にも脳にもいいコトづくめらしい。


無差別に送られてくるスパムは本来大迷惑だけれど
今後は笑いを提供してくれるスパムだけは歓迎しようと思う。

美容と健康にいい笑い

というと、案外思い浮かばないものかもしれない。

が、先週末、少しだけうさちゃんと過ごしただけで
肌の色艶も、毛穴の状態もすっかり変わった身としては
『あるよね、そういうの。』と頷けたりする。

うさちゃんと私は基本的に健康オタクが入っているが
いざ遊ぶとなれば健康オタク度が少々下がる。

私なぞは、普段は一切揚げ物を口にしないし
肉類も脂身ゼロの部分しか口にしない。
ベジタリアンという程じゃないが、かなり昔の日本の食事に近い食生活をする。
ついでに炭水化物も雑穀、全粒粉で少なめに摂取するくらいで
精白されたお米は殆ど食べない。
(嫌いなんじゃなくて、単に体質的に白米を食べると体調を崩しやすくなるから)

昔一緒に夜遊びしていた友人達はイマイチ信じられないようであるが
普段、自宅では一滴もアルコールを口にしない。
お付き合いでお酒を頂く事があっても極少量。
ビール350mlすら飲まない。

サプリメントだってがっちり飲む。
胃腸の負担にならない時間帯と量と質を計算して毎日飲む。


が、うさちゃんと『遊ぶぞモード』に入ると
揚げ物を食べる機会もあれば、白米を口にする機会もある。
自炊してる日よりビタミン、繊維質、ミネラルの摂取量は減る。
自宅に居る訳ではないからサプリメントも計算された摂り方ではなくなる。
アルコールにしても全盛期のような飲み方はしないが
多い時には二人でワイン二本、ビール750ml、日本酒、などなどチャンポンで飲む。
特にワインだと、うさちゃんは私のワイン好きをよく知っているから
私に沢山くれたりもする。


が、そんな事をしても、うさちゃんと居ると肌の調子は良くなるわ
脂肪がジリジリ落ちてくるわ
細めの筋肉が徐々に出来てくるわ
で普段よりも相当調子良くなってしまうのである。


さて、何故だろうと考えると
やはり笑う事が多くなるという事と
ストレスが激減するという事
そして、お互いに素で居ても全然大丈夫、という事が大きいのだと思う。


一緒に居ると自動的に楽しくなるし、嬉しい。
十分にくつろげるし、安心感がある。

私の場合、普段はかなり気を張って生活しているのだが
なんでもかんでも一人で全て処理しなければ
という気負いがなくなる。

性格上、外の顔と内の顔の落差がかなり大きい方なので(無意識だけど)
素の状態で居る事自体が普段は非常に少ない。

そういう違いだけで体の表面も内側も劇的にいい方向に向かう。


と、うさちゃんと過ごす度に上記のような変化を味わうのであるが
いくら日頃、自分で気をつけて、身近な人よりも自己管理出来ている
と言われる状態にあったとしても
やっぱり自分ひとりだけでやっているのと
全幅の信頼を置く誰かと一緒に過ごすのとじゃ格段の差があるなと思う。


人間自分ひとりじゃ生きられない、なんて言うけれど
もしかして『自分ひとりきりじゃよりよく過ごし生きるのは難しいよ』
って事なのかもしれない。

イメージする力

というものは非常に大きいものだな
と筋トレなんかしていると思う事がある。


例えば、ポジティヴなイメージを描こうとする時
心身の疲労が溜まり過ぎていたり
なんとなくノッドな状態だったりすると
ポジティヴなイメージがなかなか浮かばない。
浮かばないどころか、逆にネガティヴなイメージが浮かんだりもする。

そのような状態が一週間続いたとしよう。
その状態でいつものメニューをこなしたとしよう。

体脂肪率にしろ、体重にしろ確かに落ちる。
落ちるが、安定度がとても低い。
そして、数字的には落ちていても
見た目にそれが現れ難い。
普通に考えれば、体重以上に体脂肪が大きく落ちたなら
当然筋肉量が増えた、という事な筈である。
筋肉が増えれば脂肪の燃え易くなるし、当然体が締まってくる。

長期的にボディデザインという目的で食事管理やトレーニングをしている方なら
もしかしたらお分かり頂けるんじゃないかと思うが
いい感じに体脂肪率が落ちて筋肉量が増えると
内側からキューッと表皮や脂肪層を引っ張られる感じがして
実際にサイズも見た目も締まってくるのである。

が、イメージが上手く出来ない時には変わってくれるのは数字だけだったりもするのだ。


で、逆に上手くイメージが出来る場合。

数字も当然変わる。
正しく階段状のグラフが描かれるし
数段の階段の後にガクンと大きく落ちてくれる。

同時に、数字が然程変わらない時でも見た目とサイズが変わったりする。

こうなるとまさに『こっちのもんだ』ってなもので
単純に楽ではないトレーニングも食事制限も逆に楽しみになる。
楽しみになれば、モチベーションも維持出来るどころか上がっていくので
イメージする力も強くなるし、イメージ自体が鮮明になっていく。

(『嘘だ』と思われる方は『プラシーボ(またはプラセボ)効果』で検索してみて下さい。
ポジティヴなイメージが人体にどれだけ強い影響力を持つか
という事についての事例なり研究結果なりが出てくる筈ですから。)


上記のような変化は環境、生活のみならず、対人関係の影響も大きい。

例えば、ネガなイメージが強い関係の人が居るとする。
それはもう、話す云々以前に会うだけでも気が進まない。
一緒に過ごすにしても、ネガなイメージが勝ってしまって
その相手と過ごす時間と空間が楽しいものになる
という前提なぞ出来ないままで過ごすハメになる。

仮にそこで少々楽しい事があったとしても
ネガなイメージが強すぎる場合には『楽しかった』よりも
『今は楽しかったけど、次はどうだか』
とネガな発想に捕われて十分に何かを楽しむ事が出来なかったりもする。

で、帰宅してみれば
『休日に一日遊んだ筈なのに全然リフレッシュしてない上に
妙に疲れ果てて、肌の状態まで悪い自分』
が鏡の中から脱力した目でこちらを見ていたりもするのだ。


これがポジなイメージが強い関係性や
その相手と居るといつも以上にポジなイメージを描ける者同士だったりすると
仮に少々思うようにいかない事があっても
『なんだよ、つまんない』という発想ではなく
『じゃあ、この状況を楽しんでしまおう』
『じゃあ、この状況を楽しくしてしまおう』
という発想になってきたりする。
勿論、『それが出来る』という前提を互いの中に持って。

仮に意見の食い違いがあったとしよう。

ネガなイメージが強い関係性の場合
なんとなく気まずくなったり
片方、若しくは両方が自分を抑え付けて酷く気を使ってしまったり
場合によっちゃ物別れになる喧嘩にだってなり得る。


が、ポジなイメージが強い関係性である場合
多少気まずさめいたものを味わっても早い段階で切り替えが効いたりする。
ヘンに気を使いすぎる事よりも価値観や意見の擦り合せが出来る。
当然、『面倒臭さ』『不快感』を軸にして話し合うのではなく
『もっとお互いを知る』『更にいい関係を育てる』という事が軸になる。

よって喧嘩になる事は殆どない。


上記はあくまで私の経験上のお話である。

ポジな関係性の相手と居ると
その相手と共有していない部分にまでポジな変化がある。

感覚的なものなのだけれども
そういう関係性の相手と居ると流れがスムーズになるのだ。
心身共に。


周囲に行き詰っている人が数人居る。

話を聞いてみるとネガな人間関係に引っ張られている人ばかりだ。

しかも、好悪の情に関係なく、ネガな関係の中でネガなイメージを鮮明にさせているようだ。

で、そのネガな関係性における事ではない事についても
ポジティヴなイメージを持ち辛くなっているようで
問題は特になかった事柄についてまで問題が発生し始めているようなのだ。


関係性の改善を望む人ばかりではあるが
いい関係を作っていこうと思うと
きっかけは一方だけの努力でよくても
継続して構築、育成という事になると双方向性である必要性が出てくる。

なのに往々にしてこの手のお話は双方向性じゃなかったりするのだ。


人を篩いにかけろ、とはとても言えない。
また、それが正しいとまでは言い切れない。

せっかく得たご縁だからと感謝の気持ちを持つ人には尚の事言えない。


だけど、選ぶ必要はあるのだと思う。

自分が進みたい方向に向かう時に原動力や推進力になる人、物、関係を選ぶ必要性があると思う。

勿論、選ぶ、という選択肢すらないという場合もあるのだろうけれど。


人様の事だから願うしか出来ないのだけれど
選ぶ事すら出来ない場合には
今抱えているネガを凌駕してしまうポジを
その人達が手にする事が出来るように、と思う。


イメージと違う、なんて言われるが
ご縁のある方々が辛い思いを吐く姿を見るより
幸せのお裾分けだなと思えるような
ポジなお話をうかがうのが凄く好きだから。


20040930

割と最近

気づいた事。

しばらく前から『おかしいなー』と思っていたのだ。


よく『ご飯を食べると眠くなる』とか言うけれど
この数ヶ月の自分は『ご飯を「食べていると」眠くなる』という状態で
特に一汁三菜とかの、しっかり目の食事や
ボリュームのあるものやヘヴィーなものを食べていると
半分も食べ終わらないうちに眠たくなってしまうのだ。

連休中、うさちゃんと一緒している時にも
珍しく揚げ物や炒飯を食べていたら、ものの見事に眠たくなったのだ。


食べるのが遅いからだろうか
(我が身を可愛がるようになって以来一口20〜50回噛んでしまう)
だから自分でも気づかない間にお腹がいっぱいになってて
それで気づいたら既に眠たいって事なんだろうか

とか色々考えていたのだが、先日やっと理由が分かった(気がする)。


単なる『食べ疲れ』らしい。


きっと私の顎の筋肉が頑張っているせいもあるのだろうが
私の胃腸も物凄く頑張っているに違いない。


毎日毎日『いーこだから、要らない脂身燃やしてなくしちゃおうねー』
と我が身に言い聞かせているから胃腸までもが
出来るだけ沢山エネルギーを消費しようとしているに違いない。


と自分の中で落そうとしたら、食べ疲れというのは幼児によく見られるものだ
と子持ちの友人や、私という子を育てた母に言われてしまった。


しかし、アルコール有りの食事なら食べ疲れしないところを見ると
やはり幼児じゃないのですよ、私の身体は。