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20041014 見送り

現在10月14日午前10時

一時間半程前に、10年一緒に暮らした猫が逝った。


突然死である。

直前までいつもと変わらずとても元気で
いつものようにご飯を食べて、いつものように甘えて鳴いた。


原因は解剖なり検査なりをしなければ分からないだろう。

病気の症状は全くなかったから。

今朝もいつもどおり窓から外を見ていた。

今もまだこの子の身体は僅かに温かい。


人工呼吸も心臓マッサージも効かなかった。

10年の歳月はあっという間だった。

もう10年は頑張ってくれるかと思っていたが
あれだけ身体が弱かったこの子が
幼少期の3年以外は殆ど病気もせず
殆ど苦しむ事なく、私が自宅に居る日に逝ってくれたのは
最後の親孝行であり、天寿をまっとうしたこの子への天からの贈り物なのかもしれない。


この子は小さい時からよく私を驚かせる子だった。

最後の最後まで驚かせ、最後の最後まで私の傍に居てくれた。




先ず、母に電話をした。

そして、この子を『leelaの家族なんだから自分にとっても大切だ』
と言ってくれた最愛の人にメールを打った。

そして、この子を可愛がってくれた数人の人達、この子との縁を作ってくれた人にメールを打った。


今、ここにこの事を記している瞬間も
この子は今にも起き上がりそうな綺麗な顔で眠っている。




日常は、実は常ではない。

薄紙一枚向こうには非日常と思える時がある。


この子が逝った瞬間から、私はまた新たな日常を作らねばならない。

今、とても淋しい。

そして、昔から、誰かを見送った時には涙が零れない自分に会っている。


母もまた新たな日常を作らねばならない。

彼女は電話の向こうで既に涙ぐんでいたし
とにかく出来る限り早く帰ると言っていたから。


きっと今夜の母は涙酒だ。

もしかしたら

私の観察と健康管理が甘かったのじゃないか
病気の兆候に気づかなかったのじゃないか
と怯えながら何処かで悔やみ、自分を責める所がもう既に出ている。


理性の部分で考えれば分かる事だ。

猫の家庭医学やHPで見てきたような
病気の兆候は一切出ていなかったし
この子の健康状態に過敏とまで言われた私が見落とす事はないし
今までだってただの一度も見落としたりはせず
早期発見と予防を徹底して獣医さんにお墨付きを頂戴してきたのだから。


それでも思ってしまうのだ。

私はこの子に無関心なところがあったのじゃないか、と。

この子の健康と獣医さんからのお墨付きに甘ったれてはいなかったか、と。


けれど、どんなに探しても数時間前までのこの子に死の兆候どころか
体調不良すらも全く見えなかったのだ。


親孝行で、親不孝。

本当に、最後まで困らせてくれるようだ。

グッ

という音で飛んで行ったら、この子は倒れていた。


見た瞬間にヤバイと即分かった。

突然死に直面するのは初めてだが
死に立ち会うのは初めてではないから。

喉に吐瀉物が詰まっていないか確かめた。

心臓マッサージと人工呼吸を繰り返した。

15分程だろうか。


今でも、自分が震えながらも緊急時の処置をした事が不思議だ。


そう。分かっていた。

どんなに愛しくても元気でいてくれても
この子達は必ず我々人間よりも早く逝ってしまう。


もう、何度動物の死を見ただろう。

その度に思う。


この子は幸福だったのか、苦しまなかったのか、と。


にゃんこは、苦しまなかったようだ。

本猫も分からなかったと思う。

余りに一瞬過ぎて。


当分、私は痛みを抱えて過ごすだろう。

人でなくても家族を失えば虚無感も悲しみも淋しさも必ず味わう。

どうやって今まで一緒に暮らした子の死を乗り越えたのだろう
なんて思い記憶を手繰り寄せている。


新しい子の出現で救われた事もあった。

日常の忙しさに救われた事もあった。


けれど、最終的に私を常に支えたのは
その子との思い出、その子への感謝だった。


精一杯生き、精一杯愛し合ってくれたその子の存在へのリスペクト。


その子がくれた、共有した時間も幸福も確かに存在したという事実。


そして、その子は逝ってしまっても、その事実があったという事は消えないという事。


私は明日を見なければならない。

この子は泣く私を見てよく鳴く子だったから。

私より

体温の低いこの子に会うのは初めてだ。

ピンクじゃない鼻を見るのも
ピンクじゃない肉球を見るのも初めてだ。


この子が幼かった頃を思い出す。

つい数時間前のこの子を思い出す。


そして今ここにあるこの子の肉体を見る。


遺体になってもやはり愛しい。


動物は魂が美しいから人より早くまた生まれるのだそうだ。


この子とはまた会えると思っている。

自分を救う為の思考でしかないかもしれないが
それでもまた必ずこの子に会うと思う。


この子程、私との間に強い絆を築き上た子は居ないのだから。

今も

涙は零れない。


胸と喉に石が詰まったようで
だけど何処か晴れた空のように迷いがない。


私はもうこの子の死を受け入れたのだろうか。

自分がそんなにタフな人間だとはとても思えない。


けれど、私は今静かな顔をしている。

我が子を失ったんじゃないかと思える程に辛いのに
鏡の中に写る私はとても静かな顔をしている。

胸はこんなに痛むというのに。


何処かで知っているのだ。

逝った者は見送る者の悲鳴や嗚咽を望んじゃいないと。

母が戻り次第

この子を診てくれていた病院にこの子と行く。


最後の一緒のお出かけだ。


その病院は霊園も葬祭場も経営していて
管理もきちんとしてくれるので、この子以外の子もそこにお願いしてきた。


小さな遺体は冷たくなるのも柔らかさを失うのも早い。


そして、小さくても遺体はいつもとても重い。


この子に言い聞かせた。

決して忘れないし、ずっと愛している、と。

だから、心配せずに逝きなさいと。

そして、約束どおりまた必ず会おうと。


この子を見ていられるのもあと数時間だろう。


愛しい者を失うのは何時だって辛い。


けれど、見送る強さと、見送った後に地に足を着けて歩み続ける事は忘れないで行こうと思う。

多分

私はしばらく相当な淋しがりになる事だろう。


どうか、友人知人の皆様。


そして、最愛の貴方。


しばらくは私をいつも以上に強く支えてやって下さい。


今の私には多分、あなた方のサポートが本当に必要だから。

あの子の遺産

のひとつにたった今気づいた。


支えて欲しいと、恋人以外の人にもアウトプットするのは
多分、初めてと言ってもいいだろう。


この子は私に『恋人以外の人にも助けを求める勇気』
を私に遺していったのだと思う。


親孝行ないいこだ。

この子を可愛がって下さった数名の方

そして、この子に会わずとも、笑顔を向けて下さった方々へ。


本当にありがとうございました。

共に暮らす私や母以外の方からも愛情を頂戴したこの子の代わりに
心からお礼申し上げます。


どうか冥福を祈ってやって下さい。

お師匠様をはじめとして

この子との縁を作ってくれた人、弟と電話で話した。


皆、偶々時間を空けられる時だったようで
皆一様に驚いていた。


皆、案じてくれるし、サポート出来る時とサポート出来る部分は
必ずサポートすると快く言ってくれた。


私は今この子が逝って数時間だというのに既に学んでいる。

今まで、自分が如何に周囲にサポートを求めなかったかに気づかされる。

同時に、自分が本当に打ちひしがれてしまった時
誰の手を握って、誰を一番必要とするのかを思い知らされた気がする。


なくして気づく事があるというが
死によって、こんなにも早く多くの事に気づくのはこれが初めてかもしれない。

今でもやはり不思議だ

私はもっと動揺して何も出来ないで泣き喚くと思っていた。


そして、今感じる痛みが、かつて経験した『死ではないものによる痛み』
とそっくりである事にも少し驚いている。


小さな手はもう冷たく硬い。

しかし、私はそれを認めている気がする。

嘘だ、すぐに起き上がってくるに違いない
なんて気持ちは今はもう殆どないのだろう。


私はもう既にこの子の死を受け入れたのかもしれない。

そして、そこで味わう痛みと学びを消化して前に進む段階に居るのかもしれない。

だとしたら、この子と私は共有出来る時間を、完璧にではなくても
精一杯過ごし、その中で築きうる限りの絆を築いたのかもしれない。


明日をどう過ごせばいいのか、分からない気持ちもある。

だけど、明日からまた新しい日々を作るにはどうすればいいかと考える自分が居る。


恋しいのは冬の日だ。

この子を抱いて雪を見せた時
降りしきる雪に目をこらして喉を鳴らすこの子がもう居ない。

贅沢を言えば

もう10年は一緒に居たかったと思う。


けれど、この子は本当に生をいっぱいいっぱいに生きたのだと思う。


人でない家族を持つ人は多い。

その家族に心からの愛情を注ぐ人も沢山居るだろう。


どうか、そんな人達に出来るだけ彼らと共有する時間が長く続きますように、と思う。

一日一日が幸福に満ちていますようにと思う。

ペットロス

の恐怖というのは今までも気にかかっていた。


が、実際には自分がペットロスに陥った事はない。

理由は分からない。

そして今だって十分に不安なのだ。

この子と共に暮らせない淋しさや
この子を抱きしめられない喪失感に
自分が呑まれたらどうしよう、と今だって思っている。


なのに、何故だろう。

それじゃいけない、ではないけれど
そうはしたくない、この子と味わった幸福を
未来の幸福に繋げたい、と思っている。

帰宅した母は

『起きようよ』と何度もにゃんこに呼びかける。


私もそう言いたい。
今から起きてくれたって、驚く事はあっても不愉快なんかじゃないのだから。


万が一、そんな奇跡が起こったら、そりゃあ嬉しい。

けれど、それは現実ではない。


主治医のアドバイスと母の希望もあって
今夜はうちで最後の夜を過ごして
明日、この子の好きなものを沢山持たせて荼毘にふし
お骨は一旦うちで引き取って49日以降に納骨、という事になった。


49日は本当に逝った者の為にあるのだろうか。

逝った者の為でもあるのだろうが
私は自分と母を見ていると残された者の為のように思えてくる。


私は現段階で母よりはこの子の死を受け入れている。

母が『起きようよ』『ねえ、戻ってきて』
と涙声でこの子に乞うのを聞いて思うのは
起きて欲しいし、戻って欲しいけれども、それは現実ではない。
多少時間がかかってもこの子の死を受け入れ
この子が安心出来るようにしっかりと生きなければ、という事だ。

明日からは

本当の一人暮らしになる。

明日からは『ごはんちょうだい』と私を起す家族も
『トイレ片付けてよ』と急かす家族も
「いってくるね」と出掛けの挨拶をする家族も
「ただいま」と言った時に出迎えてくれる家族も
淋しい日に抱きしめる我が子のような存在も
愛しくて笑い出してしまう柔らかい存在も
寒い日に体温を分け合って眠る家族も居なくなる。


その事がとても淋しいし、不安だ。

けれど、立ち止まりたいとは何故か思わない。

こんなに辛いのなら立ち止まってうずくまる事も出来そうなのに
私は少しもそんな気になれないのだ。


私は自分で思っていた以上にこの子を愛していたらしい。

この子との幸福をムダにしない事にばかり心が向くのだから。

この子は

私を母猫だと思い込んだ永遠の子猫だった。


私も母猫の役割を果たしてきた。


そういうものだ、と思っていたが
私は気づかぬ間に母親になっていたらしい。


この子に蘇生を試みる時、倒れたこの子を見た時
自分はどうなっても構わないから、どうかこの子を生かして欲しい
という思いが勝手に溢れ、そして必死で心臓マッサージと人工呼吸を繰り返した。


母は言う。

母親となっている友人は言う。

それは、母親の心情だ、と。

どうもこの子のお陰で、妊娠すら未経験なのに母親の思いを知る羽目になっていたようだ。

この子を主治医の所に

連れて行く時、偶然にも車の中に賛美歌が流れていた。


母が帰宅した時、濃い香の香りが漂っていたと言う。


この子を連れて戻った時、母も私も濃い香の香りを同時に嗅いだ。


神に愛された子は早く逝くという。

万年子猫のこの子はきっと神にも仏にも愛されたのだろう、と母が泣き笑いをする。

生涯

室内猫だったこの子だが、一人『友達』が居た。

悪友の事である。


この子は他所の人とそうそう遊ばない子であったが
何故か悪友とだけは遊ぶ子だった。


その悪友から先ほど電話があった。

信じられないと言う。

淋しいと言う。

そして、明日、母と私とあの子と一緒に葬祭場に行きたいと言ってくれた。


あの子の数少ない友達であり
そして彼女は猫と暮らせない環境に居るから<
この子をとても可愛がり、携帯の待ちうけにして『見て見て。これleelaのとこの猫』
と言って人に見せてまでいたという人だ。


ありがたく、一緒に見送って貰う事にした。

幸い彼女は明日は全休だという。

彼女と遊ぶのが好きだったこの子は、だから今日を選んだのかもしれない。

この子と

直接会った方も、直接は会った事のない方も
信じられない、と驚きつつもご連絡下さっている。


直接会った事のある方は言葉を失う方もあり
私が泣いていないからか、私の分まで泣いて下さるかのように
電話の向こうで泣き笑いをしてらした。


悪友といい、古い友人といい、お師匠様といい
この子との縁を取り持ってくれた人といい
皆、この子に愛情を注いで下さったのだとしみじみ思う。


私は決して完璧な母猫でもオーナーでもなかったと思う。

だから、私と共に暮らした事が100%幸せだ
と、あの子が感じているかどうか分からない。


だけど、『可愛いね』『いい子だね』と言われるだけで喉を鳴らしたあの子だから
今こうして『本当にあの子は可愛くて』『いい子で』
『面白い子で』『また会いたかった』と言われている事は
多分凄く嬉しい事だ。


皆様に改めて御礼申し上げます。

あの子が喉を鳴らしたくなるようなお気持ちを本当にありがとうございました。

毛皮の手触りは

今朝抱き上げたあの子と全く変わらない。


主治医の先生に会わせた時、先生はあの子のにおいを慎重に嗅いでいた。


母が言った。

『病死の場合は、かなり強いにおいがするから』と。


何度も嗅いでみたが、この子からはこの子の匂いしかしない。

異臭も死臭も全くない。


つまり、なんらかの病気を患って、それに気づかれないまま
闘病と言うには切なすぎる闘病生活を送ったのではない、という事らしい。

それは、せめてもの救いだ。

猫と

暮らしておいでの方から温かい慰めと
思いやりに満ちたメールを頂戴した。

携帯からだったので、急ぎ、慰めと思いやりを送って下さったのだと思う。


心痛、という言葉で私の気持ちを思いやって下さった。

そう。まさに言いえて妙である。

全ての内臓が抜き取られ、体内が空になり
そこには心と、心が感じる痛みだけが満ちている、
とでも言えばいいのだろうか。


そして、自分が、少しずつ皆様から慰めて頂いている今
自分が恐らく生まれて初めて慰めを必要とし
慰めの中に体温がある事もあるのだろう、と思っている。

この子の死を

受止めきって、そして綺麗に昇華するにはある程度の時間がかかるだろう。


何故なら、まるで我が子に死なれたような気分だからだ。

だからこそ、思う。

幼少期から数回、あの世に逝きかけた自分が
親より早く死んでいない事の重さと
この子より早く逝かずに済んだ事のありがたさを。


この子は親の死を知らずに逝けた。

両親には子の死を経験せずに逝って貰いたい。


ほんの少しの子供孝行、親孝行。

私は今

足掻いている。

それはあの子の死は認識出来ても
そこにある喪失感と悲しみ、淋しさが余りに痛いからだ。


多忙なうさちゃんが連絡をくれた。

そして、私が頭では分かっている事を言語化してくれた。

何もしない事。
頑張らない事。

だから、私はうさちゃんとの電話で泣いた。


気づかぬうちに気を張っていたのだ。

お悔やみ

のメールを次々頂戴した。


愛犬を亡くす痛みを味わった僚友も
にゃんこの死を悼んでくれた。

何者にも変えがたい大切な存在

自分の人生と生活の一部である存在を失うと

多分、当たり前のように悲しいし、痛いし、苦しいのだ。


うさちゃんにそう話した。

うさちゃんもそういうものだと言った。


今、自分が味わうこの思いは実に自然なものだと知っている。


しかし、我が子のような特別な存在を亡くすのは多分初めてだから
私は戸惑い、怯えているのだ。

うさちゃんに

眠らなくてもいいから、横になろう
と言われ、そう約束した。


そして、あの子と毎晩一緒に寝た寝床に寝るのがとても怖いと泣いた。

寝返りを打つと足に触れるふかふかの毛皮。

邪魔だと言わんばかりに私の足を蹴る小さな肉球。


それがもう、ないのだ。

明日

あの子の肉体を見送る。

49日の間はあの子の魂を思い手を合わせて暮らす。


私はきっと泣くだろう。


ムリをせず泣くだろう。


だけど、今夜はあの子と最後の夜を過ごす。

あの子に触れる。

沢山、沢山。

ペットロス

について調べてみた。


見てみると、恐らく、少なくない人間が
大切な存在を失った時に起こり得る身体的、精神的変化である。


よって、私は自分の状態にペットロスという名前をつけるのはやめる事にした。


ここから立ち直り、再びしっかりと地に足をつけて
新たな生活を作り上げて歩んでいくわけであるが
私は今、最初の段階と次の段階の間に居るのだと思う。


私はこの子がもう肉体をもって自分の傍に居る事は不可能である、と認識している。

つまり、この子は死んだのだと思っている。

そう。昨日は『逝った』という少し直接的でない言葉を用いた。

しかし、今日は『死んだ』という言葉を用いている。

私はこの子が死んだのだ、と思っているのだ。


同時に、自分がショック状態のままで気丈に振る舞い
お悔やみのお電話やメッセにも
笑う余裕などないのに笑ったり冗談を返したり
というふうに感情を抑圧しようとしている事にも十分に気づいた。


それは、私が泣いても一切動揺しないで受け止める
うさちゃんと話したからこそ深く感じた事である。


私はこれから、多分悲しみを手放して大切な思い出にする為に
悲しみや痛みを開放する事をしていきたいのだと思う。


きっと、親しい方には沢山甘える事になると思う。

手を差し伸べてくれる友人知人にも甘える事になるだろう。


もちろん、最愛の彼にはとてつもなく甘える事だろう。


どうか、『いいよ、甘えて開放して、そして元気に笑えるように手を貸すよ』
そう思って下さる方々はその時にはどうか助けてやって下さい。

とても焦り、そして急ぎたがっている自分を感じる。


早く元気に笑って、この子との生活と時間を次に繋げるよう
しっかりと歩む自分に戻りたいと必死で願ってもいる。


それは、とても辛いからだ。

一刻も早く痛みを止めたがっているのだ。


同時に私の頭は知っている。

急ぐほど道は困難になる、と。


親しくして下さる方々に
最愛の男の子に約束を取り付けた。

しばらく甘やかしつつ、励まし、見守り
そして話すという行為で私が前に進む事を助けて下さい、と。


皆、快諾してくれた。

出来る事はする、と最愛の人が示してくれた。


なのに、私は今孤独感に苛まれている。

それは今、この子が居なくなったという事実に圧倒され
それによって味わう痛みに呑まれているところだからだ。


つまり、他の事実がきちんと見えていない、実感出来ていないというところだろう。

悲しすぎて

食事が喉を通らないとか、眠れない、なんて事は今までも経験しているが
今回のにゃんこの死ほどに強烈に、しかも速攻で私の肉体にまで影響を及ぼすような
そんな深い深い痛みはまだ二度しか経験していない。


しかし、私にはサポーターが居る。

最愛の男の子は今も私の手を握っていてくれるのだと思う。

私は、今回の件で自分を見失うのも
悲しみに溺れてこの子との幸福を無にするのも
今でも絶対に絶対にイヤだ。


つまり、これは新たなハードルなのだろう。

今までも

年の割りにはそれなりに多くの死を見たのだろう。


昨日書いたように、私がそれらの辛い辛い死を乗り越える時の
最大の支えはリスペクトと感謝であった。


そして、そう思って乗り越えるまでにそう時間を要しなかったのだ。

が、今回は今までと違う。

スムーズにスライドしてくれないのだ。


どうしてかなぁ、とうさちゃんに問うたら
それだけ深い関係を築いたからでもあるだろうと言われた。


自分を責めようとして、つまり犯人探しをして納得しようとする部分
についても、うさちゃんにアドバイスを貰った。


猫と暮らしている人は何人も見てきたけれど
leela程の愛情を注いでそれを継続した人はそうそう居ない。

あの子は幸せだったはず。
なのに、そこで自分を責めるのは幸福だったあの子に失礼でもあるよ、と。


安らかな死に顔の話をしたら
それだけ満たされて逝ったんだから幸せなのだ、とうさちゃんが言った。


私は自分で思うより多くの愛情をあの子と差し出しあったのだろう。

今回は昔のようにはスムーズにスライドしないのかもしれない。

だけど、必ず元気になるのだ、と何処かで信じている。

私は本当に

差し出された手を掴むのが下手で下手で
それは今も変わらず、昨日も差し出された手に
冗談で返し、気丈に振舞っていた。


そこに作為も意図もない。
無意識にやっている事だ。


うさちゃんは私に手を掴ませるのが上手い。

そして、うさちゃんの手を掴むとぽろぽろ泣く自分が居た。


私は、自分がどんなに孤独ではないのかを実感しようと思う。

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