![]() 覚えていますか? 初めてこの地球にたどり着いた時の事。 青く輝く地球に照らされて、 地上のどんなダイヤモンドよりも 美しく光輝いていた あなたの 姿を Remember that you are beautiful. You are the beauty. You are the joy. You are the creativity.
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ありがとう (はぁと)。 |
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2004-07-14 [長年日記]☆ [自由な世界] saleem:ところでデジタルな自由な世界ってもうすぐ来るのかな〜?って、前回の日記に質問が入った。 って、もうあるんだよ。僕は結構長い事暮らしている。デジタル自由な製品/作品の上で暮らし始めたら良いんだよ。そうしたら君もすでに住人の一人。 まず、ソフトウェアはデジタル自由な物だけを出来るだけ使うようにする。使うだけで、それはサポートになる。そうして宣伝する。ほかに使いたい人の為にサポートする。 良い情報を持っていたら、出来るだけ『ウィキペディア』に書きに行く。知りたい事を調べる時も、ウィキペディアで調べる。満足しなかったら、ウェブで調べて得た知識をウィキペディアに追加して行く。 ウィキペディアに書けない人、書けない内容を書きたい人は、『自由なバザール』に書きに行く。 実は、ウィキペディアも自由なバザールも、そこに記事を書くと検索エンジンで上位に並ぶ可能性が高いので、当然読者も多くなる。Oh!Ah!Now! の閲覧のログをを見たらよろしい。すでに毎日5000Visitを記録している。ページの閲覧では12810 ページなのだ。これは並大抵のサイトではないのだ。シーポヨ日記は、毎日少くとも500人のページが読まれている。すごいなあ。日記のトップは、少くとも450回開かれている。すごい。 調べでは僕の関連のページは、1日に少くとも1300ページ読まれている。数えに入っていないページがまだあるので、数はもうちょっと多いかも。 自由なバザールに記事を書いて、そこから自分のホームページや日記にリンクを張るのは勝手だよ。ウィキペディアみたいな公式の百科事典ではないので、硬い事は言わない。 ☆ 実はサニヤシンは一般の人よりも共有を避ける傾向にあるかもしれないなあって思ってる。実はさあ、1980年代に全部を共有っていうコミューン生活があった。それは、失敗に終っている。で、オショウもボディを離れたし、プーナのアシュラムもそっけなくなったし、『存在が世話してくれる』って言っていた人達も、何とか『自分の生活を作り出す』ことに精いっぱいになっていたりする。 ウィキペディアは、すごい早さで盛り上がっているけど、サニヤシンがいる気がしないんだよね。なさけない。1990年の前半くらいまでは、新しい世界を生み出すのは僕達だって思っていたみんなはどこに行ったんだろう?とほほ。 でも、僕等は地の塩となって、今の世界がある。そうして、未来の世界がある。昔は自由な世界で、今はちょっと制限があるけど、未来は自由な世界になる。僕の生きているうちになるかどうかは知らないけど、それがやって来るのは分かっている。それがやって来なかったら、人類が終りにされる可能性があるし。 ☆ Love Setu ☆ [自由な世界] 自由の宣言Saleem曰く『ほんとは自由なものを「自由じゃないです」と宣言するのはご苦労なこったけど、もともと自由なものを「自由です」なんてわざわざ宣言するのもめんどくさいよね〜。ライセンスにしてあればわかりやすいというのはあるけど』 これは、昔の自由な世界の崩壊を避けるために必要なことなんだよね。 『土地は共有されていた』それは、『持ち主かいなくて、使っていない土地は誰でも使って構わない』って事だった。どういてそれがそうじゃないんだろう? 『これは僕の土地で勝手に使われては困る』ということが可能だったからなんだ。そのようにして、力と開発力さえあれば、『独占された土地』というのが増えて行って、今やそんなものはないくらい。 これが、共有が保証されていたらそうはならなかっただろう。保証するのが強い政府だったらそうはならなかっただろう。地球には長い略奪の歴史がある。短い略奪の歴史しかもっていない場所もある。 『もっと。もっと』マインドには満足というものがないのは、僕等は良く知っている。マインドは、満足を奪い去られる事、売り渡してしまう事から始まる。失った満足は、取り戻す以外に手にいれる事はできない。代償は不可能。代償は代償でしかない。満たしてくれない。ただ、満足はすぐそこにあるんだけどね。線がキレているだけの話。 ただ、今の新しい時代が出来たのはマインドの歴史のおかげかもなあ。ご苦労さん。 ☆ コピーレフトというのは、今の政府に自由な世界を保証させる方便 なのだ。政府の法律がそれを保証してくれる。これはコピーレフトだとライセンスしたものを、共有の決まりに反すると、今の政府がそれを罰したり、取り戻したりしてくれる。なんと不思議な仕組みだろう。 今の政府は、独占と所有を保証する仕組みだったとみんなが思っていたのに。 ☆ Love Setu
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そうそう、コピーレフトって法律的な支配を逆手に取っていて面白いよね。いまの世界で自由をぼくらの手に取り戻す手段としてはとっても有効だと思います。
こんなの置いてみたので読んでね:
http://now.ohah.net/ja/%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E4%B8%96%E4%BB%A3%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC
P2Pは古い世界に風穴を開けてぶっ壊したし、
Linuxはみんなが移住できる新しい世界を作った。
カウンターカルチャーだと思うんだよね。
だから、行き過ぎないように注意しないと
自由偏重(笑)で住みにくい世界になっちゃうな〜
なんて、今から危惧しています。
気が早いかな?
でも、自由でないことの自由(スペースをあげるって言ったほうがわかりやすい?)ってとっても大切だと思うんだけどナァ。
なんとなくそういうことってデジタルで自由な世界には欠けている気がしないでもないかも。気のせいだといいけど。
Debian。自由なディストロ。楽するために苦労する。でも自由じゃないものは排除される。自由の意味が分からない人にはオススメできない。
って2ちゃんねるに書いてあったよ。
おもしろいでしょ?
あとまあ2ちゃんねるのまとめサイトとか見てると
共有することと匿名性って結構関係あるかもと思うね。
日本人は特に。「自分自身に価値を与えてあげること」と
深い関係があるんだろうなあ。
あと「手放すこと」も大事。「おれが作ったんだ」っていつまでもしがみついてる人は共有できない。
と、ここまで書いて、こんなことはエリック・レイモンドの論文でとっくに言われてたりして、とか思った・・・。
ああそうか、これが行き過ぎると共産主義になるわけだ。
二の舞にならないように、瞑想の質をしっかり入れていかなきゃねっ。でもLinuxコミュニティの人は遊ぶのが好きだから大丈夫かな。いやいやしかし・・・。(以下無限ループ)
たびたび失礼します。
僕も、シーポヨがデビアンの記事をバザールに書き始めた頃にデビアンを入れて、少し使ってたんだよ。
だけどX Windowの設定をしたり、カーネル再構築してタブレットドライバを入れたり、いろいろ設定しているうちに疲れちゃった。
フォントの設定なんてわけわかんないし、ウィンドウズからの移行の問題もあって、結局、そこそこ使えて設定も楽なウィンドウズを使うってことで妥協したんだ。
レッドハットなんかだったらもっと楽だったかも知れないけど、全体的にもっとわかりやすくなるといいよね。
ハード的にも、宇宙開拓時代みたいなCPUの速度競争とかはそろそろやめにして、もっと人間に優しいパソコンを作ったほうがいいと思う。
始めて使うんなら、CDROMからブートしてハードディスクにインストールしないでも使える Knopix を使ったら良いよ。
Debianがベースで、目茶簡単に使い始められるように仕上げられている。全部が自動的に設定されるから。
デビアンは、もう少しで新しい版がでるからそれに期待してもらうと良いと思うよ。ただ、デビアンをまっさらから使うと、古い物かな新しい物まで全部がパッケージになって用意されているから、どれを使って良いか分からないかも。Knopix をCDでしばらく使って、で、これをHDにインストールするっていうのが良いかも。
で、その続きはデビアン。デビアンは、基本のシステムがインストールされたあとの、お世話が非常に簡単になっている。しかし、自由の意味もいろいろだなあと、saleemの文章を見て思った。続きは明日の日記かな?
Knopixもいじったよ〜。
今度はハードディスクに入れてつかってみようかな・・・。
自由を宣言したから自由なのでも、
不自由を宣言したから不自由なのでもなくて、
それはただ、相対する二つのことを宣言することすらできる
絶対の自由があるだけなんだということは
あたりまえだけど、それだけに、
覚えておかないとエライ事になる、という予感。
不自由を感じることができるほどに自由な世界ってか(笑)
「実はサニヤシンは一般の人よりも共有を避ける傾向にある」についてひとこと。
共有とシェアって、同じ概念じゃないけど、親戚の近接概念と見ていいですよね。
だから、シェアって話にしてしまうけど、サニヤシンにとってもっともシェアしたいことって、やっぱり和尚のことだと思います。だから、和尚のことが著作権絡みなんかで、自由にシェアできないという環境だと、あと他にシェアすることってあるのかな、という気分になってしまうのではないかなぁ〜?
「福音書」って簡単英語バイブルで言うと「グッド・ニュース」でしょ。「ニュース、ニュース、あのね…」という話ができないとなれば、あとわざわざ書くことなんてあるのかなぁ?新聞だって困るぞ〜、という気分になっちゃうんじゃないのかなぁ?
どう?
Nadam