シーポヨ絵なし日記・ときどき絵日記



覚えていますか?
初めてこの地球にたどり着いた時の事。

青く輝く地球に照らされて、
地上のどんなダイヤモンドよりも
美しく光輝いていた あなたの 姿を

Remember that you are beautiful.

You are the beauty.
You are the joy.
You are the creativity.
ロータス・パラダイス - 新しい存在の開花

ありがとう (はぁと)。
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2002-03-07 ボスの理想

きょう、にさちゃんと ボスの 話を してたの。

各国で ボスの 外観って言うのが 違う。

みんな、ボスになったら 振舞い方が変わるんだけど、生まれ育った国によって その姿が 違う。

イギリス人:みんなの教師になりたがる。教師と振舞い、みんなが 学ばないと 自分が ダメな ボスだと 思って 落ち込む。だから、必要以上に教師と振舞って、他の国の人達に 呆れられる。

ドイツ人:とりあえず、いろいろな決定をするのが ボスの姿のようで、自分の決定を みんなに 伝える。場面場面で、決定をして 指示をする。自分の 指示を聞いてもらえないと ダメなボスだと思って 落ち込むので、必要以上に みんなの指示をして 呆れられる。

インド人:あくまでもボスはボスとして ふんぞり返って 何もしない。あれをしろと言って 眺めているのが ボス。実務は ボスの仕事ではない。自分がしなくてはならない場面になっても、体裁を整えるため、あえて 何も しない。実務をしなくては ならなくて 実務をしてると、自分はダメなボスだと思って落ち込む。。。

日本人:ボスは あくまで みんなの尊敬を受けなくてはならない。ボスは 「問題ない」って感じで大きくかまえないといけない。こせこせしてると ダメなボスかも知れない。尊敬を受けるために 尊敬を受けることをする。尊敬を受けないと 自分は ダメな ボスだと思って落ち込む。大きな責任を背負って 自分で最後までしようとする。他の国の人達には ボスらしくないので 馬鹿にされる。

他に会ったかな。。。

イタリア人や、スペイン人は、ボスってみんなにエナジーや 元気を与える人。ハートがでかくて、困っているときに ボスと話すと 元気になって 大笑いして 元気に仕事に戻れる。実務が出来るとか、決定がいいとか関係ない。エナジーがなくて 元気がなかったり、人に分けられるジュースがなかったり、シリアスになったりすると 自分は いいボスじゃないと思って 落ち込む(?? いや、落ち込まないかも??)。実務も決定も立派なわけじゃないので 馬鹿にされることがある。


2003-03-07

中近東の宗教性の事情

ケルト

にたいする、ジョナの指摘のように、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教周辺では、土着の宗教性が抑圧されている。ケルトはヨーロッパの土着の物だよね。特に地中海に接しないヨーロッパ。

ユダヤ教系の宗教と「キリスト教、ユダヤ教、イスラム教」をまとめて呼ぶけれど、ユダヤ系の宗教では、善悪がはっきりしている。自分たちが正しくて、他は間違っている。これは、一神教に見られる特徴らしい。それはそうだ。神が一つしかいなくて、自分たちの神が本当の神なら、他の神は神ではない。神の名を語る悪魔と言うことになる。

他の神が神ではなくて、天使ならば、神のしたにつくものなので問題はない。ユダヤ教ではそれがとても強いのだけれど、キリスト教では、『愛と慈悲』が強調されるために、多少弱まっているらしい。イスラム教はどうなのかな? この話はマルクス主義は基本的に『神』を『マルクス主義』に置き換えたユダヤ教という指摘で呼んだの。

多神教では、それほどの善悪がはっきりしている事はないし、排他的でもないという話。

だから、「一神教=排他教」なんだよね。敵と味方がはっきりしている。

昨日の話を書いた後に、やって来ていたのは、

中近東の歴史

ということで、インドよりの中近東は多分に、現在ヒンドゥ教に含まれているものが広がっていた可能性があると思った。ユダヤ教が改宗によって広まるのではない以上、ユダヤ教以後も中近東には、非ユダヤ系の宗教性が広がっていたはずだ。キリスト教がその後広がったのかもしれないし、最後にイスラム教が剣をもってほとんど改宗させた。

しかし、ユダヤ教はモーゼがエジプトから出てから中近東に広がったのだと思う。エジプトで彼らが奴隷として扱われる以前に、彼らがどこにいたかの記録はあるのだろうか? モーゼと流れを別にするユダヤ教の流れは在るのだろうか?

それはともかくも、もう一つ気がついたのは、

エジプトの宗教はどこに消えて行ってしまったのか?

ということだ。 それともう一つは、エジプトとインドの交流だ。これはどうなっているんだろう。この間に交流がなかったはずがない。エジプトの最後の歴史を知らないので、これは誰か教えて欲しいなあ。

カジュラホのビシュヌの像を見たときに、「エジプトの香りがする」と思った。ビシュヌの像だけがインド的に見えなかったのだ。これは、あとで写真を探して来よう。

エジプトの終わりと、ヒンドゥ教の成立が時期的に重なっているとしたら、エジプトを追われた人々がインドにやって来た可能性がある。ヒンドゥ教は1500年程前に、それまでのバラモン教などいくつかが複合されて出来た宗教らしい。

良く知らないが、エジプトではクラスがはっきりと分かれていたような気がする。それはインドのカーストと共通するのではないかとも思った。

実際、神秘を知っている人達は 同じ理解を持っている

はずなので、インドの神秘家とエジプトの神秘家は問題なく交流が出来たはずだ。この場合『神秘家』と『宗教的政治家』ははっきりと区別しておきたい。『宗教的政治家』は心理には興味はなく、政治的な力だけに興味がある。『宗教の違う宗教的政治家』の間には争いしかないだろう。

そう考えると、中近東には いろいろな魂の怨みが眠っていると感じた。『シバ系』『ゴータマ・ブッダ系』『エジプト系』など。少なくともこの三つにはボクの過去性は関わっていると思われるので、少しは復権してみたい。

アジアにこれだけ広がった仏教が中近東に現在かけらも見られないのは、それだけ強い弾圧があったと思う。

ユダヤ教はエジプトでの抑圧があったので、機会さえあればエジプトの宗教に仕返しをする可能性があったろう。また、シバがインド(ヒマラヤ)の宗教性で、ビシュヌがエジプトの宗教性を運んでいて、ヒンドゥ教はその融合という可能性すらある。

『ビシュヌ』

は、最初どうなっているんだろう。ビシュヌには沢山の生まれ変わりがあるけど、一番最初のビシュヌは?

『エジプトの最後は?』

どのように終わったのか?

古代エジプトの歴史を見ると、クレオパトラの死とともにエジプトが終わったらしい。BC30年の事。それ以降はローマ帝国の支配下。

『紀元前343年頃、第30王朝において、エジプト人によるエジプト支配は完全に終わりを告げ』とういこと。BC332年にアレキサンダーがエジプトを解放して、アレキサンダーの死後その将軍プトレマイオスがファラオとして就任。ギリシャの時代かな?

モーゼの出エジプトはBC1200年頃。

ちなみにエジプトの始まりはBC3000年ころ。紀元前17世紀ころが旧約聖書の歴史のはじまり。イスラエル大使館にイスラエルの歴史のページが置いてある

『アレキサンドリアにあった図書館の資料は?』

これは、是非見たかったが、残念。

『バチカンに眠っている発行禁止書籍は?』

これは、是非みたいなあ、だれか公開してね。

『メソポタミアの歴史は? 宗教性は?』

これは、知りたいなあ。

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Jonah [そうそう、僕もmintiaどのとのやりとりでベリーダンス発祥の地はインドかイスラムか混乱してたけど、ここを見ると多分..]


2004-03-07

Love should not be in any way possessive.

愛は排他的であるべきではない。

It should not be exclusive,

それは排他的であるべきではない。

it should be inclusive.

それは包含的であるべきだ。

Only when love is inclusive will you know what it is.

愛が包含的である時だけ、あなたはそれが何であるかを知る事ができる。

When love is exclusive, exclusively to one, you are narrowing it down so much that you will kill it.

愛が排他的である時、一人専用になるとき、あなたはそれをそんなにも狭めているのでそれを殺す事になるほどだ。

You are destroying its infinity.

あなたはその無限さを破壊している。

You are trying to put the whole sky into such a small space; the small space cannot contain it.

あなたは空全体をそんなにも小さな空間に押し込もうとしている。小さな空間はそれを含む事は出来ない。

One should be in love.

人は愛の中にあるべきだ。

Love should not be just a relationship, it should be a state of being.

愛はただの関係性であるべきではなく、それはある事の状態であるべきだ。

And whenever you love one, through the one you love the all.

そうしてあなたが一人を愛した時はいつも、一人を通して全部を愛する。

And if love has REALLY happened you will suddenly find that you have started loving trees and birds and the sky and people.

そうしてもし『本当に』愛が起きた時、あなたは突然、自分が木を愛し始めたり、鳥や人々を愛し始めるのを見付けるだろう。

When you have fallen in love with one man or one woman, what exactly has happened?

あなたが一人の男性や女性と恋に落ちた時、実際に何が起きているのだろう?

When you fall in love with one woman you have fallen in love with all women.

あなたが一人の女性と恋に落ちた時、あなたは全ての女性と恋に落ちる。

The one woman is just a representative, the one woman is just an example of all the women that have existed in the world, that are existing in the world and that will exist in the world.

一人の女性は代表に過ぎない。一人の女性は世界中に存在した全ての女性、世界に存在している全ての女性、世界に存在するであろう全ての女性の例の一つに過ぎない。

That one woman is just a door to womanhood.

その一人の女性は女性性へのドアに過ぎない。

But the woman is not only a woman, she is a human being too.

でも、その女性は一人の女性であるだけではなく、彼女は一人の人類でもある。

So you have fallen in love with all human beings.

そうして、あなたは全ての人類と恋に落ちる事になる。

And the woman is not only a human being, she is a being too.

そうしてその女性は一人の人類であるだけではなく、一つの存在でもある。

So you have fallen in love with all beings.

そうしてあなたは全ての存在と恋に落ちる事になる。

Once you fall in love you will be surprised that your love-energy is released towards all.

ひとたびあなたが恋に落ちたら、あなたの愛のエネルギーが全てに向かって時放たれることに気が付くだろう。

That is true love.

それが本当の愛だ。

Possessive love is not true love.

所有的な愛は、本当の愛ではない。

It is so tiny, it suffocates itself and it suffocates the other too.

それはそんなにも小さく、それは自分自身を息苦しくして、それは相手も息苦しくする。

But this has been so up to now: love has never been inclusive.

でも、これはこれまそのようであった。愛は一度も包含的にはならなかった。

You have been taught exclusive love.

あなたは排他的な愛を教えられて来た。

----

オショウの言葉の引用。翻訳はセトゥ。(出典を忘れた。後で、調べてみる)。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

Vinod [ハグしたくない人って、なんなんだろうね?]

うきは [ありがとう…。]

シーポヨ [何でか書き忘れているが、オショウの言葉の引用です。翻訳はセトゥ。(出典を忘れた。後で、調べてみる)。この行、本文にも..]

ukiha [うん。 なんかセトゥの翻訳は読みやすいというか、すっとはいってきてわかりやすいんだなぁ・・・]


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地球は 懐かしい星


しばらく 離れていたから、良く分かるよ。

遠くから最後に見た地球は 何度も思い出した。
涙を流しながら 帰りたいと 思ったから、
たましいの深く深くに 刻み込まれている。

いつか帰れれるとおもって
ずっと ずっと 待ち続けたおもいで。

遠くはなれて、もう 見えなくなった 悲しい思い出。。。

ほかの 星でながいこと ながいことくらしていた。
時々 思い出した 最後に 見た地球。。。。。

地球を 愛してあげてね。。。 シーポヨの お願い。。。

日記の目次:

2004-03-07

Love should not be in any way possessive.
One should be in love.
Possessive love is not true love.

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きょう、にさちゃんと ボスの 話を してたの。
 あなたがあなたを愛しています。
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