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まはのインド日誌

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2002-08-07 インドの植林の父

_ インドと日本。これはとても深い関係にあるんだなと、最近しみじみと思う。実は、インドで、マハトマガンジー以上に尊敬されているとすらいわれる、インド独立の獅子、チャンドラボスの墓は日本にあるのだ。チャンドラボスは、日本人と結婚していた、、、んだそうで、当時、つまり、イギリス植民地時代、日本軍がビルマまで侵攻し、イギリス軍をおびやかしたとき、インドにとっては、日本は解放軍のような存在だったのだ。日本軍がカルカッタへ、とういこときになって、戦局が一転し、日本軍は退却していったが。。。

そして、インド植林の父と呼ばれる日本人が存在していたのを最近知った。マハトマガンジーなきあと、ある年、インドは干ばつに襲われ、ラジャスタンの半砂漠地方を中心に、500万人もの餓死者が出た。それを目撃した日本人が、全資財をなげうって、ラジャスタンに木を植え、緑を増やしたのだという。。。

つづきは、また、こんど。。。


2002-08-12 インドの村のこどもたち・・・

_ インドの村に行ったら・・・→写真付きはこちら

子供たちに囲まれた。カメラを出したら、撮れ撮れと、大騒ぎ・・・

こどもたちは、ここ、マハラシュトラ州の言葉、マラティ語しか、しゃべらない。マラティ語でも、かなりの方言らしい。同行していた、インドの友人がそう教えてくれた。こどもたちは、これから学校で、ヒンディー語を習うってことだろう。

こどもたちとは、一言も通じなかったけど、別のものが通じた。彼らは、とっても楽しそう。楽しさだけが伝わってきて、楽しくなって一緒に遊んだ。カメラを近づけると、こどもたちがわぁーと大喜び。だけどな、街中のこどもたちと比べると、ここのこどもたちは異常に元気だなと思った。

ここのこどもたちには、何もない。あるのは、大きな木と、さとうきび林。それと、美味しい空気だけ。それでも、こんなに楽しそうにしている。日ごろ接している、都会のこどもたちも、元気だとは思ったが、村のこどもたちと比べると、死人のこどものように思えてしまった。

そういえば、自分もこどものころは、こんなこどもたちのようだったかもなと思った。田舎に暮らしていたから、やっぱり、モノといえるようなものはなかった。ただ、覚えているのは、春になると、たんぼから一斉にピンク色の花をさかす蓮華の感触。学校が終わると、田んぼに走っていった。蓮華の上でごろごろところがりながら、蓮華蜜を吸ったり、蓮華の花飾りを作って遊んだもんだ。(まは)


2002-08-15 クリエーティブ

_ 誰でも、クリエーティブになれます。

簡単です。人の方向性は、二つあると思います。クリエーティブに、いまを楽しく生きる、楽しく、思ったことをやれるってことが、また、クリエーティブ、遊び、それがいい方向に向っていくんです。楽しく、遊ぶってこと、これは途方もなく、クリエーティブだと思います。

それには、自分の思ったことを思ったようにやれるってことが大切ですね。自分の思ったことを思ったようにやれると、楽しくなります。楽しくなると、たとえ何をしていてもクリエーティブである、あるいは、クリエーティブなものに繋がっていく、それがマハの体験です。

別のことは、破壊的です。楽しくなく、つまらないと思いながら、やりつづけること、これは、ものすごく破壊的です。そういう意味で、現代社会は、あまりにも破壊的になってしまっているように見えます。先日、長野に住んでいる友人が久しぶりにインドにやってきました。そしてこう言ったのです。

「いやぁ、長野の田舎で、つまらないつまらないと生きていたら、ついにガンになっちゃってね・・手術しなくちゃならなくなった。そのとき、気が付いたんだよ。ああ〜、そうか、つまらないつまらないって思って、生きてきたのが、ガンの原因だ!ってね。それで、僕は、楽しいことをしよう、そんな気持ちでインドにきたよ。いまは、楽しくて仕方ない。。。」

楽しくなく、遊びもない、そして、つまらないと思って生きていると、自分をも破壊していく、これが、破壊的だと思います。

2002-08-16 伝統

_ 伝統

インドには実に素晴らしいものがあります。なかでも、ヘナはよく知られていますね。最近は、日本の巷の自然食品点では、インドやパキスタン産などのヘナが簡単に手に入る、都内だったら、一般のお店でも手に入るらしいです。かなり一般化してきましたが、なぜ、ここまで普及したかの理由は、やはり、化学染毛剤(ヘアダイ)効果じゃないかとマハは見ています。マハは、ヘナのサイトでも遊んでいますが、そこへの問合せのほとんどが、実は、ヘアダイを続けていたら、髪が抜けてきた、頭皮にアレルギーのようなものが出た、髪が傷んで絡んで、どうしようもなくなったので、もう使えない・・・・薬品文化がもはや限界に近づいてるために、昔ながらのものの良さに気づき始めたのだと思います。
あらあら、ここで睡魔が・・・つづきは明日・・・