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新しい一年がはじまったね。
今年は、十二支も始まりの年だね。
そうそう、わたし年女よ。
数秘でも、9年周期の始まりの年。
そして今日は新月。( pm8:37から新月入りです。)
一年のスタートに、
今いち度、目を閉じて心を静めて
自分に聞いてみよう。
ほんとうに、したいことは何?
ほしいものは、何?
今逢いたい人は、誰?
体は、何をしたがってる?
何か新しいことにチャレンジするのも、
今までずっと心にあたためていたことを始めるにも、
何をするにも、やっぱテーマ情熱よね!
今したいこと!
珍しく、クリアー、はっきりしてるの。
それは。。。。。。。
年賀状を書くこと!
20枚買ったのに、まだ一枚も書いていないの。
今、年賀状の裏を見たら、抽選日が、1月27日になってたよ。
あれ〜〜15日だったよね?
27日なんて、忘れそう〜〜〜
もしかしたら
私みたいな人、けっこういるからかな〜〜〜
でも、きっと、こういう人達が、世の中を風通し良くさせるちゅうか、
ふわっと、ゆるませるのよね〜〜〜(願望)
まぁまぁ〜それはさておき、今年も自我自賛で、
お茶とお菓子も持参して、外へでかけませう〜〜〜*
今年もよろしく!
アキちゃんが、今月の23日からインドに行くことになった。
決め手は、親指のケガ。
個展以来、彼の絵に対する眠っていた情熱が、目ざめてきて、
「もう一度、インドで絵を描きたい。」
プーナへの想いを心にあたためていたみたいなの。
でも、今回のケガで右手の親指を5針ぐらい縫って、
さらに骨にひびが入っていたらしく、抜糸の後はギブスだと言われてしまって。。。。。。。
だからアキちゃん、プーナ行きはてっきり諦めたと思っていたら〜〜〜
「このケガのおかげで、決心がついた。
家に居たらやりたいことはいっぱいある。
でもこの手じゃ、家の修理や力仕事はできない。
だけど絵なら描ける。
右手で描けなかったら、左手で描く。
2月からのミーラのペインティンググループに行ってくるから。留守番たのむよ。」
なんてポジティブ!
結局、回復が順調でギブスはしなくてもいいことになり、キャンセル待ちのチケットも昨日取れた。
キッパリ! クリアーでまっすぐな思いが、体を状況までも整えていくんだね。
それにしてもアキちゃん、右手にケガをしても、私より手早くて器用だわ〜〜〜
感心ばかりしてないで、君も手を動かしなさいよっ!
そうそう〜これじゃあますます差がついちゃうわね〜〜〜
そして、私にとってもチャレンジ。
めっちゃ風通しのよいこの家に、私とゴロー
宮崎だって、冬は寒いからね。
まずは、薪ストーブ。
薪あつめも、火を起こすのも、すっかりおまかせだったから。
スクーターも、右折ができるようにがんばろう!
アキちゃんがいないと、ライフスタイルがすっかり変わる。
一日一食にしよう!
お茶とおやつは、欠かさないけどね〜〜〜*
家事、ご飯したく中心の生活から、自分のリズム中心の生活。
本読んだり、手紙書いたり、踊ったり〜 わくわく〜〜〜
アキちゃんがいても、できそうなもんなんだけどね。。。。
なんで、できないんだろう???
まぁ〜まぁ〜〜〜
今ここ。
私も、家に居ながら、旅気分で暮らそう〜〜〜*
*〜ココロもカラダも、日光浴〜*
リゾート宮崎しちゃお〜〜〜*
それは、細胞が くつろぐ〜*
よろこぶ〜*
ひろがる〜*
活性化する〜*
シュワ〜シュワ〜〜〜*
シャンペンみたいにはじけるの〜*
*
*
*
それを感じる力を育もう。
感じることに、もっともっと時間を与えてあげよう。
これは、かに座のキーワードなんだって。
そっか〜〜〜
やっぱり。
そうだったんだ。
ほんと私の場合、それしかないみたい。
それだけで、生きていける?
私の中に
「自分の感覚を信頼したい。従いたい。それを生きたい。
たとえ間違っていても。。。。。。」
そんな思いがますます強くなってる。
これが 仏陀の辞世の言葉だった。
「汝自身の光となれ」
あなた自身の光に従いなさい。
今、決断の時。
決断って、あたしの感じゃないな。。。。。
ただ、ただ従えばいいんだ。
自分の中に起こっていることを信頼して。
勇気じゃなく信頼だ。
頼れる人がいて 安全な生活が確保され
自分に頼る必要がない
だが、便利な人生というのは、至福の生ではない
そうしたら、あなたは喜びをのがしてしまう
なぜなら、喜びというのは
あなたが危険を犯して生きてはじめて可能になるものだからだ
私が「危なっかしく生きろ」というのは
それがいかに高くつこうと、
自分自身に従って生きろということだ
何が危うくなろうと
自分自身の意識に従って
自分自身のハートと感覚に従って生きるのだ
たとえ
いっさいの安全が、安楽と便利が失われたとしても
あなたは幸福でいることができる
なぜならば
あなたには あるひとつの豊かさ
物の豊かさではなく 意識の豊かさがあるからだ
それは一種の磁力になるだろう。
何であれ自分がやりたいこと
自分が大好きなことをやって
けっして人に認められようなどとは考えないことだ
それは乞食のやることだ
どうして人から承認を求める必要がある?
どうして人に受け入れられなければならない?
全面的な自由のなかで
自らの足で立って
自らの源泉を汲み上げて生きる<個>として在ることが
人間をほんとうに中心の据わった
大地に根ずいた存在にする
それこそがその人間の究極の開花のはじまりだ
和尚
自己を操作しているのは
「ひらめき」 か 「記憶」 です。
記憶か ひらめきのどちらか一方のみが、
毎瞬ごとの潜在意識に命令できることになっています。
自己の魂は、どちらか一方の指示にしか従えないため、
たいてい記憶のトゲに従ってしまいます。
ひらめきに従えばバラ色なのに。
*
*
*
なるほどね。。。
めっちゃシンプル!
やっぱり〜〜〜ラ・ビアン・ローズ いいな。
そうしよう〜*
そうしようね〜〜〜*
ひらめいて〜*
ときめいて〜*
*
*〜 JOY の 道 〜*
★ 静かなポイントをみつけ、自分の道を進み続けてください。
あなたが「したい」と望むことをはっきりとさせ
あなたの人生にもたらしたいもののフィーリングを感じてください。
その感覚は、あなたのハートから出てきています。
そしてそれは…言わば、あなたの前に光の通り道を舗装しているかのようです。
実際、あなたがたが創っているものは、本当にこのためのものです。
あなたに最も多くの喜びをあなたにもたらす〜
あなたのハートのゆく道…
あなたが辿る経路を今、あなたがたは創っているのです。
今月の終わりに向かっていくと、あなたの小船はエネルギーを上げ始め、
あなたは以前よりずっと高いところへと連れて行かれます。
そのときには深呼吸をして笑い、「わぉっ♪」と言ってください。
あなたにとってあるべき〜最も調和した・有益なところへと、
あなたを連れて行く宇宙を…
聖なる導きを信頼していてください。
ソウルトランジッションより
*
*
* 今から わぉっ♪ わぉ〜〜〜っ♪
今朝、ふとナダブラーマをかけてみた。
本当は瞑想のためのCDなんだけど、
BGMで流していると、部屋にチベットの鐘が、しずかに深くこだまして、
空間が浄化されてゆくような、
私も体の隅にのこっていた緊張がゆるんでいくようで、
「あ〜〜〜これからあけてゆくんだな〜〜〜」って感じたの。
アキちゃんの出発直前だったけど、
彼は無事インドへ行き、
私も、ちょっと頭をホント軽く、コツン〜とうったぐらいで
それでも念のため病院で検査してもらって
「禅スティックだったのかしら〜〜〜」
なんて余裕があったんだけど。。。。。。
その後、どうも体調が思わしくなくって、
テルミ−してもらったり、鍼をうってもらったり、
ゆっくり〜ゆっくり〜
最低限のエナジーで暮らしてる感じだったの。
冬眠のような。。。
雨季のような。。
そして今
朝がやってくるように、
春がやってくるように、
私の中にも、新しい季節がやってきたみたい〜〜〜*
そして今朝、祝辞をいただきました。
勝手にいただいてきちゃったんだけどね〜
* * *
ふたつの手を重ね合わせるのは
何かを願い祈るというよりも
こころ ひとつに 合わせることだと
なにか外側の存在に向かってと言うよりも
内側へと
ハートの奥 深くに つながることだったのだと
今日 目覚めて そう思う
きっと
すべてのものと
繋がれる場所
幾生も 生まれてはこうやって
手を合わせつづけてきたんだろう って思う。。
* * *
彼女の言葉が、とびっきりの朝ごはんになった。
そして、ゆっくり〜部屋をかたづけながら、
時おり立ち止まり、手を合わせたみた。
胸の前の真ん中で。
スーーーー。
カチッ。
自分の中のバラバラ〜と、散らかったものが、
いっきにまとまって、統合されてゆく。
内側が、静まってゆく。
背骨がクリスタルになる。
びっくり。。。。。。
「胸の前で手を合わせる。」
このシンプルな姿勢。
あまりにも当たり前すぎて、身近すぎて、気づかなかった。
私は、アゴとか、口の前で両手を合わせることが、多いと思う。
本当は、胸の前で合わせたいんだけど。。。。。。照れがあるのかな?
手を合わすしかなかった。
思うわず、手を合わせていた。
「手を合わす」って、
何か特別な場面とか、お墓やお仏壇の前とかだけじゃーーーもったいない気がした。
日常の中に、
何かあっても、
何もなくても、
もっともっと、「手を合わせて」
暮らしてゆきたいって思った。
生きてゆきたい。
「手を合わせる。」
人間の究極の姿かもしれない。
一番、うつくしい姿なのかもしれない。
もしかしたら。。。。。
究極なものと、美しいものとつながることができる、流れだす、儀式のような姿なのかもしれない。
手が不自由な時だって、大丈夫 !
だって今、わたし手を合わせていなくても、
思うだけで、
こうして書いてるだけで、
私の中から、いっぱい、いっぱい溢れてくる。
こみあげてくる。
* * *
涙がとまらない。
今までいったい何回、手を合わせてきたのだろう。
あたり前に
何気なく
思わず
でも今回は、いつもとちがう。
胸の前の真ん中で 、
手を合わせる。
肘の角度をきめる。
ナダブラーマのおかげで、まるでチベットの寺院にいるような空気の中
さりまからの、いだだきもの
これは朝ごはん なんかじゃなくて
永遠のたべもの をいただいたような
これさえあれば、生きていけるような
こんな風に感じられるのは、
いろんな要素が絶妙に重なり合ったからなのかもしれないけど。。。。。
しっかり味わおう。
* *
* 全文をのせさせてください *
さりまの気づきが、私にまで飛び火したみたい。
書いてくれて 分かち合ってくれて
ほんとにありがとう。
観音さま。。。
そう囁いて手を合わせる
新しい一日を
その細やかな振動に包まれて
目を覚ます
昨夜 眠りに就くときからも
眠りに就いてからもたぶん
きっと人が愛と呼ぶ この振動に
こうして包まれて
守られていたんだろう。。
この頃 観音さまを 感じる
近くに・・っていうのとも違う
心の中に住んでいる・・というのもちょっと違う 言葉を探すなら
ひ と つ こ こ ろ
・・・ひとつこころのものなれば・・・
この
途切れることのない
途切れたことのない
細やかな潮流に揺られ
子守唄のように胸を撫でられ
圧倒されて
わたしはただ
手を合わせるしか知らない
ひとりでに涙がこぼれるのを
そのままにするしか知らない
胸の前の真ん中で
ふたつの手を重ね合わせるのは
何かを願い祈るというよりも
こころ ひとつに 合わせることだと
なにか外側の存在に向かってと言うよりも
内側へと
ハートの奥 深くに つながることだったのだと
今日 目覚めて そう思う
きっと
すべてのものと
繋がれる場所
幾生も 生まれてはこうやって
手を合わせつづけてきたんだろう って思う。。