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20061216

うさぎが言った。

「引越ししたらleelaの描いた絵を飾ろうよ。」

それならば、手元に残している絵は殆どないから
改めて描かなきゃならないし、描かなくなってもう随分経つから
また一から手と目の訓練をしなきゃならない、と答える。

そんな話をした後、描いていた頃の自分と言おうか
描く自分というものを思い出した。

他者からの評価は置いておいて
自分の目から見る自分というのは決して上手く描く方ではない。
出来にかなりムラがあるタイプであるし
のらなかったら描きあげる前に破棄して何度も描き直すから
一枚仕上げるのに相当時間がかかる時もある。

拘りという程のものかは分からないけれど
鉛筆デッサン一枚を描くにも紙によっていちいち鉛筆を変える。
と言っても、メーカーまで変えてしまう訳じゃあないが
芯の硬さを紙に合わせて変えないと手を動かす気にならない。

絵を描きだすと時間の流れが変わる。

時が流れているのか止まっているのか判断に困るような
そんな時間の流れに変わる。

部屋の空気も動いているのか動いていないのか
描いている自分が居る空間がその外から切り離されたような
妙と言えば妙な空間に当たり前のように身を置いて
集中力が完全に切れてしまう限界まで描く。
だから気づけば夜が明けている事も少なくなかった。

学校で絵を描いていた頃。

自分は何が得意だ、不得意だ、という話になったりしたが
よく自然物が上手い人は絵そのものが上手いという話を聞いた。

自分はどうなのだろう、と考えると無機物は得意な方で
自然物の中でも動物はいけるのだけれども
植物となるとものによっていけたりいけなかったりの差が大きく
風景でも自然の多い場所だと不得意な方であり
なにより、人物が非常に苦手であった。

この得手不得手の具合を見てすぐに思う。

なんだ、私が不得手なものは無意識のうちに警戒心を常に持つもので
得手なものは私が愛情や熱を注ぎ、ある種の親近感のようなものを抱いてきたものじゃないか、と。

ならば、今はどうなのだろうか。

一度、結構な深さで病んで以来、自分が何処変わったように思う今ならどうなのだろう。

執着心というものがそれ以前より薄くなったように思う今は
一体何を描くのだろうか、何かが得意だと言えるのだろうか。

うさぎは言う。

「私を描いてよ」と。

その言葉に「いいよ」と言えなかったのは
相も変わらず無意識の警戒心が自分の中にあるからなのだろう。

多分今でも私が描きたいものは薄れたように思える執着の対象であろう
人でない何かなのだろう。

書くと言うと

文章も書け、書けと言われたのだと思い出す。

文章の上手い下手の判断基準は正確には分からないので
なんとも言えないのだけれども、多分、そう言った人達は偶々私の書く文章なり
その中に含まれていた読み手の胸の内にあるのであろう
キーワードのようなものが引っ掛かったかしたのだろう。

昔々、何篇か書いた事がある。

それは極僅かな人の目に触れた。

別に自分の書くものに自信がある訳ではないから
自信満々で「ほうら、読むがいい」と差し出した訳ではない。

読みたいと言われ、読みたいと言った人が温い性分の人でないから
じゃあお好きに読んでお好きに解釈して、お好きに処分でも保存でもして下さい
くらいの気でお見せしたように記憶している。

絵と違って、文章となると手が早い。

大体短時間で一気に書き上げて、ざっと読み直して手直しするしかない
と判断した部分だけ手直しをして終了。

絵もそれくらい早く描ければよいのに、と何度か思った。

未だに無言で私が何か書くのを希望している人が極々僅か、居る。

ただ、そういう極々僅かの人達が希望する何かを
今の私がモチーフとして選ぶのかどうかは分からず
そして、当時のように書く事を躊躇わないのかどうかも今は分からない。

絵にしろ文にしろ、私の中に身勝手で、そして身勝手を自覚した熱が在ったから
あんなふうに描いて書いてを繰り返していたのだ。

在ったというと過去形だから今はないのだろうか。

当時と身勝手さだけは変わらないであろう今思う。

分厚い毛布に包まってすうすうと寝息を立てて
「そろそろ起きてらっしゃい」と声をかけても「後ちょっと」
と寝返りを打つ身勝手な熱は、その気配を不定期に強め
そのサイクルがほんの少しずつ早くなってきている。

もしかしたら、何時か又、私は身勝手な熱を原動力に好き放題に描いて書くのかもしれない。

その時、同居人のうさぎは、親しい友人は、一体どんな顔を見せるのだろうか。

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