![]() 覚えていますか? 初めてこの地球にたどり着いた時の事。 青く輝く地球に照らされて、 地上のどんなダイヤモンドよりも 美しく光輝いていた あなたの 姿を Remember that you are beautiful. You are the beauty. You are the joy. You are the creativity.
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ありがとう (はぁと)。 |
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2006-08-12 [長年日記]☆ 戦争がなくなるためには、何を増やしたら良いのだろう自動的に戦争がなくなるためには、何が増えたら良いんだろう。 侵略戦争をはじめたい人は、"もっと欲しい"人だ。既に溢れるように持っているのに、"もっと欲しい"人かも。これらの人達は、実際には戦わない。人々を戦いに送り込む。あるいは、人々を戦いに送り込むべきだという人々を増やす。 戦いをするべきだという人々には何が必要なのだろう? 戦士の大半は被害者だ。戦いたくないのに戦わざるを得ない立場に追い込まれた。 ---- 共有と共生の喜びというのは、より底辺の人々にはとても役に立つものだと思う。 自由なソフトウェアを起点とする、自由に共有された資源が増えることと、共有して共生して創造する喜びを基礎とする人々が増えることも、結果的に戦争がなくなることへと結び付くとカタクナに信じています。 被害者を減らすと、加害者もへります。加害者は過去にはなんらかの形で被害者なのです。 既に溢れるように持っているのに、"もっと欲しい"人というのも、過去にはたぶん幼少時に被害者であったが故に、加害者になっていると考えるのが自然かと思う。 例えば現アメリカ大統領も非常に可哀想な被害者かもしれない。彼はどうなっても何を手に入れても満足し安心することの出来ない可愛そうな被害者なのかもしれない。 さっき、もし、世界が100人の村だったら6人のアメリカ人が世界の富の58%を持っているってページを友人からのリンクで見た。 フリーソフトウェア(自由なソフトウェア)を起点とする自由な創造ムーブメントは、単に創造的活動を行い、創造物を法で守られた共有状態に置くことで、多くの人々が創造を共有することになり、自動的に世界中の人々を豊かにしてゆくという、目から鱗のムーブメントなのです。 100ドルPCというのもあるね、これで世界中にコンピュタを使える人が増えると良いね。 ---- この文章はBヴェッシュのブログの文章を読んで、浮かんできた言葉でした。 ---- 戦争をなくするというのは、否定的な手法だ。普通は否定的な手法はうまくいかない。否定的な手法には抑圧がつき物だから。物事を良く見て、そこにどのような肯定的な手法を持ち込むと良いかが分かると、それはうまくゆく可能性がより多い。 クイックリリースの基本原理では、どんな破壊的な意識の中心にも、創造的な意識が抑圧されているということだ。 戦争をする意識というのが、その破壊的な意識ならば、その破壊的な意識の中心に抑圧されている創造的な意識を解放してあげれば、破壊的な意識は自動的に、幸福を感じながら消えさってゆく。 問題は、その抑圧されている創造的な意識というのが、どんな質だろうかということだ。その抑圧のしくみを見れば、地球上のほとんどの人々が戦争を起こすことに加担していることが分かるはずだ。 ---- Tオちゃんの今日のブログが戦争のことを書いていたので、トラックバックを飛ばしています。考えてみたら、Tオちゃんも、Bヴェッシュも、自由なソフトウェアというか、コピーレフト運動の関連での継りのひとです。
本日のTrackBacks(全7件)
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最新のコメント: 1.シーポヨ(08-30 01:42) 2.sneha(08-29 18:26) 3.シーポヨ(08-28 13:45) 4.あまら(08-28 09:35) 5.Chintano(08-28 08:36) 6.あみ(08-26 07:19) 7.chaki(08-26 02:45) 8.シーポヨ(08-26 00:17) 9.シーポヨ(08-26 00:16) 10.ガヤトリ(08-25 21:53) 11.Kohra(08-25 21:49) 12.シーポヨ(08-25 21:40) 13.Chintano(08-25 21:27) 14.あみ(08-25 21:13) 15.Chintano(08-24 20:49)
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にさちゃん誕生日おめでとう!
日本にも来てね♪
ニサルグにおめでとうのキッスとハッグを送りま〜〜〜す!
ちゅっ ちゅっ
ニサちゃん、誕生日おめでとう♪
Happy Birthday Nisarg!
人々がどんどん気づき、覚醒が増している時代に、
人々をこれまで通りコントロールしたいという極一部の者たちが、
死にものぐるいで「恐怖」を与えようとしているわけだ。
それが必要条件だからね。
無力感を与え、絶望感を与え、自分には何の力もない、
と思いこませたい。
このカラクリに気づいて、見抜いて、
個々人の内に無限の可能性があることを実践していけばいいわけだよね。
遅ればせながらハッピーバースデーニサルグ!
今度パイを焼いてもっていくね。
ニサルグは何のパイが好きかな?
フルーツは何でも大丈夫だよね?
>>soma
How is everything? body? Lotus?
I am happy to have a message from you.
Big Hug, Lot of Love.
Nisarg
>>nunuぴょん
How are you ? When you come to Pune?
I am happy to receive your message.
Lot of Love, Big Hug.
Nisarg
>>スマイリー・ティアス
How is going with the Salsa Bar?
We all miss you a lot here.
When do you come?
Lot of Love. Big Hug.
Nisarg
>>Chintano
Thank you, Chintano.
Lot of Love, Big Hug.
Nisarg
(セトゥこめんと:実は30分前まで一緒にいたのだが
>>sameera
Thank you, Sameera.
How is babies?
Apple pie I like or which pie can you make?
Any frutes you like to make, I will enjoy.
Lot of Love, Big Hug.
Nisarg.
Happy birthday,Nisarg!
I wish your lovely life!!
love Mintia
setu
ブログの紹介とトラックバックありがとう。いろいろ考えた。
この時期、日本においては、年に一度のお祭りかなにかのように、「戦争問題」がもちあがる。そのこと自体には別に抵抗はないのだが、本当に戦争がなくなるためには、このようなアプローチではないのではないだろうか、と思う。
広島にも長崎にも沖縄にも靖国神社にも皇居にもいってみた。グアムにいった時も、当時の戦争の爪あとも見てきた。父親も中国大陸に軍人として出兵した時の傷が原因で早世した。身の回りには戦死した人々の話がたくさんあり、私自身は自分のことを、戦争を知らない子供たちだとは思っていない。
しかしながら、戦後61年を経て、いわゆる「反戦」運動というもののベースというものがどうも違うのだろうと思っている。今年の8月15日には、小泉首相の靖国参拝について苦言を呈していた加藤代議士の自宅に右翼が放火し割腹する、という事件がおきている。いわゆる戦争問題は、このような雰囲気の中で語られるべきではないのだと思う。
上にsetuが書いてくれた事柄のほうが、よっぽど本質的だと思うし、私はおおいに賛成できる。
ちょっと遅れた、ポイントのずれた返信になってしまったかもしれないが、このようなテーマをそれなりに今後も見つめていきたいと思っています。
「戦争がなくなるためには、何を減らしたら良いのだろう」というのもアリ?(笑)。
たとえば、石油が枯渇したら、戦車が走らなくなるかも。動かなくなった戦車を見てみたい(爆)。
まっ、戦争が起こるのは、人々の内面に平安や喜びより怒りや不満のほうが多いことの現れにすぎないとも言える?かな。
発電機ではなく発歓機をつくらないと。
戦争を仕掛けている者たちに根深い分離感と恐怖感があるんだろうね。
そして、それに同調してしまっているメディアが不安の拡声器の役割を果たしているようで。
それに影響を受けて、恐怖や不安をもとにした議論が始まる・・・という図式かしら。
混迷と流血の情報に、絶望感や無力感が広がる・・・
というのでは思うつぼなんだろうね。
自ら発している波動が何なのか?
ちょっと大げさにいえば、あらゆる人が創造主だ
とも言えるよね。
光が増しているときに、その流れに逆らって
起きている悲惨な現象の奥にある
執着や信念や心情や想念や情念やトラウマ・・・
解き放たれていくといいね。
歌や笑いや喜びやダンスやクリエイティブのエナジーが
流れるままに・・・
実はどんどん普通の人たちが開けてきているようだよ・・・
この希にみる激変期の劇場に立ち会うことを望んだ人たちが
いま生きているわけだから、
自分を知るというところに帰ってくるよね。