見晴らしプロジェクトA

今晩は、pari です。


Akaam、ありがとう。

>『Wombat 見晴らしプロジェクト』の青写真(企画)を
>ワクワクしながら読ませてもらいました。
>Paritoshoの最良部分が出ているな、と感心しました。
>潜在的なものも含め莫大なエナジーが伝わりました。

そう言ってもらえると、嬉しいです。

>たいへんよくわかりました。自分との認識の共通性や
>興味の方向性に関しては、大いに共感も覚えました。
>密閉された地球ルームに大きな煙突を設けることで、
>気流が生じ、天窓に衆目がはじめて気づくという、ピク
>チャーが我がマインドに浮かびました。

ああ、それはいい。

>たったいま一読したばかりなんで、取り急ぎ、これだけ
>お知らせするということで。

ええ、こういう一言で力づけられます。

>これからの展開をとても愉しみにしています。
>わたしも少しでもお力になれれば、うれしいです。

ありがとう。
とにかくみなさんにその気になってもらう以外に、実現の可能性なんて 皆無なんで、よろしくお願いします。m(_ _)m


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ええと、『Wombat 見晴らしプロジェクト』って、ものすごくひらたい 言い方でいえば、要するに、われわれ全員(たとえば、今このメール を読んでくださっているあなたを含めた何人かの方のことだと思って ください)が個々に持っている“関心”“情報”という「宝」を、 一点に“集中・集積”して一目瞭然の手軽さで“検索”して、取り出 せるようにするための「枠組み」を獲得しようよ、ってことなんです。

ただ、そのときに、いつでも『全体』が意識されるような「仕掛け」を 作りたいな、ということです。

普通、人類の“あらゆる関心”を網羅するような「インデックス」なん て、英語なら「アルファベット順」とか日本語なら「五十音順」みたい に、言語の外形的な枠組みに頼らざるをえないと思います。

でも、それでは“個々の事象”や“個々の情報”の相関関係はまったく 見えなくなってしまいます。(その意味では、すごく“ニュートラル” で“客観的”なわけだけど。)

でも、ビデオショップだって、全部のビデオを「五十音順」で並べてい る棚って、見てもあまり面白くないですよね。小さいビデオショップな らそれもできるけど、ある程度大きなビデオショップともなれば、全部 のビデオをタイトルの「五十音順」だけで並べている店はないと思う。

やっぱり、「名作ドラマ」だとか「アクション」だとか、「ホラー」だ とかって、“分野”で分けた棚に並べていると思います。(あるいは、 「TSUTAYA」みたいな空間に余裕のある店では、両建ての棚揃えをやる こともあるけど。)

この分類って、何なんだろうと思うと、ひとつには、お客さんが自分の 興味のあるビデオを並べている棚にすぐに行けるように、ってことです よね。とにかく、潜在的顧客に、並べてある中で可能性のあるビデオの ところまで行ってもらわなければならない。


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本屋の棚もそうだと思います。
(最近本の話が盛り上がっているけど)、大きな本屋さんに並べてある あの膨大な量の本を売りさばくためには、いかにしてお客さんに興味の ある本の所まで辿り着いてもらえるか、は重要な工夫だと思います。

で、この意味の分類では、じつは『全体』を決めているのは“分類され る対象”の方なんです。

要するに、ビデオにしろ、書籍にしろ、ショップの方は“入荷する商品 を陳列する”というのがあまりにも当然の大前提です。
“入荷する商品”を並べる棚はないと困るけれど、“入荷しない商品” の棚なんて必要ないし、初めから存在しないわけです。

こういう分類では、『全体』は“対象”とか“商品”が決めています。 ということは、“対象”を分類する「分類枠」自体も、じつは、分類さ れる“対象”が決めている、ってことです。

いや、こんなことは、仰々しく言うまでもない、あまりにも、当たり前 のことなんですけどね。(^^;)

ただね、そうするとどういうことが起きるかというと、ビデオショップと しては、絶対に入ってこないビデオ、あるいは一年に一本くらいしか入っ てこないビデオの棚を、大事なコーナーだからって、大きく開けて待って いるわけにはいかない、ってことになるんです。

まあ、“視聴率”みたいなもんですよね。
このことが、“集合意識”のある種の“安定性”と非常に深く関わってき ます。

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いつ行っても、「紀伊国屋書店」とか「八重洲ブックセンター」の一角が がらんどうで大きく空いていたら、誰だって、「あそこは何であんなに空 いているんだ」って、気になりますよね。
現実には、そんなこと本屋の経営者が許容するはずもないわけだけど。

ただ、もしそんな本屋があって、その大きく空いたフロアの棚の隅に、何 か本が一冊置いてあったら、いったいどんな本なのか、気になるだろうと 思います。

もし誰かがその棚の所に行って、その本を手に取って開けてみたら、そこ に書いてある内容(コンテンツ)の質と、そのがらんどうのフロアの大き さの意味に思い当たって、彼の頭の中で何かが弾けるかもしれません。

ところが、現実にはそんなことは起こりえないので、たぶん、その同じ本 は、内容にふさわしい独自の大きなフロアを確保することができないでし ょう。

場合によったら、他のたくさんの賑やかな本に挟まれて、短い“顔見せ” で一生を終えるかもしれません。

ま、こういうことは、“集合意識”を護るための一種“免疫系”の働きみ たいなもんだろうから、それはそれで“役割”のあることなんだろうけど、 ただ、今は滅多にない大きなサイクルの変わり目、“集合意識”の変容の ときだから、この“免疫系”の働きを大きく揺さぶって、“間口”を広げ る必要があるんですよね。


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ちょっと脱線したけど、「分類枠」の話でした。(^^;)

で、実質的には、分類される対象の“物量”が決定している従来の 「分類枠」では、“集合意識”の変容を起動することなど原理的に 不可能だ、ということについては納得していただけると思います。

今、人類は(なんて、すぐ大袈裟な言葉を使いたがるんだよね (*^_^*)) 新しい情報を容れるための“新しい革袋(つまり新しい「分類枠」)”を 必要としているんです。

この ML に限っても、たとえば、数日前にマハが(Wombat-living で) 知らせてくれた、浜岡原発の製造に関わった技術者、平井さんの情報
http://genpatsu_shinsai.tripod.co.jp/hirai/pageall.html
を読めば、われわれが使っている電力の一部は、人を騙して“死刑”に しながらでなければ供給不可能な電力だということが分かりますよね。

別にわれわれは、「人を“死刑”にしながらでなければ供給不可能である ような電力をも必要としている」と“合意”しているわけではないので、 こういう情報がちゃんと見えるようになっていれば、いろんな問題は、 その“見晴らし”だけで、すぐに社会的コンセンサスという結論にまで 到達できる可能性があるのです。

だって、そんな“漸進的死刑現場”で働きたいという人がいなくなるで しょうから。(ちゃんとその事実が社会的常識になってさえいれば。)

それには、誰もが簡単にアクセスできて、望む人には、一分でその目的 の情報まで辿り着けるような“場所”がありさえすればいいわけです。

要するに、マハが平井さんの情報(の URL)を送る先が、一過性のこの ML ではなく、ちゃんと集積できる“場所”でありさえすればいいわけ です。

今、“地球人類”(^^;) はそういう根拠のある情報を必要としているの で、そういうものがあれば、間違いなく、早晩、社会的にも認知される ようになります。

どこに行けばそういう情報を知ることができるのか、が分からないばか りに、そういう情報への潜在的要求そのものが不完全燃焼して消えてい き、また一方では、どこに持っていけばそういう重要な情報を広く人に 知らせることができるのか、がわからないばかりに、いたずらに、そう いう情報がばらばらな個人情報として死蔵されているわけです。

もちろん、特定の問題に強い関心を持った個々人は、その目的の情報 まで到達できるでしょう。しかし、それだけでは、なかなか社会的な 圧力となって“集合意識”を動かすまでには至らない。

だから、どこかの国では「景気回復」こそが最大の政治課題だと思って いるわけだし、東京電力は原爆開発の、もとえ、原発開発の必要性を、 まだ訴えることができるわけですから。


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あるいは、サイバー空間には、もっともっと今の日本の情報空間に露出し にくい情報もあります。

たとえば、先日、nadam が送ってくれた「911事件のペンタゴン航空機突入 はウソ」といった類の情報です。
http://oyako-donburi.cool.ne.jp/fireworks4/main_pages_sub/oumunoseiriseiton_

もし、911 事件はブッシュとオサマビンラディンとイスラエルが協同演出 した世論操作のための“芝居”だった、なんてことになれば……。

いや、それが事実だと言っているんじゃありませんよ。そういう“情報” もちゃんと“情報”として提示できる「枠組み」あれば、ということを 言っているんです。

地球の人口問題の解決方法として AIDS 菌を開発・製造して“ホモセクシ ャル”と黒人に選択的に注射することを決めた国連の WHO(世界保健機構 (@_@)) について命を懸けて報告している「ストレッカー・メモ」。
http://www.thule.org/strecker.html

そういう情報を持っている人、そういう情報にアクセスしている人はじつ は、たくさんいるでしょう。またそういう情報は、もう既に地上にたくさ んのサイトとして存在しているはずです。

ちょっと考えてみてください。
単なる“デマ”を流すために、命がけで(ストレッカー博士のお兄さんは 殺害されているそうです)サイトまで作成してそんな情報を流すでしょう か……。

ただ、こういう情報は、現地球文明の“免疫系”には抵触するので、大き な話題になる前に消されてしまうんですよね。

それは、そういう情報が、あまりにも地上の常識と異なるものだから、そ の情報コンテンツの質にふさわしい掲示空間が、現在のサイバー空間内に “衆知された常設の場所”として存在しないからです。

しかし、そのためのインフラは既に既定の事実としてこの地上に存在して います。言わずと知れた、インターネット空間です。

しかも、広く衆知されることを待っている個々の情報コンテンツ自体も、 そのサイバー空間内に既に存在しているのです。

まだ存在しないのは、それを衆知させるための“一般に認知された常設の 場所”だけなのです。

別に、いわゆる“いかがわしい情報”だけを集めた情報サイトを創ろうと 言っているのではありません。

既に認知された地上の現代科学の最先端情報も、最先端の農業技術情報も、 地球生態系の本当の現実も、代替医療情報も、地上の富の偏在の現状も、 新しい教育の在り方も、あらゆる地球世界に関わる情報を、一切の“タブー” なしに、ただ、情報として、バランスよく分類・掲示できる場所を創ろうと いうだけです。

その情報内容が“真実”かどうかの判定は、情報検索主体である個々人の 判断に任せようではありませんか。

用意しなければならないのは、ただ、個々の「情報コンテンツ」自体が持つ 固有のエネルギーを感知して、その内容にふさわしい認知が受けられるよう に“検索可能な位置”に掲示する“常設の場所”だけです。

しかし、お察しのように、これはきわめて“主観的な”作業です。


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ちょっと考えてもみてください。
いま、コンピュータ上で代表的な「情報インデックス」といったら、 Yahoo! かもしれません。

そのトップページのレイアウトは次のようなものです。
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Yahoo! JAPAN

芸術と人文              メディアとニュース
写真, 建築, 美術館, 歴史, 文学 ...  テレビ, ラジオ, 新聞, 雑誌 ...

ビジネスと経済            趣味とスポーツ
ショッピング, B2B, 雇用, 金融, ...  アウトドア, ゲーム, 車...

コンピュータとインターネット     各種資料と情報源 
ハードウェア, ソフトウェア, WWW ... 図書館, 辞書, 郵便, 電話番号 ...

教育                 地域情報

大学, 専門学校, 小中高, 資格 ...   日本の地方, 世界の国 ...

エンターテインメント         自然科学と技術
映画, 音楽, 芸能人, クール, 懸賞 ... 動物, エコロジー, 地球, 天文, 工学 ...

政治                 社会科学
政治, 行政, 国会, 法 ... 経済学, 社会学, 言語, 政治学 ...

健康と医学 生活と文化
病院, 病気, ダイエット ... 子ども, 環境, グルメ, 障害者 ...
トピックス
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もちろん、統計的・経験的に充分考え尽くされているでしょうし、十分に 有効に機能しているのだから、けっして、悪いレイアウトというわけでは ないでしょう。
しかし、ここでさっきの原発技術者、平井さんの情報が見つかるでしょう か。確言はできないけれども、たぶん、見つからないでしょう。

「ストレッカー・メモ」はどうでしょうか……。

われわれ日本人は、けっして、北朝鮮や中国の“情報封鎖”を嗤うことは できないようです。

“情報封鎖”云々は、けっして飛び交う情報量の多寡によって測ることは、 できないからです。


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代表的なサイト・インデックスの「Yahoo! JAPAN」を見て分かることは、 『Wombat 見晴らしプロジェクト』の目指すものは、情報の“量的網羅性” ではないということです。

国民の大多数が「景気回復」こそが最緊急課題だと思いこんでいる世界で、 情報の“量的網羅性”を目指せば、「Yahoo! JAPAN」となって実現するこ とは間違いないでしょう。

そんなことは、「Yahoo! JAPAN」が既に実現しているわけだし、またわれ われが意図しても、たぶん「Yahoo! JAPAN」には敵わないでしょう。

『Wombat 見晴らしプロジェクト』が目指すのは、先ほどの喩えで言うなら、 あの“がらんどうのフロア”を持つ贅沢な本屋です。

あの“がらんどうのフロア”は、現実の本屋さんには不可能な“贅沢”で あり、許容しがたい“非効率性”でしょう。

しかし、ありがたいことに、サイバー空間ではあの“がらんどうのフロア” にはコストがありません。たんなる、仮想空間での「レイアウト」の問題 に過ぎないからです。

そして、それが“非効率的”であるか“効率的”であるかについては、まあ、 歴史の判定に待ちましょうか。(^^;)

ただ、『Wombat 見晴らしプロジェクト』は“がらんどうのフロア”を持つ “贅沢”な本屋を目指すとして、しかし、そうなると、別の問題が生じてく るでしょう。

いったい、その書棚は何を基準にして用意するのか、ということです。 何を基準にその「分類枠」を作成するのか、ということです。

もちろん、この“地球次元”に気配も現さないような「情報」のために“書棚” を用意することは、原理的に不可能でしょう。

しかし、ここもそれほど捨てたものではなく、特に近年は、かなりの情報が 降り注いでいるようです。ただ、われわれ地球人の側に、“恐がりもせず”、 “馬鹿にもしない”態度が不足しているだけだと思います。

そういう、“片鱗”の情報から、「群盲、像をなでる」ような態度で、全体像 をイメージしてみるのも、まんざら無駄ではないかもしれません。

この次は、そんなふうに仮想された「分類枠」について書きたいと思います。

(今回は、ふとした書き出しの勢いで、自分でも思いがけない内容を書いてし  まいました。(^^;) )


Love    pari

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