| 見晴らしプロジェクトD |
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今晩は、Yoshiro。 >以上の内容を抽出すると、この辺の言葉がもっともフィットするかな >というところだったわけです。 > >●12時の円:「降り注ぐ愛」・・・・・「宇宙」・・「コズミック」 >● 2時の円:「見晴らしへの愛」・・・「複眼」・・「ウオッチャー」 >● 4時の円:「枠組みへの愛」・・・・「見識」・・「パブリック」 >● 6時の円:「立ち昇る愛」・・・・・「創芽」・・「クリエイティブ」 >● 8時の円:「拘りへの愛」・・・・・「実写」・・「リアル」 >●10時の円:「融合への愛」・・・・・「融合」・・「ユニティ」 > >意味から入ると、この辺に落ち着きますが、 >そのコンセプトを知らずに初めて訪れる人には、確かに難しいですね。 >で、もっとやさしい、わかりやすい言葉に置き換えていくと、 >最初の意味合いがどんどん薄れていきますが・・・ >どんなもんでしょうかね。 6つの領域の「イメージ」というか「概念」は、自分では非常にはっきりしている んですが、人に伝えるとなると、結構難しいですよね。 >一層目の6点が多少難しくてクセがあっても、 >イメージが勝手に広がる方がいいのでは。 >二層目をより具体的なインデックスにして、 >3層目がURLへのリンクにすれば・・・ 将来どれくらいデータベースの“規模”が大きくなるかによっても 違ってくると思うけど、最初のうちは、3層目まで行かないんじゃ ないか、と思うんですがね。そんなに集まるかしら。 なんとなくの最初のイメージでは、1層目はぼんやりした6つの円閾 に、せいぜい各20以内の“トピック”かな、と思っていました。 そうしたら、もう2層目は、具体的な URL を配置するのかな、と。 なんとなく、1層目の「見出し項目」をテーマ中心に考えていたんで しょうね。 >それから、これはpariさんへの質問ですが、 > >←左側 アストラル(女性性) 右側 メンタル(男性性)→ > >ということであれば、内容的に >● 2時の円:「見晴らしへの愛」・・・「複眼」・・「ウオッチャー」 > と >● 8時の円:「拘りへの愛」・・・・・「実写」・・「リアル」 >を入れ替えた方がいいのでは・・・ >検討してみてください。 ええと、Yoshiro が言うイメージがまだよく分かっていないのだけれど、 わたしの中では、6つの円閾はかなりはっきりした固有性を持っていて、 上下方向は“天と地”に向かう2つの方向というか、“濃度”とか“密 度”のスペクトルという感じです。 つまり、「パノラマ」の上半分は“制限・実体性”を手放していく方向、 下半分は“制限・実体性”に執着して、それを追求していく方向です。 だから“2時の円:「見晴らしへの愛」”は、“制限・実体性”を手放 していくための“男性的・メンタル体的手段”として「見晴らし」を求 めていく感じです。和尚が言う、“宗教は広く浅く普遍性を求めて、つ いには無に至る”みたいな。 それに対して“4時の円:「枠組みへの愛」”は“制限・実体性”を追 求するための“男性的・メンタル体的手段”として「枠組み」を追求し ていく感じです。和尚が言う、“科学は狭く深く物質の実体性を求めて、 ついには無に至る”みたいな。 そして、左側も上下のスペクトルは同じことです。 だから下側の“8時の円;「拘りへの愛」”は、“制限・実体性”を追 求するための“女性的・アストラル体的手段”として今の自分の「役柄」 そのものに執着する感じです。 「枠組みへの愛」と「拘りへの愛」との違いは、“男の嫉妬”と“女の 嫉妬”の違いみたいな感じ、と言ったらわかりやすいかな。(*^_^*) それに対して“10時の円:「融合への愛」”は、“制限・実体性”を 手放すための“女性的・アストラル体的手段”としてただ<全体>に対 して自らを開き、自らを解いて、<全体>の中に融合して行く、という 感じです。 左右の両側はそういう感じなんだけれど、上下の両端はちょっとイメー ジが違っていて、“制限・実体性”を手放した極み、希薄さの極みでは 次元の“穴”みたいのがあって、そこから“制限・実体性”に憧れてい る何者かが、あるいは“手を差し伸べようとする何者か”が、降りてく ると。 それに対して、“制限・実体性”を追求した極み、濃密の極みには台風 の目みたいなスポットがあって、フッと何も考えないでただ直感で繋が るみたいな、純粋な憧れがそのまま許容されるみたいなことが起こる、 と。ま、ある種の“エンライトンメント”とかね。(*^_^*) ま、元のイメージは、そんな感じなんですけどね。 Love pari |
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