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2009|01|
これは、お料理禅婆ちゃんがお母さんのこと想う時、一番心に残った言葉なんだって。
戦争中のため、食べる物がほんの僅かしかない日々が続いていて、
その時のお母さんの口癖だったんだって。
お母さんは、食料、物質難の時代に、「ない。足りない。」という言葉をけっして使わなかった。
少ない食材を工夫して愛情をいっぱい注いで、
その僅かなお料理を、まるでご馳走のように子供達に与えた。
さあ、ご飯の時間。ワクワク楽しい時間。
「あなた達が喜ぶことなら、お母さんなんでもやってあげるわよ。まかせて!」
この言葉には、そんな思いがこめられている。
物はなくても、このお母さんの大きな愛、明るさ、心意気が、
子供達に伝わっていた。
「あれが母の華やぎなんだ。本物の華やぎ。」
って、今になってお婆ちゃん思うんだって。
こういうことを、華やぎって言うんだあ。
いいなあ。
いいなあ。
宝石をいっぱいつけなくても、ドレスを着ていなくても、
お母さんは華やいでいる。
これはお饅頭屋のお爺ちゃんのリラックス法。
毎日毎日、饅頭を焼き続けて30年。
1個10円の値段はそのまま。
毎日同じ数の饅頭を作って売り切れたら店閉まい。
「おじいちゃん疲れたらどうするんですか?」萩本欽ちゃんの質問に
「こうやって、天を見上げて、ハアーーーーーーってするんです。そしてまた饅頭やくんです。」
小柄で少し腰がまがっていた。
なんとも素朴でかわいいクシャクシャの笑顔おぼえている。
もう10年以上前なのに。。。。。
その時私は、いろんなボデイーワーク、セラピー、グループを受けまくっていて、
リラックス、リリースが大切、必要とばかりに。。。。。。
このお爺ちゃんの、とってもシンプルなリラックス法、生き方がとても新鮮にうつった。
なんだかとっても感動してしまった。
今日ジャガイモを植えた時、何回も空をみあげたの。
それで、おじいちゃん出てきちゃった。
昨日は町の文化祭のような催しがあって、お茶サークルではお茶会を開いて、町民の方に振舞ったの。
200人分!
私は裏方で一生懸命、お茶を点てていたの。
きっとその姿がゴーカイ?ガサツ?だったのかなあ?
いずれにしても、あのおば様に私は、きっと元気に映ったんだと思う。
なんだか、この頃元気が安定してきた感じ。
これはきっと、
1、ゴローのおかげ。
2、クンダリーニのおかげ。
ちょっと前まで首が痛いのが続いていて、屋根から落ちたせいにしてたんだけど、
ご近所のサイキックおぱ様K子さんからこんな話を聞いたの。
ここの土地では昔昔、首切りの刑や島流しの刑があって霊が彷徨っているらしいの。
彼女もここに住み始めた当時、首が痛くてお払いしてもらっていたのだけど、
今は霊に話しかけながら供に生きてるんだって。
エーーーーーーッ!
ウッソーーーーー!
コワーーーーーーイ!
これをチャンスにしよう!
ある小説の一場面が出てきた。
場所はグアム。
そこに住んでいる女の子させ子ちゃんが、日本から来た子にこう話してたの。
「ここグアムではグチュグチュ落ち込んでたら、すぐ霊に憑かれちゃう。
戦争で無念に亡くなった人達の霊がウヨウヨいるのよ。
だから大きな声で歌いましょう!」
そして二人で海岸で、
「はーーーるの、うらーーーらの。。。。。。」
明るく歌っているシーン。
きっとこの土地は、私の明るさを育ててくれる。
相変わらず、おめでたいでしょ。
K子さんの話が本当かどうかはわからないけど、
いずれにせよ、この話を聞いて私なにかが パキッ!キリッ!として背筋が伸びた感じで、
気づいたら首の痛みが消えていたの。
これは、させ子ちゃんが人に名前の意味を聞かれたら、こう答えていたんだって。
そうそう、あのシーンは吉本バナナの小説「アムリタ」だった。
主人公の名前は憶えていないけど、させ子ちゃんだけ残ってる。
なんか名前だけでも、インパクトあるもんね。
とても素敵な人だったなあ。。。。。
なんだか私、TVで見た人も、小説でで読んだ人も、こうして書いていると、
まるで自分の友達を紹介しているみたいで嬉しくなる。
お得な性格。
私の中で生きている人達がいっぱいる。
いつもいつも想い出しているわけではないけど。。。。。。
何かに触れてフッ!と登場してくれる。
させ子ちゃんを想い出したおかげで、どれだけ戻りが早かったことか。。。。
ありがとうの気持ちでいっぱいになった。
なんてったって、愛でいっぱいの人だからね。
アキさんはお仕事が入り、早朝から隣り町へ。
食べ頃のバナナがあったので、ココアパウダーを混ぜてケーキを焼いた。
オーブンがないので、フライパンにピッタリの蓋をして極弱火でゆっくり焼く。
あらーーーーーおいしい!
今日はゴローも特別よ!
パクパクパクパクーーーーーー
あれーーーーーアキさんの分なくなってしまった。
今度はレーズンとクルミをいれて、ちょっと贅沢に再び作った。
シャンティーだなあ。
気分はサンデー。
いっきに雰囲気が変わる。
空間が変わってしまう。
キャンドルマジック!
雪の降りつもった朝の静けさみたいに、
シーーーーーーーン。
まわりをすっぽり包みこみ、神聖な空間にしてしまう。
なーーーんにもない日でも、キャンドルを灯すとその日がなんだか特別な感じになりそう。
イヤなことがあった日なんかは、重い気分のまま寝たりしないで、
静かにキャンドルをみつめる時間が、たとえ短くても持つことができたら。。。。。。。
毎日がスペシャルだね。
これは、Venas-Angelightのキャンドルなの。
私はこのお店に居るだけで、なんだか嬉しくなってしまう。
ビスタール、スッキーとおしゃべり。
彼はバリから帰ってきたばかりで、ホットなバリ情報に、
新しいガイアシンフォニー情報、
3月にダライラマが鹿児島に来る話、
情報交換だけに留まらず、とてもジューシーなんだよね。
話していくうちに、どんどん自分がクリアーになって、
イキイキ元気になってゆくのがわかる。
その後、シテイーならではの空間やお買い物を楽しんで、
初めての参加だったんだけど、とても楽しかった。
お茶に関しては、一番の劣等生でいつも小さく部屋の片隅で静かにしていたんだけど、
今日はイキイキ、なんだかおしゃべりが弾む弾む。
最後に、来期はサークルを続けないことを告げると、
「あなた、こんなに盛り上げておいて何言ってるんですか!一緒にやりましょうよ。ねっ、ねっ、」
おば様達に5回言われた。
結局、続けることになった。
あららら。。。。。
逢って話したい。
その人を感じたい。
おしゃべりは私をイキイキさせてくれる。
私やっぱり、口の人なんだよねえ。
じゃーーーァ、それを生きたら?
楽しんだらいいんじゃないの。
口からハッピー!
本屋さんで、急に呼吸が苦しくなる。
しゃがみこむ。
間もなくして,アキちゃんがやってきた。
ここで待ち合わせしてた。
アーーーーー畑の王子さま。
ちょっと静かにしてから、うちに戻った。
「一昨日の疲れが、今出たんじゃないの?」
「ウーーーーン。元気だったんだけど。。。。。突然なのよ。」
いつ何が起こるかわからない。
それは病気だけに限らず、
災害や事故、事件、思うだけで恐くなる。
それにしても前の日記,キャピキャピはしゃいでるネェ。
調子に乗りすぎちゃったかなァ。。。
「クールな時、あなたは全世界を楽しむことができる。」和尚がささやく。
彼の弟子達が静かに座っていて、もうそろそろという時芭蕉に、
「辞世の句をおねがいします。」
芭蕉「私は俳句を詠む時、いつもこれが最後の句と思いながら詠んできた。
だからどの句をとっても、辞世の句だ。」
そうだったんだ。
彼の句には、そんな思いが込められていたんだ。
シーーーーーンと静かに澄んでいる、透明な心。
刹那じゃなくて、トータル。
この一句に自分のすべてを注ぎ込む。
今、朝なんだよね。
そうそう、やっとスケジュール手張買ったよ。
シンプルで軽くて書きやすくて、いい感じ!
最初に書いた言葉は、
「イノセント(無垢)だったら、勇気は必要ないんだよ。」
何だか、お父さんに言われてるみたい。
ふーーーーーーーっ、力がぬけてく。
だれもが持っているこの自然な質に戻って。。。
なにを書くか、
どんな思いで、どんな意識で書くか、
こういうことはあまり考えないで、
これ、みんなに話したーーーい!
聞いてもらいたーーーい!
分かちあいたーーーい!
やっぱ、これかしらね。
それは北海道新聞に、ていねいに包まれていた。
何だかなつかしくって新聞の隅々まで目をとうす。
テープから「もくれんの涙」が流れてきた。
。。。。。。。。
あれは、私が中三のちょうど今頃。。。
母は弟が亡くなってから、ほとんど入院していて、
私の高校受験が真近になっても、側にいてあげれない切なさと、
まわりへの感謝が綴られた文が新聞に載ったことがあった。
多感な時期だった私は、なんで新聞になんか出すのよ!
母を責めてしまった。
まもなくして、見ず知らずの方から励ましのお手紙やお守り、そしてなんとお金まで送られてきた。
ほとんどの方が、匿名でお礼をするすべがなかった。
その時うちは美容室をしていて、その月の支払いが足りなくて、そのお金をそっくり支払いに使わせて頂いたの。
神様いるんだね。
もちろんは母はそんなこと思ってもいなかった。
5千円、私達の手元に残った。
それで、母が前からあこがれてた美しい万年筆を買った。
結局、メリー美容室は何度かの危機を乗り越え、母が亡くなってお店を閉じた。
私と妹は、うちにお勤めしていた美容師さん達に育ててもらったんだね。
いつか北海道新聞の家庭欄「いずみ」にお礼の手紙をだしたいと思っていた。。。。。。。。
30年経ってしまった。
それは亡くなる2年前にすでに書かれていた。
こうしてここまで生きてこれたのは、私と妹のおかげだと書かれてあった。
子供をもつ喜びを素晴らしさを、私にも体験してもらいたかったみたい。
「えーちゃん、まりちゃん、こんなに良い子に育ってくれて、ありがとう。
あなた達は何があっても大丈夫!
お母さんは安心して、パパと育ちゃんのところへ行きます。
あなた達のおかげで、どれだけ人生が豊かだったことか。。。
ほんとうにありがとう。」