シーポヨ絵なし日記・ときどき絵日記



覚えていますか?
初めてこの地球にたどり着いた時の事。

青く輝く地球に照らされて、
地上のどんなダイヤモンドよりも
美しく光輝いていた あなたの 姿を

Remember that you are beautiful.

You are the beauty.
You are the joy.
You are the creativity.
ロータス・パラダイス - 新しい存在の開花

ありがとう (はぁと)。
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2003-01-19

17、18、19ってアシュラムにいたの

本とは17、18だけのつもりだったら、19日はちゃんとセレブレーションをするというので、三日続けて行って来た。三日とも夜にはパーティもあった。11時で終わるんじゃなくて、1時半に出るときにはまだ続いてた。

今日のは、わらっちゃったけど、『カラオケ パーティ』なの、みんなステージの上で観客が300人くらいはいる前で歌ってた。あはは。そのあと、ディスコの予定だったけど、11時半に眠いので帰って来た。

和尚ゲストハウス(ぞくぞく編)

を、17日18日に遡って後で書きます。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

Mintia [セトゥさんのしゃしん 見た。 サドゥだった。 ]

Galina [My hat is off to your asttue command over this topic-bravo..]


2004-01-19

オショウのマハパリニルヴァーナの日

っていったらいいのかな? 肉体をもっているうちにマハパリに入っていたってきもしないでもないから、肉体を離れた日って言ったら方がいいかな?

瞑想リゾートにいって来たよ。スゴクいっぱい遊んで来た。っていうか、考えてみると、まあ、瞑想をいっぱいして来たが。「君、今は瞑想をしていないのか?」って突っ込みはご遠慮を。まあ、ストレッチングを肉体的にも、感情的にもスピリチュアルにもしてきたよ。

クンダリーニは元気になる。そのあと気持がよかったので、ブッダホール(ブッダグローブ)でお茶を飲みながら座って良い感じ。ホワイトローブも良い感じ。良い感じついでに、夜もサマディーで座って来た。さまでぃのあとポーディアム(和尚が座って話していた場所)でたたずんで落ち着いたところで、プラザのパーティに言った。まあ、テクノっぽいのばっかりでどうしようかなぁとか思っているうちについ乗っていっぱい踊って来た。

体に踊らせて、楽しく見ていた。僕が邪魔をしない方が、体は上手に気持良く踊れるの。あ、今の良い感じだからもう一度やってみようと思ってやってみてもうまく行かない。仕方が無いので体に踊らせて、さっきのが起きるのを待ってみる。うふふ。

あなたの事を愛しているのは私だけではない。覚えておきなさい。

Love

Setu


2005-01-19

[QR] QRの人格遊び

クイックリリースを使った「人格遊び」というのがある。始め方には二通りある。何しろ自分の中で動いている人格を見て行く遊び。

一つ目のやり方:人格探し

これは、単に自分の中の人格を思い付くままに書いてみる。自分が生きている上でいろいろな場面で動く人格の様なものを見付ける。あるいは、自分が持っているパターンや基準、信じている事、感情のパターンなど。

これらを、その感じを思い出して繋がりながら、その質を絵に書いたり、「私は」で始まる文章にしたりして表現してみる。そうしてその質を調べてリリースして、より洗練する作業をする。

多くの場合、病気の人格が見付かる。

でも、特に自分で抑圧している人格を調べてみると、実はそれが正常な個性だというのを見付けたりして驚く。

クリックリリースでの働きかけは同じだけど、病気の人格に働きかけると病気が直って行くし、正常な個性に向かって働きかけると勇気付けになり、その質がより強くなり結晶化する。

二つ目のやり方:今、動いたのは誰?

現実の場面で、何かを望んだり、決めたり、選んだり、行動したり、喋ったりする。

それをしたのは自分の中のどういう人格なんだろうかって調べてみる。自分は疑いもせずにいつもそうしているんだけど、本当にそれで良いんだろうか?本来の自分がそれをやっているのか?あるいは病気になっている自分がやっているのかを見てみる。

驚くのは多くの場合、病気の自分がやっているって事。

その場合、クリックリリースでリリースや結晶化の作業を行って、同じ事柄を見てみる。その質で、望むもの、決める事、選ぶ事、行動する事、話す事。

このようにして、自分の人格が問題を起こす前に、その人格をケアーして、眠っている障害を癒して、より自然な自分の個性を強める。

ポイントは誰かが正しいか悪いかを判断しない事

決ったルールはない。自分の知識でも判断しない。ペンデュラムでその意識の質を調べてみる事で、正しいか悪いかが解る。また悪いとしても、それを抑圧する事はしない。単にリリースをしてその中に抑圧されていた質を表に出して上げる。

これは非常に楽しい遊びなので、試して欲しい。

しばらくはまって、毎日毎日、自分のチェックをすることになる。


2006-01-19

はまるな危険「pya! 水玉潰し」

はまるのが危険そうなオンラインゲームを知ってしまった。こういう単純なゲームは結構はまるよなあ。

1964年のダイナミック瞑想の原型の原型

オショウの数多くの翻訳をしているソハンが翻訳した1964年の講和がmixiの彼の日記に公開されました。ダイナミック瞑想が今の原型のものが最初に公開されたのが1969年の事ですから、その5年前に行われた実験です。

この講話では、「Who am I?」を問い続けます。最初に公開されたダイナミック瞑想では、現在「フー」と言いながらジャンプする部分が、「Who am I?」と言いつづけるようになっています。

ですから、最初は「Who am I?」だけで行われて。そうしてその前後にいくつかのワークが追加されて、そうして、「Who am I?」が、「フー」の音だけになったという訳です。

また、1974年にオショウがプーナに移ったあとセラピーグループが行われるようになりました。そのときに「Who am I?」あるいは「Who is in?」を問い続ける7日間のプロセス「エンライトンメント・インテンシブ」がオショウの指導のもとに行われるようになったのは、初期の頃だと記憶しています。

また、オショウがエンライトする前の最後の質問が「Who am I?」だと聞いた憶えがあります。その後、「Who am I?」よりも「Who is in?」の方がより深くへ届くので質問を代えたって聞いた事もあります。

上のリンクはmixiのメンバーだけが見れるようになっています。僕を個人的に知っている人でmixiに参加したいひとは、招待状が必要ですのでメールアドレスを書き込んで突っ込みを入れてください。メールアドレスは僕以外に知られることはないです。

ラブ

セトゥ

オショウが肉体を離れた日

結論から言うと、何も変わってないみたいですが。単に寝室から出てこなくなったのと同じような感じか?大きな何かを失うかと思ったら、何も失わなかった。新しい話が聞けないのは残念だけど、人生の中でオショウのメッセージは伝わってくるし。

より個人的にダイレクトになったといえば、言えるかもなあ。

1988年の6月から1989年の2月末までプーナにいた。日本に行った後もプーナに帰りたくて帰りたくてしかたなかった。11月頃だったろうか?やっていたコンピュータの仕事がひと段落して、次のパートを始める少し前に。。。

猛烈にプーナに行きたくなった。

お金は貯っているし、無理を言ったら仕事をここで打ち切らせてもらえる。でもすごく無理を言わないとダメ。「知っている」と思った。この感じ。

実はそれまでにオショウを二度ミスしている。プーナ1の終わりの直前。1980年の終わり。何が何でもオショウに、初めて会いにいきたいと思った。仕事関係で迷惑をかけないと行けなくて、それで半年後に延ばした。オショウは数ヵ月後の3月に公開の場所で話すことを止めて、5月にプーナを離れた。7月に僕はプーナに行こうと思っていた。

その後、毎年夏にはオショウに1週間からひと月くらい会いに行けていたのだが。

1985年の12月だったか?ひと月以上仕事を休んで行こうかと思っていたけど、回りに迷惑をかけるのを避けて後に延ばしたら、オショウがアメリカを離れてしまった。

知っている。「無理をしたら行けるけど、対外的に無理をしなくちゃならない」。

「これで、行かなかったら、オショウがまた先に逃げてしまう」

「この先に逃げるとしたら、肉体を離れることしかない」と思った。それだけは避けなくてはならなかった。この先の後悔は不可能だ。

それで、パートナーや仕事関係に連絡をしたら、以外と寸なりと話が通ってしまった。ありがとう。

12月の10日頃に日本を離れた。3歳の子を連れて二人旅。プーナに行くまえにタイの島で2週間ほど過ごした。何度も「もしかして、プーナについたら、オショウが肉体を離れた後かもしれない」と思って、でも、そんな確証はないし、子供と二人の移動は大変なので少しのつもりが2週間ほどになった。

12月の25日頃かと思うが、プーナ入りをした。この頃のボンベイ到着からプーナ入りは大変なものだった。子づれなので国内便で移動しようと思ったら、朝7時頃に空港入りしているのに、飛行機が飛ばない。いつになるか分からないし、多分、今日は無理だろうという予測が多かったので、昼頃にチケットを払い戻してタクシーで移動に切替える。

タクシーを借り切るつもりだったが、タクシーの数がなくて乗り合いタクシーになる。

道は凸凹で山道はクニャクニャで、挙げ句の果てにタクシーのエンジントラブるで数時間の停車。いつになったらエンジンが直るのか分からず、ローカルのバスで行くことすら同乗者は考えていたが、子づれの僕は無理なので待つしかない。なるようになると子供と遊んでいたが。

やっと到着。オショウはまだ無事。毎日、出てきていると言う。別に確証のある話ではなかったので、「ああ、良かった。思い違いで」って思って、少しレイジーになったなあ。

子供は1時から2時までしか入れないので、しばらくは1時間だけアシュラムに子供と一緒に入って、後は外で暮らす。ブッダホールの裏がスンダーバンホテルで、以前泊まっていた時から、たまにお茶を庭に持ってきてもらって、裏側からのオショウの雰囲気に触れていたが。7時前後にはオショウの裏側から会いにいってました。

しばらく子供がなれてきてから、お手伝いさんを雇ってホワイトローブの間だけ子守をしてもらってホワイトローブに参加。確か毎日行っていたように思う。

不思議なのは、子供と一緒にホワイトーブの間裏側にいた最後の時に、3歳の子が、急に、月に向かって「タッター(バイバーイ)」って手を降り始めた。タイミング的に、ちょうどアシュラムの塀の向こう側をオショウがロールスロイスで通り過ぎるあたり。

僕にも手を触れって言う。あたかも空で誰かが手を降っているのを見ているかのように振る舞っていた。見ていたんだろうなあ。

1月17日のホワイトローブ。左の端の列に座ってオショウを見送る。この日は、オショウは座らずにゆっくりと歩きながらナマステ(合掌での挨拶)をして帰って行く。オショウがナマステをしてゆっくりとゆっくりと歩いてゆきながらポーディアム(壇上)の壁に隠れる瞬間に僕が思った。

「Don't worry. I will take care.」

何の理由もなしに思った。思っているときには、当り前のように思っていた。今となっては何でそう思ったのか疑問だ。あたかも僕はオショウがこれで去ることを知っていたようではないか?中の人は知っていたんだろう。僕の意識には上ってこない中のひと?

そうしたら、壁に隠れたオショウが数センチ戻ってきた。「聞こえたのかな?」。ふわっと柔らかい感じがオショウからやってきた。実はオショウに会うときにはメガねをかけていないので表情が見えないのだが。そうしてオショウは帰っていった。

しばらくして、ビデオの関係をやっていた誰かが「帰って行くオショウが少し戻ってきて、ニコリとした」って聞いた。あれって、オショウ聞こえて、ニコッてしてくれたのかなあ?

先日、このビデオをコンピュータ版で手に入れて、何度も同じ場面を見せてもらった。少し(数センチ)戻って、微笑みを浮かべている。

翌日はオショウが出てくることなしでホワイトローブ。オショウからのメッセージは「私は部屋で参加しているから」とのこと。オショウが来ているのと同じだった。

そうして19日。朝に、子供のママの友人がベビーシッターを半分してくれる事になっていたのが日本から到着。アシュラムに行っておいでというので2時を過ぎても中にいた。

実は10日以上前に「フロントシートあげるから取りにきて」って言われたのを、毎日タイミングを逃していたけど、この日の午後に思い出して、オフィスに入って「以前働いていて帰ってきた人はフロントシートもらえるって聞いたんですけど」って言ってF26だったかな?何しろ幾分まんなかよりの5列目のシートをもらう。

もらってきて「庭に行かない方が良い」気がしたんだけど、知り合いが何人かいたので入って行って「フロントシートもらっちゃった」って自慢したら、「今日はオショウでてこなくて、ビデオだってサー」って笑われた。フロントシートでビデオ見たらー。

ベビシッター役の家の道具をそろえるのにMGロードに4時頃から出かける。

いろいろと買いものをしていたら、遅くなった。無理をしたらホワイトローブまでに帰り着けたのだけど、「今日はオショウは出てこない」というのが張りついていて、「今日はオショウでてこないそうだから、もうちょっとつき合うよ。晩ごはんを食べて帰ろう」。(あーあ)。

8時か9時頃にフラット(マンション)に帰り着くと、焼き場の方から「オッショー!」のシャウトが何度も聞こえてくる。「あれ?今日は誰かのデス・セレブレーション(葬式)」なんだね。行ってみようか?」と歩き始める。

今まで夜にデスセレブレーションなんてあった事ないのに、そんな異変もまだ気がつかない。

でも、自分の中では何かを恐れていて「誰のセレブレーション?」とはひとに聞けない。でも、それも無意識の中に隠れている。

焼き場につくと沢山のサニヤシンがいる。歌って踊ってる。手を合わせてコンタクトする。デスセレブレーションでは、離れて行く人が行けるように助けてあげるのが僕のお遊びだのだが、すごい遠くまで行くのが分かった。

「この人は、エンライトしてボディを離れた」なあ。と実感する。すごく遠くまで連れていってくれる。僕が助けてあげるなんて失礼かとか思う。まだ、のんきである。

みんながホワイトローブのまま来ているのもおかしいとは思っていない。無意識に気がつかないようにしていたのだろうか?帰ろうかな?と思いながら歩いてゆきながら、少しずつ「何か、おかしい」と感じ始める。どこかで「もしかしたらオショウなんじゃないか?」とか思い始めるけど、打ち消している。

数百メートル離れた所で、道で物を売っているインド人の女性が「バクワン(オショウの古い呼び名)が死んだのを知っているか?」って声をかけてきた。もう、逃げられない。それは知りたくなかった。でも知ってしまった。

焼き場に戻って行く。頭がパニックだ。

しばらく一緒に歌って踊ってオショウに別れを告げる。

ずっとずっとしばらくして、アシュラムに行ってみる。アシュラムは、完全な静寂が覆いつくしている。空気が止まっている。時間が別の世界の物になっている。

中に入って歩いているとサダージがいた。ベビッシッター役の友人と友達なのでサダージが声をかけてくる。「知っているか?」「うん」「僕は外に行ってて、今帰ってきた所なんだよ」。そうか、サダージもか。何か安心。これで、MGロードにいた自分を責めずにすむ。やれやれ。

しばらく、静けさの中にいて、そうして寝た子を抱いて、お家に帰って行く。「これで、全てが終わってしまった」と思っている。

眠って起きたら、朝6時頃だった。ダイナミックには遅い。でも動き出して、焼き場に行ってみる。まだ火が燃えている。明日からどうしたら良いのか分からない。

でも、すぐに分かるのだ。アシュラムにいると、エネルギーはいつものママだ。「これも段々と減って行くのだ」と思う。

夕方の、ホワイトローブに行く。オショウがボディを離れるときの様子のアナウンスがあって、そうして、いつものように音楽が始まる。7時になるにつれて、エネルギーが高まって行く。

「????????」

「オショウ」と三度、いつものように思いきり叫んで、座る。

「いつもと一緒だ」

「昨日、オショウが寝室から参加してくれた時と一緒だ」

7時になると、オショウの臨在が降ってきていた。7時30分頃になり太鼓がなると、オショウの強い臨在が去っていった。

数日間、オショウが肉体を去ったのを思い出しては何度も何度も涙をながしたけど、何も変わっていないことを納得し始めた。オショウが肉体を離れているのをすっかりと忘れている時間が長くなった。

そうしてオショウが肉体を離れているのを思い出しては涙をながした。7時にはオショウと一緒に踊り狂い笑い叫び、汗でローブを水びだしにしながら座り、静かになる。

2006年1月19日。今でもオショウは7時になると臨在として降ってくる。僕はそれがオショウだとすっかり忘れて、いつのまにやら「存在」と呼ぶようになってきていた。

実はオショウが肉体を離れた後の方が、オショウからの直接的な働きかけは強い。単に存在が働きかけているだけなのかもしれないし、偶然が強くなったのかもしれないけど、あれはオショウでしょうと、最近になって思い出した。

僕はオショウに、彼がオショウであった事を忘れてほしくないので、大声で叫ぶ。「オッショーーー!」。まだ早い、まだ忘れないで。まだ、寝ないでください。まだ、一緒に遊びましょー。寝そうになったら、叩きにいきますからね。

ラブ・オショウ

セトゥ

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

Bhavesh [>「Who am I?」あるいは「Who is in?」を問い続ける7日間のプロセス「エンライトンメント・インテンシ..]

セトゥ [>> Bhavesh 77年の時点でも3日間になっていたんだね。僕は1990年頃に最初に3日間のを受けた。名前..]

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2007-01-19

[オショウ] 自主セレブレーション

僕は風邪でお休みでした。にさちゃんが一人でバーニングガットの近くに3年ほど前にオープンしたホールで行われた、自主(爆)セレブレーションに行ってきました。

沢山の人が来ていて、沢山のミュージックで、ビューティフルだったそうです。2時半から6時まで。多分、3月21日のオショウのエンライトンメントデーのセレブレーションもするだろうということです。公共のホールをかりてしているので、無料だったそうです。

昔は、コレガオンパークを練り歩くパレードでしたよね。リオのカーニバルの乗り。実際ブラジリアンのグラマー美人がリオのカーニバルみたいな衣装を付けているチームもありましたし。

[] インフィニティ・ブルー(平井和正)

風邪が少し回復し初めてから読んでいたのが、以前から積んであったインフィニティ・ブルーでした。ちらっと見たら、推理小説かと思っていたのですが、そういう乗りのSFでした。良いです。スピリチュアルの要素も入っています。

僕がSFが好きなのは、「科学的要素」よりも「精神性要素」がメインなんです。「2001年スペースオデッセイ」なんて、もろにそんな感じですよね。

1950年代には、特に強烈なスピリチュアリティのSFが大いです。上のスペースオデッセイのベースになっている小説が、二冊あります。

さて、インフィニティ・ブルーもあと20ページで終わるのですが、なかなかの作品です。これは少し未来の小説になっていますが、アメリカは、マフィアの国になっているんですね、既に。911以来の動きを見ても感じますし、今の大統領は、マフィアのボスみたいですね。と言うか、ボスの操り人形みたいと言うか。。。

民主主義のふりをしている、絶対君主制というか。絶対君主は表に出てこなくなっている。まあ、絶対君主制の頃だって、本当の絶対君主は隠れた存在になっていましたよね。

これだけなのかと思っていたんですが、今読んでいる部分は、ブッダフィールドの生活みたいな感じです。シンクロニシティがベースにある生活。意識されていないつながりがシンクロニシティなんですが、これが意識されるといろいろな純粋なフィーリングの共有なども起きてきますね。

そうして、フィーリング以前の質の共有が起きたり、伝達が起きたり。これは、酒豪意識、もとい、集合意識あるいは集合超意識とオショウが呼ぶ世界です。これは、過去からの集合的な影響ではないんです。

過去からの集合的な影響は、集合無意識と呼ばれます。インフィニティ・ブルーでは、このふたつの集合的な意識層を区別していませんが、明らかにそれにふれています。

「今ここ」にいたり「ノーマインド」にいたり「ギャップ」にいたり「空」や「無」にあったり、「夢中になっていたり」「恋に落ちていたり」「流れに乗っていたり」すると、次の瞬間に何をしたら良いのかが、知識なしに分かることがあります。

これが、(個人的)超意識の働きです。この中で起きることが、創造性です。更に、複数の人に超意識状態が起きているとき、そこにシンクロニシティが起き、集合的超意識の形成が始まるようです。


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地球は 懐かしい星


しばらく 離れていたから、良く分かるよ。

遠くから最後に見た地球は 何度も思い出した。
涙を流しながら 帰りたいと 思ったから、
たましいの深く深くに 刻み込まれている。

いつか帰れれるとおもって
ずっと ずっと 待ち続けたおもいで。

遠くはなれて、もう 見えなくなった 悲しい思い出。。。

ほかの 星でながいこと ながいことくらしていた。
時々 思い出した 最後に 見た地球。。。。。

地球を 愛してあげてね。。。 シーポヨの お願い。。。

日記の目次:

2007-01-19

自主セレブレーション
インフィニティ・ブルー(平井和正)

2006-01-19

はまるな危険「pya! 水玉潰し」
1964年のダイナミック瞑想の原型の原型
オショウが肉体を離れた日

2005-01-19

QRの人格遊び

2004-01-19

オショウのマハパリニルヴァーナの日

2003-01-19

17、18、19ってアシュラムにいたの
和尚ゲストハウス(ぞくぞく編)
 あなたがあなたを愛しています。
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