☆ 最近 ガイアさんと お話を してるのか
お話を されてるのに とんちんかんな対応を してるのか なにかと 「ガイア」だの「地球」だのに 関係しています。
アナディが 「木を植える」っていうNGOを 作ろうとしていて、とりあえず インドに木を植えるって感じのことを したがってるんだけど。数日前に 誕生日に
自分達で育てた 苗木を 湖の近くに 植えに行って来た。なんとなく、セレモニーって イメージがした。
(ぼくは 風邪を引き欠けていたので行かなかったんだけど)
ガイアっていう女神の名前は、じつは ゼウスよりも 昔は 高い地位に置かれていたらしい。 たぶん、政治的な 理由で ゼウスをトップにしたんだと思う。
母性社会のときの、大地の女神ガイアは 象徴だったんだね。
ラブロックが「なんて名前にしようか?」って聞いたのが作家の人で 彼が 「ガイア」って持ち出したらしい。過去の名前は エナジーを持っているから、そのへんのエナジーが
動き始めるってわけだよね。
他の 話では どうも 日本の 一番 虐げられた 神様は「火の神」らしい。縄文のときは 「火の神」が 一番人気だったらしい。火の神は 人と神を繋いでくれる働きをしていたらしい。その名残で、「迎え火」や「送り火」が
今も残ってる。
一度 改変される前の 原始の 神話を 見てみたいなあと思った。なにか 大事な メッセージが 置かれているんじゃないかと思ったけど。
「古事記」の時の改変の時に、
「火の神」の「カグツチ」は、大地の神?である「イザナミノミコト」から生まれるときに その火で 「イザナミノミコト」を 焼き殺してしまったことに、なっているけど。。。。その結果
夫のイザナギノミコトが 怒って 「火の神:ガグツチ」を 殺したんだよね。
ここに 政治的な 改変が 入っているとすると、それを取り消して「火の神:カグツチ」と「大地の女神:イザナミノミコト」が健康な姿が浮かび上がる。
大地の女神の 子供である 火の神が 大地の女神のメッセージを 持ち運ぶ姿。
人間が初期に手にいれた道具で 一番大きなものは 「火」なんだよね。
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Setu
☆ ニギハヤヒのみことの事を 調べたときに いくつか いいサイトを見付けてるけど。
ニギハヤヒは 物部系の祖先に当たるんじゃなかったかな?
大国主 の 祖先で スサノウの 子孫。
「天照」と「国照」の 両方の称号を持った人。
これは 僕の 勝手な予想だけど。。。。
その後、「天照」の 称号と 「地照」の 称号が 二つの流れに分かれて
その後、「天照」が 支配的になったって 歴史かな? と、おもった。
「天照国照彦天火明櫛玉饒速日」が 長い名前なんだけど、
「天火明(あまのほあかり)」は 「火の神」の称号かな?
まあ、そういう歴史的なことよりも、知りたいのが。。。。
宇宙の始めから 順に受け継がれて来た 何かが 原始の宗教にはあって、
それを 政治的な理由で 葬り去ったことにたいして それを
もういちど 掘り起こしてみるって 作業が あってもいいかもって
思った。
地球のそれぞれの 土地には それぞれの 働きがあって、
どれが いいとか わるいとか 言うことは 出来なくって、
そこの 土地の メッセージが 受け継がれている事っていうか。
仮に 日本と言う土地で
「大地の神」「火の神」が 抑圧されているとしたら、
それは 大問題かもって 思った。
昨日 自分の中の 「大地の神」「火の神」を 呼び起こすことを
思ってみたら、「うん。やっぱり 抑圧をうけてるかも」って
思ったよ。自分の中の 本来の 「大地の神」「火の神」が
他の物で置き換えられいるような感じがした。
呼び起こしていると なんだか 生命力や情熱がより大きく起きて来たよ。
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Setu
☆ 一般に「神」っていうと ブッダ以前の段階って聞いた。
とくに いっぱいいる神様。
ゴータマ仏陀が 講話をしていたら 神々が降りて来て話を聞いていたっての良く聞く話でしょ? 「第四身体の存在」として 働いている存在。この存在が 仏陀になるためには
もう一度 身体に入らないとならないって話。
ただ、「火の神」とか「大地の神」っていうと 宇宙的意識になるから まだ 別の分類になるのかな? 宇宙的無意識か 宇宙的超意識か 良く分からない。
宇宙的意識とつながっている第四身体の存在ってのを 人間的な名前をもった神様ってよぶのかも。
なには ともあれ、「火の神」って もっと 原始的な宇宙的なエネルギー。
最初に 火に近付いて火を手にいれた人は、すごく 勇気と言うか好奇心と言うかがあって、恐怖に邪魔されない人。
すべての 無意識からの声を無視して 一歩前にでることが出来た偉大な存在。同胞からの声を聞かずに無鉄砲にも 火に触れてみた人。
以外と ちっちゃな子供かも知れないよね。。。
子供の 火遊び。。。
多分に たくさんの 第四身体の存在が サポートしたと思う。第四身体の存在は まだ どちらへ行くべきかを好みで 伝えるんじゃないかな?
第五身体の存在になると ただ 見つめるだけだって気がする。
良く分からないけど、第五身体の存在ってのは 五次元的な ある種の自由を手に入れてるのではって 気がするよ。
近くに来て 意識的になることを助けてくれても、何を選択するべきかは言わないって感じ。
「大地の神」「火の神」が 何処に対応するかは分からないけど、多分 宇宙の初期から存在した質だと思うよ。それが自覚した観照を持った意識かどうかは分からないけど、意志はあったのではって感じ。あくまで感じ。
意志って言うのは 状態を保とうとする感じ。
「大地の神」は 大地であることを保とうとするし、
「火の神」は 火であることを保とうとする。
大地の神といると なんとなく 「肉体にあることへの喜び」って感じがするし、
火の神といると なんとなく 「肉体で生きることの喜び」って言う感じ、
そこに動きがある。
ギリシャ神話も 人間に火をもたらしたプロメテウス(だっけ?)は 罪を犯したことにされてずいぶん ひどい 仕打をされたことに なっているよね。
ギリシャ方面で 火を最初に 手にいれたのが プロメテウスで彼がまだ 第四身体に とどまってたら 憤慨するよね。あはは。
とりあえず その部族に最初に火をもたらした人に名前があったら、そのなまえは 長い世代のあいだ感謝とともに 語り継がれるよね。
ぼくは まず 手にもつ道具を手にいれてから その後に火を手にいれた気がするよ。
実際に、火を最初に手にいれたのがプロメテウスで、かれは 人気者になって、チヤホヤされた後、過去の実力者の嫉妬を受けて、ひどい目にあったってことも
ありうるかもね。
まあ その当時の巫女(みこ)さんが、「プロメテウスのせいで人間の火を使った戦いの歴史が始まることになる」とかいったのかも知んないしね。
なには ともあれ、「独立的に 最初に火を手にした人々みんな」に ぼくは 感謝する。
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Setu