☆LET-GO





海で溺れそうになって…LET-GO

私はサーフィンが大好きで、暇を見つけてはよく波乗りに出かけます。
高い波を制覇して乗りこなす快感がたまらなく、何年続けても飽きることがありません。
もちろん、いままでに何回となく溺れそうになりました。

その日も、いつものように波乗りに出かけましたが、じつは台風が過ぎ去ったあとで、海は荒れていました。

「うわぁ、でかい波!」

波がテトラポットに当たって砕け、「ドカーン」と異様な音を立てています。
でも、根っからのサーフィン好き。
せっかく海にやってきたのだから、とにかく沖に出て波にのってみよう!
そう決意して海に入ったのは、朝の九時ころでした。
でも、浜に足を踏み入れた途端、海に引きずりこまれそうになって…でも怖いという感じはしませんでした。
「こんなに波が強かったら、沖まで抜けていくことができるかしら?」
サーフィンで波に乗るためには、どうしても沖に出なくてはなりません。
でも私は、浪打際で押し戻されて、前へも後ろへも進めない状態でした。
しばらく格闘した末に、ちょっとした波の隙間をくぐりぬけて、やっとのことで、沖へ出ることができました。
でも、そこは…!
いま思い出してみると、とっても怖い世界です。
サーフボードに掴(つか)まりながら、木の葉のように波の山から谷間まであがったりさがったりしている。
波のトップに押し上げられると、あたり一面の灰色の荒波だらけな異様な光景。
それはまるでフライング・カーペット(空飛ぶ絨毯)にでも乗っているような感覚でした。


突然、「ドカーン!」
私は大波の不意打ちを食らってしまったのです。
あっという間に水中に放り出され、もみくちゃにされて、まるで洗濯機のなか状態。
私は水のなかをぐるぐると波にひきずり回され、おまけに浮力で浮き上がろうとするサーフボードに引きずられて、どっちが上とも下ともわかりませんでした。
それは一瞬のできごとでした。
「溺れるかもしれない」
私は焦って水面にあがろうと必死にもがいていると…
そのとき「プチン」とサーフボードの紐が切れるのがわかってパニックに陥りました。
水面にも上がれず、サーフボードの紐もぶちぎれて…。
さぁ、私はどうなったでしょう?
「もう溺れて死ぬのかしら…」
そう思った次の瞬間、サーフ仲間がよく口にしていたある言葉が頭に浮かびました。

「波に身を任せろ」

私の体は押し寄せる波に抵抗していたために極度に緊張していましたが、その言葉を思い出すと体から力を抜けて、気が付いたら私は水面に浮かんでいました。
水を飲んでいたために呼吸が困難でしたが、とにかく身を任せてそこに浮かんでいました。
いったん、波に身を任せたら、恐怖がもうそこにはまったくなくて、ただ私はそこに浮かんでいました。


すると、叫び声が聞こえて、
「お前のボードだ!」
と言って一人のサーファーが私のボードを脇に抱えてパドリング(サーフボートに身を横たえて手で漕ぎながら進むこと)しながらこちらに向かってきたのです。
私はまたサーフボードに乗っかると、パドリングしながら浜に戻ることができましたが、身を任せてただただ浮かんでいるときは、このまま海で死んでもいいという感じでした。

長いことサーフィンをやっていると、こんな体験はよくあります。
別に台風のときでなくても、不意に波にさらわれて溺れそうになることがあります。
そんな体験を繰り返しているうちに、他の仲間たちが言っているように、「身を波に任す」ことが一番いいと、それ以外に、私ができることはないということが、はっきりとわかってきました。
もちろん、台風のときは、浜辺で打ち寄せる波を見ているだけで、体がぞくぞくします。
恐怖とも、快感とも、なんとも言えない感覚がやってきます。
ただ、私の場合、本当はそういう感覚を味わうのが目的でサーフィンをやってきたのでありません。
波に乗るのが大好きで天気の日も台風の日もお構いなく海に入っているうちに、そんな体験もしてしまったという訳です。



「走馬灯」というものをご存知ですか?

よくお葬式に走馬灯が使われています。
走馬灯は明かりの熱で上昇気流が起こり、それでくるくると回り始めます。
はじめはただの装飾くらいにしか思っていませんでしたが、溺れかけて死にそうになった人の話しを聞いて、なるほどこれには深い意味があるのだと納得しました。
いったい、どこで読んだのか、それとも誰かからまた聞いたのか、はっきりと覚えていませんが、ある人が川で溺れそうになって、そのとき、その人の現在から生まれてきたときのまでの記憶がすべて、まるで走馬灯のように一瞬にして見え、そのときは恐怖も苦痛もなく、ただ、心地よい感覚だったというような話しでした。
もちろん、その人は溺れそうになって、危うく急死に一生を得て生還しました。
でなければ、そんな報告をできる訳ありませんから。


他にも私の友人で海で溺れそうになった人がいます。
彼の場合は、走馬灯は見ませんでしたが、とても似たような体験をしています。
それはやっぱり台風が過ぎ去った後でした。
台風が過ぎ去って、波が穏やかになったので、彼は海に入りました。
とても穏やかだったので、彼は気にすることなく泳いで沖まで出たところ、突然、大波が横からやってきて、彼も洗濯機状態。
もちろん水を飲み込んで呼吸困難になって…
「溺れて死ぬかもしれない」
そうと思ったとき、彼は身を任せてしまったのです。
必死にもがくのを止めて、ただ流されるままに体を任せていたら、また波が緩やかになって、彼は岸にたどり着くことができました。
後の彼を変えてしまうことになるそのとき体験は、恐怖の体験ではなく、それとは反対に途方もないものに飲み込まれときの快感といったものだったと彼は言っていました。



無茶なバイク乗りの話し

昔、アメリカのヘルス・エンジェルスに参加していた人のこんな話しも聞きました。
彼の場合はバイクが大好きで、暇があるとバイクに乗っていました。
彼はバイクに乗って山道を走るのが大好きでした。それも猛スピードで山道を駆け抜けるのです。
山道は右へ左へと急カーブが続きます。
急カーブにフルスピードで突っ込んでいくのが大好きだと彼は言っていました。
そのときのことを彼はこう語ってくれました。

…普通考えたら、山道を猛スピードで突っ走るなんてことはとても危険だし、第一、恐怖が出てきて誰もそんなことをやろうと思わないかもしれない。
まっすぐな道を突っ走るのは怖くないけどね。
僕がそんな無茶に見えることをやり始めたのは、理由があるんだよ。
カーブに猛スピードで突っ込んでいくとき…普通、死の恐怖がやってくると思うんだけど、僕は場合はそれとは逆に、まったく恐怖というのがなくなってしまう。
いたって冷静で、瞬間瞬間がまるで映画を一コマ一コマ見ているかのように、すべてがスローモーションに見える。
カーブでハンドルを切っていると、ハンドルの端がもうガードレールすれすれのところきているのがはっきりわかるし、その隙間はわずか1センチか2センチくらいしかないのがはっきりと見える。
危なくなりかけたら、僕はちょっとだけ、ほんのわずかだけ体重を振ってバランスを維持する。
そのときそのわずかな調節を間違えると、もちろん、僕は目の前に広がる谷間にバイクごと突き落とされることになるけどね…。
何が面白くてそんな無茶なことをしていたかっていうと、そのとき、僕にはまったく恐怖というのがなくなって、意識が通常の状態ではなくなるんだ。
恐怖がなくなると、途方もない至福の感覚に包まれてしまう。
すべてのものがはっきりと明晰に見えてしまう。
カーブを曲がりきれるスピードはこれが限界だということから、すべて直感的にすぐにわかってしまう。
通常ではまったく考えられない意識状態に入ってしまうんだよ。
その感覚が忘れられなくて、何回も無茶をしに山に行ったんだ…。

彼の場合、バイクで事故ったのは一度しかありません。
それも普通の道で、不注意にも側溝にはまって怪我をしただけで、山道では決して事故らないと言います。
スピードをあげていくと、ある瞬間、恐怖がなくなって、すばらしい感覚が伴う明晰な意識状態になり、彼はそれがたまらなくてバイクを乗り続けていました。
ただ、彼はいまはもうバイクに乗っていません。
「バイクに乗って無茶する必要はなくなったよ。」とも言っていました。
バイク乗りがバイクを捨てる、とても深い意味があるように思えます。
私はサーファー人間ですが、ひょっとしたら、台風の日に波に向かっていくような無茶をする必要がなくなる日も来るのでしょうか?



泥棒の話し

こんな話しを聞きました。
それは泥棒のマスター、泥棒のなかの泥棒と呼ばれる人の話しです。
その泥棒は、まるでルパン三世のように、じつに見事に金品を盗み去ることで有名でした。
彼が狙うのはお金持ちばかり。
そのお金持ちの自慢にしている一品を見事に持ち去ってしまう。
しまいには、その泥棒に入られたということ自体が、お金持ちの自慢話しになるくらいまでに彼の名声が高まり、
いつのころからか、彼は泥棒のマスターと呼ばれるようになったのです。


そんな彼には、一人の息子がいました。
家業を継ぐような素振りも見せず、ただ世間でフラフラしていましたが、
そんな息子が、ある日、父親のもとにやってきて、
「オヤジ、俺にも泥棒のやり方を伝授してくれ」
と言ったのです。
その日は寒かったため、父親は毛布をかぶって休んでいて、
「そうか、わかった」
と、うなずくと、また眠りにつきました。

しばらくすると、父親と息子は家を出て行きました。
もうあたりは深い暗闇に包まれ、あちこちで犬の遠吠えが聞こえる。
二人はある立派なお屋敷の前に来ると、
父親が懐からハンマーを出して屋敷の塀をあっという間にぶちやぶり、
二人は屋敷に入っていきました。
父親は手早く扉をこじ開けて中に入ってゆく。
息子はそれにただただ着いていくのが精一杯でした。
屋敷のなかのある部屋の前にきたとき、父親はその扉を開けて、中の様子を見ると、息子に向かってその中に入るように目配せした。
息子が中に入ると、突然、父親はバタンと扉を閉めた。
外から鍵を閉める音がする。
一瞬、息子は何が起こっているのか、さっぱりわかりませんでしたが、しばらくして、父親の

「泥棒だぁ!」

という叫び声が聞こえてくると、息子は青ざめてしまいました。
父親の叫び声で、屋敷の使用人たちが起きてきて、
「泥棒はどこだぁ!」
とあたりが急に騒がしくなってきて、息子は何がどうなったんだか、何をどうしたらよいのか、まったくわけがわからなくなっていました。
そのとき、ちょうど部屋の扉の隙間から明かりが差し込んできました。
息子は突然、まるで猫がそうするようにドアを爪でかじりながら「ニャ〜オ」と猫声をあげました。
すると、外から「あら、猫がこの部屋に閉じ込められているのかしら?」
女の使用人がそう言いながらドアの施錠をはずす音がしました。
その瞬間、彼はドアを押し開けて、一目散に逃げ出しました。
「おおっ!泥棒がいたぞ!」
「こっちだ!」

逃げる彼を追うようにして、松明(たいまつ)を持った使用人たちが彼を追いかけてくる。
彼は必死に走る。
そのとき、彼は大きな石を拾い上げて、それを道端の井戸に投げ込みました。
「ドボ〜ン」とあたり一面に大きな音がこだまして…
「泥棒が井戸に落ちだぞ!」
使用人たちが道端の井戸を松明で取り囲んで、井戸の中を覗いている。

やっとのことで、息子は家にたどり着きました。
もうクタクタ。
家に入ると、居間では父親が毛布をかぶってスースー眠っている。
息子がカンカンになりながら、父親を揺り起こすと、
「そうか、帰ってきたか」
そういうと、また眠りに戻ろうとしましたが、息子は
「アンタのおかげで、俺はとんでもない目にあうとこだったんだぞ!」
と怒鳴りちらしました。
父親はいったいお前はなんで怒っているんだという顔つきで
「ひどい目?お前は秘伝を手にしたんだよ」
と言うと、また毛布をかぶってと眠りについたのです。
息子は「はっ」として、そして、もう何も言いませんでした。




緊急の事態

泥棒に入った屋敷の一室に閉じ込められて、まったくどうしてよいか?わからなかった彼が突然取った行動、
とっさに井戸に石を投げ入れたこと…
人が窮地に追い込まれると、実に不思議なことが起こります。
溺れそうになったり、バイクで猛スピードでとばしたり、
あるいは、泥棒をしていても、ある瞬間に、いつもとは違った状態に入ってしまう。


神戸の大震災のあと、面白い現象を目撃したと、ある友人が話してくれました。
友人のおばあさんはもう十年近く寝たきりで、下の世話からなにから、すべて人任せでした。
ところが、地震の直後から起き始め、みんなで小学校に避難することになって…
…!?
寝たきりのはずのおばあちゃんが歩いている!
しかも、自分の生活に必要な身の回りのものをたくさん手に持って歩いている!
それから一週間くらいは元気に普通にしていたそうです。
もちろん、一週間を過ぎたころから、だんだんと起きられなくなり、また、前のような寝たきりに戻ってしまいましたが…。

そういう緊急の事態では、予測不可能な状態では、考えるということが機能しなくなります。
考えてどうこうできるものでもありませんが、後から考えたら奇跡のようなできごとが起こっています。
私が溺れそうになったとき、その瞬間に、起こることに身を任せてしまいました。
そしたら、浮かびあがろうともがいていたけど、もうもがくのを止めてしまったら…自然と浮かびあがってしまった。

やろうとしてできなかったことが、やろうとすることをもう止めてしまったら、やれてしまったということですね。
なるようになったということだと思います。

でも、あのとき、もし私がまだまだやろうとしていたら、その状況をなんとかしようともがき続けていたら、たぶん、いま、私がここで、こうして溺れそうになった経験について何かを書いていることなど、できなかったかもしれませんね。







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