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20050602

家人の風邪未だ全快に至らず。

と言っても、深刻な状態ではないのであるが。

気のせいかもしれないが、冬場の風邪よりも
今頃の時期のように季節外れの感がある風邪の方が
ぐずぐずと長引き易いように思う。

私が幼少の頃の母ももしかしたらそう思っていたのだろうか。

小さい頃、余り丈夫な方ではなく、しょっちゅう風邪をひいて寝込んでいた。

そんな私を案じ、母としての責任を感じるが故にだろう。

苛立った口調で、『もう!なんで風邪なんかひくの!』
『夏風邪はなかなか治らないのに!』と言い続けていた。

熱を出して心細い最中に怒鳴られちゃ敵わないというものであるが
怒鳴ったり愚痴ったりしながらも母が必ずしてくれた事がある。

それは風邪ひきさん専用ご飯を作る事。

私がよく作って貰ったのは、卵粥、薄味の白身魚の煮付け
消化のいい物だけを使った薄味のお味噌汁、そしてニラ雑炊。

このニラ雑炊、実によく効く、というヘンかもしれないが
生姜とニラがたっぷりで、お出汁の利いた雑炊だと食欲が落ちていても
割としっかり食べられるし、身体も温まり、喉も楽になる。

少し調子がよくなってきたら、水切りをして小さめの賽の目の切った
絹ごし豆腐や、ちりめんじゃこを入れたニラ雑炊もいい。

そういえば、今回の家人の風邪ひきご飯の中に、ニラ雑炊はなかった。

もしかして、なかなか治らないのはニラ雑炊を食べさせてないからだろうか。

風邪の時の外食はあまり好きではない。

わざわざ出かけていくのが苦になる、という程の体調ではなくても
なんとなくだるかったり、食欲もそうはない状態だと
へヴィーになりがちな外食をするのはどうも気が進まない。

そう思ったのかどうかは定かじゃないが、昼間に突然家人が帰宅した。

最初は、治りかけの風邪がぶり返して早退でもしてきたのかと思ったら
ケロリとした顔で『ご飯食べに帰って来た』などと言うではないか。

そういえば、昨夜、帰宅が遅かったのでご飯を食べ損ねていたのだ。

『カレーが食べたくて帰ってきた』

カレーは家人の好物のひとつである。

そして、昨夜はタイカレーだったのだ。

ふと思い出す。

私が小さい頃、父は殆ど家に居なかった。

日曜祝祭日も平日も区別なく仕事に出かけていたし
研修や出張、夜通しの仕事も多く同じ家に暮らしていても顔を合わせない日が多かった。

そんな中、昼休みまでずれ込む仕事がない日には
昼食を食べに家に戻ってくる事があった。

子供との接触は勿論、母との会話もままならない状態であったから
父なりに考えて、少しでも妻や子と過ごす時間を作ろうとしたのだろうと思う。

妻子への愛情表現が得手でなく、何かと言葉を端折りがちな父。

それでも、昼食だけでも妻なり、子供なりと一緒にというのが
当時の父の精一杯の愛情表現であり、思いやりだったのかもしれない。

作る、という事は好きだ。

しかし、今までの自分の人生を振り返ってみた時
身内だろうとなんだろうと、他者との距離をおきがちな自分は
他者と一緒に何かを作る事を余りせずに来た所があるのだな、と思う。

勿論、極々親しい友人達とはそういう作業をしてきたからこそ
今の信頼関係というものがあるけれど、自分が生きてきた中で出会った人の数からすると
そのような作業をし、共に何かを作る事は決して多くはなかったように思うのだ。

それは家庭においてもそうだ。

父も母も、家庭を作る事は初めてだった。

父方の祖父は恐ろしく多忙で、また、それはもう威張りんぼであったそうだし
男前である事と面倒見がいい事もあって家庭よりも外(女性関係も含む)の人。

祖母は子供の世話に夫の世話に忙しく、やはり昔の女性らしく
『家を子を守り、夫をたてる』事に徹していたのかもしれない。

母方の祖父は、とにかく頭が良く、出来る人なのでやはり忙しく
男前な上に実に洒落た人で、やはり外での女性関係なぞもあり
また、昔の男性らしく家の事は妻に任せっきりな人だったそうだ。

祖母は夫と子供の世話、小姑夫妻の世話、そして旅館の女将という仕事があったから
家庭というものをどう作るかより、現状を維持する事で精一杯だったのかもしれない。

父と母はそういう家庭で育った。

そういう家庭で育ったから、核家族の典型のような自分達の家庭を
過去に自分達が育った家庭とはまた異なる形で作り上げる事について
気も頭も心も回らなかった部分が多々あったのだろうと思う。

かつて、私にとって両親と暮らす家は「雨風が凌げる場所」であった。

あくまで「肉体が帰る場所」だったのだ。

もっと言うなら『夫婦の居場所』はあっても『子供の居場所』はない家だった。

そういう中で育ち、今年で34年目。

34年目の初夏、家人が初めて言った。

じゃあ、そういう場所を作ろう。

作る事は好きだ。

しかし他者と何かを作り上げていく事には多分あまり慣れてはいない。

慣れてはいないけれど、経験しないままできてしまった事がままあるだろうけれど
作る事が、作っていく事が、嬉しくて楽しみでしょうがない。

心と身体の両方が帰る場所が出来上がっていく事は幸せな事なのだから。

時々ぶつけられる疑問。

人は何の為に生きるのか。

死ぬ為に生きるのか。

生きる事に何の意味があるのか。

さて、どうなんでしょうね、と思う。

もし、ぶっちゃけて言ってしまうとしたら。

生きる事の意味なんて制限時間一杯まで生きてみないと分からないと思う。

日々は同じではない。

毎日が同じように思えても決して同じままではないし
同じように思える日々が積み重なれば積み重なる前とは大きく違いもする。

よって、生きる事に意味を持たせようとしても生涯を通じて全く同じ意味を持つ
若しくは見出すという事は基本的にはあり得ないような気がする。

同時に、意味があるかないかは然程重要な事ではないとも思う。

意味の有無に捕らわれて身動き出来なくなる事も少なくはないと感じるからだ。

自分がこの世を去る時、去った後に自分にとって意味のある人生となるように
日々を生きるかどうか、ただそれだけの事のように思うのだ。

これも時々ぶつけられる。

夢を持たなきゃいけないのか。希望を持たなきゃいけないのか。

これは、かなり好みがあるだろうし、気が満ちてない人には絶対に薦めないが
『モンスター』という映画を見ると何かわかる事があるのじゃないか、と思う。

史上初の女性シリアル・キラーと呼ばれたアイリーンという女性の人生を
出来る限り事実に忠実に描いた作品である。

主人公のアイリーンは夢を持っていた。

希望も持っていた。

しかし、それは叶う事なく、彼女は殺人という罪を犯す。

夢を持ちなさい、希望を持ちなさい、と人は言うかもしれない。

しかし、夢と希望を持つ『だけ』ではそれは叶わないのだ。

彼女の夢と希望は何故叶わなかったのか。

見聞きするだけで悔しくてならなくなるような酷い環境のせいもある。

酷い環境に生まれ育つ者に対する救済システムがなかったせいもある。

しかし、夢や希望という言葉の恐さのせいもあるように思う。

夢、希望という言葉はあくまで内的な世界に人を引き込み易い場合がある。

しかし、夢や希望が現実となる場所は外の世界なのだ。

内側にある夢、希望は言い換えれば、自分が思い描く理想や
自分が欲してやまない何かなのだと思う。

思い描くもの、心から欲しているものを現実とするには。

意思が必要だ。

何がどうあろうと必ずそれを手にするという意思だ。

また、それを達成する自分であろう、自分になろうとする意思だ。

アイリーンは強い精神力を持つ女性と言える人である。

また、決して頭の悪い女性という訳でもなかった。

ただ、彼女は知らず見つけられなかったのだろう。

思い描く夢や希望は変化していく物である事も
それを叶えるのに必要なのは白馬の王子ではなく自分の意思である事も。

もし、今また誰かに問われたら私はこう答えるだろう。

自分が思い描くものや求めるものに夢や希望なんて名前をつけなくてもいい。

ただ、それを必ず手にしよう、それを手にする自分であろうという意思を持ち
それを達成する為に貫き続ければそれでいいんじゃないか、と。

補足みたいなもの。

上記の『モンスター』という作品、個人的には非常にいい作品であると思う。

高校の頃に「快楽殺人」「異常殺人者」「シリアル・キラー」に関する本を
それなりに読み、その中に記された事実や人物に関心を持ってきた。

シリアル・キラーとされる殺人者の過半数は男性である。

その中で史上初の女性シリアル・キラーとされたアイリーンの事件は
過半数である男性のシリアル・キラーの事件とはだいぶ様子が違うように感じていたし
また、男性のシリアル・キラーが起こした事件ほど性的でも快楽的でもなく
故に猟奇性や派手さのような物も薄かったからか彼女の事件に関する記述は短い物が少なくなかった。

映画『モンスター』にしても、勿論彼女の人生全てを描ききったものではない。

本にページ数の制限があるのと同じく映画には時間的制限がある。

また、アイリーン本人しか知らない事もままあるし、
彼女の死刑は既に執行されているので
今更彼女に取材をして、彼女の人生全てを聞き出す事も出来ないのだから。

しかし、過去に私が読んだ本の中には書かれていなかった事が
アイリーンを演じるシャーリーズ・セロンによって明確に描かれている部分もある。

また、単純に物語として見てもなかなかにいい出来である。

が。

私はあまりこの作品は人には薦めないだろう。

少なくとも薦める相手は限られてくる。

明確には語られていないものの、序盤にはアイリーンが受けた
性的虐待、肉体的虐待を感じさせるシーンが幾らか続くし
その後も、まさにハードライフな彼女の人生が描かれている。

つまり、ネガとポジで言うならネガな映画なのである。

このネガに引っ張られてしまう状態にある人には絶対に薦めない。

人の陰、闇に興味を持つのは人間の性のようなものでもあるだろうけれど
それを直視し、自分とは分離して捉える事が出来る状態にある訳じゃない人や
人間や世の中、極身近な場所にあり得るかもしれない陰や闇を舐めている人には
あまりいい作品とは言えないように思えてならないからだ。

なので、見るタイミング、そしてなにより自分の状態や嗜好
そういうものをよくよく考えた上で見た方がいい作品だと思う。

なので、決してお薦めはしません。


20050608 どうしても嫌いな事

羨むという事が嫌いだ。

嫉妬というものが嫌いだ。

勿論、それらが人間の心の中に自然に生まれるものだ
という事は理解しているし、その事自体を嫌ってはいない。

ただ、そういう感情を他者に向けたり、持ち続けたりする事が嫌いだ。

それが嫌いなのは、多分、私の中に嫉妬心や誰かを羨むという要素が薄く
そういった感情を向けられても辛抱する誰かを見続けた事があるからだし
嫉妬や羨む思いを抱えて自ら苦を背負い込む人を見てきたからだと思う。

そりゃあ、自分よりも幸福そうに「見える」誰かを見た事がある。

自分よりも恵まれて「いるように見える」誰かを見た事もある。

でも。

そう見える人は往々にして「一朝一夕に」幸福や恵まれた環境を
手にしてはいないな、と感じているし
そう見えるような、いい顔で笑えるだけの何かを積み重ねている。

自分達の努力なりなんなりを着実に積み重ねて幸福や恵まれた環境を
手にした人達を羨むのは、なんだか凄く失礼な事に思えてしょうがない。

それに、嫉妬しようが羨もうが、自分が幸福になる訳でもない。

ならば、嫉妬したり羨んだりしている暇があるのなら
いいお手本ともなる「自分達で何かを積み重ねて幸福を得た人達」
に学んで、自分が思い描く幸福なりなんなりを手にするべく
考え、動く方が、私の性に合っているのだろうと思う。

まぁ、それ以前に「いい笑顔を持つ」幸福そうな人達を見ても
嫉妬心も羨望も生まれない性分なのだけれども。

こんな事を言いながらも。

一応、知っているつもりだ。

誰かの幸福の陰には誰かの不幸がある、と。

別に、これは「誰かの幸福は必ず誰かを犠牲にして得られるもの」という意味じゃあない。

幸福な人を見ただけで、自ら苦を生み出す人が居る。

そういう人は、「自分はあの人より不幸だ」と思う事もあると言う。

幸福というのは、感じるものだ。
他者から見て、どんなに幸福と思えなくても、本人が幸福である
と感じている場合、確かに本人は幸福なのである。

それと同じく、他者から見て、とても不幸だとは思えない人も
本人が「自分は不幸である」と感じるなり決めるなりしてしまえば
周りがどう思おうが本人は確かに不幸なのだろうと思う。

自分は恵まれていない、不幸だ、と決めた人が
自分から見て「自分より幸福な人」を見た時、人格や状態によっては
やはり酷く嫉妬したり、羨んだり、時には憎悪したりして
それらを胸のうちに抱える事によって酷く苦しんだりもする。

その苦を抱える事は、決して幸福ではない。

『幸福に非ず』という意味では不幸な事だと思う。

幸福な人の踏み台にされた訳でも、犠牲にされた訳でもなくたって
そう思い、そう感じ、苦を抱える様子は確かに幸福なものじゃあない。

そういう意味で一応知っているつもりだ。

誰かの幸福の影には誰かの不幸がある、と。

上記の事を思う時。

必ず思い出す言葉がある。

『吾唯足知(われ ただ たるをしる)』。

この言葉を必ずという位に思い出すのだ。

これは老子の思想を端的に表す言葉だそうだ。

もし、もっとこの言葉について知りたいという方は
多分、仏教関連(特に禅)方面で調べてみるといいと思う。

この言葉の解釈は一つではないので、余所からの引用はしない。

極私的な解釈で言えば

『現状において与えられているもの、得ているものを知ろうとせず
あれがない、これもない、と不満を募らせ、欲に苦しんでも詮無い事。
先ずは今自分に与えられているもの、得ているものを知り
その尊さに気づき、感謝する事をした上でないと不満と欲に振り回されて
自分が求めるものを手にする為の方向も方法もなかなか学べないものだ。
今を見て、知る事こそが次へのステップに繋がるものである。』
といった所だろうか。

この世には自分の絶対幸福を追求し続ける事や
それを手にして育てていく事に成功している人がいる。

よって私が以下で述べる「成功者」は世に言う『成功者』のみではない。

私が直接知る、私がここで言う意味での成功者達は
まさに『吾唯足知』を地で行っている、いや、行き続けている所がある。

自分がその時点において手にしているもの、与えられているもの
また、自分と関わってくれている人々から学べる事、差し出される手。

自分の経験からこそ学べる事、学べた事。

そういったものを知り、それらに感謝する部分を必ずという位に持っている。

時には嫉妬もし、誰かを羨む事があっても
『吾唯足知』を完全に忘れ去ってしまう事がないからこそ
嫉妬や他者を羨む心をもポジティヴなエネルギーに変えて
『小さくとも一つずつ成功を積み重ね』
『その先にある大きな成功へと至り』『手にした大きな成功を更に育てて行く』
事が出来るのじゃないかな、と思う。

そういう人の何人かと話すと、偶にこんな事を言う。

『羨ましい、とか、いいなあ、とか言われるけどさ
一朝一夕に今に至った訳じゃないんだよねえ。』

人によっては、苦笑交じりに、また憤慨気味にそう言う。

そして、『でもね、確かに今幸せだよ。』
『不幸だった事はないなぁ。苦しかった時はあってもさ。』
照れ笑いや、懐かしそうな調子を見せながら言うのだ。

『だってさ、こんなに恵まれているもの。』

そう思い続けて、他者に笑いかける彼らは多分、本当に幸せな人達だ。

私自身も、今現在、一つずつ積み重ねている所だ。

一足飛びに進む事はなかなか出来ないけれども
時間をかけて、少しずつ、一つずつ、思い描くものを現実化し続けてきている。

そうしているからだろうか。

私はまだ、成功者となり得ていないけれども不幸だった事はただの一度もないし、
生きた時が増せば増す程胸のうちに幸福が満ちていくのだ。

幸福への最短距離。

これを問われる事が何度もあった。

「ねえ、どうしたら三十歳までに結婚できる?」

そりゃあ、時間制限があって厳しいですな。

「ねえ、どうしたらいい女になれる?」

そりゃまた、難しいお話ですな。
なにせ、いい女の定義が人によって余りにも違うもんですからねえ。

他にも幾つも問われたが、私は一度も明確な回答を差し出せた事がない。

ただ、問うた側にとっては「三十歳までに結婚する事」「いい女になる事」が
『自分にとっての幸福である』として私に問うてきたのだろうと思う。

勿論、その際に「最短距離を教えてくれ」と言葉で伝えては来ていない。

しかし、長いスパンで見た場合の見解を述べる度に
必ずという程不満の声があがる事から考えて、やはり
『自分が思う幸福への最短距離』を知りたかったのだろうな、と思う。

万人の幸福への最短距離なんてものを私が知っていたとしたら。

恐らくその手の本でもなんでも作って荒稼ぎをしている事であろう。

まぁ、荒稼ぎをしていない今があるという事は
私は今も万人の幸福への最短距離を知らないという事なので
今後も、問われたとしても、明確な回答なぞは出せないままであろう。

ちなみに、今まで答える度に最もブーイングを食らった見解は。

自ら苦を増やす事はしない事。

己が生み出した苦は己で始末出来る事を覚えておく事。

ポジティヴな意思をしっかりと持つ事。

自分が手にしたいと思い描くものを出来る限り自分の中で
明確なヴィジョンとするようにし続ける事。

それらを実現するべく着実に歩む事を止めずにいる事。

そして、早急に望みを叶えられない自分を不幸であると決めてしまわない事。

恐らく、今後もこんな言葉しか返せないと思う。

苦は往々にして己が産み出すものじゃなかろうか。

しかし、自分に特別に責任がある訳じゃなくとも、
外からやってくる苦というものがある。

具体的にどれ、とは言わないがニュースなどを見ていれば
身近な所から遠い国まで、外からやってくる苦に涙する人達がいるのは誰しも知っている事だろう。

痛かろう、と思う。

お辛いだろう、と思う。

悔しいだろう、無念だろう、と思う事もある。

場合によっては、他者のした事によって出来た大きなツケを払う姿も見聞きするから
尚の事、決してお楽な状態ではいらっしゃらないだろう
さぞ苦しんでおいでだろう、と思う。

そういう人達に対して何も出来ない事を苦に思う人達がいる。

私自身も、苦とまでは言わずとも己の無力さをひしひしと感じる事がある。

先日、この日記の中で、ある幼い子供の事を書いた時もそうだった。

私は彼女に対して何も出来ないままだ。

法や関係性から考えても何も出来ないままである。

その事を一晩気に病んだ。

気に病んだ上で思う。

気に病み続ける事は己のうちから苦を生み出す事になるな、と。

だから、何も出来ないなりに出来る事をする、と決めた。

彼女の幸福を祈る事。

身近な所で彼女のように泣く子が出ないよう気にかける事。

たった、それだけの事。

これで一瞬にして彼女の心が満たされる訳ではない。

それでも、一人でも多くの人間が、彼女の幸福を願い、祈ったら
彼女に向かって吹く風は追い風になるような気がするのだ。

特に善人という訳でもなく、多くの徳を積んだ人間でもない私だけれど
責のない苦を負って泣き苦しむものが少しでも減るように
少しでも早く、深く癒されるように、と思う。


20050618 夏物戦線異常アリ

あれほどに求めて手にしてきたのに。

袷や、夏物でない単の長着は、
懐の温度が低目だというのに月に一枚は確実に仕立てていたし
汚れてもいいようにポリのプレタも安い時には即入手してきた。

それなのに。

嗚呼、それなのに。

夏用の薄物どころか、浴衣すら仕立てておかなかったなんて。

夏用の襦袢も帯も足袋も用意しちゃあいないなんて。

アタシったらどうしたの。


と、思ってきたこの数ヶ月。

まぁ、色々あって着物の仕立てなんぞよりも
家人とアタシの暮らしが大事ってもんだ、ってのもあったのだが
それ以上に大きなある理由のせいで夏の準備をしていなかっただけなのだ。


その理由とは。

単に惚れる反物がなかったから。

いや、惚れる反物はあったのだが、手の届くレベルの
お値段で惚れて惚れてしようがなくなる反物がなかったから。

で、ここ数日捜しましたよ。

アタシの愛しい反物は今何処に、と。

そうしたら。

あった、あったよ。ありましたとも。

昔から好きな竺仙を先ずは捜しましたとも。

古典柄の藍染の浴衣が欲しくて。

でね、そうしたら、一目惚れしちゃったんです。

紺地に白の波千鳥。

仕立て込みでもとても宜しい感じのお値段でして
勿論、柄の出方もとっても良さそうな代物で。

ただね、衝動買いじゃマズイでございましょう?

いえ、勿論、物がよくて色柄もそれなりであればね
長く長く着ていかれるものですから
仮に衝動的に買っても問題はないっていうのは分かってんですけどね
ただ、何時臨時で出費をする必要があるか分からない、なんて
ちょいと慎重になってみたりしたんですよ。

バカでした、アタシ。

ふられたんです。

そりゃもう、あんな別嬪な波千鳥の反物ですから
アタシ以外にも求婚者は山程、いえ、腐る程、売る程居るってもんです。

だから、アタシは他にも目をつけておいたんです。

ところが。

第二候補の紺地に白の桔梗にもふられ
第三候補の白地にめだかの反物にもふられ。

これね、着物好きの方にはお分かり頂けると思うんですが
プリント染のものとか、機械織で大量生産とか
そういう形で作った物でない限り、基本的に反物って一点ものなんです。

一点ものじゃないにしても、手作業で作るものは
同じ色柄のものは数点作るのが限界なんです。

だからね、ジャズのレコードを買うのと同じ位の瞬発力で
速攻手を打ちにいかないと結構ふられちゃうんですよ。

これがまだ、浴衣以外の反物ならばそうでもないんです。

空前の着物ブームなんて言いますけれど、やはりコストの問題や
個人の嗜好の問題もあって案外反物から選ぶって人はまだ多くはないんです。

でもね、これが浴衣となるとお話は別なんでございますよ。

着物は着ないけど浴衣は着る、って方は少なくないですし
それまで仕立てあがりの物を着て着辛かったなんて経験があれば
反物から選んで自分の寸法で仕立てて貰うって方もいらっしゃるでしょうし。

なにより、浴衣以外の長着を反物から選んで仕立てを頼む場合より
浴衣の場合は格段にお安いんですよ、本当に。

それに、浴衣用に作られた反物でもものによっては
半襟つけて麻足袋を履けば夏着物として着られるものもありますからね
そこんとこご存知な方もいらっしゃる以上、競争率が上がるのは当然。

先を越されまくっちゃったんですよ。


そんな風で、今年の浴衣は、いえ、夏の着物生活は諦め気味だったんです。

ところがねえ、昨夜出会っちゃったんですよ。

ひとつは可愛らしいけれど甘さが過ぎない生成り地の反物。

もうひとつは、多分おばあちゃんになっても
染め替えも何もせずに着ていかれる品のいい生成り地の反物。

最後のひとつは、そりゃもう凛と粋に溜息を吐きそうな生成り地のもの。

家人に相談して、その上で残った三候補。

そりゃもう惚れました。

でもね、一晩頭を冷やす事にしたんです。

朝になっても、この子達がアタシを待っていてくれたなら
三つともアタシが長く長く可愛がっていこうじゃないの、と。

でね、今朝の事なんですけどね、家人を見送って
布団をあげたり洗濯を済ませたりしてたんですけどね
どきどきしすぎたんでしょうか、何故かPCに触れずに居たんです。

今日は土曜。

昨日は金曜。

週末の夜から午前中というと、きっとネットショッピングに
興ずる方も少なくないと思うんですよ。

ほら、本当に好きな反物を見つけるにはそれなりに時間も要りますでしょ?

だから、週末に頑張って捜す、なんて方がいらっしゃるだろうな、って。

で、お昼過ぎてからやっとPCに向かいましてね
三つの反物の様子を見てみたらば。

全員待っておりました。

待ってたのね。

出費を考えればいっそのこと待っててくれなくても良かったんですけど。
(ケチクサイ発想で申し訳ない)

でもねえ、三つともお利巧に待ってるんですよ。

皆一点ものである以上は、生涯のパートナーに出会うのと
同じレベルの奇跡であり縁である、とお腹の中で思っている身なので
放っておくなんて真似は出来る筈もありませんでしょう?

ええ。

力いっぱい清水の舞台から飛び降りてみました。

3点ご注文です。

この他に、夏用の襦袢と半襟、夏用の足袋も揃えなきゃなりませんけど。

いいんです。

惚れた相手に心を告げずに終わるよりいいんですよ。

だけどね。

アタシが捜してたのは竺仙の浴衣。

そして、紺地の浴衣なんです。

もっと言うなら、波千鳥、桔梗、辺りの古典柄です。

更に言うなら、男物の反物によくある吉原繋ぎなんかのね
渋い奴を見つけて仕立てて貰おうと思ってた筈なんです。

着物を着始めた頃からずうっと。

なんだか、アレですよねえ。

アタシの理想の人はこんな人なのっ!

なんて小さい頃から言い続けていた娘さんが
その理想とは全く違う、むしろ正反対の殿方に惚れて
「理想と現実は違うの」なんて言いながらお嫁入りする様子に似てますよねえ。

はんなりに程遠い自分という現実でも既にお腹いっぱいだったんですけれど
今度は紺地しか手にしないつもりだったのが全点生成り
なんて現実を見てしみじみ思うんですよ。

アタシの着物生活は理想よりも本能と予感に沿って進んでいくもんなのね、と。

紺地は次こそいけると思うんですけど、はんなり夏着物とはんなり浴衣は
アタシからずっとずっと遠い所におわすような気がします。

本能と予感がそう申しておりますから。


20050620

月が丸い。

まだ満月には足りぬ丸さであるが。

利休鼠の薄物のような雲。

その雲越しに満ちる途中の月が見えた。

雨を呼んで手招きするように風が吹くからか。

蛙が朗らかに鳴く。

水の粒を抱いた風が吹く度に月は纏っていた雲を脱いでいく。

夏である。

頭を撫でるのは大きな手のような。

まるで小さな頃に私の頭を撫でていた祖父の手のように。

それが祖父でない事はよくよく知っている。

けれど、何を言うでもないのに

「何時でもおいで。」

「大丈夫、何時も見ているよ。」

「大丈夫、一緒に頑張りなさい。」

水と風に抱かれるような心地よい気を発しながら

微笑みを含む声でゆっくりと話す。

それが誰なのか、私はよく知っている。

それは、あくまで私の記憶である。

そして、それは何でもない時にふと記憶の棚からこぼれ落ちてきたものである。

何度も思ったようだ。

いや、何度か、の方が正しい。

ああ、また間違えてしまった、と。

二度目は要らなかったのだ、と。

それは不幸な事ではない。

しかし、その度に、あっ、と思い、間違えたと気づいたのだ。

今までは、思い出せなかったのだろう。

けれど、今度はちゃんと思い出したようだ。

だから、私は決めている。

今度は必ず、白を選ぶ事を。


20050625

本当にもう、暑いったらない。

空梅雨のせいで、すっかり真夏である。

梅雨時は洗濯物が乾かなくて困るわねぇ、だとか
カビが生え易いからイヤよねぇ、だとか
人間ってのは勝手な事を散々言うけれども
実際にこうして雨が降らないとなると『一雨来てくれないかしら』
と、またもや勝手な事を言うものである。

ちなみに当方、梅雨は梅雨らしくあって欲しいと思っている。

地元は水不足が割と頻繁に起こる土地だ。

水がめを持たない近隣の市に水を売っているので
雨が降らない日が続くとすぐにニュースで水不足に関する報道がある。

そういう土地で生まれ育ったので、水のない不便さが身に沁みているのだ。

直ぐ傍の田んぼのカエルが毎夜鳴いている。

雨を呼ぶ声だ。

その声に応えるように空気は重さを増すけれど
水の粒が降り注ぐ程に重くはなれない模様。

来月は竜神さんがおわす神社に行く予定だから
カエルの伝言をついでに伝えて来よう。

重たいダンボールが届く。

開けてみると、そこには四本の焼酎。

『アンタ酒飲みでしょ』

と言わんばかりのこの量は一体なんなのだろうか。

確かに、現役の酒飲みだった頃ならば焼酎四本位は
三日もあれば綺麗サッパリ片付けられたろうが
既に引退から10年程が過ぎる今、一本飲み切るのに一週間はかかりそうである。

過去に残した印象ってのは10年ぽっちじゃ消えやしないらしい。

こうも暑いと流石に食欲が落ちるものだ。

まぁ、余分な脂身を落さねばならない身の上なので
食欲が増さないというのはありがたい事であるが
ここ数日は特に食が細くなっているのでイカンな、と思い
自分が今食べたい物はなんだろうなぁ、と考えてみた。

で、ふと浮かんだのが餃子である。

暑くて食欲が落ちてて餃子かよっ!と思われるかもしれないが
違う違う、私が食べたいのはおうち餃子なのである。

父方の祖父母と一緒に暮らしていた頃。

餃子が出る日には必ず祖父と祖母が2人で台所に立っていた。

戦時中に満州に居た祖父母は、満州の方から教えて頂いた
ニンニクの入らない、あちら流の餃子を作るのである。

餡も手作り、勿論皮も手作り。

ニラと生姜がきいていて、野菜の甘味たっぷりの餡。

もちもちとコシがあるのにツルリと喉を通る皮。

この餃子だけは、然程食欲がない時でも美味しく食べられるし
焼き、揚げ、茹で、蒸し、スープ餃子と
どの調理法でも美味しく食べられるので飽きが来ない。

ああ、食べたい。

しかし、この餃子のレシピを知る人間はもう誰も居ない。

記憶を頼りにあの味を再現するべく実験を重ねるしかなさそうだ。

家人に相談してみようか。

美味しいおうち餃子を作ろうよ、と。


20050626

生きて行くという事は選択の連続だ。

選択の責任は常に当事者、または当事者達にある。

結果を導き出す責任があるとしたら
それも常に当事者、当事者達にあるものだ。

何かを直視出来ない時、直視出来ずにいる何かを抱えている時
その責任という現実は非常に重く厳しいものであるかもしれない。

思えば、私の人生も選択の連続である。

仮に流されてそうなったかのように思える事があったとしても
それは『流される事を選択した』という事に過ぎないとも言えよう。

だから、選択というものを知らぬ年頃や
選択能力がない時代の事を別にしたとしても
常に私自身、意識しようがしまいが、選択し続けてきたのだ。

それが正しかったのか、間違っていたのかは分からない。

後悔はあるようでもあり、ないようでもある。

ただ、導き出されるひとつひとつの結果は皆リンクしており
幾つもの結果から導き出されたであろう今を
間違っているとも、後悔しているとも少しも思ってはいない。

何故ならば、私は常に幸福になって行き続ける為の選択しかしなかったからだ。

人間、やろうと思って出来ない事はない、と思う。

勿論、何物の力も借りずに空を飛ぶだとか
空気がなくとも普通に生活するだとか
時間を巻き戻してみせるだとかいうような
自然の摂理に反する事以外ならば、の話である。

しかし、何かをどうにかしようとすればする程
他者に苦を味わわせる事や、雁字搦めに縛り付ける事になり
その事によって己も必要以上に苦しむような事があるとしたら
それは私個人にとっては『不可能な事』となる。

逆に、苦が苦でないと思えるのであれば、それは『可能な事』となる。

この基準は自分の中にずっとあり続ける気がする。

以前も此処に書いたが、苦労は買ってでもしろ、なんてのは
なんとも馬鹿馬鹿しい話だと今も変わらず思っている。

単なる苦労は、苦でしかない。

一切皆苦なんて言われる人の生の中に
単なる苦を増やす事がよいとは少しも思えない。

何かを生み出し、先に進む為の努力も
その過程で味わう少々の痛みも私にとっちゃ苦ではないのだ。

苦ではない。

何があろうと、それは単なる苦にはなり得ない。

そういう確信がない限り、私は選択しないのだ。


20050627

着物を着だしてから母との会話における話題が増えた。

母にしてみれば『うちのパンク娘』だったり『ジャズ娘』だったりしたので
『うちの娘は着物なんか着やしないだろうなぁ』と思っていた所に
いきなり着物姿の娘が現れるというビックリな現象が起きたってものらしいが。


それでも、現役で着物が日本人の着衣だった時代を見てきた人で
自分自身も若い頃には割と着物を着てきたものだから
着物の話が出来るようになった事は結構楽しいらしい。


『そういえばさぁ、最近わかーい女の子が着物着て歩いてるの見るよね』

そりゃそうですよ、一応今は空前の着物ブームらしいから。

『だけどさー』

どうも、着物を日常着にしていた母としては物申したい事があるらしく

『姿勢が滅茶苦茶!首が前に出ちゃってね。』

『裾を割らないまんまで歩いてるもんだから窮屈そうに歩いててさ。』

『おはしょりは単にしないとねえ。』

『帯結びなんかヒドイもん。』

わー・・・・・それご本人達の前で言っちゃダメですよ。

『浴衣は大きめに衣紋を抜けってゆーのよっ。』

あ。それを言っちゃうか。

まぁ、夏しか和服着ないって人だとしゃあないんじゃないかな。
衣紋の抜き方をわざわざ浴衣だけの為に覚える人はそう多くないだろうし。
それに和服人口が絶対的に少ない以上、着方を間違えてて恥をかく事もそうはないし。

『でも、みっともない。』

まぁ、言いたい事は分かった。
反論もない。
でもね、絶対にお直しオバサンになっちゃあいけないよ。

『なるわけないじゃん。めんどくさい。』

この『めんどくさい』を聞く度に思う。

この人は確かにアタシの母親だわね。

夏の着物は暑いか否か。

暑いに決まってんじゃないの。

けれど、それは洋服を着ている時と同じ
つまり、着衣を身に着けた状態の暑さでしかない。

なので、洋服と比較して暑いかと言うと、素材や着方を間違えなけりゃ
十分気持ち良く着られるのが夏着物だったりする。

で、夏着物の代表格と言うと、私の中では『薄物』と呼ばれるものや
木綿でもしじら織なんかだったりするのであるが
世間的にはやっぱり『夏の着物と言えば浴衣だろっ』ってな話になるかと思われる。

着物ブームのせいか、近所のショッピングセンターに行っても
雑貨屋さんやら、お洋服屋さんやらでも安い浴衣のセットを置いているし
日本のブランド(大昔に流行ったDCブランドとか)のショップでも
子供用から大人用まで浴衣やら甚平やらを売っていたりする。

昔と違って浴衣も普通の長着も(プレタだけど)入手し易い。

そのせいか、若いお嬢さん方が浴衣を着ているのを結構見かける。

が。

なんで大人の女性の浴衣姿はこうも目にしないのであろうか。

着物ブームならば、かつて実際に着物を着続けていた人達の復活があっても良さそうなものじゃないか。

母:『年取るとめんどくさいのよ』

いやいや、だけどそうでもないかもしれんよ?

そうでもないかもしれない、と言ったのは

私が高校時代に、通学路でよくすれ違った女性の事が忘れられないからだ。

美しい着姿の女性ってのは、ああいう方の事を言うのだ、と今でも思う。

彼女は真夏であっても着物であった。

当時は着物の名前なぞ分からなかったが、今記憶を掘り返してみると
六月には鮎が描かれた紗袷の着物を着ていたし
7月8月ともなれば、紗、絽、縮の長着を着ていた。

勿論、帯も夏物の帯で、紗献上やら、恐らく麻だと思われるのだが
秋草が描かれた帯(名古屋か袋かまでは判別出来ず)を締めて
麻足袋に夏草履、日傘をさしてキリリと歩く彼女は本当に綺麗だった。

年の頃は恐らく70代であろう。

花柳界のご出身かと思えるような粋な空気と、和の世界の艶がある
彼女の着姿は文句なしに美しく、格好が良かった。

夏の薄物の羽織や羅のコートはご本人には暑かったかもしれないけれど
それはもう、見るからに涼しげで美しかったのである。

胸の芯をキュッと掴まれるような美しさは今も忘れられない。

何時からか彼女とすれ違う事はなくなった。

多分、もう彼女とすれ違う幸運に恵まれる事はないと思う。

だから、尚更見たいのだ。

大人の女性の美しい着姿を。


20050628

夕方の空。

見れば見る程、梅雨空にも非ず、夏空にも非ず。

目が覚めた時の室温は31度。

それでも、自分一人の時間はエアコンに頼るまいというこの根性。
一体何処から来るのでしょうね。

息が詰まるほどに水の密度が濃い空気が恋しい。

皮膚をねっとりと覆う湿度が恋しい。

放置した蜂蜜のようにベタツク今日の空気。

舐めて甘けりゃまだ可愛いげがあるっていうのに。

今すぐにしたい事。

浴衣着る。

ビール飲む。

焼酎のロックと冷酒も飲む。

食事を兼ねたつまみには

豆腐とクリームチーズのサラダ

ささみの葛たたき梅肉ソース

ヅケマグロのオクラ入り山掛け

冷しトマトにモロキュウ

水茄子の漬物と板わさ

エアコンもかけず、TVも点けず
窓を開け放して身八つ口を通る風を味わって
時の流れを少しだけ遅く感じながら
アルコールでトロトロになりたい。

ええか、ええか、ええのんかぁ

と鶴光が言うCMじゃないが

いいのっ?いいのっ?ホントにいいのっ?

と思う事がこの頃おてんこ盛りだ。

兎:『ワタシがいいって言ってるんだからいいじゃん』

アタシはいいんですが本当に宜しいんですか。

兎:『いいって言ってるでしょ』

いいらしい。

いいって事はなんとなく分かった。

それでも鶴光のCMを見る度に思う。

いいのっ?ホントにいいのっ?

って聞きたくなるよな気持ちってあるのよね、と。


20050630

泣けて泣けてしようがない事、というのが私にもある。

だから、偶に、いや、昔と比較すれば頻繁にとも言えるかもしれないが
泣けて泣けてしようがなくなってしまう時がある。

本人以外の冷静な視点から見れば、泣けてしようがなくなる理由を
根っこから抜き去ってしまうには時が必要である
という事も頭じゃ重々理解しているつもりなのだ。

つまり、脳は理解しているから脳だけは納得してくれている。

けれど、生き物である以上は、脳以外にも納得させなきゃならない相手が身の内に在る。

心とか、感情とか呼ばれるものだ。

これは理だけではなかなか説得出来ぬ相手であるし
正直、脳の中で本能を司る部位を除けば脳よりも優位なもの
言い換えれば脳の主と言ってもいい位に生き物の中で大きな力を持つものでもある。

だから、脳が差し出すデータを突っ返す事もあるのだ。

今日、泣けて泣けてしようがなくて
運良く傍に居てくれたうさちゃんの前で泣いた。

むせる程泣くなんて、私は幼子か、と思い
なんだか更に泣けて来そうで、お陰で更にむせて
『大丈夫。ダメなんかじゃないよ。』
そう言いながら背を叩くうさちゃんのお陰でまた泣いた。

泣きながら思う。

自分の拙さ、不器用さ、愚かさを改めて知ると同時に
「そうか、大人も泣くんだな」と小さな子供のように思う。

負のインパクトというのは強烈だ。

ほぼ万全のコンディションの時であれば、ある程度は負荷を軽く出来るけれど
「ちょいと不調です」なんて時や、「これは長年悩んでます」
なんてネタと直結する系統の負のインパクトを受けた時は
そりゃもう大きな衝撃を受けてしまう。

ああ、大人って、この年齢の人間って、もっと強くて
もっと上手く綺麗に処理出来ると思ってたのに
と、口惜しさに拳を握り締めながら
足元の地面が崩れ落ちていくような恐怖と心細さを感じる事もある。

勿論、それはそう滅多にあることではない。

けれども、その負のインパクトが強ければ強いほど
数年の時が過ぎて、十数年の時が経っても
なかなかその時に味わった恐怖や苦痛を払拭出来なくなる事があるのだ。

私は今、その負のインパクトと向き合う機会を割と頻繁に得ている。

意思の力は基本中の基本である。

しかし、意思だけじゃどうにもしきれない事というのもある。

自分が日常の中で認識している意識、顕在意識の範疇でなく
自分で認識も把握もしきれていない、もっと奥の方にある何か。

これは意思の力だけで、早急にどうにか出来る事はそんなに多くはないのだ。

潜在意識に限りなく近い部分にこびりついた負のインパクト。

例えば恐怖。

例えば罪悪感。

例えば劣等感。

これを払拭してやるには、己の意思は絶対に必要であるが
意思だけでどうにか出来る事ばかりではないのだ。

だから私は『焦るべきでない』と知っていても
時々、ジタバタせずには居られなくなってしまう。

時が解決する事というのがある。

それはただ、時の流れによってのみ解決される事もあろうし
時の流れの中で積み重ねた何かによって解決される事もある。

何かを解決、改善、解消するという事についてジッとしていられない己の性分をこの頃実感している。

何もせずに居る事は勿論出来ないのであるが
何かをしていても、それなりの成果なしでは
何かをしている事すらも幻想に思えてきてしまう事もある。

だから、ジタバタするし、足掻いてしまうのである。

時に、苦痛に耐えかねて、せめてカンフルだけでも手にしたくて。

うさぎは言う。

『時間をかけて少しずつどうにかしていくしかないよ。』

分かっている。

ただ、その瞬間に感じている苦痛が大きいほどに
苦痛を味わった時間が長くなる程に足掻かずには居られなくなる。

脳の説得に応じない者。

理では御しきれない者。

それを納得させる為に使えるものは。

自己正当化、または自己否定となるのかもしれない。

私が泣けてしようがない理由のひとつは。

かなり厳しく、また、長期に渡る自己否定である。

他者に責められるならば、まだ耳を塞ぐ事も出来るし
反論するという方法だってあるのだけれども
自分に否定され、責められるとなると
耳を塞ぐ事は出来ず、反論の声は荒ぶる感情の波音にかき消される事がある。

自分に否定され、責められ、理不尽な仕打ちを受けた
自分自身からの抗議の声、哀しみの声なのだから聞かぬ訳にはいかないのだが。

因果応報、と言うと少々違うかもしれないが
己のした事が己にはね返って来るという意味では因果応報とも言えよう。

自分を酷く否定し、責めたてて、打ち据えると
そんな仕打ちを受けた自分から同じ目に遭わされるのだ。

これも、自分が生きる中で作ったツケのひとつだろう。

ツケは払わなきゃならない。

仮に自分への借金であったとしても負債を抱えたまま
その負債を忘れ去る事は私にはとても難しいからだ。