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お暑うございます。
(とりあえず、昨日今日のココと広島は)
小さな子供ってのはよく転ぶものであります。
段差のない室内であってもコロリコロリと転びます。
そして、注意力なんてものが備わっていない年頃ならば
転んだ拍子に家具に激突、という結果を招いてみたりもします。
けれども、それは「子供だから」ではないのじゃなかろうかと。
「子供だから」ではなく「まだ知らないから」。
歩き方も覚えたばかりで、転んだ時にはどうすればいいかもまだ学習中
何が危ない、何をどうすると痛い、怪我をする
という事もまだまだ分かっちゃいない。
人間という生物としての経験値が低いから、というだけの事であろう、とこの頃はよく思います。
大人になると、子供の頃よりは転ばなくなります。
どうしたら痛い思いをしないでいいのか、怪我をしないで済むのか
転んだ時にはどう行動すれば一番ダメージが少なくて済むのか
何が危なくて、それが危ない理由、そういう事を知っているからでしょう。
基本的な部分で人間としての経験値がある程度ある訳です。
しかしながら、大人になれば何もかもを学習し終えているという訳ではありません。
大人になっても初めての事、慣れていない事というのはありますし
それに挑戦する時にはその道において0歳児の状態とも言える訳です。
大人はよく、子供に「なんで分からないの!」と言いますね。
人間は、まだ拙い人間に「なんでそうなの!」と言う事がありますね。
少々の経験値を積んで大人と呼ばれる年齢となり
初めての事にとりかかる時にもそれまでの経験から
何かを考え、導き出す事も不可能ではありません。
しかし、それでも「身に着く」までの時間が早くなるとは限らず
矢張り、ヨチヨチ歩きのヒヨコのようなものである事も事実なのでしょう。
34年生きても、まだまだ道によっては、事によっては
お尻と頭に卵の殻をくっつけて転びながら歩くヒヨコなのだな、と
改めて感じる夏のような秋の日であります。
そう古い時代に出来たものじゃないって言うけれど
それでも今の時代には合わない所も侭あるものね、と思うこの頃。
先日、少々遠出をした時の事なのだけれども
この季節に着る普段着として正しいとされるウールの単に
まだ10月で帯つき(上に何も羽織らず帯が見える状態の着姿)の時期だから
肌寒さを軽減する為にショールを羽織って出掛けたのだけれど
うちとその近辺ではそれで快適だったというのに
うちよりも気温が低くて当たり前であろう目的地に着いてみたら
屋外もなんだかもあっと生温い空気に満ちていて
それなのに、乗る物、入る建物の中全部に暖房がきいており
10月末だというのに季節外れも甚だしい量の汗をかいてしまった。
電車の中で何度も項を拭う時の気恥ずかしさの切なさよ。
今の所
「おなおしおばさん」「知ったか着物おばさん」に捕獲されない記録更新中なのだが
この際、記録更新停止を覚悟して時には季節の着物ルールを完全無視しようかと思う。
地球温暖化は着物オンナにゃ冷たいのだから。
その他にも幾らも着物ルールと思われている物の中には
いやいや、それはホントに個人レベルで判断する事ですぜ、な事がおてんこ盛りだ。
『着物を着る時には伊達〆二本、腰紐三本を用意せよ』
その方が着易いし、着心地よし、着崩れ無しな人はそれでいい。
しかしここに「アタシ腰紐も伊達〆も一本ずつっか使わないんですけど
その方が着心地いいし、着崩れないんだもん」というヤツがココに居るのも事実である。
『帯を結んだら必ず帯板を入れるべし』
張りのない生地の時には特にそうした方が前が綺麗に仕上るし
帯の結び方によっても帯板を入れた方がいい場合は幾らもある。
だけど。
家の中で着ている時には帯板なしでも誰にも迷惑がかからないし
本人だって楽チン度が上がるので出かける時に入れるだけで十分
というヤツがやっぱりココに居る。
『胸元の着崩れを防ぐにはコーリンベルトを使用する事』
一回も使った事ないし、長い時間着てると少々は崩れるけど
そんなもん慣れたらすぐに直せるからいらないもん
と思い、実行しているヤツがココに居る。
『必ず補正はするべきである』
家の中だけで動くと決まってる時や、生地の厚さによっては
補正なしの方が自然に動けるし、自然なラインが綺麗な時もあるもんね
と思って、毎回必ず補正するという訳じゃないってヤツがココに居る。
『衣紋を抜くには力布なる物を襦袢に装着して抜くのが宜しい』
衣紋なんてさ、首で抜いたら失敗し易いし崩れ易いんだもん。
少なくともアタシの体型だったら首だけで抜くんじゃなくて
肩全体でガツッと抜くのがいいんだもん。
だから力布要らないの、と言い切るヤツがココに居る。
やれ、着物離れがどうのこうのと言われる昨今。
時に理不尽なルールや個人個人で変えていった方が妥当な決まり事を
まるでそれが法律であり正義であるとばかりに
大騒ぎする人や、それを他人に押し付ける人が居るってのも
着物離れの原因のひとつかもね、と思う今日この頃。
着物=不自由な着衣だと思われるのは着物の責任ではなく
個人や時代に即した現実の中の着物を無視したルールもが
蔓延しているからなのかもしれない。
陣痛の練習でもしているかのよな痛みに数日間苦しみます。
それでも、昔よりは随分軽くなったので
だいぶ動けるようにもなりました。
それで少したかをくくっていたのかもしれません。
あまりに普段と同じように動きすぎてキッチンで倒れてしまいました。
とても素敵だな、と思う人がいました。
と言っても、色恋沙汰じゃあございません。
なんて可愛くて、なんて賢くて、奥ゆかしくて素敵な女性だろう。
久方ぶりに、そう思って敬意を表さずには居られないような
素敵な女性とネット上で知り合う事が出来ました。
あまりに可愛くて素敵な方なので、時々やりとりさせて頂くだけで
お友達になる、という事は考えませんでした。
この方には礼を尽したいと心底思っていたので
自分が立ち入るべきでない領域には決して足を踏み入れず
この方が通したいであろう筋を通し続ける事を邪魔せずに
ただ、今後も時々やりとりさせて頂ければよいであろう、と思っていました。
そう思って、きちんと距離をとって彼女を見ていたら
彼女の方から「お友達に」というメールを頂戴しました。
嬉しいやらびっくりするやらで
『わぁっ!どうしようっ!』と大きな声を出してしまいました。
お陰で、うさちゃんはここ数日の間に二度も
「えっ、なに?!どうしたの?!」と叫ぶ羽目になりました。
人騒がせでごめんなさい。
けれども、改めて自分が人に恵まれている事に気づいて
嬉しくて有難いなあと心底思っているのです。
今まで関わって下さった全ての方々。
今もなんらかの形で関わってくれている大切な人達。
私は貴方方のお陰で本当に多くの実りを頂戴しています。
本当にありがとう。
時々、人騒がせな様子をお見せするかもしれません。
そんな時は「ああ、コイツは自分の中に大きな子供を抱いているのだな」
くらいに思って、気長にお付き合い下さい。
どうぞ、今後ともよろしく。