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2008|04|
ほんの一週間かそこら拉致されただけでタイピングが遅くなり
その上ミスまで増えてじんわり不愉快な今日この頃。
バックアップしたデータを帰ってきたPCに戻さぬままなので
ここのURLすら覚えていない為
『leela』で検索してみたら意外と上の方に出てきてびっくりしました。
全然まともに更新してないのにねえ・・・・・。
若いお嬢さん(ヘタをすれば私の娘でもおかしくないお年頃)
が書いてらっしゃるブログを熱心に読んでしまっています。
読んでいると十代の頃の自分が今の私の斜め前をチラリと横切り
今とは違うところで真剣に足掻いて
狂ったように何かに噛み付き、色んなものと真っ向勝負していた
ギラギラした自分が視界とそうでないところの境界線を
今の私には気づかずスタスタと歩いて行きます。
あの頃は今の自分の年齢になったら
もっと賢く強くなって回り道などする事もなく
だけど時々新たな壁に突き当たっては闘って
けれど十代の自分ほど煩悶する事なぞなく
悩むという選択はせず考えるという道を選んで
十代の自分よりもずっと早く綺麗に歩くのだろう
と思い込んでいたのだけれど
いざこの年になってみると年齢ごと、自分の居る時期ごとに
今まで出会った事のない難解、時に膨大な宿題が用意されていて
上辺では平気なふりをしていても実際は泳ぐ白鳥よろしく
潜らなきゃ見えない部分は人様に見せられない状態だったりするのは当たり前という時もある。
それが凄く悔しくもあり、けれど決して不自然ではないと感じるので
無くしたような気がする幾つかの自分をなんとか取り戻そうと思います。
『心を亡くすと書いて忙しいと読む』と言うけれど
もしそれが本当なら私はここ数年忙しいかもしれません。
勿論、心そのものが消えてなくなる訳ではないけれど
もし心に耳があるのならその耳を掃除する特別な耳掻きを無くし
目があるのならその目を洗うローズウォーターを無くし
皮膚があるのなら余計にあれこれと着込ませてしまい
何かと感じにくくなってしまっているように思えてなりません。
けれど先日自分自身の事ではない出来事で
悔しくて悔しくて、本当は居ても立っても居られず
すぐにでもそこに飛んでいってキミを抱きしめたいよ
と心底思った自分が居ました。
キミは『心配かけてごめん』と言ったけれど
改めて言うよ、ごめんはやっぱり必要ない。
友を思う心を忘れていないと気づかせてくれたキミを
案じつつも応援するのはやはりキミが必要だから。
思い出させてくれてありがとう。
私はやっぱりずっとキミの味方だよ。