![]() 覚えていますか? 初めてこの地球にたどり着いた時の事。 青く輝く地球に照らされて、 地上のどんなダイヤモンドよりも 美しく光輝いていた あなたの 姿を Remember that you are beautiful. You are the beauty. You are the joy. You are the creativity.
|
ありがとう (はぁと)。 |
| Bookmark | Free Hugs | QR | Tech | map | tech | おすすめ | お天気日記 | ぼそ | アーユルヴェーダ | アシュラム | イベント | インド | ウェブ | オショウ | コチャン | コレガオンパーク | テク | デジカメ | ネットの道具 | ハート | ハーブ | バンコク | ビデオ | プーナ | ヘンプ | マグダラのマリア | リゾート | リンク | ヴィジョン | 宇宙 | 映画 | 音楽 | 絵 | 経済 | 健康 | 今日 | 詩 | 自叙伝 | 自由な世界 | 写真 | 笑 | 食 | 心 | 神秘 | 世界 | 生活 | 地球 | 停電 | 日記帖 | 日記帳 | 日本 | 本 | 友達 | 予定 | 旅行 | 旅行記 | 料理 | 歴史 |
2003-02-09 [長年日記]☆ 許容量の話何と言っても オショウや ゴータマ・ブッダなどの たまに来る大物の違いって言うのは許容量の大きさに一つ重要なことがあるよね。何があっても『大丈夫、問題ない』ってしていられる許容量。スケールの小さい人は、ちょっと何かあるとびっくりして状況をコントロールしようとする。 この状況をコントロールしようとすること が、調和を乱して更に問題を作り出すのは、たぶんみんなも実例を沢山見たり体験してるとおもう。ああ、OKOKって放っておいてくれたらみんな自分の創造性でうまくやってくれるのに。って思ったことあるでしょう? まあ、そう思っても、実際自分が責任をもつ立場や関係のある立場に置かれると、つい ただ見ていることが辛くて、ああしろ、こうしろって言いはじめるのも体験していると思う。 >>長くなったので、しわざに移動しました。ここをクリックしてね。 移動したことを書いてなかったら、シャルマさんが沢山書き込みしてくれたので、書き込みの内容も、しわざのページに 移動します。 多分、会話も長くなるかも知れないので、みんなも時々見に来てね。 えへへ。このシステム良いでしょ? シワザのシステムだけどさ。 ☆ ところで、シャルマさま。 日記帳を作りましょうか? それとも 今のゲオのホームページがあるから入らない? ☆ ヨシミが 来た今日、スティッカー(入場のチケット)を買いに行ったら、車椅子に乗ったヨシミがいた。一緒にいろいろつき合って、ホテルまで送って、いろいろ話をして、日本食をもらって来た。 プーナの前にマイソールにある有名なアーユルベーダのリゾートに行って来たそうな。旅行保険の範囲内でやってくれたそうだけど、一日1万円くらいかかる私設らしい。ヨーロッパから沢山のお金持ちが来てたよーって行ってた。 医院長は日本語ぺらぺらのインド人で、日本語の本を見せてもらった。博士号は日本で取ったって書いてあった。広島大かな? 今度ホームページにリンクを貼っておこうっと。 滞在はシュリマーンホテルで、部屋はなんとぴかぴかになっていた。5年前はずいぶん古くなったなあって感じてたので、大改装。床は緑のマーブル。部屋のサイズは昔と一緒で小さいけど、窓が大きくって、コレガオンパーク向きの森が見下ろせて良い部屋だった。900RS。上がったね。
[TrackBack URL: http://now.ohah.net/setu/diary/tb.rb/20030209]
|
最新のコメント: 1.inod(06-17 19:39) 2.シーポヨ(03-13 03:22) 3.ゆら(03-12 01:19) 4.セトゥ(03-03 18:58) 5.Mintia(03-02 23:21) 6.あまら(03-02 18:35) 7.Mintia(03-01 23:43) 8.シーポヨ(03-01 13:49) 9.シーポヨ(02-23 13:17) 10.sakurashikaya(02-23 07:02) 11.あみにん(02-23 00:18) 12.sakurashikaya(02-22 02:36) 13.Jonah(02-20 20:20) 14.Jonah(02-20 16:21) 15.シーポヨ(02-18 15:42)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
信頼ということ、他、いくつかのことで僕の意見を述べようと思います。
先ず、信頼ということで、人は、信頼すれば自分にとってあるいは自分が属する集団にとって、善い事、好ましい事、が起こると信じて安心する、というようなことを意味付けをしているようですが、これは勿論、精神的な意味合いで、信頼、と言う時は違います。
では、どういった意味かと言うと、意識の次元の悟りというのが、無心、無常、無関心という概念で表わされていること、これえはつまり中立を保つということですね。しかし、信頼というのは、ハートの次元のことで、肯定する、ということ、つまり、中立よりさらに一歩踏み込んだ姿勢、理解、あるいは状態のことを指します。
平たく言うと、信頼とは、状況がどうであれ、それと一緒に居られるだけの強さ、それを肯定できるだけの、、、表現の仕方が難しいけれど、ま、手放し状態、という事です。
単純に事実として、誰であれ、どんな状況も本来100%受け入れているんですよ、実存的にはね。しかし、マインドはそうじゃない。これは良い、これは悪い、これが好き、あれが嫌い、というように状況を判断したり、心理的に拒否したりしています。
無我、無常を悟り、状況というのは、仏教的には「縁起」と言われているような、意味や価値付けのない出来事、原因と結果の繰り返しに過ぎない、という理解が先ず先に来ます。これはちょうどゲームオーバーになったゲーム機に最初から組み込まれている宣伝映像を眺めているようなものです。状況とは、自分の意志などが介在されないゲーム=イベントが、存在感薄く影絵のように続いて行くことです。マインドが全てを諦めると、こういった状態になることが予想されます。
信頼とは、こういった理解を土台にした全面肯定のことを言うと僕は思います。こういった理解がなければ、信頼ということで、単に良い結果を求めることになるでしょう。
仏教が36の宗派に別れた、ということですが、これは悟りというものが、個から個へしか伝わらない、ということから来ると思います。そして、人が理解し感じる悟りの属性は、サッチダナンダのように一般化できると思うのですが、それを理解した個人については、一般化はできません。つまり、悟りというのは、全体性+個体性ということで、一人一人違うものです。これはOshoの思想ではゾルバ・ザ・ブッダですね。ですから、36でも少ないくらいで、ブッダの時代では、個体性のほうは押さえられていたと考えられます。今、Oshoの思想の下では、トランスミッションが起こった個人の数だけ宗派が生まれるでしょう。
組織運営などにおいて、「放任」した方が良い結果が現われる、という意見ですが、教育にしても、修行にしても、一つの概念では十分ではありません。放任すれば、その後に、引き締め、が続きます。甘いものばかり子供に食べさせるわけにもいきません。リラックスだけを説けば、人は眠りこけます。
要はバランスです。だから、このバランスを取る方向が、より良い方向ということになります。
サニヤシンの場合なら、これは、男性性、緊張でしょう。放任されて育った子供には、規律でしょう。
口を出さない、ということは、口を出さない、ということであって、そもそも、ここで、何かを言っていれば、それは「口を出さない」とは程遠いことだと思います。
元来、口を出さない、とは、無心のことでしょう。しかし、無心で居れば、全てが上手く行くなどという思想は、根拠もなければ、役にも立ちません。イベントというのは、原因と結果の法則に縛られていますから、それはそれ自身の振る舞い方をするだけです。その、イベントに構う、ということ自体が、本来の精神性、霊性から外れることになると思います。