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今年も、あと2ヶ月かあ。。。。。
なんか、しみじみしちゃうなあ。。。。。
南国宮崎も、朝晩、冷え込んでいます。
こんな時は、ココア!
いっぱい入れすぎてしまって、ホットチョコレートになりました。
フッ、フーーーー
いただきます。
「あの時はどうもありがとう。あの言葉、目からウロコでした。」
久々感謝されてしまった。
私、そんなこと言ってたんだあ。
言ったこと自体、全然忘れてた。
不思議だよね。
感謝されることって、自分が、何を言ったか、何をしたかが思いだせないんだよね。
「その人のために、何かしてあげた。」っていう感覚がないことなんだよね。
逆に、ちょっと「ありがとう。」の一言で、報われるのになあって思うことがある。
「ちょっと感謝してくれてもいいのに。。。」って思ってる人には全然感謝されないのよね。
やっぱり人って、わかるんだよ。
きっと恩着せがましかったり、
良く見られようとしたり、義理だったり。。。
これは、サガプリアからの言葉です。
テーマだなあ。。。。。。
これができたら、すごく楽になると思う。
やっぱり相手に喜んでもらいたいし、喜ぶ顔が見たい。
でもここにばかり焦点当てちゃうと、行き詰まってくるし、ズレてくる。
こっちが良かれと思ってしたことが、相手に喜んでもらえなかったり、かえって迷惑だったりすることなんか、よくあることだよね。
たとえば手紙。
インドにいた時、何通か手紙を日本に送った。
インドの郵便局はめちゃくちゃイイカゲンで、届くかどうかも不安なものがあった。
返事がなかなか来ない時、手紙自体が届いていないんじゃないかなあーーとか、
小包みとかなら、届いたことだけでも知らせてほしいなあーーとか思ったりした。
自分の筆不精を棚に上げて、勝手なんだけど。。。。。。。
手紙を書くとか、プレゼントを贈るって、ひとつの表現、自分の中のエネルギーを流すことだと思う。
その人がいることで、引きだしてもらったエネルギーをクリエイティビティを、ただそれを喜び、楽しめたら、相手の反応や応答はオマケになる。
感謝されたら、もちろん嬉しいけど、たとえされなくてもOK!になる。
エネルギーを流させてもらったことに、こちらの方こそ感謝してしまう。
また新しいエネルギーが、私の中に注がれてくる。
手紙をポストに入れた時、もうすでになんだかうれしくなるもの。
これって多分、和尚の言葉だよね。
なんか、いいねえ。。。。。。
そうそう、ラムナからおしえてもらったんだ。
元気かしら?元気でね。
自分でも、書いてて甘すぎる言葉が多いと思う。
これって、よく不安定になったり、さびしくなったりすると、甘いもの、ケーキやお菓子に走ったりするのに、近いものがある。
安易な方法かもしれないけど、女の子は、これでけっこうバランスとってるとこあるよね。
OK!OK!
そこに罪悪感さえ持たなければ、大丈夫。
今、ちょっと、うーーーーん。
つらい。
誰かが私を振りまわしてるんじゃない。
自分で自分を振りまわしてる。振りまわってる。
これじゃーーーー疲れちゃうよ。
自分も、まわりも。。。。
ちょっと引いてみると、けっこう隙間があったり、逃げ道があったり、穴があいてたりするんだよね。
案外、ドアがあったりなんかしたりしてね。
あきらめたり、壁によじ登ったり、壊したりする前に、
引いて、引いて、ちょっと壁から離れて、深呼吸。
フーーーーーーーー
頭に体に、ハートに風を送る。
風通しを良くする。
部屋の窓を開けて、新鮮な空気を入れるみたいに。
リフレッシュ!
きっと、見えてくる。
私の不満は、なくなりました。
ここ2日間、寝ていたの。
今、うちにソナルが来てくれてる。
体調が、久々崩れてしまって、ちょっとフラフラしている。
でも3年ぶりの彼女との再会がうれしくて、私はどこかが眠っているような、
夢のなかで出逢ってるような、ふわふわした感じで、彼女と一緒にいます。
ちょっと、ハーティストカフェをのぞきにきてみたんだけど、
なんだか嬉しくなって、とりあえず報告と思い、書いています。
ここ3ヶ月、けっこう大変だったことに気づく。
今、自分に戻ってきているの感じる。
ほんと、しょっ中なんだけど。。。。。。
ズレては、戻り、
またまた離れては、戻り、
その繰り返しばかり。。。。。。。
なのに、
つきあってくれて、ありがとう。
ソナルが熊本に帰り、アキさんは福岡に行ってる。
怠惰な一日になりそう。。。。。
タイダ・タイダラ・タイダラ・ダラダラ・ダラダラ・ララララア。。。。。。。。
なんて贅沢で、心地良く響くんだろう。
これ、私だけ?
彼女の問題を一緒に考えることで、私もとてもクリアー、シンプルになった。
プーナにいた時も、そうだったんだけど、彼女は人の話を聞くというか、聞かされることが多かった。
「ソナル、大丈夫?」
「うん。私、平気。苦痛ではないの。」
でも、喜びって感じには、見えなかった。
やっぱり、それが重なると大変そうだった。
「自分をもっと大切にしてよ!
彼女達はソナルをゴミ箱にしてる。大切な自分にあんな時間、あんな空間を許しちゃダメだよ。」
人のことは、言える。
一緒にいて、自分が消耗していく人がいる。
その人と関わることで、何か分かち合えたり、くつろいだり、楽しかったり、励ましあったり、友情が育っていくようなものがないのなら、一人でいるのがいい。
喜びは二倍、悲しみは半分。
友達の基本。いいね、この素朴さ。
とは言っても、そうできないことがいっぱいある。
じゃあーーーどうしたらいいんだろう?
苦手な人の対応法
それは、対応法を考えないこと。
好きなものを好きと言える勇気、抱きしめていたい。僕がボクらしくあるために。。。。。
苦手なものに、苦手な人に「NO!」
この勇気は、どこか震えるような胸が痛むものがある。
でも、好きなものに、好きな人に「YES!」
こっちの勇気は、背筋が伸びるような、目がハートが開いていくようなワクワクドキドキ感がある。
やっぱり、こっちでいきたい。
3年ぶりのソナルとの時間を、苦手の人の対応法を考えるのではなく、
自分が本当に喜ぶことは何?
大切にしたいものは何?
もう一度、クリアーする。
そこに、時間とエネルギー注ぐ。
それで、自分をいっぱいにする。
自分が、人を状況を引き寄せるのだから、
苦手な人のことばかり考えてたら、そんな人達とまた出会ってしまうのは当然だよね。
たとえ喜びを意識し続けても、きっと目の前に苦手な人や状況がくるときがあると思う。
そんな時こそ、その中に留まって、状況を人を自分をどうこするのではなく、
自分の中に入って喜びに、光にチューニングして待つ。お任せする。
これって、私の今世のテーマ。
生涯を通しての実験。
そしてこの世を去る時、
「やっぱり、このセンいいよ!、JOYの道!」
または、
「アラーーーーーーーーやっぱり考え甘かったかしらねェーーごめんなさぁーーーい。」
まあーーー結果はともかく、プロセスで満足できたら、もうそれでOK!完璧。
今日一日、大切にしよう。
ダラダラしよう。
お茶を片手に、エレガントな怠惰生活。
★ 宮崎より 愛をこめて
一週間前に、北海道の川口さんが、薪ストーブを持ってきてくれた。
彼はアキちゃんの畑の先生。
三戸先生の庭に、愛車のダットサントラックを置き、そこで暮らしている。
北海道に半年、冬は宮崎に半年、そんなライフスタイル、9年目なんだって。
いろんな暮らし方があるんだね。
熊に襲われたことがあり、指が何本かないんだけど、
とにかく豪快で元気な75歳のお爺ちゃま。
アキちゃん、あるアイデアが浮かんだらしく、
「これから川へ行こう!」
私は、お茶とおやつの用意をして、いざ出発。
「なるべく、平たくて大きめの石探してね。」
そして今日、試行錯誤の末、ストーブ取り付け完了!
あの石達は、煙突を通すために壁を大きめに開けて、そこに石を積み重ねてセメントを流すためのものだったんだ。
これだと壁が熱くなりすぎなくて安心。
貝殻もトッピングされてる。
火が点いた時、うれしくて拍手しちゃった。
あったかーーーーーーい!
さっそく、ストーブの上でおもち焼いたり、お茶沸かしたり、
これから楽しいストーブライフが始まる。
私、このところ、家の中で、ズボン2枚、セーター2枚に、毛糸の靴下2枚、手袋して、
もーーーーーーモコモコして暮らしてたの。
ほんと冷え性だから、ストーブがうれしくて、うれしくて。。。。。。
川口さん、アキちゃん、ありがとうございます。
これは、直接言えばいいことなんだけど、
二人とも、多分これ読まないと思うんだけど、
なんだか、ここに書くと特別な感じがして。。。。。
ありがとうが、広がっていくような、うれしさが増すような。。。。。。
ここは、もしかしたら、喜びは2倍、悲しみは半分カフェ なのかも?
私にとって。
「ナビーン、もっとアキちゃんといっしょに、この山を畑を楽しみなよ!
ここの裏山は宝の宝庫だよ。」
ここに引っ越してみて気づいたのだけど、私はあまり自然派、田舎暮らし向きではないというか。。。。。。
時々、アキさんにさびしい思いをさせてしまう。
畑作りやいろいろな物を自分達で作ることに対して私があまり積極的ではないから。。。。
野菜や花の成長や自然のすばらしさより、おしゃれなカフェや雑貨屋、おいしいパン屋さんをみつけた時、目がキラキラしてしまうらしい。
ちょっと用事できちゃった。
ごめん。行ってきます。
「アキちゃん、プーナにいる時よりイキイキしてる。キレイ!
ナビーンは。。。。。。。。疲れてるみたいね。」
確かに。
アキちゃんは顔のシミ、ホクロみたいなのが、すっかり消えてしまった。
毎日、畑で強い宮崎の太陽を浴びているのにもかかわらず。。。。。。
ちなみに、彼はUVクリームも、美白クリームも何もつけていない。
スッピン。
きっと、自分の好きなことやって、細胞活性化してるんだね。
スゴイなあ。
彼を身近で見て、美白クリームもいいけど、やっぱりこっちのセンでいきたいと思った。
と言って、私が畑にいっても、イヤイヤなら全然意味ないし。。。。。。
最近、とても目が疲れていて、首の後ろが詰まってる感じなの。
書きたいこと、いっぱいあるんだけど、体を優先させて、あまりパソコンに向かってない。
土に触れてみるの、いいかもしれない。
きっと、畑仕事=タイヘン=疲れる
これが私の頭にしっかりあるんだね。
せっかく育てた作物が、虫に食われることしょっ中、無農薬だからかなあ。
明日が食べごろの物は、その夜、サルに食べられちゃったり。。。。。
物を育てるって、プロセスで楽しまないとやってけないんだろうなあ。
きっと子育てもそうなのかしら。
アキさんだって、もちろん疲れることもあるんだろうけど、そのことが彼を元気にイキイキさせている。
体つかって、頭つかって。
ただ土に触れてみよう。
土と戯れてみよう。
仕事って、構えるんじゃなくてじゃなくて、
もっと気楽に、畑に山に、(みんなからのツッコミを読んで)出てみようと思った。
さっそく、声がかかった。
「明日は一緒にイモ堀りしよう!」
ホレ、ホレ、ホリ、ホリ、気分はホーリー!
フルーツ咲か姉さんも、
花咲か姉さんもいいかもしれない。
まあまあ、まずはイモ掘りから始めよう。
これは、わかばのお爺ちゃんの言葉。(NHKの朝ドラマ)
確かに、日本庭園風の庭に、南国の花ハイビスカスは合わないかもしれない。
でも、その花は、おばあちゃんのいろんな想い、歴史、何よりお爺ちゃんの愛を想い起こさせてくれる花なのだ。
おばあちゃんは、その花が庭にあったら、毎日お水をあげ、愛おしくお世話するだろう。まるでお爺ちゃんに逢うように、幸せな気分になるに違いない。
でも、現実は日本庭園にハイビスカスは、許されない。
息子の感覚、感情が、許してくれなかった。
うーーーーん。
考えてしまった。
時々、私はアキさんに、
「そのセーターに、そのパンツは似合わないよ。色もちょっと違う感じィーーー。」
とか、小姑のように言ってしまう。
その人がその服を着て、気分が良かったら、幸せだったらそれでいいのにね。
ついついお節介してしまう。
みんなそれぞれ、感覚、センスが違う。
細々とした自分の感覚が頼りなくて、ついつい高感度、美意識の高そうな人の意見を尊重してしまったりすることがある。。
たとえ細々でも、ちゃんと感じているのに。。。。。。。
服も、インテリアもそれぞれ、美の法則があるんだと思う。
たとえ、それにかなってなくても、ミスマッチでも、
「なーーーんか好き!」とか 「なーーーんか幸せ。」 とか、そんな理由なしのことを大切にしたい。
自分にも、相手にも。
全てのものは、きっと私達を幸せにするためにあるのかもしれないよ。
★ さて、あのハイビスカスはどうなっちゃうのかなあ。明日のお楽しみ。
久々、人の集まる所に出かけた。
そこは、静かでとても美しい空間だった。
大きな焚き火を囲み満月をバックに、大きな木の下で、アタサのコンサートがあった。
なんと前座は、アキちゃんのギターの弾き語り 「生きてる喜び」だった。
初デビュー!
あまり聞いてる人はいなさそうだったけど、少なくとも私の両脇、ムデイトとニルドッシュの3人は、しみじみと聞いていた。
曲の後半は指が動かず、ほとんどアカペラだった。
「アキード、味があったよお!」
「雰囲気は、バッチリだったよ!」
アキさんは、みんなに、
「申し訳ない。でも、聞いてくれて、ありがとう。」と恐縮していた。
彼が恐縮してる姿を、みたことがないので、新鮮で、なんだかほほえましかった。
コンサートの後、アキさんはお気に入りの犬をみつけた。
生後2ヶ月。
得意技,心地よい場所を見付けてて、すやすや眠ること。
飼い主、「この犬、ほんと性格いいんだよ!バカなだけなのかもしれないんだけどね。。。。。」
なんだか、ほっこりしてしまう。
アキさん、大喜び。
私は、動物を飼うのは、はじめて。
やっぱり、ちょっと恐いものがある。
犬を飼うことが決まって、最初にうかんだのは,楽しさより「死」だった。
かなしい性。。。。。
とにかく、明後日、ワンちゃんがやって来る。
家族が増えるんだ。
新しい生活が始まる。
これも、ひとつの縁だよね。
ドキドキワクワクしながら、WELL COME!
久々お仕事が入り、朝早くアキさんは出かけてしまった。
スヤスヤ眠っている犬をみつめて、
「君は、ゴロー、ゴローって感じだ!」アキさんが決めた。
確かに私も、犬を飼うって打った時,「飼う」のところで何か胸に詰まるものがあった。
高校生の時、一度だけ動物園に行った。
檻に入れられてる動物達を見て、とてもかわいそうになってしまった。
おもいっきり、走らせてあげたいって思った。
その時、隣にいた友人が、
「動物達も檻の中から私達を見て、けっこう楽しんでいるのかもよ。人間ウォチング!」
彼女の言葉に、少しホッとして、緩んだのをおぼえてる。
それにしても、すごい稀有の人生、動生?だ。
遠い南の異国から日本に連れられてきちゃって。。。。。。
人間だって、拉致されてしまったり、
人間にも、動物にも、それそれの運命、人生ががあってそれを生きるしかないんだと思う。
変えられるものがあるとしたら、それは唯一意識だけなんじゃないだろうか。
起こることは、すべて決まっている。
存在の手の中。
起こることは変えられない。
でも、その起こることを静かにくつろいで見守ることだってできるんだ。
意識次第で。
私は今、人生に対してとても受身だと思う。
目の前にいる人、起こることに対して応答しているだけ。
もちろん、受けいれられずNOを言うことを含めて。
私は、どちらかというと動物は苦手な方だ。
自分ひとりだったら、絶対飼うことはなかったと思う。
すでに、家には一匹の野良猫のジョンが住みついてる。
ゴローがうちに来て、さすがにジョンは神経質になっている。
私がゴローを抱いて、ジョンに大丈夫だからねって伝える。
まだまだ距離はあるけど、昨日よりは随分いい感じ。
3人、いや3匹?で静かに同じ空間にいた。
ちょっとの時間だったんだけど、何だか、縁を感じてしまった。
ただ流れとともに。。。。