第16話 星野ミチオさんの「旅する木」



もうひとつの時間

 彼のエッセー写真集「旅する木」を読んで感動しました。
彼はアラスカにあこがれ、アラスカに住んで、アラスカの人たちとかかわりながら、淡々と生活してきた人なんだよね。彼の文章を読んで、「こんなステキな人がいたんだと嬉しくなった。

 彼はよくこういうことを言う…

 普通、私たちが日常過ごしている時間と、「もうひとつ」の時間が流れている…

 それは自然のリズムにそった悠久の流れ、宇宙の流れ…そういうものを大自然のなかで感じることができたんだって。一度、その悠久の時を知る  と、人生の質がまったく違ってしまうと星野さんは言っていた。

 自分たちがこんなに大きな宇宙の、自然の流れのひとつであるというところに戻ると、すべてのことが神性で…。その上に、私たちの日常の時間 がある。いろんなことで泣いたり、笑ったり、そういう日常の時間がある。
 それを精神世界の言葉をひとつも使わないで、淡々とした普通の生活のなかで、悠久の流れ、宇宙、神様…を感じながら生きている人なんだよね。

普通の生活のなかに神聖なものが隠されている

 普通の生活のなかに神聖なものが隠されている、流れている--そのことを感じながらともに生きる人。それを知ってほしくて、星野さんは写真を撮り、あるいはアラスカの旅を普通の人としている。

アラスカではすべてが命がけ

 でも、40歳なかばで、熊に襲われて死んでしまった--。
 彼はこんなことを書いていた。彼はすごく危険な場所でキャンプしていたんだけど、熊に襲われるかもしれないという思いを抱きながら眠ることの素晴らしさ--というようなことが書いてあるの。いつも死が身近なんだよね。

 アラスカの人たちは、鯨も命がけで捕る。そして、捕った鯨の肉を食べるときに、祈りを捧げる--生きているものから命をいただいて、私たちがそれをいただいて生きます--とても神聖な感じがして--。必要な分だけいただきます。あなたの命を私に取りいれて、生かさせてもらいますという感じが伝わってきて、ちょっと戒められた思いがした。

 私はインドで菜食をしているけど、だからといってお肉を食べるのがいけないということでなくて、私たちの意識--感謝して、祈りをささげて、食べさせてもらう--そんなことが、彼のエッセーに書かれていた。

熊になった星野さんは、いまでも彼の写真集を通じて、みんなを勇気付けてくれている

 星野さんは、アラスカの大学の研究科に入りたくて、試験を受けたら、英語の成績が30点たりなかたんだって。だから、もう一年勉強して待たなくてはいけない。そのとき、彼は、「僕は一年待っていられない。本当に自然を学びたくってたまらなくて、アラスカに住みたくてたまらなくて、情熱もあるのに、たかが30点のために一年を棒に振りたくない!」と大学の学長さんにかけあったら、合格になったんだって。そうして、アラスカの大学で、アラスカの自然を学びながら生活していた。

そして、彼は熊に襲われた。

彼の友人が、それは彼にとって幸せなことだったのかもしれないと言っていた。

「熊になった星野さん--」

星野さんが亡くなってから、何年かたって、私が彼の本を読んで、彼の言葉が私を勇気づけて励ましてくれる--彼の本を読み終わったときに、私 は生きる力をもらった気がするの。彼が亡くなっても、彼の本や写真集が残っていて、そういうものから勇気付けられている人って、たくさんいると思う。


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