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それを横目に眺めつつメールの返信を打っていた時
ちょいと悪戯心が頭を擡げてきたものだから
写真の類をあまり好かない家人のエクササイズ風景を
携帯のムービーで撮影してしまった。
それを見た家人。
流石に私がぴよぴよのヒヨコな頃から私と付き合っているだけあって
『絶対やると思った』とぜえぜえしながら笑っていた。
うへへ、悪意は御座いませんぜ、と笑いながら
撮ったばかりの動画を確認しようと見て見た時。
あの子の動画が目に入った。
私の携帯の中の動画フォルダも写真フォルダも、
あの子だらけなのだから当然ではあるのだが。
可愛くて可愛くてならない様子を見ると胸が痛むから、と
あの子が亡くなって以来まともに見る事が出来なかったから
何時も手元にあの子の写真と動画がある事を
生前の元気なあの子の姿がある事を忘れていたかったのかもしれない。
翌日、一人家に居る時に何気なくあの子の動画を再生してみた。
あの子はあまり鳴かない子だったから、あの子の声はないけれど
あの子に呼びかける私の声と、それに応えるあの子の姿があった。
おもちゃを追いかけて走って、猫パンチを繰り出したはいいけれど
そのせいでおもちゃが何処かに行ってしまって
「おもちゃがないの」と私を見上げて訴えるあの子。
寒い冬の日にホットカーペットに寝そべって
「もっとかまえ」とむくれているあの子。
私のベッドの定位置で「くぅくぅ」と小さないびきをかくあの子。
そして、あの子に話し掛ける私の声はとても甘くて
それはもう親バカ丸出しとしか言いようのないような声で
「かわいいねー」という言葉を何度もあの子にかけていた。
その自分の声で当時の自分の表情が分かる。
心底可愛くて、心底愛しい者を見る時の私は
日頃人に見せる事が先ず無い、蕩けるような笑顔になる。
そんな顔であの子を見て、可愛い、可愛いと言っていたのだ。
私はやはり凄く幸せだったのだ。
動画の中の自分の声とあの子の様子を見てそう思う。
今もまだ胸は痛むけれど、もう恐くて辛くて
あの子の生前の姿を見ては涙を零す私ではなくなったようだ。
あの子と暮らして幸せだった分、あの子を我が子同然に愛した分
あの子が逝ってしまった事は、言葉にしようのない痛みと哀しみを齎したけれど
同時に、幸せだった分、愛情が大きかった分
痛みと哀しみが少しずつ癒されていくうちに
自分がどれだけ大きな幸福を持っているのかを実感出来るのかもしれない。