![]() 覚えていますか? 初めてこの地球にたどり着いた時の事。 青く輝く地球に照らされて、 地上のどんなダイヤモンドよりも 美しく光輝いていた あなたの 姿を Remember that you are beautiful. You are the beauty. You are the joy. You are the creativity.
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ありがとう (はぁと)。 |
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2006-11-02 [長年日記]☆ [今日][旅行] バンコックと言う訳で、半年毎にインドを出ないといけないので、今回もバンコックに来ました。今朝の6時頃に着いた。新しい国際空港がオープンしていてすごくきれいなので驚いた。 つい、古い国際空港をボンベイに送ってくれないかしら?とか冗談を言った。 新しい国際空港は、古い空港からタクシーで150バーツ程高くなる距離。作っているのは知ってたんだけど、オープンしてたのは知らなかった。ガラスとテントで作ってある(笑い) ガラスの部分はニューヨークだったけ?にあるアップルのガラス張りのお店と同じ作り方みたい。テントの屋根の部分は、古いブッダホールを思い出させて、懐かしいです。オショウ。 タクシーで移動。到着ロビーの下の階にあるメータータクシーで、420バーツもかかった。高速代40バーツと、空港発の特別料金50バーツを含む。古い空港では、外に出て道でタクシーを拾って、高速を使わなくても問題のない時間帯だと180バーツだった。今が同じ条件で330バーツだから、150バーツ分の長距離になったか? 夜中のフライトで疲れきってきたので、バスとかを使う気持ちもなくタクシーで移動。 テュイのゲストハウスは、大きな部屋が前回450バーツだったのが、600ルピーに値上がりしていた。まあ、5年ぶりくらいの値上げか?円とバーツの両替レートも今は条件が悪くて(バーツが高くて)1万円が3100バーツ以下だ。半年前は3500バーツくらいだった。この5年間で一番高いみたい。 とはいえ、ついたら半年前からそのままいたような気分。 暑くもなく、寒くもなく、温かいと暑いの間くらいの気温。過ごしやすいです。 ラブ PS パッタイ食べました。 本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]
2006-11-04 [長年日記]☆ [自由な世界] 29.8%のWindowsXPユーザーがVistaではなくLinuxへの移行を考えていると言う記事を発見。ユーザと言っても、技術のあるユーザの話らしい。しかし、これはパワーユーザという事だろう。これは、少し前に僕の描いていたシナリオに一致する。 まず、パワーユーザの数が増える必要がある。というのは、普通のユーザに取って近くに助けを求められる他のユーザが必要だから。だから、VISAの次のヴァージョンアップには、普通のユーザが大挙してくる(30%:爆)可能性がある。 自分をパワーユーザと誇っている方は、今のうちにLinuxのパワーユーザにもなっていてくださいね Uubuntu Linux がなかなかいいです。 ☆ [旅行記] バンコックで買いものコンピュータの専門店がかたまっている大形ビルの、パンティップ・プラザ(World Trade Centerの近く。別名 IT City。タクシーのドライバーは普通知っている)へ行ってきた。MP3プレイヤーと、ラップトップのメモリを買った。256MBのラップトップ用DDRメモリーが800バーツと、インドの半額以下。 MP3プレイヤーは、外部のSDカードを差し込めるのが2000バーツであった。こんなのが欲しかった。内部が512MBメモリ。1GBのSDカードを持っているのでこれが使えるのがうれしいし。複数のSDカードを持ち運んで差し替えが出来る。 急いでお買物を済ませて、島に移動したいのでした。 それでも、何が良いのか体の調子がすごく良くって、良く眠れるし、いろいろな事をする気力に満ちてきています。ううう。泊まっているのが、大きな木に囲まれた居心地のよい古い木造のゲスとハウスなのも良いのかな? まだ、トゥイにはあってません。妹さんと庭師のおじさんがいる。トゥイは前回「外で働いてる」とか言ってたけど。最近は、あちこちゲストハウスに手を入れている。前回、工事中の部分を見たら、シロアリがすこし入っていてトゥイが数日間暗い顔をしていた。 その部分の工事は終わっていたし、トイレも全部大理石張りになって美しい。エアコンはないのだけど、たくさんの木の中なので涼しいです。 2006-11-06 [長年日記]☆ [旅行記][バンコク][デジカメ] カメラを買った実は数週間前に手持ちのデジカメが壊れていて、カメラのない生活をしていた。キョーセラのカメラなので、インドでは修理できないって言うか、キョーセラは、僕がここカメラを買った直後にデジカメを止めている。買ったバンコックなら何とかなるかと思った。でも、、、 バンコクのキョーセラのサービスセンターに持っていったら直せるけど、レンズを交換する必要があるかもしれないし、l更に2週間では直せないだろうってことで、今回は修理は断念。そのうち日本に送って直してもらおう。買って二年なので保証も切れているはず。(保証書を持ってこなかったなあ パンティップ・プラザを見ていたら中古で欲しそうなのがあったので、買ってしまった。5500バーツ。買うときにUSBケーブルのちゃんとしたのが付いてないのに気がついた。代わりにUSBに繋ぐメモリ・リーダが付けてある。中古なのでないのか?でもカメラは新品同然に見えるし、あとで考えたらもしかして盗品とか、あるいは展示品かもしれない。傷ひとつ付いていない。 インドで使うことを考えるとやはりインドで買ってインドで保証書がついていて、インドで売っていて、近所のお店で買ってあとでサポートをもらえるのが良いかなとか思っていた。でも、欲しそうなカメラで修理代に毛が生えた位で買えると思うとまたちょっとリスクをしょってしまうことになる。キョーセラのカメラを日本に送って修理したら二台になるので、壊れたときの心配が減る。 しかし、日本に送って修理したら幾らかかるんだろう?バンコクですら最低の修理代が1100バーツ。これは4000円くらいだな。1万円かかるなら新しいのを買った方が得な気がするなあ。レンズが中で引っかかっているので、レンズの分解修理ということになると、彼らはレンズを交換したがるに違いない。レンズって一番高そうな部品な気がするが。自分で分解修理を考えたが、開けてみると細かい部品がびっしりと詰め込んであり、レンズに到達するまでに沢山の部品を外す必要がありそうなので断念した。 さて、買ったのは「SumSumg DigiMax V50」というカメラで、実はこれは前回キョーセラのカメラを買うときに迷った別のカメラの新しいタイプのようだ。5.3Mピクセルで、今のデジカメの8Mとか10Mとかに比べたら少ないが、そんな高解像度を誰が必要とするのか?キョーセラのカメラは3Mピクセルだったので、ちょっと解像度があがった。 それよりもうれしいのは、このカメラはとてもマニアックに出来ていることだ。エンジニアが、簡単に追加できる機能だから追加してあるような感じ。普通、マニア向けではないカメラは、機能を単純化する傾向にある。というのは、あまり機能が多いと利用者が迷ってしまうから。それで普通の人が使わないような機能は省略される。それを含めることが簡単だとしても。 でも僕はマニアなのでというか出来たら自分で指定できたらうれしいので、そういうことが出来るようになっているのはうれしい。 うれしい二つの事は、「単三電池2本を使うことが出来る」、「MP4の圧縮で長時間のビデオが640x480の解像度、30コマ秒で録れる」 また、ちょっとうれしいのは、静止画で手動(マニュアル)設定の機能があることだ。ピント・シャッター速度・絞りを手動で設定できる。あるいはホワイトバランスの各種の選択の他に手動で色のバランスを設定できること。手動の設定をいくつか記憶させておける。これは、クリスタルや色を重視する物の写真が良く録れる。あるいは、同じタイプの物を複数録るときに便利。 以前オーラソーマの100本以上のボトルの写真を録ったときに欲しかった機能だ。ボトルを置く場所を決めておいて、一度ピントや色の調整が出来たら、あとは単にボトルを交換してシャッターを押すだけで済むので、あっという間に100枚以上の写真が録れる。 最近はクリスタルに再びはまり始めているので、クリスタル類の写真を沢山録るときには便利だろうな。 うれしいのは、ビデオだね。640x480・30コマ秒で128MBのメモリで7分録れる。1024MB(1GB)のメモリを入れたら、1時間程度録れる。1GBのメモリは以前のカメラ用に持っている。 まあ、こんな長くビデオを録るには電池が持たないだろうが、うれしいのは単三電池が使えることだ。単三電池を沢山充電して持ち歩いたら良い。最近は3000mAに近い容量の充電電池が売っている。2本の2800mAの電池をおまけに付けてくれたが、あと2本を買って四本にした。カメラには2本の単三電池を入れる。 オプションで売っている専用の充電電池(バッテリー)は2400mAと書いてあるから、もしかして単三電池のほうが良いのかな? しかし、後で試してみると充電したての電池でも5分のビデオを録るのが精一杯だ。うむむ。安い充電池なのでもしかして、2800mAと書いてあるのが嘘なのか?こんどちゃんとしたメーカ製の電池を買ってみよう。あるいはアルカリ電池でどのくらいできるか試してみよう。 [ツッコミを入れる]
2006-11-07 [長年日記]☆ [旅行記][コチャン] 1日目「出発」 朝7時頃に起きて、朝8時のバスを目指して近くの旅行代理店へ。既にチケットは買ってあって、8時前後に出迎えのミニバスが来ることになっている。旅行代理店の前の道を渡ろうとしているとミニバスが止まって「コチャン?」と聞かれた。ラッキー、前回はここで30分以上確か1時間近く待った気がする。 というか、早くミニバスがここに来たということは、これからいろいろな待ち合い場所を回って行くって事。 「セトゥでいられて幸せ」 だなあって思った。他の人として生まれて生きることなんて考えられない。僕は僕でいられることがすごく幸せだなあってなんともなしに思ったよ。今まで、このことを思ったことはなかったかもしれない。ありがとう、セトゥ。 バスの中で持ってきたオショウの講話を聞き始める。この講和シリーズ,すごくいいです。まだ日本語に翻訳なってなかったら翻訳したい。From Unconsciousness To Consciousness。 「島へ到着。乗り合いタクシーの中で、行き先を変更」 船が岸に着いたのと同時に席を立って降りる体制に。前回、タクシーを待たされたので。 クーロン・パオ・ビーチのKPハットと告げて、5分ほど乗り合いタクシーがいっぱいになるのを待って出発。乗物は、実は乗り合いタクシーしかない。他の乗物が良かったら、島の前にレンタカーを借りてフェリーで来るしかない。乗り合いタクシーと言っても、トラックの荷台に座席が向かい合って簡単に作られて、屋根に荷物を乗せるようになっているだけ。 しばらくして隣の女性がロンリー・ビーチへ行くっていうのを聞いて、僕とニサーグはちょっと惹かれてしまった。いつものKPハットはすごく気に入っているんだけど、こんどで3回目だ。違う所に行きたい気持ちもあった。 実はバンコックを出る前日、バスのチケットを買うときになって、ニサーグが「山に行くのはたいへんなの?」とか聞き始めて、行き先をこれから選ぶような雰囲気になる。僕は「別の場所でも良いけど、コチャンでトータリー・ハッピーだよ」って言う。結局、既に数日が過ぎていてこれから行き先を迷ってはまたバンコクの滞在が延びるかもしれないので、行き先は、そのままコ・チャンになった。 実は前回、「トリー・ハウス」というバンガローの名前を聞いている。名前になんとなく惹かれていたの。KPハットみたいな木の上のハットがある場所かな?とか。隣の女性もいい感じにくつろいでいる人なので、同じようなタイプの人々がいるんだろうということで。。。 しばらく、感じてみたあと、乗り合いタクシーの運転手に僕等もロンリービーチに行くと告げる。 「ちょっと試したけど、KPハットへ戻ることに」 女性は「ひとつのリゾートだけがあるビーチ」と言ったような気がして、つい、ビーチにひとつしかリゾートがないプライベートな場所なのだと勘違いしたのだけど、違った。いる人達はいい感じなんだけど、バンガローが密集していて、「静かな」という雰囲気でもなく、パーティの張り紙とかしてあって、どうやらパーティやら音楽やらでうるさくなりそう。 ニサーグの機嫌も悪くなり、しばらく良い場所を探してみようかという気も失せて、1時間程度で「KPハットに戻ろう」という決定に。でも、ロンリー・ビーチには100バーツのバンガローもあり、長期滞在するには良いかもなあ。見るからに長期滞在者風の人々が多かった。 「幸せなKPハット」 KPハットに戻ってよかった。広い敷地にバンガローが点在している。間が広々している。ビーチの木の上のハットもひとつ空いていた。ラッキー。何より静か。レストランも8時で閉じちゃう。KPハットは300バーツの平地のハットと、500バーツの木の上のビーチの真上のハット。 「幸せな睡眠」 あっという間に眠ったよ。すぐそこに波の音があって、沈み込むように眠る。 [ツッコミを入れる]
2006-11-08 [長年日記]☆ [旅行記][コチャン] 2日目 「幸せなお目覚め」起きて、ちょっとしてからビーチにいることに気がついた。しばらくどこにいるのか分からなかった。テラスに出て海を見て幸せな気分。海に入ろうかなとか思ったけど、なんとなくまだ体の準備が出来ていないなあとか思いながらトイレに。木の上のハットにはトイレが付いていなくて、20メートルほど離れたところにいくのだけど、僕はハットのトイレやシャワーというのが清潔に感じたことがなくて、なんとなく汚れが部屋の一部にあるような気がして好きではなかったので、トイレとシャワーが別なのは平気。 最初に来た1年前はニサちゃんは、トイレシャワーが離れているのは嫌とか言いながらも、ビーチの木の上のハットに魅せられて気に入ってしまった。 「幸せなうたた寝」 ハンモックをセットして、揺られていたら不覚にも眠ってしまった。1時間くらいで幸せに起きた。 [ツッコミを入れる]
2006-11-10 [長年日記]☆ [旅行記][コチャン] 4日目初めてマーケットに出てインターネットをしたりフルーツや水を買ったり。ビールはニサちゃんへのおみやげ。6リットルの水ボトルとラップトップをバッグパックに入れて5分ほど歩いて帰る。タクシーというのは滅多に通らないのです。トゥクトゥク(リキシャのようなもの)もなし。 インターネットは、ADSLのある程度の速度は出るものの、遅いときが多い。僕が一人のお客。1分2バーツ。1時間で120バーツじゃない。高い。三日ぶりのネットだったので1時間使ってしまった。1時間だと100バーツだそうだが、高い。隣のロンリービーチでは、1時間70バーツだと言っていた。 探したら安い場所があるかな?かといって歩くのもたいへん。バンガローにはネット環境はなし。 この日記は今はオフラインで、ハットで書いています。後でネットに行ったときにアップします。二日に一度以上はネットに行かないと思う。今度来るときにはモバイルでのネット環境を確保しよう。 [ツッコミを入れる]
2006-11-11 [長年日記]☆ [旅行記][コチャン] 5日目朝起きてくると、ビーチの外れでなにやらセットアップをしている。しばらくするとマイクとスピーカのテストを始めて、もしやパーティか?見てみると結婚式のセットアップ。ビーチサイドでの結婚式。 タイ人がこういうことをするような気がしないので、タイに住んでいる西洋人のカップルだろうか?と思っていたら、やっぱりそうだった。花嫁が結婚式場で待っていて、タイ人の子供達の演奏するタイ音楽で新郎がパレードしてくる。これってインドの結婚式みたい。 花のゲートで花嫁が待っていて、花束を新郎にかける。 最初はタイ音楽でやさしい太鼓だのだったのが、やがてへたくそな(笑)ポップミュージックの歌が始まってうるさかった。夜になると、どうもカラオケで参加者が歌い始めたのか、こっちのほうがやさしくてましだったよ。 晩ごはんの後、ハットに帰ってきたときに椅子の足に足指を引っかけていたくなってしまった。どうも指の間接をぶつけて中を傷つけたようす。外傷はなし。タイガーバームを塗ってガーゼで保護して、更に隣の指と一緒に巻いておいた。 「確か今日はPS3の発売の日かな?」 11日は北米で、日本の発売は既に起きたのかな?ソニーにはがんばってほしいです。Linuxを標準で乗せるって話もあったけどどうなったのかな? [ツッコミを入れる]
2006-11-12 [長年日記]☆ [旅行記][コチャン] 6日目「足指の具合は落ち着いて普通に歩ける」 ようになった。腫れ上がったらどうしようかと思ったけど、良かった。タイガーバームの威力ということにしておこう。今日も一日足の指には負担をかけないで、タイガーバームを塗ってガーゼで守っておこう。 右隣のフランス人家族が離れた。10歳以下の女の子が一人とパパとママ。パパは女の子のビデオを忙しかった。僕だってあんなに可愛い娘がいたらビデオだの写真だので人生を終わってしまっても不思議ではない(爆 午後になって、空いた右となりにカップルが入った。遠くから聞こえる声を聞くと、もしかしてフランス人かも。 左隣はロシア人の若い女の子ふたりづれ。ビキニ姿がまぶしいです。うちのニサちゃんのビキニ姿もまぶしいがいつも見ているのとそうじゃないのとではやはり違います(爆爆 [ツッコミを入れる]
2006-11-13 [長年日記]☆ [旅行記][コチャン] 7日目朝、早く起きた。昨晩、思っていたことを思った。 オショウが無意識とか集合無意識とか言って、エッカート・トールが痛みの身体(Pain Body)と言っていること。そこには無意識のネットワークがあること。あるいは、集合無意識であるかの如く振る舞う痛みのネットワーク。 一見、そのネットワークの参加者は、そうのように意図してかつ意識して参加協力しているように見えるけど、無意図だし、無意識だ。だからこそたちが悪い。自分が何をしているのか知らない。 残念ながら僕もそのネットワークの一部になり使われることもあると思う。ネットワークの働きは、単純で、「新しい物が生まれるのを阻止する」「意識的な人々が生まれるのを阻止する」「痛みを持った人々が増えるのを促進する」「自分と同じ痛みを人に感じさせようとする」 これらは全て無意識に働いている。個人的な無意識の障害だけではなく、そこにグループになった無意識の障害。同じ痛みは共鳴して、無意識な情報伝達が行われる。参加者は、個人的に良いことをしていると感じながら上の事を行うからたちが悪い。参加者は無意識に協力しあい、無意識に計画的に働く。 上の定義を見ると、いわゆる一般的な政治世界だけではなくて、いわゆる宗教と呼ばれている組織宗教のベースにもなっていることがわかる。本当は、それぞれの宗教というのは逆の働きをすべく始められた。しかし途中で、無意識のネットワークの一部に組み込まれた。 ネットで手に入れたオショウの講和のMP3を持ってきて、MP3プレーヤにいれて聞いている。無意識から意識へ(From Unconsciousness To Consciousness)のシリーズで、1981年から公的な沈黙を保ったオショウが、数年ぶりに講話を始めたときのものだ。たしか1985年だったように覚えている。 1981年までの講和では歯に衣を着せてはなしていたオショウが、思いをそのまま話している。昨日聞いていたのは7つ目の講和で、「なぜあなたは政治家に反対するのですか?」と言う質問に答えて、「私はだれにも反対しない。私は『力への意志』に反対する」といっている。これは、人類の問題の根源を探した結果だという。 これらの話を聞いたのがきっかけとなって昨日の夜に上の事を思い出したのかもしれない。 最初に無意識のネットワークに気がついたのは1989年の1月の事だ。 オショウと言うのはこの無意識のネットワークに対抗するもっとも強力な勢力のひとつだ。 「夜」 こうして日記を書いています。MP3プレーヤを買ったのにはふたつ理由があって、オショウの講和と、もうひとつはヘミ・シンク。MP3プレーヤに音楽を入れて持ち運ぼうって気はなかった。最近は音楽をあまり聞くことがない。特に自然の音がある所では自然の音を聞いているのが好きなので。 小さなMP3プレーヤにオショウの講和とヘミ・シンクを入れておいて、居心地のよ居場所でくつろいで聞くって言うのをしたかった。CDプレーヤを持ち歩いてみたけど、ちょっと大きいでしょ?これは成功。 サルサのMP3も持ってきていたので、入れてニサーグに貸したらMP3プレーヤをぶら下げてしばらくダンスしてた。バンコクに戻ったらもう一台買うことに。ニサーグはヘミ・シンクも気に入ってくれた。 持っているのは、Gateway Experience の全シリーズ。 「無意識から意識へ」の講話は30巻持っているのだけど、持ってきたのは10巻だけ。こんなに簡単に聞くとは思わなかった、失敗。残りはふたつだけ。今日はもったいないので、昨日聞いたのをもう一度聞いた。多分、10巻が終わったら、1に戻って繰り返そう。すごく良い。 出発前にラップトップのディスクの整理をして、空きを沢山作った。持ってきたのを入れておこうと思って、結構忘れている。今回気がついたショックな事。ラップトップのUSBが2ではない。古い遅いUSBの模様。げげ、どうしよう。それとも1GBのコピーって、USB2 でもこんなに時間がかかったっけ? 。。。。デバイスの設定を調べてみたら、USB1.1 の規格で、12MB/秒の転送速度だと判明。うう。2003年製のラップトップってusb2.0じゃないの?ショック。当然 usb2.0だと思ってた。2.0はどのくらいの転送速度があるんだろう?pccardでusb2.0が売っていたら確保すべきか?うむむ。 [ツッコミを入れる]
2006-11-14 [長年日記]☆ [旅行記][コチャン] 8日目朝7時半頃起きてぼーっとしてしばらくしていると、隣のハットのチェックに宿の女の子がやってきた。どうやら隣のロシア人ガールズが出たようだ。急いでチェックを入れて空いたのを確認。掃除が終わってから移動できるって事で11時過ぎに移動できることを確認して、確保する。 隣の方がバルコニーが広くって、部屋もすこし新しげで居心地が良い。何よりもバルコニーが倍くらい広くなるのがうれしい。値段は一緒。 こうして日記を書いている今は既に移動してから数時間が過ぎてランチもハットのテーブルで食べて、バルコニーの椅子やテーブルの配置も好みに変えて、ハンモックも気持ちよくぶら下げて既に3時。足の指の腫れもひいてきたのでもう少しでインターネットをしに行ってくる。 ビデオをカットしたり繋いだりするソフトの avidemux は入れてあるんだけど、もう少し複雑な編集もしてみたい。いわゆるノンリニア・ビデオ編集ソフトというやつか?プロ仕様のソフトもあるんだけど、使いかたが複雑だし、インストールも単純ではないかもしれない。Ubuntu Linux のソフト一覧を見てみると、二つのソフトが用意されている。 kino と、pitivi のふたつ。後でネットに繋いだら、aptitude install kino pitivi とおまじないをして自動的にダウンロードしてインストールしてもらおう。debian系のLinuxはこのへんがすごく気楽なのでうれしい。自動的にインストールできるソフトのパッケージの数も非常に多いし。 ☆ PS3の発売は順調な様子ですね って、少ししか作ってないけど、今後、どのくらいのペースで作るんだろう?日本での発売は8万台だけで取り合えず売りきれ。1000万台を売らないとならないPS3だからなあ。 ☆ [自由な世界] Javaがフリー(自由)になったJavaと言うのはコンピュータ・プログラムの環境だけど、これがなんと自由なライセンスである「GPLライセンス」で公開された。正真正銘の自由なソフトウェアの仲間入だ。 すでにJavaは広範囲で使われているので、このSunの基本的なJava関連のソフトが標準になると思う。GNUプロジェクトなどでは、Javaが自由ではないのに痺れを切らして、自由なライセンスで公開される別の版をほとんど完成している。 すこし無駄な作業になったけど、この作業がなかったらSunからのJavaが自由な状態で公開されることはなかったかもしれないので、無駄ではない。また、作業をしていた人達も技術的なことが身についたし、また、SunのJavaがGPLになったことで、GNUプロジェクトのJavaとの合流もありえる。 より素晴らしい単一のJavaになるかもしれない。 また、SunのJavaが自由になったことで、他の自由なソフトウェアの一部として組み込まれてゆくことが考えられる。例えば、OpenOfficeには、Javaの機能が組み込まれようとしているが、SunのJavaが自由なライセンスではなかったので、SunのJava以外でも動くような形で組み込まれている。 しかし、今、SunのJava実装が自由になったことで、OpenOfficeと完全に一体化することに問題がなくなったことになる。OpenOfficeはJavaの広大な資源を手に入れたことになる。 また、GNU/Linuxの基本的な核の部分に含まれてゆくこともありうる。 あるいはまた、各種の言語と一体化してゆくこともありうる。 Javaというのは、言語である側面とは又別に、実行環境でもある。Javaの実行環境で動く言語はJavaだけではない。数多くのScript言語がJava実行環境で動くようになっている。PythonだとかSchemeとか、Rubyもあったようなきもする。 一番期待できるのが、Linuxの基本部分にJava実行環境が含まれてゆくことだろう。このことで、Linuxの環境が格段に進化して、また、そのことでJava自体が広まり、さらなる開発者が参加してゆくことすらありうる。 場合によっては、Firefoxの一部として組み込まれるかもしれない。Javaの存在が期待されてFirefoxが動く。そうなると、Flashを使うよりも Javaを使った方が良くなったりする状況もありうる。今や、FlashはWebの標準技術なので、自由な実装が求められていて、GNUプロジェクトでは自由なFlash実装をかなり完成させている。 何よりのニュースは、「自由な世界」が更に広がったということです。自由な世界へようこそ Java。 2006-11-15 [長年日記]☆ [コチャン][旅行記] 9日目実はまだ8日目の夜だけど、ほとんど早朝だ。今は午前3時。一度寝たんだけど目が覚めちゃった。日記を書くつもりはなかったんだけど、コンピュータを開いたら書きかけの日記が開いていたので、書いている。 自由な世界がどんな風に実現してゆくのかを、目が覚めて眠れないでいるときに思っていた。何かの創製物を、この自由なライセンスで公開するということで、そこにすでにある「自由な世界」に属することを宣言する。 そのようにして自由な世界に属するものを増やしてゆくのが、この運動だ。実際、宇宙創成から全ては自由なライセンスで公開されてきたといっても良い。自由なライセンスというのは、ある物が「自由な世界」に属することを法的に強制する。「独占的な所有の世界」に属することが出来ないことを宣言する。 この独占的な所有の世界というのは比較的新しい世界だと思う。必要なだけを所有することは自然な世界だけど、不必要に所有する世界は比較的新しい世界だ。必要なものが共有され、共同で創造活動されるのが自然な世界だ。 例えば、物理法則は共有されている。そこには何の独占的な適用はない。 それはさておき、「自由な世界を創り出す」というのではなく、「そこに既にある自由な世界へ、所属するものを増やしてゆく」という考えはとても正しい方向性に思えるし、それは1980年代から徐々に成功してきている。 何かを創造する事が出来る人々は、創造した物のうちわずかでも自由な世界に所属させることで、自由な世界は広がってゆく。自由な世界とは創造的に自由な世界だとも言える。誰もが特別な許可なくとも、共同的な創造活動に参加できる。 また、創造したものが特になくとも、自由な世界に所属するものを利用することで、自由な世界の拡大に参加することが出来る。単に使って、「これはいいぞ:って回りに話を広めるだけでも良い。自由な世界では、最初は利用者に留まる人が多いかもしれないけど、やがて誰もがなんらかの形で創造的に参加したくなるはずだ。 今はまだ、基本的な道具であるコンピュータソフトウェアがその中心的な創造物だけど、既にウィキペディアなどの知識の表現や、映画や音楽なども増えてきている。例えば、ブログなどに自分で書いた文章を自由な世界に所属することを宣言することで、創造的な参加をすることができる。 自由な世界に所属させるといっても、それを創り出したのが誰なのかという情報は、失われない。それはとても尊重されるのだ。それが自由なライセンスの特徴だ。 2006-11-20 [長年日記]☆ [旅行記][コチャン] 何日目かな?14日目?15日に書いてから日記を書いていなかった。なんとなくコンピュータの電源を入れたくない気分で、ネットカフェに行くときや、必要なメールを書くとき以外にはコンピュータのない生活をしていた。 今朝、手帳に万年筆で書いた文章があるから後でタイプしておこう。 今日は朝からボート(カヤック?)を借りて、ニサーグとお出かけ。海の外の方へ行こうかなと思いつつ、少し離れた所を海岸に沿って漕いでいる途中で、ラグーンがあることを思い出してラグーンに向かって入っていった。 ラグーンの中の水は深く見える。ラグーンの両脇にはハットやレストランがいくつか並んでいたり漁船が数隻とまっていたり、更に中へ入ってゆくときれいなレストランやら良さそうなリゾートやらが並んでいる。 更に中へ入ってゆくと少し湖の様になっていて岸にはマングローブが茂っていて、浅い海の水をおおっている。右と左に別れていて、右は狭くて行き止まりに見えるので左に行く。100メートル程で終わるので、戻る。 少しだけお金も持ってきたので、お茶でもしようと二つのレストランを眺めて、良さそうなリゾートのレストランを選ぶ。 ピア(舟着き場)にたどり着くのに行ったり来たりしてしまった。レストランのウエイターが笑って迎えてくれた。リゾートはかない良いリゾートのようで、遅い朝ごはん(10時半くらい?)を食べている紳士が数人いて、白いシャツを着てお上品にしている。僕等は海から着たので水着にTシャツ。Tシャツは太陽から守るために着てきた。 海に出るし、濡れるかもしれないので、1000バーツ札は部屋に置いてきたので、260バーツしかなくて、ちょっとした飲物だけ。ニサーグはカプチーノで僕はオレンジジュースで、税金とサービス料で155バーツ。PKハットの倍くらいだから、飛んでもなく高い訳ではないけど、持ってきていたお金で足りてよかったぁ。 でも、ウェイターが「食べ物は?」と聞いて、「飲物だけ」と答えたら、変な顔をしていた。入口で「飲物がいただきたいのですが」と行ってはいってきて、「よろしいですよ」と案内されたのだけどね。やはり、外から来て飲物だけのお客は避けたいのかな? ここには海岸を歩いて入ってくることは出来ない。リゾートのお客はボーイがろで漕ぐ木のボートで海岸まで出かけるようになっていて、海岸にはプライベート・ビーチと書いてデッキチェアーが並んでいる。 マネージャがハローとやってきて、どちらにお泊りですか?とか聞くので、しかたなくPKハットですと答える。おお、そういえば、最近はKPハットも名前をPKリゾートと変えたようだ。今度聞かれたら、KPリゾートと答えよう。何だか日本のアパートの名前の付け方のようだね。 ところで、先日PKハットで話したバンコクに住んで英語の先生をしているオーストラリア人の60前後のおばさんによると、彼女はクリスマスにオーストラリアから子供達を招待しているので下見をしに着ているのだけど、近所の高そうなリゾートは一泊7000バーツ(2万2千円くらい)だの3000バーツだのするとか言っていた。 「わたしがみんなの分を出すので、高すぎるわよ」と、まあ、タイの普通の金額だと7000バーツって高いんだろうなあ。 でも、庭とか家具とか、タイのよい感じが出ていて良かったよ。レストランと客室は離れていて、熱帯植物で作った庭の通路を通って行く。 「PKハットからは来れないでしょう?」ってマネージャーが言うので、「いやあ、ボートで遊んでいてラグーンに入ってきて遊んでいてここを見付けたんですよ」と答えると、「この先を、右側に入ってゆくと、マングローブの森が1キロ程続いていて入ってゆくことができて、鳥だのがいて楽しいですよ」と教えてくれる。 「左に行ってもダメですよ」と言う。僕等が行ったのは左側だった。「右側の細い所を入って行くのですね?」と聞くと、「そうです」と教えてくれた。 しばらくくつろいで、お腹空いたなあ、1000バーツ札を取り出さなかったら良かったと思いながら、飲物じゃなくてスナックを頼んだら良かったとか思いながら、低血糖になったときの用心のためにニサーグのカプチーノ用に出てきた二袋の砂糖を確保。 部屋からは非常用のブラウンシュガーをひと袋持ってきているんだけどね。1時間程度の予定で、お昼まで出るとは思っていなかったので、ひと袋だと不安。残りは90バーツ程度あるので、普通のレストランなら何か食べれるので良いけど、そこまで漕ぐのも大変。 オレンジジュースでどうやら血糖もあがり、ラグーンの奥まで入ってゆくことに。これは、良かったです。静かで、水も止まっていて、奥は湖のようになっていたり、カメラを持っていかなかったので写真はありません。 実は昨晩、ラグーンの入口まで海岸を歩いてきたときに、ラグーンの入口にある Tarle (ターレー:フランス語で小屋という意味らしい)バンガローまで来て、「ここはすごい静かな感じだね。もしかして、裏のラグーンの感じもあるかも」とか言ってみたけど、やはりそうかもしれない。ターレー・バンガローは、灯りも暗めの白熱灯だけを使っていて、それも静けさを感じさせた。 最近は、白熱灯のソケットに入る蛍光灯が多用されているから、頭にうるさいね。僕は子供の頃から、蛍光灯には邪魔を感じていた。 昨晩、部屋に戻ったあと、ニサーグの読書用に用意した白熱灯だけにしてみたら、部屋も静かになった。それでも、リゾート一面に小さな蛍光灯が散らばっているからなあ。 ラグーンは本当に1キロくらい中に入って行けた。誰もいないマングローブの森の中。 しばらく遊んでから、海に戻ろうとラグーンから出かけたら、出口のあたりに、やはり少し別のラグーンへの入口がある。やはり入口は狭いのですぐに行き止まりになっているように見えるけど、入ってみる。しばらく行くと、やはり広い池のように広がっている。静かな水面を滑るように進んでゆくと、今度はちょっと趣味の悪いリゾートがある。 趣味の悪いというのは、あくまでも僕の主観です。いかにも作りましたって感じだね。新建材をいっぱい使っているし、岸はコンクリートと石でかためてある。多分、マングローブの森を切って作ったんだ。 そこの行き止まりの池をぐるっと囲むようにバンガローが並んでいる。 しばらくすると雨が軽く降り始めて、宿へ向かう。お昼ごはんの時間。 海に出ると、近くに止まった物がないので自分が進んでいるのか動いているのか分からないから、漕ぐ手につい力が入ってすぐに疲れる。岸を見ると、なんとなく自分が進んでいるのも分かるんだけどね。 宿に帰ってしばらくすると風が強くなり始めて波もすこし大きくなり始めた。 [ツッコミを入れる]
2006-11-22 [長年日記]☆ [コチャン][旅行記] 16日目。最後の午後。レムリア文明。お昼ごはんを食べながら、海を指さして、一万年前に存在した黄色人種の故郷である大地スンダランドの話をニサーグにする。現在、海の下にある広大な平野は、地球上に三ヶ所あり、ひとつがここにある。 タイの湾からインドネシア、バリ島まで広がる大きな陸地だ。現在、大陸棚と呼ばれているのは、1万年程度まで続いていた、氷河期が作った堆積平野だ。氷河期は数万年以上も長かったので、現在の平野部と比べると非常に広大だ。 スンダランドは、日本の国立博物館のホームページにも書いてあるように、学会的にも確認された大地で、遺伝子の距離を調査した研究では、全ての黄色人種はスンダランドに住んでいた。南アメリカにいる黄色人種ですらスンダランドの出身だ。 ここは、1万年程度前まで続いていたと記憶され、現在、海の下に沈んでいると記憶される太古の文明が存在した場所だと思っている。僕は、レムリアだと思っているが。 そのほか、ペルシャ湾もやはり平野部で、世界で一番古いと言われているメソポタミア文明の前文明が、このペルシャ湾ランド(?)に存在したとしても不思議ではない。メソポタミア文明の立上りを見ると、人類最初の文明にしては立上りが急速過ぎると感じる。 メソポタミアのシュメール文明以前の文明がペルシャ湾ランドにあり、ペルシャ湾ランドが海に沈んだ後にメソポタミアに移植されたと思うと自然な感じがする。 エジプト文明がメソポタミア文明の後に多くを移植して立上り、更にエジプト文明がアトランティス文明の名残を持ち運んでいるという我々の微かな記憶によると、やはりペルシャ湾ランドは、アトランティスだったと思っても良いかもしれない。 同様に、黄海のある中国・韓国・日本に囲まれた海底も、1万年程度まえは広大な陸地だったことが海底の地図を見ると分かる。黄海ランドと読んでみようか? 日本の神道がムー大陸の名残を伝えているという個人的な微かな記憶を含めると、黄海ランドはムー大陸だと思っても良いかもしれない。 ニサーグにこの事を話すと、ピタゴラスが伝える「地中海の先にアトランティスがある」という言い伝えはどうなるのか?と聞かれた。メソポタミアは地中海の奥側の更に向こう側になり逆方向である。単純に方向が逆に伝わったと考えても良いけど、別の話を思い付いた。 ペルシャ湾は、内海である。「地中海の向うにあった」というのを、「内海の向こう側にあった」と言い替えると、ペルシャ湾ランドを表現したことになる。ペルシャ湾ランドの海に面した部分は、ペルシャ湾の内海の海の出口にある。このへんにペルシャ湾ランドの中心地があったと思っても良いだろう。アトランティスの中心地である。 黄海ランドとスンダランドは、海底の地図を見れば分かるように海岸線をたどって幅の広い平野のベルトでつながっている。ムー文明とレムリア文明が近い感じで来る個人的な記憶とも一致する。 米の栽培はタイで始まった。いつ頃の事だろう。ここから中国へと広まり日本へとやってきた。 話の発端は、「なんでこんなにんタイはフルーツに豊富なんだろう」という話だった。「それは、スンダランドで開発された植物なんだよ」というのが僕の意見。スンダランド出は食物の栽培がされていたと思う。これらの豊富なフルーツは、小さくて美味しくなかったフルーツを長い期間をかけて開発したと思っても不思議じゃないでしょう? ☆ [コチャン][旅行記] インターネットがダウンさあ、島での最後のネットをしようと夕方にネットカフェに15分程度(よくわからない)歩いて行くとネットが落ちている。ちょっと買いものして戻っても、「多分明日」というネットのお姉さんの話。 インドに戻ったらモバイルのインターネット環境を整えておこう。で、次回、旅をするときには現地の携帯プロバイダと契約して、SIMチップを買って携帯に入れたら良い。タイとかなら安くて使い放題があるだろう。 そうおもって、通りの携帯屋さんに行っても「知らない」そうです。まあ、プーナでも町の携帯屋さんでもやはり「知らない」で、エアテルの直営のサービスセンターに行ってちゃんと分かったし。 バンコクで調べるのがよいかな?ネットで調べるのが一番かとも思うが。今はオフライン状態。バンコクはネットが安い(1時間30バーツ:100円以下)ので心配なく使えるけど、バンコクに戻ったら二日半ですることがいろいろとあるので、ネットに向かう時間もすくない。 ☆ [コチャン][旅行記] きれいなお姉さんたち結局、滞在は16泊17日になったね。長いようで短かった。最終日の朝には、僕は「このままここで一生を終えたい」とか思ったが、ニサーグも起きてきて I want to end up my life here like this.見たいな事を行っていた。何はともあれ僕等は同じ人種のようだ。だから10年以上も一緒にいるんだろうなあ。 到着した当時は隣にきれいなお姉さんの二人づれがいたけど、そんなにきれいなお姉さんの数は多いと思わなかったのが、この出発の1週間位前になってってから、数が増えた。 不思議に思うのだが、きれいなお姉さんと一緒にいるボーイフレンド(か、旦那)は、太っている。きれいなお姉さんはスタイルも良い。痩せていて胸とお尻の形も良く、足もすらりとしている。 ボーイフレンドが太っていて、そんなに美男子とも思えない。でも、しっかりしていて活動的な感じだ。どこの国から来ているひとが多いのだろう? フランス人のカップルのボーイフレンドは痩せていて、ひよわでたよりなさそうで、顔もぼーっとしている感じに見えるが。フランス人の女の子はスタイルが良いなあ。 太っているボーイフレンドはオーストラリア人かなあ?ロシア人の男も太り気味だ。ロシア人のきれいなお姉さんをつれている男は太って不細工でずるがしこくて情け容赦のない欲の深そうな人間に見える。まあ、見ただけだけどさ。 ロシアでは貧富の差が大きいって言う風な話を聞いた覚えがある。アシュラムに来るのは、社会的な地位もあってお金もある家族の出身がおおいみたいだ。少なくとも僕がセッションをした人達はそうだった。 前回、5年ほど前に日本にいたときには、一緒に仕事をしている人から「どうやってこんなに可愛い子をつかまえられたの?」とか聞かれた。どうもこうもない。恋いに落ちたら恋いに落ちただけの話だけど、まあ、そういうのが通るのもサニヤシンの世界にいるからかもしれない。 普通の世間では、もしかしたら単に恋いに落ちるだけではないかもしれない。相手がどれだけ便利かが気になるのかもしれない。多分そうだろう。22才の頃、まだサニヤシンではなかったけど、別れるときの理由のひとつが僕と一緒にいても将来がどうなるか分からないということだった。 今は、まったく将来がどうなるか分からない生活をしているが、当時は少しは分かりそうだけど、みんなが望む未来へ熱意を持って進んでいる訳ではなかった。既に最初に目が開くような事は起きていたし、子供の頃から「医者の子供」という不自由な身分を非常に不自由に感じていたので、そういう立場へ自分を置きたいとはおもっていたかったし。 セッションをした相手は女性ばかりだから、男性の事は分からないなあ。ただ、ロシア人や元ソ連の国の人達は、深くに情熱を持っている。ハートの厚い人達で好きだ。そういう人達が不自由で制約の多い社会を作ったのは不思議だ。これから変わるのだろう。それにしても、ロシア人はタイにもアシュラムにも多い。アメリカ人はほとんどいないように感じるが。 いつでも、どこかにあったのは「南の島で一生を棒に振って暮らす」って感じの思いだった。多分、何生かに一度は南の島や、ジャングルの中で一生を棒に振って生き生きとした人生のホリデーを取っているに違いないと思う。 文明の進んでいるというか、文明的になっているというかの国に生まれると、糞みたいな生を生きる。社会的な立場というのが高いとしても、何か自分ではない生を生きる。 南の島やジャングルで生まれたときには、まぎれもない自分の生を生きる。 おお、なんでこんなはなしになったのか?きれいなお姉さんたちの話をしていたのだ。 「何でセトゥが良いんだろうね」って以前のガールフレンドと、更に以前のガールフレンドが話したのを聞いたことがあるが、「一緒にいて気持ちいいからじゃない?」って話だったそうだ。まあ、「楽だし気持ちが良い」というのが僕と一緒にいると良いことかもしれない。僕自身もその恩恵を受けているから分かる(爆 僕と一緒にいても、得られる物は少ないけど、大切な事:失われる物が少ないということか(大笑い [ツッコミを入れる]
2006-11-23 [長年日記]☆ [コチャン][旅行記][予定] 17日目。出発の日。バンコクへ移動。朝10時半の船で島を出る予定。宿からピア(舟着き場)までは30分以上かかるし、乗り合いタクシーはいつでも走っている訳ではなくて、9時から9時半、10時から10時半というタイミングで走るらしいので、宿は9時頃に出て広い通りで乗り合いタクシーを末必要がある。 バスは対岸の大陸側の舟着き場から12時半に出る予定。1時間くらい待つことになるけど、船は普通遅れて出発して遅れて着く。バスは直前の船が来るのを待ってくれるから問題はないだろうが。 バンコクには7時頃に到着の予定で、トゥイのゲストハウスの部屋は予約してある。 [コチャン][旅行記] 17日目。バンコクへ移動 予定通り問題なく進んだ。9時に宿のお兄ちゃんの運転する来るまで宿を出て大通りで乗り合いタクシーを待ち始めるとすぐに来た。すぐって、バックパックを椅子に置いたらタクシーが止まった。 車も早かったし、来るときに60バーツといわれた料金も50バーツだし。 実は前回はタクシーを30分以上待ったし、タクシーがのろのろ走るし、挙げ句の果てに最後の町でお客をいっぱいにするのに待つし、はらはらしながらピアに向かった。でも、10時半の船には間に合ったんだけどね。 今回は9時35分にはピアに着いて、9時30分の船が出る直前で乗れた。大陸側には10時10分くらいに到着して2時間くらいバスを待つことになったけど、僕等と同じバスの人々が沢山同じ船で着ていた。 最初、バスを何度も止めたり、ゆっくり走りながらメカニックの人が何かの配線のチェックか修理をしている。走るのに問題のある部分では内容だけど。 1時間ほどで普通の走行に戻った。映画を流さない所をみると、ビデオの関係の配線がおかしかったのかな? その遅れのせいか、休憩の停車はなく、6時半頃にバンコクに到着。12時の出発の前に軽く食べておいたし、スナックがひと袋あったし、水は十分にあったので、問題はなかったけど、少しのびのびとする休憩が欲しかったですが、30分遅れで着くのとどっちが良いかというと分からないな。 到着は、カオサンの近くの広いとおり。裏通りにそこから向かおうとする途中ですぐにメーターで行ってくれるタクシーを確保。メーターだと基本料金で35バーツだよ。トゥクトゥクだと最低でも50バーツとか言うし、交渉に成功したことないし。タクシー万歳。 宿に付くとトゥイがロビーに座っていた。ちょっと痩せていて、弟さん?って感じに雰囲気が違うの。ちょっと若く見えるし。半年前にあったんだよな。 実はコチャンに向かう前に宿代を払おうとしたら、値上げ前の料金で請求書を書いてくれた。「600バーツって言ったけど、前の500バーツでいいよ」ありがとう。それって二割引じゃん。 実はコチャンのバンガローも1割引してくれた。ありがとう。 にさちゃんが「お腹空いたよー」というので、休憩することもなく、近所の美味しいベジタリアン・レストランに移動。ここの料理はホッとします。 食べて宿に帰ってシャワーを浴びたらそのままベッドで寝てしまった。島の時のような生活。9時すぎには寝た。 [ツッコミを入れる]
2006-11-24 [長年日記]☆ [旅行記][バンコク] お買物・その1実は長い文章を書いたのだが、消えてしまった。すぐに書き直そうかと思っているうちに数日が経過した。もう古い内容は覚えていない。そのときにはとりあえず見出しだけを書いておいたから、その見出しの中を簡単に書き込んでアップしよう。消えないようにエディターで書いています。 「夜明け前のお目覚め」 数日以上、夜明け前に目が覚めてそのまま夜明けを見て、そのまま一日をはじめている。気持ちいいです。バンコクでは部屋からは朝焼けは見えないけど、いすに座ってぼうっとしたり、コンピュータの電源を入れてみたりしている。 バンコクでするのは必要ないくつかのもののお買い物。後は食べて寝るだけ。インドよりよい質のニサーグの洋服とか、インドよりも安くて豊富なデジタル機器とか。 「ネットカフェ」 10前には出発してショッピングセンターの開店とともにショッピングをはじめたいと思ったので、8時半ころネットカフェに向かったけど、残念ながらオープンが9時なので、結局セブンイレブンで買い物したりブラブラした。9時過ぎても開かない。9時15分過ぎても開かないのであきらめてラップトップPCの繋げない別のネットカフェへ。 始めたのが9時半近かったので終わって宿に戻ると10時を過ぎていて、それから朝ごはんを食べたりニサーグを待っていると出たのは11時近かった。 「出発してパラゴンへ」 タクシーでパラゴンへ。最近はタクシーばっかり。最近はカオサン付近からダウンタウンへ直通のバスがなくなったというか、昔あった系統のバスがなくなった。軽く探した範囲では、高架の電車の駅までで、そこから高架の電車を使うと高いのだ。すぐに一人分が30バーツだのいく。 宿の近くからタクシーを拾って、サイアムプラザやパラゴンまでは65バーツくらい。二人で行くんなら高架の電車よりも安くつくし快適である。トゥクトゥクは高くつくことがわかってしまった。 僕らは値段をしらないのでぼられるのである。実はタクシーで行くよりも高く払っていることが何度もわかった。知らないところに行くならタクシーだし、タクシーの値段を知っていてもトゥクトゥクがそれよりも安く行ってくれると言ったことはなかった。 それで、タクシーである。タクシーは普通日本車のほとんど新車に近く整備されている。 パラゴンを見てタイの経済の復興には驚いてしまった。僕は1988年に始めてバンコクへきた。変化を見てきている。 インドを出る前にバーツの値段を見て値上がりしているので驚いた。きっと一時的なものだろうと予想したんだけど、あたら空港や、パラゴンを見て、タイの経済は盛り上がっているんだと思った。 町を歩いていてもみんな裕福に見える。貧乏そうな人が少ないし、中産階級がお金持ちになっているように見える。 実は僕は最近の日本をあまり知らないので比較ができない。 「パラゴン」 パラゴンはとても好きであるし、成功している。 すごく高級志向のショッピングセンターなのだけど、グランドフロアー:日本の1階が、広大なカフェテリアとレストランなどであふれている。今まであったほかのショッピングセンターは、この食品の階は最上階にあった。 この1階が食品であふれているのが、バンコク的だなあと思った。人と熱気であふれている。奥には食料品を売っているスーパーもある。カフェテリアはバンコク特有の屋台の乗りのカフェテリア。どんな食べ物でも食べれる。 上の階には高級ブランドの広々としたお店がならんで、中央にはパラゴンの名前のデパートが入っている。 このグランドフロアーが食品で溢れているのはすごい成功だ。人で溢れているのである。 普通は、グランドフロアーは高級感をだす製品を並べるものだと思っていた。 実は、高級なブランドショップだけで構成されているショッピングセンターも数年前からあるのだけど、人の数は少ない。今でも少ない。やっぱり高級品はまだ高すぎるんだと思う。 最上階には映画のスクリーンが5つ以上入っている。 お店は、食品と映画でサンドイッチ。中央部がデパートで、その周辺をブランドショップがぐるりと囲んでいる。サイアムプラザの古いビルとは2階でつながっている。 古いビルには、最高級ではないけど、まあ安物ではないお店がいっぱい入っている。これは、5年から10年前のバンコクののりだよね。 にさが、この間おいしかったクロワッサンを買ってスターバックスで美味しいコーヒーと一緒に食べるというので、まずはそこからはじまり。持ち込みをするというのでげって言ったら、この間食べたけどなんとも言われなかったそうな。 さすがバンコクなのか、それともカフェテリアの中なので壁に囲まれていても、みんなそうするのかな?パラゴンのスタバにはすわり心地の良いソファーがいっぱいあるのではずれがなくてうれしいです。 ボンジュールっていうベーカリでホールウィート(全粒粉)のクロワッサンとを買って、スタバの二人で座れるカウチがあいていたのでそれを確保。しかし、スタバのコーヒーは高いです。70バーツのコーヒーだもんなあ。感覚がぼけちゃうよ。まあ、場所にお金を払ってるってことで。 場所的にはカオサンのスターバックスが一番好きです。古いお屋敷を改造してあって、奥にあってエアコンが効いていて狭くなくって静かです。 一休みすると、次は?ってきくと、「ここは前回みたいけど、めばしいのがなかったから、そのセトゥの言う「セントラル・ワールドを見てみたい」という。やれやれ。直行したらよかったジャンって言ったら、ホールウィートのクロワッサンはプーナじゃ食べれないから。。。うん、僕もそう思う。 で、セントラルワールドへタクシーで移動。と、乗ったらあっという間だった。35バーツ。歩ける距離だ。今度はあるこう。前回は、東急から歩いたから遠く感じたんだな。もう。 「セントラル・ワールド」 セントラル・ワールド(ZEN)は、これがまた輪をかけてすごいです。この1年くらいの間に大改装と大新築をして、パラゴンに勝っている。まだ、全面開店はしていない。全面開店したらどうなるのか。 実はパラゴンを見たときには、ZENはもう終わりだと思った。っていうか、その前から、もう、ZENは落ち目だと思っていた。10年位前は画期的だったんだけどね。このまま消えてゆくのか?とおもった。18年前にはすでにバンコクでは落ち目になっていた大丸は、そのまま消えて行ったようだし。 ZENには伊勢丹が入っているんだけど、それも終わりかな?とか思った。ソゴウは終わったしな。 それが、センタン・ワーはそうじゃなかった。タイ人が言うと、セントラル・ワールドは、センタン・ワーになる。笑い。最初に、センタン・ワーの店に行けと言われて、地図を描いてもらっていったときには、Sentan-Waa っぽく書いてあるビルを探した。 そうしたら、Central World ってビルが目に入った。ZEN Central World って言ってくれたら知っていたのに。わらい。 僕はデジタル機器を買うので、待ち合わせ場所のカフェをカフェ・ブリスと決めて、ちょっと一緒にあるいていたら、大きなステーショナリー・ショップ(文房具屋さん)があるので入ってみると幸せだった。 予定になかったシステム手帳を買う。大きなシステム手帳は大きくて運ぶのが大変なので使うのを止めて、小さいほうのシステム手帳に変えたら、あまりページが入らないので止めていた。 それで普通の手帳だったのだが、こんかい小さいけどたくさんページが入るシステム手帳があったのでそれを試してみることに。 手帳を買ってから、にさちゃんを一人残して、パンティップ・プラザへ歩いてみる。伊勢丹側から出たら歩いて5分強だった。道は込んでいるし、歩いたほうが早いし。 「デジタル機器の買いもの」 今回買うのは、にさちゃんのMP3プレーヤと、僕のモバイル用ノートPC。実は僕のMP3を貸したら帰ってこなくなったので、もう一台、同じのを買うよてい。僕のは512MBだけどにさのは1GMにしよう。モバイルPCは、前回カメラを買うときに5500バーツで、東芝のダイナブックの1.5キロくらいの重さのが10台くらい売っていた。あとは、カメラ用の充電バッテリー。 「ノートPC」 まずショック。10台もあったのに、2週間で売れてしまった。他の中古のラップトップはたくさん残ってるのに。。。。半年前にあったのもまだ残ってるのに。とほほ。やはり、古い機械なのにファンが未だにいるって聞いていたけど、バンコクにもファンがいたのか? がっくりしながらも、知ってるほかの中古屋を除いて回ったら、一時間くらい後に2台置いてあるところがあった。って、そこになかったらあきらめるつもりだった。そのお店の一番奥に目立たないように置いてある。 うひひ。知らぬが仏(??)。 調べている途中で、血糖値低下に気がついてレストランへ移動。 一回で天丼を食べて落ち着いたところで、時間をかけてマシンを調べる。食事前に動かしてみた感じでは電池はある程度使える様子。少なくとも20分程度は使える感じだし、表示的には2時間とかシステムは言っている。普通、電池がだめな子は即座に電池で使えなくなるか10分程度で終わるのだ。 1時間程度調べて、二つの機械を一部混ぜてもらって、それで買った。5000バーツ。 詳しくはまた後で報告。 あちこちを見て、保護用のバッグ:300Bと無線マウス:300B、盗難防止用ワイヤー:200Bを買った。 『ニサのMP3プレーヤ」 これは、どれを買うか決まっているし、お店も前と同じ店なのであっというま。2週間のあいだに、512Mモデルが2200バーツから1800バーツへ値下がりして、1GBモデルが2600バーツから2100バーツに値下がりしている。 僕の512Mモデルとおなじ値段で1GBモデルを買った。ああ、僕のは2000バーツにねぎったんだった。色も同じ色にした。にさちゃんが、僕の色が好きだよって行ってたので。オレンジとシルバー。おもちゃっぽいけど、かわいい。あきない。 単三の充電バッテリーと充電器は、いろいろ話を聞いて、サンヨーのリフレッシュ機能付というのをかった。なんでも使っているうちに電池の容量を減らすメモリー効果を防いだり、メモリー効果で容量の落ちているバッテリーもよみがえらせるらしい。 おまけでもらった中国製のバッテリーも充電器も信用できないので、充電器についている2本以外に4本を追加で買った。2本だと390バーツで、4本だと490バーツだというのだ。大した違いがない。 後で、考えたら充電器とバッテリーで1990バーツ、つまり2000バーツも使ったことになり、馬鹿なことをしたきがした。カメラの5500と合わせると7500バーツになるので、まあ、ちょっと機能の落ちる新品が買える。 でも、このサムスンは気に入っているので後悔はないが、バッテリーに2000バーツは悔しいが、まあ、単三電池だから他にも使えるので良いことにする。 これは正解だった。この充電器だけでも価値がある。後で試してみたら古い寝ぼけていたバッテリーがよみがえったのだ。これは後で投資が回収できる。充電器はカメラの一部の費用とは思わないことにしよう。 「1GBのSDフラッシュカード」 そのほか、1GBのSDカード(フラッシュメモリ)をカメラとMP3プレーヤように買った。750バーツ。2GBが1350バーツというので買おうとしたらどこも品切れだった。キングストン。他のメーカのは1950バーツだったので、やめ。 キングストンのは125MBと1GBのを今まで使ってたけど、問題ないです。 これで、僕のMP3プレーヤは、1.5GBということでうれしい。和尚の講話とかヘミシンクとかファイルが大きいんだよね。100MBくらい平気で行く。同じのを聞いたりすることは少ないから、たくさん入れて持ち運びたい。 「にさちゃんの買い物」はまた後で書きます(ふう、いっぱい書いた) ☆ [旅行記][バンコク] お買物・その1(つづき)「にさちゃんの買い物」 セントラル・ワールドに歩いて戻って伊勢丹側から入り、裏側の奥の新館にあるブリスカフェへ行くとにさちゃんが待っていた。僕が出発したのは3時ころで待ち合わせは6時だけど、「遅れるかもしれないから、待たないで時々見に来て買い物続けてね」って行って離れた。 が、にさちゃんいわく「二時間もずっと座ってたわよ」っていう。僕は一瞬待ち合わせの時間を間違えて行ったかと思ったら、「まだ島のゆっくりしたリズムにいるから動けないの」だそうだ。うんうん。 で、ほとんど何も見てないということは、僕が一緒に全部着いてまわらないとならないことである。 レモンジュース・砂糖ぬきを頼んだ。なんと80バーツである。センタン・ワー(笑)新館は超高級な場所なのである。 出発して10分後とに僕は「さっきのカフェで待ってるからね」とか苦情を言いながら買い物。だっての3時間走り回って、パックパックはちょっと重たくなってるし、しくしく。 島で「スペイン人のガールズは、みんな、こんなに男使いが荒いのか?」って聞いたら、「こんなもんじゃないわよ」とのこと。たまに僕はサーバントになった気になりますが、それをしていたのは初期のころで、今は動かないです、ぶひひ。 せ:「ヨーロッパのボーイズはガールズにサービスするでしょう?」 に:「うん、うん」 せ:「日本じゃ、ガールズがボーイズをケアーするんだよ」 に:「。。。」 せ:「だから、日本のガールとヨーロッパのボーイのカップルは、お互いにケアーしあうからハッピーなんだよね。だからヨーロッパのボーイが一度、日本人のガールフレンドを持ったら、一生、日本人のガールフレンドを持つことになるんだよ」 に:「ぶひー」 せ:「ヨーロッパのガールと、日本のボーイのカップルだと、普通、お互いにサービスさせようとするから、最悪なんだよね」 に+せ:「爆笑」 実は、僕はガールズをケアーするようになっているので、まあ、最初のころはにさちゃんも、「日本人のボーイにしては」と思ったそうです。わはは。でも、最初の4年くらいはにさちゃんの貯金で生活していましたので僕は扶養家族だったんです。と言っても、僕はアシュラムのCGで、食費と部屋はもらってたので、僕はお金のかからない人でしたが、半年ごとのビザ取りのビーチへの旅行はにさちゃんのお金。 その後、6年くらいは僕が基本的にコンピュータの仕事で生活しているが、最近はにさちゃんのロータスパラダイスの売り上げが上がってきているので、にさちゃんは偉いです。わはは。 というわけで、今回はにさちゃんのドレスやらトップやらジャケットやら、いろいろ買いました。 先日も、高級なジャズ・バーで3曲歌ったし、本当の歌手のゲリー・ロイヤーが、「僕がプーナで歌うときはいつでも数曲歌いに来てね」って言ってくれたので、まあ、その衣装もちょっと増やさないと。ゲリーは月に一度くらいボンベイから歌いに来る。 いろいろ見たけどピンと来なくて、同じビルに入っている伊勢丹に入ってみたら、なんとセールをしているブランドが、にさちゃんの感じで、トップやジャケットやらを買った。 10時の閉店までいろいろ見て回り、最後は僕はスターバックスで30分くらい待ってみたりして、閉店直前にシルク製品で有名なジム・トンプソンのバッグのコピーみたいなのを格安で売ってるNaRaYaを発見。二人で興奮して見ていました。 ジム・トンプソンのようにきれいなバッグが10分の1くらいの値段なので、日本人のおばさんもいっぱい買い物していました。が、考えてみたら、見た目はきれいですが、これはシルクじゃないから安いんですね。 でも、可愛いから良いんです。日本人のガールズもいっぱい買い物していました。 ナラヤは、伊勢丹の1階に入ってるジム・トンプソンのすぐ近くにお店があるのが笑えます。 でも、可愛いけど、ジム・トンプソンと比較できる物ではないです。似てるけど、コピーじゃないし、ブランド名を偽っているわけではないので、ジム・トンプソンも苦情は言えないですね。しかし、お土産にいっぱい買っていたおばさんたちは、つい、タイ・シルクのバッグだと思い込んでるんだろうなあ。どこにもシルクって書いてないけど。これは化繊でしょう。 コピーと言えば、コンピュータ系のビルのパンティップ・プラザの近くにある、大きなプラチナというショッピングセンターは、まったく、偽物を集めまくったようなビルです。偽物の万年筆ばかり売ってる店とか、以前僕の大き目のバックパックを買った店とか。 今回、オレンジのサンダルを買った店とか。 タクシーで帰ろうと思ったが、金曜日の夜のせいなのか?タクシーはすごい列だったり、道で止めても200バーツとか3倍を吹っかけてきたり、乗車拒否だったり。結局、トゥクトゥクが100バーツで行ってくれることで、乗ってかえれた。やれやれ。 晩御飯は、ベジタリアンレストランはもう閉じているので、近所の普通のレストランで、遅いし軽く食べて終わらせた。本当は、セントラル・ワールドで食べて帰ろうって行ったんだけど、これも遅くなりすぎでみんな閉じてた。やあ。 帰ってから、新しい充電器と充電池を試してみて、1時間20分程度のビデオが取れるのを確認して、うれしかった。これで、電池の心配はなくなる。ちょっと高かったけど。まあ、専用のバッテリーを買ったと思えば、このくらいの値段か?後で調べたら専用のバッテリーよりも容量が大きいみたいだし、複数持ち歩けることになったし、今後も高い専用バッテリーを買い換えたりする必要もないし。。。。 インド感覚なので2000ルピーなんて行ったらすごい買い物なのだ。これを単三電池ごときに使ってしまったと思うと何か、急いでいたので考えずに出費したようで、とほほと思っていたのだったが、まあ、そういうのりだったから、多分正しいことをしたんでしょう。 2006-11-25 [長年日記]☆ [旅行記][バンコク] お買物・その2「続く夜明け前のお目覚め」 夜明け前に起きるのが続きます。 しばらくぼうっとしてから、昨日買ったものの確認。MP3プレーヤだとか、ノートPCとか、充電器とか。 ノートPCは、使っている状態でも1時間15分以上、1時間半近く持つことを確認。これなら、バッテリセルの入れ替えは要らないかもしれない。バッテリーはだめですってことで、安く売ってもらったんだけどね。 でも、バッテリーのセルを新しくするとどのくらい使えるのかがわからない。いまさら、ネットで調べてみる余裕もないし。 1時間以上使えるセルを捨てる価値があるか? でも、もしかして、日本でバッテリパックごと安く買ってもらえたら、バッテリーパックが二つあって、さらに長時間が使えることになる。小さいバッテリーパックだったら、軽くて安いかも。 今のノートに乗っているのは倍のサイズのバッテリーパックだから、きっと倍の時間持つに違いない。次回、バンコクに来たときか、もしできるのならインドで、今もってるパックのセルを新しくしたら、より便利になるし。 たぶん、今日はデジタル製品の買い物はなしで済むでしょう。 「ネット9:15」 ラップトップを持ってネットカフェへ。15分ほど出遅れた。無事ネットに接続できてメールも吸い上げた。簡単な作業のみ。 「出発10:45」 早く帰ってくるのよと言うし、僕も早くお出かけしたいので15分程度でネット作業は終えて9:45には宿に帰ってきたら、ニサはまだ2杯目のコーヒーを飲んでいた。結局、二杯目のコーヒーを飲むのを待ち、シャワーを待ち、ドレスアップするのを合せて1時間くらい待って出発。 『セントラル・ワールドへ向けて出発』 タクシーを拾ってセントラル・ワールドと行っても、ZENと行っても通じないので、とりあえずサイアム・パラゴンへ行ってもらって、そのまま道を数百メートル行ってもらったらよいだろうと思って「サイアム・パラゴンの近く」と言うことで出発してもらう。 すると何と、どういうわけかパラゴンの前の道が今日は一方通行で曲がれない、少し先へ行って左に曲がって、セントラル・ワールドへ向かって曲がり損ねた道に平行して走ってもらう。が、その先では何かイベントをしていて、ちょうどパラゴンの入り口付近で曲がらなくてはならず、左にパラゴンへ向かって曲がる。 その先を左に曲がれたら良いのだが、結局曲がれず、パラゴン前で降りて後は歩くことにして、陸橋をパラゴンへ向かって曲がる。パラゴンの手前のビル、サイアム・プラザ(?)に入って上の階から、パラゴンへ入ろうとするとニサーグが、サイアム・プラザを見たいという。 「島に行く前にちょっと見て、何もなかったって言ったじゃない」って言ったのに、「や、この階までは来てみなかった」良さそうなのが並んでる。といって見始める。が、「先にお茶でもしてから始めよう」とか言うので、「1時間もコーヒーを飲むのをまたせて、またコーヒーで僕待つの?着いたらまたコーヒー?早くセントラル・ワールドに行って、そこでコーヒーしよう」と僕が愚痴を言って、仕方なくにさちゃんは、サイアムプラザの探索に。 いくつか見てちょっとお気に入りのドレスをにさちゃんは見つけたんだけど、僕が却下。これは正しい判断だと後になってわかるのだが、にさちゃんは機嫌悪い。 でも、その上の階で見つけたお店がなかなか面白かった。エジプトを題材に作ってあるジャケットやらドレスやら、男物もある。で、僕は遊びで「これこれ。試してよー」って面白おかしいのを着せてみると、「バンパイヤにしたいの?」って感じでしたが、形が面白いので、違う色を試したら、これがすごく似合った。 しばらくいろいろと試した結果、少し高めだけど、「こんなに気に入ったのはないからさー」ってことで即決。また、僕がにさちゃんのお洋服みつけちゃったよ。僕って見つけるの上手なのよね。 カウンターで支払いをしようとする直前に、カウンターの向こう側にぶら下がっているドレスをニサちゃんは発見。ジャケットの支払いの前に、「試してみる」ってことで試したら、これがスゴーク良い。 どうしよう。どうしよう。ジャケットを止めて、ドレスにしようか?ドレスは高いから、ジャケットを止めようかな?とかいうので、僕は、「このドレスの感じだと特別な時にしか着れないから、このいろいろと使えるジャケットにしよう」って言うけど、「でも、こんなにぴったり似合うのを見つけるのは、滅多にないんだよ」とか、試着室を僕が覗きながらお話。 途中でオーナっぽい女性が、「もうひとつ小さいのをお試しになってはどうでしょう?」って提案。「そうかもね、このへんちょっとゆるめだもんね」ってことで、試したら、なんとさらにぴったりかっこいいの。エレガント。 ドレスは欲しいけど、ジャケットも欲しいな。ってことで、僕がふと気がついて、「ドレスの上にジャケットを着てみて」って頼んでみたら、これがうなるくらい良い。 「両方買っちゃえ」ってことで、両方買っちゃった。高いお買い物。多分、必要なんでしょう。ステージ衣装としても良いよね。うふふ。わはは。 スターバックスでコーヒーしてパラゴンへ行こう。ってパラゴンへ行ったら、すごく込んでる。座席なし。今日はすごくごちゃごちゃに込んでる。まさにお昼時だし。 それで、サイアム・プラザ側にあった、コーヒー屋さんを見かけたのを思い出して、そちらへ移動。 (続きます) ☆ [旅行記][バンコク] お買物・その2 (続き) 『コーヒー屋さん』 日本食を食べたいかなとか思ったら、5組待ってるというので、あきらめて、 スープ・ヌードルを食べる。 『日本食に戻るがいっぱいで、カフェテリアへ』 カフェテリアにも同じ日本食レストランのコーナーがあって僕はそこからざるそばを持ってきた。美味しい。 『セントラル・ワールドへ移動』 歩いても5分。近くて良いね。ただ、間にはお店がないので繋がりが切れている。セントラル・ワールドの入り口はなんとなく高層オフィスビルに見えるので、すぐに入ろうかって気にならないけど、伊勢丹側の昔からの入り口側はイベント広場になっていて、今は野外のビアホールが並んでいて、夜になるとライブが複数おきている。 まずはステーショナリショップでニサーグの欲しかったものやら、インドでは見つからない便利な小物入れのプラスチックのバッグなどを買う。 続きがあるけど、書かないみたいなので、投稿。(12月30日) [ツッコミを入れる]
2006-11-26 [長年日記]☆ [旅行記][バンコク] 出発:インドへ 『バンコク出発は13時』 『フライトは19時30分』 『インド到着はインド時間(タイ-1.5時間)で8時半』 『空港でJJトラベルの乗り合いタクシー発見』 書こうと思ってタイトルだけを書いたけど、書くのを忘れていた。とりあえず、アップ。 [ツッコミを入れる]
2006-11-27 [長年日記]☆ [旅行記][プーナ] お目覚め もうプーナで起きたから旅行記でもないんだけど、まだ旅行記の一部の気分。 また、夜明け前に目が覚めた。寝たのは2時半くらい。夜明けに目が覚めたけど、もう一度ねた。でも7時には起きて動き始めた。老人になったのか?わはは。 バンコクでの日記を思い出しながら11月24日の分を書いていて、買いものした物の情報をと思ってあるサイトを見ていたらブラウザーが落ちてしまって、ながーーーーーーく書いた文章が亡び去った。やれやれ。まだ、あったかいうちに書き直すか?今度は消えないようにエディターで、記録しながら書こう。やれやれ。 [ツッコミを入れる]
2006-11-29 [長年日記]☆ 録画がバッテリー交換なしで1時間20分先日買ったデジカメが単三バッテリーで動くことは書いた。そのときにバッテリーの持ちが思ったほどではないのにがっかりしていたんだけど、出発前のバンコクでちゃんとしたメーカーの充電器とバッテリーを買った。 結果は大成功。中古屋がおまけでつけてくれた充電器がぼけてたみたい。買ったのはサンヨーの充電器とバッテリー。この組み合わせで試してみると1時間20分くらいのビデオが取れた。大したものだ。 それで、おまけのバッテリーをこれで充電してみたら同じく1時間以上録画できた。電池が終わるまで試していないので多分1時間20分程度まで行くだろう。うれしい。 「デジカメ用単三バッテリーが生き返る」 おまけでついて来たバッテリー4個のうち1個がぼけていることがわかった。 新しい充電器には「リフレッシュ」という機能がついていて、メモリ効果などで容量の減っているバッテリーを復活させたり、メモリ効果が起きないように充電する機能。 これで、ぼけているバッテリーをリフレッシュ充電してみた。これが成功したみたい。今、テストに録画しているんだけど、50分分程度録画した。リフレッシュの前は、充電直後でも10分程度しか録画できなかったの。 実は、充電器を買いなおそうと思って買い物に出たときには500バーツ程度のつもりで行った。買ったのは1500バーツで2個のバッテリーがついているのと、さらに4個の2700mAのサンヨーのバッテリー490バーツだったので、あわせて2000バーツをつかっちゃったことになって、後になって高かったことに気がついてがっかりしたんだけど、まあ、性能と今後の活躍を思うとよいでしょう。単三のバッテリーだからいろいろと使えるし。 ちなみにインドで一般的な800mAのバッテリーがぼけていたんだけど、新しい充電器で充電したらボケが取れたようだ。充電器ってそんなに違ったのね。おどろき。 [ツッコミを入れる]
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☆ chaki [バッタイって?お、おいしそうな響き♪]
☆ シーポヨ [>パッタイ pad thai で「タイ風焼きそば」でたいしたものではないですが、インドじゃ食べれない味だし、イ..]