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なんだかね、よく声をかけられるようになったの。
「かわいい服ですね〜〜〜」
ちなみにこの服は、渋めのピンクでざっくりとしたスモック風(幼稚園児が着てる感じの)
とても気に入っていて、よく着ていたんだけど。。。。。
きっと私が開いてきて、「おもわず声をかけたくなっちゃう〜*」 モードになってるのかも〜〜〜
いいね〜 いいね〜
この前、こんなこともあった。
宮崎のタウン誌「タウン宮崎」のY子さんから、電話がきた。
「野草茶の取材に、お家に伺ってもいいでしょうか?」
「えっ〜〜〜私、ほんと自己流で特別な知識も何にもないよ。
でも。。。。。Y子さんには、また逢いたいな〜って思っていたから、遊びがてら来てみて〜 」
彼女とは、一度面識があり、けな気でひたむきに生きてる感じが伝わってきて、
同時に疲れてるんだな〜っていうのも隠しきれてなくて、なんだか心に残っていた。
ところが、インタビューを受けてるうちに、私の中に伝えたいものがたくさんあることにビックリ!
野草茶を作り始めて3年め。
* お茶を煮出してから、すぐ飲まないで数分間おくと、味がしっくり落ちついておいしくなる。
* シナモンや、みかんの皮を加えると、さわやかでちょっとおしゃれな味になる。
* あんなに十分に乾かしたつもりだったのに、インドから帰ってきたら、お茶がほとんどカビてしまっていた。
そこから、学んだこととか、。。。
気づいてみたら、3年の間にけっこういろんな発見があったんだね。
そして何よりの私の想いは、
野草茶でも、チャイでも、コーヒーでも、どんなお茶でもいいから、一日の中に、
* ゆったり〜 ほっこり〜 自分にご褒美〜 お茶する時間をもってもらいたいな〜〜〜*
自分がくつろいでほっとなごめば、それは周りの空気につたわってゆくものね。
一日中じゃなくても、くつろいでいる人、くつろいでいる時間、くつろいでいる空間が、
あちらこちら、世の中に散らばっていたら。。。。。。。
ふと、おもいだした。
何もみえない、わからない、真っ暗闇の中、
一人の人が小さなロウソクを灯した。
それは自分の足元しか照らせないような小さくて、か細い炎だった。
そしてまた一人、また一人、ロウソクを灯しはじめた。
そして何百人、何千人って、ロウソクを灯すことで、
その真っ暗闇が、大きな大きな炎の、ひかりの和になった。
不安がっていないで、まずは自分の足元、一隅を照らしましょう。
そんな思いが込められている言葉だとおもう。
ちょっと、いっぱい 〜*
まずは、いっぱい 〜*
緊張してる自分を、友達を、ふわ〜っとつつんであげよう 〜*
日常のふつうのお茶の時間が
きっとサポートしてくれる。
手伝ってくれる。
先日R子さんから
「S子ちゃんと一緒に踊るためのスペースを探してるんだけど。。。」
「よかったら、うちなんて、どうかしら?
久々わたしも、おもいっきり踊りたいわ〜〜〜」
R子さんは、大村ごんべい先生のヒーリングダンスで、大きな病気を克服し、
この10月に10日間の屋久島ダンスワークを終えてきだばかりで、その躍動感がこっちにまで伝わってきた。
最初3人のつもりが、噂を聞きつつけ8人の参加になった。
カレー好きのKサンが、お昼にカレーを持参してくるといい、
私は、お茶とお菓子とごはん担当。
カレーだったらやっぱり、チャイとコーヒーも用意したいな〜
ついつい私は、おもてなしモード
好きなことなんだけど。。。
そこまで、誰も頼んでいないのに。。。。
8人かぁ。。。。。。
なんだかおもーーーくなり、自分で、勝手に負担にしていた。
今回は、ただただ踊りに集中したかったけど。。。。。
ほんとは3人でしたかったけど。。。。。
この頃は、自分の思いを越えて、枠を超えて、必要なことが起こっているのを実感している。
後からドッーと疲れたりしないやり方で、ダンスもおもてなしも、両方楽しめば、いいじゃん!
できる! できるよ〜〜〜*
新しい軽やかなやり方を、みつけよう。
すでに、ダンスグループは、はじまっている。
なんだってダンスにできる〜* 日常にダンスを持ちこんで〜* おもてなしダンス〜〜〜*
エッーーーーーーーー!
からはじまり
エッーーーーーーー
エッーーーーーーー
なんでェーーーーーーー
というようなことが、いくつかあり、
R子さんと私は励まし合いながら、ひとつひとつに対応していった。
必要なことが起こっている。
すべて起こることは私達を、目覚めさせるため。成長させるため。
ピンチはチャンス!
その度、ここに戻りながら。
怒りあり〜(なんで、カレー作ってこなかったのよ!!!)、 涙あり〜、 笑いあり〜、 喜びあり〜、
も〜〜〜「ちりとてちん」のような、インド映画のような、
とってもコテコテ〜〜〜* あったか〜い時間になりました。
シャアーの時に、一人の女の人が、ぽろぽろ泣きながら胸のうちを語りだした。
それがみんなに伝染して、心がひらいていった。
彼女は、みんなに何回も「ありがとう。ありがとう。」って言っていた。
こちらこそ、ありがとう。
彼女が正直にまっすぐに、みんなに話してくれたことで、ここが信頼の場になって、
みんなも安心して正直な気持ちを話はじめたんだと思う。
最後はみんなの、ありがとう〜ありがとう〜が、わが家にコダマしてた。
著者は23歳の時、事故で首から下がほとんど不自由になり、
病院の壁にインドのバラナシ、ガンジス川の写真をかけて、
「いつか絶対、バラナシに行く!」
このことを唯一の励みに、心の支えにしていた。
そしてついに7年後、車椅子で一年かけてアジアを旅した。
その青年の言葉
「生きる意味を、
これからどう生きていったらいいのか、
問いかけながら、探しながら、旅を続けてきたけれど。。。。。。
旅自体を、その時々を、もっともっと楽しめば、また全然違った旅になったのかもしれない。。。。。
でも。。。あれは、あれで、あの時の僕の最善、精一杯だったんだ。」
「ちりとてちん」をみて、あらためてそう思う。
ところで、今回お世話になった駒宮神社の宮司さんは、
私の体についても、いろいろおしえてくれた。
「私は医者ではありません。
ただ波動を読んでるだけなんです。
そしてその波動を調節できる能力を授けられたんです。」
今回、自分の力では限界を感じ、宮司さんのお世話になったけど。。。。。。
本来は自分で、きっとできるんだよね。
その時、あなたの最高の波動が光がでています。
あなたらしく、あなたのまま輝いています。
バシャールは、そんな風にメッセージをおくってくれた。
宇宙からみたら、私達はひとつの波動、ひとつの光、なんだと思う。
名前もない、なんの肩書きもない、ただひとつの波動、ひとつの光。
でも。。。。。。それは無限のひろがりを、可能性をもっている。
それを、せき止めないで!
どうか、くもらせないで!
自分が喜びを感じるものに責任をもとう。
ただただ、自分が喜ぶことをしてあげよう。
日常に、小さなワクワクみつけよう〜〜〜*
それは、次のワクワクをつれてくる。
それは、飛び火する。
それは、いっきに広がってゆく。
だってそれは、波動だから。光だから。
自分に与わった、とびっきりの、とっておきの波動を、光を生きよう。
きら〜* きら〜* きらら〜〜〜*
自分の内側に静かに下りてゆく、絶好のチャンス!
心から、望んでいることは何?
今、何がしたい?
今、何がほしい?
心を静めて、聞いてみよう。
心からの願いをクリアーにして、それをお願いしよう。
揺れのないアンテナを、まっずぐ天に向かってたてよう。
基本的には。。。。今回の新月の入り 11/10(土)08:04以降、8時間以内
無理なら48時間以内でもOK!
そう書いてあった。
でもね。。。。。。。きっといつでも、OKだよ〜〜〜*
アキちゃんが、絵画展を開くことになった。
日にちが近づき、アキちゃん、いよいよラストスパート。
ご近所の木工所で師匠さんと額縁を仕上げたり、広報に行ったり、家を空けることが多くなった。
そのおかげで、私はハーティストカフェの更新が多くなった。(笑)
先日、なんとNHKの記者さんから、電話がきた。
「そこのお住まいは、アトリエとごいっしょですか?」
「アッ、アトリエ〜〜〜ないですぅ。
彼は今、絵は描いていないんです。
たまたま、佐藤さん(宮崎でギャラリーをしている。)が家に来たとき、インドで描きためてあった彼の絵をとても気に入ってくれて、
「技術はともかく、この発してるエネルギーは凄いね! おもしろい〜〜〜 うちで個展をやりましょう。」
と言ってくださって、今回の運びになったんです。」
「アキードさんは、普段は何をされているんですか?」
「そのぉ。。。。古い家を買ったものですから、補修しながら家作り、畑、時々いい感じで、バイトのお話がきたり〜〜〜」
も〜〜〜〜私、しどろもどろ。。。。
あまりに現状が、地味。。。。。。
インパクトなさすぎやんか〜〜〜〜
でも、そのまま話すしかないもんね。
それでも、テレビとラジオで案内をだしてくれるんだって。
さすが宮崎! 話題があんまりないみたいで。。。。
アットホーム やわ〜〜〜
笑いながら〜 泣きながら〜 踊りながら〜 絵が起こる場所。
ペインティンググループのリーダー、ミーラが言っていた。
「一人だと、遠くまで行けない。小さな流れは途中で止まってしまう。
でも、みんなといっしょなら、
ひとり、ひとりの小さな流れがひとつになって、エネルギーをプールして大きな流れになって。。。
遠くまで行ける。 いっしょに海へたどりつくことができる。」
そんなエネルギーの中で描かれた絵
「みんなといっしょじゃなかったら、描けなかった絵だな。。。。」
ぽつり、アキちゃん。
なんとなく。。。。。。。。わかる気がする。
その人のことが、すっごく好きでも、一緒には暮らせないな。。。。。。とか、
めちゃ好きな絵でも、部屋に置くには、ちょっと〜〜〜疲れちゃうかも。。。。。。とかね。
「楽しい〜 」とか 「楽らく〜 」って、そのまま〜ありのまま〜ふつうの〜ほんわか〜日常の温度を感じる。
* 「君のことが好きだっ!」
って言れるより
* 「君といっしょにいると、楽しいなあ〜〜〜」
っ言われた方がうれしい、つうか。。。。。気持ちが楽な感じがしない?
上の言葉は、矢印が相手、私の方に向かっていて
下の言葉は、矢印が本人、その人の感覚にいる。
矢印が、まず自分自身に、自分の感覚に向けている人って、安心感がある。
それにしても、こんな言葉、ひさしく言われていないな〜〜〜
こんなことばっかり言ってる菓子等〜*
あらら〜〜この変換いいじゃんね〜*
も〜〜〜〜御菓子等つけちゃう!
* * *
今朝、アミーナの日記を読ませてもらって、小林正観さんの講演レポートに、ハッとしました。
あなたは、どう思う? *
* *
「この世が平和になりますように、この世から戦争がなくなりますように」と。
でも実は修道会の人たちは神を信じていないのではないか。
つまり戦争さえも平和さえも争うことも戦うことも、もしかすると全部神の承諾を得ているのではないか。
本当に神を信じる人は、そこまでいくのではないか。
神が承諾をして戦争が起きているのであれば、修道会の人たちはそれをも肯定して生きることが、
ほんとに神にお仕えするということではないか。
だから、神は全てを許し給うということでお祈りをして、空に向って
「神よ、ありがとう」と言うのであれば少しは理解できるが、
「平和は許せるけれど戦争は許せない」というのであれば、それはちょっと違うのではないか。
修道会の人たちは本当に神と対話していないのではないか。
戦争も犯罪も全て神の承諾を得て起きているのではないか。
人間が正しく生きるためには、正しくない生き方を誰かが見せてくれないと、
正しく生きるということがどういうことかわからない。
平和という概念が我々に理解されるためには、戦争や争いという現象がなければならない。
平和という概念を理解するためには、平和じゃないことが存在するということが、絶対的な条件。
神は平和という現象を見せるために、平和じゃないことを目の前に見せ付けているのではないか。
神には良い悪いはない。感情がない。
犯罪や戦争がいけないというようには思えない。
疫病の反対には健康という概念がある。
だから私たちは、疫病と健康とどちらの状況が自分にとって好ましいかと聞かれたら、
健康のほうが好ましいと答えると思う。
争いごとと平和とどちらが好きかと聞かれたら、
自分は平和のほうが好きだと答えるのは自分の趣味でいいとしても、
世の中に戦争がなくなるべきだという話になると、それは神の領域に踏み込んでいるのではないか。
*〜心に残ったコメント〜*
神様の与えてくださることに
「ありがとうございます。甘えさせていただきます」と言ってお任せにしてしまった方が
おもしろい人生になりそうな気がします 。
何がいいとか、悪いとか
世の中の現象を論評するのは辞めて、
自分が楽しく喜ばれることだけを考えていこうかなと思いました。
*
* 私も、そうするるるぅ〜〜〜*
私達って、お天気にまで、良い、悪いをつけてるよね。
それっておかしいよね?
雨 曇り 台風 どれも必要なのに。。。
「お天気、悪いね。」って、ついつい言ってしまう。
神の領域にまで頭を使ってるなんて、
無駄っていうか、信頼していないというか、
もったいない!
あたわった自分の資源を宝物を生かすこと、
輝かせることだけ考えよう。