![]() 覚えていますか? 初めてこの地球にたどり着いた時の事。 青く輝く地球に照らされて、 地上のどんなダイヤモンドよりも 美しく光輝いていた あなたの 姿を Remember that you are beautiful. You are the beauty. You are the joy. You are the creativity.
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ありがとう (はぁと)。 |
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2002-12-26 [長年日記]☆ 「地獄のはなし」
旅をしている最中に地獄の事を考えた。地獄は自分で作り出している地獄。「比較地獄」「評価地獄」「価値地獄」。これらの地獄をまとめると「相対地獄」とでも呼べるかも知れない。あくまで、相対的な計測の世界に暮らしている。ボクらは無条件に価値をもっている。それを価値がないと思わされること、価値は与えられるものと思わされることで、地獄の生活が始まる。自分の価値があるためには、他の価値がないものと比較しなくては価値を見出せないと思い込まされることで、地獄の生活が始まる。
>>もっと‥ ☆ 「クリエイティブ(創造的)であること」
「この状態で 世界をみると、全ては完璧だって事が わかる。全ては クリエイティブに ある。」実際に 見えている大きな庭の木々は 完璧に 見えた。「もし、何かが
欠けている。とか、何かが間違っている。といって、何かを作ったり、変えたりすると、それは、「完璧である」ことを理解せずに、完璧さを 破壊する事になる」「そして、この状態で、全ては完璧であるという理解とともに、あると完璧な創造の一部になる。」「そうして、そのなかで
おこなう行為は すべて 完璧さの上に行われる事になる。完璧さのうえに あなたの行為が追加される。これが クリエイティブな創造だ」 >>もっと‥ ☆ 「タオ:流れと生きる」
道は修行を要せぬものなり。ただ自己を汚さぬことなり。 ☆ 天国、地獄、自由「地獄のはなし」は、今朝アップしてから、なんと一人も読んでいない。タイトルが悪かったかな? 長い文章を日記から分離したら、それぞれの記事毎に読んだ人の数がわかるのが面白い。 まあ、だれも地獄の話なんて知りたくもないんだろうなあ。っていうか、ボクのたわごとだからなあ。でも、天国と地獄の罠から抜け出すヒントを書いたつもりだったのだけど。とは言え、ボクも完全に抜け出したわけではないからさあ。おほほ。 天国も地獄も、政治的な聖職者たちが作り出したウソなんだよね。大ウソ。 東洋の聖者は、天国でも地獄でもない、その二つのサイクルを超えたもの、モクシャ:自由、解放を伝えている。
地獄は恐怖によって人々をコントロールするためのウソだし、 でも、天国も地獄もボクらの内側に、日々の生活に起きている。モクシャはそのサイクルを超えたもの。 クリックしてもらうために、タイトルを「天国のはなし」って変えようかな? どっちでもおんなじなんだけどね。おほほ。
Love ☆ 旅から帰って来たので、どうも、いろいろ思ったりしたせいか、説教臭くなっているかな? がはは。 ☆ それにしても、グーグルがうまくページを拾ってくれないような早く来て下さい。ページのURLから"?"を外して待っています。 ☆ なんとなく、目撃でいることが多くなって来た実は目撃でいることは、18才の時に身に付けた。1975年の12月23日の事だ。4月からいろいろな探求をしていた。坐禅もしていた。相対的という事を最終的に追いかけた。どうも、ボクらが価値基準と思っていたことは、全部が作りもので、ウソばっかりだって実感していた。 世の中は、これがそうだって感じに、絶対的な、疑う余地もないような価値だと、基準だと思わせようとする。でも、全部は相対的だって確信して来た。でも、その背後にあるのが何なのか、分からなかった。 その数日後に、ふと、白い(多分水仙の)花に目をやったときだ。 世界のベールが取り払われた。そこには、それがあった。形容も記述も不可能なそれがあった。 ハートのチャクラと言う言葉は知らなかったけれど、ハートが振動していた。スウィートな振動とともにあった。 見ようと思ったら、いつでもそれを見ることが出来た。ボクは道にたどり着いたのかと思っていた。 しばらくしたある日、雨が急に降り始めて、傘を取り出して開いて歩いている時に、ふと傘をさしていない人が後ろから現れたとき、何も思うことなく、傘を差しかけている自分がいた。傘を差しかけている自分をあとから見ている自分が居た。それは、美しい事だった。 半年程して、オショウの本を見付けた。日本で最初に出版された直後だ。手にしたとき、(探している人を)「見つけた」と思った。なぜ、そう思ったのかしらない。別に、マスターを探していたわけではなくて、単に自分の知っていることを確認したかっただけだし、その本も、「存在の詩(うた)」と言って、詩の本のコーナーに置いてあった。 ただ、タイトルが気に入ったので、手に取ってみた。1ページ目を開いて読んだだけで、そう思ったんだ。でも、はっきりとした確信が胸の中にあった。 そのあと、本を手に入れて読んで、「ああ、まだまだ先があるんだ」と知って嬉しかった。 ボクはあまり生きていたいとは思っていなかった。でも、1982年の7月までは、生きてみようと思っていた。 1982年の7月になったときには、すでにそのことはすっかりと忘れていたけれど、1982年の7月は、ボクがアメリカのオレゴンを訪れて、オショウに会った始めての時だ。涙があふれるように出て来て、胸が喜びでいっぱいだった。 これらの事を書いたり話すのは初めての事だ。なぜだか、それは隠しておかなくてはならないと思っていたから。生命を危険にさらすと感じていたから。なぜ、今これを書いているのだかは良く知らない。ただ、「目撃でいること」を書きたくなった。そのせいだ。 少し前、エローラのシバの寺院へ行った散歩から帰って来ながら、あちこちに寄り道しながら、ふと道の両脇の自然を見ながら、「完璧であること」を見ていた。この当たりの道の両側には、大きな木が街路樹になっている。 百年は樹齢があるんじゃあないかと思うんだけれど、バンヤン・トリーと言って、枝の途中から、根を降ろして、その根が地に達すると幹となる。そうすると、数メートル置きに幹を何ボンもある木が生まれる。 シバの寺院でちょっとエナジーをわけてもらったあと、ハートがふっくらと膨らんだ。シバは数千年のオーダーの、例えば8千年以上も前に実際にいた光明を得た人だ。112の瞑想のテクニックを残して行った。 ゴータマ・ブッダが人と言うよりも神に近い形で扱われているように、シバも神として扱われている。神として扱うことで、光明を得た存在を葬り去ろうと言う聖職者達のずる賢い知恵だ。それでも、人間のゴータマ・ブッダと出会うことが出来るように、シバと出会うことも出来る。 それでも、しんしな修行者のおかげで今でも、シバは生きている。 ここは、インド、マハラシュトラ州、プネー市。メハー・ババが居た街。メハーババがヨーロッパに出かけたとき、彼は言った。「私は何かを教えに来たのではない。私はあなた方を目覚めさせるために来た」と、アルファベットの並んだボードをスティックで指しながら語った。 オショウは1974年から1981年までと、1986年から1990年までをこのプネーで過ごして、肉体を去った。 何を何のために話しているのか知らないけれど、何かの役に立ったらありがとう。
Love
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最新のコメント: 1.Sahaj(08-12 21:45) 2.コア(05-15 14:17) 3.Mintia(01-02 10:19) 4.あまら(12-30 19:53) 5.シーポヨ(12-30 03:10) 6.あまら(12-29 17:32) 7.あまら(12-29 17:24) 8.あまら(12-29 17:23) 9.セトゥ(12-27 22:11) 10.セトゥ(12-27 22:04) 11.差巫女(12-27 20:12) 12.あまら(12-27 02:06) 13.あまら(12-27 02:05) 14.Mintia(12-26 17:13) 15.Mintia(12-26 16:14)
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はじめて セトウに 出会った気がした
ありがとう
あまら、ありがとう。(はぁと)